モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

22 / 100
甘さと選んだ道の答え

「ったぁ!」

 腰を使って、引く。

 

 

 単純だけど、ただ叩き付けるよりもこの方が風を切る音が綺麗だ。

 

 

「ったぁ! やぁっ!」

 声を上げ、クラブホーンの剣先を見詰める。

 大きく弧を描くそれは、風を切って最後に砂を舞い上げた。

 

 

 早朝から、仕事の用意をしている商業スペースを横切ってランニング。

 その後に素振りとアランの攻撃を盾で受け止めるというのが、私が最近やっているトレーニングの内容です。

 

 

「……アラン? どうしたの?」

「……ん、ぁ、いや、何でもない。素振りは終わったな?」

 ただ、なんだか今日はアランの様子が変だ。

 

 私の事を見てくれてはいるけど、上の空というか。

 何処か違う所を見ている気がする。

 

 普段より鋭い目付きの先に、私は写っていないような気がした。

 

 

「終わったよ!」

「……なら、盾受けをやるか」

 そう言ってしてくれた特訓の時も、アランは私の眼を見てくれてはいたのに。

 意識が別の所にある。そんな感じ。

 

 

 

「ぷはっ……疲れたぁ」

「お疲れニャ。ドリンク飲むニャ?」

 特訓も終わり、部屋に倒れ込む私に労いの言葉を掛けてくれるムツキ。

 今すぐそれを喉に流し込みたいのは山々なんだけど、ここは我慢です。

 

 ここでお風呂に入って汗を流して、そうして初めてドリンクを飲む事で気分がリフレッシュされる。

 そう教えてくれたのは、同じ貸家に住む初老のハンターさんでした。

 

 

 ムツキからは、おっさんみたいだって言われます……。

 

 

「ううん、先にお風呂入って来る。アラン、行ってくるね!」

「……ん、ぁ、あぁ」

 なんだろう。アランが変だ。

 

 昨日、用事があるって家を出てから何か変。

 誰かと話していたって聞いたけど、どんな話をして来たんだろう?

 

 

 ただ、きっと私なんかじゃ力になれないだろうから。

 

 私はいつも通りに振る舞おうと決めながら、部屋を出るために扉を開ける。

 今日はクエストも行くだろうし。頑張らなきゃ!

 

 

「……ふぇ?」

 ただ、扉の先に広がる光景はいつもの廊下ではなく。

 

 

 視界に映る二人の人物。

 

 一人は私より少し大きくてアランより少し小さな背の、黒髪の男性。

 もう一人はアランより大きくてガタイの良い、赤色の入った紺色をサイドテールにした女性。

 

 

 そのどちらもが、何処かで見た事のある服装をしていたの。

 

 白いシャツにそれぞれベージュとピンクのコートを羽織り、ズボンはコートと同じ色。頭の上も、同じ色の羽帽子。

 女性が着ている衣装にはフリルとかが付いているんだけど。どちらも同じような服装で、やっぱり何か既視感を感じた。

 

 どこだっけ……。そうだ、モガの村で、カルラさんっていう———ギルドナイトの人が着ていた服?!

 

 

「どもー、ギルドナイトです。お嬢さん」

「はゎゎゎゎゎ、あ、ぁ、ぁあ、あ、アラン! ギルドナイトの男女の人が着たんだけど?! 私達何かしたの?! 捕まっちゃうの?!」

 ギルドナイトは、悪い人を捕まえる仕事もしているって。

 そんな事を村でアイシャさんが言っていたのを思い出して、私は取り乱してしまった。

 

 

「いや、どう見ても男女じゃなくて男二人ニャ!」

「え?!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ていうかおっさんニャ!」

 そうなの?! ピンクの人男の人なの?!

 

 

「誰がおっさんよ」

 そしてその人から発せられた声は、確かに野太くて低い声だった。でも、話し方や格好は女性。

 え? えと? え? ドユコト?

 

 

「アランさん、居ますかね? お邪魔して良いですか」

 パニック状態の私に、丁寧にそう言ってくれるのはベージュ色のスーツのギルドナイトの人。

 私はおどおどしながら、道を譲って手だけで「どうぞ」と答える事しか出来なかった。

 

 

 

「ど、どど、ど、どう、どうしようムツキ」

「アランが誘拐の疑いで通報されただけニャ、きっと」

 誘拐……? 誰を?

 

 

「ウェイン、アキラさん……。朝早いですね」

 そんな二人が視界に入ると、アランは村の村長や我らの団の団長さんと接するような態度で口を開いた。

 名前を呼んだって事は、三人は知り合いなのかな? 私達、捕まっちゃう訳ではない?

 

「こちとら忙しい身ですからね。えーと、彼女がミズキちゃん?」

「そうだな」

 私の名前を知っている……?

 

 

「ミズキ、一応紹介しておく。……こっちの小さいのはウェイン。見ての通りギルドナイトだが、俺の腐れ縁だ」

「腐れ縁なんて酷い。……あ、どうもミズキちゃん。ウェイン・シルヴェスタです。宜しく」

 アランに膨れっ面をした後、ウェインさんという方は私に手を伸ばしてくれる。

 

「ど、どうも……」

 私はそんな手を取って、小声で挨拶しました。

 えーと……知り合いって事は、私達を捕まえに来た訳じゃないって事?

 

 

「あんやー、可愛いガールフレンドが出来ましたねー、アランさん」

「とっとと帰れ」

「酷い」

 笑顔で冗談を言うウェインさんに、アランは良く私にやる平手打ちをした。

 

「こんな小娘を連れ回して……。アランちゃん、一体どういうつもりなのかしら」

 それで涙目になるウェインさんの隣。腕を組みながらそう言うのは、ピンクのコートを羽織ったギルドナイトの……女性? 男性?

 

 フリルの付いたシャツはなんだか艶やかなんだけど、筋肉質な身体がどうも不釣り合い。

 格好や髪型、話し方は女性の物なのになんだかそれ以外が男性みたいな不思議な人。

 

 

「……成り行きというか。何というか」

 アランもその人には頭が上がらないようで、なんだか恐縮してるみたい。

 

 

「アラン、この人は?」

「アキラさん。……なんというか、俺の知り合いの兄で「姉よ」……姉で」

 アランの言葉を修正するアキラさんの表情は険しい物で、なんでか私をずっと睨み付けてるよう。

 

 わ、私何かしたのかな……。

 

 

「いや、どう見てもおっさんニャ」

「む、ムツキ! 失礼だよ!」

「そこの小娘」

 なんで私が怒られてるの?!

 

 ムツキに注意をする為に背を向けたアキラさんの方を、恐る恐る振り返る。

 目に映るのは目の前まで迫っていた大きな身体。いっぱい化粧をした顔が、おでこに当たりそうな距離に近付く。

 

「は、はい?!」

「小娘はモガに帰ってハチとでも戦ってなさい」

「…………。ぇ?」

 ドユコト?

 

 

「え、じゃないわよ。あんたみたいな小娘が狩場に出るのは間違いだって言ってるの。そんなにハンターごっこがしたかったらハチとでも戦ってれば良いわ」

「ぇ、えと……な、なんで…………ですか?」

 強く言われて、私はどう返したら良いか分からなかった。

 

 え、と、どういう事……?

 帰れ? モガに……?

 

 

「あら、アランちゃん。この小娘にはまだ何も言ってなかったのね」

「……それは…………その」

 視線を逸らすアラン。私はどういう事か、さっぱり分からなかった。

 

 

「いや、これはアランさんが悪いですよ。えーと、ミズキちゃんには僕が説明しますね? アランさんはギルドから直接依頼を受けていて、そのクエストがちょーっと危険な物でして。ミズキちゃんには荷が重いでしょうし、悪いんですけどモガに帰って頂こうかな……なんて?」

「アランちゃんにはね、狂竜化モンスターの調査に協力して貰うの。だから、アンタみたいな初心者ハンターの小娘は邪魔なのよ」

 視線を合わせて優しく説明してくれるウェインさんと、横目で見下ろしながら言葉を落とすアキラさん。

 

 

 狂竜化という知らない単語の後、邪魔だと言われて私の頭は真っ白になってしまった。

 

 私がここに居るのは、アランの側に居たら素敵な経験が出来ると思ったから。

 この前は、アランに手伝って貰っただけだけど。それでも、自分なりの道の先の答えを見る事が出来た。

 

 

 私はまだ、アランと一緒に居たい。

 

 

「何が邪魔ニャ! ミズキは最近頑張ってるニャ。勉強はサボるけど、毎日の特訓はサボった事ないニャ!」

 そうやってアキラさんに噛み付いたのは、私じゃなくてムツキだった。

 尻尾を膨らませて、敵意を剥き出しにする彼の眼は本気で怒っている表情。

 

 

「自分で何も語る事も出来ない小娘なんて、狩場では一人で何も出来ないだけよ。そもそもあなた、なんでアランちゃんの側に居るの? あなたはアランちゃんの何なの?」

 私とアランの関係……?

 

 ふと、昨日ヤヨイに言われた事を思い出した。

 

 私自身、良く分からない。

 

 

 でも、私の答えは一つだ。

 

 

「私は……モンスターの事を分かってあげてる優しいアランの側に居たい。そしたら、また素敵な経験が出来るかなって……。ただ、それだけです」

「…………誰かに似て甘いのね」

 良く、言われる言葉だった。

 

 

 甘い。

 モンスターと仲良くだとか、友達にだとか、甘い考えだって、分かってる。

 

 けど、私はアランみたいになりたい。

 モンスターと、心を通わせたい。

 

 

「アランちゃん、ヨゾラの事……忘れた訳じゃないわよね?」

「……っ。そんな事はない!」

 少しだけ、声を大きくするアラン。

 その表情はこころなしか辛そうだ。

 

 

「ミズキちゃん。狂竜化という現象をご存知ですか?」

 アランとアキラさんが話している傍らで、ウェインさんが小さく私に話し掛けてくる。

 さっきアキラさんが言っていた言葉。きょうりゅうか(・・・・・・・)モンスターの調査。きょうりゅうか?

 

「狂った竜と化す、そう書いて狂竜化。ミズキちゃん、バルバレに来て最初に遭遇したアルセルタスの事を覚えてますか?」

「あ、えと、はい」

 アレは、バルバレに来て初めてのクエスト。

 

 

 アランの考えで、アルセルタスさんを殺さずにクエストを完了出来るかと思ったのに。

 アルセルタスさんは、いきなり黒い靄を身体から出しながら暴れ出して。

 

 最後には自ら命を絶ってしまった。

 

 確か、私はその時———

 

 

「そのアルセルタスに異変が起こりましたよね? アレが、狂竜化。未だに調査不足で申し訳ないのですが、アレは他のモンスターでも確認されだした現象です。一種のウイルスによる仕業とも考えられています」

「ウイルス……ですか?」

 あのアルセルタスさんは……病気だった?

 

「人間にも感染します。人間は死には至りませんが。……ただ、モンスターが感染すると狂ってしまい暴れ出す。そして身体は弱くなり……死に至る。現状二匹の狂竜化モンスターの捕獲に成功……そのどちらも長生きはしませんでした。まぁ、多分致死率十割でしょうね」

「病気なら……治せないんですか?」

「現状その方法はありません。そして、狂竜化モンスターは決まって大暴れします、それがどれだけ危険でどうすれば良いか。ミズキちゃんにも……分かるよね?」

 分かりきった答えを、彼は念を押すように私に聞いて来た。

 

 

 それは、私が一番したくない事。

 

 間違っているのかもしれない。

 

 だけど、それは私が進みたい道じゃない。

 

 

「そして、アランさんにはその狂竜化モンスターの調査……並びに討伐を何件か依頼したいんです。ミズキちゃんが優しい性格なのはアランさんに聞きました。……だから、申し訳ないけどアランさんと居るのは君の為にもならないんだ。僕と一緒にタンジアに来てくれるかな?」

 優しく諭すようにそう言って、手を伸ばすウェインさん。

 

 彼が、私の為を思って言ってくれてるのは良く分かった。

 

 

 アランは、ギルドからの依頼でモンスターを退治しなきゃいけない。

 

 そのモンスター達は、どうしたって殺さないといけない事。

 そこに私みたいなのが居たら、邪魔だって事。

 

 

 

「私……」

「ニャ、ミズキ……どうするニャ?」

 きっと、ムツキは私がどうするって言ったって着いてきてくれるよね。

 

 今、私の目の前にある道の先は全く見えない。

 

 

「少し……お風呂で考えさせて下さい」

 こんな時、いつも私は自分の頭が悪い事を恨みます。

 

 バカな私じゃ、考える為の時間が足りないんだ。

 

 

「あ、ごめんね。入浴前だったんだ。うん、僕は構わないから待ってるよ」

「……ありがとう、ごめんなさい」

 そう言って部屋を出る時に、チラッとアランの表情を伺う。

 

 なんだか、厳しい表情をしているアラン。

 今朝のアランがおかしかったのは……この事の所為なのかな……?

 

 

 

 

 なんて、考えながら私は浴場へ急いだ。

 

 とにかく考えなきゃ。

 どうしたら良いか。どうするか。

 

 パパッと身体を流して、私は湯に浸かります。

 

 

「邪魔……か」

 そもそも初めから、私はアランの邪魔だったんじゃないかな。

 これまでの事を考えて、そんな事を思う。

 

 アランは優しい人。

 でも私みたいに甘くなんてなくて、モンスターを狩る時はちゃんと切り替える。

 

 

 私がいなければ、アランはとっくにお金を稼いでタンジアに戻っていた。

 そもそも私がいなければ、アランはここに来る事もなかったと思う。

 

 私が足枷になっているなんて……そんなのは明白だった。

 

 

「……私は、居ない方が良いのかな?」

 私の我が儘で、アランにいっぱい迷惑を掛けて来た。

 

 これからアランは、あのアルセルタスさんみたいになってしまったモンスターと戦って行く。

 そんな所に私が居ても、本当に邪魔なだけだ。

 

 

 ふと、あの日の事を思い出した。

 

 胸が苦しくなったあの感覚。怖かった、辛かった。

 何かに蝕まれる感覚が、身体の中に蘇る。

 

 

「……アルセルタスさん、苦しがってた」

 そんなアルセルタスさんを助ける事は、出来ない。

 狩るしかない。殺すしかない。

 

 苦しんで、狂って、そうして暴れていたアルセルタスさんを救うには……殺すしかなかった。

 

 

 思い出すのは、ダイミョウサザミさんやロアルドロスさんの時の事。

 この手で奪ったその命を思い出しては、手が震える。

 

 

「命を奪う事で……救える物もある…………のかな」

 そんな事を口にしては、私は顔を半分湯に浸けた。

 

 やり場のない感情を吐き出すように、ブクブクと息を吐く。

 

 

 ふと、誰かの言葉が頭を過ぎった。

 

 ——迷うな——

 

 そんな誰かの言葉は、私を推し進めてくれた言葉。

 これがわがままだと分かっていても、彼のそんな言葉が私を推し進めてくれた。

 

 

 ———もし、本当にそうする事で救えるのなら。私は———

 

 

 

「あ、ミズキ居る! おはよう?」

「ヤヨイ、またこんな時間か———え?! その血どうしたの?!」

 考え事をしていると、浴場にタオル一枚で現れたのはヤヨイだった。

 

 私はそんな彼女に声を掛けようと、視線を合わせる。

 ただ、そこで私の眼に映ったのは頬や腕に真っ赤な液体を付着させていた彼女の姿だった。

 

 

 見た目、完全に大怪我。

 

 

「あー、これぇ? むっふふ……私ね、ついにやったのよ! 狩りに成功したの!」

 そんな事を言いながら、彼女はその勲章とでも言うように自らの身体に着いた血を指で指した。

 笑顔でそう語る彼女は、私にそれを見せる事が出来て満足したのか湯を掛けて身体を洗い流す。

 

 

 そ、そっか……。モンスターを狩れたんだね。

 

 ヤヨイは凄いな……。そう思った。

 

 

「よ、良かったね」

「うん! あのねあのね! とんでもないチャンスが私に舞い降りたのよ!」

 とんでもないチャンス?

 

 その疑問を私は首を傾げて彼女に伝えると、ヤヨイはこう返す。

 

「なんかね、物凄く人懐っこい? 人に慣れてる? なんというか、私の事友達だとでも思ってるみたいに近付いて来たジャギィが一匹居てね!」

「———ぇ」

 ヤヨイのその言葉に、私の頭は真っ白になった。

 

 

 人懐っこい……?

 

 人に慣れてる……?

 

 友達だとでも思ってる……?

 

 

 脳裏に映るのは、私がお魚を上げたジャギィさん。あの三匹だった。

 

 

「それでね、全く警戒されなかった物だから。私の愛槌でそのジャギィの頭を、こう! ズンッて、潰してやったの!」

 ジャギィが彼女を警戒しなかったのは、間違いなく私のせいだ。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 それなのに私は、ジャギィさんに私達が———人間が敵じゃないと思い込ませてしまった。

 

 

「ふふふ、バカなモンスターもいた物だよねぇ。一撃じゃ死なずに倒れて呻き声を上げてて、可哀想だったからもう一撃! 別に初めてって訳じゃないけど……自分の力でモンスターを狩れたのは久し振りだから私感動しちゃって! あ、これ、そのジャギィから剥ぎ取った鱗なんだよ見て見て!」

 彼女は間違っていない。至極、当たり前の反応。

 

 

 だって私達は狩人だ。

 

 そして彼等はモンスターだ。

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 当たり前の事だ。

 

 

 

 私の、甘い考えがジャギィさんを殺した。

 

 

「もぅ、ね! これで私もハンターとして上達出来たのかな? なん……て…………ミズキ? どうかしたの? あ、私が先に進んじゃって悔しいの? 大丈夫、次からは私がお姉さんとしてミズキを引っ張ってあげるんだから」

 そう言いながら私の横に座って湯に浸かるヤヨイ。

 

 

 彼女が悪くないなんて事は、分かってる。

 

 私がおかしいなんて事は、分かってる。

 

 

 でも、だから、余計に悔しくて悲しくて涙が出た。

 

 

「ぇ、ミズキ……泣いてる? ぇ、ご、ごめんね自慢なんかして!」

「ヤヨイは……悪くないよ」

 そう言ってから、私は逃げるように立ち上がった。

 

「……み、ミズキ? あ、そうだ。私勇気を出して明日アルセルタスの狩猟に行こうと思うの! ぇと、良かったらミズキも一緒———」

「ごめん。私、もう出るね」

 何でだろうね。

 

 

「ぇ、ミズキ? ミズキったらぁ!」

 頭が良く回る。

 

 何をしたら良いか、分かる気がした。

 

 

 振り向く先にあるのは、ヤヨイが自慢気に見せてくれたジャギィの鱗。

 

 ……ごめんね。ごめんなさい。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「あ、おかえりなさいミズキちゃん。で、答えは出ま……し……たか? ……ミズキちゃん?」

 部屋に戻ると、初めに声を掛けてくれたのはウェインさんだった。

 

 

 何やらムツキを除いた三人で会話をしていたみたい。ムツキは、いつもみたいに樽を磨いている。

 

 

「……私が、甘いから、邪魔だって言うんですよね」

 皆の前で、私はそんな言葉を落とした。

 

 自分でも驚く程、低い声で。

 

 

「……ミズキ?」

「私がちゃんとモンスターを殺せたら、アランの側に居ても邪魔じゃなくなりますか?」

 そうして、難しそうな顔をしているアキラさんに視線を合わせて話し掛ける。

 

「……面白い程切り替えが早いじゃない。良いわ、もしそんな事が出来たのなら私は何も言わない」

「ぇ、(あね)さん? ぇ、いやいや、ミズキちゃんはまだ経験も浅いハンターですよ?! それを狂竜化モンスターと戦わせるなんて」

 目を細めて私を見ながら頷いてくれるアキラさん。

 対照的に、ウェインさんはアキラさんの目の前で身振り手振り自分の意見を伝えようとした。

 

 

「ここに来る前に確か、筆頭リーダーちゃんが狂竜化ゲリョスを遺跡平原で確認したって言ってたわよね? アランちゃんと小娘で討伐して貰おうじゃない」

「姉さん。正気ですか? アンタがそんな格好してる理由を忘れた訳じゃないですよね」

「私はいつも正気よ」

 そう言ってウェインさんを一蹴すると、アキラさんは私に詰め寄ってくる。

 

 

「アンタがアランちゃんの、歯止めになれる事を期待してるわ」

 そして、そんな事を他の誰にも聞こえないような小声で呟くとアキラさんは私を乱暴に退けて部屋を出た。

 

 

「準備しなさい。アランちゃん、小娘。私は先に入ってクエストの手続きをして来てあげるわ」

「ちょ、姉さん……ってもぅ。ミズキちゃん……本気なのかな? アレに怒ってるってだけなら僕が愚痴を聞くから冷静になって考「何してるのウェインちゃん。行くわよ」ちょ、コラ! 離せオネェ!! おい!!」

 行ってしまった。

 

 

「ミズキ……どうかしたのか?」

 二人を見送った後、アランは私にそんな声を掛けてくれる。

 心配してくれているのか覗き込むように、怪訝な表情で私の顔を覗いていた。

 

 

「……私は、普通だよ?」

 取り繕った笑顔で、アランにそう返す。

 ムツキが半目で私を見ていた。きっと、ムツキにはバレてるんだろうな。

 

 

「……ミズキ。何があったか言ってみろ。無理をするな。……お前は俺に付き合う必要なんてないんだ」

 アランにも、バレてたか。

 

 

 でも、違うんだ。

 無理してる訳じゃないんだ。

 

 私の甘い考えが、私は許せないだけなんだ。

 

「ア……ラン…………私……私……っ」

 耐えれなくなって、また涙が出て来て。

 迷惑だって分かってるのに、アランに泣き付いてしまった。

 

 

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 

「……っ、ぅぁ……ぁぁ、う、ぁぁぁっ」

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「ギョェェェアアアアッ!!」

 遺跡平原。来慣れたこの場所で、初めて見るモンスター。

 

 

 変な形のトサカと暗い藍色の皮が特徴の、大型の鳥竜種。

 その皮はゴム質で出来ていて、普段は短い尻尾も振り回せば大きく伸びた。

 

 毒怪鳥ゲリョス。それが、今目の前で暴れ回るモンスターの名前。

 

 

 集会所で筆頭リーダーというハンターさんやウェインさんの制止を振り切って、私とアランはここ遺跡平原に来ていた。

 

 そして、このクエストのターゲット。狂竜化ゲリョスを見付けるのにかかった時間はそう多くない。

 

 岩壁と段差が多く、川の流れるこのエリア。

 暴れ回るモンスターの鳴き声を聞き付けて向かってみれば、そこに居たのは既に自分の身体を酷く傷付けたゲリョスだった。

 

 

 

 苦しい。

 

 また、あの感覚だ。

 

 アルセルタスさんの時と、同じ感覚。

 

 

 蝕まれていく、あの感覚。

 

 ただ、今はそれがなんだか心地良かった。

 

 

「……ムツキは危ないから離れててね」

「ニャ、ミズキ?!」

 私の考えは、甘い。

 

 

 ただ、モンスターを殺したくない。そんな甘い考えだった。

 それが、モンスターを救うとは限らない。

 

 もっと、苦しい思いをさせるかもしれないんだ。

 

 

 

「ミズキ……お■?!」

 視界から色が抜けていく。するべき事が、手に取るように分かる。

 

 

 

「■ョ■■ェア■ア■!!」

 苦しいんだ。

 

 あの子は、苦しんでいる。

 

 

「ミズ■! 待■、■の眼■な■だ?!」

 私がしなきゃいけない。

 

 

 助けたい。

 この気持ちは、変わらない。

 

 それを甘いと言われても、それは良い。

 

 

 でも、私が間違えたせいで。傷付けるのは、苦しめるのは嫌だ。

 

 

 

 アランと居て、もっと教えて欲しいんだ。

 

 

 殺したくない。

 そんなのは、私のわがままだ。

 

 

 それが分かったから、私は———

 

 

 

「ギョェェェアアアア!!」

 相手の動きが良く見える。考えている事も、感じるようだった。

 

 

 

 苦しい。苦しい苦しい。来るな。来るな来るな来るな。

 

 蝕まれる感覚。怖い。壊したい。怖い怖い壊したい壊したい壊したい怖い壊したい壊したい壊したい。

 

 

 ———助けて。

 

 

 

「はぁぁっ!」

 尻尾や翼を振り回すゲリョスの懐に入り、足を切り裂く。

 私が見えていないのか、ゲリョスは動く事もなくて。

 

 そんなゲリョスの足元で、私はその強靭な足にクラブホーンを突き刺した。

 盾のような剣で傷口を横に裂き、開いた傷口を剣で抉る。

 

 そうした痛みに耐えられなくなったゲリョスは、体制を大きく崩した。

 

 

 その瞳が向く方向に、私は映っていない。

 

 きっと、もう何も考えられなくなってるんじゃないかな。

 

 

 倒れたバランスを立ち治せなくて、暴れ回るゲリョスの頭の先に立つ。

 

 焦点の合わない目が、何かに脅えるように揺れていた。

 

 

 

 苦しいよね。怖いよね。痛いよね。

 

 

 今、楽にしてあげるから。

 

 

「ミ■キ!! 止■———」

「ギョェ———」

 目玉を貫いたクラブホーンは嫌な感覚と共に、柔らかい何かを貫いた。

 その瞬間止まるゲリョスの身体と、対照的に吹き出る鮮血。

 

 その血に濡れる、私の身体。

 

 

 既に弱っていたとはいえ、私だってこのくらい出来るんだ。

 これで、邪魔だって言われずに済む。アランの側に居られる。

 

 

 

「ミズキ……」

 スッと、変な感覚が抜けて行く気が来た。

 

「私……バカだって自分でも分かってるよ。甘いって……分かってるよ。…………だから、アランと一緒に居たい。アランに教えて貰いたい。私が進みたい道なんて、本当は無いのかもしれない……。でも、アランは教えてくれるから…………着いて行ったら、ダメかな?」

 涙なんて流したって、変わらないのに。勝手に流れて来る。

 出難い声をなんとか出して、私は自分の気持ちをアランに伝えました。

 

 

 迷うな。

 彼は、そう言った。

 

 ごめんなさい。

 

 もう少しだけ、わがままを聞いて下さい。

 

 

 

「……後悔しないか?」

「……うん」

「辛くないか?」

 辛いよ。

 

 

 でも———

 

「———モンスター達の方が、辛い」

「……そうか」

 私が殺したんだ。

 

 

「ジャギィは俺も考えが甘かった……。すまない」

「……ううん。私だけだったら、どうしたら良いか分からなかったから」

 俯く私を心配そうに見上げるムツキの頭を撫でる。

 

 私は、大丈夫だよ。

 

 

「それよりお前、さっきの眼は……」

「眼? ゲリョスの眼を刺したのは、早く楽にしてあげたいからで……。ダメだったかな……?」

 即死、とまでは言わなくても。

 

 殺すなら、苦しみを長くしたくない。

 そんな考え方だったんだけど。ダメだったのかな……?

 

 

「……いや、違うんだ。気にするな」

「……? なら、行こっか」

 ゲリョスの狩猟は終わったけど、私にはもう一つやるべき事がある。

 

 

 

 その場所から、少し歩いた所。

 

 うっそうとツタの生い茂る薄暗いエリア。

 一週間くらい前、ここで私はババコンガと戦ってジャギィさん達の縄張りを取り返した。

 

 そう、三匹のジャギィさん達の。

 

 

 

「ウォゥッ」

「ウォゥッ!」

 私の存在に気が付いて、鳴き声を上げるジャギィ達。

 でも、その鳴き声は二つしか上がらなかった。

 

 

「ウォゥッ」

「ウォゥッ!」

 それでも、その二匹の鳴き声には警戒の色はまるでない。

 まるで仲間に掛けるような鳴き声を聞いて、私は背負う剣を握る手を強くする。

 

 

「ウォゥッ」

「もう一匹は……どうしたの?」

 言葉は通じない。知っている。

 

 

「ウォゥッ?」

 私が伝えたい事は、きっと普通には伝わらない。

 

 

「私達は……友達じゃないんだよ」

「ミズキ……」

「ニャ……」

 分かってる。ごめんなさい。

 

 

「ウォゥッ?」

 何も警戒していないジャギィさんの目の前で、私は背中の剣を構えた。

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 私達は、仲良くなんて……なっちゃ行けないんだ。

 

 

「あぁぁぁああああ!!」

 大声を上げながら、私は剣を振り上げる。

 

「ウォゥッ?!」

 そして驚くジャギィさんの真横に、クラブホーンを叩き付けた。

 

 

 舞い上がる砂埃。見開かれるジャギィさんの瞳。

 

 

「う、ウォゥ? ウォゥッ?」

 首を傾げるジャギィさんは、まだ分かってないようだった。

 

 

「分かってよ!!」

 わがままを、私は叫ぶ。

 

 叩き付けた剣を振り上げては、剣先を下してジャギィさんに向けた。

 

 

「私達は友達じゃない!! 気を付けなきゃ殺されちゃうんだよ?!」

 自分のせいなのに。それが悔しくて、私はジャギィさんを怒鳴りつけた。

 

 

「ウォゥ……ウォゥォ?」

 私達は……仲良くなれないんだ。

 

「……っ。あぁぁっ!」

 まだ首を傾げるジャギィさんの左眼を、クラブホーンで斬り付ける。

 嫌な感覚と、悲痛の鳴き声。吹き出る鮮血。

 

 

「ギャィッ?!」

「ウォゥッ?! ウォゥッウォゥッ!」

 痛みで仰け反るジャギィさんと、その前に立って私を威嚇するジャギィさん。

 

 

 これで、良い。

 

 

「グォゥ……っ」

 左眼を大きく抉られたジャギィさんは、とても痛そうに呻き声を上げた。

 酷い事をした……。ここまでしなくても良かったかもしれないのに。

 

 結局、私は彼等を傷付けた。

 

 

 

「ウォゥッ」

「グォゥッ」

 威嚇しながら、私から離れていくジャギィさん。

 そのジャギィさんに連れられるように、私が怪我をさせたジャギィさんも私から離れていく。

 

 

 

「アラン……」

「お前は、優しいな」

「優しくなんか……ないよ」

「優しくなきゃ、その涙は出ないんだ」

「……っ。……うぅ…………ぁ、ぁぁ…………ゃ、ぁぁぁあああっ」

 

 

 これで、良いんだよね?

 

 

 これで、正解なんだよね?

 

 

 アランとムツキに慰められながら。私はそんな自問自答を何度も繰り返した。

 

 

 私の進む道は、これで良いんだよね。

 

 これしか無いんだよね。

 

 

 

 その道の先の答えが、私には見えなかった。




ゲリョスの儚い命……。文字数がね……足りなかったんです……。

狂竜化に関して独自解釈ですが本当に狂ってしまっていて身体もどんどん弱って行くって設定にしています。
それにしてもまったく狩りシーンのない小説だなぁ……。が、頑張ります。


さーて一章同様鬱シーンが入りますよ。ご覚悟を……。

次回もお会い出来ると、嬉しいです。
感想評価お待ちしておりますよl壁lω・)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。