モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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彼と彼女の事

 ──アランって、優しいんですね──

 そんな言葉を思い返していた。

 

 

「……俺は、狩り人になりきれてないのかもな」

 モガの村。孤島地方にある小さな村で一人。

 夜遅くだから当たり前なのだが、まるで誰もいないかのような静かな空間でふと空を見上げる。

 

 真っ暗な世界に点々と。まるで黒いキャンバスに無造作に開けられた小さな穴から差し込む光。

 その中に、一つだけ大きな違和感が浮かんでいた。

 

 円とも半円とも言い難い形の、周りの穴と比べても大きな穴。

 しかし、ハッキリと形が分かる。

 

 

 今日はあの日と同じ三日月だった。

 

 月がこの形をしている時は、やはりあの頃を思い出してしまう。

 

 

「なぁ、ミカヅキ……」

 視線を落とした先には、もう話す事はない大切な相棒の姿があった。

 蒼火竜砲。ライトボウガンに話し掛ける俺は、端から見たらどう映るだろうか。

 

「ここに来てからなんだかおかしいんだ。……俺はハンターのハズなのに、お前と過ごしていた時みたいな事をしてる。もしかしたら、あの時よりお人好しになってるかもしれない」

 いくら話し掛けたって、ライトボウガンから返事が来る事はない。

 

 

 当たり前だ。

 

 あいつはもう、居ない。

 

 

「……どうしてだろうな」

 思い当たる節は、あった。

 

 ボウガンの反対側に置いておいた片手剣を握り、夜空に掲げる。

 

 

「多分、お前に似てるんだ。ヨゾラ」

 勿論この剣だって、返事はくれない。

 

 

「……優しい所とか、少し抜けてる所とか。なんか、似てるんだよ」

 

 

 なぁ、お前ら聞いてるか?

 

 返事をしてくれたって良いじゃないか。

 

 

 だって今日は、夜空(ヨゾラ)三日月(ミカヅキ)もこんなに綺麗なんだ。

 

 

「一人で何言ってるんだろうな、俺は」

 我ながら、バカみたいだな。

 

 

「カッハハハハハ! なにをしょぼくれとる、若いの」

「っぁ!? そ、村長!?」

 バカみたいな事を考えていて、人が近付いていたのに気が付かなかった。

 

 話し掛けてきたのは、このモガの村の村長である。

 肌寒いこの時間にもズボンと羽織っただけの上着姿で居る彼は、全く歳を感じさせない姿だった。

 

 

「き、聞いていましたか?」

「いんや? 何か喋っておったか?」

 あ、危なかった。なんでこの時間に起きてるんだこの人。三時だぞ。

 

 

「カッハハハハ! 若いとつい、格好良い事を夜空に向かって語りたくなる事もある。わしもそうだった」

 聞いてたな、このおっさん。

 

「な、なぜこんな時間に起きてるんですか……」

「歳を取るとな、人間寝る時間が短くなる。うんむ、しかしお前さんはまだ若いのぅ。はよ寝んか」

「明日は何も予定がないので」

 そう告げてから、足元に置いておいた物を持ち上げる。

 

 

 水で一度洗ったがまだ血の跡が残る、何かの牙のような物。

 昨日ドスジャギィの背中の傷から取り出したそれだ。

 

 当日に見付けた船の残骸らしき物はギルドや村長に報告して渡したが、これは報告していなかった。

 

「ほぅ、それは?」

 だからか、村長は興味深そうに覗き込みながらそう聞いてくる。

 

「ドスジャギィの傷口から取り出しました。今回の件の犯人かもしれない……」

「ギルドには報告してなかったようだが」

「不確定要素ですからね……それに───」

「それに?」

「───ハンターの俺がモンスターの傷の面倒を見た、なんて報告出来ませんよ」

「カッハハハハハ! それはそうか!」

 嘲笑気味に言うと、村長は大きな声で笑った。

 

 

 三時だぞ。

 

 

「ミズキから色々聞いたぞ。ロアルドロスを狩らずに撃退し、ドスジャギィの傷の手当をしたらしいじゃないか」

 手当まではしてない。

 

「……おかしいですかね、俺は」

 分かってる。そんなのはおかしい。

 

 俺は、狩り人なのに。

 

 

「遠く、離れた地方に……モンスターと絆を交わす事が出来る人達が居るらしい」

 村長は星空を見ながらそう口にする。それは……。

 

 

「へ、へぇ……」

「この世界は広くて、わしは長生きしたからの。色々知っておる。確かにモンスターと心を通わすハンターなんぞ珍しいのかもしれないのう」

 だって、それはハンターじゃないから。

 

 

「でもな、わしは良いと思っとる。モンスターだって、生き物で……心を通わす事が出来るんじゃないかの? それが出来るなんて素敵な事と、ミズキは思っとるようだ」

「理想ですよ、そんなのは」

 モンスターと本当に心を通わすなんて、無理だ。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

「そうか?」

「そうですよ……」

 ボウガンに目を落とす。

 

 ミカヅキ、お前とだって───

 

 

「うんむ、なんにせよこの村の異変の事に関しては頼りにしておるぞ。ミズキはまだ成長過程で危なっかしいからのぅ」

「はい、この孤島の異変は必ず解決してみせます。……だから、あの約束は守って下さいね」

 その為に、態々この村に来たんだからな。

 

「カッハハハハハ! 心配せんでも、情報は話す。なんなら今話しても良いんだがの?」

「ハンターとして受けた仕事は最後まで責任を持って取り組みたいので、遠慮します」

「うんむ、そうか。なら、わしが忘れんうちに頼むぞ? カッハハハハハ!」

 この時間に元気な人だ、全く。

 

 

 

「お前さん、なぜそこまで()に拘る? その為にハンターになったのか?」

「なぜ?」

 そんなのは、簡単だ。

 

 

 俺は奴に大切な物を何度も奪われた。だからあいつがまだ生きているなら、俺は───

 

 

 ボウガンに左手を置きながら、片手剣を夜空に向けて口を開く。

 

 

「───そいつを殺す為ですよ」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「タルタルソース掛けちゃおうよお父さん!」

 お昼前。私は厨房でエビフライを揚げるお父さんにそう提案した。

 

 

 ムツキが準備している間にタルタルソースを先に掛けてしまう。なんて頭の良い作戦だろうか。

 エビフライにはタルタルソース。それをムツキやアランに今日こそ分からせる必要があるんだ。

 

 

「ミズキ」

「何? お父さん」

「食とは自らの欲求ですニャ。それを強要するのは暴君に違わないですニャ」

 そう言いながらお父さんは私の頬っぺたをその柔らかい肉球でペチペチと叩いてくる。

 お叱りを受けてしまった。

 

「うぅ、ごめんなさい」

「分かれば良いのですニャ」

「何してるんだ?」

 お父さんと話していると、お寝坊さんのアランがやっと起きて来る。もうお昼だけど。

 

 

「おはよー、アラン。えっへへ、今日はピクニックに行きます!」

「……は?」

 私の提案に、アランは寝起き特有の不機嫌が混ざった表情を見せた。この人目付きが悪いから、そんな表情すると物凄く怒ってる様に見える。

 

 でも、私は知っているから。あなたはとっても優しい人だって。

 

 

「今日は何にも予定ないでしょ? だからモガの森の素材ツアーと称してお出掛けだよ!」

「……お前は狩場を舐めてるのか」

「そんなに奥まで行かないよ。川がとっても綺麗な場所があって、私達は結構そこでピクニックするんだよ? たまにジャギィ達に囲まれてご飯置いて逃げてるけど、あっはは」

 勿論、ハンターとしての経験の為という目的もある探索だ。これは、私の師匠でもあるハンターさんから偶にするようにとも言われている。

 

 立派なハンターになったら、大変なクエストも私が引き受けるかもしれない。

 そんな時きちんとサバイバル知識がないときっと大変だから、と。

 

 

 それに、今回はアランの歓迎って理由も兼ねて! ピクニックピクニック!

 

 

「行ってきたら良いじゃないですか、アランさん。あ、コックさんコックさん私の今日のまかないは?」

 厨房の裏から聞こえるそんな声。

 

 赤いギルド受付嬢の制服を着こなして、今日も今日とてまかない飯を食べ来たのはアイシャさん。

 まだお昼ご飯には早い気がするけれど。

 

 

「エビフライですニャー」

「おっ、良いですねー。今日も新鮮なの頂きます!」

 今日もアイシャさんは元気だ。

 

 

「暇なら暇で孤島の調査に行けば良いだろう。また何か生態系に異変が起きてるかも知らないんだぞ」

「あちゃー、頭固いですねアランさん。ボルボロスの親戚だったり?」

「あ?」

 ダメだ、アランがアイシャさんのノリに着いていけてない。

 

「あ、ぇ、えーと、ごめんね。もしかして、迷惑だったかな?」

 私としては、せっかくアランに来てもらったんだし歓迎したかったんだけど。

 アランが楽しめないなら意味がない。私はそう言って頭を下げる。

 

 

「いや、迷惑って訳じゃ」

「なら、ピクニック。どうかな?」

「はぁ」

 アランは少し考えてから、お弁当箱に詰められたエビフライを見ながら口を開いた。

 

「行くか」

「エビフライに釣られましたね?」

「……ギルドの人は仕事をして下さい。素材ツアー、二人で」

 もしかしてアランって素直じゃない?

 

「ほいほーい、素材ツアー二人ですね。受付しておきます! 後で!」

 エビフライとご飯を食べながら元気に返事をするアイシャさん。

 ちなみにアイシャさんもタルタル派だから私と仲間である。

 

 

「ボクも行くニャ! 三人ニャー!」

 ムツキも準備終わったみたいだし、こっちもあとタコさんウインナーを焼いて準備終わらせなきゃ。

 ん、そうだアランにも手伝って貰おうかな。働かざる者食うべからずだ。

 

「それじゃ、もう少しで準備終わるから。アランはタコさん焼いててくれる?」

「……お前、タコさんって」

「タコさんにした方がピクニックって感じになるもん! もしかしてタコさんやれないのー?」

 表情を引き攣らせるアランに、私は得意げに問い掛けた。料理に関しては私はそこら辺の人より出来る。お父さんの娘なのだから。

 

「……バカにするな。よし、やっといてやるから、後の準備は任せたぞ?」

「うん。了解!」

 ならアランがタコさん焼いてる間にお弁当詰めようかな。

 

 勿論、現地調達でお魚とかも焼くから肉焼きセットも忘れずに。

 

 

「はい、ムツキのお弁当箱。ソース付けておく?」

「後で掛かるから自分で持ってくニャ。ミズキのもボクが掛けてあげるニャー!」

「それ、タルタルじゃなくなる」

「バレたニャー」

 ムツキも策士である。

 

 

「それじゃえーっと、後は───」

 忘れ物がないかだけチェックしようと厨房をくるりと見渡す。さて、そこで問題を一つ発見。

 

 背後でアランのフライパンが燃え上がっていた。

 

 

「なんでぇ!?」

「か、火事ですかニャ!? ミーのお店が!」

「ムツキさん消火ですよ! ほら! 早く!」

「なんで燃えてるニャー!?」

 モガの村は昼前から大賑やかです。

 

「……火加減を間違えたか」

 間違えたなんて話じゃないと思う。

 

 

 もしかしてアランって、不器用?

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 お天道様は景気良く空を照らし、雲も丁度良いくらいに空を飾っていた。

 

 ピクニック日和。その一言に尽きる。

 

 

「生肉じゃないんだから、そりゃあんな火加減で焼いたら焦げちゃうよ」

「……焦がしてない。こんがり焼きたかっただけだ」

 強情にもそう言い張るアランは、真っ黒になってしまったタコさんをバリバリとかカリカリと音を鳴らしながら噛んでいた。

 お腹壊すよ。

 

「タコさん勿体無いニャー」

「……た、食べたから」

 ふふ、アランの事がまた少し分かったし。良しとしようかな。

 

 

「所で、まだなのか? 飯を食う場所は。川ってのはこの川のことだろう?」

 私達の左手には小さな川が流れている。この川は、魚がよく泳いでて水も綺麗で素敵な場所だ。

 

「もう少しだよ? 手頃な岩があって座れるんだよねぇ」

「……そうか」

 ところでタコさんのせいか、アランはなんだか具合が悪そうである。

 

「もしかして疲れたのかニャ?」

「え、そうなの? アラン、大丈夫?」

「……ハンターとして、覚えておいても損は無い事を一つ教えてやる」

 ここで?

 

 

「……コゲ肉を食べるとスタミナが減る」

「やっぱり焦げてたニャ」

 不器用だ。

 

 

「はい! お弁当タイムでーす!」

「ニャー! エビフライー!」

 モガの森のベースキャンプを出て少し歩くと小さな川がある。

 その川を下っていくと海と川が合わさり合う、とても素敵な光景が見られる場所に辿り着いた。

 

 丁度良い感じの岩があって、ここが私にとってのベストスポットである。

 ジャギィやルドロスが稀にご飯を取りに来ちゃうのが問題だけど、私はこの場所がとても好きだった。

 

 

「俺のもあるのか?」

「勿論!」

 スタミナ切れで調子の出なさそうなアランにお弁当を渡す。

 アランは片手剣とボウガンを地面に下ろすと、それを受け取るや否や直ぐに蓋を開けた。

 

 お腹が減ってたんだね。

 

 

「私のお手製なんだから、味わって食べてね!」

「ミズキは料理が出来るのか」

「ふふーん、これでもお父さんの娘だから!」

 正直ハンターより料理人になった方が良いとは、村の皆の言葉である。

 

 

「いや、お前アイルーじゃないだろ」

「ほぇ?」

 えーと、どういう事?

 

「ニャ! 少しは考えて発言するニャ!」

「……ん?」

 エビフライを食べながら首を傾げるアラン。美味しそうに食べてくれて嬉しいです。

 

 

「まさか、お前」

「えと、何?」

 急にアランが親身な表情になる物だから、ちょっと戸惑ってしまう。

 

「……両親は?」

 あ、その事か。

 

 

 うーん。この生活が長い物だから、忘れたとは言えないけど───覚えてないから仕方無いよね。

 

 

「私、物心着いた時からお父さん───スパイスさんに育てられてたんだ」

 自分の弁当を広げて、川に釣り糸を落としながら口を開く。

 

 私の言葉を聞くとアランはお弁当に伸ばす箸を止めてしまった。

 うーん、せっかくのピクニックなのにこんな話しして良いのかな。

 

「食べながらで良いよ……? そんなに真剣な話じゃないし!」

「……そうか」

「ニャー……」

 ムツキは心配してくれてるんだろうけど、私は全然平気だよ。だって、貴方が居るんだから。

 

 

「なんかね、物心着く手前くらいの私はなぜか一人で海を……漂流? してたんだって。それを見付けて助けてくれたのが、お父さんなんだ」

「なんで、一人で海を漂流なんかしてたんだ……?」

「私も分からないかな、あんまり覚えてないし。ただ、ミズキって呼ばれてたのは覚えてる」

 きっと私をミズキって呼んでいたのが本当の両親なんだと思う。

 つまり、私は簡単に考えちゃうと捨て子なんだよね。考えちゃうと、悲しいけど。

 

 

「……そうか」

「うん。それで、この村にお父さんと住み始めた頃から島を変な地震が襲ってて。なんだか色々大変だったのは覚えてるかな」

 あのハンターさんは私にハンターの基礎を教えてから村を出ていってしまったけど、私はその頃から物心着き始めたからよーく覚えてるんだ。

 

 

 生きる伝説、古龍をその体一つで撃退した英雄。それが、あのハンターさん。

 

 

「ニャー……」

 話していると、ソースの着いたエビフライをそっと持ち上げながらムツキが私の防具を突っついていた。

 心配するような表情のムツキ。優しいなぁ、もぅ。

 

 でも、ソースは頂けない。

 

 

「タルタルが良いなぁ」

「ニャ!?」

 ふふっ、いつもありがとうムツキ。

 

 

「だから、私の家族はお父さんとムツキみたいに思っちゃってるんだよね。うん、でも私は人間だよ!」

 海の民でもなさそうだし、なんで私は海を漂流してたんだろうね? いくら考えたって答えは見つからないんだけど。

 

「……なるほどな。悪い、辛い事を話させたか?」

「ううん。だって、私にはお父さんとムツキも居るし。アイシャさんや村長、村の皆は優しいから! 何不自由、ありません!」

 心配掛けないように笑いながらそう言ってみる。

 

 

 本当は、ちょっとだけ寂しいよ。

 

 同じ年代の子供達が本当の両親と話してるのを見てると、少しだけ胸が苦しくなるの。

 羨ましいって、思っちゃう。

 

 

「ミズキはボクの大切な妹だからニャ! 手を出したら承知しないニャ!」

 悪い子だなぁ、私は。こんなに思ってくれてる大切な家族が居るのに。

 

「ふふっ、ありがとぅ」

「ニャー!」

 鳴きながらムツキは後ろからギュってしてくれる。モフモフで気持ちが良い。

 

 

「仲が良いな」

「でしょー」

 お弁当を食べ終わってそう言うアランは、なぜか周りを見渡し出した。

 どうしたのかな。

 

「どうしたの? 大丈夫だよ、今は周りにジャギィ達も居ないし」

「……なら、この気配はなんだ?」

「気配?」

「お化けでも見えてるのかニャー?」

「変な事言わないでよ……。んー、でもおかしいなぁ、釣れない」

 いつもなら直ぐにお魚さんが食い付いて来るのに、今日はなんだか釣れない。

 

 

「釣りフィーバエ、使うかニャ?」

「準備が良いね、流石ムツ───」

「伏せろ二人共!!」

「「ふにゃぁ!?」」

 突然のアランの声と共に身体が押される感覚がする。

 なぜか、アランが私達を川の方に押し倒していた。

 

 なんで? どうして? なんて考えてると、さっきまで私達が居た空間を巨大な角が突き上げる。

 

 

 堅牢な頭蓋から伸びる一本の巨大な角。骨みたいな見た目をしているその生き物は地面から頭だけを出していて、その頭だけでもロアルドロスと同じ位の大きさがあった。

 な、何このモンスター!? 眼だと思うところは大きく穴が空いてるし、頭だけだけど骨みたいな姿をしている。こんなモンスター見た事ない。

 

 もしかして、このモンスターが現れたからモガの森の生態がおかしくなっちゃったの!?

 なんて事を考えながら、私は川に水没。目の前の危機に慌てて頭を上げる。

 

 

「クカァァ」

 モンスターが鳴いた。

 

 頭の割に細過ぎる四本の脚。背中には翼なのかな? 赤い、これまた頭の割に小さな何かが一対備わっている。

 

 

「こ、古龍!?」

 一対の翼に四本の脚ともなれば一番初めに頭に浮かんだのはそんな言葉だった。

 で、でもこんな姿の生き物アイシャさんが貸してくれた本にも載ってなかった。もしかして、新種───

 

「ダイミョウザザミだな」

 ほぇ?

 

「カニさんニャ」

 ……ふぇ?

 

 

「え、えーと……」

 二人の言葉に、焦りに焦っていた私の頭が冷える。うん、よく見なくてもこの頭、生きている生き物の頭じゃない。

 

「クカァァカァ」

 私に()()を向けてくれたのは、古龍でも何でもない甲殻種のモンスター。ダイミョウザザミでした。

 

 

 赤と白の綺麗な身体に四本の脚と一対の巨大な鋏。この鋏は盾のように頑丈で、守りにも使われるんだって。

 翼に見えたのはその鋏。頭に見えたのはダイミョウザザミがヤドとして背負っているモンスターの頭蓋でした。

 

 

 とても恥ずかしい事を思っていたし、言ってしまった。

 

 

「…………ぁ、焼肉セットが……」

 そんなダイミョウザザミさん。私達が眼に入ってないのか、ピクニックの為のお弁当や焼肉セットを破壊だけして川にその大きな鋏を沈めていた。

 

 

「あ、アラン……なんで私達襲われたのに今度は無視されてるの?」

 せっかくのピクニックが……。もぅ、怒るぞ!

 

 

「元々襲った気すらないんだろうな。地面を潜っていて、たまたまこの下から出て来ただけだ。そもそもダイミョウザザミは大人しいモンスターだから、自分から襲って来る事は滅多にない」

「ピクニック台無しニャ……」

「うーん……ごめんね、アラン」

 そんな空気の中、私達には目もくれる事なくせっせかと川の水を鋏で掬っては口に入れるダイミョウザザミ。

 何してるんだろう? お水飲んでるのかな?

 

 大人しいモンスターなんだね。ん、良い事思いついちゃったかも!

 

 

「まぁ……狩り場だからな。これを機に狩り場で遊ぶなんて馬鹿な真似は───」

「ねぇ、アラン! ダイミョウザザミって大人しいモンスターなんだよね?」

「は? いや……それは、見れば分かる通り……」

「お友達になれるかな?」

「は?」

 何言ってるだこいつ、みたいな眼で見られました。だ、だよね、変な事言ってるよね。

 

 

 でも、こんなに間近に居るのに襲って来ないモンスターなんて初めてで。

 これまでの素敵な体験がフラッシュバックしてしまったのです。

 

 だから、ダイミョウザザミと分かり合ってお友達になれたら嬉しいなって。そんな事を思ってしまった。

 

 

「ミズキってたまにバカなんだニャ」

「いや、たまにじゃないだろ」

 二人共酷くない!?

 

「だ、だって可愛いじゃんこの子! そりゃ、お弁当と焼肉セットの仇だけど……。せっかくなら一緒に遊んでみたいなって。ダメ?」

「危ないからダメに決まって───」

「良いぞ」

「ふニャ!?」

 アランのそんな言葉にムツキは驚いて、私は嬉しくて笑みが零れる。

 本当に良いの? モンスターと遊べるの?

 

 

「お前の馬鹿らしさを見てたら危ないだとか思えなくなった……。ダイミョウザザミは確かに大人しいモンスターだ。こっちから襲わなければ攻撃してこない。まぁ……仲良く出来るかはお前次第だけどな」

「本当!?」

「嘘は言ってない。だから、武器だけ俺に渡して後はやってみろ」

「う、うん!」

「ニャ!? 本気かニャ!? 止めないのかニャ!?」

 アランの言葉が嬉しくて、私は直ぐに片手剣を背中から外して盾と一緒にアランに渡す。

 

 そのまま、文字通り踵を返してダイミョウザザミに向き直った。

 

 

「襲われなくても、まぁ……小突かれる程度はするかもな。そしたらあいつも甘い考えをなくすだろ」

「は、はニャ……騙したニャ!? い、今なら間に合うニャ。止めるニャー!」

 

 

 

「ダイミョウザザミさんダイミョウザザミさん」

 ゆっくりと、先日のアランを思い出しながら歩いた。

 

「クカァァ」

 こっちに気が付いて、鋏を動かすのを辞めるダイミョウザザミ。

 その鋏を、威嚇のために振り上げる。

 

 あの鋏で叩かれたら、きっとひとたまりもない。

 

 

「あ、危ないニャー!」

「……やっぱり怪我する前に狩るか」

 

 

 

「一緒に遊ぼう?ー

 あの時みたいな素敵な体験を、私もしたい。

 

 アランみたいに、モンスターと分かり合いたい。

 だから、答えて欲しい。私の想いに、あなたの気持ちを教えて欲しい。

 

 

「クカァァ……」

 答えは───

 

「やはり殺───」

 

 

「カァァ」

「……ほぇ?」

 その大きな鋏は、振り下ろされる事なく地面に向けられた。

 私を見るそのつぶらな瞳は、私を確りと見てはいるけど警戒しているようには見えない。

 

 

「……ニャ、どうなったのニャ?」

「そんな……」

 

 

「良いの?」

「クカァァ……」

 遊んでくれるの? あなたは私の事、敵だと思わないの?

 

 まるで、不思議な物を見ているような感覚だった。

 それは、ダイミョウザザミも同じなのかな? 私が近付いても、私をじっと見てるだけで何もしてこない。

 

 

 とうとうその赤い甲殻に触れても、ダイミョウザザミはピクリとも動かなかった。

 

 

 

「はニャニャ……うぁぁどうしようニャどうしようニャ」

「……凄いな、あいつ」

「のんきな事言ってる場合かニャ!?」

「……ふっ」

「笑い事じゃないニャー!」

 

 

「私、あなたと繋がれてるかな?」

「クカァァ……」

 きっと、繋がれてるよね。

 

 

 

 

 少しだけ、時間が経った。

 私は相変わらずダイミョウザザミに触れていて、ダイミョウザザミはそれでも動こうとしない。

 

 だから、もう一歩だけ進んでみる。

 

 

「背中に、乗っても良いですか?」

「これ以上は危ないニャ……」

 隣に来ていたムツキはそんな事を言うんだけど、こんなに大人しいんだよ? ダイミョウザザミって。

 

「クカァァ」

「良いって」

「嘘ニャん!?」

「ほらムツキも乗ってみよ!」

「ニャー!?」

 ムツキの手を引いて、ダイミョウザザミのヤドに登ってみる。

 確りとした生き物の頭蓋はダイミョウザザミの身体をちゃんと守ってるんだなぁって思った。

 

 

「の、乗ってるニャ……」

「うーん! 高い! 見て見てアラン! 私モンスターに乗ってるよ!」

 とっても高い位置からアランに手を振る。凄いよ私! モンスターの背中に乗っちゃってる!

 こんな事してる人、世界にそうも居ないんじゃないかな?

 

「……ライドオン、か」

 小さく何かを呟いたアランが、どんな事を思ってるかは分からないけど。

 なんだか嬉しそうな表情をしている気がした。

 

 

「クカァァカァァ」

「おぉっとと、進んでる?」

「ニャ!? 拉致られるニャー!」

「遊んでくれてるんだって!」

 少しずつ歩くダイミョウザザミ。私は彼と目線を合わせて、景色を眺めてみる。

 

 

 色々な物が小さく見えた。川も岩も木も、この子から見たらこんなに小さいんだ。

 

 

「あなた、凄いね」

「クカァァカァァ」

 何を思ってるかは分からないけど。

 

 こうやって目線を合わせてると、少しだけあなたの気持ちが分かる気がするの。

 夢を見ているみたいな感覚。とっても不思議で、素敵な感覚。

 

 

 

 とても素敵な時間。

 

 

 

 もう少し、もう少しだけでも良いからあなたと過ごしたい。

 

 

 そう、思っていた───

 

 

「ヴォァァアアアッ!!」

「……っ!? 逃げろ二人共!!」

 焦ったような、アランの大きな声。

 

 

「ぇ───っ!?」

 そんな声に振り向けば、視界を大きな炎の塊が覆い隠していた。

 

「ミズキ……ッ!!」

「───ぇ」

 炎が、熱が───広がった。

 

 

 

 

 To be continued……


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