モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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モンスターハンターストーリーズ、及びモンスターハンターRe:ストーリーズ一周年記念作品の番外編になります。
ストーリーズ本編のキャラクターが登場しますが、世界観は番外編なのであやふやです。ご了承下さい。

※本編中の時間軸としてはミズキがタンジアに住み始めて少し経ったくらいの時期です。二章と三章の間くらいですね。


番外編 ─ストーリーズ、Re:ストーリーズ一周年記念─
とある原石と絆のお話


 空を見上げると、一匹の竜の影が視界に入った気がした。

 

 

 竜の背中には人が乗っていて、その一匹と一人には信頼関係が───絆が繋がっている。そんな風に感じた。

 きっと気のせいなんだろうけど、登り始める太陽に隠れたその影を見て私は思う。

 

 

 

 竜と本物の絆を結ぶ。そんな素敵な事が出来る人って、本当に居るのだろうか?

 

 そんな人が居たのなら、とっても素敵だなって。

 

 

 アランに貰ったお守り(・・・)を握りながら、私はそう思った。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「迷子になった……」

 ここ、タンジアの港付近に住み始めて何日か。

 

 

 ハンターとして活動している私は、どうにも住み慣れないこの港町で迷子になっていた。

 元々住んでいた村はもっと開放的だし、普段は師匠のアランと一緒に行動するから気にもしてなかったんだけど。

 

 

「この街入り組み過ぎだと思うんだよね」

 港町なだけあって、海辺沿いは荷物が山のように積まれていたりする。

 そんな荷物が迷路のように入り組んでいて、入り込んだが最後に、自分がどこに居るのか分からなくなってしまった。

 

 

「だからボクはさっき左に進めと言ったんだニャ」

 私の横でそう言うのは、黒い毛並みの獣人族。可愛い耳と尻尾が特徴的な彼はメラルー族の男の子で、名前はムツキ。

 私のお兄さん兼オトモアイルーです。

 

 

「だって左は太陽の方だから逆じゃん!」

「方角の問題じゃないニャ。普通に通ってきた道を通れば帰れるニャ」

 そんなの覚えてないもん。

 

 

 

「またあいつとレウスは船酔いか? 世界を救おうがそこは子供だな」

 そうやって私達が言い争っていると、荷物の陰から男の人の声が聞こえてきた。

 

 港の人かな? だったら出口を教えてくれるかも!

 そう思って私は、声のする方に歩いていく。すると男の人の声とは別の声が聞こえてきた。

 

 

「ま、あいつらはまだまだお子ちゃまだならな」

「対して変わらないけどな」

「ニャグッ」

「しかし、あいつとレウスを人気のない所に隠したは良いがこっからどうすっかねぇ。もし黒の狂気に犯されてても浄化は出来ないが、先に絆原石を見つけておいて───ん?」

 荷物の陰から顔を覗かせると、そこでは金髪の男の人が一人と一匹の獣人族がお話をしている。

 私の姿に気が付いた男の人は、会話を止めて私の方に向かってきた。

 

 

「嬢ちゃんはここのハンターか?」

 私の姿を見て、そんな言葉を落とす彼もハンターさんなんだと思う。

 

 モンスターと対峙する私達ハンターは、倒したりしたモンスターの素材や狩場で採れる素材で身を守る為の防具や武器を作ります。

 私が装備しているのはケチャワチャと呼ばれるモンスターの素材を使った装備。彼は多分、他の地方で作られるハントシリーズかな?

 

 

「えーと、一応そうです! ただ、最近来たばかりで迷子になっちゃって」

 笑って誤魔化すけれど、ムツキのジト目が痛い。

 

 

「なるほど。俺はリヴェルト、ギルデカランから来たハンターだ。あっちの変なアイルーはナビルー」

「このイケメンを捕まえて変とはなんだ! オレ様はアイルーの中のアイルーだゾ!」

 リヴェルトさんの奥でドーナッツを手に持ちながらそう声を上げるのは───アイルー?

 

 メラルーとアイルーは本来殆ど同じ姿をしているんだけど、そのナビルーというアイルーさんは……なんというかムツキとはかけ離れた姿をしていた。

 アイルーには見えるんだけど。なんとも言えない変な姿。んー、可愛いんだけど。何か変。丸い。ナビルーなら、ナビちゃんかな。

 

 

「私はミズキって言います。こっちはお兄さんのムツキ」

「ニャ!」

「嬢ちゃん達は渓流って狩場に行った事はあるか?」

 挨拶をすると、リヴェルトさんはそんな質問を投げかけてくる。

 むしろタンジアに住み始めてからは、その渓流という狩場しか行った事がない。

 

 私が「はい、ありますけど……?」と答えると、彼は少し悩む素振りを見せてから口を開いた。

 

 

「なら丁度良い。これも何かの縁だ。嬢ちゃん、ちょっくら俺達と採取クエにでも行かないか? 報酬は弾む」

「ん? リヴェルト、どうする気だ?」

「さっき言いかけただろ? 先に俺達で絆原石の在処を探しておく」

「成る程! 丁度オレも同じ事を考えていたゾ!」

「嘘こけ」

「ニャグッ」

 絆原石……?

 

 そういえばさっきもお話してたみたいだけど、何の事なんだろう?

 でも私達も今日は暇だったし、丁度良いかな。

 

 アランには採取クエストくらいなら一人で行っても大丈夫って言われてるし。

 ただし、ムツキが判断を下すようにって。信用されてない……。

 

 

「ムツキ、良いよね?」

「まぁ、採取クエストなら問題なしニャ。危なくなってもこのハンターさん強そうだしニャ」

「おぅ、見る目があるな。任せろ」

 リヴェルトさんが背負っている武器は、ティガレックスの素材を使って作られている太刀。

 ティガレックスはとても危険なモンスターだから、この武器を持ってるだけで彼は相当な実力の持ち主なんだと思う。

 

 

「大丈夫ですよ!」

「交渉成立だな」

 手を差し出してくれるリヴェルトさん。私はその大きな手を取って握手をした。

 

 

 ただ、一つ問題が。

 

 

「それで、出口はどっちだ?」

「うっ」

「あ、迷子か」

 情けない。

 

 

「ここはナビの達人のオレにお任せだゼ! んー、こっち!」

「こっちニャ」

 同時に真逆の道を指差すナビちゃんとムツキ。

 

 えーと、どっち?

 

 

「ナビルーがそっちと言うなら、その逆に進めと皆言ってたな。ムツキを信じるか」

「ニャグッ?!」

 なんだか賑やかなアイルーさんだなぁ、ナビちゃんは。

 

 

 

 そんな訳で、今日はちょっと不思議な二人と狩場に。

 

 そこで私が目にしたのは、とっても素敵な絆の物語の鱗片。今日はそんなお話。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 渓流。

 そこは大きな川が流れる、自然が豊かで素敵な雰囲気の狩場です。

 

 

「採取ツアーに出掛けたのは良いんですけど、欲しい素材とかがあったりするんですか?」

 私達四人はそんな場所に来ていました。渓流で取れる素材といえば、ユクモの木とか特産タケノコかな?

 

 

「んー、そうだな。デッカくて綺麗な石を探してる」

 デッカくて綺麗な石……?

 

 何かの鉱石の事かな? それなら、狩場の真ん中にある洞窟を目指した方がいいかも。

 

 

「絆石っていって、ライダーがオトモンと絆を結ぶ為に必要な石だ!」

 ん? ライダー? オトモン? 何それ。

 

 

 どこかで聞いた事もあるような……?

 

 

「ナビルー……ここはギルデカランじゃないんだ。ライダー関連の話は通じないし、通じたら通じたで不味いだろ」

「し、しまった……」

 うーん。置いてけぼりです。

 

 

「とにかく、デッカくて綺麗な石だ。嬢ちゃんはこの辺りにそんな感じの石があるって話は聞いた事ないか?」

「デッカくて綺麗な石……ですか」

 頭を捻って思い返してみる。渓流に来たのは初めてじゃないけど、そんな話は聞いた事がなかった。

 

 

「ごめんなさい、聞いた事もないです」

「いや、渓流の案内をしてくれるだけでもありがたいさ。こっちはこの狩場に来たのも初めてだからな」

 そう言ってくれるリヴェルトさんは、周囲を見渡しながら歩いていく。

 話しながらでも周りの気配を気にしているその姿は、彼がきっと歴戦のハンターさんなんだなって思わせた。

 

 

「んー、んんー、やっぱり、やっぱりそうだよな? そんな気がする。リヴェルト、ミズキが首に掛けてる物って絆石じゃないか?」

 私が首に掛けている物?

 

 私はアランに貰った綺麗な石のお守りをいつも首に掛けてます。

 絆石ってなんだろう? アランはコレを戒めと言っていた。私にとってはお守りなんだけど。

 

 

「だったら嬢ちゃんも絆原石の場所を知ってる筈だろ?」

「ぐぬぬ、そうだが……そうなんだがなぁ」

 ナビちゃんはなんだか思う所があるみたいです。

 そういえば私はこのお守りが何なのか、気にした事なかった。

 

 

「その絆原石っていう石の素材を探してるんですか?」

「そうじゃないんだが……詳しくは教えられない」

「なんか怪しいニャ」

 うーん、悪い人達じゃないとは思うんだけど。

 目的が分からない。付いて来て大丈夫だったのかな?

 

 

「世界を黒の狂気から救う。それがオレ達の使命だからな!」

「お前口軽過ぎないか……?」

「何事も包み隠さず話す。これ、ナビルール」

 変な表情で変なポーズを取るナビちゃん。面白いアイルーさんだ。

 

 黒の狂気ってなんだろ?

 

 

「まぁ、協力して貰ってるのに何も教えないのは確かに理に適ってないか。俺達は世界中に散らばった黒の狂気を浄化する為に各地方に存在する絆原石を浄化して回ってるんだ」

「ごめんなさい良く分からないです」

「危ない宗教団体みたいな事言ってるニャ」

 もしかして付いて来ちゃダメだった?

 

 

「簡単に言えば、悪い病気のウイルスが世界中に広まってしまったから。それが広まらないようにしてるんだゾ!」

「お、ナビルー。偶には役に立つじゃねーか」

「偶にとはなんだ!」

 悪い病気のウイルス……? 狂竜ウイルスかな? 違う気もするけど。

 

 

 でも、なんとなくは分かった気がする。

 

 

「なるほどです。えーと、その悪い病気のウイルスが広まらないようにする為に絆原石っていう石を探してるんですね!」

「そういう事。黒の狂気はモンスターを凶暴化させちまう。生態系を守る為にも、止めた方が良いって訳だ」

 モンスターを凶暴化させる……。狂竜ウイルスみたいな物なのかな?

 そうだとするなら、私もその現象を止めるのに協力したい。

 

 モンスター達を守る為に。

 

 

「なんて言ってる間におでましか!」

 話の途中で、リヴェルトさんが背中の武器に手を伸ばす。

 

 太刀を抜いて、彼は私に「下がってろ」と一言声をかけてくれた。

 

 

「え、なに?!」

 立っていても感じる地鳴りがする。大きな生き物───モンスター?!

 

 

 

「───ブォァォァアアアアッ!!」

 ───大地か、大樹か。そんな風に思わせるような巨体が咆哮を上げた。

 

 

 地面に溶け込むような体の表面には苔やキノコが生えていて、頭部には大きく湾曲した一対の角が、背中には大きなコブが二つ。

 最も特徴的なのは大きな槌のような形をした尻尾の先で、山かと思えるような巨体も相まって思わず尻込みしてしまう迫力がある。

 

 

 

「な、な、な、な、な、なんニャぁ?!」

「大きい……」

 な、何このモンスター?!

 

 

「あ、アレは! 尾槌竜(びついりゅう)───ドボルベルグだぁぁ!」

 ナビちゃんが大声でその竜の名前を教えてくれた。詳しいんだね。

 って、感心してる場合じゃない。

 

 

 

「狂気化してるゾ!」

「討伐するしかなさそうだな!」

 狂気化?

 

 ドボルベルグを良く見てみると、まるで狂竜化しているモンスターのように黒い瘴気を漏らしている。

 本当に狂竜ウイルスみたい。でも、なんだか違う感じもする。

 

 ゴア・マガラさんの事を感じない。

 

 

 もっと、怖くて嫌な物を感じる。これが……黒の狂気?

 

 

 

「下がってろよ嬢ちゃん!」

 言いながら駆けるリヴェルトさん。綺麗な太刀筋が、ドボルベルグの下顎を切り裂いた。

 

 

「た、助けられないの?」

 で、私の悪い癖がここで出た。

 

 出来るだけモンスターは殺したくない。仕方ないって分かってるけど、助けられるなら助けたかった。

 

 

 

「……無理だな」

 ただ、ナビちゃんは小さくそう言う。

 詳しくは知らないけど、きっと狂気化も狂竜化と同じなのかもしれない。

 

 

 

「でぇええりゃぁぁあああっ!!」

 槌のような尻尾の叩き付けを、懐に滑り込みながら避けるリヴェルトさん。

 そうして潜り込んだドボルベルグの懐で、彼は自慢の太刀を振り回す。

 

 右に左に、風を斬り裂くような鋭い太刀筋。

 振り上げた太刀を振り下ろすと、彼は踏み込んで回転しながらドボルベルグの脚を斬り裂いた。

 

 

「ブォォァァ……ッ!!」

 怒りの表情を見せるドボルベルグ。

 苦しげな表情。こころなしか、黒い瘴気も増えている気がする。

 

 

 

「……森となり、獣となれ」

 呟きながら、リヴェルトさんは太刀を構えた。まるで相手を待つように、彼は動かない。

 一方でドボルベルグも、彼に答えるように姿勢を低くして構える。頑丈な角の矛先は、しっかりと真っ直ぐにリヴェルトさんに向けられていた。

 

「こい、ドボルベルグ! 狂気化していようが、お前の誇り高き獣の魂だけは受け止めてやる!!」

「ブォゥァッ!!」

 お互いが同時に駆ける。

 

 

「俺とお前も───」

「ブォゥァァ───」

 一瞬で縮まる距離。

 

「───同じ獣だぁああ!!!」

「───ァァァアアアア!!!」

 それが零になった瞬間、一人と一匹はお互いの獲物を交わらせてから通り過ぎた。

 

 

「……っ」

 一瞬の間。膝から崩れ落ちる───

 

「───ブォゥァ……ッ」

 ───ドボルベルグ。

 

 

 大きな音を立てて、その巨体が沈んだ。

 リヴェルトさんは太刀を背負ってから、ドボルベルグへと向き直る。

 

 

「お疲れさん」

 彼は、敬意を払ったそんな言葉を落としてから剥ぎ取りを開始した。

 

 

 

   ☆ 

【挿絵表示】

 ☆

 

「流石はリヴェルト! 孤高のハンター! 虫はダメなのにな!」

「一言余計だ」

 ドボルベルグを討伐して、私達は渓流の奥へ。

 

 

 それにしてもさっきのリヴェルトさんは凄かった。アランと同じか、それ以上の腕前かも。

 

 

「あのドボルベルグは助けられなかったんですか……?」

「……お前、あいつと同じような事を言うんだな」

 私が聴くと、リヴェルトさんはそう返す。あいつ?

 

 

「狂気化したモンスターを救うのは難しい。……だから、俺達はその元である黒の狂気を止めに来たのさ」

 大きな手で私の頭を撫でると、彼は続けてこう言葉を落とす。

 

「ミズキに似た奴を知ってる。無鉄砲だが、心の根っこから優しい奴だ。……その優しさは大切にな」

「私は良く変って言われるから、その人も変な人なのかな?」

 でも、だからこそかな? その人に会ってみたいって、そう思った。

 

 

「ははっ、そうだな。確かに変な奴だよ」

「むぅ……」

「でも、良い奴だ」

 どんな人なんだろう? 気になる。

 

 

 

「───ハッ! この気配!」

 そんな風に話をしていると、突然ナビちゃんがヒゲを立てて周りを見渡した。

 何か匂いでも感じたのかな? 忙しなく動き回る彼のヒゲはピリピリと電気を発しているよう。

 

「何か見つけたのかニャ?」

「感じる……感じるゾ! 絆原石は……こっちだ!!」

 狩場の奥の方を指差すナビちゃん。

 その先は狩場としては設定されてない場所だけど、その奥に何かあるのかな?

 

 

「……偶にはナビルーを信じてみるか」

「偶にはとはなんだ! ナビルーのナビを信じろ!」

「港で出口を間違えてたニャ」

「ニャグッ」

 ふふ、ナビちゃんは面白いアイルーさんだね。

 

 

 他に当てもないから、私達はナビちゃんのナビを信じる事にした。

 向かう先は渓流の奥地。進む道は草木が増えていって、獣道すらなくなっていく。

 

 ほ、本当にこっちに何かあるのかな?

 

 

 

「……ストップだ」

 少し不安になった所で、ナビちゃんがストップをかける。何か見つけたのかな?

 

「……今どっちに向かってたんだっけ?」

 迷子だった。

 

 

「何してるニャ?!」

「お、落ち着けぇ!! こういう時こそ落ち着いてドーナッツを食べるのだ!! 残り最後の……ドーナッツ」

 誤魔化しながらドーナッツを食べ始めるナビちゃん。

 それを見ながらリヴェルトさんは、後悔したような表情で頭の裏を掻いている。

 

 

「ど、どうしましょう……」

「戻るしかないだろうな。幸い日は登ってるから、どっちから来たかは分かる」

 その言葉を聞いて安心。ただ、振り出しに戻ってしまった。

 

 

 そう思ったその時───

 

 

 

「うんうん、やっぱりドーナッツは最高だゼ! さて最後の一口を───っとぅわぁ?!」

 残り一切れになったドーナッツを口の中に放り込むナビちゃん。

 しかし、彼の歯はそのドーナッツを噛む事なく上顎と下顎で噛み合わさる。

 

 途中で消えたドーナッツ。

 

 

 当のドーナツは、白い何かに絡まって地面に落ちていた。

 

 

 ───何?

 

 

「ぬわぁぁ?! 何故?! 何故だドーナッツ!!」

 地面に落ちたドーナッツを拾おうとするナビちゃん。

 しかし、その手が届く前にドーナッツは一人でに動き出して彼の手をすり抜ける。

 

 

「ドーナッツが動いたニャ」

「不思議な事もあるもんだねぇ」

 風かな? うーん、なんだろう。違うような。

 

「おぉぉっ! 待てぇぇっ! ドーナぁぁッツ!!」

「ん? 待てよ……おい待てナビルー! そいつは罠だ!!」

 何かを思い出すようにリヴェルトさんが声を上げた。

 同時に大きな黒い影がナビちゃんを襲う。

 

 

 

「待てドーナ───なぁぁぁ?!」

「キシャィァァァッ!!」

 頭部の下から伸びた、一対の鋏角を振り上げる一匹のモンスター。

 蜘蛛のようなお腹と胴体を持っているけど、大きな身体を支えるのは四本の足だった。

 

 

「あれは?!」

「ネルスキュラだニャ! でもこの辺りにネルスキュラは生息していない筈……」

 影蜘蛛(かげぐも)───ネルスキュラ。その名前はアランに聞いた事がある。

 確かゲリョスが主食で、その皮を背負って自分の弱点である電撃から身を守るんだってアランは言っていた。

 

 けど、このネルスキュラにはそれらしき物が見当たらない。

 渓流にはゲリョスが生息してないからかな? そもそもネルスキュラがいる事もおかしいんだけど。

 

 

「ワワワワ?! オレのドーナッツぅ!!」

 それどころじゃないよナビちゃん!

 

 

「しゃがめナビルー!」

 太刀を抜いて駆け出すリヴェルトさん。

 彼は直ぐにナビちゃんとネルスキュラの間に入って、その太刀を真っ直ぐに構える。

 

 

「ギギッ、キシャィァ!!」

「だぁぁりゃぁっ!!」

 振り下ろされる鋏角。リヴェルトさんはそれを弾くと、眼前に回転斬りを放った。

 しかし、ネルスキュラは瞬時に糸を使って自分の身体を宙に浮かす。太刀は音を立てて空気を切った。

 

 

「早い?!」

「上だリヴェルト!」

「分かって───のわ?!」

 上空からの奇襲。周りを木々に囲まれているこの場所では、ネルスキュラの方が断然有利なんだろう。

 リヴェルトさんは攻撃を避けきれずに地面を転がる。受け身を取ってから振られた太刀も、ネルスキュラは軽々と避けた。

 

 

「森の中じゃ不利だ! 広い所に出るぞ!!」

「ンンッ! こっちだ!」

「よし分かった逆だな!」

「なぜだ!!」

 リヴェルトさんはナビちゃんを抱き抱えて、彼が指差した逆方向に走る。

 私とムツキもそれに続いて木々の間を駆けた。段々と広がる視界。こっちで正解だったみたい。

 

 

「お、平地発見。よし……っ!!」

 少し進むと、視界が大きく広がる。

 

 木々が生えていない平地に着いたようで、リヴェルトさんは滑りながら姿勢を翻して太刀を構え、ネルスキュラを待った。

 私達はナビちゃんと彼の背後で固まってネルスキュラを待つ。ふと周りを見渡すと、妙に綺麗な平地にはいくつもの瓦礫が散らばっていた。

 

 ……なんだろう? 家の残骸みたい。

 

 

「キシャィァァアアアッ!!」

 正面から糸を使って突撃してくるネルスキュラ。

 その巨体はリヴェルトさんの頭上を通り越して、私達の背後に着地する。

 

 

「何?!」

「ニャ?!」

「うわっ?!」

 そんなに大きく動けたなんて、誤算だった。

 

 私達に振り向いて鋏角を振り上げるネルスキュラは息を荒げていて───なんだか凄く怒っているような気がする。

 気のせいかな? でも、本当にそんな気がするんだ。

 

 

「キシャィァァアアアッ!!」

 って、それどころじゃない!

 

「逃げろお前ら!!」

 リヴェルトさんの焦った声。私はムツキを抱き抱えて伏せる。ムツキだけでも守らないと……っ。

 だけど、ナビちゃんだけは動じずにネルスキュラの前に立ち塞がった。

 

 広げられる小さな身体。振り下ろされる鋏角。危ない───そう思った次の瞬間。

 

 

「ンニャーーーッ!!」

 突然ナビちゃんの身体が光る。バチバチと彼を包み込む光はネルスキュラに向かっていき、ネルスキュラはまるで電撃でも食らったかのように身体を痙攣させた。

 

 いや、アレは本物の電撃? ナビちゃんがやったの?!

 

 

「へへん、オレだってやる時はやるゾ! ゲリョスの皮がなければネルスキュラの弱点は電気だからな!!」

「偶にはやるなナビルー!」

 入れ替わりでリヴェルトさんが太刀をネルスキュラに叩き付ける。

 小さく唸り声を上げるネルスキュラ。鋏角を振り回すけど、リヴェルトさんは姿勢を低くしてそれを避けた。

 

 

「でぃぇりゃぁぁっ!!」

 ネルスキュラの攻撃を避けながら、振り回される太刀。

 しかしネルスキュラも負けじと交戦する。

 

 実力は互角かリヴェルトさんの方が少し上。

 さっきの電撃が大きかったのか、ネルスキュラの動きも遅くなっていた。

 

 

「やるな! 歴戦のネルスキュラって所か!」

「キシャィァァアアアッ!!」

 相手を認めるリヴェルトさんに対して、ネルスキュラは怒り心頭といった感じ。

 執拗なまでに攻撃を繰り出し、自分の身体も気にせずにリヴェルトさんに獲物を向ける。

 

 戦いは直ぐにでも決着が付きそうだった。途中からは完全にリヴェルトさんが押してる。

 

 

 

 どうして……?

 

 

 どうしてそこまでして戦うの……?

 

 

 

 普通のモンスターなら生き延びる為に逃げている筈。

 普通のモンスターはプライドよりも、生きる事への執念の方が高い筈。

 

 ならどうしてネルスキュラは戦ってるの?

 

 

 

 周りを見渡す。

 いくつもの家が崩れた瓦礫の山。

 

 昔ここは村だったのだろうか?

 

 

 彼の巣がここにある訳じゃない。縄張りを守っている訳じゃないのに、なんでそこまでして戦うの?

 

 

 思い出したのは、ネルスキュラがここに現れた時のこと。

 

 態々私達を通り越して、ネルスキュラは村だったこの場所と私達の間に入ってきた。

 

 ここは───あなたにとって大切な場所なの?

 

 

 

「さぁ、追い詰めたぜ!」

 大きな瓦礫の場所までネルスキュラを追い詰めるリヴェルトさん。

 彼は大きな怪我もなく、鋭い瞳で獲物を睨み付ける。まるで獣のように。

 

「ギギギッ、ギギッ」

 一方でネルスキュラはリヴェルトさんに背を向けて、瓦礫の山へと足を掛けた。

 それもゆっくりと、崩れないように慎重に動いているみたいに。

 

 

「……ぁ? な、なんだ?」

「……ギギギッ」

 小さく唸り声を上げて、ネルスキュラは振り向いて倒れこむ。

 戦意を失ったのか、逃げる事もせずにネルスキュラはその場に止まった。

 

 

「……あいつ、泣いてるゾ」

 小さく言葉を落とすナビちゃん。

 

 泣いてるの……?

 あなたにとってここは……どんな場所なの?

 

 

「リヴェルトさん! 殺さないで!!」

 咄嗟に言葉が出た。それが良い事だなんて思っていない。

 

 でも、あのネルスキュラを討伐するのはどうしても嫌だと思った。

 殺しちゃいけないと思った。

 

 

 

「……お前ならそう言うと思った」

 私に背を向けながらそう言うリヴェルトさん。わ、分かってくれたのかな?

 

「───でもな、こいつにはもう俺達を襲う力が残ってないと決まった訳じゃない。その気がないとも限らない。俺達を油断させて、後ろから襲おうって魂胆かもしれない」

「そんな……」

 分かってる。私の言ってる事は間違いだって。

 

 

 ……アランならどうする?

 

 ……アランならあの子を助けられる?

 

 

 彼も、あの子を殺そうとするだろうか?

 

 

 

 ───それでも。

 

 

「それでも、私はあの子を助けたい」

 リヴェルトさんの目の前に立って、お守りを握りしめる。

 ここは通さない。絶対にネルスキュラさんを助けるんだ。

 

 

「ミズキ……。……ん?」

「……あれ?」

 突然、私の手が光りだす。違う───お守りが光ったんだ。

 手を広げると、アランから貰ったお守りが強く光っている。なんだろう……これ。

 

 

「なんニャ……?」

「この光は……絆の光?!」

 絆の光……?

 

 

「ギギギッ」

 動き出すネルスキュラ。

 

 同時にあなた(・・・)の心が分かった気がした。

 そっか、ここは───

 

 

「ミズキ、下がれ!」

「待って!!」

 ───ここは、あなたとあなたの大切な人との想い出の場所だったんだね。

 

 

 

「あの子はここを護りたいだけなんだよ! ここはあの子にとって、とても大切な場所だから!」

「……なに?」

 そんな事が分かるのか? そんな表情で私とネルスキュラを見比べるリヴェルトさん。

 そうして少し考えて一度目を瞑った彼は、頷いてから太刀を背中に戻してくれた。

 

 

 ……良かった。

 

 

「……ネルスキュラさん、ごめんね。私達はこの場所を荒らすつもりはないよ。探し物をしてただけなの。……脅かして、ごめんなさい」

 未だに光り続けるお守りを握り締めながら、私はネルスキュラさんにそう告げる。

 言葉が通じてるのかは分からないけれど、ネルスキュラさんは立ち上がってゆっくりと歩き出した。

 

 

「……っ」

 再び太刀に手を伸ばすリヴェルトさん。だけど、ネルスキュラはそれをジャンプして飛び越えて、私達を尻目に歩いていく。

 木々の中に消えたネルスキュラは、木陰に隠れながら私達を監視しているようだった。

 

 

「帰り際にまた襲われないかニャ?」

「大丈夫だよ、きっと」

 よく分からないけど、そんな感じがするんだ。

 

 

 

「ここは、ライダーの村だったのかもな」

「……まさか、オトモンだったモンスターなのか? まぁ、真相は謎だが」

 ライダーの村? オトモン?

 

 それが何なのか聞こうとした次の瞬間、お守りがまた強く光って一本の線が村の奥に走る。

 何? これ。まるでそっちに向かえと言われているみたいだ。何かあるのかな……?

 

 

「まさかそれ……本当に絆石なのか?」

「と、なるとこの光は! 行くぞ皆の衆! ナビルーのナビに続けぇ!」

 その光に導かれて、私達は村の奥へ。ネルスキュラさんには怒られないみたい。

 

 

 

 そこには洞窟があって、私達はまたさらにその奥に進む事にした。

 

 小さな洞窟は人の手が加わっているようで、人工物が偶に転がっている。

 段々と細くなっていく洞窟だけど、強い光が見える先でその洞窟は広がっていた。

 

 そこにあったのは───

 

 

「あった! 絆原石だ!!」

 ───そこにあったのは、とても綺麗で大きな石の原石。

 お守りと同じ光を放つ巨大な石を中心に広がる洞窟には水が流れていて、とっても素敵な空間がそこにはあった。

 

 

 ただ、少し違和感がある。

 

「凄い綺麗な石ニャ。……これ売ったら高く売れそう」

「こらムツキ……」

「じょ、冗談ニャ。でも、この石少し汚れてるニャ?」

 ナビちゃんが絆原石と言ったそれはとても綺麗な石なんだけど、いろんな場所に大きな黒い染みが付いている。

 その染みからは黒い靄が漏れていて、嫌な感じがした。

 

 

「まさかこれが……」

「これが黒の狂気だ。オレの仲間にこれを浄化出来る奴が居るから、次はあいつを呼んでこないとな!」

 この汚れが、黒の狂気……。

 

 ドボルベルグさんを蝕んでいた物。

 

 

「黒の狂気を浄化するのは、今は無理なの?」

「絆石がないと絆原石の浄化は出来な───いや、それが本当に絆石なら出来るかもしれないゾ!」

 絆石……?

 

 

 アランはこれを戒めだって言っていた。

 

 私はこれをお守りだと思ってる。

 

 

 そんな事が出来るかは分からない。でも、やれるのならやりたい。

 もし、ドボルベルグさんのようなモンスターを救えるのなら。

 

 

 

「やれるだけやってみたらどうだ? なに、どうせ後は帰ってこの場所をあいつに教えるだけだ。レウスとあいつならひとっ飛びだろうさ」

「ど、どうしたら浄化出来るんですか?」

「絆石を掲げて想うんだ! その真っ直ぐな心で! 大丈夫、オレがナビするゼ!」

 ナビちゃん……。うん、ありがとう!

 

 

 言われた通りお守りを掲げて私は目を瞑る。

 

 

 

 助けたい。

 

 

 私はモンスター達を、皆を助けたい。

 

 

 

 絆石が強い光を放ち周りを包み込む。出来た?!

 剥がれていく黒い染み。でもそれは完全にじゃなくて、ほんの少しだけだった。

 

 

「……ダメ、か」

 私じゃダメみたいです。

 

 

「凄いな、本当にやってのけるとは」

「え、でも全然黒いの残ってますよ?」

 驚くリヴェルトさんに私はそう言う。これで良いの?

 

「いや、絆原石の浄化をライダー以外が少しでも出来たって事が凄いのさ。それに、お陰で黒の狂気は少し収まった。……あいつが来るまで影響も少なくなる筈だ」

 私、役に立ったのかな?

 

 

「ミズキ凄いゼ! 今ならオレの弟子にしてやっても良いゾ!」

「ボクが断っておくニャ」

「ニャグッ」

 私の師匠はアランがいるしね。

 

 

「ミズキもまた、あいつと同じなのかもな」

「あいつ……?」

「ネルスキュラとミズキはあの時、確かに心を一つにしていた。凄い事だよ、本当にな」

 心を一つに……。

 

 

 私は本当にそんな事が出来ていたのだろうか?

 

 

「森となり獣となれ。……俺の師匠の言葉だ。俺達ハンターも───いや、人間も自然の一部だと。……もしかしたら、誰もがライダーと同じ事を出来るのかもしれないな」

 意味深な事を言ってから、リヴェルトさんは絆原石に背中を向ける。

 

 

「帰るぞ、後はあいつに任せよう」

 そうして私達はこの不思議な洞窟と村の跡地を離れました。

 途中ネルスキュラさんが襲ってくる事もなく。

 

 

 

 リヴェルトさんの言葉の意味はよく分からなかったけれど、私にも分かる日が来るのかな?

 

 タンジアの街で二人と別れて、私は今日あった事を思い出していた。

 

 

 

「森となり獣となれ……か」

 私達も自然の一部。リヴェルトさんのその言葉の意味はよく考えると簡単で。

 

 

 ───とっても素敵な考えだなって、そう思う。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 空を見上げると、一匹の竜の影が視界に入った気がした。

 

 

 竜の背中には人が乗っていて、その一匹と一人には信頼関係が───絆が繋がっている。そんな風に感じた。

 きっと気のせいなんだろうけど、沈んでいく太陽に隠れたその影を見て私は思う。

 

 

 

 竜と本物の絆を結ぶ。そんな素敵な事が出来る人って、本当に居るのだろうか?

 

 そんな人が居たのなら、とっても素敵だなって。

 

 

 アランに貰ったお守りを握りながら、私はそう思った。




モンスターハンターストーリーズ一周年、おめでとうございます。
もう一年ですか。アニメも二章に入って、時の流れを感じますね。

Re:ストーリーズもおかげさまで一周年になります。なので、今回は番外編を書かせて頂きました。
格好良いリヴェルトさんと偶には役に立つナビルーが書きたかった。二次創作でキャラを動かすのは苦手な方なんですけど、ストーリーズのこの二人は楽しかったです。
もし二周年とかをやるなら、デブリとかも出してみたいですね。ストーリーズ大好きですよ、はい。やっぱり主人公は自らの分身ですし、出し難いですけど。

余談ですが、今回の村の跡地は勘の良い人は覚えているだろうあの場所です。本編でまたあの場所が登場する予定は無いのでこんな感じで使わせて頂きました。



そんな訳で、一周年です。記念イラスト描かせて頂きました。

【挿絵表示】

女の子主人公の初期装備ミズキとナビルー。ナビちゃんって難しいね……ほぼ目トレでしたよ。練習しなきゃ。

さらにファンアートも頂きました。

【挿絵表示】

ホシヅキ兄妹のお二人です。出番は当分ありません()。申し訳ない……。ありがとうございます!

さらにさらにファンアート頂きました。更新30分前に頂きましたよ!

【挿絵表示】

モンハン飯のしばりんぐさんから、メインの三人!めっちゃ可愛い。本当に素敵。ありがとうございます!


さらに余談になるのですが、今回の話と同時に短編を一本投稿しています。Re:ストーリーズの元プロット(ストーリーズ要素無し)を読み切り短編で書いた作品です。一周年記念で書かせて頂きました。
気になる方は、是非是非。


重ね重ねになりますが、一年間本当にありがとうございます。ここまで続けてこられたのも、読者様のおかげです。
貰えば貰えるだけ頑張れるので、感想評価はいつでもお待ちしておりますよ!

それでは、またお会い出来ることを楽しみにしております。

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