モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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彼女の道とその先の答え

 桃毛獣ババコンガ。

 

 頭の髪を固めたトサカが特徴的な牙獣種。ピンク色の可愛らしい体色とは裏腹に、長い爪は攻撃的な印象。

 体格の良い身体から伸びる長い尻尾は、器用に物を掴んでそのまま口に運ぶ事も出来たりする。

 

 

「フガゥ」

 今そこで、キノコを器用に尻尾で取ってそのまま食べるあのババコンガがまさにそれを証明していた。

 

 

「あ、さっきババコンガが食べたの特産キノコだニャ」

「ぇ、嘘ぉ?!」

 私達が探してたキノコ……。

 

 

「なるほど、遺跡平原全体としてキノコが減っていたのはそういう事か」

 冷静に呟くアランだけど、このままじゃメインのクエストをクリア出来なくなってしまう。

 ババコンガさん、私にそのキノコを分けて下さいお願いします。

 

 

「ぇ、ぇーと、それで……どうするんだっけ?」

 私達は特産キノコ八個の納品。そして普段の縄張りから離れた所に現れたジャギィの討伐というサブクエスト達成のために遺跡平原に訪れていた。

 

 

 いくら探してもあと一つ足りないキノコをひとまず放置して、ジャギィの問題を解決しようとしたんだけど。

 お魚のおかげで気を許してくれたのかな? そんなジャギィさん達が私に見せたのは、彼等の縄張りだった筈の場所に堂々と居座っているババコンガだった。

 

 

「あのババコンガは多分、キノコが多いこのエリアを気に入ってここに居座ってるだけなんだろう。マイペースな奴が多いからな」

「えーと、つまり?」

「ババコンガがここに居る理由を無くせば良い」

「えーと……」

 ど、どうすれば。

 

 

「キノコを無くせば良いニャ」

「ぇ」

「この辺りのキノコが無くなればあいつは何もしなくたって勝手に出て行く、それで解決だ」

「んー、でもババコンガさんの目の前でご飯を奪ったりしたら怒るんじゃないかな?」

 食の恨みは怖いって言うしね。

 

 

「もう少しだけ待ってみろ。……あいつは寝る」

「え、なんで? 分かるの? というか、寝るの?」

 ここは私達の世界じゃない。

 

 お昼寝なんてしたら、忽ち他のモンスターに襲われてしまう。

 

 

「フゴゥ……フガァァ……」

 そんな会話の最中で、ババコンガは大きな背中から倒れる様に寝転びます。

 そしてその後、間髪入れずに聞こえてくるババコンガのいびき。

 

 気持ち良さそうにいびきをかきなが、お腹を爪でボリボリと。丸められた尻尾にはキノコが一つ。

 

 

「本当に寝ちゃった……」

「アレはそういうモンスターだからな」

 マイペース過ぎだよ……。

 

「カチコミ入れるニャ?」

 ダメです。

 

 

「ウォァ!」

「ウォゥッ」

「ウォゥッ!」

 ただ、ジャギィさん達はムツキと同意見みたい。

 ババコンガが寝た瞬間に鳴き声を上げるジャギィ達は、三匹共私を見詰めてくる。

 

 

 お魚のおかげなのか、私の事を仲間だと思ってくれてるのかな?

 ババコンガを倒すのを私に手伝って貰いたい。そんな意思を感じた。

 

 ぅ……どうしよう。

 私は貴方達を助けたいけど……ババコンガさんも助けたいんです。

 

 

 敵を作らないって難しい。敵の味方は敵なんだから。

 

 

 そんな事を考えてたじろいでいると、突然隣から発砲音が聞こえた。

 アランのライトボウガンから煙が出ている。

 

「グォゥ?!」

「ウォゥァッ」

「ウォゥァッ!」

 ただ、命中はさせてないみたいなんだけど。

 突然の発砲音にビックリしたジャギィ達は逃げるようにこのエリアから出ていってしまった。

 

 

「あ、アラン……?」

「勘違いだけはするなよ」

 勘違い……?

 

「お前とあのジャギィ達は友達じゃない。お前がその口でいくらジャギィ達の為だと言っても、それが彼奴らに理解されるのは難しい」

 友達じゃ……ない。

 

 

 うん、そうだね。

 人と竜は相容れない。

 

 私とジャギィさん達にあったのは、共存関係だ。

 

 

「ただ……」

「ただ?」

「お前の素直な気持ちは、もしかしたら本当に届いてるのかもな」

 アランがそう言って視線を移すその先には、岩陰からこっそりと私達を見ているジャギィだった。

 

「お前を心配してるのかもしれないし、まぁ……隙を見て襲おうとしてるのかもしれないが」

「心配してくれてるんだよ」

 確信はない。

 

 

「そんなバカニャ」

「きっとそう!」

 ただ、そんな気がしただけ。

 

 

「……どうだろうな。さて、ババコンガが寝てる間にここいらのキノコを全て採取するぞ」

 今更だけど、それとんでもない事しようとしてるよね。

 

 キノコはすぐ生えてくるけど、そういう事じゃなくてこのエリアのキノコ全部って何個あるのだろうか。

 考えると気が遠くなる。でもこれも後ろで待ってくれているジャギィ達や、ババコンガの為。

 

 頑張らなきゃね。

 

 

「それじゃ、一狩り行きますか!」

「狩るのキノコだけどニャ……」

 

 【キノコハンターの称号を手に入れた】

 

 

 

 ババコンガから離れた所から順番にキノコを採って、早一時間。

 私達は山菜爺さんもビックリしそうな量のキノコを採取していた。

 

 ポーチからはみ出るキノコの山。

 ムツキが背負う藁のカゴに入ったキノコの量といえば、背負ってる本人より重そうなんだからもう凄い。

 

 

「で、特産キノコはあったのか?」

「無いニャ」

「…………」

 アランとムツキはそんな会話をしている中、私は毒テングダケを入手。要らない。

 

 

 なんで?! なんでこんなに探してるのに特産キノコは見付からないの?!

 

 

「もう少しだな」

 そして、残るはババコンガの直ぐ近くに生えているキノコだけとなってしまった。

 それなのに特産キノコは見つかりません。

 

 

「これはもうメインクエスト失敗ニャ……」

「そんなぁ……それじゃ夜ご飯は?」

「色々なキノコの炒め物でも食べるニャ」

「そんなの嫌だ……」

「あんまり騒ぐとババコンガが起きるぞ……」

 あ、そうだった。

 

「……っ。ムツキ……シー、だよ」

「うるさいのはミズキニャ」

 うぐ……。

 

 

 なんて話ながら、私達はババコンガの近くにあるキノコも採取していく。

 一向に見付からない特産キノコ。本当に無いのかと諦めかけた瞬間、声が響く。

 

「あった! あったニャ!」

「ムツキ! シー、だってぇ!」

「いやお前も静かにしろ」

 結構うるさくしたけど、ババコンガは起きて来なかった。

 気持ち良さそうにお腹を爪で搔くその寝顔はなんだか愛くるしい。

 

 

 ところで、ムツキは何をはしゃいでいたのだろうか?

 もう夜ご飯がキノコ炒めに決定してしまったというのに……。

 

 

「これ見るニャ、これ」

 そうやってムツキが指差すのは、ババコンガの長い尻尾。

 周りのキノコを取ってそのまま口に運べるくらい器用なその尻尾は、今はお腹の横に垂れていて。

 

 その先には、喉から手が出るほど欲していたあの特産キノコが握られていたの。

 

 

 あった。あったよ!

 

 

「特産キノコぉ……っ」

 しかも、最後の一本。これを逃したらクエスト失敗。

 

 それなのに。

 

 

「フゴァゥ……フゴォ……フゴァゥ……フゴォ……」

 特産キノコは、気持ち良くいびきを立てるババコンガの尻尾にキープされていた。

 最後の特産キノコなのに……っ!!

 

 

「なるほど、こいつは特産キノコが好物らしい。辺り一帯で特産キノコが取れなかったのはこいつが食い荒らしたからか」

 なんて、呑気に観察するアラン。

 

 なんと……。

 

 

「これ、貰えないかなぁ……」

「無理だろうな」

 ですよねー。

 

 

「ジー……」

 ムツキは真っ直ぐに特産キノコを見つめるけど、そんなに見たって貰えないみたいだよ。

 

 まず、ババコンガさん寝てるしね。

 

 

 いや、寝てるならチャンス?

 

 

「ムツキ、やれるの?」

「ふ……僕を誰だと思ってるニャ」

 視線をズラしてそう言うムツキは、なぜだか遠くを見ているようだった。

 

 

「ボクに盗めない物はにゃい……」

 何でそんなに下を見ながら言うの……。

 

「あぁ……そう言えば、お前はやり過ぎて島流しになったんだっけか」

「言うニャ! ボクの黒歴史を掘り返すのは辞めるニャ!」

 そ、そうだったね。

 

 

 ムツキは島に来る前、メラルーとしても物を取る事に関して優秀だった。

 それで、良くハンターさんのアイテムとかを盗んで使っていた経緯で今の賢いムツキが居るんだけど。

 

 やり過ぎて、怒られて、怖いハンターさんに島流しにされちゃったみたいです。

 筏一枚で海を流れるのが相当効いたのか、島に来てからは泥棒はしなくなったんだけどね。

 

 

 

「と、言うことで」

 なんて言うムツキの手には、既に特産キノコが握られていた。

 すぐ視線をババコンガの尻尾に戻すと、そこにあった筈の特産キノコが無い。

 

 

「早っ……」

 久し振りに見せてもらったけど、ムツキのぶんどりはもう目にも見えません。

 必殺仕事人みたいで格好良いよムツキ! ババコンガさんも起きて来ないし。

 

 

「凄いねムツキ!」

「……ははっ」

 乾いた笑い声で目を反らすムツキ。どうやら、未だに島流しがトラウマみたい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「よし、キノコは取り終えたな?」

 そんなこんなで、私達は辺り一面のキノコを全て採取し終えました。

 キノコハンターマスターの称号も夢じゃないかも。

 

 

「ババコンガが起きる前にここを離れるぞ」

 それで、後はババコンガがご飯を探して出て行ってくれれば解決です。

 この近くには未知の樹海っていう場所があって、そこにはキノコも多いからババコンガは勝手にそこに向かうだろうってアランが言っていた。

 

 これでメインクエストも達成だし、サブクエストのジャギィ達も縄張りが返って一件落着。

 私が望んでいたゴールが、答えが、直ぐそこにある。

 

 

 

 なのに、私はまたやってしまった。

 ツタを登って、エリアから出ようとしたその先で。

 

「あ、特産キノコ……っ」

 ポーチから頭を出していた特産キノコを落としてしまったの。

 

 特産キノコは地面を何度か跳ねて、ババコンガのトサカに当たって停止した。

 

 

「……ったく、何してるニャ。もぅ」

「ご、ごめんなさい……」

 謝る私を尻目に、ムツキはババコンガのもとに戻って慣れた手つきで特産キノコを拾って振り向く。

 

「もう僕が持ってるニャ」

「ごめんね……ありが———」

 いつも迷惑を掛けてごめんなさい。そう思いながらも、頼りになるお兄さんを労おうと声をかけ掛けようとしたその時だった。

 

 

「フゴァ…………フゴォッ!」

 ムツキの背後で、ババコンガが身体を起こす。

 その瞬間だけは眠そうな表情をしていたんだけど、ムツキが視界に入るや否や血相を変えて自分の尻尾を視界に映した。

 

 

 特産キノコが無い。

 大切にとっておいた特産キノコが無い。

 

 目の前に居るネコがそれを持っている。

 

 

 そんなババコンガの心境が手に取るように分かった。

 だって、ババコンガさんは顔を真っ赤にして両手を広げていたから。

 

 

「フガァァァ!!」

「臭———ニャぁ゛ぁ゛?!」

 ムツキの背後で、お尻から茶色い煙を巻き上げながら身体を震わせるババコンガ。

 その鋭い爪が振り上げられ、特産キノコを奪った目の前の生物に振り下ろされる。

 

「ムツキぃっ!」

「……ちっ」

 人の身体ほどもある腕が振り下ろされる瞬間、火を纏った弾丸がその手首に命中した。

 

 

「ニャニャニャニャニャ……っ?!」

 震えるムツキの目と鼻の先に、弾丸の威力で攻撃位置がズレた爪が突き刺さる。

 アランの援護がなかったら———そんな事を考えて私は動きを止めてしまった。

 

 

「何してる! ムツキを助けるぞ!」

「……っぁ」

 そうだ、私のせいでムツキが危ないのに。

 

 直ぐに背負った剣に手を掛ける。

 ただ、私はまたそこで固まってしまった。

 

 

「ババコンガさんを、止めないと……?」

 起こしてしまったババコンガを止めるには、どうしたら良いのだろうか?

 アランも弾を撃ってしまったし、ムツキが特産キノコを持っているし、ババコンガは完全に私達を敵だと認識している。

 

 

 そんなババコンガを止めるには———殺すしかない。

 

 

「フガァァァ!」

「ふにゃぁぁぁっ?!」

 私がそんな事を考えている間にも、ババコンガの鋭い爪がムツキを襲う。

 

 右腕を、左腕を、それを交わされたならまた右腕を。

 繰り出される猛攻をムツキは必死に走って逃げる。

 

 

 

「……ミズキ?」

 アランが名前を呼ぶ。

 けど、それに応える事もムツキを助けようと動く事も私は出来なかった。

 

 

 ババコンガを殺さなければいけない。

 

 私は……アランみたいには———

 

 

「ミズキ!」

 私の名前を呼んだのは、ムツキだった。

 

 ———ぇ?

 

 

「何やってるニャ!」

 いつの間にか私の正面まで戻って来ていたムツキが、ジャンプして特産キノコで私の頬を叩く。

 全く痛くないけど、それでもムツキが私に喝を入れてくれたのだけは分かった。

 

 

「ムツキ……ご、ごめんね……っ」

「ミズキのバカは昔からニャ。気にしにゃい」

 な……っ。

 

 

 

「フガッ、フゴ……フゴフゴ」

 ムツキを取り逃がして、私達の前で威嚇をするババコンガ。

 今ツタを登ろうとしたら確実にババコンガに襲われる。状況としては、改善していない。

 

 

「……ミズキ、ババコンガを救いたいか?」

 そんな中、アランはババコンガから視線を外さずに私にそう話し掛けてきた。

 

 私は……確かにババコンガさんも助けたい。

 でも、もうこうなったら———

 

 

「傷付ける事で、相手を救える事もある」

 腰の剣も手に取りながら、アランはそんな事を言ったの。

 

 傷付ける事で……救う?

 

 

「傷付き弱れば、回復しようとその場から離れる。回復能力の高いモンスター達は、そう簡単には死なないからな」

「ババコンガさんと戦って弱らせられれば……殺さずに済むかもしれないって事?」

「そういう事だ」

 そんな事が……。

 

 

「俺は道を示しただけだ。……後はお前が選べば良い。お前が戦わないなら、俺はこいつを殺す」

 その眼は、いつかモガの森でジャギィを殺した時と同じだった。

 アランにはその覚悟もある。

 

 ただ、私が望むならチャンスをくれるって……アランはそう言ってくれた。

 

 

「……戦う」

 剣を手に取る。

 

 本当は双剣なんだけど、盾と剣にしてこの武器を構える。

 

 

 

 守れなかった私に、あなたは力を貸してくれますか?

 

 もし、貸してくれるなら。ババコンガさんを一緒に守って下さい。

 

 

 

「フゴァァァァッ!!」

 特産キノコ泥棒を目の前にして、怒りの雄叫びを上げるババコンガ。

 そんな声と共に、戦闘は始まった。

 

 私よりも早くババコンガの元に向かったアランが、その頭を踏み付けて跳躍する。

 そのまま空中で火炎弾をババコンガの背中に叩き付け、その背後に着地して後ろを取った。

 

 

「フゴァッ?!」

 突然の背中への衝撃、そして今さっき自分を踏み付けたアランを見失ってババコンガは辺りを見渡す。

 

 

「ムツキ、危ないから離れててね」

「んニャ……それは僕のセリフなんだけどニャ……」

 大丈夫、私だって成長してるもん。

 

 

 モガの村にいた時は、私はジャギィだって倒すのが精一杯だった。

 アオアシラやロアルドロス、ドスジャギィは愚かジャギィノスだって歯が立たない未熟者。

 

 

 でも、アランに剣の振り方を教えてもらったり……戦う覚悟を貰ったりした。

 

 

 あの時の私じゃない。

 

 倒す事は出来なくても、戦う事は出来る。

 それに、それで良い。

 

 

「こっちだよ!」

 アランを探して隙を見せるババコンガの懐に入り、剣を叩き付ける。

 振るんじゃなくて、引くように、腰を使って。

 

 迷わずに、斬る。

 

 

「フゴァッ?!」

「やった!?」

 剣先を濡らす鮮血と、確かな手応え。

 そうだ、私も戦える。

 

「そんな訳があるか盾を構えろ!」

 そんな自惚れた私に掛けられたのは、そんな声だった。

 

「ぇ———」

 何故か分からなかったけど、とにかく盾を構える。

 その次の瞬間、私の身体は物凄い衝撃と共に地面を離れた。

 

「……っぁ゛、っゃぁ」

 そのまま吹っ飛んで、私は地面を転がされる。

 ババコンガに殴り飛ばされた……?

 

 

 盾のおかげで大きな怪我はしなかったけど、地面に叩きつけられた衝撃で身体のあちこちが軋むように痛い。

 それでも何とか立ち上がって、心配で駆け寄って来たムツキに回復薬を貰う。

 

 それを一口で飲み干した所で視界に映ったのは、ババコンガの正面で剣を振るアランだった。

 

 

「フゴァッ!」

 アランの斬撃に苦しそうな表情を見せるババコンガだけど、それをものともせず太い腕を振りかざす。

 アランはそれを前転して避けたんだけど、私はあの攻撃に当たってしまったみたいだ。

 

 

 当たり前といえば当たり前、モンスターが私なんかの攻撃で動きを止める訳がない。

 

 

「も、もう一度……」

「辞めとくニャ……怪我しちゃうニャ……」

 ムツキの心配は嬉しい。

 

 だけど、ごめんなさい。

 

 

「私がやらなきゃ……意味がないから」

 アランは私に道を教えてくれる。けれど、その道はアランが知っているだけで向かおうとしている道じゃないんだと思う。

 アランがなんでその道を知っているのか分からない。

 

 本当はその道は間違いで、アランはそれを知っているのかもしれない。

 

 

 何も分からないけど。それでも、私は今その道を進みたい。

 アランと同じ答えが見えるのかも分からないし、私だけの答えが見つかるかもしれない。

 

 どっちでも良い。

 

 

 私は、その答えが知りたい。

 

 

「……っやぁぁ!」

 アランに集中して私を見ていないババコンガの背後から近付いて、剣を叩き付ける。

 尻尾の付け根に一撃、回転を加えて背中に一撃。

 

 小さな悲鳴が聞こえたのを確認したら、私は一歩下がって盾を構えた。

 ババコンガさんが何をしてくるか分からないから、とりあえず離れてガードで。

 

 

「フゴォォッフ」

 次の瞬間、ババコンガをお尻の周りを茶色い煙が覆った。

 え? 何? そんな事を考える前にとある感覚が私を襲う。

 

 

 ———臭ぁ?!

 

 なんとも形容出来そうもない強烈な匂い。とにかく臭い。何これ臭い。

 

 

「何これぇ?!」

 もう涙が出てくるくらい臭かった。

 どうなってるの、もぅ。

 

 

「フゴァッ」

 私とアランを一緒に視界に入れる為か、少し走って距離を取るババコンガ。

 向き直って何やら尻尾でお尻の辺りを触っている。

 

 

「さっきのは彼奴の放屁だ」

「ほうひ……?」

「屁だ」

 ぬぁ……っ。

 

 

「そして今から……」

「今から?」

「あいつは排泄物を投げてくる」

 ぇ、それって———

 

 

「フゴァッ!!」

 姿勢を低くし、長い尻尾を頭の上で振るババコンガ。

 その尻尾には何やら茶色い物が掴まれていて、それは真っ直ぐ一直線に私達へ向かって来た。

 

 

 嫌だ嫌だ当たりたくない!!

 

 

「うわぁ?!」

 急いで身を乗り出して、私はそれから逃れる事に成功した。

 ババコンガさん、なんて汚い攻撃をするの……。

 

 アランもちゃんと避けてたのを確認して安心した矢先、エリアに悲鳴が轟く。

 

 

「ぎにゃぁ゛ぁ゛?!」

 私達を後方で見ていたムツキの隣に、ババコンガの排泄物が着弾。

 直撃していないのに、ムツキは白眼を向いて倒れてしまった。

 

 

「は……はわ……はゎゎゎ……はゎゎゎゎ……」

 戦慄して足が固まります。ババコンガ、そんなに危険なモンスターじゃないって思ってたけど物凄く危険。

 

 

「とりあえずムツキを彼処から離してやれ……。俺が気を引く」

 そう言って、アランはババコンガに向かって行った。

 

 む、ムツキを助けないと……。

 

 

 

「ムツ———臭っ!」

 倒れているムツキに駆け寄るけど、物凄い臭さ。キノコ大丈夫かな……。

 あまりの臭さに泣きながら、白眼のムツキをエリアの端に寄せます。カゴも大丈夫。

 

「……私、助けられてばかりだなぁ」

 失敗も多いし、ちゃんと攻撃も与えられてない。

 

 

 村にいた頃よりは成長してる筈……だけど。

 

 

 

「もっと頑張らなきゃ、ね」

 誰に言うでもないけど、決意を落として振り向く。

 ババコンガを一人で翻弄するアランは本当に凄くて、私は要らないのかもしれない。

 

 でも、本当は私がしなきゃいけない事なんだ。

 

 

 

 それから、力足らずだけど私も戦いに加わってババコンガと戦闘を続けて少し時間が経った。

 

 息がし辛いし、何度か地面を転がって全身痛い。

 それでも、倒れないように必死にババコンガに噛み付いた。

 

 

「フゴァッ……フゴァッ! フゴォォッ!」

 相手も私も、もうボロボロ。アランだけは息を切らしてなくて、ハンターとしての実力差を思い知るよう。

 

 そしてババコンガは、最後の力を振り絞って跳躍した。

 あの巨体を浮かして私達を上から潰そうとしてるんだと思う。

 

 

「……っゃ!」

 その攻撃を、地面を転がって回避する。

 背中に感じる風圧は、ババコンガと地面との間にあった空気。

 

 潰されていたら、死んでいたかもしれない。

 当たり前だ。ババコンガは命を賭けて、私達と戦っている。

 

 

 もうきっと、キノコの事は頭にないかもしれない。

 

 ただ、自分をここまで傷付けた狩人を殺して自分が生き残るために必死で戦ってるんだ。

 

 

 でも、それもこれで終わり。

 

 

「隙が出来た、一気に叩き込め!」

 そんなアランの言葉通り、立ち上がった私の背後でババコンガは地面にうつ伏せで倒れていた。

 体力の限界だったのだろう。本当に最後の攻撃だったのだろう。

 

「……やぁぁぁぁっ!!」

 そんなババコンガに私は近付いて、剣を叩き付ける。

 

 

 モンスターは、とてつもない生命力があってどれだけ傷付けてもその命の火を消す事は難しい。

 ハンターはそんなモンスターを限界まで追い詰め、殺す。

 

 凄いと思う。

 

 だって、もう、アランに手伝って貰っているのに私にはそんな体力が残されていないんだから。

 

 

 だから、この一振りも私の最後の攻撃だった。

 殺したくない言い訳じゃない、本当に最後の体力を使った攻撃。

 

 モンスターと戦うって、難しいんだ。

 

 こんなにも、大変なんだ。

 

 

 

 ……もっと、頑張らなくちゃ。

 

 もっと、強くならなくちゃ。

 

 

 

「…………はぁ……は……っ……はぁ……」

「フ……ゴゥ…………ォォ……」

 目の前で呻き声を上げるババコンガ。お互いに、もう限界です。

 

 

「……もぅ…………う、ご……けない……はぁっ」

「……もう少し体力を付けた方が良いかもな。というか、ちゃんとした狩りの仕方を学ぶべきか」

 私が村でやってきたハンターってなんだったんだろう……。

 

 

「フ……ゴァッ…………フゴォ……」

 苦しそうに身体を動かすババコンガさん。

 

 

「だ、大丈夫かな……っ? アラン、ババコンガさん大丈夫……?」

「さっきまで何回も自分を殺そうとしてきた相手を良く心配出来るな……。お人好しにも程があるぞ」

 むぅ……。

 

「私はババコンガさんの為に戦ったんだもん……」

「…………そうか。まぁ、大丈夫だろう」

 アランの視線の先で、ババコンガは呻き声を上げながらも立ち上がろうとしていた。

 

 かなり体力を消耗したのか、ぎこちない動きだけどちゃんと立ち上がるその姿には生きる強さがまだ残っている。

 

 

「後は、ほっておいてもここから出ていくだろう……ただ———」

 言いながら、アランはババコンガの方を向きながらも視線を別の場所に移した。

 

「———こいつらがそれを許すかどうかだな」

「グォゥッ」

「ウォゥッ」

「ウォゥッ!」

 その視線の先に居たのは、他でもないあの三匹のジャギィ。

 

 

 自分達の縄張りを奪ったババコンガが、今まさに弱っている。

 今なら倒せるかもしれない。

 

 ババコンガを睨み付けるジャギィの眼はそんな感情が見え隠れしていた。

 

 

「ジャギィさん達……」

「倒れているムツキをスルーしたのはこいつらの慈悲か知らんが……。こいつらにババコンガを逃すなんて選択肢はないのかもな」

 苛立たしそうにそう言うアランの手が背負っている剣に向けられる。

 

 

「チッ……ミズキ、選べ」

「……ぇ?」

 な、何を……?

 

 

「ウォゥッ! ウォゥッウォゥッ」

 鳴き声を上げるジャギィ。それは、私達に退けと言っているみたいだった。

 

 

「ババコンガを見捨てるか、ジャギィを殺してババコンガを助けるか」

「そんな!」

 アランの言葉に声を上げるけど、アランの言葉の意味が分からない訳じゃない。

 

 ジャギィさん達はババコンガを逃す気がない。

 ババコンガを助けるならジャギィを殺すしかないし、ジャギィを殺したくないならババコンガを見捨てるしかない。

 

 

 何事も上手く行く事ばかりじゃない。

 

 アランが舌を打ったって事は、どうしようもないって事だから。

 アランだって道を知らないって事だから。

 

 

 ババコンガもジャギィも救う道は、私達の前にないって事だから。

 

 

 

 ……嫌だ。

 

 

 …………そんなのは、嫌だ。

 

 

 

「ジャギィさん達、待って! ババコンガさんは直ぐ出て行くから!」

 アランに借りたお守りを握って、私はジャギィさん達に語り掛けた。

 言葉は通じないって、分かってる。

 

「グォゥッ!」

 想いは届かないって、分かってる。

 

 

「ウォゥッ」

「ウォゥッ!」

 私とジャギィさん達は種族が違う。

 

 

 人と竜は、相容れない。

 

 

 

「おいミズキ、ババコンガから離れろ。一緒に襲われるぞ」

「ダメだよ! ババコンガさんが殺されちゃう!」

「この世界はお前が思ってるほど甘くはないんだ!」

 それでも……っ!

 

「ババコンガさん、走って! 逃げなきゃ死んじゃうよ!」

「おいミズキ!!」

 嫌なんだ……っ!!

 

 

「グォゥッ!」

「っぁ?!」

 アランの言葉と同時に、ジャギィが一匹飛び掛かって来る。

 それが私に向けられた物なのか、ババコンガに向けられた物なのかは分からない。

 

 次の瞬間、何かが爆発した。

 

 

「フゴゥッフッ」

 強烈な悪臭を放ちながら、視界を茶色が覆い尽くす。

 物凄く臭い。気絶しそうな程に臭い。

 

 これは……ババコンガの放屁?!

 

 

「グェェッ?!」

 そんな臭いの中に自ら飛び込んで来たジャギィさんは卒倒した。

 モンスターは人より感覚が優れていたりするから、この強烈な臭いも強く感じてしまったのかもしれない。

 

 

 私の真横に落ちる気絶したジャギィさん。

 悪臭を我慢しながら、私はソレを放った犯人に振り向く。

 

 

「フゴォォッ」

 立ち上がり、私達を尻目に見るババコンガ。

 その表情からは怒りや苦しみは感じられなくて、ただ私とジャギィ達を見比べる。

 

 

「ウォゥ……」

「う、ウォゥ……」

 放屁で仲間を倒されたのが怖かったのか、後ずさるジャギィ達。

 

 そんなジャギィ達を無視して、ババコンガさんはゆっくりとこのエリアを歩いて行く。

 

 

 出口へと、真っ直ぐに。

 

 

 

「ふぁ……」

 そんなババコンガさんを見送って、力が抜けて座り込んでしまった。

 

 真横で倒れるジャギィを心配して、ジャギィ二匹が近付いて来るけどまだ臭いが臭かったのか直ぐに二匹は離れて行く。

 ただ、私達に攻撃しようとはせずに。取り戻せた縄張りを探るように歩いていた。

 

 

「運が良かった……のかな?」

 ババコンガさんが放屁する体力も残ってなかったら、ババコンガさんはそのまま襲われていたかもしれない。

 

 そして、私も。

 

 

「…………ミズキ」

 私の前に立ち、名前を呼ぶアラン。

 その声は低かった。

 

「ぉ、怒ってる……よね。ごめんなさい…………ぇ、えと……あ、お守り! お守り返すね!」

 なんとか誤魔化そうとして、借りた綺麗な水色のペンダントを首から外す。

 うぅ……絶対、無茶をするなとかそんな甘い考えじゃとか怒られるんだ。

 

 

「それは、お前が持ってろ。……お前にやる」

「……ほぇ?」

 そう言って、アランは私の頭に手を置いてくれた。

 優しく撫でてくれる手は、なんだか柔らかい。

 

 

 

「反省点は沢山あるが……まぁ、これがお前が今回辿り着いたゴールだ。満足か?」

 そう言うアランはこのエリアを見渡します。

 

 

 エリアを出て行ったババコンガ。私の横で可哀想に卒倒しているジャギィと、エリアを歩き回る二匹。

 

 

 私が選んだ道の先。ゴールが、その道の答えが、此処にはあった。

 

 

「……うん!!」

 これが……その答え。

 

 少しでも、その先の答えに近付いただろうか?

 

 少しでも、行くべき道を開けだろうか。

 

 

 ただ今は、この場の答えに満足して。気分が高揚した。

 

 

 こんな素敵な体験が、また出来た。

 

 

 

「クエスト、サブターゲット、クリアだな。今日くらいは良い物も食べられるだろう」

「本当に?! やったぁ!」

 エビフライが久し振りに食べたいです。もう何ヶ月食べてないのか!!

 

 

 

「……ぅ、ニャ…………アレ? ここは? 確か特産キノコのクエストで……あ、これ特産キノ———臭ぁぁああああ!!!!」

 エリアの端で、起きては手元の特産キノコの臭さに悶えるムツキ。なんて災難。

 

 

「うわ……臭そう」

「あれが臭くて納品が許されなかったら、今日もパンだな」

「そんなぁ!」

「後お前も臭い」

「そんなぁ?!」

 酷い!

 

 

 

 その後、なんと特産キノコは納品を拒否され。

 

 その日の夜ご飯はキノコの炒め物を挟んだパンでした。

 

 

 うぅ……貧乏生活から脱出出来ない。

 

 ハンターとしてもまだまだだし、課題がいっぱいです。

 

 

 頑張らなきゃね。




一章の補完みたいなお話になってしまいましたが、20話にして小さな区切りに出来たかななんて思っていたり。


言い訳としては。
ババコンガが遺跡平原に居たのは、近くに原生林や未知の樹海があるのでありえない事ではない……かな、と。
寧ろそれを今後の伏線に出来たならなんて考えてるくらいです。

所で私はババコンガが一番苦手なモンスターです。Xには居なかったので幸せなハンター生活を送っていましてが、XXでは復活するみたいですね……。タ、タノシミダナー。


遂に20話です。これからもお付き合いして下さると嬉しいですm(_ _)m
感想評価もお待ちしておりますよl壁lω・,,`)

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