モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

24 / 100
伸ばせなかった手と少女の行方

「まずはゴア・マガラの事について聴こうかしら」

 二日前にウェインと来た酒屋に、俺とアキラさんそして筆頭リーダーさんと並んで座る。

 

 

 初めに口を開いたのはアキラさんで、筆頭リーダーさんに件のゴア・マガラというモンスターの事を尋ねた。

 

「先日、我々は海上でとあるキャラバン隊の船を襲ったゴア・マガラと対峙した。なんとか撃退に成功したのだが……奴には逃げられてしまってな」

 件の竜———ゴア・マガラ。

 

 

 海上をも自由に飛び回るというのは、俺がリーゲルさんの船の上で奴と出会った事が証明している。

 また、海上での出現。極めて飛行能力の高い事が伺えるな……。一体何者なんだ。

 

 

「追跡の結果、ゴア・マガラは現在未知の樹海に潜んでいる事が分かった。近日中に我々がゴア・マガラ退治に向かう予定だ」

 筆頭ハンター達の実力は高いと聞く。きっと彼等ならゴア・マガラを退治する事も可能だろう。

 

 ただ、そう簡単という訳にもいかない。

 それに今回は不確定要素が多過ぎる。

 

 

「未知の樹海で、狂竜化モンスターが続々と出現しているって情報が出てるわ。原因はやはりゴア・マガラにあると見て間違いなさそうね」

 納得したような仕草でアキラさんは頷いた。

 バルバレや遺跡平原にも近い未知の樹海。早々にゴア・マガラの退治をしなければ事態は広がるばかりか……。

 

 筆頭ハンター達に任せるしかない。

 

 

「件の、怒隻慧なるイビルジョーの調査はどうなっているのだろうか?」

 そして次は、筆頭リーダーさんがアキラさんに質問をする。

 

 この付近に現れ、小さな村を一つ消してハンター三人を殺し一人を再起不能にした怒隻慧。

 アキラさんは狂竜化モンスターの始末をしながら怒隻慧の情報も集めていたようだが、成果はあるのだろうか?

 

 

「調査結果は皆無よ……。あいつ、また雲隠れしてるわね」

 しかし、アキラさんの口から落ちた言葉はそんな言葉だった。

 

 見付からない……?

 ここに来て情報が無いだと……?

 

 

「大柄で大食いなイビルジョーが見付からない。……おかしな話だな」

「まるで高い知性があって隠れているかのよう。本当におかしな話よ」

 どういう事だ……?

 

 

 四年前、俺の前に現れてから姿を消し……全く違う地方に現れたかと思えばまた消えた。

 あのイビルジョーは、一体何なんだ。

 

 

 

「また大きく移動したのかもしれない。私はバルバレを少し離れてこの地方を大きく探す事にするわ」

 そう言うと、アキラさんは頼んだ酒を一口で豪快に飲みきった。

 

 女装をしているが、豪快な飲みっぷりである。

 

 

「む、中々豪酒だな。気を張り過ぎるのも良くないが、ハメを外し過ぎて我を失うなよ?」

「こんなの飲んでないとやってられねーよ……」

「は、話し方が変だぞアキラ君」

 元の性別的に考えるとこれが普通なんだがな。

 

 

「やっと見付けた……やっと奴を見付けたんだ…………それなのに、目の前にある雲が掴めない」

 飲み干したグラスごと手を机に叩き付け、苛立ちを露わにするアキラさん。

 

 その気持ちまでもを分かるとは言わない。

 

 

 ただ、四年間。奴を探していたのは俺も同じだ。

 

 あの日から……俺は———

 

 

「アラン! アラン! 助けてニャぁっ!!」

 突然店に駆け込んで来た一匹のメラルーが、俺の名前を叫んだ。

 なんだ? と思って振り向けば、身体中泥塗れのムツキの姿が視界に映る。

 

 どうしたんだ……? 集会所で飯を食い終わってそのまま帰ってる筈だが。

 

 

「……ニャ、ひっ…………ニャぁ……ひっ……ニャ、あ、アラン……助けてニャ……助けてニャぁ」

 俺の足にしがみついて、大粒の涙を流しながら助けを乞うムツキ。

 

「何があった? とりあえず落ち着けムツキ」

 余程の事があったのか落ち着く余裕もない様子のムツキの肩を揺すって、俺はとにかくムツキを宥めた。

 

 

 ミズキに何かあったのか……?

 ハンターばかりの集会所にまだ幼いミズキと、メラルーのムツキだけを置いて来るのは失敗だったか。

 ミズキも疲れてるだろうし……抵抗も出来ないかもしれない。

 

 クソ……ふざけた事をする奴が同業者に居るなんて考えても見なかった。

 

 得体のしれない相手に殺意が湧く。

 もし万が一ミズキに何かしていよう物ならここにいるアキラさんの特権でソイツを殺す。

 

 

「ニャ、ニャぁ、ティガレックスが! ティガレックスが出てニャ!」

「ティガレックス装備の奴か?!」

 そんな装備の奴を確か集会所で何度か見た事がある。

 妙に顔の整った好青年だった気がしたが。

 

 くそ、その顔で他にも女を誑かしてるのか?

 ミズキに手を出した事を後悔させてやる……。

 

 

「いやティガレックスニャ!」

「分かってるティガレックス装備だな?」

 とりあえず落ち着かないムツキの肩を叩いて宥める。

 

 とにかく早くムツキに案内させなければ。

 もし手遅れだった場合はソイツは俺が殺す。その装備に重りを付けてモンスターの巣に放り込んで殺す。

 

 

「マスター、席二人分空いてるかい?」

 そんな事を思っていた矢先。集会所で見た事のあるティガレックス装備の男が性懲りもなく酒屋に入って来た。

 隣にはナルガ装備の女性を連れ、爽やかな表情で席の有無を店主に聞く。

 

 

「おいお前……ミズキに何をした」

 俺は直ぐに立ち上がって、振りかぶりそうになる手を押さえながらティガレックス装備の好青年に詰め寄る。

 まさかミズキを誑かしておいて次の女だと……?

 

 もう良いか。ミズキの居場所だけ聞いて殺すか。

 モンスターより殺すのは楽だぞ。

 

 

「え、ミズキ?! だ、誰の事?!」

「惚けるな……。返答次第ではその防具も武器も捨てて足の骨を折ってから狩場にお前を捨てる」

「ひぃぃ?! ぎ、ギルドナイトさん助けてくれ! なんかよく分からない理由で殺される!!」

「あぁ?! 俺は勤務外だボケ」

「なんだこのギルドナイト?! よく見たら姿がオネェだし、なのに話し方オッサン?!」

「誰がオッサンだ、ぁあ?!」

「ひぃぃ?!」

「良いからミズキの居場所を吐け。顔の前で閃光玉と音爆弾を使われたいのか?」

「ひぃぃ?!」

 

「お、落ち着きたまえ全員。まずはゆっくりと話をしよう? な?!」

 悶着を宥めたのは、筆頭リーダーのそんな声だった。

 

 

 そうだな、落ち着こう。

 別に自分の女という訳でもないミズキの事でこんな……いや、だがミズキは俺が責任を持って守る必要がある。

 だがここまで取り乱す必要があっただろうか? いや、無い訳がないんだが? ん? ん?

 

 

「大丈夫?」

「あ、ぇ、ぁ、うん。……多分」

 ナルガ装備の女性が男を心配していた。

 それを見てみるとなぜか殺意が湧いてくる。

 

 

「ムツキ君。ゆっくりと深呼吸して、初めから説明してくれないか?」

 慌てふためくムツキに目線を合わせて、筆頭リーダーはそう言葉を落とした。

 

 そうだな、この野郎がミズキに何をしたのかハッキリと説明して貰おう。……事によっては殺す。

 

 

「あ、ニャ、ぇ、と、集会所に、ミズキの友達のヤヨイって子が大怪我してクエスト失敗で運ばれて来たんだニャ」

「は?」

 そして、ムツキが口にしたのはそんな言葉だった。

 

 ヤヨイって、隣の部屋の女の子だったか?

 良く二人で話していたのを、俺も目にしている。

 

 同世代の同性の友人はミズキには嬉しかったのだろう。それも、同じハンター。

 そんな彼女が、クエストを失敗して大怪我で帰って来た。

 

 それを見たミズキがどう行動するか、何故か手に取るように分かった。

 

 

「一人で遺跡平原に行ったのか? お前は?」

 ティガレックス装備の男から離れ、ムツキに詰め寄る。

 そんなムツキの表情はとても不安げな表情で、瞳は枯れかけた涙で濡れていた。

 

 

「勿論付いて行ったニャ! でも、ヤヨイが失敗した筈のアルセルタスのクエスト、本当は成功してたニャ。アルセルタスはちゃんと死んでたニャ…………だけど、だけど、そこにティガレックスが現れて……ボク…………何も出来なくて……ミズキが……ミズキがぁ…………ニャぁぁっ」

 塞ぎ込んでしまうムツキ。その場の空気が重くなる。

 

 

 今日、遺跡平原に現れていたのは俺達が倒したイャンクックとそのアルセルタスだけだった筈だ。

 狂竜化したイャンクックはギルドで秘密裏に討伐して、実質アルセルタスのクエストは環境安定———他のモンスターの乱入は考えられない。

 

 ギルドの調査ミスか……?

 

 狂竜化モンスターによる生態系の不安定さを考慮仕切る事は難しい。そもそもティガレックス自体神出鬼没で予測も難しいが。

 そのティガレックスが狂竜化、または狂竜化モンスターに襲われて遺跡平原に逃げて来た、なんて可能性もある。

 

 

 

 どちらにせよ、ムツキの言葉だけを聞いた現状の状態は最悪だった。

 

 

 ……もう手遅れかも知れない。

 

 

「…………ミズキは、どうなった?」

「ティガレックスに崖から落とされて……そこからボク……ずっと探したんだニャ。いっぱい探したんだニャ。でも……でも……ミズキ見付からなくて…………ボクどうしたら良いか分からなくて……っ! ニャぁぁ」

 塞ぎ込んで、涙を流すムツキ。

 

 

 状況は最悪だ。

 

 ムツキの言葉を聞く限り、ミズキは飛竜種でも強力なモンスターの部類に入るティガレックスに襲われた。

 しかも崖から落とされて、行方が分からなくなってどれだけの時間が経ったか分からない。

 

 最悪、既にティガレックスの腹の中なんて事だって———そんな事、想像してどうする。

 

 

 

「…………探すぞ」

「……ニャぁぁ」

 立ち上がって、店の出口を目指す。

 

 一刻の時間の猶予もない。

 既に日は沈んでいて、状況は考えられる中でも最悪だ。

 

 

 今すぐにでも遺跡平原に向かってミズキを見付けなければ。

 

 

「ま、待ちたまえアラン君。こんな夜遅くに遺跡平原に向かう気か?!」

 だが、歩き出す俺の肩を筆頭リーダーが止めた。

 そんな事を言っている場合じゃないだろう……っ!

 

 

「まだ十五の女の子がこんな夜遅くに狩場で一人で入るんですよ……っ?!」

「落ち着こう……落ち着くんだアラン君。気持ちは分かる。だが、焦って一人でどうする気だ? メラルーのムツキ君が見付けられなかった彼女を君一人で探せるのか?」

「それは……」

 それも、そうだ。

 

 

 そもそも鼻の効くムツキがなぜミズキを見付けられない……?

 

 それは……つまり…………もう———

 

 

「匂いはごちゃごちゃになって分からなかったニャ……。臭かったり血の匂いだったりでミズキの匂いも消えちゃってて…………どうしたら良いか分からないニャぁ……」

 ———いや、考えるな。今はミズキを信じるしかない。

 

 

 

「なら、どうしろと? 明るくなるまで待てと?」

 こうなったのは俺の責任だ。

 

 ミズキに無理をさせた……あいつの心に負担を掛けた……俺の責任だ。

 

 

「そうは言っていない。……我々も力を貸そう」

 そう言うとリーダーさんは立ち上がり、店主に会計を払う。

 

 

「人数は多い方が良いだろう? ガンナーやランサー達も呼んで、手伝わせる」

「い、良いんですか……? 筆頭ハンターさん達は忙しいのでは……」

「人命に代えられる物があるかね?」

「…………助かります」

 ……人手が増えた。まだ諦めるな。まだ、大丈夫な筈だ。

 

 

「あー、えーっと……」

 集会所に向かおうと、今度こそ店を出る為に歩く。

 だが、そんな俺の前にティガレックス装備の男が立っていた。

 

 

 邪魔だ。とは、流石に言い難い。

 勘違いでとんでもない濡れ衣を着せてしまった相手に俺はまだ謝っても居ないのだから。

 

 だが、今は時間が無いんだ……。

 

 

「……すまない。謝罪なら今度させてくれ」

「あ、いや、勘違いなんて誰にでもあるさ。人を探すんだろ? 僕達も手伝うよ」

 ……は?

 

 

「……ど、どうして?」

「同業者のピンチなんだろ? ハンターは助け合いだよ。……それに、分かるんだ。そのミズキって娘が君にとってとても大切な人だっていうのが。……僕も、大切な人が居るからね」

 そう言いながら、彼は傍らにいるナルガ装備の女性に視線を移す。

 

 良いだろう? そう眼で諭す彼に女性はただ黙って首を縦に振った。

 

 

 大切な、か。

 

 そうだな。

 

 

「……この礼は必ずする」

「気にするなって。お互いハンターだろ?」

 伸ばしてくれる手を、俺は確りと握った。

 

「……助かる」

 俺はなんて勘違いをしてたんだろうか……。

 

 

「よし、集会所に急ごう。こうしてはいられない。……アキラ君はどうする?」

「行くしかないだろ。マスター、水。タルで」

 店主に水を頼むと、アキラさんはタルで出て来たそれを一気に口に流し込んだ。

 

 

「……ふぅぅ、ゲップ。……さて、行くわよ」

 すると、酔いが覚めたのかオネェに戻るアキラさん。戻らなくて良いのに。

 

 

 だが、これだけ居れば心強い。

 

 ……待ってろ、ミズキ。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 真夜中の遺跡平原。

 

 

 日が落ちてから何時間も経った空は飲み込まれそうな暗さだ。

 気温はお世辞でも常温とは言えず肌寒い。そんな中、今あいつは一人で居るかもしれない。

 

 

 

「それじゃ、予定通り僕達も二手に別れようか。えーと、金髪で片手剣を持った女の子だよね?」

「あぁ……。頼む」

 俺とアキラさんにムツキ、それに酒場で出会った二人のハンターはそんな狩場に今しがた到着した所だった。

 

 

 俺達が狩場に向かうのを渋っていたギルドマスターを説得してくれたのは、良くミズキと話していた受付嬢。

 

 ミズキは彼女に強く言って、あの隣人が失敗したクエストを直ぐに受注したらしい。

 

 

 あの時ちゃんと調べていれば。涙を流しながら、彼女は俺達にミズキを託す為にギルドマスターを説得してくれた。

 

 

 筆頭ハンター四人も、別ルートからミズキを探してくれている。

 

 日も落ちた狩場で人を探すには、とにかく人海戦術だ。

 俺達も二手に別れて、ベースキャンプを後にした。

 

 

 

「ムツキ、とりあえずティガレックスと出会った所まで案内してくれ。まずはそこからだ」

「ティガレックスがまだ居るかも知れないわよ?」

 狩猟笛、毒奏ファンガサクスを背負ったアキラさんがそんな言葉を落とす。

 彼の出身地であるユクモの村近くで取れる上質な木を使用して作られた武器は、毒属性を有する狩猟笛だ。

 

「それはそれで、ミズキの手掛かりになる。むしろ居てもらわないと困るんですよ……」

「あら、どうして?」

 

「こっちニャぁ……っ」

 急いで走るムツキに着いて、俺達も走る。

 日は完全に沈み、曇り空のせいで星の光もなく辺り一面の視界は最悪だ。

 

 ミズキ……。

 

 

「ティガレックスは一度狙った獲物をそう容易く諦めたりしないんですよ。その過程、獲物を探している間は他のどんな生き物の縄張りだって行動する。……逆に、獲物を手に入れて腹を満たしてしまうと直ぐにその場から離れてしまう。……それが、ティガレックスというモンスターですからね」

「……なるほど、流石アランちゃんね。だからこそ、ティガレックスには居てもらわなければ困ると」

「……そういう事です」

 それ故に、ティガレックスの狩り場への乱入は想像が付きにくい。

 

 

 だからこれは、ギルドの不注意ではないんだ。

 俺が、ミズキを一人にしたのが悪い。

 

 

 

「死なせたら、許さないわよ」

「…………」

 一人の少女の顔が、脳裏に浮かんだ。

 

 

「…………分かってます」

 俺はもう誰も失いたくない。

 

「大丈夫よ。……ヨゾラが守ってくれるわ。だから絶対に助けなさい」

 ヨゾラ……。

 

「……はい!」

 それから少し距離を走り、俺達は崖が何段にも切り立つエリアに到着した。

 

 

 ただ、そこには何もない。

 

 

「……ニャ、ミズキと僕はここでアルセルタスの死体を見付けて。その時に後ろからティガレックスに襲われたニャ」

 何もないというと語弊があるだろうか。

 

 この場にあったのは、バラバラになったアルセルタスの死体だけだった。

 そもそもミズキはこの崖から突き飛ばされたんだ。この場に居る訳もないのだが……。

 

 

「……高いわね」

 崖を覗き込むようにしながら、アキラさんは言葉を落とす。

 ここから落とされて、果たして生きていられるのだろうか? そんな事を考えてしまう程に、見下ろす景色は深く感じた。

 

 

「ミズキはどうしても見付けられなかったんだな? 匂いもダメか?」

「変な匂いが混じってミズキの匂いを感じないんだニャ……。ティガレックスの匂いは、近いニャ」

「本当か?」

「ニャ……? あ、うん。本当ニャ」

 ティガレックスはまだ移動していない。

 

 それだけでも、まだ救いの余地があるかもしれない。

 

 

「……ティガレックスの匂いを辿って、そこに案内してくれないか?」

「ニャ?! ニャんで?!」

 驚愕の表情で毛を逆立てるムツキ。

 それもその筈だ。ミズキはそのティガレックスに襲われてこの崖から落とされたのだから。

 

 そこに居るのは、ミズキを喰らい終えたティガレックスかもしれないんだ。だが———

 

 

 

「ムツキ、今ミズキの手掛かりはそのティガレックスしか居ないんだ……」

 ———今は、逃げている場合じゃない。

 

「ニャ、ニャぅ……わ、分かったニャ。ガッテンニャ!」

 強く拳を握りながらムツキは頷き、崖を降りようと腰を落とした。

 俺達もそれに続き、何段かの崖を降りる。

 

 

 平地まで降りると、ムツキは意を決して走り出した。

 その先にあるのは遺跡平原に隣接する狩り場としては登録されていない樹海だ。

 

 

 

 平原と樹海を分け隔てるかのように、そこには真っ直ぐに木々が並んでいた。

 

 その一角。木々を睨み付けるように姿勢を低く戦闘態勢を取るモンスターが一匹視界に映る。

 

 

「グルルォォ……ギャィィアアアッ!!」

 砂色に青の縞模様が入った甲殻。飛竜の祖先の姿を色濃く残した前傾姿勢。

 強靭な前脚は飛ぶ事より走る事に長け、強力な咆哮から轟竜の名を持つ飛竜———ティガレックス。

 

 その後ろ姿を確認して、俺達は岩陰に隠れた。

 無闇に突っ込んで無事に済むとは限らない。

 

 

「ギャィィアアアッ!!」

 ティガレックスは何かと戦っているようだった。

 巨体に隠れて相手は見えないが、苛立ちを見せるようにティガレックスは咆哮を上げる。

 

 

 ミズキ……なのか?

 だとすれば、今すぐにでも手出しをした方が良い。

 だがもし相手もモンスターだった場合乱戦になって俺達が動けなくなる可能性があり、俺は動き出せなかった。

 

 

 何と戦っている……。

 

 

 ミズキ……。

 

 

「グルルォォ……グォァァッ!」

 距離を取るためか、ティガレックスは大きく後ろにジャンプをした。

 その移動で、巨体の陰に隠れていた場所が視界に映る。

 

 

 

「フゴァァァッ」

 桃色の毛並み。その姿には見覚えがあった。

 

 

「……ババコンガだと?」

 桃毛獣ババコンガ。ミズキとつい一週間程前に戦ったモンスターがそこには居て、ティガレックスと対峙する姿が眼に映る。

 

 

 あの時、俺とミズキはジャギィの縄張りを取り返す為にババコンガと戦って弱らせてその場から追いやった。

 それと同じ個体とは言い切れないが、なぜかあの時の事を思い出す。

 

 

 

「ウォゥッ!」「ウォゥッ!」

 それもその筈だ。そこには何故か、ジャギィの姿もあったのだから。

 ババコンガの横に並ぶ二匹のジャギィ。その片割れの一匹は左眼に傷を負っていた。

 

 

「あいつら……何をしてるんだ?」

「ババコンガとジャギィが共闘してる……ニャ?」

 そんなバカな。それよりも、ババコンガやジャギィがティガレックスから逃げない事もおかしい訳だが。

 

 

「グルルォォ……ギャィァギャィァ」

 だが、ティガレックスは三匹に一向に詰め寄ろうとはしない。

 体格も力も、圧倒的に勝っているティガレックスがなにを手間取っているのか?

 

 その答えはティガレックスの身体に刻まれていた。

 

 

「あのティガレックス、傷付いてるわね」

 冷静にティガレックスを観察したアキラさんが、そんな言葉を落とす。

 確かに良く見ればティガレックスは身体中傷だらけになっていて、こころなしか弱っているようにも見えた。

 

 何かに襲われた後なのか……?

 

 

 アルセルタス……ではないな。

 ババコンガやジャギィでもないだろう。

 

 まるで、何かに刺された後にその場所を抉られたような傷。

 ティガレックスは何と戦っていたんだ……。ミズキなのか?

 

 

「あのババコンガ達……なぜ樹海に背を向けて逃げようとしないのかしら」

 俺がティガレックスの事を考えている横で、アキラさんはそんな事を口にした。

 

 ティガレックスに勇敢にも立ち向かうババコンガとジャギィ二匹。

 そもそもババコンガとジャギィが共闘している事すらおかしい事だが。

 

 

「敵の敵は味方……か? ババコンガとジャギィにとって同じくティガレックスに触れさせたくない物が背中側にある……」

「ニャ、それって?!」

「いや……そんなバカな」

 それがミズキだっていうのか……?

 

 

 そんな事が……あるのか?

 

 

「だとしたら、あのティガレックスを引き付ける必要があるわね」

 唐突に、アキラさんは背負った毒奏ファンガサクスを構えながらそう言った。

 

 

「アキラさん?!」

「何を戸惑っているの? 行きなさい。あの娘が待っているかもしれないのよ? それとも、また手が届かなかったと嘆くつもり?!」

 脳裏に映る、少女の姿。

 

 

 届かなかった俺の手。闇に包まれる少女の姿。

 

 真っ赤になる視界。目の前に落ちる少女の左手。

 

 

「だ、だが……相手はティガレックスだけじゃない。ババコンガだって居るんですよ?!」

「ババコンガがあの娘の為に戦っているのなら、私は攻撃されないハズよ」

「そうと決まった訳では———」

「なら、今度は手も伸ばさずにただ見ているの? いや、眼すらそらすのかしら?」

 肩に狩猟笛を担いだ状態で、アキラさんはそう言った。

 

 

 あの時届かなかった手が震える。

 

 

 もう、失わない。そう決めたじゃないか。

 

 

「ニャ、アラン……ミズキを助けて欲しい……ニャ」

 必ず、そこにミズキが居るとは限らない。

 

 ババコンガやジャギィ達は全く関係なくティガレックスと戦っていて、アキラさんを危険な目に合わせるかもしれない。

 

 

 ———だが、そこに手を伸ばせば彼女の手を取れるかもしれない。

 

 

 

「アキラさん……お願いしても宜しいですか?」

「ふ、余裕よ。行ってらっしゃい」

「無理は……しないで下さいね」

「誰に物を言っているのかしらね……っ!」

 吐き捨てながら、アキラさんは岩陰からティガレックスに向かって走る。

 

 

「オォォラァァァッ!!」

 そして、雄叫びを上げながらティガレックスの後ろ足に狩猟笛を叩き付けた。

 

「ギャィァ?!」

「相手をしてくれよ、なぁ! オラァ!」

 何かと振り向いたティガレックスの頭に、狩猟笛を横から叩き付けるアキラさん。

 彼の手腕は俺も良く知っている。

 

 ギルドナイト、アキラ・ホシヅキ。又の名を渓流の獅子。

 

 

 

「今の内に行くぞ、ムツキ」

「ニャ、ニャ!」

 まずはババコンガ達を抜ける。

 

 

「ギャィィアアア!!」

「オラァァァァァァ!!」

 ティガレックスとアキラさんが戦っている横を走り抜け、俺達は未知の樹海への入り口へと走った。

 

 そこには、アキラさんの突然の乱入に戸惑っているババコンガとジャギィの姿がある。

 

 

「なぁ、ミズキはその奥に居るのか?」

「ウォゥッ!」

 前に出て来たのは、眼に傷を負っていないジャギィだった。

 

 

 威嚇……しているな。

 

 

「ウォゥッ! ウォゥッ!」

 俺の前で高く跳ねて、自分を大きく見せ威嚇するジャギィ。

 

 この先には通さない。そんな意思が伝わってくるようだった。

 

 

 俺の気持ちは伝わらない。

 人と竜は相容れない。

 

 

 なら———

 

 

「……通してくれないのか?」

 ———こいつを殺してでも。

 

 

「ウォゥッ!」

 俺が背中の武器に手を伸ばそうとした時、もう一匹の左眼に傷を負ったジャギィも前に出て来る。

 こいつも威嚇をするのだろうか? そう思った矢先、そのジャギィはもう一匹のジャギィを鼻先で小突いた。

 

 

 

「ニャ?」

「……なんだ?」

 何かを話してるのか……?

 

「ウォゥッ!」

「ウォゥッウォゥッ……クッルルルル、ウォゥッ」

 何度か無傷のジャギィを鼻先で小突き、俺達から離す隻眼のジャギィ。

 

 

「……クッルルルル……ウォゥッ」

 まるで———行け、と。そう言っているようだった。

 

「フゴァ」

 ババコンガも、なぜか樹海への道を開ける。

 背後ではアキラさんがティガレックスにスタンを取っていた。

 

 

 

「お前達は……ミズキを守ってくれていたのか?」

「クッルルルル……ウォゥッウォゥッ」

 早く行け、と?

 

 

 この三匹の目的が完全に分かった訳じゃない。

 

 ただ、何か確信めいた物が見えた気がした。

 

 

 

「……ありがとうな」

「ウォゥッ」

 ミズキは、この奥にいる筈だ。

 

 

「行くぞムツキ!」

「が、ガッテンニャ!」

 待ってろミズキ。今行く……。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「……っ。…………ん、うぅ…………あれ?」

 痛みと、不自然な感覚で閉ざしていた意識が戻って来る。

 

 

 ここは……どこ?

 視界に映るのは生い茂った木々。

 真っ暗な空に、雲の隙間から星の光が点々と光っていた。

 

 そんな場所で、私はどうやら落ち葉が溜まった場所に倒れていたらしい。

 でも、どうして?

 

 

 少しずつ記憶を探って行くと、身体が無意識に震える。

 

 

「そうだ、私ティガレックスに襲われて……それで———」

 ———食べられちゃった?

 

 ただ、慌てて身体中を触ってみても特に目立った傷はなかった。

 防具はボロボロだし、身体中痛いけど……。

 

 

 死んじゃった……訳じゃないのかな? 助かった?

 

 でも、ここは何処?

 

 

 

「……帰らなきゃ」

 ムツキ、心配してるかな……?

 

 ティガレックスは私が引きつけた筈だけど。

 大丈夫かな? ムツキ……。

 

 

「……酷い事、言っちゃってたよね」

 クエストに出る前にムツキに怒鳴ってしまった事を思い出す。

 

 ちゃんと、謝らなきゃ。

 ムツキ……。

 

 

「……帰らな———きゃぁ?!」

 立ち上がろうと、腰を上げようとしたその時だった。

 

「ウギャゥ?」

 振り向いたその先に———モンスター。

 

 

 見開いた大きな眼。顔を覆い隠せそうな、棘がついた大きな耳。特徴的な長い鼻。

 長い鉤爪を前脚に持った、橙色の体毛を持った…………牙獣種?

 

 バルバレに来てからムツキがしてくれた、この辺りに住むモンスターの勉強で見たモンスターの中に確か居た気がする。

 

 

「ウギャゥ? ウギャゥ?」

 興味があるのか、私を覗き込むモンスター。

 

 

 そうだ、確か……奇猿狐(きえんこ)———ケチャワチャ。

 

 

「……っえ?!」

 直ぐさま背中の武器を構えようとクラブホーンに手を伸ばすんだけど、伸ばした先にある筈の物が掴めなかった。

 

 

「……ひっ」

 私が気絶してる間にどこかへ落としてしまったらしい。

 もうそれで頭が真っ白になって、私は尻餅をついて倒れてしまう。

 

 

 せっかく生きてたのに……こんな———

 

 

「ウギャゥ?」

「———ひっ」

 恐怖で足が竦んで、私は眼を閉じた。

 

 

 ただ、予想していた痛覚も衝撃も全くやって来ない。

 

 ただ、暫くして恐る恐る眼を開けると同時に私の頭を鉤爪の背が突いた。

 普通に痛い。

 

 

「痛ぁっ?!」

「ウギャゥ?」

 頭を押さえて地面を転がる私を見て、首を傾げるケチャワチャが視界に映る。

 え、何? どういう事?

 

 

 敵意は……無い?

 

 

「ウギャォ、ウギャ」

「ケチャワチャ……さん?」

 痛みで出て来た涙を拭いてから、私はケチャワチャさんの姿を見詰める。

 

 

 狂竜化……は、してないよね。

 普通の状態のケチャワチャさん。でも、なんで攻撃してこないんだろう?

 

 

 そんな事を考えていると、ケチャワチャさんは一旦私に背を向ける。

 素性も知らない私に何の警戒もなく背を向けるなんて……。

 

 確か、好奇心旺盛なモンスターって聞いたけど……?

 

 

「ウギャゥ!」

「———きゃ?!」

 そんな事を考えて、私は油断していて。

 振り向いて腕を振り下ろすケチャワチャさんの行動に、反応が出来なかった。

 

 

 

 To be continued……




これ次でケリが付くのでしょうか?
あと2話くらいやらないといけない気がして話数が大丈夫なのか心配しております。


ところでまたまたファンアートを貰ってしまいました!ので、ここで紹介させて頂きたいと思います(`・ω・´)

【挿絵表示】

ジャギィ可愛い(脳死)
もはやリストの顔となってきたジャギィさん。今回もまた登場してるし()
いつかミズキがこの絵のようにジャギィと分かり合う日が来たりするのでしょうか(´,,・ω・,,`)

とっても素敵なファンアート、ありがとうございました!!

そうそう。前回の更新でお気に入りが60を超えたのです。
最初の目標だったので嬉しいですね。次は100かな!()

ではでは、また次回お会い出来ると嬉しく思います。
感想評価の程お待ちしておりますよl壁lω・`)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。