幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達   作:アストラの下級騎士

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タマネギの、タマネギによる、タマネギの為の回


紅魔館門前とカタリナ騎士達

霧が立ち込める湖が幻想郷にはある。余り人は近寄らないが、時々妖精達が遊んでいたり、妖怪が水浴びをしている比較的平和な場所だ。

そして広大で壮大な湖の畔を歩いていった所にそれはある。

霧の白には映えすぎる程に真紅に染まった館、魔が住むとされる場所、通称「紅魔館」である。曰くそこに行ったら吸血鬼に生き血を吸われるだとか、魔術の実験台にされるだとか、最近では歩く玉ねぎと人より遥かにでかい巨人にすり潰されるなんて噂までたってしまっている。

だが噂は噂、残念ながら別に生き血は吸わないし実験台にもされないしすり潰されもしない。紅魔館では別に何もされないし、むしろ人を迎え入れているのだ。

 

そう、安息の地を見つけた彼らを、紅魔館は引き取ったのである。

 

 

 

 

 

紅魔館前といえば、一番に挙げられるのは門番であろう。曰く強く、弾幕に頼らない肉弾戦を得意とし、あのアンドレイに引けを取らない格闘センスを持っているのだとか。それも華奢な女性であるらしい。

一般人が近づかない理由はそれも少しある。女性でありながら大男と力比べで競り勝てるような事がある訳が無い、女性というのは紅魔館の住民が流した嘘で、実際は興味本位でやってきた村人を本当の門番である巨人がとって食ってしまう。と、村人達は信じているわけだ。

真実としては、どちらも大当たりである。門番は女性で華奢だし、巨人でもある。

 

何故なら門番は二人いるのだから。

 

 

 

「スー...スー...」

 

「美鈴、美鈴。また寝ているぞ」

 

門の前にはチャイナドレスを着用した如何にも中国拳法を使いそうな華奢な女性と、その女性六人分程の巨大な体躯を持った正に巨人と呼ぶに相応しい者が佇んでいた。...一人は門番の役目を果たしているかは怪しいが。その巨人は美鈴とその女性を呼び、その巨躯に相応しい巨大な指でツンツンと女性を叩いた。

 

「う...うーん...ふぁぁあ...むぅん...スヤァ...」

 

ちょっと起きかけたものの、またスヤスヤと幸せそうに女性ーー紅美鈴は眠り始めてしまった。指でつつくだけではだめだと巨人は判断し、拳を握りしめ、その女性の脳天に振り下ろした。

ドグォ!!という鈍い音と地面が陥没する音が辺りに響く。

 

「ゲッフ...!痛ったいじゃないですかヨームさぁん!折角ぐっすり寝ていたのに...」

 

「だから寝るなと言っておろうに」

 

その巨人、薪の王ヨームは腕組みをしながら居眠り門番を嗜める。因みに今ので4回目の拳骨だ。

 

「別に私だけが寝てるならいいですけど、その肩の上でバルトさんが寝ているじゃないですか!まずバルトさんを起こすべきでしょ〜」

 

そう、ヨームの肩には一人の騎士が載っていた。かつてヨームとの約束を果たすためにロスリックの地に馳せ参じ、名も無き灰の力を借りて遂にそれを果たした良き親友。カタリナのジークバルトその人であった。...今は肩の上で盛大ないびきをかきながら寝ているが。

 

「グゥ...グゥ...フゴー...」

 

「ふむ、確かに言い分は最もだな」

 

そう言うとヨームはその特徴的な、玉ねぎとしか形容出来ない鎧の頭部分をつついて揺らす。暫く微睡んでいたがハッと自分が寝ていた事に気付くと、大きな伸びをする。ヨームは友には甘い為、かなり長い間バルトを肩の上で夢を見させていたようだ。

 

「おぉすまない!眠りこけていたようだ。どうも友の肩の上は居心地が良くて叶わん!」

 

「褒められているのだろうが、どう反応すればいいか分からんぞ友よ」

 

これはすまんと言ってバルトは大きな笑い声を上げた。快活で豪快なその笑いは、何処となく美鈴の心を癒してくれる。

 

「へぇ〜居心地が良いんですか...バルトさんバルトさん、ちょっとヨームさんの肩の上貸して貰えませんか?」

 

興味深々と言った顔でバルトに肩を貸して貰えるかどうか頼む美鈴。無論、自らの睡眠欲を満たす為である。バルトは勿論了承するつもりであった

 

「おぉ良いぞ美鈴殿!友の肩はあったかくて気持ちーー」

 

そう言いかけた時にヨームが右手でペシリと叩く。

 

「友よ、美鈴は自分が睡眠を摂る口実を得ようとしているだけだぞ。私の肩が気持ち良くてうっかり寝てしまったとでも言うのだろう」

 

「あはは...バレちゃいました?」

 

「バレバレだぞ」

 

ポリポリと頭をかきながら美鈴は苦笑する。バルトは騙しやすいのだが、流石にヨームは一国の王であるが故に聡明である。そう簡単には騙せない。

勿論バルトは騙されたと分かっても豪快に笑って、騙された事などどこ吹く風といった感じで全く気にしないのだが。

 

「まぁまぁしょうがないじゃないですか。門番は暇なんですから」

 

「ガハハ!確かに暇ではあるが、こうして何時迄も思案に耽れるのは、何とも良いものだ!」

 

そう言ってバルトは霧が掛かる湖をヨームの肩から見下ろす。朝方というだけあり、陽光が湖に反射して非常に綺麗で、また鮮やかであった。罪の都も、昔はまだ綺麗な良い土地であった事を、ヨームとバルトは思い出す。既に昔の面影は都には残ってはいないが...。少し郷愁に駆られたヨームであったが、門番らしく胡座をかいて座ったまま、バルトと同じく湖を見据えていた。

 

「...守るものがいるというのは、良いものだな...」

 

その呟きにバルトは静かに頷く。薪の王たるヨームの苦労を一番分かっているからこそ、何も言わず、ただ頷くだけで良いのだ。暫しの静寂が、彼らの間に流れる。

 

「...美鈴殿、やはり綺麗な物は良いものだな!この陽光に照らされる湖と美人な貴公!いつ見ても良いものだ!ガハハハハ!」

 

ちょっとしんみりとした雰囲気になってしまったので、車輪骸骨ばりの話のドリフト旋回を行うバルト。美鈴からすればいきなり褒め言葉をぶっこまれたので気恥ずかしいやら何やらで胸中がてんやわんやである。

 

「え、えぇ?そ、そんな事ないですよ〜!私武芸くらいしか出来ませんし、綺麗だなんてそんな...」

 

身体をくねらせながら照れまくる美鈴を見て、ヨームもクスリと笑った。その笑いが聞こえたのか更に顔を赤くして美鈴は身悶えする。

 

「さ、さぁ!気を取り直して門番やりますよ!」

 

顔を赤くしながらヨームとバルトに美鈴は呼びかけ、腕組みをして多分来ないであろう侵入者を見張る事にした。ヨームもバルトも、一応話をやめて前を見据える。...この間たったの8秒。だと言うのに既に美鈴とバルトは目をうつらうつらとさせている。此奴らに目覚めという概念はあるのだろうか。

結局二人はそのまま寝てしまい、やれやれとため息をつきながらヨームのみが門番の役目を果たすのだった。

 

...そうして朝は過ぎ昼ごろ、不意に開いた紅魔館の門の音でバルトと美鈴、実は寝てしまったヨームはパチリと目覚める。昼時、丁度腹が減る時間帯に、彼らはやってくるのであった。

 

「貴公らーーー!!!昼飯の時間だぞーーー!!!ガハハハハ!!」

 

「ちょ、ちょっと父さん声が大きすぎるんだけど...」

 

そう、正に豪快やら冒険といった言葉をそのまま体現した、竹を割ったような騎士、カタリナのジークマイヤーと父に比べてしっかり者の娘、ジークリンデである。実は幻想郷に来てからも探検をしたり災難にあったりであちこちをうろついていたマイヤー親子であったが、最終的にここ紅魔館に住み着く事にしたらしい。彼らの仕事は掃除や洗濯といった基本的な家事であり、言わば雑用係である。勿論いざとなれば戦闘もこなすつもりだ。余談だが、玉ねぎ鎧を着たまま家事をこなす様は中々ユーモラスだったりする。

そんな彼らは昼時になると同志ジークバルトとヨーム、美鈴を誘って庭で一緒に昼飯を食べることを日課としている。カタリナは酒と謳歌の国。一緒に食べる人が多ければ多い程良いというものだ。

 

「む?お、おぉ!マイヤー殿!リンデ殿!そうか、もうそんな時間であったか!いやはや寝すぎてしまったようだ...」

 

「私もだ、友よ、王であった者が居眠りとはな...だが良い経験になった」

 

「お疲れ様ですマイヤーさん!リンデさん!ささ、今日のお昼ご飯は何なんです?」

 

先程まで寝ていたことなどまるで無かったかの様に三者一様に目を輝やかせながらマイヤーとリンデの方を向く。それを見たマイヤーとリンデは互いに目を合わせて鎧の中で笑いながら、勿体ぶるように話し出した。

 

「フフフ...今日のお昼ご飯を聞いて驚かないで下さいよ...何と今日は!」

 

そうリンデがバッと両腕を伸ばし父に向ける、それを受けたマイヤーは自らが持っていた底なしの木箱に手を入れ、勢い良くそれを取り出した。

 

「仕事で貯めたお金で!!BBQセットと高級肉を買ったのだあああぁぁぁああ!!」

 

「「「おぉぉぉぉおおぉおおぉお!!」」」

 

マイヤーの手で置かれた香霖堂で買ってきたちょっと古いBBQセットと、美しいと思う程の完璧な霜降り肉を見て、三人は歓声を上げる。全く素晴らしい。

霜降り肉はとある肉屋で大金をはたいて買ってきたそうだ、どうでも良いがその店主はずた袋を被っていたらしい。

 

「流石マイヤー殿親子だ!このようなサプライズを用意してくれるとは...これは兼ねてから準備していたあれを出す他無いようだ!」

 

「うむ、ならば友よ。あれを取って来るのだな?」

 

それを聞いてあぁとバルトは頷き、それに頷き返すとヨームは紅魔館の裏に消えていった。

 

「これは...私が門番をやり始めてからかなり豪華なパーティーになりそうです」

 

「そうでしょう美鈴さん!私はこの時の為に朝ご飯を抜いてきましたからね!」

 

ヨームが「アレ」を持ってくる間に、バルトとマイヤーはBBQの準備をしていく。炭を用意し、網を張り、野菜を盛り分けていく。二つの玉ねぎがテキパキ動く様は見ていて非常に面白い。

炭を敷き詰め、野菜を盛り終わった丁度その時、ヨームが自分の半分程もある巨大な樽を抱えてやってきた。

 

「さぁ貴公ら、これが我が友ジークバルトと私が丹精込めて作った、最高の酒だ!」

 

ズドンと勢い良く樽を置くと、辺りに芳しい酒の匂いが立ち上る。それだけでもこの酒がどれだけ手間暇かけて作られた物か誰もがすぐに分かった。

 

「酒に肉に野菜...じゅるり」

 

「美鈴さん、涎たれてます。めっちゃたれてます」

 

とうとうこれで宴の準備は出来上がった。夜では無く、普通に真っ昼間で何の変哲も無い普通の日ではある。だが宴をしたくなった時にするのがカタリナ流である。

 

「さぁさぁバルト殿、ヨーム殿、美鈴殿、座ってくれ!」

 

「友よ!酒を皆に!」

 

樽を開け、ジョッキをそのまま樽の中に突っ込み、酒を汲んで行く。皆に行き渡った時、あの宴の始まりの一声がバルトより放たれた。ロスリックの地で、名も無き灰と共に幾度も乾杯をする時に放つあの言葉を。

 

「では...貴公の仕事、健康、そしてこれからの人生にーー

 

 

 

 

 

 

ーー『太陽あれ!!』

 

 

 

カチンという小気味よい音とバルトやマイヤーの笑い声で、最高の宴が始まった。酒を飲み、様々な事を語らい、笑い合う。静寂の中二人で飲みあうあの頃とはまた違う、明るい太陽の如き宴である。リンデは野菜をパクパクと食べ、ヨームは炭に火をつけ、マイヤーはバルトと美鈴と共に酒の早飲み勝負をしている。彼らカタリナの騎士達が、一番したかった事なのだ、存分に楽しみ、存分に飲み、存分に食べる。

 

「さぁ!本命に移ろう貴公ら!肉を食べる準備は出来ているか!?」

 

歓声を上げ、我先にと肉を焼く為に各々トングで網の上に肉を置く。じっくりと出来上がるのを待つのも、BBQの醍醐味である。

 

 

 

「.....」

 

「.....」

 

「.....」

 

「...焼けないな」

 

 

 

見れば炭につけた火は消えそうになっている。というか考えれば分かるが炭しか入っていない為火がかなりつきにくいのだが、ヨームはそんな事はやった事が無いため、取り敢えず適当にやってしまっていた。

そして他四人もあんまり体験が無い為、何故火がこんなに弱いのか分かってはいない。

 

「これは思索の必要があるなバルト殿...」

 

「全くだマイヤー殿、さてどうするべきか...」

 

うーむうーむと玉ねぎ二人が唸りだす。リンデはその見慣れた光景にくすりと笑う。ヨームと美鈴は関係無いとばかりに酒を飲み倒しているが、まぁ大丈夫だろう。

 

「うーむ...うーむ...お、おぉ!」

 

「何か思いついたかバルト殿!?」

 

胡座から立ち上がるとバルトは背中に携えていた剣を抜き、高らかにその案を言った。

 

「火が弱いなら、強めればよいのだ!しかし団扇などでは時間がかかる!そこでこのストームルーラーを使うのだ!」

 

その言葉に、その剣を渡した者であるヨームが首肯する。

 

「うむ成る程、確かにそのストームルーラーならば火を強められるだろうが...まさか私を倒す為の剣が団扇代わりに使われるとは...」

 

他の三人もうんうんとその案を了承する、彼らはストームルーラーを余り知らぬ故に。少し不安を抱えているのはその火力を知るヨームのみであった。

 

「じゃあバルトさん、一気にやっちゃって下さい!」

 

「ガハハハハ!やはり宴は楽しいものだなぁリンデ!」

 

「父さん、ちょっと飲みすぎじゃない?」

 

皆がバルトの方を見たのを合図に、バルトは剣を掲げる。最初は少しの風の音が鳴り響くだけだったが、段々と、段々と風は疾風となり、疾風は竜巻となり、竜巻は迸る嵐へと化した。ストームルーラーは巨人殺しの剣、纏うのは大樹をも薙ぎ倒す大嵐。余りに暴力的なそれは、三人のちょっと風を起こすだけという予想を遥かに上回っていった。やばい、あれは非常にやばいと三人の本能が警告している。

 

「...え?あれ不味くないですか?不味いですよね?大天狗が引き起こす風でもあれには及ばないんですけど」

 

「嵐の剣とは!滾るなぁ!!バルト殿に後で少し貸してもらいたいものだ!」

 

「そんなん言ってないで逃げるよ父さん!」

 

事の不味さがよく分かったのか、美鈴とリンデはマイヤーを引きずりながらその場から必死に離れる。あれは当たったら確実に死ぬ。そう思わせる程にその嵐は強大だった。因みにヨームは何も言わずに館の裏に最速で隠れた。

三人が逃げ終わった頃、とうとう嵐が完全に剣を覆う、バルトは目標であるBBQセットをしっかりと見据え、天に切っ先を向けた構えから大上段で

 

 

「せいやあぁぁあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

ーー清々しい程の全力で、それを振り下ろした

 

 

 

 

 

「まぁ、こうなりますよね...」

 

悲惨、余りに悲惨である。BBQセットと肉は粉々に砕け散り、大地は一直線に裂け、外壁は見事に吹き飛んでいた。所謂やらかしたというやつである。

 

「ガハハ...さて、どうするかな...」

 

そう言いながら地面に胡座をかき、これからどうすれば良いかをバルトは考える。

まぁ彼は思案するまでもなく、メイド長である十六夜咲夜から直々に門番を解雇され、無給での外壁や地面の復旧作業を強いられてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

もちろんだが、ストームルーラーは香霖堂行きである。

 

 




ずた袋の肉屋...一体何ドレットさんなんだ...。
ちなみにその肉屋には何ダさんとか生贄の道に居た解体人何アナさんとかが働いています。是非とも行ってみましょう。

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