幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達   作:アストラの下級騎士

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きっとこの小説を見た誰もが多分こういう組み合わせで来るであろうと分かっていた回。サムラァイ イズ ストロング!!


白玉楼と侍

剣戟の音が、辺りに響いている。

白玉楼は一人の幽霊の女性とお付きの半妖の剣士が住んでいる場所であり、剣戟の音が鳴り響く様な場所ではない。

だが、桜舞う風情のある庭で二人の剣士ーーいや侍が、刀を打ち合わせていた。

一人はおかっぱの白い髪を持ち、半霊を伴っている可憐な少女。妖夢である。

本来であるならば一人で刀の素振りをしていたり、人里へ買い物に行っていたりするのだが、今日は違う。

妖夢と相対するのは、しなやかでありながら強靭な具足と鎧、面を着けた如何にも屈強な侍。古き傲慢な王に付き従った忠義に厚い騎士、その名はアーロンと言った。

今正に刀を打ち合わせているのは彼らである。妖夢の持つ刀は楼観剣、斬れぬものなどあんまりない事で有名な刀であり、また強い妖力が込められている。

これを打った妖怪は、さぞ素晴らしい鍛冶師であったであろう事が伺える出来だ。

しかしアーロンの刀もそれと同等かそれ以上の物だ。その持ち手は限界まで伸ばされ、その刀身もアーロンの上半身程に長い。故にその刀は尋常ではない技量と筋力が要求されるが、扱えるならば凶悪なリーチと切れ味が約束される。

何よりこの刀は「妖刀」である、血を求めるその赤味を帯びた刃は、血を吸う事で更に切れ味を増す。

 

「ハァッ!!」

 

妖夢が叫び、アーロンの胴を右に薙ごうとするものの、鍔元近くで受けられる。が、それは想定済み、すぐさま刀と身体を引き、首元を狙った強烈な突きを放つ。

しかしアーロンはそれを上体を捻りながら交わし、その捻った勢いをつけて袈裟斬りをカウンター気味に繰り出した。

激しい金属音が鳴り、数瞬の後、妖夢が地面を転がる音がする。アーロンの全身の力を余さず使ったその袈裟斬りは、いくら楼観剣の鍔元で刀身を抑えながら受けたとはいえ、妖夢という少女を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。

転がる妖夢だが、瞬時に殺気を感じ取り手を地に着き、跳ねる様に身体を起き上がらせる。妖夢は前方を見る前に、刀の刀身を自らの頭の上にやる。その受けの姿勢が出来た瞬間に、猛烈な衝撃が妖夢の身体を貫いた。

妖夢が転がり受け身をとる距離を計算して、アーロンはその尋常ではない脚力を活かし上空へと飛び上がったのだ。

其処から重力の力を味方につけた荒々しい、威力のみを求めた兜割を繰り出していた。妖夢の咄嗟の判断によりそれは受け止められてしまったが、確実に妖夢の身体にダメージを与えた。

だが妖夢も剣士としての意地がある。

身体の全てを、自らの全力全身全霊を以って腕と脚を使い、何とか衝撃を殺しきり受け止める。

その姿を見て、面の中でアーロンはフッと笑う。自らの力をこの少女は受け止めてくれている。武芸に秀ですぎていたアーロンは東国を離れて強者を求める旅をしていたが、遂に自らに匹敵する猛者とは相入れなかった。

だがこの少女は小さな体躯でありながら素晴らしい身体さばきで自分と渡り合っている。その事実がアーロンにはどうにも嬉しくてたまらないのだ。

 

(とはいえ、まだまだ未熟だが...)

 

そう考えている間に妖夢はアーロンの腹に蹴りを入れ、アーロンを下がらせると共に自らもその反動で距離を取る。彼が持つ長大な妖刀でも、今の二人の距離は流石に殺傷距離の範囲外だ。

 

「...成長したな、半霊の少女よ」

 

「アーロンさんも相変わらずお強い」

 

二人は少し微笑んでそう言い合う。今だけは殺気も無い。とは言えアーロンは身体の右の方で天に切っ先を向けて真っ直ぐ刀を構えており、また妖夢も自らの身体の前に刀を構え、切っ先をアーロンに向けている。いつ何方が動いてもおかしくはない状況が、その会話の後に続く。

不意にアーロンが、その構えを崩した。

 

「成長した貴殿を讃え、拙者の全力をお見せしよう...」

 

さっきまでは全力では無かったのか。

そう妖夢が冷や汗をかきながら心の内で思う。しかし怯える身体とは反対に、心は武者震いしていた。あの侍の全力を、見る事が出来る事に。

アーロンは先程までの真っ直ぐな構えではなく、刃を地面に向け、その切っ先を自らの後方にやり、腰を落とし、上体は重心が前へと傾いている。妖夢ではなくても、その構えは一目で斬り上げを行う物だと分かる。だが妖夢とアーロンの距離はかなり離れている、一体どうやって距離を詰めるつもりなのか妖夢には分からなかった。

風が吹き、桜が舞った。

庭を静寂が包む。その静寂は、自分の鼓動や息遣いがアーロンに聞こえているのではないかと妖夢に思わせる程だ。

 

刹那、あり得ない程の殺気が妖夢を襲う

 

目でアーロンは捉えている、まだ何もない、しかし殺気は強くなる。アーロンがより深く上体を前に倒し、脚に力を込める、見えている。

 

 

ーーだがアーロンの姿がブレた瞬間、妖刀の刃の切っ先が妖夢の顎の下、ちょうど喉元の前に突き立てられていた。

 

 

 

 

原理は簡単だ、あり得ない脚力で身体を弾丸の様に弾き飛ばし、動体視力の限界まで一瞬で加速した後に刀を全力で斬り上げただけである。だが余りに洗練されたそのアーロンの技は、原理や理屈では説明できない何かを含んでいた。

 

「勝負ありだな、妖夢殿」

 

「また貴方に負けてしまいました...良いところまで行ったと思ったんですが...」

 

そう言って彼らはお互い刀を自らの前に置き、脚を揃えながら地面に座って手を太もも辺りにおいて正座をする、そして深々と一礼をして感謝の言葉を述べた。

 

「「手合わせありがとうございました」」

 

その言葉を言ったのを皮切りに、拍手の音が剣戟の代わりに庭に鳴った。拍手の音の主は妖夢が仕える主人であり、白玉楼に住む幽霊、西行寺幽々子である。

縁側に座りながら、ニコニコと笑って手を叩く様には、幽霊とは思わせない生気を感じられた。

その隣にはもう一人。ボロボロの衣服を身に纏い、髪を後ろで結った壮年の男性が胡座をかいた体制のまま拍手をしていた。火継ぎの祭祀場で数多の灰をその刀の錆びにした人物、素性も知れぬ達人その人である。

 

「いやぁ〜二人とも素晴らしいわね。とても良い物を見させてもらったわぁ。

妖夢もいつかアーロンさんに勝てるといいわね?」

 

微笑みながらそう幽々子は妖夢とアーロンを労う。確かな成長をしている妖夢を見るのは最近の幽々子の趣味にもなっていたりする。またその成長を促してくれているアーロンにも幽々子はとても感謝していた。

 

「うむ、確かに見事な手合わせであった。だが私からすればまだまだと言える、鍛錬に励むが良い」

 

目を瞑りながら達人はそう二人に言う。

...そう偉そうに言っているが、達人自身が刀を抜いて戦った所を誰も見た事がない為、果たしてアーロンに匹敵する程の実力なのかは怪しい所である。

 

「幽々子様すみません、恥ずかしながら、また負けてしまいました」

 

「あら、私に謝る事なんてないわよ。貴女自身の成長が見られて私はとても楽しいわ。」

 

妖夢の頭を撫でながら、幽々子は笑みを絶やさずにそう言う。少し照れながら、妖夢はアーロンの方を向いて話しかける。

 

「アーロンさん、今日もありがとうございました。剣術の腕も上がっていくのが感じられてとても嬉しいです...正直、最初は実力を過信しているただの侍擬きだと思っていたんです。剣の腕は幻想郷の中で一番だと思って疑いませんでしたから、いきなり貴方が手合わせを願ってきた時完全に舐めてましたね...。自分がどれだけ井の中の蛙だったかその時思い知りました」

 

お恥ずかしい話ですが、と最後に付け加えて妖夢は刀を持って幽々子の隣に座る。アーロンもそれを見て、妖夢の横に静かに座った。

 

「拙者は最初の頃、とある王に謁見を申し出た時にまた似非剣術士かと罵られたよ。...拙者は勿論似非ではない、実力を以って証明した。しかしもしもあの時、東国から来たという名目だけで謁見を許され、自分の腕が最低だったとしたら、拙者はそれこそ実力を過信した似非野郎だ。妖夢殿は強い。半霊とはいえ、少女の身でありながらその剣の才能には惚れ惚れする。だがだからこそ、才能だけで終わらせたくはなかったのだ。...拙者には、才能が無かった故に」

 

そうアーロンは、最後の言葉に少し力を込めて妖夢に言った。アーロンの剣術は、鍛錬に鍛錬を重ねた努力の賜物だ。だが最初からそれがあった訳では無い。最初は普通の刀すら上手く操れなかった、何度修行しても成果は感じられなかった。だがそれでも頑張って頑張って頑張り抜いた、そしてふと気付けば、自分の後ろについて来ている者は誰も居なかった。あいつは天才だからと言って、誰も自分の努力を認めようとはしなかった。だからアーロンは、そんなつまらない東国を出て、放浪の旅をする事を決意したのだ。

再び、妖夢にアーロンは言った。

 

「妖夢殿を、似非野郎にはしたくなかったのだ。妖夢殿には才能がある、拙者には努力しかなかったが、妖夢殿にはそのどちらもが備わっている。...時が来れば、私に侍擬きと言える程妖夢殿は強くなっている。拙者はそう思う」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます...。でもアーロンさんは私にとってはずっと侍で、師匠の様な物です」

 

くすりと微笑みながら、アーロンに向けて妖夢は静かにそう言った。達人も頷きながら妖夢とアーロンに言う。

 

「うむ、妖夢は確かに見事な才能の持ち主だ。その目と勇気、冴え渡る直感は素晴らしい。アーロンが評価するのも頷ける」

 

「私は達人さんの剣の腕を見せて貰いたいんだけどなぁー。妖夢も見たいわよねぇ?」

 

達人の言葉に幽々子は口を尖らせながら妖夢に子供っぽく尋ねる。あれだけ大口を叩いているのだから、一回位見て見たいと思うのが剣士であり、侍であろう。

だがその言葉を達人は首を振って否定し、三人に向けて自分の信条を話した。

 

「真の達人は、無闇矢鱈と刀を抜かぬ物だ。そういう所でアーロンはまだ半人前、私はここぞという所でしかこの刀を振るうつもりはない」

 

キッパリと手合わせを達人は拒否した後、手に持つ刀をゆっくりと、少しだけ抜いて言う。

 

「それに混沌の刃は、振るうだけで自らを斬りつける魔剣だ。手合わせなどしていたら身が持たんよ」

 

「とは言うが、達人殿。その服は何でも剣筋を読みきって避けていたからそんなボロボロになっているのだとか。ならば手合わせの時も一撃を一撃を的確に避けて、ここぞという時にだけ抜けば良いのではないか?それなら手合わせも可能だろう」

 

誰もが肯定するような正論をアーロンが言ったものの、駄目なものは駄目と言って達人は結局聞かなかった。達人である彼の言うことがどこまで本当なのかは定かではない。

 

「ハァ...まぁ達人さんとはいつか手合わせをするとしましょうよ、幽々子様。今のままじゃあの人こそが侍擬きですし」

 

「達人は挑発には乗らんぞ妖夢よ、だがいつの日か、私の腕前を見せる時が来るだろう」

 

「それって何時になるのかしらねぇ」

 

妖夢と幽々子は呆れながら、アーロンはまだ見ぬ達人の腕を楽しみにしながら、縁側で桜を見つつ喋っていた。と、そんな話をしていた矢先に、白玉楼に二人の人物がやってきた。

 

「遅れてすまぬな貴公ら。この狩猟団長シバ、珍品を取り寄せてきたぞ!」

 

「........」

 

そう、かの森の盗賊団のリーダーとして、また珍品コレクターとしてロードランで活躍していた男、狩猟団長シバとそのお付きの忍びである。彼はこの白玉楼に泊まらせてもらっている代わりに人里や香霖堂を巡って様々な珍品奇品を集めては、四人に見せたりあげたりしているのだ。ちなみに今回の一押し商品は『竜狩りの鎧の鎧』である。

 

「で...達人さんよ。そろそろその刀を譲ってくれても良いんじゃあないか?使ってもいないんだし...」

 

そのシバの言葉を聞いた達人は、呆れるような溜息をついてから口を開いた。

 

「何度頼まれても無理だと言っておろうに。これは私だけが使って良い刀だ。誰にも譲るつもりはない」

 

「そ、そんなぁ...ムラクモいらないのか?滅多に無いぞこんな名刀は」

 

「混沌の刃は滅多ではなくこの世に一つしかないのだ。欲しいなら殺して奪ってみせろ、まぁ無理だろうがな」

 

畜生と言いながら軽くシバは舌打ちして忍びと共に商品の紹介に入っていった。

達人の得体の知れなさにシバは簡単には手を出せないでいるのである。触らぬ達人に祟りなしだ。

 

...そんな愉快な風景をアーロンは眺めながら考えていた。それは自らが抱いた感情についてである。

果たして自分がいた場所は、こんなに楽しかっただろうか?戦いよりも楽しいと思えるのは何故だろうか?

戦いに生きた彼は、なぜ自分が今のこの何気無い毎日を戦い以上に楽しんでいるのか実は分かってはいなかった。だがきっと、分かる日が来るだろう、「平穏」という物を自らが楽しんでいる事に。

 

 

ーー何故なら幻想郷は、永遠に続く「理想郷」なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで幽々子殿、拙者の餅が綺麗さっぱり無くなっているのだが?」

 

「あらごめんなさい、余りにも美味しそうだから食べちゃった♡」

 

「えぇ...拙者の大好物が...そんな...」

 

やっぱり楽しくないかもしれない。そう思ったアーロンであった。




この世界の達人は一応アーロンに匹敵する実力者だったりします。何時もは胡散臭いし頼りにならないし妄言吐いてるけど、実はその妄言は全部本当でめちゃくちゃ強かった。みたいなキャラです。

しかし戦わないのでその後達人が信用される事は一生無いです。哀れだよ...

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