モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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災と絆の狭間で

 この場所に来てから、ずっと嫌な感じがしていた。

 

 

 辺り一面の血の海と、生臭い匂い。

 

 ただ、そんな場所なのに私は暖かさを感じていた。

 安心感。まるでお父さんやムツキが側に居てくれているかのような温もり。

 

 

 こんな酷い光景を見ているのに、そんな事を思ってしまう自分に嫌悪感を抱きながら。

 それでもやっぱり、この暖かさは……消えない。

 

 

「う、うん……私は平───ぁ、あれ!」

 嫌な感じを振り払うように首を横に振ると、視界に映った物が少し動いたような気がした。

 

 書士隊の竜車の車輪に半分くらい隠れた───あれは、人?

 

 

「人が倒れてる! 今少し動いた気がしたの!」

 その人影が動いた気がして。もしかしたら生きているかもしれない、そんな願望を胸に抱きながら私は駆けた。

 

 

「大丈夫ですか?!」

「あ、こら待つニャミズキ! ボクが見るニャ!」

 嫌な気分だ。

 

 こんなの嫌なのに、それでも足を一歩動かす度に温もりを深く感じるようになる。

 

 

「待ちなさい小娘!!」

 分からない。

 

 

「そいつから離れろミズキ!!」

「ぇ───」

 分からない。

 

 

 

 突然視界から消える竜車。

 

 

 

 視界に映る大きな顎。

 

 その顎に吸い込まれていく人影。

 

 暗緑色の巨体。その巨体の半身を覆う赤黒い光。

 

 

 眼が合う。

 

 

 禍々しい光を放つ無機質な右眼と、それとは対照的に確りと私を捉える左目。

 

 

 

 あなたは……誰?

 

 

 

 空から地面に叩き付けられた竜車が、音を立ててバラバラになる。

 それと同時に視界から色が消えて、世界は赤と黒と白だけになった。

 

 

「グルォォァァァアアアアアアアッ!!!」

 響く轟音。持ち上げられた頭部から発せられる振動は、地面すら揺らして砂埃を舞い上がらせる。

 視界を覆い尽くす黒い影。禍々しい赤い光。白い液体が地面に落ちて、生えていた草を溶かす。

 

 

 

 ただ、不思議と怖くない。

 

 怖過ぎて感じなくなってしまったのか、それとも本当に恐れていないのか。恐怖という感情を感じられなかった。

 

 

「あなたは……一体───」

「下りなさい小娘ぇ!!」

 大声と共に視界に色が戻る。横に大きく裂けた顎が開かれたのが見えた。

 

 

「オラァァアアア!!」

 振り上げ、開いた顎に叩き付けられる狩猟笛が音色を立てる。

 不意打ちで殴り付けられた狩猟笛。だけど、鈍い音を立ててその鈍器は空中で動きを止めた。

 

 

「グルルルルォ……」

 太い尻尾から棘のついた顎先まで、その半身を覆う赤黒い光。

 モガの森に現れた同種とは、足の太さも身体の大きさもまるで別の生き物のような巨体。

 

 

 

 でもそれは確かにイビルジョーだ。

 

 

 

「探したわよ……探していたわよ、ずっとねぇ!」

 イビルジョーの大顎に挟まれていた狩猟笛を、無理矢理引きながら声を上げるアキラさん。

 一方で叩き付けられた狩猟笛をその顎で受け止めた竜は、私に少し目を向けた後アキラさんを睨み付けた。

 

 

 私を見ていたの……?

 

 今、あなたは私を見ていたの……?

 

 

「ミズキ! 離れるぞ!」

「あ、アラン?! あのイビルジョーがそうなの?」

 直ぐ様駆け寄って来たアランが私の手を引いてイビルジョーから離そうとする。

 

「……お前、その眼は?!」

 ただ、アランから返って来たのはそんな言葉だった。

 私とイビルジョーを見比べる彼の表情は、困惑したような表情。

 

 

 私の眼……?

 

 

 アランが見比べる先にあるイビルジョーの赤黒く光った右眼を見てから、私はそっと自分の右眼に手を添える。

 眼の奥が熱い。赤い。黒い。この感覚は……何?

 

 

 

「グルォァァアッ!」

 怒隻慧と呼ばれるイビルジョー。私が見た事のあるイビルジョーとは桁違いの大きさのその竜が、アキラさんを睨み付けながら唸り声を上げる。

 それと同時に口から漏れる赤黒い光。持ち上げられる頭に私は見覚えがあった。

 

 

 この動き───ブレス?!

 

 

「ニャ?! 来るニャ!!」

「アキラさん!!」

 アキラさんの名前を呼びながら私を抱いて、地面に伏せるアラン。

 次の瞬間、視界を赤黒い何かが遮る。空中を両断する龍属性のブレス。なんとか当たらずに済んだみたい。

 

 

 

「……っ、アキラさんは……っ!」

 そして間髪入れずにアランは立ち上がって、アキラさんを探す。

 私も自然と眼をイビルジョーの方角に合わせた。

 

 

 アキラさんの姿は───イビルジョーの真下。

 

 

「ここはブレスを吐くなら死角になるって知ってるのよ!」

 音を立てて振り上げられる狩猟笛。

 

「オラァァアアア!!」

 そのままイビルジョーの脚に叩き付けられた狩猟笛が、鈍い音と共に旋律を奏でる。

 

 

 この狩猟笛の音には不思議な力があって、人やモンスターの感覚に触り色々な効果を発揮する事があるらしい。

 

 

 

「グルルォァ……」

 ただ、足元に直撃した筈の攻撃に、全く反応を見せないイビルジョー。

 怒りも焦りも感じない。まるで、特に相手にされていない……そんな感じがした。

 

 

「まだまだぁ!! オラァァアアア!!」

 そんなイビルジョーに、アキラさんは左右に何度も何度も狩猟笛を叩き付ける。

 鈍い音と狩猟笛の旋律が重なり、激しい怒号が何度もアキラさんから放たれた。

 

 

 

「グォァゥ……」

 まるで、効いていない。

 

 

 

「……化け物が。ミズキ、俺の後ろに居ろ」

 左手を強く握りながら、アランはライトボウガンを構える。

 きっとアランも剣を持って戦いたいんだと思う。私が邪魔をしているんだと思う。

 

 

「反応を見せろや怒隻慧!!」

「グルルォァ……ッ。グォォォアアア!」

 アキラさんの言葉に答えるように、イビルジョーは小さく吠える。

 そうして持ち上げられる片脚は、上がったと思った瞬間地面に叩き付けられた。

 

「ぬぉ?!」

 その脚に潰されるという事はなかったものも、地面を抉る勢いの踏み付けで起きた振動でアキラさんは動きを止める。

 そして動きを止めたアキラさんに向けて、一歩下がったイビルジョーはその大顎を開けた頭を振り下ろした。

 

 

「食われるかよぉ!!」

 振動から体勢を立ち直した瞬間に、前転してイビルジョーの懐に潜るアキラさん。

 つい寸秒までアキラさんが立っていた地面を抉る大顎。もし少しでも動きが遅かったら今頃アキラさんはその口の中だったかもしれない。

 

 

「アラン、私は邪魔……?」

「……こんな時にそんな質問に答えている余裕はない」

 そう……だよね。

 

「アラン……私も戦うよ。私を守らなきゃ行けないから、アランは前に出れないんだよね?」

 私はアキラさんに……アランのストッパーに丁度良いって言われた。

 それはきっと、私が居る時はアランは無理や無茶しないって事だと思う。

 

 

 だから、私が一緒に前に出ればアランも戦える。

 

 私がアランの無理や無茶を防げるかは分からないけど。

 ただ一つ言える事は、私がアランの邪魔をしているって事だけだ。

 

 

「……っ。それはダメだ! お前はそこに居ろ!」

 ただ、私の言葉にアランはそう返してボウガンの照準をイビルジョーに向ける。

 丁度さっきのように上げられた脚を踏み降ろす瞬間、その脚に突き刺さった徹甲榴弾が爆発を起こした。

 

 

「グォラァ?!」

 バランスを崩し、踏み込みが浅くなるイビルジョー。

 さっきのような振動は起きずに、アキラさんはさらに連撃を加える。

 

 

「あいつ……本当に怒隻慧か……?」

 ボウガンに弾を込めながら、そんな言葉を落とすアラン。

 どういう意味だろう? ただ、何となく理由が分かる気がした。

 

 

 

「舐めた真似してんじゃねーぞ怒隻慧! 本気を見せろやぁ!!」

 脚への攻撃を辞めて、正面に立って狩猟笛を構えるアキラさん。

 ゆっくりと彼を見るイビルジョーの動きに活気が見られない。

 

 なんでだろう。このイビルジョーからは、あのモガの森に現れたイビルジョーみたいな……明確な殺意や強暴性が感じられなかった。

 私が怖いって感じないのはその所為? でも、なんでだろう? あのイビルジョーに戦う意思はないの? でもそんな事はない筈。

 

 

 

 分からない。私はあのイビルジョーが分からない。

 

 

「オラァァアアア!!」

 振り上げられる狩猟笛がイビルジョーの顎を捉える。

 

 大きく横に振られるイビルジョーの頭。鈍い音と共に旋律が奏でられた。

 

 

「……バカにしてるのか貴様ぁ!」

 さらに怒号を上げながら追い打ちを掛けようとするアキラさん。

 このまま行けば退治出来てしまうかもしれない? そんな事を思った直後だった。

 

 

「……クッヒヒヒ」

 何の鳴き声だろう。

 

 

 嫌な鳴き声が聞こえた。

 

 それと同時に感じた、嫌悪感と恐怖。

 一瞬で空気が重くなって、全身を悪寒が走る。

 

 

 

 それが何だか分かって口を開いた時はもう遅かったのかもしれない。

 

 

「ダメ……っ!! アキラさん逃げて!!」

 手を伸ばしたって届かない位置に居る彼に、私は無意味な悲鳴を上げる。

 私が言い切る前に、イビルジョーは振り上げられた狩猟笛をその顎で挟んで受け止めた。

 

 

 

「その程度で俺の攻撃を止めたと思うなよ怒隻───なっ?!」

 また無理矢理狩猟笛を引こうとするアキラさんの眼前で、赤黒い光が広がる。

 狩猟笛を口に咥えたままのブレス攻撃。次の瞬間、狩猟笛ファンガサクスを赤黒い光が飲み込んだ。

 

「そんなもん貰うかよぉ!」

 間一髪武器を捨ててイビルジョーの懐に潜り込むアキラさん。

 一方のイビルジョーは狩猟笛を粉々にしながら、吐き出すブレスを私達へと向けようとする。

 

 

「……この距離ならしゃがめば当たらない」

 狩猟笛を咥えていたからかブレスの射程は短め。

 だけど明確な殺意は未だに感じる。

 

 

 怖い。何をする気なの……?

 

 

 ふとブレスを吐き続けるイビルジョーの左足が浮いた。

 ブレス吐いたまま。ブレスを吐きながら。その足は次の瞬間アキラさんに向かって振り下ろされる。

 

 

「───なぁ?!」

 抉られる地面。転がるアキラさんの身体。

 赤い液体を出しながら転がったアキラさんの身体はバラバラになった竜車の破片に当たってようやく止まる。

 

 

 

「アキラさん……っ!!」

 そんな……。なんで……? さっきまでは……何も感じなかったのに。

 

 

 

 怖い。

 

 

「クッヒヒヒヒヒヒ……」

 ただ、怖い。

 

 

 

「……くっそ! ミズキ、ムツキ、アキラさんを頼む!」

「ぇ、ぁ、ぇ、あ、アラン?! ダメだよ戦───」

「そんな事を言っている場合か!!」

 私の言葉を遮って駆け出すアラン。

 

 そんな事を言っている場合じゃない。イビルジョーの矛先は既に、倒れて動けなくなったアキラさんに向けられている。

 あのダメージでは起きられる訳がない。大顎を開けながらゆっくりとその矛先が近付いて行く。

 

 

 私に出来る事は何?

 

 

 アランのストッパー……?

 今アランを止める事なんて、私には出来ない。

 

 

 

「……俺を見ろ、怒隻慧!!」

 ボウガンと剣を構えるアランが声を上げる。その表情は私が嫌いな、あの表情。

 そんな顔のアランが見たくないから私は付いて来たのに。

 

 

 私は間違ってるかな。本当に私がするべき事は何かな。

 

 

 アキラさんの元に向いながら私はお守りを握り締める。

 

 

 どうしたら良いか分からないよ。何が正解か分からないよ。道が見えない。

 アランが言っていた通りだ。この先に私が進みたい道はない。

 

 

 

 ……私は、わがままだな。

 

 

 

「怒隻慧……っ!!」

 走りながら跳躍し、ボウガンを背面に撃って加速したアランはイビルジョーの脇に剣を叩き付ける。

 鮮血を吹き出す半身。着地したアランがボウガンの弾を叩き付けるもう半身からはドス黒い血が吹き出た。

 

 

「……ずっとお前を探していたんだ」

「グルルォァ……」

 二人が並ぶ。その光景を見てるだけで、怖い。

 

 

 

「アキラさん! アキラさん!」

「……ぅ。ぐぅ」

 確かに聞こえる声が、アキラさんの生を実感させる。

 

「大丈夫ニャ、意識がないだけニャ。大きな怪我はないニャ」

 良かった……。

 

 

 でも───

 

 

 

「……ずっとお前を殺したかった。これまで何処に居た? ……答える必要はないがな」

「クッヒヒヒヒヒヒ……」

 不気味な鳴き声と共にイビルジョーが動き出す。大きく顎を開いた口から赤黒い光が漏れ出した。

 

 

「グルルォァァアアア!!」

 吐き出されるブレス。アランはその懐に潜り込んで、ブレスを避ける。

 さっきのアキラさんと同じだ。このままじゃ踏み付けでアランも───

 

 

「そのパターンはもう見た……っ!」

 滑り込みの勢いが消える前に、やはり持ち上げられた左足。

 だけどアランはその左脚にボウガンの弾を叩き込んで、その反動で自分の位置とイビルジョーの脚の位置をずらした。

 

 

 地面を抉る左脚。その左を避けたアランが、剣で反撃する。

 

 

「ずっと待っていた!」

 叩き付ける。

 

 

「あの時から俺は!!」

 叩き付ける。

 

 

「お前を殺す為だけに生きて来たんだ!!」

 叩き付ける。

 

 

 吹き出す鮮血がアランに返り血となって降り掛かる。

 真っ赤に染まった銀色の髪。赤い眼が睨み付けるイビルジョー。

 

 

「グルルォァ……ッ!!」

「迂闊だな……っ!」

 攻撃に耐えきれなくなって、アランをその大顎で襲おうと口を開くイビルジョー。

 それを読んでいたアランは、迫り来る顎が来る場所にボウガンの照準を合わせていた。

 

 

 握られるトリガー。

 

 

 モンスターは硬い鱗や甲殻で身を守っている。

 でも、口の中に鱗なんてある訳がなくて。そこに直接ボウガンの弾を叩き込めば、その弾は体表に邪魔される事なく身体を貫く筈だ。

 

 モガの森でもアランがイビルジョーにした攻撃。それだけで倒せる訳ではないけど、大きなダメージは期待出来る。

 

 

「…………死ね……っ!!」

 トリガーが引かれる。

 

 

 次の瞬間イビルジョーの顎───は、閉じられた。

 

 

 

「───なっ?!」

 閉じられた顎がアランに叩き付けられる。

 地面を転がる身体。それでもアランは武器を手放さずに、何とか立ち上がる。

 

 

「アラン!!」

「来るなミズキ!!」

 大声を上げるアラン。飛び出そうとした私の身体はその声で止められてしまう。

 

 

 

「ミズキ、逃げるが吉ニャ。ボク達の目的はあくまでゴア・マガラの死体の調査と書士隊の安否確認。半分は達成したんだから問題はない筈ニャ。ボクらにあのイビルジョーは荷が重過ぎるニャ!」

「そ、そうだよね……。でも……どうやって?」

「アレでも生き物ニャ。ほら、ボク特製閃光玉」

 ゴア・マガラと違って眼があるイビルジョーなら、閃光玉は効果があるハズ。

 

 

 でも……アランはきっと戦う。

 

 

 

「お前を殺す。絶対にだ……。お前だけは……俺が殺す!!」

 声を上げながら駆けるアラン。

 

 迫り来るイビルジョーの身体を横切りながら、その脇腹に剣撃と銃弾を叩き込む。

 

 

 

「……奴に閃光玉は効かないわ」

 そんな光景を見ていた私達の後ろで、アキラさんが立ち上がりながらそんな言葉を落とした。

 

「ぇ、なんで?!」

「てか起きれるのかニャこのゴリラ」

「誰がゴリラだ」

 ムツキ……。

 

「怒隻慧は何人もハンターを喰ってるの。その闘いの中で閃光玉を使われた事が多々あった……その結果、ある程度の耐性が出来上がってるのよ」

「それじゃ……逃げられない?」

 閃光玉無しで逃げようとしたって、追いかけて来る筈。

 どうしたら逃げれるのかと考えればそれは、倒すかそれとも───

 

「私が囮になるわ」

 ───誰かが犠牲になるしかない。

 

 

「そんな!」

「これまで何人も喰って来たあの化け物は私達が使うあらゆる毒が効かない。……覚えておきなさい」

「待って下さい!! そんな遺言みたいに言われても私困ります!!」

 なんでそんな簡単に命を捨てようとするの?

 

 

 そんなの……ダメだよ!!

 

 

「なんでって、顔してるわね。……私はね、妹をあの化け物に喰われたのよ」

「アキラさん……」

 もしかしてそれが……ヨゾラさん?

 

 

「私もアランちゃんと同じ。あの化け物を殺す為だけに生きて来た。でも……無理だったみたいね」

「そんな事……」

 まだ私達は生きてる。アランだって立って、戦ってる。

 

 

「アレに喰われるなら……本望よ。小娘、あなたならアランちゃんを導けるわ」

「そんな事言われたって……」

 私はただのお荷物だ。

 

 

 

「グルルォァ……ッ!!」

 脚を叩き付けて、岩盤を抉るイビルジョー。

 抉られた岩盤が立ち上がり、アランとイビルジョーの間に壁を作る。

 

「そんな壁を作って逃げるな……っ!!」

 違う───あの壁は!!

 

 

「避けなさいアランちゃん!!」

 突然響く怒号は、武器も持たずに走るアキラさんの物だった。

 

 

「アキラさ───なっ?!」

「グルルォァァアアア!!」

 吐き出されるブレス。ただ、岩盤で出来た壁の向こうのアランにはそれが見えていなかったのだろう。

 岩盤を貫く赤黒い光が、バラバラになった岩盤と共にアランに襲い掛かる。

 

「……ぐっ」

 アキラさんの声のお陰でブレスに直撃はしなかったものも、岩盤の破片がアランを襲った。

 

 

「……く……っそ」

 立ち上がりながらも、頭を押さえるアラン。

 身体を重そうに持ち上げて、何とか握ったままのライトボウガンも地面に向けられている。

 

 

「潮時ね。……アランちゃん、逃げなさい」

 そんなアランの前に立つアキラさん。

 

「ま、待て! 俺はまだ戦える!!」

「無理よ。そもそも一人で戦って勝てる相手じゃないわ。先走ったのよ、私達はね」

 私が……居たからだ。

 

 

 私が居なきゃ……もっと優秀なハンターさんを連れて来て、あのイビルジョーにだって勝てたかもしれない。

 

 

 それなのに私は何もしてない。

 

 

 見ている事しか出来ない。

 

 

 

「クッヒヒヒヒヒヒ……」

 ……そんなのは───

 

 

「アランちゃん……後は頼んだわよ?」

「待ってくれアキラさん!! 囮なら俺が!! 待ってくれ!!」

 ───嫌だな。

 

 

 

「ニャ?! ミズキ?!」

 視界から色が消える。ただ、線はハッキリとしていて。しなきゃいけない事が───

 

 

「皆……力を貸して」

 ───出来る事がハッキリと見えた。

 

 

 

「な?! ミズキ……辞めろ!!」

「何をしているの小娘逃げ───って、何その眼?!」

 声を上げて私を止めようとするアラン。

 私とイビルジョーを見比べるアキラさん。

 

 そんな二人の前に立って、私は剣を構える。

 

 

 

「……辞めないよ」

 足手まといも、邪魔するだけも、もう嫌なんだ。

 

 

 

 私は私に出来る事をする。

 

 

「絆石が……」

 私の道で、私の答えで……っ!!

 

 

 

「皆を助ける……っ!! 力を貸して!!」

 お守りが光る。それを睨み付けるイビルジョー。

 

 

 

 殺さなきゃいけないモンスターは、居るんだと思う。

 

 でも、全てのモンスターがそうじゃない筈だよ。

 私達は手を取り合える筈だよ。

 

 

 

「クッヒヒヒヒヒヒ……グルルォァァアアア!!」

 イビルジョーの身体を黒い靄が包み込む。全身から吹き出すその靄には何処か見覚えがあった。

 思い出すのはあの竜だ。殺さなきゃいけないモンスターは……居るんだよね。

 

 

 

「フゴァ!!」

「ウォゥッ! ウォゥッ!!」

「グォゥッ! グォゥッ!!」

 私達の後ろからモンスターが三匹現れる。桃毛獣ババコンガ、それにジャギィさんが二匹。

 

 

「な……こいつら?!」

「何が起こっているというの……」

 

 

「ババコンガさん、二人をお願い。無理しないように捕まえておいて」

「フガッ」

 小さく鳴き声を上げたババコンガさんは、二人に振り向いてその大きな手を広げる。

 

「おいちょっと待てミズキ! 無理してるのはお前だ!」

「小娘あんた何してるか分かって───うぉ?! ババコンガぁ?!」

 二人を抱き抱えるババコンガ。これで動けないね。

 

 

 大丈夫、私が守るから。

 

 

「あなたはムツキをお願いね」

「グォゥッ」

 ジャギィさんにはムツキを捕まえて貰う。首根っこ掴まれるムツキは「ギニャー!」と悲鳴を上げた。

 

 

 

「……あなたは、私と戦ってくれる?」

「…………。……ウォゥッ」

 片目の潰れたジャギィさんは、しっかりと鳴いて私の言葉に返してくれた。

 

 言葉は通じなくても、心は通じている筈。

 

 

 

「グルルォァ……ッ!!」

 今の私に倒す事は出来ないと思う。

 

 でも、時間を稼ぐ事は出来る。何とか隙を作って、逃げる時間を稼ぐ。

 

 

 

「……私が相手だよ!」

 あなたとはきっと分かり合えないけど、何でかあなたの事が良く分かる気がするんだ。

 何でだろうね。とても、不思議な気分だよ。

 

 

「……やぁっ!!」

 イビルジョーの懐に潜り込んで、左脚に剣を叩き付ける。

 

 隙を作るなら、脚を攻撃して転倒させるのが一番効率が良い筈。

 ジャギィさんも同じ脚を攻撃してくれる。小さな牙でも、力強く肉を切った。

 

 

「グルルォァ……ッ!!」

 持ち上げられる左脚。直ぐに降ってくる……なら!

 

「ジャギィさん!」

「グォゥッ!」

 ジャギィさんと一旦離れて、お互いに身体を寄せる。次の瞬間地面を抉る左脚、揺れる地面。

 そんな振動をジャギィさんと支え合って振り払う。何とか体制を崩さないようにして、地面を抉った左脚にもう一度剣を振った。

 

 

「……これでぇ!!」

 抜き出る鮮血。その直後にジャギィさんのタックルが左脚を揺らす。

 

 

「グルルォァ?!」

 バランスの崩れる巨体。頭上を覆っていた黒が、次の瞬間音と振動を出しながら倒れ込んだ。

 

 

 

「やった!」

 隙を作った。今なら!!

 

「やったの? 小娘が」

 今の内に皆で逃げよう。きっと逃げれる、今な───

 

 

 

 

『……甘いな』

 ───ぇ?

 

 

 声が聞こえた気がした。

 

 

 

「クッヒヒ……グルルォァァアアア!!」

 横倒しになって倒れているイビルジョーの口内から赤黒い光が漏れる。

 その頭は私じゃなくてアラン達に向けられていた。

 

 

「……なん……で?!」

 その状態でブレスを放てるのかとか、さっき聞こえた声はなんなのかとか、そんなのはどうでも良い。

 何でこの状況で私じゃなくてアラン達を狙うの……っ?!

 

 

 辞めて……っ!!

 

 

 辞めてよ……っ!!

 

 

 

「……っ?!」

「ニャ?!」

 

 

「アラン……ムツキぃ!!」

 嫌だよ。

 

 

 

 そんなのは嫌だよ。

 

 

 

 もう嫌なんだ。

 

 

 

 

 足手まといで役立たずで何も出来ない。私には何も出来ない。

 

 そんなのは嫌なんだ。助けたい。助けて欲しい。

 

 

 

 私には出来なくても───きっと貴方なら!!

 

 

 

 居るんだよね、近くに。

 

 

 

 わがままなのは分かってる。

 

 

 貴方は私達の敵なのも分かってる。

 

 

 でも、私は貴方の敵じゃない。良かったら……力を貸して下さい。

 

 

 

「ゴア・マガラさん……っ!!」

 次の瞬間、輝く金色が視界を包み込んだ。

 

 その金色に叩き付けられる赤黒い光は一対の翼によって弾かれる。

 

 

 

 

「な……」

「今度は何ニャ?!」

 突然現れた、金色の龍。

 

 

 その龍はイビルジョーのブレスを弾き、一対の翼を広げ、四肢で確りと大地を踏み締め、二本の角の下にある両目は確りと私を見ていた。

 

 

 

「ゴア・マガラ……さん? これが…………貴方の本当の姿なの?」

 それは、確かにあの時あの場所で見た龍の姿。

 

 そして貴方はやっぱり、あのゴア・マガラさん何だよね。

 

 

 

 

「グルルォァァアアアッ!!」

 立ち上がり、咆哮を上げるイビルジョー。

 

「キシャィァァアアアッ!!」

 その眼前に立つゴア・マガラさんは辺りに黒い靄を巻きながら、イビルジョーに答えるように咆哮を上げる。

 

 両者の身体がぶつかり合ったのはその次の瞬間だった。

 

 

 ゴア・マガラのもう一対の脚のような翼と、イビルジョーの顎がぶつかり合う。

 翼でイビルジョーを抑え込んだゴア・マガラさんのタックルがイビルジョーの体勢を最も簡単に崩した。

 

 

 

「シャゥァ……」

 光が差す瞳が、確りと私を見る。

 

 今の内に逃げろ。まるでそう言っているみたいに。

 

 

 

「……ゴア・マガラさん」

 私達は相容れない筈だった。

 

 でも、貴方は私に自分を見せてくれた。

 

 

 相容れなくても、分かり合う事は出来るのかもしれない。

 こんな素敵な事もあるのかもしれない。

 

 

 

「……行こう、ジャギィさん」

 ゴア・マガラさん。私達は……分かり合えたかな?

 

 

 

「アラン、アキラさん! ムツキ! 今の内に!」

「待て……あの龍が居る今なら怒隻慧を!」

「アラン……」

 違うよアラン……。ゴア・マガラさんは私達の味方じゃないよ。

 

「アランちゃん、また誰かを失いたいの?」

「……っ」

 

 

「アラン……」

「ミズキ……お前……」

「……私が邪魔なら、捨てて良い。違うなら……行こう?」

 ズルい言い方かもしれない。アランは優しいから。

 

「…………分かった」

 きっとそう言ってくれるって信じていた。

 

 

 だって、アランは優しいから。

 

 

 

 

「グルルォァァァアアアッ!!」

「キシャィァァアアアッ!!」

 ババコンガさんやジャギィさん達とその場から急いで離れる私達の背後で、二匹のモンスターの咆哮が轟く。

 

 私に結果は分からない。

 

 

 でもきっと、ゴア・マガラさんは負けないと思った。

 

 

 

 だって私は貴方の事分かってたから。

 

 

 

 貴方が強いって事、分かってるから。

 

 

 

「キシャィァァアアアッ!!」

 

 

 遺跡平原を包み込む黒い靄が晴れたのは、その日太陽が沈んだ頃だった。

 

 

 

   ★ ★ ★

 

 まさか二度も邪魔をされるとは思うまい。

 

 

 天廻龍───シャガルマガラ。運が良いのか悪いのか、古龍と巡り会うとはな。

 

 

 

「キシャィァァアアアッ!!」

 幼体の時からは考えられない輝かしい金色の鱗。一対の翼は大地を踏み締める程に強靭。

 生命の神秘。狂竜ウイルスをばら撒いていた災いの龍。

 

 

「グルルォァァアアアッ!!」

 古龍相手は部が悪いのか、怒隻慧も攻めあぐねている様だ。

 

 

「本気を出しても勝てる相手かどうから分からんな。そもそも狂竜ウイルスを吸い過ぎた……こっちも退散するなら潮時か」

 まぁ、狂竜ウイルスを克服すればそれなりの力も手に入る。

 今回はそれだけでも良しとするか。急ぐ事でもないだろう。

 

 

 怒隻慧が狂竜ウイルスに飲み込まれるなんて事は、ないだろうからな。

 

 

 

「キシャィァァアアアッ!!」

「グルルォァァアアアッ!!」

 

 

「まさか……古龍と絆を結ぶなんてな」

 人はまだ、竜と共存出来るのかもしれない。

 

 

 

 なんならもう少しだけ、見届けてみるのも良いのかもな。




モンスターハンターRe:ストーリーズ第二章お楽しみ頂けたでしょうか?(後一話エピローグみたいのがあるんですけどね)

ストーリーズというよりは、私が書きたかったゴア・マガラのお話を全力で書いたのが第二章だと思っています。
蛇足じゃないです、ちゃんと物語も進めました。存在だけチラつかせておいた怒隻慧の登場。少しだけ戦闘シーンも珍しく書きました。大変でした()

そして、これは以前頂いた物なんですが怒隻慧がちゃんと出るまで紹介を控えていたファンアートがありまして。せっかく登場したのでそのファンアートも紹介させて頂きます。


【挿絵表示】


グランツさんより、怒隻慧イビルジョー。
半身を包む龍属性の光。もう私のイメージ通りです。モンスターとか描けないんで、本当素晴らしい……嬉しい……。ありがとうございます!!


振り返ってみるとなんだか暗い話が多かった気がします。三章は優しい話を多めにしたいです。Re:ストーリーズっぽいお話をいっぱい書きたいです。
Re:ストーリーズっぽいお話ってなんだよって感じですが。個人的には一章のロアルドロスのお話が一番Re:ストーリーズだと思ってます。中々難しいですけどね。


さてさて、二章もあと一話エピローグで終了です。ここ最近は皆さんモンハンXXで忙しいでしょうが、小説を読んだり書いたりするのも楽しいですよ。勿論モンハンXXは最高に楽しいですけどね!
と、いう事で。二章も終わりなので感想と評価お待ちしておりますl壁lω・)チラッ

また次回もお会い出来ると嬉しいです。

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