モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】 作:皇我リキ
「それで、彼女の右眼だけが赤黒く光ったと……」
「……あぁ」
アキラさんと筆頭ハンターからの依頼で、狂竜化したゲリョスを討伐した日の夜中。
倒れるように寝たミズキを家に帰してから、俺はもう一度バルバレの集会所に足を運んでいた。
「……まるで怒隻慧みたいに?」
「……そうだ。モガでも同じ様な事が起きた。アレが怒隻慧と関係があるとまでは流石に思わないが、気になるんだ」
「それを僕に調べろって事ですね。成る程、了解です。ったく、扱いが酷いんだから」
いつも悪いな。
「一応、最善を尽くしますが……そんな現象は聞いた事もないのであまり期待しないで下さい。正直、僕は信じてません。あんな華奢な少女が弱っていたとはいえゲリョスを一人で、それも一瞬で倒しただなんてね。それが、彼女の変化と関係あるのかすら分からないんですから」
そう言いつつ、ウェインは席を立ち上がって帽子を被り直した。
帽子の下に隠れた視線は、深く物を考える為に閉じられている。
「これ、ギルドがリーゲル氏から預かっていた荷物です。アランさんとミズキちゃんの防具、それとアイテムにお金ですね。……アランさん、本当にミズキちゃんとは離れないつもりですか?」
「……あいつがそれを望むなら」
「……守れるんですか?」
「……守るさ」
端的に答えながら、俺は荷物を確認する。
俺の防具もちゃんと揃ってるな。これなら、本気でも戦える。
大丈夫だ。俺はもう、失わない。
あの時失った物を。あの時失った道を。
俺はミズキと、歩きたい。
これは、俺のわがままなのかもしれない……。
もしかしたら、本当に俺は同じ過ちを繰り返すかもしれない。……それだけは、許されない。
「……怒隻慧は?」
「勿論、その時はミズキは置いて行く。あいつだって、分かってくれるハズだ」
「……なら、良いですけどね。とりあえず僕は帰ります。後の事は姉さんと筆頭リーダーさんに従って下さい。……それじゃ」
ウェインはそう言うと、背中を見せて軽く手を振りながら歩き出した。
俺は、間違えているのだろうか。
俺が捨ててしまった道を、ミズキは歩こうとしてる。
そしてそんなミズキを見ていたかったから、俺は一緒に居たんだ。
それなのに、俺はミズキにモンスターを殺させた。
なぁ、ミズキ。
お前は泣いてたよな。
本当に、それがお前の望んだ道か?
違うんじゃないのか……?
なぁ、ミズキ。
俺は……お前の邪魔をしているか?
◆ ◆ ◆
「今日も狂竜化モンスターが現れたわ。次はイャンクックよ」
「我々は原生林と未知の樹海に現れた狂竜化モンスターの退治を行う。遺跡平原の事は君達に任せるぞ」
次の日、朝一番に家を訪れたアキラさんと筆頭リーダーは開口一番に俺達へのクエストを告げた。
大怪鳥イャンクック。また、大型モンスターか。
既に起きていたミズキは、無言で狩りの支度を始める。
普段のあの元気もない彼女は、せっかく戻ってきたアシラシリーズではなくブレイブシリーズを着込んで背中にはクラブホーンを背負った。
「ニャ、ミズキ、大丈夫かニャ? 疲れてないニャ?」
「大丈夫だよ。ほら、クエストなんだから行かなくちゃ」
「ニャぅ……」
ミズキ……。
俺が、ミズキを苦しめているのだろうか。
「足手まといは要らないわよ」
「アキラさん!」
くそ、今は少し黙っててくれ……。
「ヨゾラの時の事、忘れたの? 甘い考えをしてると、そんなのは命取りなのよ」
「……っ」
言い返す事なんて、出来ない。
アキラさんの妹の命を奪ったのは……俺なのだから。
俺の、甘い考えが、ヨゾラを殺したのだから。
「だが、彼女は昨日ゲリョスを倒したのだろう? ふ……中々頼もしい新人だな。あの我らの団のハンターといい、最近の新人ハンターは骨があるヤツが多くて嬉しい。ルーキーも、張り切る訳だ」
「そうやって出だしが良かったからって調子に乗ると、痛い目を見るだけよ」
「ふふ、そうだな。だが……これはルーキーにも言うんだが。人は失敗を重ねて成長するものだ」
「それで死んだら、意味がないわ」
「それも、そうだがな」
二人が会話をしている間に、俺も防具を着込む。
久しいリオソウルシリーズは、なぜか重く感じた。
「大丈夫です、アキラさん」
重い声で、ミズキはそう言う。
「……そう。アランちゃんの邪魔はしない事ね」
「頑張ります」
「ニャ、ミズキ! ミズキ変ニャ。今日は辞めとこうニ———」
「ムツキは黙ってて!」
元気のない彼女を止めるムツキに、ミズキはそう声を張り上げた。
毛を逆立てて言葉を押し殺してしまうムツキは、その場に座り込んでしまう。
「私は大丈夫だから。そんなに嫌ならムツキは来なくて良い」
そして、そんな事を言ってミズキは部屋を出て行った。
その小さな背中には、背負いきれないような想いを彼女に背負わせているんじゃないか。
……俺は、何をしているんだろう。
◇ ◇ ◇
「グェェッ!」
ピンク色の鱗に、青い翼膜。
大きな黄色い嘴と扇状の耳が特徴的な鳥竜種が、口から炎の塊を吐き出す。
弧を描いて地面に落とされた火の塊は、大きく弾けて地面を焼いた。
「グェェッ! グェェッ! グェェッ!」
それを、三連発。
明後日の方向に向けられるブレスを気に止める事もなく、私とアランはそのブレスの主———イャンクックへと肉薄する。
「はぁぁっ!」
私は懐に飛び込みながら、イャンクックのお腹と脚を切り裂いた。
鮮血は黒く染まり、焦点の合わない瞳はその眼球に流れる赤黒い液体で光り出す。
中から食べられているような、そんな感じ。
また、この感じだ。
今すぐ、助けてあげるからね。
「ミズキ! 回転攻撃がくるぞ!」
私とは別に、イャンクックの頭の近くで攻撃していたアランが声を上がる。
彼自身は一度跳躍してからイャンクックの嘴を踏み台にして飛び上がり、剣を叩き付けるついでに放ったボウガンの反動で距離を取った。
「……っ!」
私は姿勢を低くして地面を転がって、その場から離れる。
次の瞬間頭上を通り抜けるイャンクックの尻尾が風を切った。
「グェァァッ!」
纏わりつく敵を振り払うように身体を回転させてから、イャンクックは一度距離を取る為に大きく翼を羽ばたかせる。
大きな身体が浮き上がった。
だけど、次の瞬間身体を持ち上げていた翼膜にボウガンの弾が突き刺さる。
そしてそれは、次の瞬間破裂し爆発を起こした。
徹甲榴弾。獲物に突き刺さった後爆発を起こすボウガンの弾。
それが、イャンクックの翼膜に大きな穴を開けた。
「グェェアアア?!」
身体を浮かしている状態でのその衝撃は、踏ん張りを効かせる事も出来ない。
バランスを崩したイャンクックは、浮かせた身体を地面に叩きつけられる。
その瞳には、何が映っているのか。
地面でもがくイャンクックは、地面を見失ってただ暴れた。
自らを傷付けるだけのその行動は、なんのため?
苦しいんだよね。辛いんだよね。
時間を掛けてごめんなさい。
もう、楽にしてあげるから。
「グェェェォァェオアアアアア?!?!」
まるで絶叫のような断末魔が、遺跡平原に響き渡った。
「……はぁ……はぁ」
「今回は初めからあまり弱ってなかった分、時間が掛かったな。……ミズキ、大丈夫か?」
その場に倒れてしまう私に、アランは手を伸ばしてくれる。
なんでかな。アランは、とても心配そうな表情をしていた。
「……大丈夫、だよ」
「……そうか」
その手を取って、立ち上がる。
大丈夫。
今は、するべき事が良く分かる。
これで良い。
これで、良いんだ。
◇ ◇ ◇
イャンクックを討伐し終えた後、集会所。
狂竜化モンスターとの戦いは危険だって、アキラさん達から貰う報酬は結構高額だった。
だから、私とアランは集会所でそのままご飯を頼んで食べてしまう。
ちゃんと食べないと、モンスターと戦えなくなっちゃうからね。
「二匹目、イャンクックも無事討伐か。我々も負けていられないな」
長い白髪を後ろに流した、双剣使いのハンターさんが目の前に自分の料理を持ってきながら私達に話し掛けてきた。
彼は、筆頭リーダーさん。
狂竜化モンスターと、ゴア・マガラっていうモンスターの事を調べている人らしい。
「ま、アランちゃんが着いてるんだから当然よ」
その隣にずっしりと座るのはアキラさん。ご飯は、パフェみたいです。
「小娘。お肉ばっかり食べて、女の子としてどうなのよ」
そして、私に細目を向けてはアキラさんはそんな事を言って来た。
「……今は、モンスターと戦わなきゃいけないから」
「……あら、そう」
アキラさんは私を細目で数秒見詰めてから、パフェを頬張る。……美味しそう。
「ミズキは食べないのかニャ? 美味しそうニャ。そろそろミズキも誕生日だしニャ!」
「……私は良いよ」
「……ニャぅ」
そんな気分じゃない。
今は、いっぱい食べて体力を付けなくちゃ。
ただ、食欲はなかった。
それでも必要だと思って頼んだ食べ物を、私は無理矢理喉に押し込む。
時間を掛けてでも食べて。体力を付けて。そして、今日は寝よう。
「アランちゃん、リーダーちゃん。今後についてのお話があるから、席を変えたいのだけど」
それから、私が食べている間に周りの皆は食べ終わって。
アキラさんの提案でアランと筆頭リーダーさんは場所を移す事になりました。
何か難しい話をするのかな?
私にはきっと分からない事だし、居ても邪魔なんだろう。
「ミズキはどうする?」
アランのそんな質問に私は「帰って寝るね」って答えて、まだ食べ終わらないご飯をなんとか詰め込もうと口に入れた。
「……そうか。ムツキ、ミズキの事は頼んだぞ」
「ガッテンニャ!」
心配してくれてるのかな……。
なんでだろう。
「……ミズキ、疲れてないかニャ?」
アラン達が集会所を後にしてから、ムツキは日課のタル拭きをしながら話し掛けてくる。
本当にそのタルがお気に入りなんだね……。確かに、そのタルのおかげで助かったのかもしれないけど。
「……大丈夫だって、言ったじゃん」
「ニャ、ごめんニャ……ニャぅ」
なんとか、ご飯を完食する。
ちょっと、気持ちが悪い。
でも、大丈夫。
私は大丈夫。
「……帰ろっか」
「ニャ、あの……ミズキ。たまには採取クエストも良いと思うニャ。ボク、欲しい素材があって———」
「一人で行ったら?」
今はそんな暇ないって、分かってないのかな?
最近、集めた素材をタルに入れてるのを偶に見かけるけど何がしたい訳?
タルにアイテム納品してるみたい。バカみたい。
「……ニャ。…………ボクは……ミズキの為———」
「だから私は大丈夫だって言ってるじゃん! うるさいなぁ!」
「ニャっ?!」
突然上げられる声で、集会所の人達の視線が私達に集まった。
もぅ……ほら、変な事言ってるから。
「……ごめん、ムツキ。今はそんな暇ないの。……帰ろ」
「……う、うん。…………ごめん、ニャ」
そんなムツキの返事を聞いてから、私は食器を持って立ち上がる。
今日は帰って寝よう。疲れてて、ムツキに当たっちゃう。
……私、最低だね。
そんな事を思った矢先だった。
「どいてくれにゃ!! 道を開けてくれにゃ!!」
「怪我人が通るにゃ!! 道を開けてくれにゃ!!」
「にゃぁ!」
「にゃぁ!!」
集会所の出入り口に、数匹のアイルー達の叫び声が響く。
さっきので私に向いていた視線も、そんなアイルー達の声に釘付けになった。
怪我人……。
ハンターは、モンスターと戦う。
当たり前の事だけど、モンスターと戦う以上そこでは何が起きるか分からないんだ。
油断すれば大怪我を負う事も、手足を失う事も、命を落とす事だってあり得る。
だから、クエストを失敗した人が大怪我をして集会所に帰って来る事だって少ない訳じゃなかった。
このバルバレに居る間、私だって何回かそんな光景を見て来た。
でも、やはり視線は集まる。
心配の感情もあるだろうし……興味の感情もあるんじゃないかな。
ただ、私は疲れてて……それどころじゃないから。
食器を戻すついでに後者の意味で、私は運ばれて来るハンターを横目で見た。
「———嘘」
ただ、運ばれてきたハンターである少女の顔を見て、私の身体は凍ったように止まる。
綺麗な黒い髪も、白い肌も真っ赤になって。
ハンターシリーズという防具は所々が凹み、千切れ、原型を留めていない。
「……ヤ……ヨ…………イ?」
横たわる少女の名前が、頭を過る。
彼女の名前はヤヨイ。同じ貸家の同世代の友達。
なんで、初心者ハンターの彼女が……そんな大怪我を負うようなクエストを……?
——あ、そうだ。私勇気を出して明日アルセルタスの狩猟に行こうと思うの! ぇと、良かったらミズキも一緒——
ふと、頭に過ぎったのは昨日ヤヨイが言っていたそんな言葉だった。
「こりゃ、ヒデェな」
「どうしたどうした?」
「おいおい、この嬢ちゃんなんのクエスト行ってたんだ?」
「アルセルタスじゃなかった?」
「アルセルタスでこんなんになるかぁ?」
「でも環境は安定してて乱入はない筈だぜ?」
「おいネコ、何があったか知ってるか」
「分かりませんにゃ……。現地のネコタクアイルーとは連絡が取れず、彼女は一人フィールドに倒れている所を発見されたのにゃ」
「なんだぁ? そりゃ」
ヤヨイに集まって、色んな人がそんな会話をしていた。
「ヤ……ヨイ……ヤヨイ!!」
私はそんな人集りをなんとか抜けて、ヤヨイの元へ駆け付ける。
視界に入ったのは赤。
変形した防具の隙間から映る酷い抉り傷が見えて、私は一瞬食べた物を吐き出しそうになった。
なんで……ヤヨイが?
「アレじゃねーか? ほら、昨日ギルドが勧告してた狂竜化って奴」
「何? それ」
「モンスターがなんか、こう、凶暴になるとか?」
「それじゃ分からないわよ」
ヤヨイは一人でアルセルタスを頑張って狩ろうとした。
昨日私が無視して、断ったクエストを頑張った。
その相手が、狂竜化していた……?
「おい、そこの金■の嬢ちゃ■。こ■子の知■合———」
「退いて下さい」
一度目を閉じて、開ける。
今、私のすべき事が分かったような気がした。
「———ぇ、嬢■ゃん■の眼■何■?!」
「良いから退いて」
目の前で困惑する何かを退けて、私はクエストカウンターに向かう。
「あの人が失敗したクエスト、今から受けられますか?」
そして、良く話す受付嬢さんの目の前に立って私はそう口にした。
さっきまで疲れてて、もう寝ようかと思っていたのに。不思議と疲れを感じない。
「え、ミ■キちゃ■?! 片目ど■した■? ■っ赤だ■? 休ん■ら……?」
「なんでも良いから……クエスト、受けれますか?」
狂竜化モンスター……。
「ミズ■! 急に■うした■ャ? 片目お■し■事になっ■るニャ……休■だ方が■いニャ……」
「黙ってて……」
危険なモンスター……。
「ニャ……」
殺さなきゃ。
殺さなきゃ……。
「ど■見て■クエ■トは失■……。アルセ■タスはま■早かっ■のかもしれ■せんね。……で、でも状■が状況で……こ■は慎重に動■た方が良■のかも? ほら、それに■ズキちゃんは今日も■クエストに出掛■てて夜■遅いし———」
「受けれるか受けれないか聞いてるんです」
なんでも良い。
私がするべき事は一つだ。
殺さなきゃ。モンスターを、殺さなきゃ。
それが、モンスターの為でもあるんだ。
「……ぇ、と……手続き的には……はい。大丈夫です、けど」
なら、良かった。
「じゃあ、早く手続きの紙出して下さい」
「え、えと? アランさんは? 一人で行くんですか?」
「何か問題あるの?」
アルセルタスはハンターランクが一番下の人でも受けられるクエスト。
ゲリョスやイャンクックみたいにアランに付き添って貰わなくても、受けれる筈。
「ひっ……。い、いえ……大丈夫です。え、えとぉ……ここに、サインを……」
「はい」
「ニャ、ぼ、ボクも行くニャ!」
ムツキ……。
うん、心強いよ。
「ぇ、あの……あの倒れてる娘ってミズキちゃんの友達じゃ……? ちょ、ミズキちゃん聞いて———」
「……黙って」
うるさいな。
「ぇ、ぁ、へ、あ、はい……。ミズキ……ちゃん?」
「…………ヤヨイの事、お願いします」
集会所には、既に医療に携わる人達が駆け付けてヤヨイを見てくれていた。
ごめんね……ヤヨイ。
私が無視して、一緒に行かなかったから……。
ごめんね……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「行こ、ムツキ」
「ニャ、ニャ……」
……私が、殺さなきゃ。
◇ ◇ ◇
「…………死んでる?」
少し困惑しているアイルーが運転するガーグァの竜車に乗って、私とムツキは遺跡平原に辿り着いた。
運転手のアイルーさんは、あんな事があった後だから心配してるみたいで。
ガーグァさんも、なんだか怯えていたような気がする。
「ハンマーで叩かれたみたいに甲殻が凹んでるニャ」
そうして遺跡平原を捜索して、切り立った崖の上で私とムツキが見付けたのは———背中からひっくり返ってピクリとも動かないアルセルタスの死体だった。
ヤヨイはハンマーを使うハンター。だから、このアルセルタスを狩ったのはヤヨイ……なのかな?
しっかりと剥ぎ取られた形跡もあって、ヤヨイはアルセルタスをちゃんと倒せたんだという事がここに証明されていた。
なら、なんでヤヨイはあんな大怪我をして集会所に運ばれて来たのか。
一人フィールドで倒れている所を発見された。
集会所でネコさん達が言っていたそんな言葉を思い出す。
アルセルタスはちゃんと討伐されてるし、剥ぎ取りもしてあるからヤヨイを傷付けたのはアルセルタスじゃない。
……なら、何が?
その答えは直ぐに私の目の前に現れる。
「……ニャっ!」
「……ムツキ?」
突然、ムツキは髭をピンと伸ばして毛を逆立てた。
何やら身体を震わせては、恐る恐るといった感じで背後を振り向く。
私も、その視線に合わせて後ろを向いた。
「…………グルルァァ……」
視界に映る、砂色の甲殻。砂色に混じる青色の縞模様。
人の体ほどある大きな頭を私達に向ける飛竜が一匹、私達を睨み付けている。
「……ギニャ?!」
「……っ?! 飛竜?!」
その特徴は、何といっても発達した翼でも脚でもある前脚だろう。
前傾姿勢の巨体はしっかりと大地を踏み、今にも私達を襲わんと飛び上がる瞬間だった。
「……グォォァァアアッ!!」
視線が合った瞬間。その飛竜が巨体に不釣り合いなジャンプ力で大地を跳ぶ。
私は反射的にムツキを抱えて、大きく横に跳んだ。
「……っぅ?!」
背中を過ぎる、空気を抉る感覚。
次の瞬間轟いた音は、そのモンスターの強靭な前脚がアルセルタスの死体をバラバラに引き裂いた音。
「……ギャィィィァァアアアッ!!」
直様立ち上がって見上げた先には、アルセルタスの死体があった筈の場所で高々と咆哮を上げるモンスターの姿。
「てぃ、ティガレックスニャぁ!」
飛竜種の中でも原始的な姿を残した飛竜。
昔アイシャさんに聞いた、そんなモンスターの説明を思い出す。
「アレが……」
そのモンスター、ティガレックスの牙と前脚の爪は何かの液体で真っ赤に染まっていた。
思い出すのは、大怪我を負ったヤヨイの姿。ヤヨイを傷付けたのは……このモンスター?
「環境安定なんて大嘘だったニャ!?」
いや、ギルドはちゃんと調べたハズ。
きっと、このティガレックスはギルドが知らない時にこの遺跡平原に迷い込んだんだと思う。
そうだとしても、このティガレックスは今後もこの遺跡平原に住み着いてしまう可能性がある。
……殺さなきゃ。
「……殺さなきゃ」
「ニャ、ミズキ?!」
このモンスターは危険だ。
殺さなきゃ。
また、誰かを傷付けるかもしれない。
殺さなきゃ、殺さなきゃ。
何デ……殺サナキャイケナインダッケ?
「グルルァァ……ギィィィァァァアアアアっ!!」
空気を震わせる咆哮が、この空間に響いた。
それと同時に、視界から色が消える。
白と黒だけの世界で、直線的な線が私とティガレックスを結んでいた。
突進が来る。
そう思った瞬間、黒い塊が迫って来るのが確認出来た。
守らなきゃいけない物をまず蹴り飛ばしてから、その場で跳躍。
ティガレックスの突進に合わせて、その頭を片手剣で斬りながら踏んで飛び上がる。
そうして私が空にいる間にティガレックスは私を通り過ぎて、目標を見失って止まった。
「ミズキ?! に、逃■るニャ! ミズ■!!」
殺さなきゃ。
私が、殺さなきゃ。
「……逃げないよ」
殺さなきゃいけない。
何で……?
何で……だっけ。
「ギィィアアアッ!!」
方向転換をして私を見つけると、次だとでも言うかのように咆哮を上げるティガレックス。
その身体に筋が入るのが分かる。
「何に怯えているの……?」
ふと、無意識にそんな言葉が出た。
怯えてる……? 何に……?
私は何を言っているんだろう。
ティガレックスは、何かに怯えてる……?
「ギィィアアアッ!!」
突進してくるティガレックス。単調な動きだけど、今度はもっと早い。
それでも、私はさっきと同じようにティガレックスの頭を斬りながら踏んで飛び越えた。
私を通り過ぎたティガレックスは悲痛の叫びを上げながら、地面に腹を着ける。
「……殺さなきゃ」
違う。
それじゃリオレウスさんの時と一緒だ。
このティガレックスはまだ狂竜化してない……っ!
「ミズキ! ミズキ! 戻って……って、眼が戻ってるニャ?」
ふと足元を見ると、私の足にしがみ付くムツキの姿があった。
「……ムツキ?」
「よ、良かったニャぁ……元に戻ったニャ? いや良くないニャ? ティガレックスどうするニャ?!」
なんだか物凄く困惑してるみたい。
また……迷惑かけちゃったかな。
ヤヨイを傷付けたのはアルセルタスじゃなくて、ティガレックスだった。
私が受けたアルセルタスのクエストは、そもそも存在しない事になる。
と、なるとこの事をギルドに説明しないといけない。
それにはまずギルドに帰らないといけないんだけど———
「グォォァァアアッ!!」
———立ち上がったティガレックスが私達を睨み付けて咆哮を上げる。
切り立った崖が何段にも重なったこのエリアは、足場毎の面積が少なくて大型モンスターと戦うのには向いていない。
それどころか移動するには崖を登るか降りるかしないといけないから、その間に攻撃を避けられるかと言えば……無理。
どちらにせよ、私はこの場で戦うしかない。
ティガレックスが私を殺すか、私がティガレックスを殺すか。
そのどちらかしか……ない。
もし他の方法があったにせよ、バカな私にはまるでその方法が思い付かなかった。
日は落ちて来て、視界は悪くなっていく。
今の私に、一人でティガレックスと戦う事なんて出来るだろうか?
さっきまでの感覚は、もう無い。
ムツキだけでも、逃がさないと……。
私が巻き込んだ。
私が感情に任せて先走った結果が、コレだ。
私はどうなったっていい。
でも、ムツキは関係ない……。
「ムツキ……」
「ニャ?」
「……ごめん———」
「———グォォァァアアッ!!」
狙いを定め、ティガレックスが突進してくる。
位置関係的には、背後は崖。きちんと降りなければ、命はないかもしれない。
そんな事を考えながら、私は盾でムツキにタックルした。飛んで行く小さな身体の傍からティガレックスの巨体が迫って来る。
もう既に避けられない。
盾を構えるけど、崖からは突き落とされると思う。
……それで良い。
落ちた私をティガレックスさんが狙ってくれれば……ムツキは助かる。
「ギィィアアアッ!!」
迫って来る巨体が、気のせいかゆっくりに見えた。
その表情は、怒りというよりは恐怖を感じているような表情。
ねぇ、貴方は何を怖がっているの……? 教えては、くれないよね。
ふと視界に映ったのは、ティガレックスの背中に刺さった金色の鱗のような物。
それにゆっくりと映るティガレックスの身体は、色々な所に傷を負っているのが見えた。
貴方は……何を怖がっているの?
私には、分からない。
私は、分かってあげられない。
「ミズ———」
逃げてね、ムツキ。
……お願い。
「———キぃぃぃいいいい!!」
次の瞬間、私の身体を大きな衝撃が襲った。
それは盾を構えた腕から全身に伝わって、私の身体を地面から離す。
浮遊感。
一瞬で小さくなる視界の中のムツキに反して、逆にティガレックスは大きくなった。
追撃が来る。身体が浮いているこの状況では避けられず、もし避けれたとしてこの落下は止まらなかった。
ただ咄嗟に前に突き出した盾に、ティガレックスの巨体がぶつかる。
また大きく着けられた勢いで私は木々に向かって背中から落ちていった。
その時点で、意識が跳ぶ。
何とも言い難いあまりの恐怖に、身体中から情けない物を漏らして。
気が付けば、私は横たわっていた。
自分が生きているかどうかすら分からない。
ただ、全身の激痛と身体の中の物を全部吐き出しそうな感覚に噎せて空気を吐き出す。
ここは……どこ?
崖から落ちて、突き飛ばされて……?
「ギャィィィ……」
揺れる視界に、ティガレックスが映った。
あぁ……まだ、生きてるんだ。
でも、もう身体は動かない。
視界が揺らぐ。
暗くなって行く。
嫌だ……死にたくない。
死にたくないよ……。ムツキ…………アラン———
「グォォァァアアッ!!」
———助けて。
怖くて。痛くて。苦しくて。
私の意識は逃げるように薄くなった。
もう、怖くない。もう、痛くない。
多分、きっと、私はこのまま———
「グォォァァアアッ!!」
「ウォゥッ!」
鳴き声が聞こえた気がした。
「ギャィィィァ?!」
「ウォゥッ! ウォゥッ! ウォゥォァアア!!」
「グルルァァ……ギィィアアアッ!!」
「フゴァッ」
「ギャィア?!」
「ウォゥッ!」「ウォゥッ!」
「フゴォォッ!」
「グルルァァ…………グゥゥ……ギィィアアアッ!!」
ぐぬぬ……鬱展開から抜けるのに時間を掛けると色んな意味で辛いんだがなぁ……。
そして毎度短い戦闘シーン。ミズキちゃん、サラッとアランのエリアルスタイルを真似していくスタイル。
クエストを失敗した時の、そのクエストの引き継ぎって実際どうなってるんでしょうね?
次の話でそこら辺少し真面目に書こうと思います。なので今回はお許しを……。
今回の最後の解釈は読者さんにお任せします(´,,・ω・,,`)
【挿絵表示】
今回挿絵を描かなかったのですが、今回はオマケでウルク装備ミズキちゃんを描いてみましたよ!
オマケなので、本編で着るかは分かりません()
でわ、また次の話でもお会い出来ると嬉しいです。
感想評価の程お待ちしておりますよl壁lω・`)