モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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狩る者と狗竜のボス

 真っ直ぐ。水平に空中で黒い線を描く。

 右手に握られた短剣は、目の前のモンスターの下顎を切り落とした。

 

 

 下顎が地面に落ちる音と共に、モンスターは声にならない悲鳴を上げる。

 

 扇のような耳が特徴的な鳥竜種、ジャギィ。

 そのモンスターの無くなった下顎に、俺は左手で構えたライトボウガンを突き付けた。

 

 

 蒼火竜砲【三日月(ミカヅキ)】───()()()が俺に残してくれた素材を使った一品である。

 世間一般に知られている蒼火竜砲と違って大幅な軽量化と小型化がされているのは、俺がこの武器を作った時まだ年端もいかない子供だったからだ。

 

 あの頃は両手で持つのが精一杯だったのに、今は片手で持ててしまう。

 ただ、それはそれで俺の戦い方にあっているのだと思っていた。

 

 

「……殺す」

 躊躇無く、引き金を引く。

 火薬が弾薬を弾き、下顎という盾を失ったジャギィの頭を火炎弾が吹き飛ばした。

 

 次は二体。左右から飛びかかってくる二匹のジャギィ。

 

 

「邪魔だ」

 右から飛び掛かるジャギィの腹部に短剣を突き刺し、その勢いを殺さずに左から来るジャギィに流して二匹を地面に叩き付ける。

 返り血が飛び散るが、これが最後だから気にする事もない。

 

「…………殺す」

 地面に倒れて身動きが取れない二匹にライトボウガンを向けた。

 

 

「や、辞めて! もう充分じゃない? ね、ねぇ?」

 アオアシラの装備を着た金髪の少女が、もう終わりだというのに俺と奴等の間に入って来てそんな事を言う。

 

 

 その言葉を聞いて、俺の身体は少し固まった。

 

 

 周りを見てみる。

 綺麗な草原に染み付く赤色。所々に散らばる肉塊は、その全てが自分で作った物だった。

 

「……どけ、ミズキ」

 でも、これは当たり前の事だ。仕方がない事だ。

 

 

 人と竜は相容れない。今このジャギィ達を見逃せば、いつか誰かを傷付けられるかもしれない。

 だから、殺すしかないんだ。

 

 

「アラン……」

 少女はその純粋な瞳で俺を確りと見ている。

 お前にも、もう少しで分かるさ。

 

 

「ニャ! ミズキ後ろニャ!」

「───ぇ!?」

 人と竜は、本当に分かりあう事なんて出来ないって事がな。

 

 

「……人と竜は相容れないんだ」

 孤島に響く銃声は、そのクエストの終わりを告げる鐘の音にも聞こえた。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「……ね、ねぇ、アラン。……殺すしかなかったの?」

 クエストの帰り。少しベースキャンプで休んでいくって事になった私達。

 

 

 蒼い装備を頭以外に身に纏い、黒い剣と蒼いボウガンを背負うアラン。

 初めて会った時とは違って本当にハンターって格好をしている彼に、私はそう質問する。

 

 

 私は昨日、とても不思議な体験をした。

 

 群れごと村に向かって来るロアルドロスを、退治せずに撃退する。そんなありえない事が現実に起きたのである。

 アランはロアルドロスの事凄く分かってあげて、それでロアルドロスが村に来ないようにまでしてあげた。

 

 そんな夢みたいな体験を、私は昨日の夜ずっと思い返して───

 

 

 そして、今日は村にジャギィの群れが近付いてきたと知らせを受ける。

 そんなジャギィを追い払う為に今日も私達はクエストに向かった。

 

 ラギアクルスに襲われて修理していた交流船も帰って来て、アランの装備もしっかりして出発する時、私は内心凄くドキドキしていたのを覚えている。

 また昨日見たいな素敵な体験が出来るのかな、モンスターと繋がれるのかなって、そんな事を思ってしまっていた。

 

 

「アイツらはただ餌を探していた。そんな奴等がこのベースキャンプを出た直ぐ先にまで来ていたんだぞ? 殺すしかない」

 防具を着ても外さなかった、胸のペンダントを左手で握り締めながらアランはそう言う。

 

 確かに、ジャギィが居たのはモガの村が見えてしまう位村に近いエリア。

 普段はそこに居るケルビ達も隠れてしまう程の量のジャギィを、アランは一人で全部倒して見せた。

 

 

 本当に強かった。凄いって思った。

 右手の剣は確実に相手の弱点を突き、左手のボウガンは無駄のない動きで命を穿つ。

 

 片手剣の盾を捨ててライトボウガンを背負うハンター。そんな人、私は初めて見たんだけど武器に振り回される事なく完璧に使いこなしていたと私は思った。

 

 

 でも───

 

「本当にアランは殺したかったの?」

「は?」

 戦っていた時のアランの表情を思い出す。

 

 

 初めは、ロアルドロスと対面した時のようなとっても怖い表情だった。

 でもジャギィを一匹でも狩る度に、彼の表情は少しだけど歪んで。それを鎮める為に「殺す」「殺す」って呟いていたようにも見えて。

 

 

「ねぇ、アランは本当は殺したくなんかなかったんじゃないの?」

「そんな事があるか」

「アラン?」

 胸元の華麗な石を握るのを辞めながら、彼は立ち上がってこう続ける。

 

 

「昨日のあんなのは本当にただの偶然だ。ハンターなら殺して当たり前だろう?」

「そ、そうだけど……」

 それが私達ハンターだって、私だって分かってる。分かってるつもりなんだけどな。

 

「帰るぞ。午後から鍛錬に付き合うんだろ?」

「あ、う、うん!」

 背を向けてそう言うアランの声は、少し苛立っているようにも聞こえた。

 怒らせちゃったのかな。

 

 

「あ、待ってニャ! まだ生焼けだニャ、せめてこんがり焼きたいニャ───ニャー! 置いてかにゃいでー!」

 私は、勘違いしてるだけなのかな。

 

 

 

 

「お腹壊すよぉ……?」

「勿体にゃいもん」

 どう見ても生焼けのサシミウオを食べながら歩くムツキに、私はそうやって注意する。

 美味しそうに食べる彼の尻尾は先っぽの白い所だけ小刻みに揺らしていて、とても嬉しそう。

 

「それに、ボク達メラルーはアイルーと違って丈夫ニャ!」

 って、よくムツキはメラルーである事を誇りに言うんだけど。アイルーとメラルーってなにが違うのかな。

 

 

「はーい、お二人方お疲れ様です! 今回は早かったですね! クエストは無事に完了しましたか?」

 村に戻って最初に話し掛けてくれたのはギルドの受付嬢アイシャさん。

 赤い制服を身に纏い、黒い髪を下ろした彼女はというと───ビストロ・モガでまかない飯を食べていた。

 

「……あ、はい」

 流石のアランもドン引きである。

 

 

「アイシャさん、仕事中だよね?」

「え!? いや、あー! そうでした! でも皆が美味しそうに食べてるし……昨日みたいに二人ともモンスターを狩らずにクエストクリアして来るんじゃないかって思って。そしたら時間が掛かる訳じゃないですか? そしたらお腹が減る訳じゃないですか?」

 淡々と言い訳を述べるアイシャさん。頰っぺたに着いたお米が何とも可愛いが、こんな態度でお仕事してたら偉い人に怒られちゃうよ。

 

 

「……クエストを無事クリアして来たので、報告を。これが証明の素材です」

 そう言うとアランは、慌てふためきながら食事を片付けるアイシャさんにさっき狩ったジャギィの牙を見せる。

 その素材もそうだけど、アランの防具は血塗れでジャギィを倒したと証明するにはそこまで見せなくても良い気もした。

 

 

「はい、確認しました。クエストクリアです! お二人共、お疲れ様!」

「……ボクも居るニャ」

「あれ、居たんですか」

「ニャー!」

 二人は仲が良いなぁ。

 

 

「ムツさん小さくて見えませんでしたー!」

「許さんニャ。喰らえ必殺ネコパンチ!」

「届きませんねぇ!!」

「ニャー!」

「喧嘩そこまでー」

 カウンターに登ってアイシャさんに肉球を押し付けるムツキ。

 本気じゃないんだろうけど見兼ねてムツキを抱っこして止める事にした。

 

「にゃうん……」

「もー、仲良くしなさい」

 本当は仲良いの知ってるけどね。

 

 

「もう孤島の生態は大丈夫なんですか?」

「はい! 今日の所はジャギィのお話しか聞いてないから大丈夫ですよ! お二人はごゆっぬりとお休みしてて下さいねー。いつ、村をモンスターが襲って来るか分かりませんから! それでは!」

 そう言うアイシャさんに別れを告げて私達は直ぐ隣の家、ビストロ・モガに帰宅。

 アランが返り血を浴びた防具を洗っている間に私も着替えて、私はソルジャーダガーだけを残して防具を押し入れに片付ける。

 

 

「アランに素振りを見て貰うんだっけかニャ?」

「うん、そうだよ。私も強くならないとクビになっちゃうからね!」

 少しモヤモヤするけど、やっぱりハンターはモンスターを狩らなきゃいけない。

 その為には、私はまだまだ未熟過ぎると思う。良くアオアシラを倒せたなぁ。

 

「ま、ボクはミズキがハンターだろうが農民だろうが料理人になろうがどこまでも着いていくニャ」

「ありがとう、ムツキ」

 うん、ムツキとなら私もどこまでも行ける気がするな。

 

 

「準備は出来たか?」

「う───ふみぇっ」

 声を掛けられたから振り向いて返事をしようとしたんだけど、なぜかチョップを貰った。

 

 え? なんで? え?

 

 

「武器を振る時は防具を付けろ。怪我をしたらどうする」

「……あ、うん。ごめん」

「……ごめんなさい、だ」

「えー」

「昼飯を食べて少ししたら始めるぞ」

 ただ分かったのは、アランは本当はとっても優しい人なんだって事。

 

 

 

「もっと腰を使え。腕だけで振るな」

「何言ってるか分かんない!」

 昨日の夜、私はアランに鍛錬をして欲しいと頼んで。

 今朝突然ジャギィの話が来てクエストに向かったんだけど、アランは覚えてくれてたみたいでこうして付き合ってくれていた。

 

 でも、アランが何を言ってるのか分からない。

 腰を使うって何? 腕以外でどう振るの?

 

 

「……力を抜け」

「う、うん」

 言われた通りにすると、アランは私の背中に立って後ろから手を回してくる。

 両手に握るソルジャーダガーを上から握って、アランがゆっくりと私に動作を教えてくれた。

 

「振り下ろす時はここに力を入れろ。剣は叩き付けるだけでなく、引くように振れ」

 何度か動きを確認。アランの手、大きいなぁ。

 

 

「分かったか? 一回振ってみろ。ちゃんとやれば音が変わる」

「音が?」

 言われた通りにソルジャーダガーを振ってみると、本当に風を切る音が変わっていた。

 

 さっきまではブンブン音がなっていたのに、今度はヒュンッて音がして。

 なんだろう、これまでは振っていただけなのに本当に空気を切っているような感覚を覚えた。

 

 

「……飲み込みは良いじゃないか」

「えっへへぇ。そうかなぁ?」

 褒められたのかな? 褒められたのなら嬉しいな。

 

「ニャ! 気を抜いたらダメニャ! 怪我したらどうするニャ!」

 なぜかちょっとプンスカしてるムツキに諭されて、私はアランの指示の元その日は日が沈むまで片手剣を振り続けた。

 

 

 

 

「頑張った後のご飯からお風呂は最高だねぇ」

 風呂上がりの牛乳を腰に手を置きながら一気飲み。

 運動、牛乳、後は睡眠を取れば身長が伸びるのでは? なんて事考えていると、お風呂場の扉をコツコツと叩く音が聞こえた。

 

「ムツキー?」

「うニャ。開けても良いニャ?」

「バスタオルあるから大丈夫だよぉ」

 ムツキだし。

 

「着替え忘れてるニャ。アランも居るんだから気を付けるニャ」

 そうとだけ言い残して、ムツキは私のパジャマを投げ捨てると早々に扉を閉めた。

 

「あーそっかぁ……」

 アランは男の人だもんね。

 反省しながら着替えて、お風呂場を後に。

 

 なぜか部屋には、アランの眼を後ろから手で塞ぐアイシャさんの姿が。

 扉の前にはムツキが腕組んで立ってるし、どうなってるのか。

 

 

「ミズキちゃんの事は私が守りますからね!」

「……俺は興味がないと何度───」

「守りますからね!」

 えーと、これはどういう状況なのか。

 

 

「どうしたの? 皆」

「……分からん」

 アランはそう言うし、アイシャさんは親身な表情だし、ムツキは何か怒ってるし、お父さんはやれやれといった感じ。

 

 不思議な光景である。

 

 

 

 

「それで、話ってのは?」

 やっと解放されたアランはアイシャさんに向き直ってそう言った。

 まかないも食べ終わったのにまだ家に居るって事は、アランの言うそのお話があるって事なのかな?

 

「もしかして緊急クエストですか?」

 昨日のロアルドロスのような、直ぐにでも被害が出る可能性のある標的は緊急クエストとして処理される事が多い。

 重要性が高いから、ギルドとしてもハンターには有益な報酬を出すんだって。ハンターランクの昇格とか、多額の金銭とか。

 

 

「いや、そういう訳ではありません。ただ、個人的に気になるので明日にでも行って来て欲しいんですよね」

 そう控えめに言うアイシャさん。なんだか複雑そうな表情。

 

「……構わない。ミズキも良いな?」

「うん、私は大丈夫だよ」

 ちょっと鍛錬で疲れちゃったけど、多分大丈夫。

 

「それはそれは大変助かります! そいでは、クエストの内容なんですけどね?」

 そう言うアイシャさんに聞き耳を立てる。

 大型モンスターとかだったらどうしよう……。

 

 

「今朝は村のほんの近くまでジャギィが来てましたよね? あのジャギィ達は本来ココの群れのジャギィ達だと調査の結果分かりました」

 食卓の上に広げられていた、地図のある一点を指差しながら言うアイシャさん。

 その場所は、私も知っているジャギィの群れが居るエリアだ。

 

「……遠いな」

 アランが小さく呟いた。

 うん、遠い。そこは孤島でも中心くらいに位置するエリアで村からはとっても離れている。

 そんな所に居るジャギィ達が、村の直ぐそばまで来ているのはおかしい。

 

 

「はい、遠いんです。なので私も、うーん? なんて思い、お二人に調査をお願いしたいのですが良いですか? もしかしたら、最近の生態の乱れに大きく関係しているのかもなんて思いまして」

 ここ最近、モガの森はあのナバルデウスを巡る事件の時のように生態が不安定になっていた。

 その原因かもしれないなら、調査しに行くしかない。

 

「私行きます!」

「ボクも行くニャ」

「流石ミズキちゃん! ついでにムツさん」

「あニャ?」

 怒らなーい。

 

 

「一つ良いか?」

「ほい?」

 そんな所で、アランは真剣な表情でアイシャさんに質問。何か気になる事があったのかな。

 

「孤島の生態がおかしくなってきたのはざっとこの二、三ヶ月だと聞いているが。……その二、三ヶ月で特段変わった事はあったか?」

 なんて、そんな質問をしてくる。あ、難しい話?

 

 

「変わった事、ですか。何かありました?」

 二、三ヶ月前……。あ、そうだ……。

 

「アイシャさん忘れてちゃダメだよ……。あのねアラン、あんまり良い事じゃないんだけど」

「何でもいい、教えてくれ」

 真剣な表情で私を向くアラン。ハンターとして当たり前かもしれないけど、モガの森の生態をこんなに真剣に考えてくれるのは少し嬉しい。

 

「……モガの森に採取クエストをしに来たハンターさんが、亡くなったって事があったかな」

「あ、あれ……まだ二、三ヶ月前の話でしたっけ?」

「うん、丁度三ヶ月位前だったと思うよ」

 私、それ聞いた時ムツキに「今直ぐハンターなんて辞めるニャ」って凄い説得されたもん。覚えてる。

 

 

「……採取クエストで、ハンターが?」

「凄い大きなモンスターに食べられちゃったみたいな遺体があったんだって……」

 今思い出しても、怖いお話。直接見ていたら、私もハンターを続けていられたか分からない。

 

 ……今でも、怖いし。

 

 

「屈強で強そうなハンターさんだったのを、ミーは覚えていますニャ」

 そのハンターさんはビストロ・モガで食事を取っていたし、私もその時手伝っていたから顔も覚えていた。

 

 

「場所は?」

「海岸沿いのエリアでした」

 と、難しい顔で答えるアイシャさん。

 アイシャさんだって、ギルドの受付嬢としてあの事は忘れられない思いがあるんだと思う。

 

 

「ラギアクルス。いや、なら死体は残らないか」

 小さく呟くアラン。彼は今、何を考えているんだろうか。

 

「そうですね。皆同じ見解で、結局の所正体は不明でした。ギルドはラギアクルスと決めて報告書を作成していましたけど、ね」

「……海岸沿い、か。その場所もついでに調査して来ても良いか?」

「あ、はい! 構いませんが、気を着けて下さいね。えーと場所は───」

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 島の中央を水平に西側。

 先日のロアルドロスを誘導した新しい縄張りからちょっと離れた海岸沿い。

 

 

 岩場とかも無く、見渡す限りの砂場。

 こんな視界の良い所でハンターさんは逃げる事も出来ずに殺されてしまった。

 

 

 

「ここは船が止めれたりするか?」

 ちょっと周りを見渡してから昨日と同じ片手剣とボウガン、それに頭以外の蒼色の装備を着たアランがそう聞いて来る。

 ちなみに私はいつも通りのアシラ装備。可愛い帽子がお気に入りです。

 

「うん、海中に大きな岩も無いし船も来られる場所だよ。それが、どうかしたの?」

「……いや、これはなんだと思ってな」

 そう言いながら、アランは小さな波が揺れる場所まで歩いて何かを拾い上げる。

 

「そ、それって……」

「……明らかな人工物。だな?」

 アランが拾い上げたのは、結構長めの鉄の丸棒だった。

 所々破れた布が付いているそれは、まるで───

 

 

「船の帆を付ける奴みたいニャ」

 答えを、ムツキが口にする。

 

 うん、海を渡る船が帆を付ける為の材料に見える。

 敗れている布も、帆だったんじゃないかな?

 

 

「なぜこんな所にそんな物が?」

「ギルドが調査した時は見落としたか、その時より後に波で運ばれて来たんだろう。恐らく後者だが」

「いや、こんな所に船の破片があるってのがおかしいニャ。それに、これ見たら僕でも分かるニャ……この船、多分沈んでるニャ」

 うん、ムツキの言う通り。

 

「それに……船が沈んだりしたら村に連絡が来る筈だもん。私が知らないだけかも知れないけど、少なくとも私は知らないよ?」

「そうか……と、なると」

 言いながらアランは鉄の丸棒を持ったまま歩き出す。あれ? もう良いの?

 

 

「ギルドに連絡が行ってないなら、非公式の船かもしれない。なら、その船やこの場に居たハンターはなんだと思う?」

「え、えーと……」

 分かりません。

 

「……密猟者、かニャ」

 私と一緒にアランに付いて歩きながら、ムツキはそんな言葉を落とす。

 

 

 え、密猟!?

 

 

「……その可能性がある。とりあえず、船の事はギルドに伝えなければならないからこの棒とメモをベースキャンプに置いてから次の調査をしに行くぞ」

「えー、ついでじゃダメなの? なんで戻らなきゃダメなの?」

 結構歩くんだよ……?

 

 

「……調査中に俺達が死んだらどうする」

「こ、怖い事言わないでよ……。そんな、調査なんかで───」

「狩場を甘く見るな。素材ツアーでもハンターは死ぬ」

「ぅ……」

 厳しい言葉に、私は言葉も出なかった。

 

 

 私、場違いなのかな……。

 

 

「これから覚えていけば良い。厳しい言葉が嫌なら俺は言い方を少し変えても良い。ただ俺は……ハンターとして、覚えておいても損はない事をお前に教えてやるつもりだ」

「アラン……。わ、私色々覚えるから……そのまま厳しくで良いよ!」

「そうか……」

「ミズキに覚えられるかニャ?」

 ムーツーキー……。

 

 

「……頑張れ」

「うん、頑張るよアラン!」

「アラン、さんだ」

「もう敬語は諦めた方が良いニャ」

「はぁ……」

 そんなに敬語じゃないとダメなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく感じたのは、静かだなって事だった。

 

 島の中央に位置するエリア。

 周りは岩とかで囲まれていて、端にはちょっとした池と中央には私の三倍くらい大きな岩がある。そんなエリア。

 

 

 おかしい。

 前来た時は、ジャギィの群れでいっぱいでこんなに静かじゃなかったのに。

 

 今はなんだか、寂しい。

 

 

「あ、あれ……?」

「何も居ないニャ?」

「……いや、居る。良く耳を澄ませ」

 んえ?

 

「えーと……」

 言われた通りに聴力に集中。すると、何だか呻き声のような鳴き声が聞こえた来たの。

 

「ヴゥ……」

 野太く、苦しそうな声。

 

 

「あの岩の裏か?」

 そんな事を言いながらアランは躊躇なく大きな岩に向かって歩いていく。

 え、いや、アラン!? 危ないよ!?

 

「付いていかないニャ?」

「うぅ……」

 絶対あの裏にモンスター居るよね? 大丈夫かなぁ?

 

 

 迷ってても仕方ないか。

 

 ──素材ツアーでもハンターは死ぬ──

 唐突に、そんな言葉が頭を過る。

 

 

「私は、何があっても良いように武器を直ぐ構えれるようにして行こっかな……」

「ん、それが良いニャ」

 私も、少しずつ成長しないとね。

 

 

 でも、なんでアランはあんな無警戒なんだろう……?

 

 

 

「……やっぱりか」

「どうしたのアラ───っぁ!?」

 アランに追い付いて岩陰を覗いてみると、そこには目を塞ぎたくなるような光景が広がっていた。

 

 

「ヴ……ヴゥ……ッ」

 そこには、まるで背中を何かに食い千切られたような姿のモンスターが倒れていて。

 そのモンスターを守るようにジャギィやジャギィノスが周りを囲んでいた。

 

 特徴的な襟巻のように広がる耳と、ジャギィの数倍の体格を持ったこのモンスター。

 ジャギィ達の群れのボスでドスジャギィって呼ばれている。実は雌より小柄な雄が成長した姿なんだって。

 

 

 そんなドスジャギィが岩陰で横になって、背中の大きな怪我に呻き声を上げていた。

 これだけ近付いたのに、ドスジャギィは立ち上がる事もなく。ジャギィ達は私達を睨み付ける。

 

 それだけ傷が辛いのかな。

 

 

 

「……なるほどな」

「あ、アラン……これ」

「ひ、酷いニャ……」

 こんな酷い怪我、ドスジャギィ同士の縄張り争いじゃありえない。

 

「ジャギィ達が村まで近付いて来たのは、この群れが崩壊の危機にあるからだろう……。流石に理由は分からないが」

「群れが……?」

 どういう事かな?

 

「モンスターの回復力ならこの傷でも助かる可能性はあるが、この状況で他のドスジャギィやモンスターに襲われれば確実に群れは終わる」

「そんなの、可哀想だよ……」

 なんて思ってしまうのは、ハンターとしてダメなのかな?

 

 

「ふっ……」

 え、なんで笑うの。

 

「ジャギィ達が村まで近付いて来たのはこのボスを見限ったか、ボスの為に餌を探しに行っていたか……そんな所だろう」

「前者かニャ? 普通に考えるなら」

「この子の事が心配でご飯を探してたんだって思いたいなぁ……。アランはどう思う?」

「……そのジャギィ達を俺は皆殺しにしたんだぞ。……俺に聞くな」

 ぅ……。

 

「ご、ごめんなさ───」

「後者だ」

「ニャ?」

「ほぇ?」

 確かな、そして決意の籠った声でアランはそう言った。

 

 

「見てみろ、このジャギィ達。ボスを守ろうと俺達から目を離さない……」

 アランに言われるがまま、ジャギィ達を見る。

 

 ボスから離れずに、ただ私達を見ているジャギィ達。まるでこっちに来ると容赦しないぞって言ってるみたいだった。

 

 

「……きっとこのボスは良い奴なんだろうさ。それこそ、群れを守って怪我をするほどのな」

「た、助けてあげられないの!?」

 こんなの、ハンターなのにおかしいって思うかもしれない。

 

 

 私はハンターで、この子はモンスターなのに。

 こんな感情を抱いてるのは、助けようと思ってしまうのは、変なのかな。

 

 

「……ふっ」

 それを聞いたアランは、笑った。

 

 変、だよね。

 

 

「助けるか」

「───ぇ」

 本当に?

 

「そ、そんな事出来るの!?」

「ま、また走るのニャ!?」

「今回は簡単だ。ただ、俺の武器と防具をお前らに持ってもらう」

 えーと、どういう事かな?

 

 全く何を言ってるか分からないままに、アランは自分の防具を取り外し出した。

 ボウガンと片手剣も私に預けて、防具をムツキに預けて、彼は胸の石を握りながら深呼吸する。

 

 

「二人共、俺を信じて…………絶対に武器を抜くな」

 そうとだけ言うと、アランはドスジャギィに向かってゆっくりと歩いていく。

 

 ちょ、ぇ、危ないよ!?

 

 

「ウォゥッ」

 一匹が、威嚇した。そこでアランは止まる。

 

「……お前達のボスを助けたいんだ。通してくれ」

「グゥゥ」

「あ、危な───」

「絶対に抜くな」

 私が足を前に出した所で、アランはもう一度念を押してきた。

 

 いや、だって……もしジャギィが噛み付いてきたらアランだって大怪我じゃ済まないんだよ!?

 

 

「大丈夫、俺は丸腰だ……お前らのボスに悪い事はしない。……な?」

 アランはジャギィ達に語り掛ける。その言葉がどこまで通じているか分からない。

 でも、ジャギィ達は何故か動きを止めてくれた。

 

「この傷なら普通は二、三日もすれば完治するハズだ。それが出来ないという事は……」

「ヴゥ゛ォ゛ッ」

 そこで、なんとアランはドスジャギィの傷口に手を入れ始める。

 勿論ドスジャギィは悲鳴のような声を上げて泣き叫んだ。周りのジャギィ達は困惑してお互いで見合ってどうするか考えてるみたい。

 

 

「あ、アラン!」

「大丈夫だ。今楽にしてやる……っ!」

「ヴォ゛ォ゛ッ、ォ゛ォ゛ッ」

 大きな、鳴き声。同時にアランの手は傷口から出て、一緒に鮮血が飛び散る。え、何したの!?

 

「ウォゥッ! ウォゥッ!」

「大丈夫だ……っ。大丈夫だから……」

 アランはそう言いながら、今度はジャギィ達を確りと見て後ろ向きに歩いて来る。

 

 まるで、先日初めて会った時の事を思い出させるような光景だった。

 

 

「もう、後は寝てれば治る。大丈夫だ……大丈夫」

 語り掛けるように戻って来るアラン。

 

 

「す、凄い……っ。なんで襲われなかったの!?」

「生き物ってのは、本来殺意とかに敏感なんだ。相手の姿や行動でそれが自分にとって脅威で有るか無いか、ちゃんと見てるのさ。防具や武器を持ったハンターなんて脅威でしかないから襲われるのは当たり前で……ハンターは多分勘違いしている」

 まるで、自分がハンターではないみたいにそう言うアラン。勘違い……?

 

「ジャギィは元々、そんなに好戦的な生き物じゃないんだ。全てのモンスターがとは言わないが、武器を持って近付くから反撃するしかなくて襲われる。勿論、餌にしようとしてる時はまた別の話だがな」

 ジャギィ達を見ながらそう言うアランの表情はとても優しい物で。まるで友達を見るような表情だった。

 そっか。だから、あの時ジャギィ達の真ん中で寝られてたの……? いや、でも……そんな事を確信を持ってするなんて。

 

「アランって……凄いね」

「……そんな事はない。さて、奴等から目を離さずに背を向けずにここから離れるぞ」

 そして、あの時のような言葉を言いながらアランは戻って来たんだ。

 

 手に、何か大きな牙みたいな物を持って。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「それは……?」

 クエストの帰り道。ベースキャンプであの丸棒を回収してから私は、アランが手に持った真っ赤な物が気になって声を掛けた。

 

 

 まるでそれは生き物の牙みたいな形をしてて。でも、それってドスジャギィの傷口から出て来た物だよね?

 も、もしかして内臓!?

 

 

「あいつを襲った奴の、牙だな」

「そ、その大きさで!?」

 もしかして、ラギアクルスなのかな……?

 

「あぁ……。どのモンスターの物か、までは分からないが」

「それ、ドスジャギィの傷口から出て来たんだよね……?」

 アランはそれを取り出して、もう良いって言ってあの場を離れちゃったけど。ドスジャギィは大丈夫なのかな……。

 

 

「あぁ、これがあいつの治癒を邪魔してたんだろうな」

「治癒の……?」

「モンスターは人間なんかよりよっぽど回復力が高い。それこそ、あの傷でも自力で治せるくらいにはな」

 な、何それ凄い。生命の神秘。

 

 

「けど、それをこいつが邪魔してた。だから治りが遅くて、ジャギィ達も直ぐそこまで餌を調達しなければならない程にドスジャギィは衰弱してたんだろう」

「そ、そうなんだ……。アランって凄いね。───って、事はもうあのドスジャギィは大丈夫なの!?」

「あぁ、数日で完治するし。ジャギィ達も縄張りを離れて遠くまで餌を取りに行くこともなくなるだろう」

「ほ、本当に!?」

「……あぁ。まぁ、後はあいつ次第って所だけどな」

 まるで、とっても不思議な体験。

 

 

 人と竜は相容れないって、彼は言うのに。

 

 彼はまるで竜と繋がっているみたいで、彼等の事を分かってあげてるんだって思った。

 でも、昨日の光景が一瞬だけ脳裏に映る。あの時のアランは、まるで別人みたいだった。

 

 

「ねぇ、アラン……」

「なんだ?」

 だから、聞きたい。

 

「どうして、ドスジャギィの事を助けてあげたの?」

 私は、貴方の心が知りたい。

 

 

「……今回は狩猟クエストじゃないからな。それにあそこでドスジャギィが死んだら、行き場を失った群れがまた生態系を狂わせるかもしれない。ドスジャギィが回復すれば、昨日みたいにジャギィがここまで来る事もなくなるだろう?」

 言葉を選んで話しているみたいに、ゆっくりとそう話すアラン。

 

 だから、多分それは嘘なんじゃないかなって思った。

 

 

「……だから別に、助けたくて助けた訳じゃ───」

「アランってさ」

「……?」

「優しいね」

「は?」

 不思議そうな顔をしてるアランを置いて、目に見えてきた村に向けてちょっと早歩きで歩き出す。

 

 勘違いかも知れないけど。検討違いかも知れないけど。

 

 

 少しだけ、アランの事が分かった気がする。

 

 

 

 

「いつまでボクに防具を持たしておく気ニャー!!」

「あ、すまん」

「わっ、ご、ごめんねムツキ!!」

 

 だから、これから始まる生活が───私はちょっと楽しみに感じたんだ。


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