幻想の日々〜絶望のしがらみから抜けた者達   作:アストラの下級騎士

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火の導きがあらん事を、そんな回。家族団欒は良いものです


竹林と家族

「「ここは何処だ......」」

 

人里から少し離れた場所にあるとある竹林、通称「迷いの竹林」と呼ばれる場所で、二人の騎士が迷いに迷っていた。

何故そんな場所に入ったかと言うと、何でも霧がかった竹林の先には永遠亭と呼ばれる診療所があり、様々な薬を売っているという。別段薬に用がある訳では無かったが、幻想郷を練り歩く身として、二人の騎士が一度は尋ねておきたかった場所なのである。

そうして迷いの竹林に行ったものの、「案内」がいるという話を全く聞いていなかった二人の騎士は、七色石さえ置いていれば大丈夫だと安易な考えで迷いの竹林に入り、そして案の定今は絶賛迷い中であった。

 

「おじいちゃんどうしよう...まさか七色石を置いても迷っちゃうなんて思ってなかったよ...。この霧、もしかして人を迷わせる結界的な役割があるのかな?」

 

誰がどう見ても困っている様な顔をしてそう言うのは、薄暮の騎士シーリスである。

かつてあのロスリックの地で、祖父と交わした小さな約束を果たすために、単身苦難を乗り越えて来た人物だ。そして名も無き火の無い灰の助けを借り、狂った祖父をその手で殺め、使命を果たしたシーリスもまた、彼の遺品の前で自害した...悲劇と呼ぶに相応しいが、この幻想郷はそんな悲劇は許さない。ここに来たシーリスには、決して忘れる事の無い人物も共にやって来ているのだ

 

「あぁ良いところに気付いたなシーリスよ、流石はわしの可愛い孫だ。この霧からは魔術的な何かが施されているな、方向感覚を狂わせるような役割があると言って良いだろう。...まぁ分かったところでどうする事も出来ないが」

 

そう溜息をつきながら言うのは、薄暮の国随一の聖騎士でありながら、戦いの中で狂い、積む者としてロスリックの地に出没していた「戦場の亡霊」、聖騎士フォドリックであった。

幻想郷で再開した彼らは、自分達に抜けている「祖父と孫」としての思い出をたくさん作る為に、こういった竹林や魔法の森を探索して旅を楽しんでいるのだ。人里に時々帰っては、美味い蕎麦を食べたり静かに家で本を読んだりしている。

完全にバカンス気分で幻想郷を練り歩いていたが、流石に迷いの竹林を舐めすぎていたと二人は今更後悔していた。

 

「さてはてどうするか...儂が使えるのは呪術だけであるし、シーリスもここから抜け出せるような便利な物も持っとらんしなぁ」

 

「おじいちゃんごめんね、私が準備を怠ったばっかりに...」

 

シーリスはフォドリックに謝るが、フォドリックは笑って、シーリスの所為ではないと弁護した。

実は帰還の骨片を使えば普通に人里に帰れてしまうのであるが、二人はそんな事考えもしていない。きっと心の何処かでこの状況を楽しんでいるのであろう。

うーむ、うーむと何処かの玉ねぎの様に腕組みをして二人はどうすれば良いか思案する。

すると、後方から誰かがやって来る音が聞こえてきた。

迷いの竹林に妖怪がいるのかどうかは分からないが、万一の事を考えて二人は各々武器を構える。因みに戦闘になった時のシーリスのエストックの威力はお察し下さい。

 

「シーリス、気を付けろ...何か来よる。すぐにエンチャント出来る様にしておけ」

 

「分かったよおじいちゃん。無いと思うけど、やられないでね」

 

「そっくりそのまま、お前さんにその言葉を返すよ」

 

茶化しあいながらも、後方から来ている何かに向けてより一層警戒を強める。

場合によっては、本気を出さねばなるまいとフォドリックは考えていた。

その音は、何かの音から足音へと代わり、二人は更に強く盾を握りしめる。二足歩行しているという事は、少なくとも理性がある何かだ。敵であればとんでもなく厄介なのは間違いない、そしておそらく山賊ではないだろう。こんな場所にアジトを作るとは思えない。

足音はゆっくりだが、確実に此方に近づいている。足音から察するに二人だ。自然と剣を握る手の力も強くなる。

 

そして遂にそれは姿を現した。

 

どちらも同じ格好、同じ装備をつけている。特徴的な帽子の下の顔を見ると、どちらも金髪で、片方は顔の整った男性であり、もう片方はやはり眉目秀麗な女性であった。

 

「おや?先客がいらっしゃるとは思わなかった、これは運がいいな」

 

「良かったですね兄上!これでこの竹林から出られますよ」

 

どうやら敵意は無さそうだったので、フォドリックとシーリスは構えを解いた...ただ二人は、彼らが持つ盾に酷く見覚えがある。まさか彼らはーー

 

「ーーお主ら、まさか薄暮の国の騎士か?」

 

自己紹介とか、そう言ったものをすっ飛ばしてフォドリックは問うた。顔には驚愕の色が伺える。

 

「いや、私達は薄暮の国と言う場所の出ではない、私はミラのルカティエルと言う」

 

「そして僕がルカティエルの兄、アズラティエルと申します。ここで会ったのも何かのご縁があっての事、一緒に行動致しませんか?何せ、迷ってしまったものでして...」

 

帽子を深く被り直して、照れを隠すアズラティエル。

彼らはあの呪われた地、ドラングレイクで呪いを解く為に奔走した悲劇の兄妹、ルカティエルとアズラティエルその人であった。自身を蝕む呪いと忘却から、仮面を着けて他者と余り関わらない様にしていた二人だったが、今は仮面を着けていない。何せこの幻想郷で隠しておかなければならない呪いなど、消え失せているのだから。

そして彼らの言葉を聞いて、シーリスとフォドリックは驚愕した。何せ彼らは今、ミラと言ったのだ。つまり彼らは過去の人物である。それも薄暮の国の伝説の人物が、目の前にいる。

 

「ルカティエル...!御伽話じゃなかったんだ...!」

 

「まさか、かの絶望を焚べし者と親交があったと言う、伝説の亡者狩りに会えるとはな...これだから旅はやめられん」

 

その言葉にイマイチピンと来ない兄妹であったが、やがて彼らがどういう人物なのか理解したようで、アズラティエルが、未だ驚愕しているフォドリック親子に話しかけた。

 

「成る程、その盾、そして貴方達の驚愕から察するに、貴方方は未来のミラの国の騎士なのですね」

 

「そう、その通りだ。ミラと言う国は確かに、薄暮の国の前身だった。聡明だな、亡者狩りの兄よ」

 

頷いて、フォドリックは彼の問いかけに答えた。ミラの国は永い年月をかけて薄暮の国となり、その時にとある伝承が伝わっていた。世に蔓延る亡者を延々と狩り続け、世界を平和に近づけた仮面の騎士が居たという伝承、ミラのルカティエルという亡者狩りの騎士の伝承であり、薄暮の国でメジャーな御伽話の一つであった。薄暮の国出身なら誰でも知っている。まさかそのルカティエルに兄がいるとは伝わって居なかったが。

 

「ミラいのミラの国...クフッ、流石です兄上。場を和ませる為に即興のギャグを披露するとは」

 

「え、えぇ?いやいやいやいや今ルカに言われるまで気づかなかったよ!そういう大事な話の時にそんな事を言う訳ないだろう!」

 

ついでにこんなにユーモア溢れる人物だとも伝わっていなかった。凛々しく、自他に厳しい絵に描いたような女騎士だと聞いていたシーリスとフォドリックが少し拍子抜けしても仕方の無い事である。

 

「ではミラの兄妹よ、儂等も自己紹介させて貰おう。儂はフォドリック。聖騎士とかつては呼ばれていた、哀れな狂ったジジイさ」

 

「私はその孫の薄暮の国の騎士、シーリスと申します。伝説に伝えられるルカティエル殿と合間見えた事、光栄に思います」

 

二人でギャグについて口論しているのを窘めてから、親子はそう自己紹介した。一通りの社交辞令が終わった後、ルカティエルが先程から疑問に思っていた事を口にした。

 

「では自己紹介も済んだ所で、お二人に聞きたい事がある。...その、私が英雄という事になっているようだが...」

 

「それは僕も気になっていたんだ。別に僕らはミラの国で何か英雄的な事をした訳じゃあない。僕もルカも騎士団の一員だっただけです、何があったんでしょう?」

 

うむとフォドリックは頷くと、説明してやれとでも言いたげに、チラリとシーリスの方を見た。それを見たシーリスは、こほんと咳払いをした後、話し始める。

 

「私達が知っているのはごく僅かだと思いますが、少し説明させてもらいますと、ルカティエルという仮面を被った女騎士があらゆる場所の亡者を狩り尽くして世界に少し平和がやってきたとか。更には竜を倒したりとか闇の王妃を退治しただとか古き混沌に呑まれた王を解放したとか色んな逸話が残っております。

その逸話は全て、『絶望を焚べる者』が伝えた真実であると...」

 

それを聞いたルカティエルは、脳裏にあの不死人が思い浮かんだ。

 

 

 

ーーあぁ、私が言った小さな約束を、彼は律儀に守ってくれたのか。

 

 

 

 

そう、ファーナム装束を着たあの男が、ルカティエルが居た証拠を伝えてくれたのだ...多少の誇張が含まれているが。しかし、その事実に感動せざるを得ない。あの絶望の地で、あそこ迄他人の事を考えてくれた人が居ただろうか?

思わず涙が出そうになったが、グッと堪え、目の前の凛々しい女性を見据えてルカティエルは礼を言った。

 

「説明ありがとうシーリス殿。でも私は...其処まで優秀な騎士ではないさ。ただ呪いを解きにやってきて、そして使命を果たせなかったただの亡者だ」

 

「いえ、ルカティエル様は亡者などではありません。真実がどうであれ、貴方が進んだ道のりが伝わっている事が重要なのです」

 

「.....ありがとうシーリス殿」

 

またまた涙が出そうになるが、我慢するルカティエル。彼女の一生は正に悲劇であり、また小さい物語であるがゆえに、誰かが忘却の彼方にあったであろう自らの事を話してくれるとは思ってもいなかった。

 

「ルカ、お前はやはり、僕を超える存在だったな。剣の腕でも、あの館で戦った時に越されてしまっていたから...。ルカ、僕の可愛い妹よ。もっと誇って良いんだぞ?」

 

「兄上...」

 

肩を掴んでそう言うアズラティエルの顔を見つめて、感無量といった風に瞳を潤ませて上目遣いで兄を見やるルカティエル。知らない人が見たら恋人の様に思える。

 

「シーリス、良かったのぉ。憧れのルカティエルに会えて。迷って良かったと心底思っとるだろ?」

 

「からかわないでよおじいちゃん。でも確かに、この目で見て会話出来るなんて夢にも思わなかった。.....私が騎士になったのは、ルカティエル様の御伽話がきっかけだから」

 

フォドリックとシーリスも少し小声で感動を分かち合う。シーリスはルカティエルの御伽話が好きだった、勇敢で、凛々しくて、何よりも強いルカティエルが大好きだったのだ。まぁ実際は足を滑らせて水に落ちたり道に迷ったり盾を構えるのを忘れていたりと何かとドジだったのだが。

 

「では、兄妹よ、そろそろ先に進もうか。ここは少し退屈に過ぎるのだ、戦いも無いしの。...思い出話はここを抜けてからでも遅くないだろう、時間は無限にあるのだから」

 

「そうですね、では行きましょうか。ルカ、はぐれないようにな」

 

「分かってますよ兄上、はぐれる程ドジじゃありません!」

 

はぐれる程ドジだから警告しているのを天然女騎士は分かっていないようだ。もしかしたら呪いがまだ残っているのかもしれない。

 

「お爺様、では私が先導致しますね」

 

「ブハッ!!い、いきなりのお爺様呼びは笑ってしまうだろうシーリスや」

 

ルカティエルに良いところを見せようとシーリスが張り切って先導していく。それをフォドリックは急なお爺様呼びをネタにケラケラと笑ってシーリスをからかっていた。誠に喧しい。

それだけ騒いでいたのだから、彼らは気づかなかった。

今いる地点の左から、誰かが走って此方にやって来ている事に。ルカティエルがそれに気づいて警戒するように呼び掛けるも、もう遅い。

その音の主はすぐ其処まで迫って来ていた。

ルカティエルだけでなく、他三人もそれに気づいて左を見る。

すると彼らの視線の先には、一際大きなリボンを付け、流麗な白髪を持った美しい少女が走って此方にやって来ていた。

その少女は彼らの元までやってくると、ふぅと一息ついて話し始める。

 

「はぁ、あんた達、案内も無しに迷いの竹林に入るなんて自殺行為をよくやったね、私は藤原妹紅。妹紅と呼んでくれ。人里の人から親子連れが来るからと聞いて待っていたんだが一向に現れないから、もしやと思って探してたら案の定入ってたか。それとそっちの...帽子被った二人組も迷っていたのかい?」

 

一通り妹紅はそう走ってきた事情を説明した。四人も敵で無いことが分かったので安心して武器を下ろす。妹紅はこの迷いの竹林の案内人である。この迷いの竹林は妹紅の案内無しでは抜けることは不可能に近い。霧が方向感覚を狂わせ、景色は全て同じ竹のみで構成されている。野垂れ死ぬ事必至と言われる悪名高い竹林を前にして、まさか普通に入っていく奴が居るなど妹紅は全く考えていなかった。

だからもしかしたらの可能性を考えだしたのはかなり遅く、家を出たのはそれからまた少し時間が経った後であった。

捜索は困難を極める...かと思われたが、妹紅は不思議と彼らの居場所がわかったのだ、そして何故分かったのか、その原因は彼らを見てすぐに理解した。

 

(まさか、自分と同じ不死だとはな...)

 

妹紅は、永遠亭の殆どの住人と同じく不死の蓬莱人である。彼ら以外に不死を見た事が無かった彼女にとって、この出会いは非常に新鮮だった。

 

「あ、案内人の人ですか!良かった、丁度今先に進もうとしていた所でして。

僕達見てもらえれば分かりますが、その、迷子なんです...」

 

照れ臭そうにアズラティエルがそう言うと、妹紅はまじまじと四人を見つめる、自分と同じ不死というだけで興味深々である。好奇の目で四人を見ている妹紅に、不意にフォドリックがニヤリと笑って喋りかけた。

 

「ほう。お主、不死人を見るのは初めてかね?まぁそう興味深げに見なくともよい、何せ儂らは君と同じなのだから、だろう?」

 

「...私が不死だと分かったのか、いや、同類なのだから、分からない方がおかしいか」

 

実はフォドリック以外妹紅が不死だと気づいていなかったのだがまぁそれは置いておいて、フォドリックも妹紅と同じで興味を持っていた。この世界に元からいた不死とは、どんな物なのだろうか?

だがフォドリックは、きっと自分達と同じで碌な目に遭っていないだろうと考え、妹紅に過去を聞くのをやめた。

 

「立ち話も何だし、案内がてら色々話そうか。じゃあ付いてきてくれ。行き先は永遠亭で良いんだよな?」

 

四人はそうだと頷き、妹紅を先頭にして付いていった。

 

 

 

霧が立ち込める竹林を進みながら、四人は歩き続けるが、不意に静寂を破って妹紅が口を開いた。

 

「貴方達は、不死になってからどうだった?.....私は、最悪だったよ。疎まれ、忌み嫌われた、散々な日々だった。しかも死のうとしても死ねないんだ、何度やっても、何をしても死ねなかった。死んでも死んでも生き返るからな...」

 

此方に振り向かずに妹紅は寂しげにそう言った。辛い辛い日々を、思い出しながら。その言葉に、兄妹二人が真っ先に反応した。

 

「僕も同じだ。正当騎士団の中でも一番の腕利きだったのに、この不死の呪いにかかった後は、そりゃ酷いものだったよ。...最後には記憶が摩耗しきって、隣にいる妹と殺し合った。もう思い出したくはない」

 

「私は兄上に近づく為に必死に頑張っていた時に不死になったんだ。顔の片方が緑に痩せこけ、兄と同じく追放された。正しく絶望の地だったよ、あそこは」

 

二人は忌々しげにそう語った。不死人とは忌み人であり、また害悪そのものだ。何度罵倒されたか、二人は覚えていない。それを聞いて妹紅は呟く様に言った。

 

「そうか、貴方達は望まずして不死になったのか...。私は自ら望んで不死になった、それがどれだけ愚かな事か、こうなるまで分からなかったよ。死ねる事が、どれだけ幸せな事か、よく分かった」

 

「望んで不死に、ですか...。私達の世界ではそう言うのはありませんでした。不死である事が如何に恐ろしいか、此方の世界では痛い程分かっていたのですから」

 

シーリスがそう妹紅に言った後、続けて自分の境遇を話し始めた。

 

「私は、正確には不死人ではありませんでした。道半ばで約束を果たせず生き絶えた、筈だったのですが、使命を果たす為に、再び蘇っていました。そういう意味では、ルカティエル様やアズラティエル様、お爺様と比べると、疎まれるといった事は少なかったです。でもお爺様が迫害されていたのは、見ていて辛いものがありました」

 

それに続いてフォドリックが境遇を喋り始める。

 

「シーリスの言う通り、儂は迫害されたのだ。聖騎士として戦場を駆け巡り、国に勝利を何度ももたらしたと言うのに、呪いが現れた瞬間掌返しだ。亡霊だと言われ、戦いしか出来ぬ畜生と言われ、家族など必要ないだろうと暴言を吐かれた。...最後には儂は狂い、家族を求めて全てを殺し尽くしに世界を巡っていた。つまらん話だ、殺しで家族が増えるなどと」

 

フォドリックとシーリスが話し終わると、妹紅はそうか、とだけ言って、前を見て変わらず進み続ける。きっと言葉に出来ない程色々な事を考えているのだろう。

不意に、妹紅が手に火を携える。四人、特にフォドリックは、まじまじとそれを見ていた。

 

「見てくれ、私はこうやって炎を手から出す事もできる。妖怪退治の為に身につけたんだ。益々化け物じみてきただろう?この炎には、あまり良い印象を持っていないんだ。火は、人を傷付けるばかりだから」

 

悲しそうな目でその火を見つめながら、妹紅はそう言った。しかし、逆にフォドリックはフッと笑うと、妹紅の肩を叩いて振り向かせ、ある物を見せる。

盾を背中に背負って、空いた左手からは、妹紅の炎よりかは弱く、しかし何処か暖かで安心するような火を出していた。呪術の火と呼ばれる物である。フォドリックはこの火を家族として扱っていた。妹紅の炎への想いを聞いて、フォドリックはとある物を見せる事に決めたのだ。

 

「妹紅、儂の火を見てくれ。儂のフランベルジュを照らす優しき火を、これは呪術の火と言う」

 

「おぉ、フォドリック殿。貴方は呪術も扱えたのか。ミラの国でもドラングレイクでも、呪術を間近で見た事はあまり無かったな」

 

そう少しルカティエルは感嘆し、火を見つめる。フォドリックは暫くそれを揺らめかせた後、火が灯った左手を前方に突き出し、とある術を唱えた。

『ぬくもりの火』と呼ばれる呪術である。

暖かな団欒の火が、宙に浮遊しながら妹紅らを癒していった。そして妹紅はそれに触れて、触れ続けて、感じる。

自らが出した火とは根本から違う火、そして何より触れても燃え移らない事に驚き、また感動を覚えながら口を紡いだ。

 

「この火は...本当に私の知る火なのか?暖かで、何処か懐かしい感じがする...」

 

妹紅は、今まで見た事が無かった炎の一面に心を奪われた。此処まで優しく、また傷付けない炎は初めて見る。

.....初めて見る筈なのに、酷く懐かしくて、自然と妹紅の目には涙が浮かんでいた。

 

「案内をしてくれたお礼に、一つ教えてあげよう。火とは、何も傷付ける為にあるのではない。

勿論だが、激しく燃え盛る炎は人を傷付け燃やし尽くし、炭と化す。しかし、それが火の全てでは無いのだ。思い出してくれ、火は燃やすばかりでは無い事を、傷付けるだけでは無い事を。お主が住んでいた部屋を照らしていたのは何だった?食事を作るのに使う物は何だった?寒い日に、暖まろうと思った時に何を頼りにした?

この火は、そんな人間達が当たり前の様に使っている所為で忘れ去られた、ぬくもりの火だ。妹紅よ、きっと其方の火は傷付ける為にあるのでは無い。

.....大切な何かを、照らす為に使いなさい。しがない狂人からの、お小言だ」

 

ハッハッハとフォドリックの笑いが竹林に響く。妹紅は、思い出していた。長い長い時の中で忘れてしまった、父との団欒の時間を。あの時に照らしてくれていたのも、料理の時に見えていたのも、暖まっていたのも、全て火であった。

涙を、止める事も無く、妹紅は黙ってぬくもりの火に触れていた。他の三人も、無言でそれを見つめる。

 

 

 

それから彼らが出発したのは、ぬくもりの火が消え、妹紅の涙が止まってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ今日もすまないなフォドリックの爺さん!」

 

あれからというもの、永遠亭を見学して帰ってきたフォドリックとシーリスは、妹紅につきっきりで呪術を教えていた。いや、シーリスは全く役に立っていないのだが。ちなみにルカティエルとアズラティエルは永遠亭に用は無く、着いた後に車椅子の老人とそれを押す美麗な女性と少し会話した後、また何処かへ旅立っていった。

今妹紅に教えたのは、フォドリックの十八番、「内なる大力」である。

最初は火を自らに入れるという事が分からず、身体が燃えたり爆発したりしていたが、どうやら何とか物にしたようだ。

素手で巨大な大樹を吹き飛ばす位に増した筋力がその証拠である。代償に妹紅のデスカウンターは8増えた。

 

「ハッハッハ、いい飲み込みだ。シーリスは呪術を全く扱えんからなぁ。まぁしょうがないが」

 

「その目は何なのおじいちゃん、文句でもあるの?」

 

「まぁまぁ、シーリスは奇跡?とやらを扱えるんだし良いじゃないか。で、フォドリック爺さん、次はとうとうアレか?」

 

うむ、と言ってフォドリックは呪術「鉄の体」の説明をし始める。不服そうにそれを聞くシーリスと、楽しそうな笑顔を浮かべて手に灯した火をあっちゃこっちゃやる妹紅。

最近は慧音に理解者が増えたと前より良い笑顔で報告していたそうだ。

 

フォドリックは狂ってしまい、しかし最期まで家族を求めた。この呪いを、不死を忌み嫌った。聖騎士に、呪いなどと。

 

だが今は違う

 

こんなに楽しく過ごせるのなら、骨を積まなくても家族が増えるのなら、不死も悪くないかもしれない。

またまた人体発火劇を見せる妹紅に慌てふためくシーリスを、フォドリックは静かに見つめる。

 

 

 

 

 

彼の狂った歯車は、新しい歯車と噛み合いながらまた動き始めていた。




積む者のランク2報酬がぬくもりの火だった時、やるなフロムと思いました。パッチで強化されてよかったよかった。

もこたんはフォド爺さんにより、とんでもなくレベルが上がりました。鉄の体で弾幕弾いて素手で攻撃してくるんじゃないかってくらいに。
余談ですがこの世界のフォド爺さんはカンスト世界のフォド爺よりも強いです。まともに戦技喰らったら耐えられる妖怪いないんじゃないかな

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