あれから数年
――カルナを、弟を守ろう。
彼の生き方と尊厳を害そうとする心無い輩から、その有り様が脅かされることのないように。
例え、そのせいで我が身を使い潰すことになり、魂の一欠片に至るまで燃え尽きようとも。
――この子を守り抜くことができれば、それだけで本望だ。
例え、偉大なる神々が相手であったとしても、この誓いを破るまい。
父なる太陽神の意に背くことになろうとも、己よりも遥かに格上の相手に逆らうことになるとしても――あの睡蓮の香を身に纏った、暗闇の主が相手であったとしても。
……さぁ、来るならかかってこい。
お前は俺に力の差を思い知らせようと警告してきたんだろうが、それに怯むような俺ではない。
むしろ、カルナを守るために、お前を迎え撃つ気満々で、再度の邂逅を心待ちにしている。
俺はとうに覚悟を決めた――どっからでもいいから、かかってきやがれ。
*
*
*
――――と、身構えつつも幾星霜。
あれ以降、特にあの睡蓮の主との接触などなく、俺とカルナの周囲で変わったこともないままに、あっという間に時間が経過してしまった。
カルナの将来のために、偉大なる神々の思惑への反逆の意を抱いたのにも関わらずこれである。
正直、気が抜けてしまったというかなんというか。
なんで俺はあそこまで深刻になってたんだろうと後々思い当たって、ちょっと恥ずかしくなっちゃう程度には気を張り詰めて日々を過ごしていたというのにこの無反応具合。
正直な話、一周回って、なんで何もしてこないんだよー! と夕焼け空に叫んだりもした。
そして、それをちょっと離れたところで見ていたカルナに、家に帰った時に無言で引かれたのも、今ではしょっぱい思い出である。――あの子、ちょっと俺に対して辛辣じゃなかろうか。
……まぁ、実際のところ、全く何にもなかったというのは嘘だ。
カルナの武人としての成長に従ってできることが増えたせいで、なんだかんだと厄介ごとに巻き込まれる回数も増えたし、国家間の戦争もちょこっと起きたりもした。
何より、俺とは違い半分だけしか神の血を持たないカルナは、この数年ですっごく背が伸びた。
放浪中に初めて垣間見た時は俺の膝丈ほどの大きさだったのが、武術を本格的に習い出して、滋養のある食べ物をちょくちょく与えた結果――あら、びっくり。
一緒に暮らし始めた時は俺の腰ほどまでの背丈の子供だったのが、あっという間に大きくなって、挙句には俺の背を追い越してしまったのである。
――そう、
人の子の兄弟が、自分よりも年下だと思っていた相手に背丈を越されて悔しがっているのはなんでだろう? とそれまで不思議に思っていたのだが、実際にカルナにしてやられて、はっきりとわかった。
これって、めちゃくちゃ悔しいことだった。
どれだけ悔しいかというと、市場の安売りの最後の一個を横から掻っ攫われた時並みに悔しい。
あんなに小さくて、俺の腕の中にすっぽり収まってしまう程度の大きさだったカルナ。
それが少し気を抜いた途端に、俺よりも背が高く、堂々とした体躯の青年にまで育ってしまったのである。
――――時の流れとは非常に無情である。
同年代の体格のいい輩と比べれば、カルナはどちらかとはいえば、痩身の部類に入る方だ。
それでも武術の鍛錬で身を鍛え、父であるスーリヤと同じ黄金の鎧を身につけているお陰で、非戦闘員である俺との差は歴然であった。
――つまり、身長だけでなく、体格差においても俺はカルナに越されてしまったのである。
無論、俺とて何もしなかったわけではない。
密かに身長が伸びると噂されている獣の乳を飲んだり、背が伸びるという謎のヨーガを試してみたりはしたのだけれど、ある日、カルナの養父であるアディラタさんに、生暖かい目で「貴方は貴いお方であるがゆえに、人のような効力は望めないでしょう(意訳・君は神の眷属だから、どんなに頑張っても無理です。お諦めなさい)」と諭されてしまった。
正直な話、成長のこない体というものが、こんなにも虚しいものだったとは思いもしなかった。不老不死の思わぬ落とし穴である。
そのせいか、最近では俺よりもカルナの方が兄として見られるようになってしまった。
もともと顔の造形などは根源が同じ太陽神ということで似通っていた俺たちである。
家族としてみられるのは俺としても嬉しい。嬉しいのだが……なんか虚しい。
何でも、勘違いした方々曰く、カルナの方が冷静で落ち着きがあるように見えるそうだ。
人間とは、本当に見た目に騙される生き物である。確かにカルナは冷静沈着に見えるだろうけど、それってただ単に物事に対しての表情筋の反応が鈍く、心が海よりも広すぎるせいで滅多なことに動じないだけである。
……うぅ、悔しい。
これでますます、カルナに「兄」と呼んでもらおうという俺の野望が遠ざかっていく。カルナに直接聞いたことがあるが、簡明を心がけるカルナにしては一向に理由を教えてくれない。
これにはきっと、人の子特有の心情の機微というものが関係しているに違いない。
となれば、答えは一つ。わからないことはわかる相手に尋ねるべきである。
そう思った俺は、即刻誰かにこのことを相談してみることにした。
少年カルナさんから、青年カルナさんへ。(肉体的に成長)
青年アディティナンダから、青年アディティナンダへ。(精神的に少し成長)