幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達   作:アストラの下級騎士

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全く動きの無い対談回。ちょっと短め

ちなみにこの小説では、千景の狩人=初代烏羽であるという設定になっています。


お嬢様と女王様

「ふーん、中々美味しいわね。どこから取ってきたの?」

 

 

紅魔館の一室ーー広く、豪華なその一室は、この館の主であるレミリアスカーレットの私室である。そんな部屋で今レミリアは、ソファに座ってとある人物との対面中である。その手には赤い液体が入ったグラスを持ち、時折それを揺らしては口に運んでいく。勿論、その液体は血液と呼ばれる物だ。

 

「フフフ、気に入ってもらえたようだな...これは我が一族が常に摂取している物とは少し違う、ちょっとした人間の血だよ」

 

そう答えたのは、吸血鬼であるレミリア程ではないものの、非常に長い時を生きてきた人物、血の女王アンナリーゼだ。

今夜は満月が輝く夜、だから月見をしながら話をしようとアンナリーゼはレミリアに持ちかけていたのだ。そして今綺麗な月を見ながら、静かにアンナリーゼは吸血鬼と血を嗜む。貴族らしいこの対談に、彼女は古き良き、カインハーストの食事を思い出していた。

 

「ふぅん、人間の中でも随分と良質な血の持ち主なのね。で、誰の血よ?まさかいかがわしい変な奴等の血じゃないでしょうね?」

 

「ハハハ...まぁ変と言われれば変かもしれぬな...。何、気にするほどの事でもないさ、ちょっとした『狩人』達の血さ...お嬢様の好みの味だろう?」

 

まぁ確かにと言いながらレミリアはグラスに入った血を飲み干す。...アンナリーゼは言っていないが、この血は「血の穢れ」と呼ばれる狩人から取れる異質な血だ。もっと濃厚なものならばレミリアも吸血鬼から上位者に近い存在になるが、生憎この場所でそんな事をするほどアンナリーゼは狂ってはいなかった。今はただ、この静かなひと時を過ごしたいだけである。

 

「まぁ確かにこういう味は嫌いじゃないわね、中々分かってるじゃない女王様?」

 

「お眼鏡に叶って何よりだ...私はもう少し雑味があった方が好みなんだがね。従者よ、もう一杯注いでくれ」

 

アンナリーゼはそう言うと、側に立っていた従者ーー奇妙な仮面と烏の羽根を取り付けて作ったマントを付けた側近にグラスを渡した。グラスを渡されたその従者は、慣れた手付きでボトルの中の血液を注いでいく。

 

「私ももう一杯お願いするわ。咲夜、注いで頂戴」

 

そうレミリアが言った瞬間、グラスが血で満たされる。レミリアからすれば見慣れた光景だが、アンナリーゼとその従者は初めてそれを見た時酷く驚いた物だ。上位者の仕業かと疑った程である。

十六夜咲夜はこの館のメイド長、この時間停止の能力は持つべくして持った物なのだろう。掃除、洗濯、身の回りの世話をするのにこれほど便利な物は無い。後大好きなレミリアを愛でるのにも使ったりしているが、レミリアには勿論それを伝えていない。

 

「その従者...咲夜と言ったかな?何とも便利な能力を持っている。まぁ私の従者も、引けは取らないと思うが...なぁ初代烏羽?」

 

「その称号はもう捨て去った物です女王。私はただの従者で、狂った血濡れ鴉にすぎません」

 

そう言うと従者、いや初代烏羽は、手に持つシルクのハンカチでアンナリーゼの口元を拭う。貴族らしく、一つ一つの動作に美しさがあるように思える程丁寧に

 

「.......」

 

「口元をお拭きしますわお嬢様」

 

何故か黙ってアンナリーゼの方を見つめていたレミリアの口元を、咲夜は初代烏羽よりも丁寧に素早く拭う。ちょっとした対抗意識があるのだろうか。

 

「あら、私が口元を拭いて欲しいのが何故分かったのかしら?」

 

「いえ、物凄くして欲しそうなお顔でアンナリーゼ様達を見つめていらしたので」

 

「そ、そんなに見ていたかしら?まぁ確かにあんな事をして欲しいとは思ったけれど。女王は顔が綺麗だからあの従者とのやりとりが一々映えるのよねぇ」

 

初代烏羽は仮面を付けているが、今のアンナリーゼは珍しく素顔を見せている。その顔は女王らしく威厳に溢れていて、又絶世の美女と言う他無い程整った顔をしていた。それは咲夜やレミリアも同じである。レミリアは美しいというよりかは可愛いであるが。

 

「あらそう、私からすれば貴方が血濡れなのは誰かを守ってきたからでしょう?人々はその貴方の返り血を見て、狂った鴉と罵っているだけよ。特にあの街の市民は、無知蒙昧に過ぎるのだから」

 

アンナリーゼはそう初代烏羽の先程の発言に対して答えた。ひとえに彼を信頼しての言葉である。女王としてでは無く、アンナリーゼとしての言葉だ。

 

「...時には無知が真実足り得る事もあるのです」

 

「私もそう思いますわ女王様。勿論その従者の方が狂っていると言っているのではありません。世の中の真実としては、きっと無知が一番なのですから」

 

そう言うと咲夜は時間を止めた...ようであるが何も変わってはいなかった。決してレミリアに時間停止してあんな事やそんな事をした訳ではない、してないったらしてない。世の中には知らない方が良い事もあるのだ。

 

「へぇ、咲夜も従者に同意見なの?私は女王の意見に賛成だけどね。だって今は彼は血濡れではないでしょう?美しい黒い羽を携えた、一羽の鴉に違いはないはずよ。確かに過去には血に塗れ、いや血そのものだったようだけど、私は過去ではなく、未来を見据えてそう言ってるの、貴方は自分をそう卑下しなくても良いと思うわよ」

 

「フフ、流石お嬢様、よくお判りのようだ。そう、もうこの羽根は、お前の翼は血に染まってはいないのだ。お前は今ならどこへだって飛び立てる筈だ、お前は、同族狩りなど一生しなくて良いのだから...」

 

そう言いながらアンナリーゼは初代烏羽が羽織っているマントから一つ羽根を取り、それを彼に見せた。彼女が普段見せる事はない、静かな笑みを浮かべながら。

 

「...お褒めのお言葉、ありがとうございます」

 

それだけ言うと初代烏羽はその羽根を手に取り、懐にしまってまた同じようにアンナリーゼの椅子の後ろに戻った。

それを見届けてから、レミリアはアンナリーゼとまた話し始める。

 

「そういえば、フランは彼らと上手くやっているかしら?特に大図書館の連中と。あの子ちょっとやんちゃだから何するか分からないのよね〜」

 

「あぁ、それなら心配はいらないよお嬢様。妹様は彼らと凄く上手くいっている。玉ねぎ剣士達は妹様に何時でも構ってくれているし、大図書館の人々や古の竜もすべからく妹様の事を良く思っているよ。今は檻を頭に付けて玉ねぎ剣士達やミコラーシュと一緒に鬼ごっこをしている所だ」

 

そう大図書館がある方角を向きながらアンナリーゼは答えた。フランと彼らは波長が合うのかすぐに仲良くなれていたのをアンナリーゼは知っている。特にあのユーモラスな玉ねぎ剣士達は一瞬だった。

 

「ミコラーシュと絡むとフランが狂気に堕ちそうなんだけど大丈夫かしら...。でもそれだけ上手くやれているなら私が何かする必要は無いわね、パチェも何だかんだ彼らの事気に入ってるし、美鈴なんか玉ねぎ達とまるで昔からの親友の様に仲良くなってるから...咲夜もそうでしょう?」

 

「私も彼らの事を良く思っております。家事の手伝いもきちんとこなしてくれますしね。...時折やらかしてしまう時がありますが」

 

また新しい血をグラスに注ぎながら咲夜はレミリアの問いにそう答えた。因みに先日ストームルーラーで外壁をぶっ壊された事を、まだ少し根に持っていたりする。

 

「そうだろうそうだろう、彼らは絶望を乗り越えた者たちだ。理性ある人を邪険に扱ったりしないさ。それに吸血鬼や人外など、見慣れているのだから尚更だ」

 

クスリと微笑みながら、アンナリーゼは窓の外を見た。あの地で見る満月は狂気の光を放っていたが、ここの月は違う。穏やかで、優しくて、人々の希望となるような、そんな光だ。決して赤く、悍ましく、空を青ざめた血の色に変えたような「月」ではない。カインハーストでは青ざめた血の色にはならなかったにしても、従者である初代烏羽を狂わせたあの忌々しい月は、アンナリーゼは今でも許す事は出来ない。

 

(だが...)

 

きっと許せる時が来るかもしれない、あの血族狩りをも許せる時が。いやきっと来るだろう。

 

 

 

 

 

 

アンナリーゼはその満月をレミリアと見ながら、束の間ではない最高の休息を、その夜中楽しんだのであった。

 




アンナリーゼ様の美人さにはめちゃくちゃ驚きました。設定資料集最高。後千景の狩人も個人的に好きな人物だったり。

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