もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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頂いた感想は毎度楽しく読ませてもらっています。
また、評価の方も、ありがとうございます。

さて、ようやくの競技会編に突入です。全てはここから始まった。


武術競技会

「……競技会?」

「そうだよ。なんでもあと一月もしないうちに開催されるんだって」

「そうか……」

 

 木陰に座って都からの土産の果物をもしゃもしゃと二人揃ってかじりつつ、俺はカルナに昨日聞いたばかりの新鮮な情報を公開した。

 

 ……それにしてもカルナの前髪がまた伸びてきてるな。

 せっかく顔立ちは両親に似て綺麗なんだから、もっと着飾ればいいのに。

 何度そう言っても、本人はスーリヤからの贈り物があるから十分、と固辞してばかりだ。

 

 ――嗚呼、本当にもったいない。

 

 右手がうずいてきたのを察知してか、カルナが心持ち俺から距離をとった。

 失敬だな、初めてカルナの髪を切った時に比べて、俺の技量も格段に上がってるっていうのに。

 

「……根拠など何一つないというのに、その自信の程合いは流石だな」

「だって、カルナが試させてくれないからだよ。最近では村の子供達にお願いされて、よく髪切ってるよ?」

「……道理で一時期とはいえ珍妙な髪型が村で流行っていた訳だ……。いや、オレが流行りに疎いだけで、ひょっとしたら巷間ではあの髪型が人気なだけかもしれない……のだろうか?」

 

 そう言って真剣に考え込む姿を見せるカルナに、小さく微笑む。

 

 初めて見た時、一緒に暮らし始めた時。

 あんなにも小さかったのに、あっという間にこの子は成長してしまったなぁ、と思う。

 

 少年から、青年と呼ばれる年齢にまで、カルナは瞬く間に育ってしまった。

 元々は発見早々にスーリヤのいる天界に連れて帰るつもりだったから、こうしてこんなに側近くでその成長を見守ることになるとは思ってもいなかったなぁ。

 

 それが、こんなことになるなんて、きっと地上にやってきたばかりの俺では想像もつくまい。

 

 黄金の鎧のお陰で、カルナは不死身に近い体質の持ち主だ。

 ――とはいえ、カルナの半分は人の子で、そうである限り、いつか必ず終わりもやってくる。

 

 「人として生きる」というカルナの選択を尊重する以上、俺はこの成長しない体のまま、カルナの最後を看取ることになるのかもしれない。

 

 ――そう思うと、なんだか胸の奥がもやっとしてくる。……なんだろう、この感覚は。

 

 カルナが人である以上、死は避けられないものであって、俺がどうこうできる問題ではない。

 どうせ死ぬとしたらその生涯に後悔のないままに死んで欲しいと思っているし告げてもいるのに……なんなのだろう?

 

「アディティナンダ、どうした? また何か、どうしようもないことについて悩んでいるのか?」

「考えても意味がない、という点ではそうなのかもしれないね」

 

 金を帯びた毛先の奥から覗く、蒼氷色の双眸が俺の姿を映している。

 そこに映っている俺は、確かになんとも評しようのない、おかしな表情を浮かべていた。

 変なの。なんだか、物凄くみっともない顔をしている――本当になぜだろう?

 

「内容が内容だ。……あまり思い悩むな、としか言いようがない」

 

 困ったように囁いて、カルナの指先がそっと俺の目元をなぞる。

 口下手な弟の不器用な慰めになんだかポカポカとしたものが胸に溜まって――そう、嬉しい。

 

「…………途端に顔がにやけたな」

「いいじゃないか。――それで? カルナはどうするの? まあ、王族達のお披露目会、という形式の方が強いだろうけど、お前はドローナの門下だし、出場する資格自体はあると思うよ」

「どうだろうな。戦いたい相手がいる訳でもない、誰かと腕を競いたいと思う訳でもない。それを関心がないと言って仕舞えば、それまでだ――……だが」

 

 ――ふ、とカルナがそれまで固く結ばれていた口元を緩める。

 

「出るのだろう?」

「うん。俺は歌い手としてだけどね」

「ならば、オレも行くことにしよう――せっかくの身内の晴れ舞台だ。むしろ、足を運ばぬ方が礼を欠いている」

「!? カルナが来てくれるの!」

 

 競技会自体に参加意欲はなくとも、観客の一人として参加してくれるなら、それで十分。

 もしカルナが心変わりして競技に参加したくなったとしても、建前上は「飛び入り参加も許可」だから、下手に非難されることもないだろう。最初はあんまり乗り気じゃなかったけど、カルナが来てくれるっていうなら、恥ずかしいところは見せられないよな。

 

 村の人に請われたカルナが近くの森で暴れまわっている怪物退治に向かう背中を見送りながら、俺は決意を固めた。

 

 最近、兄の威厳というものがめっきり薄れてきた予感もあるし……。

 ここらで、カルナに心の底から尊敬されてもおかしくないような兄として、立派に働いている姿を見せなければ……!

 

 ――これが、約一月前の話であった。

 

 

 競技会の〆を任された俺が、王宮の侍女達の手で、祭に相応しい身なりを整えている最中。

 看過できない異変を感じて、それまで微動だにしなかった頭を動かし、外を睨みつけた。

 

「――……一体、なにがどうなってるんだ?」

 

 それまでパーンダヴァ五王子の三男・アルジュナの武勇を讃える声一色だった観客の歓声。

 それが唐突に途切れ、窓の外から見える競技会場が剣呑な空気に包まれていった。

 

 ――かと思うと、それが一転して大瀑布を思わせる大喝采へと変わる。

 

 先程までの穏やかならぬ空気を吹き飛ばす勢いで、喝采と感嘆の声、拍手の音が大地を揺らす。

 さらには、空がなんだか不穏な雲に覆われたかと思うと、その分厚い雲の面紗(ベール)を突き抜けるように、どこなく神々しい太陽の輝きが地上を照りつける。

 

 ――これは、ますます尋常ではない。

 

 なんだか嫌な予感がしたので、侍女の方々には適当な理由を言いつけて下がってもらう。

 全員が退室したのを見送り、控えの部屋の窓から一気に飛び降りた。

 

 普段は発揮することのない人間の域を超えた身体能力を駆使して、王宮の屋根や塀を飛び越えて、一直線に会場の中心を目指す。

 

 先ず目に入ってきたのは一際華美に誂えられた壇上。

 この日のために特別に作られた、競技会用の玉座を中心に出場しない王族の者たちが座し、その周囲には衛兵や大臣、王の相談役やバラモンなど、王国の中でも高貴な身分の者が集まっている。

 

 次に、一段どころか数段も高い、王族向けの観戦席から離れた場所。

 観客席がぐるりと渦を巻く、すり鉢型の競技会会場の中心に、今日の主役である出場者たちが集う広場がある。

 

 出場する武芸者たちが技を競い合わせやすいようにと、広々とした空間が取られたその場所に、カルナともう一人――褐色の肌に紫と白の衣をまとった青年が佇んでいた。

 

「アシュヴァッターマン様! 一体、今何が起こっているのですか?」

「アディティナンダ!」

 

 見知った顔を見つけて、よじ登っていた王宮の屋根から飛び降りる。

 幸い、会場の関心がカルナたちに向けられていたことと、参加者ではなかったアシュヴァッターマンが一人で高台の観客席にいたせいで、周囲に人がおらず衆目を浴びずに済んだ。

 

「その、先ほどカルナが、飛び入りで競技会に参加したんだ」

「あの、カルナが!? 一体どんな心境の変化が!」

「そうだよ、あのカルナがだよ? そして、それだけじゃない。……そうして皆の見ている前で、先程までアルジュナ王子が披露して見せた武術の極致に達した神技の数々を、そっくりそのままやってのけたんだ」

 

 ――特に誰も羨まず、誰かを妬むことのないカルナのことだ。

 俺に対する付き合いで観戦をしにくるとは言っていたが、まさか参加者として飛び込むとは。

 しかも、アルジュナ王子に張り合うようにしてその腕を人々の前で見せつけるという挑発的な行為をするなんて、いったい何がカルナの琴線を刺激したのだろう?

 

 アシュヴァッターマンも、普段のカルナの態度を知っているゆえに、らしからぬカルナの振る舞いにどうやら困惑を隠せないようだ。

 

 俺たちが固唾を飲んで見守る中、広場の中央の片割れ――アルジュナ王子が口を開く。

 

「――何者です。招かれざる闖入者の分際で、無礼な」

「……この広場はすべての人間に対して開かれているはずだ。――であれば、お前も腕に覚えのある者として、余計な口など挟まずに、その弓で語るといい」

 

 あ〜、なんか遠慮なく深窓の王子様相手に挑発しているし。

 いや、本人はあれが挑発になるとは思っていないんだよね、心底思ったことだけを口にしているんだから――あれで。

 

 ――けど、王子様は別の意味で捉えたらしい。秀麗な顔立ちが、たちどころに険しくなる。

 

 久方ぶりに、カルナの所業にお腹が痛くなってきた。

 嗚呼、もう。素知らぬ顔で日光を燦々と地上に浴びせかけているスーリヤを殴り倒したい。

 

『――何者だろう、あの若武者は?』

『太陽の光を閉じ込めたような、黄金の鎧に耳飾り。尋常の存在ではないだろう』

『黄金の鎧? 何を言っているんだ? あの男の体は闇色で包まれているではないか?』

『そうか? それにしても、先ほどの技の数々……尋常ではないぞ』

『空前絶後の武芸の技を習得したお方など、第三王子しかおられないと思っていたが……』

『ああ、世界は広いな。まさか、そっくり同じ技をやってみせるとは』

『最初に登場した時は、いったい何事かと思ったのだが……』

 

 観客席の者たちがカルナの姿から目を離さないまま、興奮冷めやらぬ様子で囁きあっている。 

 なるほど、出場者の〆を任されたアルジュナ王子の出演が終わったのと同時にカルナが飛び込んできて、人々の前に己の技を見せつけ――見事、参戦権を勝ち取ったわけか。

 

 壇上で様子をうかがっている王族の者たちも、それぞれ違う表情を浮かべている。

 パーンダヴァ側は困惑・怒りといった負の感情、カウラヴァの王子たちは興奮や歓喜・期待といった正の感情。

 

 なんというか、人間の表情の見本市みたいだな――あ、クンティーが倒れた。

 

 周囲の者たちが突然失神した姫を起こそうと慌てて走り回り、駆け寄ってきた武官らしき男がクンティーの顔に容赦なく冷水をぶっかけたのを見届け、広場の中心で相対している二人の姿を視界に捉え直す。

 

 カルナは涼しい顔をしているが、普段は凪いだ湖水のような蒼氷色の双眸は炎のように燃え盛り、ギラギラと輝いている。金色を帯びた毛先の一本一本に闘志が宿り、カルナの内面の激情に応じるがごとく、灼熱の紅い炎がその周囲で渦を巻く。

 

 ――嗚呼、滅多にないことだ。

 

 自身に宿る強大な神の力を完璧に支配下に置いたはずのカルナが、こうまで自身の感情を曝け出し、その抑えきれない力の一端を炎という形で現出させているのをみたのは。

 

 うーん。

 本来なら辞めさせるべきだろうが、こうまで張り切っているカルナの姿は久しぶりだ。

 止めるのも野暮でしかないね……これは。――よし、したいようにさせてやろう。

 

 相手の第三王子も、常の柔和な微笑みをすっかりどこかに削ぎ落としてしまったようである。

 身の程を弁えぬ闖入者相手に、礼節を重んじる品行方正な王子の雰囲気は欠片も感じられない。

 

 むしろ、眉間にしわを刻んだ険しい表情で、カルナの姿を睨みつけている。

 彼の覇気に煽られるように純白の長衣の裾が蛇のようにうねっては、空には黒雲が立ち込めては、紫の色を帯びた雷が周囲を奔り巡る。

 

 二人の比類なき戦士が対峙し、それに呼応するように互いの気迫が高まっていく。

 それがいよいよ最高潮に達しようとした瞬間――――




(*全然関係ないけど、Grand Orderの女主人公ことぐだ子ちゃんって、すごいかわいいよね。
あれが、公式の女体化士郎と知ったときは、どうしてStay Nightの主人公は男なんだろうと思わずにはいられなかった。
 ……Grand Order にアディティナンダが出るとしたらクラス適性はキャスターとライダーかな*)

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