モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
大きな光が空で弾ける。
暗闇を照らすその光は、まるで花の様に広がりながら一瞬でその輝きを失った。
でもその一瞬がとても綺麗で、素敵で、切なくて。
「綺麗……」
「ま、まぁ? ボクに掛かれば? こんなもんニャ? うん」
夜も賑やかなバルバレの街の端っこで、打ち上げられた花火を見ながら私はムツキの手を握った。
この花火は、ムツキが大切にしていたあの大タルに色んな物を調合して作った物らしい。私の誕生日に打ち上げるために、秘密で作っていたんだって。
良くムツキがクエスト中採取していたのはそのためで、このためにあの大タルだって大切にしていたのに……。
私はそんなムツキに嫌な事を言ってしまった。
ごめんなさいって謝ったら、また怒られちゃうから。私は精一杯の気持ちを込めて、こう言います。
「ありがとう、ムツキ」
「誕生日おめでとうニャ、ミズキ」
またムツキと話せる事が嬉しくて、私はお祝いをしてくれたムツキをギュッと抱き締めた。
柔らかい毛並みが気持ち良くて、暖かくて。その胸に顔を埋める。
「に゛ゃ?! は、放すニャミズキ! 人前で! ニャー!」
「えっへへー、離さないー。ギュー」
「に゛ゃぁぁあああ!!!」
私、十六歳になりました。
◇ ◇ ◇
「ど、どう……かな?」
私の誕生日をムツキが花火で祝ってくれた次の日。
頼んでいた防具が完成したという事を聞き。私はムツキとアランの三人で、バルバレに店を構えるとある加工屋さんへと足を運んだ。
持ち込んだ素材は、私が未知の樹海で出会ったあのケチャワチャさんの物。
あの時ケチャワチャさんが、何を思ってセルレギオスと戦ったのかは分からない。何故私を庇って大怪我を負ったのかも、分からない。
本当は分かる気がするの。でもそれは、分かった気になっているだけなのかもしれないし傲慢な考えな気がする。
だから私は、ケチャワチャさんの力を借りる事にしました。せめて、あなたの気持ちを無駄にしない為に。
何も出来なかった私に、力を貸して下さい。
……何かを守れる力を。
「ちょっとアレニャ。露出多過ぎ。バツ」
「似合わないかな……」
「そ、そういう訳じゃないニャ! 可愛いニャ! あや、だから、その、ニャ?!」
「ムツキ……?」
所で出来上がったケチャワチャさん防具。ケチャシリーズは結構軽装な防具でした。
お腹出てるし、所々薄くて軽い。動き易さが重視されているのは、体力のない私には嬉しいしちょっと見た目も大人な気がします!
「ニャぅぅぅ……じゅ、十年早いニャ!」
ただ、その……大人な露出はムツキからすると私には向いてないらしい……。酷い。
「動き易そうで良いんじゃないか?」
そう言ってくれるのはアラン。うん、私もそう思う。
「ニャぐぅぅ……アラン、イヤらしい眼で見てるんじゃニャい!」
「……見てない」
「見てるニャ!」
「……誰がだ」
どうしたのムツキ……。
「気に入って貰えましたかね? 製作には苦労したんですよ。何せ皮の一部が硬化していて刃が通らなかったんです。きっと君の身体を守ってくれますよ、その素材は」
「硬化してる……?」
不思議そうにアランが首を傾げるのを見て、私はあの時の事を思い出す。
セルレギオスという飛竜と戦っていたケチャワチャさん。あの鋭い鱗を飛ばす攻撃を弾き返していた。
あの時ケチャワチャさんに何が起きていたんだろう……。それも、狂竜化の影響なのかな?
「まぁ、硬いならそれはそれで良い事ニャ。でも、うニャぅ、もう少し露出をだニャ……」
「もぅ……そればっかり。似合わない? 私は好きだけどなぁ……」
「だからそういう意味じゃないニャ! 似合ってるニャ! 超絶可愛───って何言わせるニャぁぁ!!」
ムツキどうしたの……。
「ハッハッハッ! 気に入って貰ったなら満足です。お代はこのくらいで良いですかね?」
「はい、大丈夫です」
提示された額を加工屋さんに払うアラン。お金の事はアランに任せてあるんだけど、何だか後ろめたい気がします。
私、いつも何も出来てないし。ただの荷物になっているかもしれない。
でも、変わるんだ。
鏡に映る自分の姿を見ながら私はお守りを握る。
もう、道に迷わない。
進みたい道を、ちゃんと真っ直ぐ進む。
力を貸して下さい……ケチャワチャさん。
◇ ◇ ◇
「ゴア・マガラに狂竜化……か。これで無事討伐されれば後は怒隻慧だけだが……」
装備を受け取ったその日のお昼。
私は装いも新たに集会所にやって来ました。
アレから三日経っているから、なんだが久し振り。
あの日ここに運ばれて来た重症のヤヨイは、なんとか一命を取りとめたらしいです。
でも、私は挨拶も出来ずに彼女は療養の為に故郷の村に飛行船で送られてしまった。
ちゃんと謝る事……出来なかったな。
手紙は書いたけど、いつかヤヨイに会いに行って直接謝らなきゃね……。喧嘩別れみたいになっちゃったのは、辛い。
……生きてて良かった。
ヤヨイには会いたいけど、今私達はバルバレを出る為のお金も無いし。
何もしてなくて身体も鈍ってるだろうから、そんな身体を動かす為にも集会所にやって来たのです。
「ゴア・マガラは今……筆頭ハンターさん達が退治に向かってるんだよね?」
クエストボートを二人で確認してる最中アランが落とした言葉に、私はそうやって確認の質問をした。
あの時私の前に現れた黒い龍、ゴア・マガラ。
うろ覚えなんだけど、リーゲルさんの船を襲ったあのモンスターもゴア・マガラだったんだと思う。
そのゴア・マガラが狂竜化という現象の原因だと言われていて、居場所を突き止めた筆頭ハンターさん達が昨日討伐に出発したんだとムツキに聞いた。
「ん? あぁ……そうだな。彼等なら大丈夫だろう」
「そっか……」
「……ミズキ? どうかしたのか?」
俯いて返事をした私に、アランは視線を合わせてそう言ってくれる。
なんだろう。最近アランが優しい気がする。
「……私ね、ゴア・マガラと戦いたかったなーって」
「……戦いたかった?」
私が返事をすると、アランは訝しげな表情で私を見た。
やっぱりそういう反応になるよね。いや、ちゃんと理由はあるんです。
「私、ゴア・マガラさんの事も分かってあげたい……」
「ゴア・マガラの事を……だと?」
「うん」
不思議そうな表情のまま固まったアランに、私は確りと返事をする。
それが私の進みたい道だから。迷わずに、真っ直ぐアランを見た。
「倒さなきゃいけないモンスターは……やっぱり居るんだと思う。でもね、本当に倒さなきゃいけないのか……私はちゃんと確かめたい」
「それが……お前の答えか?」
真剣な表情でそう質問してくるアラン。でもなんだか、優しい表情な気もする。
「答えは……分からないかな。それが正しい事なのか分からないし……本当に倒さなきゃいけないモンスターなのか確かめるって、バカな私には難しいし」
自分で言うのもなんだけど、私はバカだ。
モンスターの事を分かってあげられない。
こんな私が、進みたい道に向かうのは難しいと思う。
「そ、そこら辺はアランに勉強させて貰おうかな……なんて? ……あはは」
だから、私はアランに我が儘を言いました。
なんて迷惑な人なんだろうね。……私は。
でも───
「……迷うなよ」
アランは、私の頭に手を置いてそう言ってくれる。
「……うん」
もう、迷わないよ。
ありがとう、アラン。
「まぁ……俺がお前に教えてやれる事がお前の進みたい道への道標になるかは分からないがな。……それに、無理な事もある」
「うん、分かってる」
それでも、アランに教えて欲しいんだ。
あの日、初めて彼に会った日に見た素敵な光景。
それがずっと、忘れられないから。
「ゴア・マガラは……今回は諦めろ」
そこで話は初めに戻って、アランは私の頭をわしゃわしゃしながらそう言った。
……そうだね。無理な事もある。
理解して、気持ちを切り替えようとしたその時。集会所の端がなんだか騒がしくなった。
なんだろう? そう思って人が集まる場所に意識を向ける。
「退いてにゃー! 退いてくれにゃー!」
人を二人乗せた荷車を押しながら、何匹かのアイルーが騒がしく集会所に入って来た。
同じような光景が脳裏に浮かび上がる。無意識に手を強く握り締め、不自然に心臓が跳ねた。
「あれは……」
「そんな……」
そうしていると、運ばれて来た二人の人が視界に入る。
「ニャ、筆頭リーダーさん?! ガンナーさんもかニャ?!」
ムツキの言う通り、運ばれて来たのは筆頭ハンターの二人だった。
二人共ボロボロの状態で、気を失っているのか目をつむったまま唸り声を上げている。
「一体何が……」
ゴア・マガラさんに……やられたの?
なんでか、胸の奥が熱くなる。苦しくて、無意識にお守りを握り締めた。
「アキラさん! 何が起きたんですか?」
そんな私の隣にいたアランは、二人を運んで来たアイルーさんの後から入って来たアキラさんに詰め寄る。
「見ての通り、ゴア・マガラにしてやられたみたいね。私が知ってるのは二人が満身創痍でベースキャンプまでネコに運ばれて来た所からよ」
そんなアキラさんは、不満そうな表情でそう答えた。
あれ……待って。二人……?
「待って下さい! 他の……二人は?」
筆頭ハンターはリーダーさんとガンナーさん。そしてランサーさんとルーキーさんの四人だった筈。
運ばれて来たのが二人だけだっていうのは……どういう事なの?
「ニャ、まさか……」
そんな……。
「残りの二人は行方不明よ。未知の樹海でね」
アキラさんからの返答はそんな言葉。
最悪の事態ではないけども、それでも最悪じゃないだけ。
「……っ!」
「どこに行く気? 先日迷子になって皆に迷惑を掛けたのを忘れたのかしら」
その場から走り去ろうとした私の肩を、アキラさんが力強く掴む。
そうだ……。私、また同じ事を…………でも───
「───私まだ、お礼を言えてないんです!」
私の勝手な行動で、アランやムツキだけじゃなくて筆頭ハンターさん四人にまで迷惑を掛けた。
ティガレックスと戦ってくれたアキラさんや二人のハンターさんにだって、私はまだお礼も言えていない。
「弱い女が狩り場に出ても、死ぬだけよ」
真っ直ぐアキラさんの眼を見て話すと、アキラさんも真っ直ぐ私を見ながらそう返してくる。
「……っ。……そ、そう……ですよね」
「ボク、お前嫌いだニャ」
「ムツキ!」
ダメだよ、そんな事言ったら。
「なんとでも言いなさい。……でもね、これは事実なのよ。モンスターには頭が良くてしっかり弱いハンターから殺していく奴だって居るの。アンタみたいな甘い小娘は直ぐに狙われるわ」
アキラさんが言っているのは、正論だった。
私みたいな弱い奴が、狩り場に出てアランや皆の足を引っ張る。
そんな事……分かってるよ。分かってるけど……。
「私はもう……迷いません!」
アキラさんの目を真っ直ぐ見ながら、私は声を上げる。
筆頭ハンターさん達を助けたい。それに、ゴア・マガラさんの事を……確かめたい。
「…………」
「アキラさん、俺からもお願いします。……ミズキの事は俺が必ず守りますから」
黙り込んでしまうアキラさんに、アランがそう声を掛けてくれる。
ありがとう、アラン。でも私、迷惑は掛けたくない。掛けちゃうかもしれないけど……。
「……その言葉を、ヨゾラの時に聞きたかったわ」
「…………すまない」
アキラさんの言葉に、アランは一瞬目を丸くしてから俯いてしまう。
偶に聴くヨゾラさんという名前。一体、誰なんだろう……?
ただ、アランの反応を見てからアキラさんは溜息をついてから腕を組む。
そして、こう口を開いた。
「既に瀕死のリーダーの手紙を読んで我らの団って所のハンターがこっちに向かってるわ。直ぐに来て、救出に向かってくれる筈よ」
「……あのハンターさんが?」
私達を助けてくれた団長さんのキャラバン隊のハンターさん。あの人が、戻って来るんだ……。
あの人なら……ゴア・マガラだって倒してしまうかも。
「ただ、一人のハンターの捜査だけで二人が助けられるとは限らないわ。私も二人の捜索の為に未知の樹海に行く」
そう言ってから、アキラさんは私とアランを交互に見比べた。
その表情はなんだか遠くにある物を見ているような、優しい表情。
「あなた達二人も捜索に協力しなさい」
「アキラさん……」
許してくれた……のかな?
「……勘違いしない事よ。今はゴア・マガラと戦闘経験のあるハンターが少なくて他のハンターじゃ犠牲が出るかもしれないだけ。あなた達は、ゴア・マガラを見付けても戦うのだけは辞めなさい」
そう言うとアキラさんは私達に背中を向けて、集会所の出口に向かって歩く。
着いて行って良いのかな……?
「あのオネェ何なんだニャ」
「聞こえてるわよネコ」
「地獄耳ニャ!」
ダメだよムツキ……。
「アラン……どうしよぅ……」
「……お前の進みたい道を進め。俺は、お前が指差した方向で前を歩いてやる」
私が悩んでいると、アランはポーチのアイテムを確認しながらそう返事をしてくれた。
私の進みたい道。それなら、私の答えは一つ。
「私、行きたい。皆の力になりたい!」
「……そうか」
「ニャ……またこの展開かニャ。はぁ……しょうがない妹ニャ」
そう言ってもいつも着いて来てくれるよね、ムツキは。ふふ、ありがとう。
「何してるのよ、置いてくわよノロマ」
「あ、ごめんなさい!」
私の進みたい道。あの時の光景を、また見る為の道。
間違ってるのかもしれない。
また、誰かを傷付けるかもしれない。
そうならない為に、私は強くなりたい。
だから、これが私の戦いなんだ。
「ゴア・マガラ……」
あなたの事を、私は知りたい。
◇ ◇ ◇
鬱蒼と生い茂る木々。日の光を遮ってしまうような場所もあれば、大きく開けた空間もある。
永遠に続いていそうな光景。ただ、自然だけが視界に入って来た。
ここは未知の樹海。私がティガレックスに襲われて迷い込んだ場所で、ケチャワチャさんと出会った場所でもある。
「ミズキ、警戒は怠るなよ。この樹海に居るのはゴア・マガラだけじゃないからな」
アキラさんと別れて、アランとムツキと私の三人はそんな樹海で筆頭ハンター二人の捜索を始めていた。
道に迷わないように木に目印を付けながら、私達は道無き道を歩き進める。
「……大丈夫かな」
「信じるしかない」
筆頭ハンターさん達は、ゴア・マガラとの戦闘中これ以上の戦いは不可能だと判断されて撤退を指示されたんだけど。
ギルドが安全を確保出来たのは二人だけで、残りの二人はこの樹海に置いてくるしかない状態だったらしい。
その後どうなったかは、分からない。
だから一刻でも早く二人を見つけないといけないんだけど……。
でも、もう樹海に着いてから結構な時間が経ってしまった。
今頃は我らの団のハンターさんも樹海で二人を探しているハズ……。
「一体どこに……」
焦る気持ちだけが積もってしまう。
そんな事じゃダメだと分かっているのに、どうしても不安な気持ちが拭えない。
どうしたら……どうしたら良いの……。
「……そうだ! ムツキ、匂いは?」
バカな私が今更思い付いたのは、そんな初歩的な事。
ただ、そんな誰でもすぐ考え付く事の答えは決まっていた。
「ダメニャ……色んな匂いが混ざってて……。それに、筆頭ハンター達の匂いまでは流石にちゃんと覚えてないのニャ。勿論、ゴア・マガラの匂いも」
「だ、だよね……」
うぅ……私、何も出来ない。
「ムツキ、これに似た匂いを探せないか?」
そう言いながらアランが取り出したのは、なんだか黒い物が入ったビンだった。
何処かで見覚えのある黒い靄が、そのビンの中には式詰まっている。
「何ニャ、これ」
「狂竜ウイルスだな」
「なんて物持ってるニャ!」
狂竜ウイルスって、狂竜化の原因って言われていてゴア・マガラが出してる物なんだっけ?
そんな物をなんでアランが持ってるんだろう。
「あの時、何かに使えるかもしれないと一応靄をビンに入れて見たんだ。蓋をしてこの通り保存出来るらしいな」
そんな物持ってたら危ないよ……。
でも、今はそれが大切な手掛かりになる。
「これはゴア・マガラが出してる物だ。これに似た匂いがあればそこにゴア・マガラが居るかもしれない。……少量なら俺達人間やアイルーは大した害はない」
「……その言葉ボクに信じろと、ニャ?」
う、うん……。確かに普通に考えてそんな物の匂い嗅ぐのは嫌だよね。
「まぁ、ボクにしか出来ないんだし。やってやるニャ。ここまで来たら、もうどうにでもなれニャ」
「ムツキ……」
なんだかんだ、ムツキは優しいんです。
「フタを開けるぞ。直ぐに散ってしまうかも知れないから集中してくれ」
「ガッテンニャ」
ムツキの返事を聞いてから、アランはビンのフタを開ける。
次の瞬間詰まっていた黒い靄は空気に溶けて、目に見えなくなってしまった。
「……どうだ?」
「ニャ、近くに二匹いるニャ。もしかしてゴア・マガラって二匹居るニャ?」
え、そうなの?!
「その可能性は捨てきれないが……狂竜化したモンスターという可能性もある」
そうだね。狂竜化したモンスターも、身体からあの黒い靄を出していたし。
「ど、どっちに行けば良いニャ……」
「そこはお前の勘に頼るしかないな」
「無茶苦茶ニャぁ……」
私達にはその匂いを感じられないしね……。
「んぬぬ……こ、こっちニャ!」
そうしてムツキが指差した方角は、太陽がある方角。
こっちに居るのはゴア・マガラ? それとも───
「ニャ……? あれ? ニャニャニャ?! 近付いて来るニャ?!」
進む道が決まった次の瞬間、ムツキは嗅いだ匂いが近付いて来ると感じて尻尾を逆立てた。
「……ハズレだな」
そんなアランの言葉の次の瞬間、遠くにある木が何本か薙ぎ倒される。
私はビックリして尻餅を着いて、ムツキはそんな私にしがみついて来た。
……ハズレ?
「ピギェェェェエエエエエッ!!」
次の瞬間轟く、聞き覚えのある鳴き声。
あの時、私とケチャワチャさんを襲ったあの飛竜の鳴き声。
聞き間違える事はない。この鳴き声は───
「ピギェェェェッ!!」
「───セルレギオス?!」
「伏せろ!!」
アランが私達の身体を地面に押し付ける。次の瞬間空気を切る音がしたかと思えば、背後にあった木に鋭い鱗が何個も突き刺さっていた。
「ニャ?!」
「あのセルレギオスは……」
視界に映る飛竜は見間違えもしない、セルレギオス。
逆立って生えた金色の鱗。ティガレックスと同じ前傾姿勢の飛竜。
その身体中から漏れる黒い靄は、セルレギオスが狂竜化しているという事を物語っている。
私達の眼の前の木々をなぎ倒しながら、セルレギオスは真っ直ぐに私達を睨み付けていた。
何かを怖がっているように、何かから逃げるように。
「ニャニャニャ?! で、出たニャぁ?!」
「ここじゃマズいな……。広い場所まで走るぞ!」
「う、うん!」
そう言うアランに着いて、私達は木々の間を走り抜ける。
お世辞でも道と言えるような場所じゃないからか、セルレギオスも直接木々を薙ぎ倒して追いかけて来る事はなかった。
けれど、セルレギオスが私達を諦めていない事が何故か分かる。戦意……いや、殺意をずっと感じるから。
「……逃げ切れないだろうな。ミズキ、俺の後ろに居ろ」
目の前に広い空間が見えて、アランはその場所に着くや自分の獲物を構えて立ち止まる。
私もクラブホーンを構えるけど、正直戦える気はしなかった。
「グルルェェ……ピギェェェェッ!」
開いた空間に、翼を羽ばたかせながら降り立つセルレギオス。
全身から黒い靄を吹き出すセルレギオスの瞳は赤黒く光り、焦点が合わずに左右にズレる。
狂竜化……。
モンスターを狂わせ、最終的には殺してしまう現象。
このセルレギオスだって例外じゃなくて。私達は助ける事が出来ない。
殺さなきゃいけないモンスターは、居るんだと思う。
「ピギェェェェッ!!」
あなたが悪いんじゃないって事は分かってる。
本当に倒さなきゃいけないモンスターが何かだって、分かってる。
でも今は───
「戦おう、アラン」
「ミズキ……?」
───今は、あなたを放っておけない。
「ニャ、来るニャ!」
ムツキのその言葉の次の瞬間、セルレギオスは翼を大きく広げて姿勢を上げる。
あれは何度か見た、鱗を飛ばしてくる時の姿勢。
「伏せて!」
私が言うと同時にアランもムツキも姿勢を下げた。
次の瞬間私の頭上を通り過ぎた鋭い鱗は、地面や木に突き刺さって弾ける。
「お前はあのセルレギオスをどうしたい……」
「……分からない。けど、逃げちゃダメなんだって思う」
分からないから、戦うんだ。
あのセルレギオスを知りたいから、戦うんだ。
最終的に殺してしまう事になったとしても。
「私は……あのセルレギオスさんの事が知りたい!」
「……無理はするなよ。俺が引きつける。お前は隙がある時だけ戦え」
アランはそう言うと、またあらぬ方向に攻撃をしているセルレギオスに向かって走って行く。
やっぱり私はわがままで、無茶を言っているよね。
でもアランはそんな私の前を歩いてくれる。
……甘えちゃうな。ダメだなぁ。
でも、嬉しい。
「何処を見てる、俺はここだぞ!」
セルレギオスの真横から肉薄して、後ろ足に剣を叩き付けるアラン。
それに反応してタックルを仕掛けてくるセルレギオスの腹を蹴って、アランはボウガンの反動も利用して距離を取った。
「グォォォアアア!!」
仕留め損なった事に苛立ちを覚えたのか、赤黒い眼がアランを睨み付ける。
完全にアランにしか気が向いていないセルレギオスに、私は後ろから近づいて尻尾を少し切り付けた。
……苦しい。
「ピギェェェェッ!」
「その攻撃は近くの敵には向いてないな……っ!」
姿勢を上げて鱗を飛ばすセルレギオスだけど、アランはその足元まで肉薄して攻撃は射程外。
その場で弾のリロードをするアランを横目に、私はセルレギオスの後ろ足にクラブホーンを叩き付ける。
……怖い。
「ピギェェェェ……ッ」
それで今度は私に視線が向いて、全身の鱗を逆立てた。
怒っているのか、私の目の前に突き出された大きな頭から荒い息が吹き掛けられる。
「……っ」
「余所見はさせない!」
だけど、次の瞬間セルレギオスの足元で複数回の爆発が起きた。
それでバランスを崩したセルレギオスは大きくその身体を横に倒す。
そんなセルレギオスに、拡散弾を射ったアランはその足を何度も切り付けた。
———助けて。
「ピギェェェェ……ッ」
声が、聞こえる気がするの。
苦しい。怖い。助けて。
蝕まれる感覚。苦しくて、怖くて、辛い感覚。
横倒しになったセルレギオスの正面で、私は一度武器を背負ってお守りを握る。
確りと握ったお守りは、気のせいか光っている気がした。
「……ごめんね」
「グォォォ……ッグォォォ……ッ」
あなたの気持ち、感じるのに。
あなたの心までは……分からない。
私がもう少し成長したら、分かるのかな。
どうしたら、あなた達と心を通わせる事が出来るのかな。
今の私には、出来ないんです。
でも、いつかきっと……私は前に進むから。
……あなたを倒す事を、許して下さい。
「……やぁぁぁっ!」
セルレギオスの喉元を、双剣で突いて切り開く。
吹き出る鮮血は赤黒く、傷口からは黒い靄が漏れた。
「グォォ───ァ……ギィ…………ィ、ィィ……」
アランが弱らせてくれた事もあって、セルレギオスはその攻撃で地面に全身を叩き付けた。
生気が失われて行くと同時に、赤黒かった瞳から光が失われて行って───
「……泣いてたんだね」
───その瞳は、濡れていた。
完全に動かなくなったセルレギオスは、最後にゆっくりと瞳を閉じる。
最期の最期まで、私はその瞳を真っ直ぐに見続けた。
その、本当の最期で……視線があった気がする。
「……セルレギオスさん」
セルレギオスさんだって、被害者なんだよね。
助けられなくて、ごめんなさい。
私、もっと強くならないとね……。
「ミズキ、怪我はないかニャ?」
セルレギオスが倒れて、恐る恐る木陰からムツキが出て来る。
とても心配そうな表情をしてくれるのは、申し訳ないけど少し嬉しいです。
「うん、大丈夫だよ!」
「……よし、セルレギオスはなんとかなったな。ムツキ、他に匂いは?」
確りとセルレギオスが動かない事を確認してから、アランはムツキにそうやって質問をする。
そうだ……私達の目的は二人を探す事でセルレギオスを倒す事じゃない。
「ニャ、それが……セルレギオスが追ってきた辺りから火薬の匂いが段々強くなってニャ。多分何処かで誰かが爆弾使ってるニャ」
この未知の樹海で……爆弾?
「筆頭ハンター達かもしれない。ムツキ、その場所に案内してくれ!」
「……ところがぎっちょんニャ」
ぎっちょん?
「……もう一つの匂いも来てるニャ。……こっちに」
「え?」
なんで?!
また狂竜化したモンスターって事……?
それとも……ゴア・マガラ?
「……来るか」
アランがそう言った瞬間、辺りの空気が重くなった気がした。
まるで日が沈んだかのように辺りが暗くなる。これは……狂竜ウイルス?
そして次の瞬間、地面が揺れた。
「……っ」
あなたは……。
「ゴゥゥァ……ゴァァァアアアッ!!」
まるで落ちて来たかのように地面に降り立ったのは、一対の翼と四つの脚を持つ黒いモンスター。
眼球のない流線型の頭部は確りと私達へ向けられていて、相手の意識に自分達が居る事が良く分かった。
「なんで今日はこんなにモンスターが寄って来るニャぁ!」
「あなたが、狂竜化の原因」
「……これはアキラさんには悪いが逃げられないな」
アルセルタスさんやゲリョスさん。イャンクックさんにセルレギオスさん。
ケチャワチャさんや他にも色んなモンスターを苦しめる元凶。
私は……あなたの事が知りたかった。
あなたが何を考えているのか知りたかった。
あなたの心が知りたかった。
「……ゴア・マガラ」
「ゴァァァアアアッ!!」
私はあなたと、分かり合いたい。
二週間ぶりの更新でなんだか文章力が変になってる気がする作者です。
モンスターハンターXX楽しいですね(言い訳)。
さて、XXも発売されてから一週間。既にラスボス倒した人も多いのではないでしょうか。
ネタバレは避けますが、あのラスボスはなんかもう衝撃でしたね。目を疑いました。
元々不定期なんですが、これまで週一で書いてたのもあって時間を開けるとなんだか変な気分です。
まぁ、余程モチベが上がる事がない限り次からも二週間更新で行くと思います。むしろこれまで急ぎ過ぎてた気もするのです。気がするだけ?
ところで二章ももう大詰め、やっとゴア・マガラとちゃんと対決?
いや、この作品というか私の文章力でしっかりとした戦闘シーンを書けるかどうかと言われると……セルレギオス戦を参照←
それでも、確りとやっていきたいと思います。応援宜しくです(`・ω・´)
それでは、長くなりましたが今回はここで。
感想評価は励みになりますのでお待ちしておりますl壁lω・)