モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
湿った空気にぬかるんだ地面。
今にも雨が降ってきそうな悪天候が広がるのは、沼地と呼ばれる狩場だ。
ブラキディオスの討伐。それが、今回の私達のクエスト。
普段は沼地に生息していない筈のブラキディオスだけど、このモンスターは餌を求めて縄張りの外に出て行ってしまう事があるらしい。
しかも強力なモンスターだから、向かった先の生態系を壊してしまう危険性がある。まるで、あのモンスターみたいだ。
「ニャッヘッヘッヘ、げどく草もキノコもたんまりニャ。沼地最高。たまらんニャぁ!」
ちなみに、サブターゲットとしてげどく草の納品もあります。この辺りには毒を使うモンスターが多いからね。
そんな訳でフィールド中のげどく草を手当たり次第採取する、私のオトモアイルーのムツキはご機嫌が良い。沼地は湿ってるから調合に使うキノコが沢山取れるんだって、張り切ってます。
「おいミズキ、ムツキがキモいぞ」
若干顔を引きつらせて私に声を掛けてくる、銀髪の男性。
リオレウス亜種の素材を使って作られた防具にライトボウガンを背負って、腰に黒い片手剣を差すのは私の師匠のアラン。
赤い眼を半分閉じて私に掛けらる声は、ムツキに聞こえないように小声だった。
「最近キノコが足りない、キノコが欲しいって言ってたから嬉しいんじゃないかな?」
「キノコ中毒か……」
「そこ、聞こえてるニャ」
キノコがアランの頭に投げられる。しかし、アランはそれを掴んでムツキに投げ返した。
「ギニャん?!」
アランには勝てないねー。
「いつまでげどく草を探すんだ? もう狩場のげどく草を取り尽くした気がするぞ……」
「げどく草は今普段の倍の価格で取引されてるらしいニャ。今が儲けどきニャ」
「この前の商人の影響か……」
「家計を預かってる物として当然ニャ!」
なんて二人が話してる間に、私はふと洞窟の入り口に白くて動く物を見付ける。
なんだろう? 気になってゆっくり近付くと、それは真っ白でプニプニしてそうな両手サイズの生き物だった。
脚が無くて胴体と小さな手だけの身体に、大きな口が特徴的な生き物。なにこれ───
「ぇ、可愛い。プニプニしてそう。プニりたい。え、可愛い」
そんな可愛い生き物を見て、私は半分トリップして白いプニプニの元に駆け寄る。
身をよじって一生懸命動くプニプニはなんだか愛らしくて、ついつい抱き締めてしまいたくなる欲求を掻き立てた。
というか抱き締めた。
「うっは、プニプニ。プニプニ」
凄い。プニプニ。プニプニ。
「見て見て二人共! なんかプニプニ!」
この気持ちの良い感触を一人で独占するのは良くないと思って、後ろで言い争ってる二人にプニプニを見せ付ける。
「おいミズキ、何し───何してる?!」
「何してんだニャぁああ?!」
ただ、プニプニを見た二人は一瞬で顔を青ざめさせて持っていたキノコやげどく草を落とした。え、なんで?
「え、どうしたの?」
「それはギィギと言ってな、ギギネブラというモンスターの幼体だ」
私が問い掛けると半目でそう答えてくれるアラン。なるほど、赤ちゃんなんだね。
やっぱり可愛い。プニプニ。
「そのギィギの生態だが。噛み付いて人の血を吸う」
「先に言って?!」
アランが言うと同時に、計ったようなタイミングでプニプニ───ギィギは胴体と同じ大きさの口を開く。
私が今着てる防具は
防具の薄い所を抜いて、ギィギは私の腕に噛み付いた。血が引く感触と共に目の前のギィギが少しずつ大きくなっていく気がする。
血を吸われて意識が遠のいたからかな?
いや、これ確実に大きくなってるよね?! プニプニが大きくなってるよね?!
「うわぁぁ?!」
驚いて手を振るとプニプニは堪えられずに地面に放り出されてしまった。
痛そう……ごめんね。そう思ったけどプニプニはその場で身を捻って洞窟の方に向かって行く。
あ、大きくなってもちょっと可愛いかも。
「大丈夫かニャ……?」
「うん。ちょっと噛まれちゃったけど」
血を吸ってあんなに早く成長するなんて凄いなぁ。
なんて思って、私はまたモンスターの事を知れた訳で。少し嬉しかった。
「血を吸う前は産まれたての大きさだったという事は……。居るな」
ところで、アランは武器を抜いて警戒した表情でプニプニが向かった洞窟を凝視する。
居る? その言葉で私が思い出したのは、さっきのアランの言葉だ。
「ニャ?! 出た?!」
目の良いムツキが初めに反応する。
その言葉から少し遅れて私の視界に入るのは、洞窟の天井から頭を覗かせる白い巨体だった。
「な、何あれ? 頭が二つ?!」
天井に張り付く前傾姿勢の身体は
目の様な模様があるけどその頭にはゴア・マガラさんみたいに眼球は無くて、少し不気味な雰囲気を出している。
何より驚いたのは、普通の竜なら尻尾がある位置に
「ギギネブラ。さっきの白い奴の成体で
「何それ凄い……っ!」
物凄く頭の良いモンスターなのかな?
「オヴェァァ……」
視力が無くても私達を確りと捉えるギギネブラは、洞窟の天井から反転しながら飛び降りて鳴き声を上げる。
警戒して向かってまでは来ないけど、私達を明確に敵だと認識しているようだ。あるいは、
「沼地に生息し始めたとは聞いているから、狩る必要はないだろう。洞窟の中でなければ大した脅威でもないしな」
武器は構えたまま警戒はしつつも、アランはそうやって私に洞窟から離れるように目で諭してくれる。
うん、そうだよね。このモンスターは殺さなくて良いモンスターだ。
私にはその区別は難しい。でもアランは確りとモンスターを分かってあげて、彼等と対峙する。
そんなアランみたいになりたくて、私はアランの側に居た。
だけど、偶にアランはとても怖い顔をする。
あの
そんなアランの力にもなりたいから、私は今ここに居る。
いつもそれは、今日みたいなクエストの時だ。
「ニャ? 地震?」
ムツキが言うと同時に、ぬかるんだ地面が大きく揺れる。
次の瞬間、バランスを崩して倒れそうになった私を支えてくれたアランの背後で湿った地面が盛り上がった。
「伏せろ!!」
アランの声と同時に舞い上がる土。ムツキが背負っていたげどく草を入れた籠が転がる。
同時に視界に入ったのは、群青色の綺麗な甲殻だった。
「ギィォォォオオオオンッ!!」
一匹の獣竜種が地面を這い出てから、突き出た瘤のような物が特徴的な頭を持ち上げて咆哮を上げる。
同じ獣竜種の
このクエストが始まる前に聞いた通りの姿だ。
「オヴォァ……オヴァァァアアアアッ!!」
私達を警戒していたギギネブラも、ブラキディオスの突然の乱入に一瞬で相手を切り替えた。
小柄で貧弱そうな私達より、自分より大きな相手を強敵と認めたからだと思う。
「グィォォゥ……ギィォォオオオッ!」
ギギネブラの咆哮に答えるように、何故か口に一度咥えた拳でムツキが落とした籠を潰しながら、咆哮を上げるブラキディオス。
運悪く、私達は二匹の縄張り争いに巻き込まれてしまったみたい。
「は、挟まれたニャ?!」
「……っ。とりあえず退くぞ!」
しかもムツキの言う通り、私達は今ギギネブラとブラキディオスの間に居てしまっている。
なんてタイミングの悪い……。
「あ、げどく草落としちゃったニャ」
ふと思い出したように、ムツキがブラキディオスの脇に落ちたげどく草を見ながらそう言った。
サブターゲットで集めたげどく草だけど、今はそれどころじゃないよムツキ。
「……諦めろ。今は逃げるぞ」
「あのくらい取ってから逃げるニャ」
「お、おいムツキ……っ! よせ!」
アランの言葉も聞かず、ムツキはブラキディオスが潰してしまった籠から漏れたげどく草を取りに行く。
ギギネブラを睨み付けていて、小さなムツキは目に入らなかったのだろう。
ムツキは難なくげどく草の元に辿り着いて、落ちている束を拾おうと手を伸ばした。
「触れるなムツキ!!」
「ニャ……?」
アランの怒号と同時に、ムツキの目の前で爆発が起きる。飛ばされて地面を転がるムツキ。
え、何?! げどく草が爆発した?!
「ムツキ! 大丈夫?!」
「ニャ? ニャ?! げどく草が爆発したニャ?!」
離れた岩場にぶつかって止まったムツキに駆け寄って抱き上げる。
大きな怪我はないようだけど、何が起こったか分からなくてパニックになっている様子。私とアランはそんなムツキを抱えて岩陰に隠れた。
何が起きたか私も分からないけど、アランは知っていたみたいだよね?
「オヴォァアアッ!」
「ギィォォオオオッ!」
そうしている間にもギギネブラとブラキディオスの争いが始まってしまう。
元々の住処から離れてしまったブラキディオスの周りには敵だらけで、周りの生き物を全部倒さないと安全な縄張りにはならない。
だから、ブラキディオスは全力で発達した前脚をギギネブラに叩き付けた。
尻尾か頭か分からない、その殴られた場所に何故か緑色の物体がへばり付く。アレは、ブラキディオスの前脚や頭に着いてる奴かな……?
「アレはブラキディオスと共存する粘菌だ。爆発性のな」
「何それ危ない……」
そんな物と共存してるって……。ブラキディオス自身は爆発しないのかな?
その粘菌が爆発する仕組みを、ブラキディオスが知っているのかもしれないけど。
「さっき拾おうとしたげどく草にも、なんか着いてると思ったらそういう事かニャ……。お陰様でせっかく集めたげどく草が全部燃えたニャ」
ムツキの視線を追うと、真っ黒になった草がブラキディオスの足元に転がっている。
あの粘菌が身体に着いたら危ないね……。
「オヴォァ……ッ?!」
頭───じゃなくて尻尾かな? 付着した粘菌が色をオレンジ色に変えて爆発し、ギギネブラが悲鳴を上げた。
ブラキディオスの追撃を何とか身を翻して交わすギギネブラだけど、応戦一方。確実にブラキディオスが押している。
「助けなきゃ……っ!」
「ギギネブラを助けたいのか?」
「だって、ギギネブラは倒さなくても良いモンスターなんでしょ? このままじゃ殺されちゃう!」
アランの問い掛けに私は身を乗り出して答えた。
殺さなきゃいけないモンスターは、確かに居る。
でも、だから、助けてあげられるモンスターだって居ると思うんだ。
「……分かった。あいつを助けるぞ」
「うん! それじゃ、ブラキディオスも───」
だから、私はあのブラキディオスも助けられないか聞こうとした。
ブラキディオスだって、本当は沼地に迷い込んで来てしまっただけなんだから。
ただ、私がその名前を口にした瞬間、アランの表情が険しくなる。
「ダメだ」
「───ぇ?」
なんで? 私が聞く前に、アランは静かに口を開いた。
「あいつを殺さなければ沼地の生態系が壊れる。火山の方に向かわせるにしても、爆発性の粘菌をばら撒いて辺りの木々を爆破しながら進んでいくからな。……アイツは危険なモンスターなんだ」
アランは拳を強く握りながら「討伐するしかない」そう言って、武器を構える。
そうだよね……。倒さなきゃいけないモンスターなんだ。迷ってる暇はない。
「あの粘菌さえ無ければ……助けられたのかな」
「……そうかもな」
ただ、アランがくれた返事はいつもの優しい声じゃなかった。
それはブラキディオスが、イビルジョーと同じだからなのかな……。
「ブラキディオスの甲殻は飛竜種も比じゃない程に硬い。心眼の刃薬を使うぞ」
そう言ってアランは白い液体が入った瓶を取り出す。
心眼の刃薬を刃に塗ると、摩擦を軽減して武器が弾かれないようにする事が出来る。
アランはその刃薬をゆっくりと刃の全面に塗りたくり、軽く剣を振って液体を均した。
「合図でブラキディオスを囲むぞ。俺がブラキディオスの注意を引き付ける。ミズキはブラキディオスの後ろを取れ。ただしギギネブラから眼を逸らすなよ? ギギネブラにとっては俺達も縄張りの侵入者だからな」
「うん! 分かった」
私の我が儘なのに、危ない役はアランがやってくれる。
いつも足を引っ張ってばかりだ。いつか、アランを助けられるようになりたいな……。
「ブラキディオスが前脚を舐めたら粘菌に気を付けろ」
「んーと、なんで?」
「説明は後だ。ギギネブラを助けるんだろ?」
「うん、分かった!」
私も武器を構える。双剣だけど片手剣の、クラブホーン。
「さて、勝手に話が進んでるけどまた危ない事する訳かニャ……。で、ボクの役割は?」
「いつも通り、ミズキを頼んだぞ」
「ガッテンニャ」
頼もしいお兄さんです。
「行くぞ!」
合図と同時に、ブラキディオスが前脚を振り上げた。強靭な前脚がギギネブラを捉える。
「危ない!」
「させるか……っ!」
走ったアランはブラキディオスの側面へ。群青色の甲殻に包まれた後脚を踏み台にして跳躍し、右手の黒い剣を振り上げて前脚を弾いた。
「ブァゥッ!」
その一撃で標的を入れ替えたブラキディオスは、跳躍して足を浮かせているアランに前脚を向ける。
振り抜かれる拳。しかしその拳は空気を切って粘菌を地面に飛ばすだけだった。
「こっちだ……っ!」
左手に持ったライトボウガンが、銃口から煙を吐く。
空中での狙撃の反動で攻撃範囲から離れたアランは、着地して直ぐに構え直し注意を引くように声を上げた。
「ギィォォォオオオオウッ!」
新しい敵を睨み付け、咆哮を上げるブラキディオス。その間に私は背後を取って、ギギネブラの様子を横目で確認する。
どっちが前か後ろか分からないけど、洞窟の方に向かってるから逃げてるんだよね?
うん、今の内に安全な所に行ってて。このブラキディオスは私達がなんとかするから。
「……殺す」
ブラキディオスが構える前にその懐に潜り込むアラン。
腹部を切り裂く黒い剣が、甲殻を削って火花を散らす。
「ギィァゥッ!」
何とか振り払おうと前脚を振るうも、アランを捉えられないブラキディオスは何故か前脚を口に咥えだした。
自分の前脚を舐めてるのかな……? それを見て、アランの言葉を思い出す。
──ブラキディオスが前脚を舐めたら粘菌に気を付けろ──
粘菌に気を付けろ。あの爆発する粘菌だよね?
「ギィァァッ!」
その前脚を地面に振り下ろすブラキディオス。アランには当たらなかったけど、抉られた地面に粘菌が付着する。
「アラン!」
「……ちっ」
素早く離れるアラン。次の瞬間ブラキディオスの足元が燃え上がった。ぬかるんだ地面が盛り上がる。
爆発性の粘菌。それを利用した攻撃。自分と違う生き物とここまで共存出来るなんて、凄い。
って、感心してる場合じゃないよね。
ギギネブラは逃げてくれたし、私も援護しなくちゃ。
そう思って、渡された心眼の刃薬を取り出した───その時だった。
「伏せろミズキ!! ギギネブラから眼を離すな!!」
「───ぇ?」
大声を上げるアラン。でも、ギギネブラは洞窟に逃げていった筈だよ?
そう思って振り返った次の瞬間、視界を紫色が包み込んだ。
濃い霧のような塊。それが毒の霧だと頭では分かっても、身体の反応が遅れる。
驚いて吐き出した空気を求めるように膨らむ肺が、その紫色を吸い込んだ。何か砂利の混じった水を飲むような感触。
本能的に吸ったものを吐き出すけれども、空気と一緒に口から出て来た血液がその行動の無意味さを嫌でも思い知らせる。
「ケホッ……ど、毒…………?」
身体から力が抜けて視界が落ちた。倒れたという感覚もなくて、ただ湿った地面が顔に近い。
寒気がして吐き気もする。ギギネブラの頭が私に向けられているのが見えた。あれ? そっちが頭だったの?
洞窟に向かってるように見えたのは後退りしただけだったんだ……。また、やってしまった。
「ミズキ!」
「げ、解毒薬作るニャちょっと待───げどく草ぁぁあああ!!」
あ、そうだ……げどく草全部灰になってる。
待って、これ、もしかして、私も灰になるんじゃ。
一瞬で身体中に回った毒が身体を蝕んでるのが分かった。視界が暗くなる。口の中がぐちゃぐちゃする。吐き出すと、赤い塊が土を濡らした。
「確りしろ……っ! 回復薬だ飲め」
無理矢理喉に流し込まれる回復薬。血の味がする液体を飲んで吐き出しそうになったのをアランに抑えられる。
身体の中が洗われるような感覚。回復薬が効いてる証拠だけど、吐き気が止まらなくて赤い液体が口から溢れた。
「あ、ア……ラン…………後……ろ」
私に構ってる場合じゃない。ここは狩場で、すぐ真後ろでモンスターが戦っている。
私を攻撃したギギネブラが、毒で弱った私を先に仕留めようと大きな口を開いた。
表情を歪めながらボウガンを構えるアランの目の前で、ギギネブラの頭をブラキディオスが殴り飛ばす。
地面を二回転したギギネブラは、不利だと察したのか今度こそ洞窟に逃げていった。
人と竜は相容れない。
私達がギギネブラを助けてあげたいと思う気持ちは、ギギネブラに届かないし。
そしてブラキディオスも、決して私達を助けた訳じゃない。隙を見せたギギネブラに攻撃しただけ。
「ブァゥ……ギィォォォオオオオンッ!」
「こいつ……っ!!」
ギギネブラを追い払って満足したブラキディオスが次に狙うのは、勿論私達だった。
咆哮を上げた後、両前脚を咥えた口から唾液が垂れる。お腹が減っているのだろうか。
「ムツキ、解毒薬は作れないのか?!」
「にが虫だけならあるニャ、でも今の状態のミズキに食べさせられる訳がないニャ!」
私、また迷惑を掛けているのかな。立ち上がろうとするけど力が入らない。
代わりに色んなところから血が出て視界が赤くなった。
「ブァゥッ!」
「……っ、しま───」
「ギィォォオオオッ!」
「───伏せろムツキ!」
地面を押し込む前脚。足元に広がる粘菌が、ブラキディオスを包み込むような大きさまで広がっていく。
次の瞬間、視界が光ったと思ったら暗くなった。浮遊感の次に身体が回る感覚が何度もして、重いけど暖かい何かに押し倒される。
「…………っぅ。ミズキ、大丈夫か?!」
心配そうな声。正直大丈夫じゃないけど、自業自得だしこれ以上迷惑を掛けたくない。
「だ、大丈───ゴフッ」
無理、大丈夫じゃない。死んじゃう。とりあえず回復薬を……。
「ギィォォオオオッ!」
「……お前は後で殺してやる! ムツキ! 閃光玉だ!」
「ガッテンニャ!」
瞬時に視界が光る。身体が持ち上がる感覚がして、私はアランに背負ってもらったのだと分かった。
私、また……。
「ギィォォオオオ?!」
咆哮が聴こえる。正直、怖かった。
本当に死んじゃうんじゃないかって、そんな事を思ってしまった。
自分のせいなのに。迷惑を掛けているのに。
悔しい……な。
「ムツキ、何してる?」
「先に行くニャ。解毒薬に変わる物の素材集めて来るニャ!」
私は、何してるんだろう。
「ギィォォォオオオオンッ!」
沼地を揺らす咆哮が頭にガンガン響いて、私は迷惑を掛けたまま意識を失った。
◇ ◇ ◇
「ゲホッ、カ、ケ……ケホ……っ」
口の中の不純物を吐き出す。戻って来る意識。重い瞼を開けると、暖かい感触に包まれる。
「ニャぁぁぁっ、ミズキぃぃぃっ!」
顔を覆うモフモフ。うん、ムツキのせいで前が見えない。
けど、硬くはないこの床はベースキャンプのベッドかな? 布団も掛けて貰ってるようで、暖かかった。
意識を失う前にあった、あの吐き気や寒気はなくなっている。ちょっと身体が重いけど、毒は治ってるのかな?
「ん……っぅ。ムツキ、重い」
なんとか体を持ち上げると、頭にムツキが付いて来た。物凄く強く抱きしめられている、心配掛けちゃったね。
「もう今度こそダメかと思ったニャ……」
「ギギネブラの毒は出血性の猛毒だ。解毒は済んだが体力はかなり持っていかれてるだろ? 今はゆっくり休め」
離れて瞳を濡らすムツキの後ろで、アランがベッドに背を預けながらそう口にする。
表情は見えないけど、重々しい声はなんだか怒ってるようだった。
いや、怒ってるよね……。
「あ、アラン……ごめんなさい私!」
「さっきのは俺のミスもある。ギギネブラが狡猾なモンスターだと伝えてなかったからな」
私を見ずにそう言うアランは、回復薬の入った瓶を投げてくれる。「おっとっとっ」なんとかキャッチ。
「でも……」
「失敗を気にする前に、どうしたら進めるか考えろ。いつも言ってるだろ?」
「う、うん……そうだよね」
私は成長してるかな……。
アランと会ってもう二年も経ったのに、まだ私は迷惑を掛けてばかりな気がした。
「結果的にギギネブラは助ける事が出来た。後は、お前は自分の命を大切にしろ……」
「もっと注意します……。そ、そういえばどうやって解毒してくれたの? げどく草は全部燃えちゃったのに」
疑問に思った事を聞くと、アランの代わりにムツキが胸を張って七本もある瓶を持ち上げた。
瓶の中には物凄く濁った液体が入っている。何これ、ドロドロしてるし。虫の脚みたいなの入ってる気がするんだけど。
「漢方薬ニャ」
「漢方───ケホッ、ケ、ケッ、あ、あぅぇ……なんか喉乾いた」
聞き返そうとするとなんだか喉が渇いていて、むせてしまった。
「なんでこんなに喉渇いてるんだろ……。これも毒のせい?」
近くに置いてあった水に手を伸ばして飲むんだけど、喉の渇きは治らない。
な、なんだろこれ。変な感じ……。
「漢方薬の副作用ニャ。喉の渇きと唾液の分泌を抑えてしまうニャ」
「その濁った瓶の薬が、その漢方薬なの?」
ムツキが抱えている物を指差しながらそうやって聞く。ねぇ、今虫の頭みたいの見えたんだけど。
「にが虫と落陽草の根っこを調合した漢方薬に、水をちょっと加えて喉通しを良くした物ニャ」
「にが虫?!」
にが虫食べさせられたの?! ひぃ?!
「そんな青ざめてやるな。ムツキが必死で素材を集めて来たんだぞ。……まぁ、過剰に集め過ぎて凄い量になったが」
振り向いてそう言うアランの表情は、なんだか暗い気がする。
どうしたのかな、怒ってる? でも、なんだかそんな感じでもない。心配だ。
「で、でも虫だし。なんで解毒薬じゃないの?!」
「解毒薬の素材はアオキノコとげどく草ニャ」
「あ、けどく草……」
げどく草はあの時ブラキディオスに燃やされてしまって、集める事が出来なかったと。
おかげで虫を食べる事に……。でも、解毒薬の代わりになる物があって良かったかな。
でも調合素材は違うのになんでどっちも解毒が出来るアイテムになるんだろう?
「解毒薬と漢方薬って、何が違うの?」
「解毒の為のげどく草とにが虫の解毒成分を補助するというか、効果を高めるのに相性が良いアイテムの違いニャ。解毒薬はげどく草が、漢方薬はにが虫が主成分で、それぞれアオキノコと落葉草の根が相性良いのニャ!」
あ、ごめん。何言ってるか良く分からない。
「まぁ、解毒の効能にも色々あるって事ニャ。ただ、落陽草の成分にはさっき言った副作用があるニャ」
「なら、解毒薬の方が断然良いね……。流石ムツキ、詳しい」
「この前の護衛クエストで護衛した商人さんに教えて貰ったのニャ! いや、変人だったけど中々面白い事を知ってるニャ。雑学を盗むのもメラルーの力ニャ」
メラルーである事を誇りに思い胸を張るムツキだけど、雑学や知識を盗んで自分の物にするメラルーなんてそんなにいないと思う……。
何はともあれムツキのおかげで解毒してもらう事が出来たんだから、感謝だね。
「ありがとう、ムツキ」
「どういたしまして、ニャ」
いつもムツキにもアランにも助けて貰ってばかりだ……。
「ミズキは寝ていろ。毒で体力を持ってかれてるだろ?」
立ち上がりながらそう言うアラン。掛けてあった武器を拾ったのは、今から狩りに行くからだろうか。
「あのブラキディオスを殺してくる。お前は休んでろ」
「わ、私なら大丈夫だから! お願い、連れてって!」
「ダメだ。アイツは下位個体だろうが危険なモンスターだ。体力の回復し切ってないお前を連れては行けな───っ」
言っている途中でアランはふらついて膝を付いた。
私は驚いてベッドを飛び出し、頭を抑えているアランに駆け寄る。
「あ、アラン怪我してるの?!」
ブラキディオスの粘菌による爆発から私を守った時だろうか。
頭から血を流していたアランは苦しそうな表情で手を床に着いた。
「……このくらいなんでもない」
「ダメだよアラン。私なんかよりアランの方が寝てなきゃ!」
「回復を待ってたらクエストの制限時間が来てクエスト失敗だ。ブラキディオスを野放しにすれば沼地の生態系にまた大きく影響が出る……っ」
立ち上がろうとするけど、アランは膝が上がらない。
私はそんなアランの肩を支える。身体が重い、絶対に無理してるよね……。
「危険なモンスターなんでしょ?! 今のアランこそ狩りに出たらダメだよ!」
「そうニャそうニャ。二人共今日は休むニャ」
私達はそう言うんだけど、アランはそれでも立ち上がろうとしていた。
唇を噛んでから、アランは口を開く。
「危険なモンスターだからだ。アイツは殺さなきゃ行けない。お前が助けたギギネブラだって、そのうちまた襲われて殺されるかも知れないんだぞ……っ!」
「で、でも……っ!」
どうしたらアランを止められる?
なんとかアランを抑えようとするけど、アランは行こうとして聞かない。
私も意地になって力を入れるんだけど、ふとアランの力が抜けてそのままベッドに倒れ込んだ。
素直に言う事を聞いてくれる気になったという訳じゃなさそう。苦痛に歪む表情がそれを証明している。
「あ、アランごめん!」
アランは怪我してるのに……。何してるの私は。
「……っぅ。く……」
「良いからこれ飲んでろニャ。回復薬」
ムツキの差し出す回復薬を無言で受け取り、ベッドに座ってから飲み干すアラン。
少しだけ顔色は良くなったけど、それでもまだ辛そうな表情をしていた。
「そうだな……。師が無理するのを弟子に見せる訳にもいかないか」
そう言うと、アランは素直に横になってくれる。
なんとか安心。クエストは───失敗かな。
「私……成長してないね。まだ迷惑掛けてるんだね……」
「気にし過ぎだ。お前は良くやってる……」
アランに布団を掛けてあげると、アランは手だけを出して私の頭を撫でてくれた。
この優しい手にいつも甘えてばかりだね。でも、暖かい手にやっぱり甘えてしまう。
「私も一緒に寝て良い?」
「は?」
「待てニャ」
私が言うと、何故か二人が変な表情をする。なんで?! どうして?!
「させんニャ……」
なんで?!
「寝たいならベッドはお前が使え。俺は床で寝る」
家でもアランは自分のベッドで寝ずにソファーで寝るんだよね……。
もしかして私の寝相が悪いから隣で寝たくないのかな? うぅ……こんな所でまで迷惑をかけたくない。
「ぁ、ぇ、い、良いよ。私ちょっと周りを見てくるね。アランは寝てて! 行こ、ムツキ」
「ニャ、ちょっと待つニャぁ!」
アランが本当にベッドから降りようとするものだから、私は慌ててキャンプから出て行く。
振り向いた時は困った表情をしていたアランだけど、一応ベッドに横になってくれたみたいだった。
「ムツキ、私ってやっぱり足手まといなのかな……」
「そうかもしれないニャ」
う……。ムツキは素直だなぁ。
「でも、邪魔だと思ってるならミズキの言葉に耳を傾ける訳がないニャ。ギギネブラを助けるのだって、ミズキの心を尊重した結果ニャ」
「アランは優しいから……」
「優しいだけならアランもブラキディオスすら助けようとすると思うニャ。少なくともミズキは、アランにとって邪魔じゃないんじゃないかニャ?」
そう……だと、良いなぁ。
「でも私……もうこれ以上迷惑ばかりかけたくないな……」
「こんな事もあるニャ……。初めから完璧なら、師匠なんていらにゃい」
そうだけど……。
「私達がクエストを失敗したら、あのギギネブラだけじゃなくて沼地の他のモンスターも危険なんだよね」
「自分に毒を盛った相手を心配するなんてお人好しもここまで来ると怖いニャ……」
酷い。
「私は……皆を助けたい。ギギネブラもギィギ達も、沼地のモンスター達も───ブラキディオスも」
「それが無理だって、分からない程バカじゃないニャ?」
うん、分かってるよ。
「ブラキディオスはあの爆発する危ない粘菌をばら撒いちゃうから、元の住処に追い出してもその過程で沼地に被害が出ちゃうもんね。あの粘菌をどうにかしない限りは……倒すしかない」
アランに貰った御守りを握り締める。
倒さなきゃいけないモンスターはいる。分かってるよ。
「だから、私が倒す!」
「ニャ?! 危ないニャ。アランの怪我見てなかったのかニャ!」
「でもあのブラキディオスを放って置いたら他のモンスターや、近くの村の人も危険かもしれない。このクエストを失敗する訳にはいかないよ」
私がそう言うと、ムツキは頭を抑えて溜息を吐く。いつも無理言ってごめんね……。
「アランは多分怒るニャ」
「それでも、迷惑ばかりかけたくない。怒られても良い」
「ボクが無理だと思ったら、閃光玉投げて逃げるニャ。それで、狩りはおしまい」
「うん、それで良いよ。ありがとう」
いつも迷惑掛けてごめんね。
結局ムツキに迷惑を掛けてしまうのかな……。またこれも我が儘なのかもしれない。
それでも、アランは進めって言ってくれた。
だから私は、自分が進みたい道に進む。
「ムツキ、回復薬頂戴」
「いつも飲みたくないって言うのに、意外ニャ……」
言いつつも直ぐに取り出してくれる回復薬を、私は一気に飲み干す。
ドロドロしてて美味しくない。飲み込む為に気合を込めてガッツポーズを取る。
「毒で弱ったまま狩りなんて出来ないからね。行こう、ムツキ! ブラキディオスを倒しに」
「ボクは兄としてミズキを支えるだけニャ。大切でバカな妹を助けるのがボクの役目ニャ」
バカは余計です。でも、ありがとう。
倒さなきゃいけないモンスターはいる。
人と竜は相容れない。
だから、私は自分の気持ちを込めてあのブラキディオスと戦うんだ。
「とりあえず今作れるアイテムは作って置いたニャ。持てる物は持って、ボクのフル装備ニャ! アランはぐっすり寝てたニャバレてにゃい」
「ありがとう、ムツキ。それじゃ───」
もし本当にあなたを救えないのなら。私はあなたを倒す。それが、世界の理だから。
「───それじゃ、一狩り行こっか!」
久し振りのミズキとムツキ。やっぱりこのメンバーが書いてて楽だなと再確認。
四話使った鬱シーンの後なので、明るい話をやっていきたいなぁ……なんて思ったり。
そう簡単にはいかないかな?
と、言う訳で本格的に始まった三章です。最初のお相手はブラキディオス。初めから飛ばし過ぎな気もするね……。そもそもまた二話構成にしてしまった。
二章終了から一年以上経っている訳ですが、ミズキも成長しました。まず髪が伸びましたね()
勿論狩人としての腕も成長してる訳で、次回はそれを見せる事が出来たら良いなと思ったり。
私事になりますが、先日日間ランキングに乗る事が出来ました。お気に入り登録して下さった方々、評価を入れて下さった方々。共に感謝で一杯です。ありがとうございます!!
長くなりましたがここまでにさせて頂きます_:(´ཀ`」 ∠):
また次回もお会い出来ると嬉しいです。
感想評価の程お待ちしておりますl壁lω・)