モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「疲れたニャぁぁ……」
大きな音を立てながら、一匹のメラルーが背負っていたカゴを地面に下ろす。
その振動でカゴから落ちるニトロダケが、今日の収穫も良かったと思わせた。
地図に映らない街、バルバレ。
私達がこの街に来て少し時間が経ちました。
黒蝕竜ゴア・マガラ。ギルドを騒がせた狂竜化の原因とされる、そのモンスターが討伐されてから二週間。
ゴア・マガラを討伐したのは我らの団というキャラバン隊のハンターさんで、それはもう激戦だったらしい。
そのせいか、遺跡平原は現在も立ち入り禁止。狂竜ウイルスのせいだって聞いたけど、なんで立ち入り禁止なんだろう?
そんな中、私達は未知の樹海での採取や調査クエストで生計を立てていた。
他の人と違ってお金が無いんです。アランの本来の拠点はタンジアだから、バルバレは暮らしにくいみたい。
調査クエストでは、狂竜化してしまったモンスターを何匹か狩る事もありました。
狩らなければいけないモンスターも居る。
私はそれを確りと受け止めて、アランに着いて剣を振った。
「アキラさん……?」
集会所にクエストから帰って来た私達を、ピンク色のギルドナイトスーツを来た人が出迎えてくれる。
と、言うよりは待っていた感じなのかな?
腕を組んで私達を見る表情は真剣そのもので、分厚い化粧と女性のような格好には不釣り合いだった。
「……話があるわ」
これは、竜と狩人のお話。
◆ ◆ ◆
ゴア・マガラが討伐されてから二週間。
突然俺達はアキラさんに呼び出されて、バルバレの移動集会所の裏方に連れてこられた。
彼の神妙な面持ちを見て、話の内容に絡んで来るモンスターが何かは大体想像が付く。
だが、問題はその話の内容だった。
「ゴア・マガラの死体の調査に向かった書士隊が、護衛の上位ハンター四人共々全滅したわ」
ゴア・マガラが討伐されてから二週間。依然として遺跡平原は立ち入り禁止区域に設定されたままだった。
ギルドからの公式の発表はこう。
ゴア・マガラとの激戦の末、遺跡平原は濃度の高い狂竜ウイルスが蔓延。
モンスターも多数現れ、非常に危険な状態の為に立ち入りを禁ずる。
が、実際は違ったらしい。
「そして、程なくしてイビルジョーの目撃情報が入った」
「
ゴア・マガラと同時にこの地方で確認された、奴が関わっているのだろうか……?
それとも全く別のモンスターか。
ゴア・マガラが生きていたという可能性もある。
「全滅と言ったけれど、生死が不明なだけよ。連絡が途絶えて一週間も経てば全滅と見て間違いないでしょうけどね」
「まだ全滅と決まってないなら助けないと!」
諦めた口調で語るアキラさんに、ミズキはそう言いながら詰め寄った。
彼女ならそう言うと思っては居たが、それに対して彼ならどう言うかも俺は分かっている。
「勿論、その為にアランちゃんを呼び出したのよ。でもね……あなたの事は呼んでないわ」
もし、この騒動の発端が怒隻慧ならミズキを連れて行く事は出来ない。
これだけはミズキには荷が重過ぎる。
俺はともかく、アキラさんですら遅れを取る相手だ。
ミズキを関わらせる訳にはいかない。
「ですよねぇ……。わ、分かってますよ!」
「あら……聞き分けが良いじゃない」
ただ、ミズキなら付いて来ようとすると思っていたのだが。そんな心配は杞憂に終わったらしい。
落ち込んだ様子のミズキを慰めるムツキに彼女を任せて、俺はアキラさんと遺跡平原に向かう事になった。
「出発は明日の朝よ。この番号の竜車で待って───ってあれ……メモが無いわね。何処にやったのかしら?」
渡す筈だったメモをなくしてしまったのか、アキラさんは新たに紙とペンを持って集合場所を記載する。
その日はそこで解散する事になった。
全滅の可能性すらある以上、急がなければいけないが。
上位ハンター四人が負ける様な相手が居るとするなら、視界の悪い夜に出向くのは自殺行為だ。
「今日はわがままは言わないんだな」
「え、えとぉ……多分言っても聞いてくれなさそうだし」
ミズキにしては、察しが良い。
こいつは偶に頭がキレるな。偶に。
「イビルジョーが……遺跡平原に居るの?」
少し小さな声で、不安げに彼女はそう聞いて来る。
モガの森の事もあって、イビルジョーの恐ろしさは身に沁みているのだろう。
あの時の事を思い出しているのか、優しい彼女は深く俯いていた。
きっと、心配してるんだろうな。
書士隊や護衛のハンター。そして、遺跡平原のモンスター達を。
だが、きっと書士隊達はもう───
「目撃情報が確かならな」
「……アランは、昔イビルジョーと何かあったの?」
やはり不安げな表情で、ミズキはもう一つ質問を投げかけて来る。
きっと俺の事も心配しているんだろう。
拭い切れない思いが漏れ出す様に、彼女の表情は曇って行く。
「……大丈夫だ」
「……アラン?」
俺はそんな彼女の頭に手を置いて、確証も無い言葉を落とした。
実際、怒隻慧だった場合倒せるか分からない。それどころか負けて───死ぬかもしれない。
だが、そんな事でミズキに心配を掛けてもいられない。
付いて来るなんて言われたら、困るからな。
……アイツは、俺が殺す。
アイツだけは───怒隻慧はこの手で殺す。俺はまだその為に生きている。
それはミズキにとっては望む道ではないだろう。俺もミズキに見せたい道じゃない。
殺さなきゃいけないモンスターは居る。
今のミズキならそう納得してくれるだろう。
だけどな、違うんだ。
怒隻慧は。———俺がただ殺したいだけだ。
「お前は待ってろ。……アイツに関わっても、お前が進みたい道にはいけない」
「……そ、そっか」
落ち込ませてしまって悪いが、これだけはしょうがない事だと割り切るしかないだろう。
ミズキにはまだ色々教えてやらなきゃいけない事がある。この埋め合わせは、その時で良い筈だ。
俺が……生きて帰れればの話だが。
「もう寝ろよ。明日はいつものトレーニングをやってれば良い」
「うん、分かった」
やけに聞き分けの良いミズキが布団に入るのを確認してから、俺は部屋を一旦出て外の空気を吸いに行く。
ムツキは黙ってアイテムの整理をしていたが……。何をそんなに忙しそうにしているのやら。
「……ヨゾラ。……ミカヅキ」
夜空に伸ばす手は空を切る。届かない所に伸ばす手は、いつも空気しか掴まない。
「…………アイツは、絶対に俺が殺す。……見ていてくれ」
言葉にして誓い、俺は伸ばしていた物に背を向けた。
この手は届かない。
なら、伸ばす物なんてない方が良い。
夜のバルバレを照らしていた満月が、雲に覆われる。
聞こえる筈のない声───鳴き声が、聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆
「出しなさい」
「了解ですにゃ」
今朝方。日が昇る少し前に、集会所から竜車が出発する。
天気は良いとは言えないが、悪くはないだろう。
乗っているのは俺とアキラさん。そして竜車を運転するアイルーだけだ。
「……他には誰も?」
ミズキはまだ部屋で寝ている様な時間。薄くなって沈んで行く月を見ながら、俺はアキラさんに問い掛ける。
「怒隻慧のエサを増やしても何の意味もないわよ。それに、四人以上は一応問題になるわ」
「四人以上……?」
アイルーを入れても三人しか居ないが……。
「今回の目的は書士隊の生存確認。そして、ゴア・マガラの死体調査よ。怒隻慧の討伐じゃない」
荷台に乗っていた大タルに腰を下ろしながら、アキラさんはそんな言葉を落とす。
「もし本当に怒隻慧なら必要最低限のメンバーで行くのが定石よ。……勿論、怒隻慧と遭遇したなら戦闘は回避出来ないでしょうけどね」
あくまで目的は書士隊の救助とゴア・マガラの調査だ。だが、アイツが居るなら遭遇は免れないだろう。
……殺す。
……俺が奴を殺す。
「早く戦いたいって顔してるわね」
無意識に力んでいたのか、アキラさんは目を細めながら俺にそんな事を言った。
当たり前だ。四年———いや、七年前から俺は怒隻慧を殺す事しか考えてなかったんだからな。
「この手で奴を殺さない限り、俺は自分も何も許せない。……それが、あなたの妹を奪った俺の責任です」
「もう、ライダーじゃないのね」
ライダー、か。
「勿論、私も怒隻慧は殺したいわ。……でもね、アランちゃん。あなたは四年前から何も変わってない」
「そんな事はない……っ! 俺はもうライダーじゃない。この手で何匹もモンスターを殺して来た。ミカヅキと同じ……リオレウス亜種だって殺した!」
自分の防具に手を叩き付けて俺はそう主張する。
あの時俺はまだライダーだった。ライダーである事を捨て切れていなかった。
……それがヨゾラを殺した。
「俺はもう……あの時のような失敗はしない」
「……やっぱり、変わってないのよ」
ただ、俺の主張を聞いてもアキラさんは呆れた表情で俺を見る。
「あなたは周りが見えていない。いや、目を背けてる」
そんな言葉を落とすと、アキラさんは登ってくる太陽を見上げながら立ち上がった。
周りが見えていない……?
「どういう事ですか……」
「鈍感過ぎるのよ、アランちゃんは。ヨゾラを殺したのがあなただけの責任なんて……思い上がりって事。……さて、そろそろかしら」
そう言い終わると、何故かアキラさんはさっきまで座っていた樽に身体を向ける。
「おらぁっ!!」
そして、突然足を振り上げたかと思えばその樽を蹴り飛ばした。
「……ぇ」
何故だ?! 俺はそんなにアキラさんの気に触る事をしたのか?!
「うわぁ?!」
「うにゃぁ?!」
だが次の瞬間、聞き覚えのある声が蹴り飛ばされて転がる樽の中から漏れる。
まだ幼さの残る少女と、一匹のネコの声。嫌な予感というよりは、その時点で確信してしまえた。
「…………お前らな」
その樽の蓋を取って中身を睨みつけながら、俺は二人に声を掛ける。
樽の中で丸っている少女とメラルーは、目を回しながら頭を抑えていた。
「うぁぅぁぁ……目がぁ……」
「天地がひっくり返ったニャ……何が起こったニャ」
なんでミズキとムツキが居る。なぜ樽の中に二人が居る。
「昨日、私のメモを盗んだ悪いネコが居たからまさかとは思ったけど。本当に来るとわね」
アキラさんは腕を組んで、樽を見下ろしながらそう言った。
まさか二人が居る事を知っていたのだろうか? いや、だとしたらなぜ出発する前に追い出さないんだ?
「あれ……樽の蓋が空いてる」
ミズキの素っ頓狂な声。また樽で密航とは、お前は他に芸がないのかと言ってやりたいが。
今はそんな事を言っていられる場合じゃない。今回に限っては連れて行く訳にはいかないんだ。
「あ、アラン……えーと…………おはよう?」
「知ってたんですかアキラさん……」
間抜けな声に溜息を吐きながら、俺はアキラさんに問い掛ける。
言動からして二人が居る事を知っていたのだろう。しかしアキラさんは出発前ではなくて今樽を蹴った。
何故だ……。どうして……。
「何度も言わせないでちょうだい。アランちゃんは鈍感過ぎるのよ。理屈で考え過ぎて、人の気持ちが分からない」
「人の気持ち……?」
何の話だ……?
「ニャ……ば、バレてたのニャ……?」
「そうみたい……?」
樽から出る二人は、頭を抑えながら俺とアキラさんを見比べる。
俺はそんな二人とアキラさんを見比べて、もう一度溜息を吐いた。
「……なんにせよ帰れミズキ。今回はお前が関わって良い相手じゃない」
「うぅ……」
「だから、鈍感だって言うのよ」
俺の言葉に評価をするように言葉を落とすアキラさん。
鈍感? 俺が? 何に対してだ?
「アランちゃんはね、近くで見てみると危ういのよ。ヨゾラもきっとそう思ってたわ」
「……危うい? 俺が?」
俺の言葉には返さずに、アキラさんはミズキの隣まで歩いていく。
アキラさんだってミズキの事は呼んでいないと言っていた筈だ。それがどうしてこうなる。
「まだ分からないのかしら、アランちゃん。あなたはやっぱり周りが見えていないのよ」
「私……アランが心配で」
アキラさんの言葉に続いて、ミズキはそんな事を言った。
それは彼女の本心なんだろう。真剣な声と表情がそれを伝えてくる。
心配していた……? ミズキが……俺を?
「アキラさんも居るんだ……俺の事を心配する必要はない。……それに、怒隻慧はお前が関わって良いモンスターじゃないんだ。お前が進みたい道に奴は居ない」
「だ、だから……そうじゃなくて……。アランやアキラさんが強いのは知ってるもん……」
俺の言葉にハッキリとしない態度で答えるミズキ。なら、何が心配なんだ……?
「でも……なんか。良く分からないけど心配なの。アランがいつもと違うアランなのが……なんか嫌だ」
「いつもと違う……? 俺が?」
態度を変えたつもりもないし、ミズキに冷たく接したつもりもなかった筈。
何が違う……? 俺はいつもの俺だ。
……いや、違うか。
ミズキにとっての俺は、本当の俺じゃない。
「アラン……怖い顔してるから。それが……心配で」
俯く少女の言葉で、疑念は革新に変わる。
そうだ、ミズキにとって俺は優しい奴なんだろう。
モンスターと心を通わせているように見えているんだろう。
……違うんだ。
「ミズキ、俺はお前が思ってるような奴じゃないんだ」
彼女に会わなければ、俺はまだアイツを殺す事だけを考えて居た筈だ。
それが本当の俺であって、彼女が美化しているのは俺の甘い部分。
「アランは優しいよ……。本当は優しいよ……」
ただ、ミズキは静かにそう言う。強く握り締められた絆石が指の隙間から見えて、嫌な事を思い出した。
人と竜は相容れない。
あの日断ち切られた絆が脳裏に浮かぶ。
ミカヅキ───俺の、オトモン。
「アランちゃんはね、自分で思ってるより非情じゃないのよ。そこに……自分ですら気が付いてないだけ。……ねぇ、小娘」
「……アキラさん?」
俺と彼女の間に入って、アキラさんはミズキに語り掛ける。
何が目的だ。何の為にミズキを危険に晒す。
「アランちゃんのストッパーにはあなたは丁度良いわ。引き止める人が居ないとアランちゃんは突っ走って死に急ぐから」
「私がアランの……ストッパー……? ストッパー?」
ミズキは意味が分かっていないようだが、アキラさんの言いたい事は分かった。
ただ、納得の出来る物じゃない。
「……俺にそんな物は必要ない。俺はただアイツを殺すだけだ」
「それしか考えてないから、足元を掬われるのよ。ヨゾラの時から何も変わっちゃいないわ」
「……っ」
それを言われると弱い。
だが、だからこそミズキを連れて行く訳にはいかないんだ。
「また誰かを失うくらいなら俺が……っ!」
「だから周りが見えていないって何度も言っているのよ!」
俺に詰め寄って声を上げるアキラさん。
真剣な表情で叩き付けられる視線は、確りと俺の目を見ている。
「あ、アキラさん……?」
なぜ、そんなにも言われなければならないんだ……?
「ヨゾラはね、あなたの事が心配だったのよ! 直ぐに熱くなって周りが見えなくなるから私がサポートしなきゃってね。結果を見て見なさい。あなたはあの時何がいけなかったかまだ分かってないの?!」
「それは……俺が弱かったか───」
「違うわ。周りを見なさい」
周り……?
「アラン……」
一人の少女が心配そうな顔をして俺を見ている。
その後ろで、やれやれと腕を組むネコもやはり俺を心配しているようだった。
「……大丈夫だって。心配するな、なんて言われても。……心配だよ」
「……心配掛けまいと一人で無理して、余計に心配させるのはどっかの誰かさんと似た者どうしニャ」
そのムツキの言葉が全てだったのかもしれない。
俺は周りに負担を掛けないようにしようとしていたのに、余計に負担を掛けていた……。そういう事なのか……?
なら……ヨゾラは───
「───俺が……殺したんだな。やっぱり」
それが分かった瞬間、なんとも言えない気持ちに襲われる。
分かりきっていた事だ。それでも、俺は思っていたより簡単な理由で彼女を殺した。
……最低だな。
「落ち込んでいる暇があるなら、前を向きなさい。今あなたの前に居るのは誰? ヨゾラじゃないわ」
「……そうだな」
あいつは、もう……居ない。
「もし怒隻慧と遭遇したら、私がメインに戦うわ。アランちゃんはその子を守りながら援護しなさい」
「それは……っ!」
「つべこべ言わずに言う事を聞け。また誰かを失いたいのか」
肩を掴んでそう言うアキラさんは、真っ直ぐ俺を睨み付けて答えを待った。
もう、誰も失いたくなくて一人で居た筈なのにな。
付いてくるなと言っても付いてくるんだ。全く、迷惑な奴だ。───本当に、迷惑な奴だ。
「……ミズキ」
「ぁ、ぇ、な、何?」
「危なくなったら俺達を置いてでも逃げるんだぞ」
また誰かを失わない為にも、俺は前を向くしかない。
そこに居るのは彼奴らじゃなくて、この二人なんだ。
それでも……俺はアイツを殺す事を諦める訳にはいかない。
「逃げないよ……。絶対に」
まぁ、そう言うと思っていたがな。
「……いや、逃げようニャ」
ムツキに任せるか。
そうならない為にも、俺は───
◆ ◆ ◆
「と、到着ですにゃ! なんか尻尾がピリピリするにゃ。ハンターさん、お気を付けて……」
遺跡平原に到着した俺達は、心配の声を上げるアイルーに背を向けて直ぐ様ベースキャンプを後にした。
可能性は低いが。もし、まだ書士隊が生き残っていれば急がなければならない。
だが、早足でエリアを移動するも直ぐには書士隊を見付ける事が出来なかった。
それどころか不自然にも、モンスターの一匹も目に入らない。どういう事だ?
「ケルビの一匹も居ないなんて……妙ね」
「クンチュウすら居ないニャ」
二人の言葉通り、小型モンスターすら姿が見えなかった。
考えられるのは……大型モンスターに怯えて隠れているという事だが。
「あ、ジャギィさん……」
しかし、俺の考えとは裏腹に。突然俺達の前にモンスターが一匹現れる。
扇のような耳が特徴的な小型の鳥竜種、ジャギィ。
普段はボスであるドスジャギィと共に大きな群れを作って行動するモンスターの筈だが、目の前に現れたのはその一頭だけ。
不自然な所はジャギィの身体にもあって、そのジャギィは左眼が潰されていた。まるで鋭い何かに切り裂かれたかのように。
「あら、一匹で狩りなんてご苦労な事ね」
そう言いながら、アキラさんは背中の狩猟笛に手を伸ばした。
いや、待てよ……。このジャギィ何処かで。
「ま、待って下さい!」
そんなアキラさんとジャギィの間に入って、ミズキは手を広げる。
そうか……こいつ、ババコンガの時に居たジャギィの片割れか。
「ちょ、あんた危ないわよ?」
「違うんです。多分この子は違うんです!」
「この子だぁ?」
必死にアキラさんを説得しようとするミズキ。
しかし、その後ろでジャギィは思わぬ行動に出る。
「グォゥッグォゥッ!」
ジャギィは口を大きく開け、ミズキを威嚇するように声を上げた。
驚いて恐る恐る振り向くミズキに対して、ジャギィは体制を低くしてもう一度鳴き声を上げる。
「ギャィッ!」
まるで、威嚇しているような。そんな鳴き声だ。
いや、威嚇だな。これは。
「ジャギィさん……。そ、そうだよね……こんなに酷い事、したんだもんね」
ジャギィの左眼を見ながら、ミズキは小さな声でそう呟いた。
人と馴れ馴れしくしていると、モンスターは自らを滅ぼす事になる。
その事に責任を感じたミズキは、分かり合えた筈のこのジャギィと袂を分かった。
あの左眼の傷はその時にミズキが付けた物だ。このジャギィは生涯左眼が見えないだろう。
「グォゥッ!!」
あの後、ティガレックスやケチャワチャ、セルレギオスやゴア・マガラと関わってミズキはそれなりの答えを見出した筈だ。
彼女はどうするだろうか。
期待もあれば、不安もある。だが、ここは彼女に任せてみようと思った。
なぁ、ミズキ。お前の答えを見せてくれ。
「……この先は……危ないの?」
数秒見つめ合ってから、彼女はそんな言葉を口にする。
予想外の言葉に俺とアキラさんは目を合わせた。どういう事だ?
「ミズキ? まさかジャギィと喋れるのかニャ?」
「ぇ? ぁ、ぃゃ、違うよ? ただ何となく私達を心配してるような気がしたから───あ痛ぁ?!」
振り向いてムツキにそう説明するミズキの膝を、ジャギィが鼻で小突く。
体勢を崩して転ぶミズキを見て思わず武器に手を伸ばすが、ジャギィからそれ以上の攻撃はなかった。
「……うぅ。ジャギィさん痛───痛ぁ!」
「グォゥッ……クックルルルル、グォゥッ」
ミズキが泣き顔で振り向くと、ジャギィは次に彼女の頭を小突く。
頭を抱えて蹲るミズキを見下ろすように見るジャギィ。俺には、そのジャギィが彼女を心配しているようには見えなかった。
「ここから先は行くなって事だよね……。忠告してくれてるんだよね……」
「グォゥッ」
ミズキの言葉に小さく鳴き声を返すジャギィ。
本当にそうだとでも言うように、ジャギィは次のエリアへの道を塞ぎ続ける。
「ジャギィさん……私、あんな事したのに怒ってないの?」
「ウォゥ? クックルルルル……グォゥッ」
「ジャギィさん……」
首を傾げる仕草をしたジャギィに対して、ミズキが取った行動はさらに予想の斜め上を行く物だった。
「ニャ、ミズキ?!」
ムツキが驚くのも無理はない。彼女はジャギィを勢い良く抱擁し、その背中を撫で出したのだから。
当のジャギィはそんな事をされているのに嫌がる様子も見せず、ただされるがままに抱擁を受けた。
「絆を結んだとでも……言うのか?」
絆石も使わずに、儀式もせずに。相手は産まれる前の卵でもない。
そんな相手と……絆を結んだとでも言うのか?
ミズキ…………お前は、凄いな。
「ねぇ、ジャギィさん。この先に助けなきゃいけない人が居るかもしれないの。もう間に合わないかもしれない……。……でも、行かなきゃいけないんだ」
「ウォゥ……」
そこまで言ってからミズキは抱擁を辞め、ジャギィの頭を数回撫でてからこう続ける。
「この先に行かせて欲しい。ここを通っても、良いかな?」
「……クックルルルルゥ、ウォゥ」
そして、ミズキのそんな言葉を聞いてジャギィはゆっくりと道を開けた。
それでもジャギィは彼女から目を離さない。
今、ようやく分かる事が出来た。
本当にジャギィは、ミズキの事を心配している。
「ありがとう、ジャギィさん。アラン、アキラさん、ムツキ…………行こう!」
この先はきっと彼女が進みたい道じゃない。
いや、だからこそ彼女は目を逸らさない為に足を前に出したんだろう。
付いては来なかったジャギィを尻目に、俺達は血の匂いがする次のエリアへと足を踏み入れた。
「…………何……これ」
それは必然だったのだろう。辺り一面の血の海を見て青ざめるミズキを見ながら、俺はそう思う。
「ミズキ、あまり見るな」
今にも吐き出しそうになるミズキの肩を抱きながら、俺は彼女にそう言う。
とは言ったものも……現場は眼のやりようのないほどに悲惨な光景だった。
辺り一面に広がる血の海。
だが、大きな肉塊は一つも落ちていない。
あるのは、赤く染まったハンターの武器や書士隊の荷物を乗せた竜車。
そして───食べ残し。人の物と思われる足。
竜車を引くアプトノスは逃げたのか? 喰われたのか?
「奴ね……」
小さく呟くアキラさんの声は重かった。
当たり前か、この惨状を目の当たりにすれば嫌でも思い出す。
俺だって、そうだ。
「血の匂い……そこまで古いって訳じゃないニャ。とは言っても二、三日の話だけどニャ」
「生存者は絶望的か。というかムツキ、この有様を見ても平気なのか?」
結構臆病な所があるムツキだから、そこは意外に思う。
「このくらいならあの時より幾分かマシニャ……。身体が残ってなきゃ死体を見る事もニャいし」
ムツキ……?
「あ、いや、何でもないニャ。ボク、周りを探して見ようかニャ? その間ミズキを頼むニャ」
「わ、私は大丈夫だよ。……気を付けてねムツキ」
全然大丈夫そうじゃ無い声でそう言うミズキ。一旦落ち着かせる為に戻った方が良いのかもしれない。
それに何故だろうか。嫌な気配がする。背中に走るこの悪寒はなんだ? この光景のせいか? それとも違う何かか?
「ミズキ、本当に大丈夫か?」
「う、うん……私は平───ぁ、あれ!」
等々にミズキは声をあげ、俺を振り払って走り出す。
その先にあるのは書士隊の竜車だった。何かあるのか?
「人が倒れてる! 今少し動いた気がしたの! 大丈夫ですか?!」
走りながらそう言うミズキ。確かに良く見れば、竜車の傍に人影が見えた。
いや、さっき見た時に人は倒れてなかった筈だぞ?
「あ、こら待つニャミズキ! ボクが見るニャ!」
見落としただけか?
いや、確実に居なかった。
待て───ならそれは?!
「待ちなさい小娘!!」
俺が言葉を発する前にアキラさんが声を上げる。
「そいつ離れろミズキ!!」
「ぇ───」
そうして、俺が言うが早いか───竜車が空高く吹き飛んだ。
それと同時に、地面に隠れていた一匹の竜が姿を表す。
半分になっていた人間の死体を丸呑みにする、大きな顎。
暗緑色の禍々しい体格は、これまで出会ったどんなモンスターよりも威圧感を放つ巨体を誇り。
その身体の右半身からは赤黒い光が漏れ、右眼だけが赤黒く不気味な光を浴びていた。
光っていない左眼が何かを睨み付ける。
それは今から餌にしようというミズキか。走って救援に向かうアキラさんか。
動けなくなってしまった……俺か。
同種と比べると太い足で大地を抉って、ソイツは潜っていた地面から完全に姿を現した。
吹き飛ばされた竜車が地面に叩き付けられて、ソイツの背後でバラバラに砕ける。
間違いなかった。
間違える訳がなかった。
半身の悪魔。俺の故郷も育った村も。大切な仲間も大切な人も奪い去った竜を見間違える訳がない。
「怒隻慧……っ!!」
「グルォォァァァアアアアアアアッ!!!」
名前だけは何度も登場していたこの作品のメインモンスター怒隻慧がやっとこさ登場です。やっとですね。もう三十話ですよ。
またジョーかよって言われないように結構派手な登場を心掛けたつもりです。どうだったかなぁ(´・ω・`)
というか、三十話ですね。なんだか長かったような、短かったような……。
ミズキ達とゴア・マガラを巻き込んだお話はクライマックスです。結末を楽しみにして下さると幸いです。
次回もお会い出来ると嬉しいです。
感想評価は励みになりますので、お待ちしておりますよl壁lω・)