幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達 作:アストラの下級騎士
後ガスコイン一家にはもっと幸せになって貰いたい(切実)
ロードラン、ドラングレイグ、ロスリック、ヤーナム。そのどれもに無かった物がここ幻想郷にはある。あの暗い絶望の世界には決してもたらされなかった物。
そう、人里である。
それもヤーナムのような陰鬱な街ではなく、活気と笑顔が溢れる明るい人里だ。
様々な商店や食事処が立ち並び、素朴ながらも風情のある一軒家が連なっている。小さいながらも本屋や図書館、学ぶ場所として寺子屋もある。
更には遊技場や酒場、武芸を訓練する場所も設けられており、何かに困る事は無いと言って良いだろう。
もちろん歩く人々は多少の差はあれど、かの世界の様に暗く哀しみにくれた表情は全くしていない。彼ら不死人やヤーナム民にとってそれは全く新しい景色であり、ここで生きていこうと思わせるには十分な場所であった。
「ーーつまり、掛け算割り算を上手く出来なきゃ、この先いきのこれないという訳だ。お前ら掛け算割り算はしっかり分かったか?試しに当ててみるぞー。...じゃあ、エリス!3+5×6の答えは?」
エリスと呼ばれた少女はハイ!と元気の良い返事をすると立ち上がり、しっかり教壇に立っている先生ーー上白沢慧音を見据える。その髪は金髪であり、外来人である事が伺える。その美しい金髪にちょこんとアクセントとして付けられている純白のリボンが、エリスと呼ばれた少女の可愛らしさを引き立てていた。
「33です先生!」
「よし、正解だ!エリスは入ったばかりだがとても頑張っているな。他の皆もエリスに負けるなよ!」
はーい!と教室に子供らしい元気のある声が響く。ニコニコ顔で椅子に座ったエリスに、その後ろに居たおよそ教室にいるとは思えない大柄な男が、エリスの両肩に手を掛け、耳元で小さく囁いた。
「よく頑張ったなエリス、流石だ」
それを聞いた彼女はエヘヘと照れ臭そうに笑い、また前を向いて慧音の授業を聞いていた。
それを見た大柄な神父服を着た男も、静かに、父親らしい大人びた笑みを浮かべる。ヤーナムの地では、オドンの地下墓で正気を失い、終いには獣と化してしまった人物とは思えぬ姿だ。その男、否ガスコインは、この目の前に広がる光景を見て何時も思う。「これは夢なのではないか」と。上位者が創り出した甘美な悪夢ではないのかと。
だが何度寝て覚めてもその夢が終わる事は無かった、何せこれは現実なのだから。またエリスの笑顔が見れるとは、それを見て笑えるとは、思ってもいなかった。
今の彼は妻ヴィオラと理想の家庭を築いている、幸せ満開だ。リア充、いやリア獣である。一旦狩道具は修理の為、この里一番の腕利きに預けたばかりだ。寺子屋には保護者参観として来ているので、序でに武器を修理しておこうという魂胆だ。ただ、ガスコインには一抹の不安がある。
(うーむ...俺の斧は修理出来るだろうか?あれは中々複雑だぞ。というかこの時代の人物が銃を理解出来るかどうか...)
所変わって此処はタタラ場である。金槌を振るう音が絶えず鳴り響き、男達が汗水を流しながら鉄から刃物や道具を作り出している。その熱気は凄まじく、並みの人間なら10分も居たくない場所である。その男達の中には、傍に熱を物ともせず佇んでいるポニーテールの女性がいる黒髭の鍛冶屋や、ブツブツと何かを言いながら一心不乱に武器を鍛えている男。魔術のような何かで刃を研ぎ直している男、中でもまんま骨そのものの鍛冶屋なんかは巷でも話題になっている。
そんな男達に一人、身体中に傷を付けた筋骨隆々の白髭と白髪を生やした男が居た。
彼はアストラのアンドレイ。
かつてロードランで無数の不死人の武器を鍛え、更にはロスリックでも多くの不死人達を支えた頼れる親父である。
彼自身は神に近い種族の為、永い年月が経っても生きれていたのだ。だが神に近いとはいえ、寿命には勝てなかった。
使命から解き放たれたとはいえ、ここに来てからも彼の仕事はやっぱり鍛治仕事だ。「鍛冶屋が鍛冶しなくてどうするよ」とは彼の言葉である。
そんな彼だが、今正に最大の苦難に立ち向かっていた。
「何だぁこりゃあ...?斧の刃自体は問題じゃないが、この変形機能の修理法が分からん...見た事がねぇ。この筒見たいなもんはもっと分からん、魔術で鉄クズを飛ばしてるのかと思ったが、どうにも違うようだしなぁ...」
幾ら神代の鍛冶屋とはいえ、ガスコインが渡したそれは文明レベルが違いすぎた。そもそも銃という概念が無い。アンドレイの知る火薬は火炎壺程の巨大な物なのだ。
「フン、苦戦しとるようだなジジイ」
「あぁ苦戦しとるんだよ骨爺さん、さっぱり分からんくてな...混沌を扱えるあんたなら分かるか?特に筒の方だ」
アンドレイはそう骨爺さんーーバモスにそれを手渡す。バモスはそれをまじまじと観察するが、どうやらさっぱり分から無かったようで乱暴にアンドレイに手渡した。
「何らかの火の力で飛ばしてるのは分かるが、どうやって火の力を小型化してるのかが分からんな。こういう時は...おいリッケルト!」
リッケルトと呼ばれた魔術で道具を修復していた、帽子と学院の制服を着た男は軽く返事をするとバモスの方に向かっていった。
リッケルトは非常に優秀な魔術鍛治であり、魔術の事に関してはこの場の誰よりもプロフェッショナルだ。この筒を解き明かせるとすれば、彼位しかいない。
「何だバモスの爺さん、魔術が入り用かい?」
「魔術というかお前の知識だ。これが何か分かるか?」
リッケルトはその筒、銃を手渡され、食い入るようにそれを見つめる
「いや...筒にしか見えないな。これが噂の銃ってやつか」
だが、何の魔力も加わっていない故に、それがどういう仕組みかなどリッケルトには分からなかった。まぁ仕方の無い事である。
「フゥ、どうしたどうした?銃が何だって言うんだ」
「面白そうだしあたしも混ぜて欲しいなぁ」
そう言って近づいてきたのは鍛冶屋レニガッツとその娘クロアーナであった。
鍛治に関してはアンドレイに譲るものがあるものの、修理の技術に関しては他の追随を許さない確固たる技術を持っている。クロアーナは石集めを卒業して、父の鍛治仕事を受け継ごうとしているらしい。そして何より、彼ら二人が「家族」として過ごしている。それが一番重要な事だった。
「おぉレニガッツじゃあねぇか。修理は終わったか?」
「とっくの前になアンドレイ、で、だ。銃が何だって?」
そう言って目を輝かせながら見つめるレニガッツとは正反対に、手の平を上にしてわざとらしくクロアーナはジェスチャーをとる。
「父さんまだ仕事終わって無かったでしょ?幾ら好奇心が抑えられないからって仕事放棄しないでよー」
そんな言葉を聞いても仕事が何だとばかりに銃をしげしげと見つめる父に呆れたクロアーナは、自分の腕試しにと残った父の仕事を片付けに、鼻歌を歌いながらまた元の持ち場に戻っていった。因みに残ったもう一人の男、マックダフは全く関心を示していないようである。
火に魅入られた男は、やはり火から離れる事は無いようだ。
「さて、じゃあ銃とやらをどうするかだ、どうするバモス?」
アンドレイが手渡された銃を弄びながらバモスに目を向ける、しばし考え込むバモスではあったが、何かを思いついたのかバッと顔を上げた。
「少し機能は違うだろうが、この銃の修理方法が分かったぞ」
その言葉を聞いたバモスを除く四人の男達は興味津々に骨の鍛冶屋の次の言葉を待っている。
「フン、お前ら良く聞け。まずはレニガッツが銃の表面や突起の修理を行え、お前が一番早く正確に修理出来る。
次にアンドレイ、お前だ。この銃、多分だが鉄を入れる用にこの真ん中部分が折れる様になっとる。その部分を磨き、機能を良くしてくれ。この後ろのカチャカチャする所も磨き上げろ。
その次はリッケルト。魔法で接合部分を限界まで強化しろ、後魔術術式を筒の前側に施せ。
マックダフにはリッケルトの後に銃本体に火の力を加えて貰う、そうしなければワシの工程で詰まるからな。
最後にワシが混沌の炎の力を加える、リッケルトの魔術術式と混沌の炎が組み合わさり、撃ち出す事が出来る筈だ。
頑強で衝撃にも簡単に壊れず、機能性も抜群。序でに破壊力もだ。面白そうじゃろ?」
それを聞いた三人は目配せをすると、高らかに笑いだした。最高の案に違いないと。レニガッツはニカリと笑い、面白そうじゃねぇかとアンドレイは豪快に声を出し、忙しくなりそうだと呟いてリッケルトは前髪を弄る。もちろん笑みを携えて。
「後はこの神代の鍛冶屋共が作った最高傑作に最高の彫刻を彫ってくれる奴だが...」
そうアンドレイが言い終わるか否かの時に、ふとタタラ場に影が指した。
その影の持ち主は、人間により遥かに巨大でありながら、滅びた都で幾人もの不死人をその優しい心で癒した者
「いま、かえった。しごと、ある?」
そう辿々しく言葉を発したのは、あの四騎士や銀騎士の武器をも鍛えたという最高の鍛冶屋の一人であり、類い稀な技術を持つ人物。
ーー巨人の鍛冶屋だった。
それを見たアンドレイはニヤリと笑い、巨人に仕事を伝える。
「あぁ、最高の仕事があるぜ、巨人さんよ」
後日、ガスコインはその銃を受け取った後、戦慄することになる。
何故か水銀弾無しで撃て、リロードは弾を込めなくても一旦銃を折れさせるだけで良く、照準は見やすく、完璧に修理され、トリガーや銃本体の反応や扱いやすさも逸脱している。
恐ろしいのはその威力だ、溶岩の様な弾が飛んだと思ったら前方を焼き尽くしていた。はっきり言って過剰火力である。
ーー自分はとんでもない場所を見つけてしまった。
驚愕を胸に秘めながら、ガスコインは銃を仕舞い、修理されたそれをジロジロと見つめる。斧は普通に修理されていたのに何故銃だけ魔改造されているのか。
「どうするか...いや、戦いはもうしないと決めたのだから、これで良いか...。灼き焦げる匂いが凄まじいな全く」
そう一人愚痴るガスコインに、一人の女性が近寄ってきた。それはヴィオラでは無く寺子屋の先生、慧音である。
「ガスコイン神父殿、お疲れ様です。その惨状は一体...」
「あ、あぁ。ちょっと想定外の事がありまして。気にしないでもらえると嬉しいのだが」
そう顔を焼け野原の方に向けて言った、慧音の方も事情があるのだと思い、深くは考えない事にする。それにガスコインが何かおかしな事をするような人物では無いと分かりきっていたのもある。
ガスコインはふと慧音に振り向くと、その目に覆う包帯はそのままに、真っ直ぐ慧音を見て言った。
「娘は、上手くやっていますか?」
当たり前の言葉、当たり前の行動だった。だがそれを今の自分が言える事にとても感銘を受ける。
慧音は、実はガスコインの歴史を読んでいた。得体の知れない人物が娘と言って預けてきた。一言で言って怪しい。
だから満月の夜、ガスコインを呼び出し、歴史を読んだのだ。
彼の歴史がどれだけ悲惨で血に塗れた物だったのかも、その時はっきり分かった。
だから、この何気無い言葉が彼にとってどれだけ素晴らしい物か、慧音には分かっている。
だからこそ、当たり前にこう答えるのだ。
「えぇ、娘さんは何時も笑顔で、元気良く過ごしていますよ」
その綺麗な顔に慧音は微笑みを携え、軽く会釈して寺子屋に戻っていった。
勝手にガスコインさんの娘さんに名前つけてます、こんな感じの名前してそう。
因みにガスコインさんの散弾銃はイザリスもビックリの混沌の最終兵器になりました