Black and Phantom BULLET   作:十月 乃寺

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未知のガストレア

Black and Phantom BULLET

 

ぷるるーぷるるー

 

ボロアパートの一室に携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

延珠と共に狭い部屋で丸くなって眠っていた蓮太郎は真夜中に起こされた事に苛立ちながら耳元でうるさく存在を知らせる電話に出た。

 

蓮太郎は「はい、こちら〜〜〜」と言おうとしたが、相手に「はい」の一言を言う暇もなく遮られた。

 

「お馬鹿!出るのが遅いわよ!里見くん、お金になる仕事が来たわ!すぐに延珠ちゃんと一緒に出発して!」

 

電話の主であり、蓮太郎の上司である木更はそう言って一方的に電話を切った。

 

蓮太郎は聞き返す暇も無く電話を切られた携帯を呆然と見つめていた。するとその携帯にメールが届いた。今回の仕事内容が書かれていた。ご丁寧に「ダッシュよ!里見くん。もし他の民警に取られたり、行かなかったら今月の給料なしよ!」とも書かれていた。

 

蓮太郎は自分に金が無く、天童民間警備会社に金が無い事は知っているので仕事を選り好みしていられないと、高校生の身で在りながら昼夜問わずガストレアと戦う準備をしている。

それでもため息をついてしまいながら、仕方無しに延珠を起こした。

 

「延珠、急な仕事が入った。すぐに出るぞ!」

 

蓮太郎に叩き起こされた延珠は「ふえ?」と奇妙な言葉を発しながら目を擦りもぞもぞと動き始めた。

 

少しして完全に目覚めた延珠は5分程で準備をしてテンション高く蓮太郎に尋ねた。

 

「蓮太郎、今回の仕事はどんなのなのだ?」

 

蓮太郎は延珠が着替えている間に読んだメールの内容を要約して伝える。

 

「ステージⅡのガストレアの討伐だ、場所は外周区の外れらしいが、防衛隊と戦闘して痛み分けに終わったらしい。大きな鎌が特徴の昆虫型のガストレアだ。」

 

延珠が頷いたのを確認し、目で合図をして部屋を出る。冷たい風が蓮太郎を撫でる。

それを少し不快に感じつつも夜の深い闇に足を踏み出した。

 

 

夜中の捜索劇は案外あっさりと終わった。外周区を沿って移動していると、じっと固まって動かないでいるガストレアを発見した。

 

蓮太郎は防衛隊と戦闘した際の傷が癒えていないのだと推測する。「今の内に気配を抑えて移動するぞ!」延珠に目で合図をする。

 

延珠は蓮太郎の意図を察し能力を抑えて移動を始めた、蓮太郎も気配を殺してそれに続く。

ガストレアは知ってか、知らずか、少しも動こうとしない。

 

延珠と蓮太郎の射程範囲に入るかと言うところでガストレアが行動を開始した。身体を大きく震わせる。

 

蓮太郎と延珠はお互いにアイコンタクトしあって、一気に能力を開放し攻撃を仕掛ける。

 

ガストレアは動いてはいるが、こちらに攻撃は飛んでこない。それを蓮太郎はそれを少し不安に思うが、攻撃に集中し、延珠と共に攻撃する。

 

二人の息のピタリと合った攻撃は、攻撃が入る前から、ガストレアが爆散し、血を吹き、倒れる事を予感させた。

 

しかし、二人の元に来たのは攻撃が空を切った感覚だけだった。

 

蓮太郎は状況を確認しようと辺りを見回す。しかし、ガストレアの姿は見えず、辺りにはブヨブヨとした何かがあった。

 

その時延珠が声を上げる。

 

「蓮太郎、上だ!」

 

蓮太郎が顔を上げ空を見るとそこには、さっきよりも1回り以上大きくなって、飛行しているガストレアがいた。

 

「あれは、なんなのだ!」

 

延珠が迎撃体勢を取り警戒しつつ聞いてくる。蓮太郎も体勢を整えながら答える。

 

「多分、脱皮して成長したんだ!地面に落ちているのは恐らく抜け殻だ!羽音が殆どしないから、トンボ類のガストレアも混じってる!」

 

そこまで喋ると大きな風が吹いた。ガストレアが飛翔し移動し始めたのだ。

突風の風圧で押し戻される。思わず目を閉じてしまった事を後悔しながら風が弱まった所で目を開くがそこにはガストレアの姿はもう無かった。

 

闇雲に追っても無駄だと判断した蓮太郎は木更に電話をかける。

 

「木更さんか?ガストレアと交戦した。」

 

「里見くん、もちろん倒したわよね!」

 

弾んだ声で木更が聞いてくる。若干申し訳なく思いつつ返事を返す。

 

「いや、逃がした、目標ガストレアは脱皮成長して飛ぶようになって逃げたんだ」

 

木更が息を呑むのが分かる。そうだ、延珠に聞かれた時は相手の変化の説明しかしなかったが、蓮太郎は明らかな異変に気が付いていた。

 

第1にガストレアというのは、常人の何倍もの代謝を払うことにより、傷は瞬時に再生を始め、末端の細胞は老化しても新しく生成されるので、急所である脳や心臓を破壊されない限りはその強靭な生命力に支えられ、死ぬ事はない。

つまり、ガストレアは恒久的に変化しないという事だ。それは、人類がここまで生き残れた理由でもある。

 

しかし、今回のガストレアは脱皮をした。それは、成長、進化と同じだ。その証として体は1回り以上大きくなり、羽根は生え、最大の特徴である巨大な鎌はより鋭さを増し、金属のような光沢を纏っているようにも見えた。

 

もしもこのまま成長し、ステージが上がったら、有り得ないとは思うが、ステージⅤにまで進化してしまったら……。

 

そう考えると蓮太郎の心が焦る。それを何とかなだめ、木更に指示を仰ぐ。

 

「俺達はどうすればいい?高空の闇に紛れられたら、俺と延珠じゃ見つけられない……」

 

「わかったわ、里見くんはティナちゃんと合流して!ティナちゃんだけならすぐに追いつくわ」

 

木更の迅速な対応に信頼を覚えながら黙って頷く。

 

「里見くん、気を付けて」

 

木更の言葉に熱い気持ちを滾らせながら蓮太郎は合流場所に指定された場所へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物の上を飛んで移動している際に蓮太郎の携帯が鳴る。

 

「お兄さん、標的のガストレアを見つけました」

 

ティナの落ち着いた声に蓮太郎は驚きと興奮を隠せずに声を上げた。

 

「どこだ!?すぐに場所を教えてくれ!」

 

「お兄さん、落ち着いて下さい、私も現在追跡中なんです」

 

耳を澄ますと建物を駆ける音と風を切る音が聞こえる。

ティナは、凄まじい速度で追跡中で、余裕のない時に報告しようとしてくれたのだ。

それなのに、蓮太郎が焦ってしまっては絶対にならない。

 

「すまない、落ち着いた」

 

年長者として失格だと思いながらも今はガストレアだと気合いを入れ直す。

 

「お兄さん、ガストレアの目指す場所が分かりました。勾田ビルです」

 

勾田ビルとは第1次ガストレア対戦前、当時最高級の高さを誇った高層ビルで今は廃棄され廃ビルとなってしまってはいるが、ガストレア対戦にも形だけでも残った事を褒めるべきだろう。

 

「一体なぜ?」と聞こうとしたが、ティナの言葉が先を越した。

 

「標的ガストレアは勾田ビルに張り付き、新たなガストレアを生み出そうとしています」

 

真夜中の街は風が吹き寒いくらいなのにも関わらず、蓮太郎は冷や汗をかいていた。

 

もしもそんなことをこの東京エリアで許してしまったら、とんでもない規模の混乱、回避のしようがないパンデミック、必然に東京エリアは破滅する。

 

「お兄さん、ガストレアは依然、進化を続けています。ステージはもう、Ⅲを超えようとしています」

 

ただでさえ絶望的な状況に、ステージⅢのガストレア、しかも成長を続けている。

通常では有り得ない、有ってはならない状況に蓮太郎は頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「お兄さん、ガストレアはこのままでは、あと10分程で到着してしまいます」

 

到着してからガストレアを生み出すのにどのくらい時間がかかるのかは分からないが、残された時間がそう多く無いのは確かだろう……。

 

蓮太郎の肩にのしかかった責任は想像よりも遥かに重かった。

 

余りの重圧に足を止めてしまう蓮太郎。

延珠が心配そうに近寄って来て、顔を見上げる。

 

その時、電話から二人に届く程の声が聞こえてきた。

 

「お兄さん達ならば必ず倒せます!お願いです、東京エリアを守って下さい!!」

 

普段は声を荒げ無いティナの叫びに少し驚き蓮太郎と延珠は互いに顔を見合わせ頷いた。

 

「ティナ、俺達で必ず倒すぞ!」

 

強い決意のこもった言葉にティナは安心したように呟いた。

 

「はい、お兄さん達ならば必ず倒せます、信じています」

 

ティナの自分を外したかのような言い方に違和感を覚えたがそれを無視し、誓うかのように再度言葉を発した。

 

「あぁ、必ず倒してみせる」

 

しかし、返ってきたのは通話が終了したことを知らせる無慈悲な音だけだった。

 

何かの間違いに決まっている、悪い予感を無視して震える指でもう一度電話をかけ直す。

 

 

 

 

しかし、いや、やはり返ってきたのは不通を示す冷徹な機械音だけだった……。


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