もしも、カルナさんが家族に恵まれていたら   作:半月

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幼少期のカルナさんに、誰が父親がスーリヤであることを教えたのだろうか? という妄想から始まりました。


プロローグ

“――あるところに、それはそれは美しい乙女がいた。 

乙女は気難しい聖仙の世話を一年勤め上げ、その褒美として任意の神を呼び出し、その子供を得ることが叶うという真言(マントラ)を授かった。 

 

 ――ある日のことだ。 

 未熟な乙女は好奇心からその真言(マントラ)を唱えてしまい、太陽の神・スーリヤを呼び出してしまう。 

 未婚の娘が子を孕むという醜聞を恐れた乙女は、太陽神へと、生まれてくる子供が神の子であるという証を求めた。 

 

 そうして、瑞兆の子供は誕生した。 

 

 乙女の願い通りに、太陽神の黄金の鎧と耳飾りを、生まれながらにその身に帯びて。 

 真言(マントラ)によって降臨した太陽神は、その誠実さで、乙女の切なる願いに応えたのである。 

 

 ――ところが。 

 これほどの恩寵と慈愛を示されながらも、乙女は神を裏切った。 

 類稀なる奇跡の体現者である筈の赤子は、乙女の手で川へと捨てられてしまったのである。”

 

 *

 *

 *

 

「――……この捨てられた子供。それがお前だ、財宝を帯びた者(ヴァスシェーナー)

 

 東の空が真っ赤に染まり、暁の女神が天空をかける頃。

 朝焼けの光で紅の色に染まった大河の岸辺、葦の群れが生い茂る中に、向かい合って胡座をかく人影の数は二つ。

 

 一人は年端のいかぬ、幼い少年。

 黄金の輝きを帯びた白髪、まるで幽鬼のように白い肌。

 長い前髪から覗く、冷徹なまでに透き通った蒼氷色の瞳。

 衆目の目を集めずにはいられない、未成熟な肢体を覆う黄金の鎧とその胸元の赤石。

 

 太陽の威光と神々しさを帯びたそれらは、その少年の異質さを浮き彫りにする。

 

「お前が生まれながらに宿していた太陽の鎧と耳飾り、それこそがお前がスーリヤ(太陽神)の子であるという確かな証拠」

 

 もう一人は、少年よりも年嵩の青年。

 日差しの色を濃く表す黄金の髪色に、陽光を浴びて赤銅色に輝く蜂蜜色の肌。

 豊かな金の髪によく映える、夏の青空のように鮮やかな紺碧色の両眼。 

 少年の耳飾りとよく似た意匠に、赤石の細工が施された四肢の金環が、華やかな青年の美貌を際立たせている。

 

 その美貌に似合わぬ薄汚れた衣装から覗く手足が、古ぼけた弦楽器(シタール)を抱え込んでいる。

 細い指先に爪弾かれる弦の音に合わせて、謳うように青年は言葉を紡ぎ続けた。

 

「薄々感づいていたかもしれんが、お前の父親はスーリヤ。神々の威光を体現する太陽の神だ。――お前が普通の子供とは違うのは、それはお前が神の子であるからだ」

 

 暁の女神を追って姿を現した朝日を一瞥し、少年を寿ぐように青年は謳う。

 彼の言葉が奏でるのは、少年の出自への祝福であり、同時に人としては異端である幼児(おさなご)への憐憫であった。

 

 ……事実、青年は間違いなくこの幼児を哀れんでいた。

 

 母親の身勝手さ故に、本来なら生誕と同時に享受できた筈のあらゆる祝福と愛情を失った。

 善良な養い親に拾われながらも、人の身を超えた能力を持つが為に、人間に埋没して一生を送ることもままらない。生まれと育ちからして不幸であり、そしてその将来も、世の(しがらみ)に束縛されて生きなければならない悲惨さと切り離せない――その事実に気づいているのか、いないのか。

 

「…………スーリヤ」

 

 怜悧な煌めきを宿した蒼氷色の双眸は微塵も揺らがず、その薄い唇は見事に震えることなく。

 教えてもらったばかりの真の父の名を噛みしめるように、何度か口中で呟いたのち、黄金の鎧に守られた少年は、自らを見下ろしている青年を見つめ返した。

 

「――……それが、オレの父の名なのか」

「嗚呼。そして、お前が望むなら、お前を捨てた母親とその一族の名を教えてやろうか?」

 

 凄絶な色香を宿した紺碧の双眸が、誘うように、惑わすように少年を一瞥する。

 

 ――もともと、幼さには似合わぬ聡明な子供であった。

 そのために、青年の言葉の奥底に沈んでいる憐憫と同情、鬱憤を晴らすことを暗に許している優しさとも言える感情、己の置かれてしまった理不尽な境遇を、ただの一度で理解した。

 

「……()()()()()()()()()()()()()

 

 ――そうして、理解したからこそ、そう呟いた。

 

「オレが生をうけたのは父と母あってこそ。母がどのような人物であれ、オレが母をおとしめることはない」

 

 まさしく、万感の想いの込められた、真摯に過ぎる一言だった。

 

 ――()、と青年が息を止める。

 見開かれた紺碧の瞳が、自らに宣言するように淡々と呟く少年の姿を凝視した。

 

「もし……オレがうらみ、おとしめるものがあるとすれば、それはオレ自身だけだ」

 

 少年は朝の日差しを一身に浴びながら、胸元の輝石へと手をやり、小さな声で囁く。

 

 この世の栄華を謳歌する王侯でさえ、少年の全身が発する意志持つ生命の尊厳を穢せまい。

 天の城を彩る輝かしい宝石でさえ、少年の麗姿に匹敵するような生命の美しい輝きを放てまい。

 

 ……本当に幼い少年だった。

 喋り方は大人のそれと比較すれば覚束ないし、あまり他者と話し慣れていないのか、舌の動きも滑らかとは言い難い。

 

 ――それなのに、その子供は生涯の指針となる誓いを……静かに宣言したのである。

 

「父の名がはんめいしたのであれば、なおのことだ。いだいなる父の名をけがさず、生きる。……それだけのことだ」

 

 それだけのことが、どんなに難しいことなのか。それがわからぬ程、子供は愚かではなかった。

 だが、子供は()()()()()()()()()()()――そして、それを生涯に渡って貫くのみと決意した。

 

 黄金に輝く太陽の輝きが、少年を祝福するかのように包み込む。

 朝の涼やかな風に葦の穂先が揺れ、巻き上げられた花粉が陽光を浴びて鱗粉のように煌めく。

 

「…………」

 

 ――至上の名画にも勝る、幻想的な情景。

 それをただ一人で目撃した青年は、今この場にいるのが自分だけであることを、心底勿体ないと感じずにはいられなかった。

 

「……あー、嘘や見栄で言っているわけじゃなさそうだな。全く、心が広いにも限度ってもんがあるだろうに……」

 

 ――お前の寛容さと忍耐強さを天上の神々にも見ならってもらいたいものだ、と。

 困ったように青年が溜息をつけば、背の半ばまで伸びた黄金の髪が、彼の動きに合わせてさらりと揺れた。

 

「――まぁ、いいか。お前がどのように生きるにせよ、それを守ってやることが俺の使命だ」

 

 抱え込んでいた弦楽器(シタール)を背負い、野生の獣を思わせるしなやかさで青年が立ち上がる。

 紺碧の双眸を昇りつつある太陽へと向け、未だに座り込んだままの少年へと片手を差し伸べた。

 

「――本当に手のかかる末の弟だ。親父殿が心配になって俺のことを遣わしたのも頷ける」

「かんしゃはしている――だが、そのような気配りはふようだ」

 

 差し伸べられた手を断り、少年もまた立ち上がる。

 素っ気なく返された少年の応えに対して、青年は引きつった笑みを浮かべた。

 

「いいか、太陽の末の子供。お前の率直さと謙遜は確かに美点ではあるが、それ以上に長所が過ぎて短所でもあることを、自覚なさい」

「……ぜんしょ、する」

 

 表情一つ変えることなく淡々と言い放った少年の背を軽く叩き、青年は大げさに肩をすくめる。

 

「本当にわかっているのやら……。色々な意味でお前の将来が不安で堪らんよ、俺は」

「……めいわくだな」

「そこは、アディラタ養父が心配するから早く戻ってやらんと迷惑をかけてしまう、と言うことでいいのか? ――ほれ」

 

 再度差し伸べられた手に、少年はぱちくりと目を瞬かせる。

 そうすると端正な容貌に、年相応の幼さが浮かび上がった。

 

「人の子はこうやって手をつないで帰路につくようだ。俺たちも真似してみよう」

「……そう、なのか」

「そうだとも。――それに、俺はお前の兄に当たるのだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ためらいがちに伸ばされた掌が、少年のやせ細った手を優しく包む。

 そうすれば、じんわりとした心地の良い熱を感じ、どちらともなく満ち足りた息を吐いた。

 

「……初めてやってみたが、なかなか悪くないな」

「ああ」

 

 陽光の系譜を継ぐ二人ほどではないが、盲目の王であるクル王・ドリタラーシュトラの御者を務める養父の朝もまた早い。それこそ、実直な養父が働きに出る前に小屋に戻らねば、心優しい養母は心配するだろうし、新しく生まれた赤子もまた母親の感情の揺れを感じ取って大きな声で泣き出してしまうかもしれない。

 

 ――それはちょっとよろしくないな、というのが二人に共通する見解だった。

 

「急いで帰ってあげないと、な」

「……あぁ。少し、いそぐひつようがあるだろう」

 

 朝の日差しを背に浴びながら、二人は養父母の待つ小屋へと揃って歩みを進める。

 

 後になって振り返ってみれば、紛れもなく特別なひと時だった。

 だが、今の二人にとっては、取り留めの日常にいずれ埋没していく単なる出来事に過ぎない。

 

 ――けれども。

 少年はこの時、「父の威光を汚さず、報いてくれた人々に恥じる事なく生きる」という自身の生き方を見出した。

 

 青年は少年の意向を尊重し、その一生を影日向から見守り続けていく事を、己の責務と定めた。

 

 この鮮烈な朝焼けの下で行われた短いやり取りによって、大叙事詩『マハーバーラタ』に登場する施しの英雄・カルナの生涯とその生き様は決定付けられてしまったのだ。

 

 ……だが、どちらもその事を未だ知らない。

 それは、彼らが太陽の神威をその身に宿しながらも、生命の営みの中で人に寄り添って生きる事を無意識のうちに選び取ったがためである。

 

 ――まだ、誰も何も知らない。気付ける術もない。

 

 二人の気づかぬところで、物語はこうして幕を開ける。

 自らの選択の果てに待ち受けるものが一体なんなのか、誰も知る術はなく、また知る必要もなかった。

 

 ――あくまでも、それは幼き時分の一時に過ぎなかったのだから。




 執筆にあたりまして、Fate wikiや原典である『マハーバーラタ』を読みましたが、なにぶんGrand Order以外の型月ゲーム未プレイであること・原典自体が長大な物語でありますために至らぬ点も多々見つかると思います。
 目標は完結ですので、それまでお付き合い頂けますと幸いです。

<登場人物紹介>

・ヴァスシェーナー
 養父母・アディラタとラーダーによって名付けられたカルナさんの幼少期の名前。
 名前の由来は鎧と耳飾り=財宝を生まれながらにその身に帯びていたことから。
 次の話以降からは「カルナ」で通していこうと思います。

<追記>
・カルナさんの話し方について。
 幼少期を書くにあたって、神の子だけあって聡く習得も早いので、きっと小さい頃から同じような喋り方だったんだろうと思って、敢えて公式を語り口を真似してみました。
 ただし子供らしさを強調するために、敢えてセリフにはひらがなを多用しております。
(紛らわしくてすみません)

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