モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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狩り人と乗り人の物語 ーChild of the devilー
出会いと最初のクエスト


 事の始まりは、私が村で受けた一つのクエスト。

 

 

 大陸の方ではもう覚えている人の方が少ないかもしれない、あのナバルデウスを巡る事件から数年。

 ここ、モガの村はナバルデウスを倒したあの人が居なくても問題がなくなってしまう程平和になっていた。

 

 そんな所にギルドも凄腕ハンターを置いておく訳にもいかず、私がこの村のハンターを受け継いで三年程の月日が経つ。

 

 ただ最近、あの頃と同じくらいモガの森の生態系がおかしくなって来ていた。

 私も「おかしいなぁ」なんて思っていたし。実際私なんかでは手が付けられない程、森は騒めいている気がする。

 

 

 そんな中、村長さんやアイシャさんが村に助っ人のハンターさんを呼んでくれたらしい。

 だけど、到着予定から半日経ってもそのハンターさんは現れなかった。

 

 手掛かりが島の反対側で見つかって。私は島の反対側まで人探しをしてくるクエストを、村長さんから頼まれたのである。

 

 

 

「この木って……これかなぁ?」

「もうアイシャのメモは捨てるニャ……。そんなもの、草食獣の餌にもならないニャ」

「そんなもの捨てたら環境破壊だってギルドに怒られちゃうよ?」

「……帰ったらアイシャの口の中に突っ込むニャ」

 それは酷い。

 

 

 迷いながらも、私達は島の反対側───海に面した入江に辿り着いた。私はそこで、とんでもない光景を目にする。

 

 

 

 モンスターが巣を作って、小さな群れが住まう入江。

 その中央にポツンと。一人の銀髪の青年が座っているのが見えた。

 

 この時点で、とんでもない光景だというのは誰が見ても分かってしまうだろう。

 

 

 モンスターはこの世の理だ。

 人と分かり合う事なんて決して無くて、モンスターにとって人は食べ物か邪魔者かでしかない。

 

 私達は弱くて脆くて、彼等からしてみれば格好の餌でしか無い。

 

 

 

 それなのに───

 

 

 

「───嘘……でしょ?」

「───な、ニャ……ニャぁ!?」

「……こんな所に人が来るなんてな。もしかして俺を探しに来たのか?」

彼は、ジャギィやジャギィノスに囲まれながらも何も気にしてないかのように立ち上がりこう口を開く。

 

 

「と、なるとお前がこの村の今のハンターか」

 いや、そんな呑気に自己紹介してる場合じゃ無いから。

 

 え? なんで? どうしてそんな事になってるの? 寝ぼけてるの!?

 いや、もしかして私が寝ぼけてるの!?

 

 

「ギャィッ!」

 彼の隣に座っていた、ジャギィノスが瞳を光らせながら小さく声をあげた。

 危ない危ない危ない! 逃げてハンターさん!!

 

「大丈夫だ。あいつは今、お前に敵意は無い。……そうだろ?」

 しかし私のそんな心の声は届かなくて。

 あろう事か、彼はそんなジャギィノスの頭に手を乗せる。

 

「ぇ、ぁ、え、えぇ……?」

 私は夢でも見ているのだろうか。

 

 

 人とモンスターが、仲良くしているように見えた。

 

 

 

 全くあり得ない話ではない。私の相棒、メラルーのムツキだって言ってしまえばモンスター。

 農場で畑仕事を手伝って貰っているアプトノスのジェニーだってモンスターである。

 

 でも彼等は比較的というか人に害のあるモンスターではないし、大人しいし可愛いし襲っては来ない。

 でも大概のモンスターは違うんだ。人と竜は相容れない。そんな常識が、目の前の光景で壊れていく。

 

 

「どうした?」

「どうした!? じゃ、なくてぇ! 周り見えてるの!?」

 ごちそうさま五分前だよ、こんなの!

 

 

 ジャギィは比較的小さなモンスターだけど、群れを作り大勢で襲い掛かってくるモンスターだ。

 薄紫色の身体に扇のような耳が特徴。

 

 ジャギィノスは同種の雌の事で、耳が垂れ下がっていてジャギィより体格が大きい。

 

 そんなモンスター達がこの入江には何匹か居て、そのど真ん中に彼───ハンターさんは平気な顔で立っている。

 

 

 

「……確かにこれは普通に考えたら不味いな」

 普通に考えなくても不味いよ。

 しかも彼、腰に武器を背負ってはいるけど格好は私服なのか防具ではないみたい。

 小型のジャギィといえど、噛まれたら大怪我は避けられない格好だ。

 

「おいお前、俺の命が惜しければ武器だけは抜くなよ?」

 彼はそんな意味不明な事を言うと、周りを気にしながらゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

 

 座っているジャギィ達の間をゆっくりと。

 そんな光景は見ているだけで血の気が引いていくような恐ろしい光景。

 

 今この瞬間にも、ジャギィの一匹が彼に襲い掛かったって何もおかしくはない。

 

 

「さっきまで何もしなかっただろ? 心配するな。今は、敵じゃない」

 しかし、私が彼に感じたのは無茶だとか頭がおかしいだとかそんな事ではなかった。

 

 きちんと、周りを見渡して警戒している。

 この状況で彼はきちんと自分の安全を考えている。

 

 だから、そんな彼を信じて私は武器を抜かなかった。

 

 

 

「……よし。良いか? 奴等から目を離さずに、背を向けずにここから離れるぞ」

 そしてジャギィ達の間を抜けて、私の目の前まで歩いて来た彼はそう口を開く。

 

 

「……あなた、モンスターと友達になってたの?」

「そんな訳あるか。……話は後だ。今は行くぞ」

「……ニャぁ」

 そんな彼に連れられて、私はそんな夢のような体験をした場所を後にしたのだった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「さっきはよく武器を抜かなかったな。おかげで助かった」

 入り江を離れてモガの森を歩く私達。

 先頭を歩く私に、彼はそう口を開く。

 

 

 銀髪で長身。目付きが悪くて、腰に片手剣だけは背負っているけど、盾は無くて。

 この狩場で私服姿のその胸には、半分だけ欠けてる綺麗な宝石がペンダントみたいにぶら下がっていた。

 

 

「あなたは……何者? 村長さん達が呼んでくれたハンターさんなの?」

「村長さんってのがあのじいさんなら、そうだな。タンジアギルドから派遣されて来たハンターってのは俺だろう」

「どうしてあんな所であんな事になってたの!? もしかしてあそこで寝てたの!? なんでジャギィ達に襲われなかったの!?」

 淡々と答える彼に、私はついに質問の渦が爆発してしまう。

 

「……そんなにいっぺんに聞かれても答えられる訳がないだろ。そもそも、まずは初対面なんだ。自己紹介をするのが先だ」

 む、それはそうか。

 

「ごめんなさい……私はミズキ。こっちは、相棒のムツキだよ」

「宜しくニャ」

「……ん、宜しく。俺はアランだ」

「んにっ」

 振り向く前に、彼───アランは私の頭に手を乗せてくる。

 まるで小さな子供にするような仕草に、ちょっと不服だ。

 

 私はこれでも十五歳で、もうハンター生活三年目の大人なんだから。

 

 

「んぅ……」

「どうかしたか……?」

 

「何でもないですぅ……」

「ん……?」

「女心の分からん奴はモテないニャ」

「……そうか」

 顔が良いからだろうか。あまり女性に興味がないのか、ムツキの言葉を聞き流すアラン。

 彼はそのまま私を追い越して歩きながら、私のさっきの質問の答えにこう口を開いたのだった。

 

 

「俺はただあそこで寝ていただけだ」

「そ、それって……起きたらあの状況だったって事!?」

 普通パニックだよ。

 

「いや、俺が寝る前からあそこには群れが居た」

 私がパニックだよ。

 

「意味分かんないよ!?」

 なんで襲われなかったの? どうしてあそこで寝ようと思ったの?

 頭に疑問がこれでもかという程浮かんでくる。

 

 この人が正気でないのか、私が正気でないのか。

 前者のハズなのに、彼の動じない態度を見てしまうと私がおかしいのかと勘違いしてしまいそうだ。

 

 

「そうだな……説明不足か。ミズキ、だっけか?」

「え、あ、はい」

 表情を変えない彼に呼ばれ、私は良く分からずも返事をする。

 その後、彼はポーチから少量の生き物の肉を出してこう口を開いた。

 

「食べてみろ」

「シビレ生肉……?」

「……焼いてあるから」

 いきなりお肉を食べてみろなんて言われて、私の頭に一番に浮かんだのはシビレ生肉である。

 シビレ生肉は生肉にマヒダケと呼ばれる協力な麻痺毒を有するキノコを混ぜて、食べた者を文字通りシビレさせる罠肉だ。

 

 ハンターはモンスターにこれを食べさせて動きを封じるという戦法を取る事もある。勿論私も使った事あるよ。

 だから、それをジャギィ達に食べさせたのかな? なんて思ったけど違うみたい。

 

 

「ほむ、ふむふむ。上手に焼けてますー」

 促されるまま食べてみると、普通にこんがりと焼けた肉の歯応えが絶妙なこんがり肉だった。

 スタミナが回復して、もう当分食べなくても良さそう。

 

「腹はいっぱいか?」

「うん、ごちそうさ───じゃなくて! これなんの意味があるの?」

「あー、なるほどニャ」

 私が彼にツッコム横で、ムツキは自分だけ理解してその肉球を叩く。

 え、何? どういう事!?

 

 

「腹いっぱいの状態で、ミズキ……またこれを食べる気になるか?」

 そう言ってアランがまた取り出したのは、さっきと同じくこんがり肉だった。

 美味しそうだけど、さっき食べたばかりなのにまた食べられる訳が───あ、そういう事!?

 

「ジャギィ達はお腹いっぱいだったからアランを食べようとしなかったって事?」

「あぁ……丁度アプトノスを一匹丸ごとあの入り江で食ってた時に出くわしてな。俺を見てもよだれ一つ落とさなかったぞ」

 だとしても、そんな危険な場所でよく平然と眠れた物だ。

 

 

 正気じゃないのか、バカなのか。

 

 

「そんな事って……」

「モンスターだって生き物だ。そこに共存関係が出来るか興味を失えば、何もかもを襲って来たりする生き物の方が少ないだろう? そもそもあの群れにはボスのドスジャギィが居なかったからな、ジャギィ達は元々闘争心が強いモンスターでもない。これは、ハンターなら覚えておいて損はない」

 彼がそう言い切ったところで、丁度村が見えて来た。

 

 そんな事を考えて、平然とこのモンスターの世界で生きられる彼は相当な実力を持つハンターなんだってこの時点で私は分かってしまう。

 アランが居るからあなたはもう用済みですって、ギルドに言われたらどうしよう……。

 

 

「良い村だな」

「ふふん、そうでしょ!」

 

 モガの村。ここは、孤島地方にある比較的小さな村だ。

 小さいけど、自然に恵まれていて生活には困らないしとっても素敵な村だと私は思う。

 

 

「村長さんに挨拶をしたいんだが……案内して貰えるか?」

「う、うん! こっちだよ」

 どうかこれが私の最後の仕事になりませんように。

 

 

 

 

「おぅ! 良く見つけて来てくれたのぅ、ミズキ」

 村長の所にアランを案内すると、村長は私の肩を優しく叩いてそう言ってくれた。

 そのまま「今日までお疲れさん」とか言われなくて良かったよ……。

 

「そしてよく来てくれたの、アラン。時に島の反対側におったようだが、どうしてそんな所に?」

 そして村長はアランに、私も聞きたかった事を率直に質問する。

 

 村長の話では、本当はアランは昨日の夜には到着予定のハズだったらしい。

 でもアランを乗せた交流船は村に来なくて半日経って島の反対に不自然な筏を見つけたのが、私がアランを迎えにいくクエストの始まりでもあった。

 

 

「お前さんを乗せた交流船はどうしたのかの?」

「船はラギアクルスに襲われて中破して、近くの島で修理中です」

「ほぅ……で、お前さんは?」

 興味ありげにアランに話し掛ける村長。

 

 ラギアクルスと言えば海の王とも呼ばれるとても危険なモンスターだ。

 そんなモンスターに襲われて、船は中破で済んで彼だけが平然とこの島に居るのはなんとも不思議な話だと思う。

 

 

「ラギアクルスの奇襲を受けて直ぐに撃退の為に船を降りて、交流船を逃した後……船の残骸で筏を作って島まで来ました」

 表情を変えずに村長にそう返すアラン。

 

 あのラギアクルスを海の上で撃退して、その上一人で海を渡って島まで来た!?

 

 

「カッハハハハ! そうかそうか、わしの見立て通りお前さんやりおるな!」

「凄いんだね! アラン!」

「こりゃミズキはクビだニャ」

「そうなったら私達失業だよムツキ……」

「ニャぁ……」

 

「カッハハハハ! まだまだミズキには働いて貰うから安心せい!」

 そんな、普段のような明るい会話。アランは不慣れなのか、ちょっとどうしたら良いか分からないこれまでに無い表情をしていた。

 

「……所で、借家か何かあったりしますか? 村長。荷物は殆ど交流船に置いてきてしまったのであまり無いですが、寝床だけは確保したいので」

「うんむ、それに関しては少し準備に手間取ってての。少しばかりミズキに街を案内して貰っていてくれんか?」

「なるほど、分かりました。……頼んでも良いか? ミズキ」

「うん! 私に出来る事なら何でも言ってね!」

 少し無愛想な人だけど、実力は聞けば凄いみたいだしなんだか安心。

 

 そうだ、この人の弟子にして貰って私も力を付けるってのは凄く良い考えなんじゃない?

 

 

「じゃぁ、着いてきて!」

 なんて事を考えながら、彼の手を引いてまずはアイシャさんの居るギルド受付に。

 反対側は食事場ビストロ・モガになってて私の家でもあるし丁度良いかななんて思った。

 

 そんな風に計画を立てながら歩き出したその時だった。

 

 

「ミズキちゃんにハンターさん!!」

 向かうギルド受付で、いつもは寝たり歌を歌ってたり文字を書いて仕事をしているギルドガールのアイシャさん。

 彼女の姿は受付には無く、その声は村長さんと話していた背後から聞こえる。

 

 

「アイシャさん? もぅ、またサボりですか?」

「アイシャ、なんなんニャあの地図は……」

 

「え? 私的には完璧な地図だったんですけど……」

 急いで走って来たかと思えば、赤色のギルド受付嬢の制服を着た女性はキョトンとした顔でムツキにそう答えるのであった。

 アレが完璧とは、いかに。

 

 

 彼女こそ、この村のギルドの受付嬢のアイシャさん。

 少し抜けた所があるけれど、素敵な大人の女性なので私の憧れでもある。

 

 

「あの、急いでた感じだったんですけど。どうしたんですか?」

 そんなアイシャさんだから、さっきまでの用事をムツキの言葉で忘れちゃったんじゃないかって私は彼女に再確認。

 

「あ、そうでしたそうでした。まずはアランさん、この村に来て下さって感謝感激です!」

 やはり忘れていた。

 

「あ、あぁ……」

 そしてやはりアランは彼女のテンションに着いていけなかったみたい。

 それだと今後苦労するよ。

 

 

「そして急用なんですよ! ぶっちゃけヤバイです」

「え? 何かあったんですか?」

 あのアイシャさんが焦ったような口振りでそう言うので、私も真剣な面持ちで彼女の言葉に耳を傾ける事にした。

 慌てるほどの事と言うと、モガの森の事を思い出す。私が倒し損ねてしまった一匹のモンスターの事を。

 

 

「あのロアルドロスが村に近付いて来ているって情報が流れて来たんですよ!」

 そして、嫌な予感は見事な的中した。

 

 私が倒せなかった、逃してしまったモンスターが村に襲い掛かってくる。

 そんな事を考えると、自分の軽率な行動に伸し掛る責任で心が潰れそうだった。

 

 

 私のせいだ。私があのロアルドロスを倒せなかったから。

 

 

「……大丈夫だ」

 そんな事を考えて俯いていた私に声をかけてくれたのは、アランだった。

 

「……ぇ、アラン?」

「ニャ、僕の役目が!?」

 ムツキの役目って何!?

 

「受付嬢さん。避難勧告は無しで大丈夫です。……俺がロアルドロスを何とかします」

「ハンターさんが? え、えーと、任せて大丈夫なんですかね?」

「どちらにせよこの村の人達を全員避難させる程の時間は残されていないでしょう? 交流船も一台足りない状態だ。なら、無駄にパニックになるような事態を起こさない方が良い筈」

「えーあー、それは……確かにですね!」

 アイシャさん頭回ってなくない? 大丈夫!?

 

「分かりました、ハンターさんを信じます!」

「……任せて下さい」

 アランの真剣な表情は、彼を信じるには充分過ぎる程で。

 彼は胸の宝石を握りながら、踵を返してモガの森に歩いていこうとする。

 

 ……一人で行く気なんだ。

 

 

「待って!」

 それは、勝手に口から出た言葉だった。

 

 

「ミズキ……相手はロアルドロスだ。お前のその駆け出しハンター丸出しジャギィ装備じゃ餌になるだけだぞ」

 厳しい言葉。でもそれは、彼が決して私を見下して言っている訳じゃないって事はなんとなく分かった。

 

 当たり前の事だ。ハンターをやっていた年月なんて関係ない。

 本当はアオアシラくらいなら最近やっと倒した事あるけど、そんなのは駆け出し丸出しジャギィ装備の域から外れない事も分かっている。

 

 

 でも───

 

 

「私もこの村のハンターだもん! 村の危機に何も出来ないなんて、絶対に嫌。アランを信じてない訳じゃないけど…………私もこの村の力になりたい」

「……お前」

 アランは少し驚いたような表情をするけど、少しだけして直ぐに首を横に振った。

 

「うぅ……」

「……ダメだ、まだお前には早い」

 分かってる。力不足だって分かってる。

 

 でも、私はもう一人にされたくない。置いていかれたくない。誰かを一人で行かせたくない。

 

 

「あのぉ……ハンターさんハンターさん」

 俯いて何も出来ないでいる私を置いて森に行こうとするアランを止めたのは、他でもないアイシャさんだった。

 申し訳なさそうに彼の肩を叩くアイシャさんは、少し意地悪そうな表情を作ってこう続ける。

 

「ハンターさんの技量は確かに凄いのかもしれません。しかし、モガの森に関してはうちのミズキちゃんの方が遥かに詳しいです。この通り、私の地図はきっとハンターさんには解読不可能なので!」

 そう言ってアイシャさんがアランに見せたのは、簡易的なクエスト内容が書かれた受付用紙だった。

 普段はクエスト毎にモンスターの大体の居場所とかが書いてあるんだけど、急な事だったからかアイシャさんによる謎の暗号のみが書かれた受付用紙。

 

「この木を左……? いや、これじゃモンスターが何処にいるのか……」

「うーん、私としてはきちんと伝えられると思って書いてるんですけどねー? はい、そこでこの用紙で分からないのなら私からミズキちゃんにクエストです」

「あのなぁ……」

 アイシャさんが何を言おうとしているのか分かったのだろう。アランは頭を掻きながら、やれやれと言いたげな表情で私を見ていた。

 

「彼をロアルドロスの居る場所まで案内してあげて下さい。必要ならば、加勢も許可しちゃいます!」

「アイシャさん……」

「たまには良い事言うニャ!」

 

「ムツさん……。こほん。ミズキちゃん、でも無理はしないで下さいね。私は彼をきちんと知っている訳ではありませんが、きっと彼の狩りはあなたの勉強にもなる筈です!」

「はい! アイシャさん!」

 

「と、いう訳で! 宜しくお願いしますよ、ハンターさん」

 不敵な笑みでアランに微笑むアイシャさんは、いつもよりとても素敵に見えた。

 

「はぁ、分かった」

「宜しく、アラン」

「アランさん、だろ……?」

 そんなに歳、違うかな?

 

 

「カッハハハハ! どうするか決まったようだな!」

「村長さん……」

 一部始終を見ていたのか、満足そうな表情の村長がアランの肩を叩く。

 アラン自身は少し不機嫌そうだけど、私嫌われてないかな大丈夫かな。

 

「確かにお前さんを雇いはしたがの、わしらはミズキも頼りにしとるんだ。二人には協力してもらわないかん。……分かるな?」

「……はい」

「うんむ。宜しく頼むぞ!」

 村長……私の事頼りにしてるなんて。嘘でも少し嬉しい。

 

 

「私、頑張る!」

「ボクは応援するニャ」

「ありがとぅ、ムツキ」

「ニャー」

 

「……ほら何してる行くぞ? 案内してくれるんだろ?」

「ほぇっ……あ、うん! 任せて!」

「ボクも行くニャ!」

 これはきっと、私にとってとても大切な狩りになる。

 

 なんだか、心がそうやって確信していた。

 

 

 

「ほいほーい! ではでは、村に近付いてくるロアルドロスの撃退! お二人に村の命運を託しましたよー!!」

 なんて、村をそのまま出る私達を大声で送り届けてくれるアイシャさん。

 

 い、いやいやいや! そんな事大声で言ったらダメでしょ!?

 

 

「え!? ロアルドロスが?」

「村に来るって!?」

「避難しなきゃ!」

「うちにはミズキちゃんが居るじゃない」

「相手はロアルドロスだぞ!」

「避難だーーー!」

 村、大パニック。

 

「あわわわわわわ、み、皆さん落ち着いてーーー!」

「カッハハハハ! 頼んだぞ、三人共!」

 

 

「……この村、大丈夫か」

「あ、あはは……。賑やかでしょ」

「あのバカ今日はまかない無しニャ。お父さんに言い付けるニャ」

 お父さん、もう聞いてると思う。

 

「……行くぞ」

「うん!」

 こうして、本日三度目のモガの森へ私は足を運ぶのだった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 モガの森。

 村の人達はそう言うんだけど、外のハンターさん達からは孤島というフィールド名で親しまれているみたい。

 

 

 モガの村もあるこの島。実はモンスターも多く生息する、自然が良く残された島だ。

 小さな山みたいな物もあったり森もあったり水辺があったり、色々なモンスターが生活出来る環境だから本当に色々なモンスターが住んでいたりする。

 

 でもモンスターごとにちゃんと縄張りがあったり触れずに生きているから、あの地震が無くなってからは比較的生態系は安定していた。

 なのにここ最近は、今回のロアルドロスみたいに村に近付いて来るモンスターまで出始めている。

 

 何か、この島に起きているのだろうか。

 

 

「綺麗な石だね。お守りなの?」

 モガの森に入ってちょっと経ってから、アランの横を歩きながら私は彼にそうやって話し掛けた。

 

 ロアルドロスが縄張りから村に向かってくるとすれば私を追い掛けていたあの川沿いだと思う。

 その川を沿っていけば向こうからロアルドロスが現れる筈だから、私は少し気を抜いて彼も世間話をする事にした。これからハンターの仲間として一緒に行動するのだから、出来るだけコミュニケーションを取っておきたい。

 

 

「ん……あぁ、これか」

 彼の胸には、綺麗な宝石のような物がネックレスのように掛かっている。

 半円に欠けているけど、青くて透き通っている本当にとても綺麗な石。

 

「……戒め、だな」

「戒め?」

 そう言う彼は、なんだか遠い所を見ている気がした。

 

 

「……一度誤った道を、忘れない為の戒めだ。お守りなんかじゃないさ」

「そ、そうなんだ……」

 もしかして、聞いてはいけない事を聞いちゃったのかもしれない。

 

「まぁ、確かに綺麗かもな……」

「うん、綺麗だよ」

 とっても綺麗な石だと思う。

 

 

「……ニャっ」

 ふと、後ろを歩くムツキの髭がピンと伸びた。

 途端に彼の表情は緊張感を持って、周りを見渡す。

 

「感じるのか、ネコ」

「ムツキだニャ。……来るニャ!」

 ムツキを見ていて振り向いていたからか、進む先の川から頭を出す一匹のモンスターに気がつくのが遅れてしまった。

 

 

「キェェェェッ!!」

 気が付いた所で、ロアルドロスは水中での機動力を生かして一瞬で私達に接近し飛びかかってくる。

 後頭部から身体の半分まで伸びる黄色い鬣。細長い胴体は海竜種らしく、見た目通り水中での行動に長けていた。

 

 

「……下がれミズキ!」

「ふぇっ!?」

 その一瞬で、彼は私を屈ませながら腰の片手剣を抜く。

 

 真っ黒な剣。なんの素材かは分からないけど、手入れが行き届いていて光沢がその切れ味を表しているようだった。

 飛び掛かるロアルドロスの攻撃を彼自身も交わしながら、片手剣をその身体に当てがう。

 

 

「……思ったよりは硬いな」

「キェェッ!?」

 瞬き一回分のその時間で、重なり合ったアランとロアルドロス。

 

 私もアランも無傷で、ロアルドロスはというと飛びかかった勢いそのまま血を周りに撒き散らしながら地面を横倒しに転がった。

 

 

「倒した!?」

 い、今ので!?

 

「す、凄いニャ! やるニャ!」

「……いや、あんなの奴にとっては擦り傷だ」

 え、そうなの。

 

 

「グゥゥ……キェェェェッ!!」

 アランの言う通り、ロアルドロスは傷を負いながらも表情一つ変えずに立ち上がって咆哮を上げる。

 

 

「嘘ぉ!?」

 そんなに甘くはないようだ。

 

 

「に、ニャぁ!?」

 私が驚きを連発していると、またムツキが何かを感じたようで身を振るせながら背後を確認する。

 

 私も、ロアルドロスから目を逸らしてムツキの視線を追うとそこには───

 

 

「「「キェェッ」」」

 ルドロスの群れが居た。

 

「ひーふーみーニャー……ヤバいニャ。食われるニャ」

「挟まれた!?」

 ルドロスはロアルドロスを小さくして鬣を無くした様な小型モンスター。

 ロアルドロスはそんな群れのボスで、水獣(すいじゅう)とも呼ばれている。

 

 そんなルドロス十数体の群れに背後を取られて挟まれてしまった。

 これは、危ないかも。

 

 

 

「キェェェェッ!!」

 親分のそんな鳴き声が合図だったかのように、周りのルドロスは私達との距離を縮めて来る。

 

「……く、来るなら来い!」

 私だってハンターなんだ……ッ!

 

 

「……ふっ」

「ぇ?」

 背後で、こんな状態なのに彼が笑ったような気がして。私は少しだけ彼の顔を覗いてみた。

 銀髪に長身。左手は胸の石を握り、右手は片手剣を握っている。

 

 そんなアランの表情は───憎しみの篭ったような、怖い表情だった。

 笑ったかと思ったけど、気のせいだったのかな。

 

 

「……アラン?」

「お前も、なんの罪もない生き物を襲う化け物か」

 モンスターでなく、彼は化け物と、そう言う。

 目の色を変えた彼の目には、ロアルドロスがどう映っているんだろう。

 

 なんだか少し、怖い。

 

 

「……お前を───殺す」

 彼は胸の石から手を離して、そう言った。


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