幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達 作:アストラの下級騎士
幻想郷は、正に楽園である。争い事は殆ど無く、誰もが笑って過ごせる場所。だがだからと言って好き勝手に生きて良い訳ではない、ちゃんと決まりはあるし、何より働かなくてはならない。別に不死人は働こうが働くまいが死ぬ事は無いのでする必要は無いのだが、やっぱりこの世界に来たら少しは人間らしい事をやりたいというのが本音だ。
だからこそ、こんな楽園であっても笑顔が消えた奴らがいる。
そう、あのニート達であった。
「はぁ、全く...仕事っつったってこっちは戦いしかしてねぇんだから少しのミスくらい許してくれよ...。団子落としたのは悪かったけど何もクビにしなくても...」
一人呟きながら人里にある広場の椅子に座っているのは、チェインメイルを頭以外に着用した戦士、通称「青ニート」と呼ばれる人物であった。火継ぎの祭祀場でずっと座りながら世界の滅びを待っていた彼であったが、この世界では何とか職を見つけ、働いていたのである...今はまた無職になってしまったが。
「私も今職を解かれた所ですよ、まるで心が無いみたいに愛想が無いからって理由で定食屋を辞めさせられました...隣、よろしいですか?」
そう言いながら青ニートの横に座ったのは、マデューラで何をするわけでもなく佇んでいた騎士、ソダンである。昔から愛想の無い彼も職について悩んでいた。戦いしかしてこなく、しかも根性すらなかったソダンも青ニートも、一般的な仕事に適応はしにくいだろう。そう広場の椅子に座っている彼らの前に、もう一人やって来た。
「全く、無茶を押し付けやがる...ファランの不死隊を抜けた俺に道場の師範を頼むとはな...ファランの剣術しか出来ねぇのに剣道なんざ分かるわけないだろう...あいつらまだ子供だし、扱いづれぇしよぉ...」
愚痴りながらその広場の前を通り過ぎようとしているのは、不死隊から抜け出した脱走者であり、竜の力を求めた探求者ーーホークウッドであった。
その腕前を見初められて道場の師範を任せられたが、彼の剣技は非常に独特故に、剣道の様な王道の剣術を教えるのに四苦八苦しているようだ。先ずは左手に短刀を持てとホークウッドが言った時の子供達の呆れる様な戸惑っている様な何とも言えない顔は、師範になってからそれなりの年月が経った今でも脳裏に焼き付いている。
「あーー師範やめてぇなぁ、普通に定食屋とかの仕事とかしてみて...ん?」
愚痴りながら歩いていたホークウッドは不意にその広場で黄昏ていたあの心折れ野郎二人が目に入った。
ーー凄いシンパシーを感じる
まず最初にホークウッドが思ったのはそれであった。そして次には彼が何かを考える前に、自然とホークウッドの足は二人の方に向かっていった。
「...あんたも一緒かい?心折れながらも必死に足掻いて、そして今こうして諦めながら座っているような可哀想な奴なのかい?」
青ニートはホークウッドの顔を見据えてそう言う。青ニートも思っていたのだ、彼が自分達に似ている者で、ここで会うのは一種の運命であったのかもしれない、と。
「まぁ、そうだな...あんたの隣に座っても良いかい?」
そう言ってホークウッドはソダンの隣に座る。ソダンはホークウッドに軽く挨拶した後、また俯いて黙り込んでしまった。
「「「.........」」」
静寂が、広場を包む。彼らが出す陰鬱で物悲しいオーラが辺りの人を寄せ付けないから余計に静かだ。今が夕暮れ時というのもあるかもしれない。
下を見ながら三人は黙り込けていたが、不意に一人が口を開いた。
「なぁあんたら...不死人だろう?それも苦難に心折れた...。どんな感じだった?」
そう青ニートがソダンとホークウッドに問う。彼らが何かを答える前に、青ニートが引き続き喋り始めた。
「俺は悲惨だったさ...不死院を抜け出してロードランにやってきたが、そこで牛頭のデーモンに潰され、ガーゴイルに嬲られ、森に入れば盗人に殺された...。もう思い出したくもない話だ、最後にはやる気を出したが、生憎亡霊に殺されて亡者化だ...ハハハ、哀れな物だろう?」
乾いた笑いを出しながら青ニートは思い出を振り返る、彼にとっては最悪の記憶だ。
「やる気を出せただけマシですよ。私は...何もしなかったのですから。呪いを解きにドラングレイクにやって来たのに、その話は眉唾だと気付いてしまったんです。王の城まで決死の思いで辿り着いたと言うのに...結局運命は変わらなかった。だから私は諦めたのです」
ソダンはやはり俯きながら、淡々と自らの話を喋った。マデューラでの変わらぬ日々を、深く思い出しながら。
「俺も、何にもなれなかった半端者だ...火を継ぐ苦しみから逃げて、それで未だ苦しんでいる奴らを解放するのもビビって出来なかった...。俺は脱走者だ、名実共に最悪な野郎だよ」
そう自嘲しながらホークウッドも話す。薪の王になってしまったファランの不死隊の仲間を思い出しながら。
しかし、と言って、続け様にホークウッドはまた話し始める。
「...俺は最悪ではなかったな。竜の力を求めて、伝説の地まで行ったのを後悔はしてない。彼奴にやられたのも、きっと必然だっただろうしな...。あんたらもそうだろう?どんな死に方であれ、それでよかったと、自分がした事に後悔なんざしてないんじゃないか?」
「まぁ、そうかもな...」
ホークウッドのその問いに、青ニートはそう言って肯定した。ソダンも軽く頷いてそれを認める。
「でも、それとこれとは話が違いますね...戦いしか無い私達が急に人並みの生活など、難しいものです。もう何回辞めさせられたか...」
「やる気はあるんだがなぁ...ミスが重なっちまってな...。あぁ、ロードランの方がある意味気楽だった」
「俺も師範なんていう面倒臭い事押し付けられちまってな...まさかこんな疲れるとは思っていなかったぜ...全く糞食らえだ」
三者三様の悩みを打ち明けていく、別に不死人なのだから仕事なんかしなくても生きていけるのだが、この三人はなんとか人並みの事をしたいらしい。愚痴を言うのもその一環かもしれない。
「うーん、私達の何がダメなんでしょう?」
「そりゃああんたあれだろ、俺たちから陰鬱なオーラでも出てるんだよ。ハハッ、全く笑えないぜ」
ソダンの問いにホークウッドが冗談交じりにそう答えたが、自分達が本当に陰鬱なオーラを出しているのに気付いていないらしい。
「「「ハァ...」」」
深い溜息をついて、三人はまた俯いて黙り込む。何処の世界でも彼らの本質は変わらないらしい。
そんなどんよりとした空気を出しながら座っている心折れ野郎共の前に、一人の女性がやってきた。
一見普通の金髪の女性に見えるが、特筆すべきはその額。まるで血に染まったような赤を帯びた角が生えているのだ、そう、正に鬼の様に。
「ようあんたら!陰気な怪しい三人組がいるってんで来てみたら、こんなとこで何をしてるんだい?」
そう気さくに女性は心折れ野郎共に話しかける...彼らの反応を見るに、厄介事がやって来たようにその女性は思われているらしい。
「あんた...誰だ?見た所人間じゃあないようだが...」
「おっと、まだ名乗ってなかったね。あたしは星熊勇儀。ちょっと鬼をやってるもんだ」
勇儀、とその女性は名乗るが未だに気怠げな顔で三人は彼女を見つめる。当たり前だが鬼が何か分かってない、何より今正にネガティヴムード満開の彼らにとってはその女性に何らかの好意的な反応を示すのも難しい。取り敢えずその三人は軽い返事をして、勇儀をやり過ごそうとした。
「...暗いねぇあんたら、暗すぎるよ!何があったかしんないけどさぁ」
どんよりした彼らにそう勇儀は明るい表情で更に話しかける。ニート共からすれば中々に面倒臭い相手である。
「あぁーまぁ、俺たちは色々あってな。だからほっといてくれれば嬉しいんだが...」
ホークウッドがそう言って何とかこの面倒事を振り切ろうとする。しかし、悲しいかな。この鬼、勇儀にとってはほっといてくれなんて言葉は効かないし聞かないのだ。
「おいおい!今にも自殺しそうなあんたらを見捨てられるかよ!そうだなぁ、こう言う時は...よし、喧嘩しようじゃないか!」
「「「はぁ?」」」
何故喧嘩する必要性があるのか?喧嘩で気晴らしになるのか?女性なのに喧嘩好きなのか?といった疑問が詰まった見事な「はぁ?」を三人揃って言った。というか見ず知らずの相手に喧嘩をふっかけられる事が一体一生で一回もあるだろうか?いや、無い。しかも女性にである。
「いや、喧嘩って貴女...やめておいた方が良いのでは...」
「そうだぜ嬢さん。見た所綺麗なんだからよ、何もわざわざ怪我しなくて良いと思うが?」
彼らはそう口々に勇儀をなだめる。勿論勇儀が傷つくのは困るだろうと思っての事だ。まぁ至極当たり前であろう。彼らは如何に心折れた戦士とはいえ、あの魔境を潜り抜けてきた歴戦の戦士である。自分らが勝つ前提で話を進めるのは当然だろう。
だが、彼らは勇儀という女性を知らなかった。鬼という物を知らなさすぎた。その言葉は逆に勇儀という一人の鬼の喧嘩魂に火をつけたのである。
「へぇ...何だか随分と自分が強いと思ってるみたいじゃないか。気に入った、本気でやってやるよ、そらかかって来い。
それともか弱い一人の女性の喧嘩から逃げるほどあんたらの心は弱いのかい?」
見事な挑発を勇儀は三人にかます。歴戦の戦士たるニート共の闘争本能を刺激するのには充分過ぎるほど効果的だ。乗り気ではない彼らもそこまで言われればやってやるしかない。
「ハァ...女性に手を上げたくは無かったが、まぁ仕方ない。やってやるよ...」
不敵に笑いながら彼女の前に青ニートが立つ。手にはヒーターシールドとロングソードを携えて。
「そうこなくっちゃ、陰気な戦士さん?武器の使用は勿論ありだ、さぁ盛り上がろうじゃないか!!」
「つ、つえぇ...」
ぼろ負け、大敗である。しかも素手対武器で。青ニートの心はもうバッキバキである。迂闊に振った刃は受け流され、盾は強烈な蹴りで弾き飛ばされ、思いっきり顔面をぶん殴られての負けである。
生半可な戦士に倒せる程、鬼は甘くはない。
すごすごと青ニートは去った後、今度は騎士甲冑を着たニート...ソダンが勇儀の前に立つ。元騎士である彼は、一応青ニートよりは強い...筈だ。
「成る程確かにお強い、ですが私は彼のように弱くは無いですよ?」
「いやあんたちげーんだよ、ちょっと油断してたっていうかさ、な?」
見苦しい言い訳をする青ニートを一瞥して、ソダンは盾を構えず、両手で剣を握って相対する。
「素手に盾は悪手ですから、さぁやりましょう」
「お、良い度胸だあんた。少しは楽しませてくれよ!!」
「ごべぇ!!」
完敗、完敗である。完膚なきまでにやられて地面に転がるソダン。もちろん心はボッキボキだ。
両手で剣を握ったまでは良いが、久しぶりの戦いすぎて振りがなっちゃいなかった。縦斬りも踏み込んでからの一文字斬りも見切られ、腹部に強烈な蹴りを食らってよろめいた所を回し蹴りされてあっけなくソダンも地に伏せた。
「な?な?あの嬢さん強いだろ?負けるのも仕方ねぇって」
「うぐ...あれが鬼ですか。ドラングレイクに居た巨人よりも一発一発の拳が重くて驚きました」
青ニートがソダンに手を貸して起き上がらせた後、二人で慰め合う。余りにも惨めな姿に涙を禁じ得ない。何という事だろうか。
しかし、まだ希望はある。最後にあの男が、重い腰を上げた。
「あぁ...こんなに強い奴とやり合うのはいつぶりだろうな...勇儀と言ったか、俺をあの二人と同じだと思わない方が良いぞ」
そう言うとニート最後の砦、ホークウッドが身の丈ほどもある巨大な剣と、それに似合わぬ歪な形をした短刀を構えて勇儀に対峙した。腐ってもホークウッドはファランの不死隊であり、深淵の監視者。そのプライドが彼に敗北を許さない。
「確かにあんたは...強いな。だからこそ、やり甲斐があるってもんだ!!」
勇儀はそう叫び、右の拳を握りしめて強烈な正拳突きを放つ。風を切る凄まじい音が鳴り響くが、それがホークウッドの体に当たることは無い。ファランの不死隊、その剣技は正に狼の狩りの様に変幻自在で縦横無尽である。その拳を避けながらホークウッドは短刀を地面に突き刺し、回り込みながら勇儀の脚を切り裂いた。
「...やるね、あたしに傷をつけるとは」
「生憎やられる気は俺には無いからな、悪いがやらせてもらうぜ」
短刀を右袈裟に振り切った勢いをそのままに地面に突き刺し、また勇儀の脚を切り裂こうとするが、そこは鬼。飛び上がりそれを躱し、空中から勢いをつけたストレートを勇儀は繰り出す。それを剣の表面で受け止め、その勢いを短刀を地面に突き刺して殺しながら体制を立て直す。
「まだまだぁ!!」
ジャブからのフック、そこからのボディブローを短刀で受け流し、身を翻しながら避ける。一瞬の隙をホークウッドは見逃さず、強く踏み込んで強烈な突きを繰り出して勇儀の身体を吹き飛ばした。
流石にホークウッドも本気である、鬼相手にここまで善戦出来るのは珍しい。
吹き飛んだ勇儀はしかし一瞬で体制を立て直す、が、それを見越した様に空中で一回転しながらホークウッドは彼女に迫る。かの狼騎士アルトリウスが得意とした空中縦回転斬り、それを模倣したこの剣技は、ファランの剣技の中でも一番威力がある物だ。
「おおぉぉぉぉぉぉおああぁ!!」
雄叫びを上げ、地面を割らんばかりに剣を勇儀に叩きつけた。
自らよりも強大な敵を倒すために調整されたそれは、正に鬼と戦うのに相応しいだろう。
「...ふぅ、ギリギリ受け止められた...」
しかし、そこまでの威力を持っていながらその剣は勇儀の腕に止められていた。素晴らしい膂力と度胸の持ち主である勇儀にとっても、この剣圧は想定外だったようだが。
「まだやるか?鬼の姉ちゃん?」
面と向かってそう勇儀にホークウッドは話かける、勿論続けるーー
「いや、辞めだ辞めだ。これ以上は殺し合いになっちまう。私の負けだよ...あんた名前は?」
ーーと言いたい所だが、勇儀にも超えてはいけない一線というものはある。これ以上は喧嘩ではないと見切りをつけ、新しく出会えた強者に名前を問う。
「俺は...ホークウッドだ。しがない脱走者だが、とある道場で師範をやらせて貰ってる。まぁ...楽しめたよ、鬼の姉ちゃん」
そう言ってホークウッドは凄まじい物を見た顔で座っていた二人のニートの元に向かう。勇儀もそれを見てその場を去ろうとし...ふと思い出したように三人に話しかけた。
「あぁそうだ、あんたら喧嘩してる時、いい笑顔してたぜ。疲れた時にゃあ、また私が相手してやるよ、じゃあな、ホークウッドと...他二人」
何だか青ニートとソダンの扱いが杜撰な気もするが、そう言って勇儀は久々に充実した喧嘩をしてご満悦そうな笑みを浮かべながらその広場から離れていった。
「...笑っていた、か。戦いが嫌だった俺たちが」
「確かに、楽しかったですね...ボロ負けしたとはいえ」
「あぁ、そうだな。...やっぱり俺たちは、人並みの生活するよりも、戦いに明け暮れる不死人流の生活の方が性に合ってるのかもしれん」
三人は、確かに楽しかった。今までは血で血を洗う戦いしかしてこなかったが故に、こんなに笑って、敗北を楽しめたのは初めてかもしれない。何だか頭もスッキリしている。
「いや、こんなに平和な世界だからこそ、戦いでも笑ってられるんだろうよ...さて、じゃあまた職探しを頑張るか」
「そうですね、何だかスッキリしましたし、心機一転私も職探しを頑張ることにします」
「俺も師範頑張るかな...あんなに強い奴がいるなら、鍛えていてもバチは当たらんだろうしな...悩んでたのが嘘みたいだ、喧嘩ってすげぇ」
ハハハと三人は笑って、広場から去っていった。ロードランで、ドラングレイクで、ロスリックで心折れていた彼らは、この世界に来て少し心が強くなったようだ。勇儀の気まぐれの喧嘩も、三人にとっては良い刺激になった。青ニートとソダンは初心を思い出し、折れずに頑張ろうと思ったし、ホークウッドは武芸により性を出そうと思えるようになっている。かの絶望の地では、敗北とは死であったが、この世界では敗北は教訓だ。
やはりここは素晴らしい世界だ
三人は、そう強く思って帰っていった。
といったことがあったが喧嘩して三人はスッキリしただけであり、ニートのサガが劇的に変わるわけもなし。相変わらず職を解かれたり道場で疲れ果てたりしている為、三人は何かと勇儀にお世話になっているのだった。
ホークウッドが職があったり勇儀と普通に戦えたりとニートの中でも優遇されていますが、元エリートですから当然ですね。歴代最強ニートですからね。
後アルバートさんは引きニートなのでそもそも外に出てなかったりします。