幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達   作:アストラの下級騎士

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お待たせ致しました。何とか風邪が完治し、ダクソ3アプデ前に投稿する事が出来ました。ボリュームは何時もより多めです。

この小説を書くにあたって一番出したかった人物達。
あんまり他の小説で彼らを見ないので...


永遠亭と悪夢に囚われた者達

迷いの竹林、その奥深く。普通の人であれば決して立ち入る事のないであろう場所に、それはあった。日本の昔の建築技術で建てられたであろうそれは、永遠亭と呼ばれていた。

永遠亭はその名の通り、永遠の時を生きる者達が過ごす場所であり、また幻想郷の中でも最高の診療所として有名である。

その和室の一角に、二人の女性と一人の車椅子の老人が、机を挟んで紅茶を嗜んでいた。

 

「ふぅ...彼女が淹れてくれた紅茶は今日もとても美味しいわねぇ。流石貴族と言うべきかしら?」

 

そう老人に喋りかけたのは、この永遠亭の実質的な主人であり、非常に優れた町医者として有名な女性、八意永琳である。何だかよく分からない青と赤の服さえ着ていなければ、絶世の美女と言えるだろう彼女が紅茶を嗜む姿は中々に芸術的だ。

 

「本当に美味しいですよね!いやぁ朝からこんな良いものが飲めるなんて幸せです〜」

 

はにかみながら紅茶をがぶ飲みしているのは、頭にうさ耳が着いている事以外は比較的まともな格好をした女性、鈴仙優曇華院イナバ、通称うどんげであった。

彼女は今永遠亭で薬師見習いとして修業中である。偶にポカをやらかしてお仕置きされているのだが。

そんな二人の紅茶を飲む姿をただ見つめて微笑む車椅子の老人こそが、永遠の夢に囚われ、幾度も幾度も獣狩りの夜を繰り返し、最期には一人の勇敢な、或いは血に酔った狩人によって夢を解放された古狩人。ゲールマンであった。

車椅子にかかるその脚は.....きっちりと両足揃っている。義足では無い。

 

「さて、ゲールマンさん。あの薬は効いたかしら?貴方のその無くなった足を生やす為に、ちょっと副作用が強い再生薬を使ったのだけれど...」

 

永琳はゲールマンの足を見てそう言う。再生薬は、効果が強力な代わりに非常に副作用が強い。猛烈な勢いで皮膚組織や骨や肉を再構築していく為最悪死ぬ危険性があったのだが、ゲールマンはピンピンしている。

 

「いや、大丈夫だよ。快適だ。今はまだ思うように動かせないが、何れ車椅子から離れられる筈だ...。本当にすまないな、永琳よ。私が...この車椅子を完全に捨てされる時が来るとは思わなかったさ...」

 

「ゲールマンさんの足を最初見た時びっくりしましたよ、そりゃあ酷いもんでしたからねぇ。義足というか、あれじゃただのつっかえ棒みたいにしか使えませんから。立てないのも納得です」

 

まじまじと治った足を見ながら鈴仙はそう言った。実は義足でも立って歩く事が出来てしまうのだが、治してもらった以上言わなくても良い事だろう。

 

「ご老体だから身体に何か起こるんじゃないかと思ったけど、そんなことは無かったみたいね?流石、『最初の狩人』

と言った所かしら?」

 

「その呼び名は...成る程、またマリアが何か要らぬ事を貴方方に言ってしまったようだ...。まぁ、御大層な渾名だが、他の狩人達と大して変わらんよ。そりゃあ生きた年月だけは段違いだが」

 

少し呆れた表情をしてゲールマンがそう言った時、机の上にコトリと芳しい.....というかなんとも言えぬ臭みを放つ味噌汁が置かれた。それを置いたのは、いつの間にか三人のいる居間に入ってきていた貴族風の女性である。その女性は、味噌汁をゲールマンの前にだけ置いて、静かな笑みを浮かべていた。

 

「マリア、私達は既に朝食を取り終わっているのだが?この意味深げに置かれた味噌汁を私はどうすればいいのだね?」

 

「おやおや師よ、決まっているだろうに。貴方への日頃の感謝の気持ちだ、さぁ飲んでくれ。カインハーストで鍛えた料理の腕を遺憾なく発揮した力作だぞ」

 

マリアと呼ばれたその女性は、さぁさぁとゲールマンを急かす。ゲールマンの弟子であり、また狩人の夢の人形のモデルにもなった人物であり、序でに言うとカインハーストの女王になれる素質もあった人物である。自らに流れる血を嫌い、しかし秘匿を守る力を求めるが故にその血に頼った彼女は、今は自らの血に関して幾度かのゲールマンとの相談と模擬戦を経て、肯定はしないが否定もせず、ただ己の一部として扱うという結果に落ち着いた。

 

「.....この味噌汁からは何かこう、何とも言えない異臭が漂っているのだが」

 

「あら?最初の狩人ともあろう者が弟子が丹精込めて作った食べ物を無下にするのかしら?」

 

「そうだぞ師よ。確かに少し臭みがあるかもしれないが、別に失敗した訳では無いのだ。存分に味わってくれ」

 

永琳がニヤニヤと笑いながらゲールマンに早く食べる様言うが、ゲールマンは冷や汗を流したまま食べようとはしない。

匂いから察しがつくだろうが、マリアは料理が壊滅的に下手である。紅茶を淹れたり作ったりなどは上手なのだが、いかんせん家庭料理が大の苦手なのだ。前はクッソ甘ったるい野菜炒めを食べさせられ、その前はめちゃくちゃ塩っ辛くてベッタベタのおにぎりを食べさせられたゲールマンの胃は、マリアが作った味噌汁に対しても警告を鳴らしていた。

 

「全くしょうがないな、我儘な師を持つと弟子が困る。ほら、あーんだ、あーん」

 

「マリアさんがゲールマンさんにあーんを!これは貴重なシーンですよ!」

 

余りにもゲールマンが渋るので、マリアが味噌汁をスプーンですくって彼の口まで運んでいった。幻想郷の中でも一二を争う程の美貌を持つと言っても過言ではないマリアのあーんである。クッソ羨ましい限りだが、ゲールマンがあーんの相手では恋人とかそういうのでは無くて、頑固な老人を介護する健気な孫にしか見えない。

 

「いや、あーんでは無くてだな。食えないのではなくて食いたくはないのだよ、マリア。そこの所を分かってもらわなくてはーー」

 

「いいからいいから、食べなくては分からんだろう?」

 

相変わらず拒否しようとしたゲールマンの口に無理矢理スプーンを押し込んだ、傍から見れば介護から一転、老人虐待である。

 

「............」

 

「ど、どうだ師よ?今回はそこそこ上手くいったと思うのだが...」

 

無表情で味噌汁を味わうゲールマンと、ちらちらと顔を伺いながら感想を心待ちにするマリア。それをニヤニヤと見つめる永琳と鈴仙。不意にゲールマンが表情を変えると、渋い顔で感想を述べた。

 

「うむ、まぁ、マリアにしては良くやった方では無いかね」

 

「ほ、本当か!良かった、鈴仙やてゐに教わった甲斐があった...」

 

「ただこれは味噌汁というか完全に血のスープなのだがどういう事かね?味がめちゃくちゃ鉄臭いのだが」

 

それを聞いたマリアは待ってましたとばかりに眼を輝かせて説明した

 

「良くぞ聞いてくれた師よ!いや何、ただの味噌汁では味気ないと思ってな。私の血を混ぜたのだ、美味いだろう?」

 

「いや.....すまんが雑味たっぷりで非常に不味い。永遠の夢に囚われて責め苦を受けているような不快感だよ」

 

その言葉にがっくりと肩を落として落ち込むマリア。まぁ戦いばかりで料理などしたことが無かったから下手なのは仕方ないとして、血を混ぜるとは流石カインハーストの貴族である。はっきり言って発想がイかれている。

 

「ま、まぁまぁ時間は幾らでもありますから、いつか美味しい料理を作れますよマリアさん」

 

「鈴仙...すまないな、また一から教えてもらう事になりそうだ。いつか師に、美味いものを食わせてやりたいからな。日頃の、そして今までの礼を兼ねて」

 

「マリア.....ハハハ、良い心意気だ。流石は私の弟子、料理の鍛錬に励むと良いよ。ただ、今度から先ずローレンスに食わせて感想を聞いてきてくれ、身が持たんよ」

 

そう軽く師弟が喋っていると、襖が開いて居間に二人の男が入ってきた。

一人は白いフードと聖布が付いた白装束に、背中に一振りの大剣を背負った壮年の男、もう一人は所謂中世の学徒の服を着用し、これまた普遍的なズボンを履いた男である。

その二人の男は居間に入ると永琳や鈴仙に軽く会釈して話し出した。

 

「いやぁすまぬ永琳殿、鈴仙殿。朝飯に間に合わなかったよ。ちと寝過ぎてしまってね、どうにも夢に囚われていたせいか時間感覚が身体に染み付いていなくてな」

 

頭をかきながらそう喋る大剣を背負った男は、医療協会成立時から狩人として活躍し、民から英雄と呼ばれた古狩人、ルドウイークであった。悪夢に囚われ獣と化してしまったものの、とある一人の狩人のお陰で永遠から覚めることが出来た彼は、今の今まで寝室でぐっすりと眠っていた。

 

「私もですよ、全く夜明けとは私達に縁が無さすぎていけませんね。サッパリ起きれませんよ。そこにいる車椅子の友人とマリアさんはそんな事ないようで羨ましい」

 

にこやかに笑ってそう言うのは、医療協会を設立し、獣を自らで制御しようとした初代教区長、ローレンスである。彼は獣となり、友であるゲールマンの手で葬られたが、狩人の悪夢に死して尚囚われていた。だがルドウイークを下した狩人の手によって、真の安息を得る事が出来たのだ。ちなみにローレンスはマリアの料理を食べたくないが故にわざと寝坊してきた。

 

「あら二人共、遅かったじゃない?今日は確か竹林に散歩に行く予定だったわよね?そろそろ行かないと霧が濃くなって来るわよ?まぁ貴方達には余り関係ないでしょうけど」

 

その永琳の言葉を聞いて思い出したのか、ポンと手を叩いてルドウイークは嬉々としてゲールマンとマリアを見て言った。

 

「そうだったそうだった!今日はゲールマン殿とマリア殿、ローレンス様と一緒に少し散歩をするんだったな!いや、この四人が集まるなど、もう何十、いや何百年前だろうか...」

 

「やれやれ、一番の老いぼれの私が覚えていたと言うのに、何故君が忘れるのかね?獣の性がまだ残っているようなら私がどうにかしてやろうか?それに散歩なら前にも一度やっただろう」

 

感慨深げにそう言うルドウイークにゲールマンは溜息を吐いて言った。一番の年長者でも覚えているというのに何故忘れるのかゲールマンもわからない。獣がまだ残っていると考えるのも仕方ないだろう。

 

「全く私達師弟が早起きをして備えていると言うのに、貴方達が起きてこなければ何も出来んだろう?」

 

「ハハ、申し訳ないマリアさん、そしてゲールマン。ちょっと自分の身体の事を研究していたら寝るタイミングを逃してしまってね」

 

ローレンスはそう言い訳をしているが、もちろん嘘である。本当の事を言おうものなら確実にマリアにバラバラにされるのは明白だ、ローレンスも其処まで馬鹿ではない。ただ一応研究をしていたのは本当である。彼は幻想郷に来た際、自らの獣を制御出来る様になっていたのだ。何故そうなっているのかローレンスにも分からない為、ゲールマンやマリア、ルドウイークと一緒に日々研究している。

 

「師よ、ではそろそろ行こうか。ルドウイークもローレンス叔父さんも揃った事だしな...まぁ、散歩という名の腕試しだが」

 

マリアはそう三人に向かって言った。

実は彼らが言う散歩とは、「迷いの竹林を駆け回りながら殺さない程度に本気でバトルロイヤルをする」事だったりする。

ゲールマンの足の調子やローレンスの獣化の能力を確かめるのを手伝うという名目だが、ルドウイークもマリアも久しぶりに激しい運動をしたいのだ。

前に永琳に散歩という名の戦闘風景を見てもらった時、「人外」という称号を四人が貰ったのは記憶に新しい。後マリアの血とルドウイークの月光の聖剣に永琳と鈴仙が強い興味を示していたのも最近の事だ。

 

「うむ、我が導きの光も今日は強く瞬いている。ゲールマン殿の調子を調べるのには丁度良い」

 

「ついでにこの獣の研究も頼むよルド。ゲールマンとマリアもお手柔らかにお願いしますよ、三度も死を体験したくはないからね」

 

それだけ言うとルドウイークとローレンスは、居間を出て外に向かって行った。マリアも車椅子の持ち手を掴み、ゆっくりと押していく。

 

「それでは永琳殿、鈴仙、暫く外に行ってまいります」

 

マリアはそう言って居間から玄関に向かって行く。残された二人は笑顔で彼らを送り出した後、ポツリと言葉を漏らしていた。

 

「本当に彼ら、意気揚々としてるわよねぇ。毎日楽しそうというか、全力というか。ゲールマンさん何かは既に人間の寿命を遥かに超えてる筈なのに...鈴仙、やっぱり彼らの言う事は本当なのかしらね?」

 

「別世界から来たって事ですか?私は最初から信じてましたよ師匠!彼らは本当に不幸で悲しい人生だったから、世界を超えてここにやって来たんです。ゲールマンさんのお話を全て聞いた時、私涙がポロポロ出て来ましたよ...。あの話が嘘だとは到底思えません。あれだけ楽しんでるのも、その証拠じゃないですか?」

 

「確かにねぇ...この私が知らない事をペラペラ喋っていたし...。上位者、月の魔物、メルゴーの乳母。ここには居ないとはいえ、嘘とは思えない程に彼らの話は真実味があったものね」

 

彼らが去っていった襖を見ながら、彼女達はせめて四人が幸せに、そして楽しく日常を過ごせる様に祈っていた。

 

 

 

 

ちなみに輝夜は部屋で寝っぱなしで全く起きる気配が無かったりする。流石ニート姫、格が違った。

 

 

 

 

 

 

 

竹林に向かう四人を、ひっそりと陰から見つめる人影が一つ。頭にはスリットの入った兜を被り、胴体にはチェインメイルと革鎧を組み合わせた鎧を着けている。その手には巨大な馬上槍であるグレートランスと、古の反逆者が使ったというこれまた巨大な大楯を携えていた。

 

その者の名は暗殺者マルドロ。知る人ぞ知るクソ野郎である。

 

竹林を適当に散歩している時に、マルドロは幸か不幸か彼ら四人を見つけたのだ。見れば貴重そうな剣を持つ男や背中に銃と呼ばれる物を背負った車椅子の老人、それを介護する美人な女と如何にも学者風の男。

どれもこれも痛い目に合わせて再起できない様にすれば良いものを落としそうな奴らである。しかも見た所強そうなのは白装束を着けた奴位、金品を分捕るには正に好都合すぎるとマルドロは考えた。あわよくば、あの美人な姉ちゃんを手篭めに出来るかもしれないという汚い欲望も持っていた事を付け加えておく。

 

こそこそと物陰に隠れて観察している限りでは、特にマルドロに勘付いてはいない様だ。マヌケ野郎共めと心の中で罵倒しながらマルドロは更に近づく。

和気藹々といった様子で四人は会話しており、家族の様にも見える。

 

まさかこんな悪党に狙われているとは梅雨にも思わないだろう。

 

そう考えながらマルドロは更に近づいていく。狙いは一網打尽。手には黒い火炎壺を紐で大量に括った爆弾が携えられている。威力は十二分にあり、範囲も及第点以上。仮に気付かれても投擲すればまずあの車椅子の老人は助からないだろう。

突然四人の歩みが止まるが、これもマルドロの想定済みだ。

竹を切り取った後に、中に七色石を詰め込んでまるで輝いている様に見せた罠である。人間は好奇心が強い生き物だ、この安全安心な世界では尚更それが刺激されるだろう.....それが巧妙なトラップとも知らずに獲物は近付いていくのだ、今正にそんな状況になっている。

四人は竹の前で立ち止まると、一人の学者風の男性が中にあった七色石をまじまじと見つめる。完全に気を取られている今が絶好のチャンス、マルドロはその隙を逃さなかった。爆弾をしっかりと握り、腕を大きく振りかぶり、狙いを定める。

そして勢い良く爆弾が投げられーー

 

 

 

「残念だ、血に酔った騎士よ」

 

ーー破裂音と共に、マルドロの腕を銃弾が貫いた。

爆弾を取り零し、それを拾う間も無くマルドロは自らが死に直面していると察した。

車椅子の老人が、背中に背負っていた筒を後ろ手で此方を見ずに向けたと思った瞬間には、マルドロの腕には穴が開いていた。

マルドロは銃を知らなかった、そして彼らの力量を完全に見間違っていたのに気付いてしまった。

 

 

 

 

ーーヤバい奴らに手を出した

 

 

 

 

すぐさまマルドロは全力疾走で竹林の中に逃げていく。霧に加えて同じ様な景色がずっと続いているのだ、まず追いつかれる事は無いだろう。

しかし、そんな甘い考えはすぐに払拭される事になる。

 

「ほう、貴公。騎士の姿形をしているが、どうやら中身は獣以下の畜生のようだな」

 

逃げた先には、あの眉目秀麗な女性が立ちはだかっていた。マルドロは、知らなかったのだ、彼ら古狩人に手を出せばどうなるのかを。

 

「分かるよ、殺しは甘い蜜の様な物だ」

 

彼女、マリアは腰に付けていた双剣を自らに突き立てると一気に抜きはなち、その刃に血を纏わせる。マリアの持つ落葉は、彼女用にカスタマイズされた物であり、本来は血を纏わせる機能は付いていない。千景のような呪われた技を使うのは少し気が引けるが相手は悪党、気にする必要は無いだろう。

それに殺さない程度ではなく『殺す気』で動ける事に、マリアは心の中で目の前の狡い騎士に少しだけ感謝していた。

 

「だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ」

 

先程の優しい声から一変し、低いトーンでマルドロにそう言うと同時に、姿勢を低くし、双剣の柄頭を繋ぎ合わせて腕を引き、突きの構えを取る。

何かヤバいものが来ると本能的に察したマルドロは、大楯を前方に構えて足を踏ん張っておく。一応彼も神代の時代を生きた者、少しだけ腕には自信がある故の行動だ。それを見て、マリアは冷たく言い放つ。慈悲など一切ない言葉で。

 

 

 

「愚かな好奇を、忘れるようなね」

 

 

瞬間、マルドロの大楯を持った手が一撃で空中に跳ね上がった。血で形作られた大槍、それが猛烈な速度で盾にぶつかったのだ。そのまま胴体を無残に晒したマルドロに、次なる攻撃が加わる。

 

「ハアァァァア!!」

 

伸びきった腕と胴体を左に捻り、右一文字に強烈な血の一閃をマリアは繰り出す。鋭利で、且つ力強いその一撃はマルドロの胴体を切り裂き、吹き飛ばした。

竹林の奥へとマルドロは転がって行き、岩にぶつかって勢いが止まった時にすぐさまエスト瓶を飲み、マルドロはひたすら逃げに徹する。

あの一撃で吹き飛んだのはマルドロにとって好都合であった。この隙に遠くまで逃げる為に只全力疾走を続ける。

 

だがその疾走は、背後から飛んできた月光の光波が炸裂する事により止められた。

 

「やれやれ、獣同然の騎士を相手にするのは何時ぶりだったかな」

 

一番警戒していた白装束の男、ルドウイークがマルドロの背後の霧の中から現れた。その大剣は、まるで月の光の様な美しいオーラを纏っている。彼が秘する導きの光、それを纏ったこの剣は、正に聖剣と言うに相応しい力を持つ。

脚に負傷を負い、這いずりながらも何とか後ずさっていくマルドロ。這いずってでも逃げようとするのも仕方ない。目の前の男が携える剣の光がより強く輝き出している、嫌な予感しかしない。

 

「ヌウウゥゥゥゥウゥゥゥゥ....!」

 

剣を頭上に構えたルドウイークは、唸りながら剣に更なる力を込め、より強く月光の力を引き出していく。それは彼が獣相手に繰り出す最大の技にして、最高の技だ。やがてそれは頂点に達し、哀れな悪党に向かって叩きつけられた。

 

 

 

「月光よ!!!!!」

 

 

 

雄叫びと共に、月光の奔流がルドウイークの正面一帯に向かって放たれた。爆裂音と煌めく神秘の音と共に竹が弾き飛ばされ、奔流が通った場所にあった全ての物は文字通り光と化して消え失せてしまう。

が、マルドロはしぶとかった。放たれる直前に自ら爆弾を起爆し、その衝撃で吹き飛ばされる事で何とか致命傷を逃れたのだ。エストを数口呷り、疲労困憊といった様子で再び逃走を開始しようとした。

したのだが、上空から襲いかかってきた炎を纏った獣に殴り飛ばされてしまい、中断される。

その獣は上半身が炎に纏われ、鹿の様な角を携えていた。体躯は痩せ細っているが、見上げる程の巨体である。まるで炎獄から来た悪魔の様にも見えるそれは、はっきりと人の言葉でマルドロに喋りかける。

 

『獣の能力の検証に付き合ってくれて感謝するよ。君の様な活発な蛮族は余り見なかったから、新鮮な気分だ。まぁ、運が悪かったと思って実験台になってくれ』

 

それだけ言うとその獣、ローレンスはマルドロに飛び掛かり、右の爪で深く切り裂く。しかし何とかマルドロはそれを躱し、盾を構えて後退していくが、それを猛烈な勢いでローレンスは追撃していく。大楯をローレンスは幾度も幾度も殴り、蹴り、引き裂く。その度に炎の爆発が起こり、確実にマルドロを疲弊させていった。

 

 

 

『知らぬ者よ、兼ねて狩人を恐れたまえ』

 

 

 

そうローレンスが言った瞬間、豪快なハンマーパンチを繰り出され、とうとう盾の金属が熱に耐え切れずに融解し、バラバラに吹き飛ぶ。盾が無くなり、身体が軽くなった為に再三逃げ出そうとしたマルドロだったが、ローレンスに掴まれてそれが阻まれてしまう。チェックメイトだ。

 

『私の友が、君に恐怖を与えてくれよう』

 

ローレンスはマルドロを強く握りしめ、大きく腕を振りかぶって永遠亭がある方角へと投げ飛ばす。竹にぶつかり、勢いを落としながらも、激しくマルドロは地面へと激突した。

エストを呷り、何とか立ち上がるマルドロ。まさかここまで悲惨な目に合うとは全く思っていなかっただけに、彼の胸中には後悔しかなかった。

だが後悔していても、死は確実に迫り来る。

前方から、あの車椅子の老人、ゲールマンが歩み寄って来ていた。

立てたのかという衝撃よりも、ゲールマンから迸る覇気にマルドロはひどく焦燥する。おそらく自分は確実に死ぬ。そう思わせる程に目の前の老人は圧倒的だった。

だが万に一つの可能性を手繰り寄せるのが不死人、どうせ逃げ出しても殺られるのだから、ここで立ち向かうしかないとマルドロは割り切り、グレートランスの切っ先を老人に向けた。

 

「.....成る程、君も何かに呑まれたか。狩りか、殺しか、それとも略奪か?

...まぁ、どれでも良い」

 

ゆっくり、ゆっくりとゲールマンはマルドロに近づいていく。手には巨大な鎌、葬送の刃を携えて、死神の如く悪党に歩み寄る。

 

「そういう者を狩るのも、助言者の役目と言うものだ...」

 

霧の中から完全に身体を現した後、歩みを止めてマルドロをじっと見つめる。品定めか、獲物の確認か、それは分からない。

意を決して、マルドロがグレートランスをゲールマンに向けて突撃していく。逃走で鍛えられたその脚力から繰り出される突撃は、当たれば骨をも貫通し、確実に致命傷を与えるであろう事は容易に想像出来た。それくらいに鬼気迫る突進である。地を蹴り、槍を腰だめに構えたまま此方に向かってくるマルドロに向かって、はっきりと最初の狩人は、死の言葉を紡いだ。

 

 

 

ーーゲールマンの狩りを知るがいい

 

 

 

槍の切っ先が当たる瞬間、ゲールマンの姿が搔き消える。最初からそこにいなかったように消失したゲールマンをマルドロが探そうとした瞬間、胴体が袈裟に切り裂かれる。

マルドロには、驚愕しか無かった。あの老人がやったことに只ひたすら怯えるしか無かった。

『加速』の使い手であったゲールマンにとって、人が認識できない程の速度で移動する事など朝飯前である。そしてそこから更に加速を用いた強烈な袈裟斬りをすれ違い様に繰り出したのだ。マルドロ如きが認知出来ないのも致し方ない事だ。

膝から崩れ落ち、グレートランスを取り落とし、両手を付いて息絶え絶えにマルドロはエストを飲もうとする。

 

しかし、その最後の希望はゲールマンにより、敢え無く斬り裂かれていた。

 

ヒタリ、と。マルドロの首筋に、葬送の刃が当てられる。死にたくない、助けてくれとマルドロは懇願するが、それを受け入れる程狩人という人種は優しく無いのだ。

 

「君、死を受け入れたまえよ...」

 

 

 

それが、マルドロが気を失う前に聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、良い運動になったよ。悪党も我が月光の導きで退治出来たし、一石二鳥だ!」

 

「獣化を完全に解放して戦えたのも有難い話だ。何れ完全に獣の力を制御出来るかもしれない」

 

「師よ、見たか私の血刃を?あそこ迄練り上げられたのは師のお陰だ、感謝する。そして師も、以前より速く動けていたな、流石としか言えないよ」

 

「何、両足揃っていればあんなものだ。まぁ、何と言うか.....狩りとは、あのような物だったな...」

 

口々に感想を言いながら、四人の古狩人は満足して永遠亭へと帰っていった。一応マルドロは殺されてはいない。ゲールマンが鎌の柄の部分で殴って気絶させた後、ルドウイークが肩に背負って永遠亭まで運び帰って来たのだ。

 

その後のマルドロは薬の実験台になったり、様々な手伝いを強制的にさせられたり、マリアの試作料理の味見をさせられたり、竹林に放り出されて散歩という名の古狩人供のスパーリング相手になったりと散々な目に遭った事は、想像に難く無い。

 

 

 

マルドロは、見た目で人を判断するのは絶対に辞めようと心の底から誓ったのだった。




マルドロ「本当すいませんでした」

手を出す相手を間違えたね、仕方ないね。
永遠に夢に囚われていた彼らは絶対に幸せになってほしい人達です、本当に悲惨すぎるんですよ...。

余談ですが、ソウルシリーズで一番好きなキャラはゲールマンです。戦う爺さんカッコ良すぎ

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