モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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釣りメイジンと川の主

「出掛ける?」

「少しな。だから今日は一人で採取クエでも行ってくれ。無理はするな」

 タンジアギルドでクエストを受けながら、アランの家で暮らしていたある日の事。

 私の頭の上に手を置いてそう言ったアランは、少しの契約金代とお食事券だけを置いて出掛けてしまった。

 

 

 手渡されたのは三百ゼニー。

 

 このお金で契約出来るクエストは限られてくる。多分大型モンスターの狩猟はほとんどないと思う。

 うーん……信用されてないないのかな? まぁ、私一人で何か出来るかといえば微妙だけど。

 

 今日は素直に釣りのクエストでも受けようかな。

 

 

 

「で、どれが良いと思う? ムツキ」

 場所は変わって集会所。

 

 アランに貰ったお食事券を握り締めて、私はタンジアの集会所に来ました。

 バルバレも凄かったけど、港町であるタンジアの集会所にはハンター以外の人も沢山来ていて人がごった返している。

 

 

「渓流で釣りをしたいアイルー(・・・・)が護衛をして欲しいってクエストがあるニャ。契約金も三百ゼニー」

 ムツキはアイルーという単語だけ強調しながら、一枚のクエスト契約書をボードから引き剥がした。

 護衛クエストならモンスターと戦わなくてもいいかもしれないし、無理に狩猟する必要もない。流石ムツキ。

 

 

「ったく、釣りするのにも護衛が要るなんて。これだからアイルーは貧弱ニャ」

 ただ、ムツキは呆れたような表情でそう言う。アイルーが関わってくると何故か辛辣になるよね。

 

「そんな事言わないの。えーと、今渓流で確認されてるモンスターはジャギィやアオアシラか……。それでも、戦えないアイルーさんからしたら危ない相手なんだよ?」

 そもそも私だって、二年くらい前はアオアシラすら倒せなかったんだから。

 そこで呆れられるとちょっと悲しいかな。……私が。

 

 

「まぁ、それがハンターの仕事ニャ。しかしこの依頼人の名前はなんなんだニャ? 釣りメイジン・カワグチって。メイジンって」

「きっと凄い釣りが上手い人なんじゃないかな?」

 そう考えるとちょっと会うのが楽しみだ。一体どんなアイルーさんなんだろうね?

 

 そんな事を考えながら、クエストの前に腹ごしらえ。

 お食事券をウェイトレスさんに渡して料理を頼みます。

 

 

 ここタンジアギルドは、ギルド公認の三つ星レストランであるシー・タンジニャと隣接している。

 世界的にも有名なこのシー・タンジニャこそ、私のお父さんでありモガの村の実家、ビストロモガのコック───スパイスさんが修行したレストランでもあった。

 

 だからなんというか、ここで食べるご飯は実家の味がします。そのまま実家の味なんだけどね。

 

 

「お待たせですニャ」

 注文をしてから少しして、注文したこのレストランの伝統名物料理──タンジア鍋──が運ばれてくる。

 このタンジア鍋は、レストランの屋根の上で絶えず火に掛けられた巨大な鍋で作られている物だ。

 

 シー・タンジニャで注文に困ったらコレ! 何度食べても飽きないし、栄養満点で滋養強壮栄養補給にも持ってこいの素敵な料理です。

 

 

「早く食べちゃってクエストに行こっか。メイジンさんも待ってるだろうし」

「ボクは猫舌ニャ」

「フーフーしてあげるね!」

「ひ、一人で出来るニャ!」

 なんて会話をしながら食事を満喫中、ふと肩を突かれて私は振り向いた。

 

 私の後ろには男のハンターさん。何か用なのかな? 私は鍋から手を離して、彼等の顔を覗き込む。

 

 

「やーやー、可愛いウルク装備の彼女。俺と夜の狩りでもしないか? 俺こう見えても上位ハンターなんだ」

 声を掛けて来た人は、イャンクックの素材を使って作られた装備を身に纏っていた。

 でもその装備を私はカタログで見た事がない。上質な素材で出来た装備なのかな? と、なるとこの人は上位のハンターさん?

 

 上位ハンターさんなんて、タンジアでもアラン以外にあまり見かけないからこの人が凄い人だって事は直ぐに分かる。

 

 

「え、えーと……なんで、ですか?」

 ただ、そんな凄い人が下位ハンターである私に何か用なのかな?

 突然クエストを手伝ってくれるって言われたけど、私が今日受けるのは護衛クエスト。

 

 

 凄い人に手伝ってもらうようなお仕事じゃない。

 

 

「そんなの決まってるじゃないか、言わせるなよ」

「なんニャお前! 僕の大切な妹にナンパとは百年早いニャ! シャーーーッ!!」

「あ、こらムツキ! 失礼だよ!」

 せっかく凄い人がクエストに誘ってくれたんだから。なんぱ?

 

「あ? なんだこのネコ。うるせぇ!」

「ニャ───っ?!」

 尻尾の毛を立てて男の人を威嚇していたムツキは、男の人に片手で払い除けられる。

 

「ムツキ?!」

 地面を転がるムツキ。そんなに強く飛ばされた訳じゃないけど、嫌な気分だ。

 

 

「さぁさぁ、行こうぜぇ?」

「……っぇ?! ちょ、辞め、ま、待って下さい! 私一緒に行くなんて一言───」

「あん?!」

 手を掴まれて無理矢理立たされる。え、何? なんで?

 

「───っぁ、ぇと……」

「ニャーーー! ミズキを連れてくにゃ!!」

 抵抗しようとしたけど、大きな声を出されて、私はそれが怖くて声が出なくなってしまった。

 騒つく集会所。上位ハンターさんは声を上げるムツキを無視して私の手を引っ張る。

 

 

 え、ど、どうしよう。怖い。助けて。アラ───

 

 

「あんた、そんな小さな子を捕まえて無理矢理連れ出してどうする気? 何? もしかしてロリコン?」

 ふと、騒つく集会所の真ん中でそんな声が聞こえた。

 

 若い女性の声。芯の通ったはっきりとした声が集会所に響き渡る。

 

 

 

「あん? なんだねーちゃん。お前も俺達と遊びたいのか? 二人くらいなら同時に相手してやるぜ、ギャハハッ!」

「汚い笑い声を出すのはイャンクックみたいなその口? あ、イャンクックか。集会所にイャンクックが、こりゃ退治しないと」

 そう言いながら女性は近付いてきて、私達の前で腕を組んで立った。

 

 

 後ろで一つに纏めた綺麗な白い髪。翡翠色の瞳は鋭く男を睨んで、フルフルと呼ばれるモンスターの上位素材で作られる防具は、白い髪と混じって神秘的で綺麗な雰囲気を醸し出している。

 背負っている大剣も私の知らない武器。この女性も、上位ハンターさんなのかな……?

 

 

「誰がシャクレだ! てかクック先生舐めんな?!」

「下位の時にクック先生に習わなかったの? ……叶わない相手に喧嘩売るなって」

「言わせておけば良いたい放題良いやがってテメェ!!」

 手を上げるハンターさん。しかし、その手は振り下ろされる事なく女性に掴まれた。

 

「ちょ、待て、お前よく見たら……タンジアじゃ有名なドドブラ───」

 男の人が言い掛けた瞬間、その場の空気が凍り付く。

 

 正直、私には何が起きたか分からなかった。

 

 

 気が付いたら男の人は白目を向いて倒れていて、その目の前には白髪の女性が息を荒げて拳を握っている。

 

「誰がドドブランゴだ。……あ、もう大丈夫だよ。怖かった? ナンパされてるの気付くの遅れてごめんね。タンジアは割と平和な方だけど、偶にこんな感じの流れのハンターも来るんだから気を付───」

 まるで狂竜ウイルスに感染したモンスターのような、恐ろしい覇気。

 怖かった? いや、いやいや───

 

「───ひぃ?!」

「───えぇ?!」

 ───いや、この人の方が怖い。

 

 

 助けてぇ!!

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 場所は変わって渓流。

 私は、集会所で困っていた所を助けてくれたシノアさんという上位ハンターさんと一緒に、釣りをしたいアイルーさんの護衛クエストに来ていた。

 

 

 どうしてこんな事に。

 

 私を助けてくれた女性は、ギルドナイトが来る前に騒ぎから私達を連れ出してくれたの。

 そのまま私は逃げる様にクエストを受注。その女性も同行してくれて、渓流に到着した所です。

 

 

「ちゃんとした自己紹介をまだしてなかったね。私はシノア・ネグレスタ。一応タンジアギルドで活動してる上位ハンター」

「あ、えと、ミズキ・シフィレです。こっちはオトモ兼私のお兄さんのムツキ」

 私が紹介すると、控えめに「ニャ」と返事をするムツキ。

 

 

 まだ集会所での事を気にしてるのかな?

 

 ムツキは自分が何も出来なかったって落ち込んじゃったみたいで。私はあの時、ムツキが助けようとしてくれて嬉しかったんだけど。

 

 

「あの、助けてくれてありがとうございます。今更なんですけど、なんで助けてくれたんですか? クエストまで着いてきてもらっちゃって」

 気球船での移動中は緊張してあまり話しかける事が出来なかった。

 だってほら、凄く怖かったし。覇気が凄かったっていうか。ね?

 

「助けたのは当たり前でしょ? むさい男がこんな可愛い女の子を連れ去ろうとしてるの見て、黙って見てる奴の方がどうかしてる」

 当たり前のようにそんな事を言うシノアさんは、その後頭を掻きながらこう続ける。

 

「クエストに着いてきたのは、えと……騒ぎ起こして事情聴取受けるのが面倒だったからって訳だけどね。あはは」

 笑いながら「集会所に居た友達に後の事は頼んだから大丈夫。多分!」と、他所を見ながら言うシノアさん。

 さっきは怖いと思ってしまったけど、やっぱり助けてくれたのは嬉しくて格好良かった。

 

 少し背も高いし、強いし、女性として憧れを抱くには充分に素敵な人。

 胸は……同じくらいかな?

 

 

 

「まさか受けたクエストが護衛クエストだったとは思わなかったけどね」

「ご、ごめんなさい……」

「い、いやいや。これはミズキちゃんのクエストだし。私も着いてきたからには手伝うよ」

 と、言ってくれるのは嬉しいけど。

 

 せっかく上位ハンターの人に手伝って貰えるのに、護衛クエストなんだよね。

 アランも上位ハンターだけど、他の上位ハンターさんとは初めてだから少し緊張します。

 

 

 護衛クエストだけど!

 

 

 

 

「待ち合わせはこの辺りの筈ニャ」

 地図を持ったムツキがそんな言葉を落とした。

 

 場所は変わって、ベースキャンプを出て少し歩いた場所。

 周りには放置された家が並んでいて、昔は村だった場所みたいです。

 

 

「えーと、あの人じゃない?」

 そう言ってシノアさんが指を指す先には一人のアイルーさんが立っていた。

 

 

「……む、待ち人が来た様だ」

 太陽の方を見て腕を組んでいたそのアイルーさんが、シノアさんの声を聞いて振り向く。

 

 背中に背負っているのは釣り道具。特徴的なサングラスを掛けた、茶色い毛並みのアイルーさん。

 コートを羽織った彼が、クエストの依頼主──釣りメイジン・カワグチ──さんだろうか?

 

 

「依頼主の方ですか?」

「肯定しよう。私こそが三代目、釣りメイジン・カワグチだ! それ以上でもそれ以下でもない」

 コートをなびかせて釣竿を構え、声を上げるアイルーさん。あれ? この人「にゃ」って言わないのかな?

 

 

「にゃ、はどうしたニャ。にゃ、は」

「ふ、愚問だな。釣りメイジンとして名高いこの私に……にゃ、等という可愛い語尾は不要だ」

 何この人格好良い!

 

「え、何このアイルー……」

「不審者……いや、不審猫ニャ」

「格好良いです!!」

「「え?!」」

 え?

 

 

「え、ミズキちゃん的にはオッケーなの?」

「み、み、ミズキ?! そ、それはボクよりあの変な奴が格好良いって事かニャ?!」

 困惑したような表情の二人。え? 私おかしいかな?

 

 

「なに、人によって感性は様々だ。その感性を大事にしたまえ。……時に、今宵の遠征の護衛をしてくれる若き狩人達の名を聞きたい」

 そう言いながらも、カワグチさんは荷物を手早く纏めて出発の準備を整えた。

 動きにはキレがあって、彼のメイジンという名が伊達じゃないという事を思わせる。

 

 

「私はミズキっていいます! お願いします、メイジン・カワグチさん!」

「良い返事だ。私の事は短くメイジンと呼びたまえ」

 格好良い……っ!

 

 

「……シノアです」

「……ムツキニャ」

「よし、役者は揃った。いざ参らん、川の主の元へ!」

「おー!」

 

「……変わった子だね、あなたのご主人は」

「……それ以上にあのアイルーが変だニャ。まぁ、ミズキがバカなのは今更ニャ」

 聞こえてるぞー。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 場所は変わって、背の高い草が鬱蒼と生い茂るエリア。

 

 

 そこはこの辺りを流れる大きな川が横切っていて、流れも弱い場所で釣りスポットとしては絶好な場所だ。

 メイジンさんは背の高い草を掻き分けて奥へと進むと、最良な場所を見つけて道具を用意する。

 

 手早い動きはやっぱり格好良い。

 

 

「さぁ、戦いの幕開けだ」

 言いながら釣りミミズを針に通して、メイジンさんは釣竿を振った。

 遠くまで真っ直ぐに飛ぶ釣りミミズが川の中に吸い込まれる。それを見届けたメイジンは、用意した椅子に座って静かに時を待った。

 

 

「あんな所に餌飛ばして何釣るつもりニャ」

 そんなメイジンさんの後ろで彼を観察していたムツキが口を開く。

 

 メイジンさんの釣り糸は川の中央に向かっていた。

 川の流れは真ん中に行くほど早いから、すぐに餌に食いつくような小さな魚はあまりいない。

 私やムツキは良く釣りをするから、それを疑問に思ったのだろう。私も疑問には思うし。

 

 

「この程度の川の流れに負ける小物に、私は用がない。私の狙いは大物一匹───この川の主だ!」

「ニャ……主?!」

「そ、それって……」

 この渓流の主とは何者なのだろう。私はその答えを聞くために、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

「……ナバルデウスだ」

「ナバルデウス?!」

 って、ぇ、あの、昔モガの村を襲ったあの古龍?!

 

「んなもん釣れる訳ないでしょ? 私はみた事ないけど大海龍ってあのジエンモーランと同じくらい大きいって聞いたし。下手したらこの川の幅より大きいっての」

 ですよねー?

 

「無論、そんな事は分かりきっている」

 え、なら、どういう事?

 

 

「釣り人は常に高みを目指す存在だ。私はそのメイジン。……最大限の獲物以外に興味はない」

「つまり大きければなんでも良いって事かニャ……」

「その通りだとも」

「それで良いのかメイジン……」

「格好良いです!!」

「「えぇ……」」

 常に上を目指す姿勢はとても素敵だと思う。私も見習わなきゃ!

 

 

「渓流で大物っていうと、白金魚や古代魚ですか?」

「いや、私の狙いはこの川の主───もっと巨大な魚だ」

 古代魚は大きいと二メートル以上にも成長する魚だ。それよりも大きな主となると……どんなお魚さんなんだろう?

 

 

「そんなもん釣れる訳ないニャ」

「そうかもしれない。だが、釣り人とは挑戦する物だ。……あえて言おう、釣りとは───我慢であると!」

「おー!」

 名言!

 

 

「君達も釣りたまえ。今日の川は機嫌が良い」

 そう言いながら釣竿を三本取り出すメイジンさん。

 え? 私達も?

 

 

「えと、でも私達は護衛がお仕事ですし……」

「何を言っている!!」

 えぇ?! 怒られた?!

 

 

「君達も釣りの経験はあるだろう? ならこの川の良さが分かる筈だ。この気を逃すなど、ナンセンスだと分からないか?!」

 立ち上がって力説するメイジンさん。サングラスの奥の瞳には炎が映っている気がする。

 

 

「……それに君のような歴戦の狩人なら、モンスターが来ればすぐに分かる筈だ。丁度、歴戦の釣り人である私が……獲物が掛かればすぐに分かるようにな」

 シノアさんに視線を向けながらそう言うメイジンさん。

 その瞳は突き刺すような、鋭い目付きをしていた。格好良い。

 

 

「まぁ……私も一応上位ハンターの端くれだしね。釣りに夢中になって本業を忘れる事はないよ?」

「ふ、ならば決まりだ。釣れ、若者達よ!」

 メイジンさんもそう言ってくれたし、私達も釣りに参加する。

 

 夕御飯を豪華にしてアランを驚かせる為にも、我慢張って大物を釣らなきゃね!

 あ、でも。本業を忘れないようにしないと。周りにも集中。

 

「……ニャヒヒ、本物の釣り人って奴を見せてやるニャ」

 ……ムツキ?

 

 

 

 

 

「大漁ニャーーー! 入れ食いニャーーー! ニャッハッハッハ!!」

「うっは! なにこれ凄い! 止まらない! 釣れ過ぎて怖い! 私の才能が怖い!!」

 釣りを始めて数分後、ムツキとシノアさんは入れ食い場を引き当てたようで若干トリップしていた。

 

 えと、大丈夫かな? 本業忘れてないかな?

 

 

 サシミウオにハレツアロワナ、ハリマグロや黄金魚。

 ムツキの言う通り入れ食い状態で、山のように積まれたお魚さん達がピチピチと跳ねている。

 

 久し振りに豪華な夕食になりそう。アランのボウガンの弾の素材にもなるしね。

 

 

 

「ふむ、中々の逸材だな彼は」

「うーん……多分、ちょっとズルしてるんだと思います」

 一方でメイジンさんはまだ一匹も釣れていなかった。何回か餌を戻しては、新鮮な餌に付け直す。

 それを三回程繰り返したけれど、中々食い付きが悪いみたいで餌だけ取られてしまう事すらなかった。

 

 

「ズルだと?」

「はい。多分ムツキは───」

 賢いムツキの事だ、きっとあの釣り餌を使ってるに違いない。

 

 

「フィーバーニャーーー!」

「───釣りフィーバエを使ってるんだと思います」

 釣りフィーバエは釣り餌になる虫の一種で、いい匂いでもするのかお魚さんがすぐに食い付き易い餌です。

 釣り餌にも目標によって色々な種類があって、ムツキはそういう事に詳しいから、釣りのクエストの時は色々持ち運んでるんだよね。

 

 

「なるほど、釣りフィーバエか」

「あはは、ズルいですよねー」

「いや、何も悪い事はない。知恵を使うのは立派な戦術。……称賛に値する!」

 ムツキが褒められた!

 

 

「ニャーハッハッ! 負けを認めたかニャ、メイジン!」

「負け? 何か勘違いしているな。釣りは他者との戦いにあらず。釣りとは───己との戦いだ!!」

 高らかに笑うムツキに宣言するメイジンさん。

 そんな彼は釣竿を上げながら、こう続ける。

 

 

「時に少年、入れ食いで興奮するのは分かる。しかし、取り過ぎには注意が必要だな。君も狩人のオトモをしているなら分かる筈だ、狩猟と乱獲の違いを。生き物は常に何かの犠牲の元に成り立っている。しかし、生ある者を無意味に殺戮する事は自然の理に反するという物。……それはモンスターの狩猟も釣りも同じだ!」

 素敵な考えだなって、そう思った。

 

「ニャ……ニャ、ニャニャ…………っ。……ま、負けたニャ。悔しいけどコイツ、ボクより一枚も二枚も上手だニャ」

 多分彼を格好良く思うのは、雰囲気だとかそれらしい事を言っているとか、そういう事じゃないんだと思う。

 しっかりとした芯を持ってる。その芯からなる自信と自論。それが彼を形作っているからだ。……素敵な人───もとい、ネコさん。

 

 

 

「他者と己を比べるものではない。それより食事にしよう。日の光も丁度良い」

「でもメイジン、あんた一匹も釣れてないじゃない」

 入れ食いでトリップしていたシノアさんが、暴れまわるハリマグロを地面に叩きつけてしめながら口を開く。

 ムツキが釣り過ぎちゃってるし、少しくらいお裾分けしても良い気がするけれど。私は彼が次にどんな事を言うか分かってしまった。

 

 だからこそ私は───

 

 

「不要だ。釣り人たるもの、自らの糧は自らで手に入れた物だけとする。狩人が自らの武具を鍛える時と同───」

「狩人は助け合いですよ! 一緒に食べましょうよ」

 ───私は、彼の信念に逆らってみようと思う。

 

 

「……その心を聞こう」

「ご飯は皆で食べた方が楽しいからですよ。釣りも一人でするより皆でした方が楽しいと思うんです。私は一人で居るのが嫌いだから……。だから、どうですか? ムツキも良いよね?」

「ま、ミズキが言うならボクはそれに従うまでニャ。こ、この事を見越して大量に釣っておいたんだからニャ!」

 ふふ、ありがとうムツキ。

 

 

「なるほど」

「ダメ……ですかね? 護衛のハンターが生意気言ってごめんなさい……」

「いや、その心意気結構。ありがたく頂くとしよう! 勿論、私も釣りは一人より多勢派だ!!」

 そうじゃないなら、護衛のハンター分の釣竿なんて持ち歩かないもんね。

 私も彼みたいに、自分の芯を貫けたかな? そうだと嬉しいです。

 

 

 そんな訳で、私達はお昼にする事に。

 

 

 シノアさんがお魚を焦がしたり、ムツキが生焼け魚を食べてお腹を壊したり。

 メイジンさんがその場でお魚を捌いて作ったお刺身を、秘伝のお醤油で頂いたり。

 

 メイジンさんから素敵なお話を聞いたりして、とっても楽しい時間が流れました。

 

 

 

 そんなある時。

 

 

「───モンスター?」

 ついさっきまで三個目の焦げ魚を食べながら、メイジンさんに叱られていたシノアさんが突然低い声でそう口を開く。

 寸前まで「火力が強過ぎる! 私は悪くない!」と声を荒げていた人とは別人のような声だ。

 

 やっぱり、彼女は上位ハンターなんだなって思う。

 

 

「説教の続きは後にしよう」

「いやもう良いです勘弁して下さい私はそういうの苦手なの!」

 あ、でもやっぱり楽しい人だ。

 

 

「ど、どこですか?」

 ただ、護衛クエストを受けたのは私だ。そんな私が黙ってお刺身を食べている訳にもいかない。

 立ち上がって武器を構える。ここは狩場で、どんなモンスターが現れても不思議じゃないんだ。

 

 

「あそこにアオアシラ。魚の血の匂いでも嗅ぎつけてきたのかもね」

 そう言ってシノアさんが指差す先には、川の上流の方から向かってくる一匹の牙獣種の姿。

 青い色彩の毛皮に、背中を守る甲殻が特徴的。最大の武器である太くて筋肉質な腕は、分厚い甲殻に覆われていている。

 

 

青熊獣(せいゆうじゅう)───アオアシラ。

 

 

 

「うわぁ……」

 あ、アオアシラに良い思い出ないんだよね。モガの村での事もあるし。

 

 

「手伝うって言って結局何も出来てないし、私がササっと片付けてこようか?」

 背中に背負った大剣に手を伸ばしながら、得意げに歯を見せるシノアさん。

 思い出すのは集会所での出来事。多分この人は物凄い強い人なんだと思う。きっとアオアシラだって簡単に倒せてしまう程には。

 

「え、えと、ちょっと、待ってください」

 だからこそ、私はシノアさんの提案を断った。

 

 

 これも多分、私は自分の芯を通したいからだと思う。

 

 

「遠慮しなくて良いんだよ?」

「いや、あの……。多分、シノアさんなら簡単にアオアシラは倒せちゃうんですよね」

 私がそういうと、シノアさんはそのままの表情で首を横に傾けた。

 きっと私の考えはあまり理解されない物だと思う。でも、だからこそ、私はその芯を貫きたい。

 

 

 それが私の進みたい道だから。

 

 

「あなたまさか……」

「変だとか、おかしいだとか、分かってます。でも私……出来るだけモンスターを殺したくないんです。出来るのなら、出来るだけ共存したい」

 私がそういうと、シノアさんは大剣に伸ばしていた手を下ろして耳の裏を指で掻いた。

 

 ただ、そっと目を閉じると、彼女は私の頭に手を乗せる。

 アランとは違うけど、優しい手。

 

 

「シノアさん……?」

「ふふ、やっぱりあなた変わった子だね。……ハンターには向いてないかもしれないけれど、その優しさは大切にした方がいいと思う」

 変わった子なんて言われてしまった。けど、私の気持ちは伝わったのかな?

 

「うん、だからこそ私に任せて欲しい」

「ぇ、ぁ、いや、シノアさん?」

 えーと、私が殺したくないって訳じゃなくて、アオアシラさんに死んで欲しくない訳であって、あ、あれぇ……?

 

 

「大丈夫、殺さないよ。確かにミズキちゃんがいなかったら普段通り狩ってるし、きっとその方が楽なんだと思う。……でも、私は今日あなたのお手伝いの為に来たんだから───」

 そう言いながら、シノアさんは武器に手を伸ばしながら姿勢を低くする。

 

「───私に任せて!」

 言うが早いか走り出すシノアさん。それと同時に、アオアシラは見付けた外敵に突進を仕掛けた。

 

 

「危ない!」

「いや、彼女に迷いはない!」

 一人と一匹が重なるその瞬間。アオアシラの巨体がシノアさんを轢く寸前に、彼女は足を浮かせてアオアシラの頭を踏み付ける。

 宙に浮く身体。まるでアランみたいに、軽々とアオアシラを飛び越えたシノアさんは背後を取って大剣を構えた。

 

 凄い……エリアルスタイル。私なんかより綺麗に跳んで、危なげなく武器を構えた彼女は、その大剣の腹でアオアシラの後ろ足を叩く。

 

 

「グォォォッ!」

 切れ味のない大剣の腹での攻撃は、アオアシラの身体を傷付ける事は出来なかった。いや、わざとなのかな……?

 そのアオアシラは、振り向きざまに太い腕を振るう。素早い攻撃ではないけれど、強力な一撃がシノアさんを襲った。

 

 

「───遅い!」

 大剣を振った後の死に体。しかし、彼女はその大剣を引き戻し納刀する。

 同時にアオアシラに背を向けて、背負った大剣の腹でその攻撃を流した。

 

 あの動きは……?

 

「ほう、ブレイヴスタイルか!」

 あれ? シノアさんはエリアルスタイルじゃ……?

 

 

「グォォァ!」

「そら……っぁぁ!」

 攻撃を外してバランスを崩したアオアシラの頭に、シノアさんは横に傾けた大剣の腹を叩き付ける。

 自身の攻撃の勢いも相俟って、地面を横転するアオアシラ。

 

 その真横で、シノアさんは大剣を一度振り回してから背負い直した。

 同時に彼女を禍々しい覇気が包み込む。それはまるで───集会所でハンターさんを打ち負かした時のような、そんな覇気。

 

 

 

 

「───っおらぁぁぁっ!!!」

 そして彼女は、大剣を今度はしっかりと縦に振り下ろした。死に体のアオアシラに、目を瞑りたくなるような覇気を乗せた一撃を。

 

 盛り上がる地面。ここまで伝わってくる振動。

 

 しかし、その斬撃がアオアシラを襲う事はなかった。

 大剣はアオアシラの眼前にめり込んでていて、少しでもズレていたらアオアシラの頭は形を変えていたと思う。

 

 

 外した? 違う、外してくれたんだ。

 

 

 

「……さて、どうする? これ以上やるならこの斬撃を次は当てる」

「ぐ、グォォ……ッ」

 飛び退いてその場を走り去っていくアオアシラ。そ、そりゃ怖いよねぇ……?

 

 私も開いた口が塞がらない。

 

 たった数秒の間に自分と相手の力の差を見せ付けて、大型モンスターを逃す。

 そんな事を出来る人が居るんだと驚いたし、それだけの力があれば私も同じ事が出来るのだろうか? そんな疑問と驚きで、私は少し興奮した。

 

 

 ……強くなりたいと、そう思った。

 

 

「一丁上がりっと」

「化け物かニャ……」

「聞こえてるぞー!」

 私も、彼女のように強くならたら。

 

 

 モンスターと、また違う関わり方が出来るかな?

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 日も沈んで来た頃。

 メイジンさんの竿は一度も揺れる事なく、何度目かの餌交換の為にその釣竿は上げられる。

 

 

 

「次で最後にするか」

 すでに動かなくなった釣りミミズを川に投げ捨てながらそう言うメイジンさん。

 時間もそろそろだし、諦めちゃうのかな……?

 

「あ、諦めちゃうんですか? 私達まだ待ちますよ!」

「君の優しい所は美徳ではある。しかし、欠点でもあるな」

 そう言いながら、メイジンさんは横を通りかかったカエルさんを捕まえた。

 

 

 美徳であり、欠点でもある……?

 

 

「確かに君の、モンスターとも共存し殺したくないという気持ちは尊い感情だ。大切にすると良い。……しかし、時にそれは絶対ではなくなる」

「……わ、分かってます。殺さなきゃいけないモンスターも居るって、私は分か───」

「いや、分かっていない!」

 そう言いながら、メイジンさんは捕まえたカエルを地面に叩き付けて殺してしまった。

 私は思わず目を瞑って、彼の言動を伺う。酷い事をしちゃうんだと、そう思った。

 

 

「今、私は君にとって非道な行いをしたかな?」

「え、いや、それは……」

「正直に言いたまえ。先も言った筈だその気持ちは尊い、大切にしろと」

 言いながら、彼は殺したカエルを釣り針に刺す。満足げなメイジンは、二、三度引っ張ってから釣り竿を振った。

 

 

「餌にする為なら……」

「仕方ないと?」

 でも、だって、それは……。

 

 

 あれ? 私……。

 

 

「この世界に生きているのは君達人間だけでも、モンスターや我々獣人族だけでもない。私達が釣っている魚、その釣りに使う餌とて生命を持ち生きている。もっと言うならば草木、その種も命の塊だ。……我々はその命を糧として生きているのだ」

 命を糧として……。

 

「私……間違ってますかね」

 そう……だよね。釣りミミズだって生きているし、私達が何も考えずに食べていたお魚さん達だって生き物だ。

 私は大きな生き物だけを見て、他の命を見ていなかった。私の考えはただの甘さだった。

 

 メイジンはそう言いたいのだろうか?

 

 

 悔しいけど、きっとそれは間違ってない。間違っているのは私だ。

 

 

 何も言い返せない。私がやっていた事はただのエゴだったのかな?

 ただ私が殺したくないだけ。命を奪うのが嫌だっただけ。

 

 小さな生き物の命から目を逸らして、逃げていただけなのかな?

 

 

「間違ってなどいない。それは断言しよう」

「メイジンさん……?」

 釣り糸の先に視線を集中しながらも、メイジンさんはそう口を開いた。

 釣り竿は引かない。ただ小さく、波に揺られる。

 

「我々生き物、全ての命は大きな意味で共存している。食物連鎖の中でお互いに干渉し合い、思うがままに生きている。……しかし、その関係性を考える生き物は少ない。共存の形は様々だが、その形の在り方は決まっている」

 む、難しい話かな……?

 

 きっと良い事を言っているんだと思う。だけど、私には良く分からない。

 私はそんな大層な考えをしてる訳じゃない。ただ、モンスター達と分り合いたくて、一緒に生きていたいだけ。

 

 

 ……私のわがままなんだ。

 

 

「深く考える事はない」

 メイジンさんはゆっくりと私に顔を向けて、こう続ける。

 優しい声で。だけど、しっかりとした芯の通った声で。

 

「その優しさを忘れない事だ。そして、その中で糧となる生物への感謝を思い出して欲しい。……殺さない事は間違いではない、貫け! しかし殺す事を間違いだと思うな、感謝を込めよ! 君の考えは尊い。だからこそ、殺す事を間違いだとは思わない(・・・・・・・・・・・・・・)で欲しい」

 殺す事は間違いじゃない……?

 

 

「殺さないといけないのではない。我々が生きる為に、その命に感謝をして命を頂くのだと。分かって欲しい。……殺す事も殺さぬ事も、正しいのだ」

 私の目を真っ直ぐに見て、メイジンさんはその後「分かるかな?」と優しく呟いた。

 本当に素敵な考え方だと思う。私が思っていたモヤモヤが、一瞬で晴れる。

 

 

 殺す事も、殺さない事も、間違いじゃない。

 

 ただ、この世界の生き物に感謝して生きて行く。それが、共存なんだって。

 

 

 彼はそう言ってくれた。

 

 

 

「はい、分かった気がします!」

 私は殺さないといけないモンスターもいるって、どこかで自分を否定していたんだと思う。

 だけどそれは、間違いじゃなかった。それも共存なんだと彼は教えてくれた。

 

 素敵な考え方をする人です、メイジンさんは。

 

 

 

「ふ、ならば良い。その気持ちを大切にしたまえ」

「はい、メイジンさん! ───って、引いてます! 引いてますよメイジンさん!」

 元気に返事をすると、ふと視界にしなっている釣り竿が映る。

 ここに来て大物が?! カエルさんを餌にしたからだろうか? 物凄い勢いで引いてる。

 

 ───これは、大きい!

 

 

「にゃに?!」

 え、今「にゃ」って言った?

 

 驚いて釣り竿に力を入れるメイジンさん。獲物は川の中を暴れ回って、強い水飛沫を上げている。

 

 

「この手応え……まさしく大物。この川の主か!」

「主ぃ?!」

 ほ、本当に川の主が釣れるのだろうか。どんなお魚さんなんだろう。気になる。

 

 

「……っ、不本意だが私一人の力で引き上げるのは不可能か! すまない狩人達よ、力を貸してくれ!」

「はい、勿論です!」

「ガッテンニャ!」

「了解っと」

 四人で竿を支える。本当に強い引きだ、こっちが引き込まれそう。

 一体どんな大物なんだろう? 古代魚? ドス大食いマグロ?

 

「助かるぞゴリラ少女よ!」

「誰がドドブランゴだぁ!!」

 シノアさんが力を入れると同時に釣り竿が引きあがる。

 

 

 視界に映る魚影。一対の翼を持った、瑠璃色の鱗を持ったお魚───いや、お魚さんじゃないよね?!

 

 

 

 水竜(すいりゅう)───ガノトトス。

 魚竜種の一種で、瑠璃色の鱗とヒレ状に発達した巨大な翼や尻尾が特徴的なモンスターだ。

 平均でも私の二十倍の全長にも成長する大型のモンスターで、川や海等多くの水域に生息している。

 

 

 その大きさもあって、ガノトトスは魚竜種の中でも特に危険なモンスターだ。

 私はすぐにでもメイジンさんを避難させようと身構える。

 

 だけど、釣り上げられて地面に叩きつけられるガノトトスに驚いて声が出なかった。───ぇ?

 

 

 

 陸に上がった魚のように跳ねるガノトトス。ピチピチと音を立てるその固体は───

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「最小金冠ね」

 ───ムツキやメイジンさんよりも小さなガノトトスだった。

 

 

「稚魚?!」

「どちらかと言うと、幼体ニャ」

 あんなに引きが強かったのに!!

 

「どーすんの、これ。メイジン」

「主よ、成熟が万全でないか。ならば釣る価値なし! 君が立派になった時にまた戦おう!!」

「格好良いです!!」

「んなアホニャ」

 キャッチアンドリリースしました。




カワグチはアウトかもしれない。いや、二次創作だし大丈夫でしょう()。

ある意味一番書きたかったお話です。少し長くなりました、すいません。
これでミズキの考えも纏まったかな? なんて思います。もう少しゲスト回を何話かやりたいのですが、話数増えるしネタが思い付かない。


メイジンを描きました。分かる人には分かる元ネタがあります(`・ω・´)

【挿絵表示】

きっと彼はつぶらな瞳をしていると思う。

彼との出会いがミズキの考えにも大きく影響したかなとも。


長くなりました。失礼。
また次回もお会い出来ると嬉しいです。

感想と評価を心よりお待ちしておりますよ(`・ω・´)

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