モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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物語と災いの端

 怒号が飛び交う。

 

 アレやコレやと食べ物や飲み物を注文する声や、昼間からアルコールに酔った者の意味のない叫び声。

 その喧騒の中で客に声を届ける為に、ギルドの受付嬢やスタッフのアイルー達は余計に声を大きくした。

 

 

 ここは集会所。

 バルバレギルドが誇る移動式集会所は、俺が過去に居たタンジアギルドと比べても賑やかで騒がしい。

 

 それもその筈か。このバルバレは全てが集う場所。

 そしてその中心こそ、この移動式集会所なのだから。

 

 各地からハンターが集まりギルドからクエストを受ける為のこの集会所は連日こんな感じなのだろう。

 この喧騒が嫌ならば、それはもうこの街を出て行くしかない。

 

 

 もっとも、今の俺達にそれは出来ないのであるが。

 

 

「で、出来れば採取クエストとかが良いよね!」

 武器を床に立て掛けた双剣使いのハンターである少女が、集会所のクエストボードの前でそんな事を呟く。

 短く整えられた金髪の上に麦わら帽子を乗せ、黒いインナーだけを着た姿は中性的で幼い少年に見え───ない。どう見繕っても華奢過ぎる。

 

 

 澄んだ青い瞳を細めにして、腕を組みながらクエストボードと睨めっこをする彼女。

 そんな少女———ミズキの直ぐ隣に立つ俺はこの集会所に居る人達にどんな眼で見られているのだろうか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あまり考えたくないな……。

 

 

「……良いクエストはあるか?」

 良くて師弟、兄妹。悪くて誘拐目的で声を掛けた。なんて頭で考えながら、俺はミズキに丁度良いクエストがあったかを聞いた。

 それと同時に背後から「ギルドナイト呼んだ方が良いかな?」なんて声が聞こえる。ふ……危なかった。このボウガンに弾が入っていれば本当にギルドナイト案件になる所だ。

 

 ……顔は覚えた。次会った時は集会所の裏に呼び出して話をしよう。

 

 

「採取クエスト……無い」

「別に退治でも良いと思うけどニャ……」

 残念そうに肩を落とすミズキに対し、半目で彼女の顔を覗くメラルー。

 彼女のパートナーであるムツキは、クエストボードに貼ってあった一枚の紙を取って持ち上げる。

 

「アルセルタス一匹の排除。確か虫ニャ。火炎弾で燃やせば良いニャ」

「えぇ?! 可哀想だよ……」

「でも今日クエストに行かなければ今晩の寝床どころか晩メシも怪しいニャ?」

 ムツキの言う通り。バルバレに着いた時点で俺達の所持金は無し。

 あったのは武器とムツキのポーチの微々たるアイテム、そして……大タルだけだ。

 

 

 俺達をここまで連れて来てくれたキャラバン隊の気の良い団長の計らいで一晩の宿代と飯代、クエスト一つを受けるだけの契約金を頂いたが。

 どの道これより後は俺達に残されていない。きっとあの団長は困っている俺達を見ればまた力を貸してくれるだろう。

 

 だが、彼が俺達にギリギリの金銭を渡した意味を少し考えてみた。

 

 

 きっと彼はこう思ってこの金銭を渡したのではないだろうか?

 

 出来る限りは己の力で進んで見ろ、と。

 見捨てる事はなく、かといって甘えさせる事もない。

 

 キャラバン隊の団長をやっているだけはある、包容な性格だ。

 俺の勝手な見立てではある訳だが。

 

 

 

「ぐ……ぬぬ……」

 所でこのミズキという少女は、ハンターとしては優し過ぎる一面がある。

 生き物であるモンスター達の命を重く見る事は決して悪い事ではないが、だからこそ面と向かって付き合わなければならない。それがハンターだからな。

 

 まぁ、まだ若いというより幼い年齢だ。そこは少しずつ慣れていけば良いだろう。

 

 

 だから今回は、彼女に合わせて行動してやるか。

 

 

「ムツキ、そのクエストの内容を詳しく見せてくれ」

「んニャ? ほいニャ」

 俺が頼むと、ムツキは首を傾げながらも俺の手元に用紙を伸ばした。

 

「なるほど……」

 クエスト内容は、とある商人が使う陸路を縄張りにしてしまったアルセルタスを追い払って欲しいという物。

 狩猟クエストは討伐クエストとは違い必ずしもモンスターを狩る必要はない。

 

 例えば捕獲したり、弱らせてその場から追いやったりして、依頼主の目的が達成されればそれでクエストはクリアだ。

 勿論、討伐や捕獲以外でのクエストクリアは報告が特殊で面倒な為、滅多にそんな事は起こらないが。

 

 

 例えばクエスト中に何らかの理由でモンスターが人の害にならなくなった場合、その理由をギルドに明確に伝える必要がある。

 

 途中他のモンスターが現れて対象を狩られたり、弱った対象が遠くへ逃げて行ったりといった場合、対象を己が狩らなければクエストクリアと認められないとハンターは困る訳だ。

 そんな状況になって、態々狩場に出向いたハンターがクエスト受注損にならない為のギルドの計らいがこの制度である。

 

 

「ミズキ」

「え、えと……何でしょうか」

 なぜ改る。

 

「お前のその甘い考えはいつか自分を殺す」

「ぅ……」

「だから、少しずつ慣れていけ。今回は特別だ。勘違いするなよ、お前の甘い考えに付き合う訳じゃない。防具もボウガンの弾も無い今はモンスターと戦うのは避けたいだけだ」

「アラン……」

 俺の言葉に澄んだ瞳を輝かせるミズキ。

 

 

 こいつは本当に分かっているのだろうか……。

 

 

 まぁ、良いか。とりあえず今は目先の事が重要だ。

 今の所持金じゃ今夜を迎える事が出来ないからな。

 

 

「幸いにも、ここは全てが集う場所バルバレだ。アレも流通してるかもしれないしな」

「……アレ?」

「だがソレを買うから、クエスト前の飯は抜きだ」

「「えぇ?!」」

 泣き顔で後ろを付いてくる二人を無視して、俺はその足でギルドの受付嬢にクエスト受注の手続きをして貰うためカウンターまで歩く。

 村では毎回ふざけた事を言われたが、此処ではそんな事はないようだ。懐かしくは……あるな。

 

 そう言えば、お土産に貰った蜂蜜もあの船に置いてきてしまっていたか……。

 

 

 そんな事を考えながら、周りからの異様な視線を無視して俺達は一旦商人の集まる広場に向かってアレを購入。

 その足で昼飯抜きに、遺跡平原へと向かった。

 

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 地図に載らない街。

 バルバレは移動式集会所と共に移動するとても不思議な街です。

 

 そんなバルバレが今存在する場所は、この遺跡平原と大砂漠を隔てた中心に位置している。

 だから、この街からだと二つの狩場へ簡単に足を運ぶ事が出来るんだそう。

 

 

 そんなお話等を、ガーグァを引くアイルーさんに聞いていると小一時間程で遺跡平原のベースキャンプに到着。

 私はモガの森のベースキャンプ以外見た事がないから、中々新鮮です。

 

 切り立った岩の並ぶベースキャンプから見える風景全てが、私にとっては初めてだった。

 

 

「えーと、クエストの目的って何だっけ?」

「忘れるの早過ぎニャ。ア ル セ ル タ ス」

 あ、そうそうアルセルタス。

 

 ……アルセルタス?

 

 

「私知らない」

「……」

 ムツキの視線が冷たい。

 

「セルタス種の雄で、大きな角が特徴的な甲虫種のモンスターだ。簡単に説明するとデカイカブトムシだな。平均三メートル」

「そんなのカブトムシじゃないよ……」

 うん、まぁ。モンスターなんだけど。

 

 

「えーと、アラン。そのアルセルタスを……殺さずに商人さんが使う陸路から離せられるの?」

 アランは、今回このクエストはモンスターを殺さずにクリアすると言った。

 

 それはモガの村に居た時に初めて二人で戦ったロアルドロスの事を解決した時のような、そんな不思議な事。

 アランはそんな事を、平然と言って見せて実行しようとしてくれている。

 

 

 そんな素敵な体験、普通は出来ない。

 

 本当に、アランに着いて来て良かったって……私は今思ってます。

 

 

「さっき言った通り、アルセルタスはセルタス種の雄だ。つまり、セルタス種には雌が居る」

「アルセルタスさんがカブトムシなら、メスのセルタスさんは角が無いカブトムシなの?」

「いや、アレは…………アルセルタスの五倍あるサソリだな」

「ごめん、何言ってるか分からない」

 それってリオレウスより大きいんじゃないかな……。本当に、甲虫種? 本当に、同じ種類のモンスター?

 

 

「で、そいつをゲネルセルタスと言うんだが。アルセルタスはこのゲネルセルタスの出すフェロモンの匂いを嗅ぐとその付近にゲネルセルタスが居る筈と思い、そこに当分留まるんだ。雌を探すためにな」

「夫婦になって二人で協力して生きて行く為だね!」

「…………。……そうだな」

 その間は何?!

 

 

「え、えーと…………つまり! その雌が出すフェロモンで雄を誘き寄せて、商人さんの陸路を安全にするん———」

 ———だね、って、アレ?

 

 でもその肝心な雌のフェロモンを、私達は持ってないと思うんだけど。

 

 

「フェロモンは?」

「これの事か?」

 私が思った疑問に、アランはポーチから一つのアイテムを取り出す。瓶に入った透明な液体。

 

 それって確か、集会所を出てから街の商人さんにお昼ご飯代を献上して購入したアイテムだっけ?

 

 私とムツキが泣きながら止めるのを無視して、アランが街で買ったアイテム。

 回復薬とか解毒薬とか、何かの薬かなとも思ったんだけど……まさかソレが?

 

 

「私達のご飯……」

「……なんでそんなに辛辣なんだ」

 だってぇ……。お昼ご飯……。

 

 

「とにかく、これを使えば当分アルセルタスを他所にやる事が出来る。後は、普段通りやれば良い」

「遠くにフェロモンを撒いて、そこにアルセルタスをおびき寄せるんだね!」

「正解だ」

 そしたら、アルセルタスを殺さずに商人の人も困らなくて済む。

 

 

 本当、アランって……なんでこんなに素敵な事を平然とやってのけるのだろうか。

 

 

 

「何してる? 行くぞ」

「うん!」

 そんな彼の背中はとても大きく見えて、ずっと一緒に居れたらな……なんて思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 虫には、羽を持って空を飛ぶ者が居ます。

 というか、殆どが飛びます。

 

 甲虫種と呼ばれるモンスターもそれに習ったかのように、殆どが飛びます。

 

 

 勿論、背後から私達を追うこのアルセルタスというモンスターも…………飛びます。

 

 

「聞いてないぃぃ!!」

「ニァぁぁ!! 口動かす暇があったら走るニァ!! 閃光玉には限りしかないニァ!!」

 そんな事言ったってねぇ?!

 

「キシィィッ!」

 特徴的なのは身体と同じくらいの長さがある巨大な角。緑色の甲殻をした巨大カブトムシと言われれば成る程確かに納得が行く。

 強いてカブトムシと違う点を挙げるならば、その巨体と———鎌のような前の二本脚だろうか。

 

 徹甲虫アルセルタス。それが、このクエストのターゲットであり今無抵抗な私達を空から追う一匹のモンスターだった。

 

 

 そのアルセルタスを商人さんが使う道から遠くに追い出すには、雌のフェロモンに引き付けないといけない。

 そのフェロモンまで引き付けるには?

 

 やっぱり、襲われてからフェロモンの場所まで逃げるしかないのである。

 

 

 しかし今回はロアルドロスとは違い飛びます。

 ホロロホルルも飛んだけど、ずっと飛びながら追って来る事はなかった。

 

 むぅ……アルセルタスさん、物凄く早いです。

 一瞬でも目を離すと、視界から消えてしまう程には早いんです。

 

 

「どこどこ?!」

「伏せろ!!」

「ひゃ?!」

 アランの声と共に私の身体が浮く。

 どうやらアランが私を抱えて地面を滑るように姿勢を低くしたみたい。

 

 私もだけど、アランも防具を着てないからふと見た彼の表情は痛みからか辛そうだった。

 無理を……させてるのかな。

 

 

 私のわがままで、アランに無理をさせてるのかな……。

 

 

「あ、アラン……」

「……大丈夫か?」

「ぇ、ぁ、うん」

「走れるな?」

 そうとだけ言って、アランは私を抱えたまま立ち上がってから私を降ろしてくれる。

 優しくて、頼り甲斐がある。そんな彼に私は無理を押し付けてるのかもしれない。

 

 

「どうした? ミズキ」

「あ、あの……アラン……」

「また来たニャぁ?!」

 今は、謝る暇もない。

 

 空中からの突進をしてきたアルセルタスは、その速度を殺さず反転してまた私達に襲いかかってくる。

 なんとかそれをしゃがんで避けて、私達はまた走った。

 

 

 このクエストが終わったら……謝らないと。

 

 私のわがままで、アランに無理をさせてたら……意味がない。

 

 

「ミズキ! 前から来てるニャ!!」

「ふぇ?!」

「キシィィッ!」

 そんな考え事をしていたからか、私は目の前から突進してくるアルセルタスが視界に入っていなかった。

 

「———ひっ」

 速度も相まって、あんな巨大な角に突かれたら絶対にただじゃすまない。

 

 そんな事は知っていたのに。

 そんな事は分かっているのに。

 

 

 私の身体は動かなかった。

 

 

「ミズキ!!」

 また、私の身体が浮く。

 アランに抱えられ、彼は私が傷付かないように地面を背中にして滑る。

 

 そんな私の背後をアルセルタスが通り過ぎて、向かいに切り立つ岩壁に自慢の角を突き刺す。

 もし、アランが助けてくれなかったら私の身体もあの岩みたいに———考えただけで、背筋が凍り付きそうだった。

 

「……っ!」

「あ、アラン!!」

 苦痛に歪むアランの表情。直ぐにまた立ち上がった彼の肩や背中は赤い液体で濡れている。

 

 

「わ、私……」

 私……何してるんだろう。

 

「……迷うな」

 でも、私の手を取りながら彼はそう言った。

 

「……ぇ?」

「お前がその道を正しいと思って進んだなら、そこからは迷うな。迷って良いのは道を選ぶ時だけだ。お前が正しいと思って進んだ道を信じろ、振り返るな、ひたすらに進め……」

「ひたすらに……進む……」

 私は、迷っていた……?

 

 

 何も無かった私が、自分の意思でアランに着いてきた。

 

 なのに……私は……。

 

 

「進めば、お前が選んだ先の答えが出てくる。そしたらまた次の道を選べば良い……。そうやって、進んでいけ」

 私の頭に手を乗せながら、アランは私に視線を合わせてそう言った。

 

「…………。……うん!」

 そうだ……迷ったらダメだ。

 

 

 私はアランみたいになりたいって、そう思った。

 

 あんな素敵な体験をもっとしたいって、そう思った。

 

 

 だったら、迷ったらダメだ。

 

 

「……走れるな?」

「うん!」

 私が言うと同時に、岩壁に突き刺さった自らの角を引き抜くアルセルタス。

 

 もう見失わない。

 もう迷わない。

 

 

「ムツキ、閃光玉の用意をしろ!」

「言われなくてもしてるニャ! ガッテンニャ!」

 もう少しだけ走れば、アランが雌のフェロモンを撒いた場所に辿り着く。

 そこでアルセルタスの目を眩ませてから私達が居なくなれば、アルセルタスは雌の匂いに集中してその場に留まるというのがアランの算段だ。

 

 だから、走った。

 

 

 私のわがままを通す為に。

 

 私のわがままで誰かを傷付けない為に。

 

 

 

「眼を瞑るニャ!」

 きっと、その一瞬世界は真っ白になったと思う。

 

 眼を閉じていても眼球に突き刺さる光が、そんな事を思わせる。

 閃光玉は使用と同時に素材の光蟲が放つ光を最大限に強くする事で、強い光を発生させるアイテムだ。

 

 

「キヤェェァ?!」

 そんな閃光を間近で見てしまったアルセルタスは視界を焼かれて、空を飛ぶバランスを取れなくなって勢い良く地面に叩きつけられてしまう。

 だ、大丈夫かな……? 打ち所悪かった気がするんだけど。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 全力で走ってたからか、息が荒くなります。

 でも、休憩をしてる場合じゃない。

 

 アルセルタスの視界が治った時、まだここに私達が残ってたら意味がないもんね。

 

 

 だから私達は、元来た道をまた走って行く。

 

 振り返らずに、迷わずに、真っ直ぐにと。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 様子がおかしいなと、私はそう思った。

 

 

 閃光玉の影響で私達を見失ったアルセルタスを遠くから双眼鏡で観察する事数分。

 アルセルタスがその場に留まってくれるか少し見ていたんだけど、私はその様子に少し違和感を覚える。

 

 なんだか、動きが鈍い。

 さっきまでずっと空を飛んでいたアルセルタスは、地面を這うように脚を引きずっていた。

 

 

「どうかしたのかな?」

「頭の打ち所でも悪かったんじゃニャいかニャ? 脳震盪でも起こしてるのかもしれないニャ」

 あちゃ……ごめんなさい。

 なんて、私は単純な事を思っていたんだけど。

 

「あの程度の高度から落ちただけでアルセルタスがあそこまでフラつく訳がないと思うが……」

 私と同じく双眼鏡でアルセルタスを観察していたアランがそんな事を呟く。

 アランがそう言うなら、やっぱりおかしいのだろうか?

 

 そう思って眼を凝らすと、アルセルタスはついに脚を崩して地面に倒れてしまった。

 

 

「……お亡くなりになったニャ?」

「……ぇ、嘘」

 そんな……せっかく傷付けずに済んだと思ったのに。

 

「いや……そんな訳が———なんだ? アレは」

 不思議そうに双眼鏡を覗くアランに釣られて、私もアルセルタスに視線を戻す。

 

 

 そうして双眼鏡に映った視界で、アルセルタスは何やら黒い靄のような物を身体中から噴出していた。

 

 

「も、燃えてる?」

 初めに脳裏に浮かんだのは、物が焦げる時に上がる黒い煙。

 ただ、どう考えてもアルセルタスに火が着いているとは思えないしそうは見えない。

 

 なら、あの黒い煙の正体は何なのか。

 

 

「違う……かな? アラン、行って確かめよう!」

 アルセルタスが心配。そんな気持ちもあったんだけど。

 

 私はもっと、なんだろう、嫌な予感がして。

 今あのアルセルタスを放って置くのはダメな気がして、走った。

 

 

「おいミズキ!」

「ニャ?! また勝手に無茶して、もぅ!!」

 だって、なんだろう、アレは……おかしい。

 

 

 嫌な感じがする。

 

 

「……アルセルタスさん……?」

 今日一番にアルセルタスに近付く。

 

 その身体は不自然に痙攣し、だけど生き物らしい動きをする事はなかった。

 ただ、身体の至る所から黒い煙を吹き出し。その複眼から色は抜けている。

 

 

「ニャ……死んでるのか、ニャ?」

「わ、分かんない……」

「二人共、少し離れろ」

 そう言ったアランは自分の言葉とは裏腹に、アルセルタスに近付いていく。

 私はその言葉に従ってアルセルタスに背を向けるんだけど———その瞬間、嫌な感じが私の背中を突き抜けた。

 

 

 ——苦しい——

 

 

「何……今の———」

「ギジャ゛ァ゛ァ゛ッ!!!」

 突如、背後から声にならない音が聞こえる。

 反射的に振り返った私の視界に映ったのは、少し前に見た元気に空を飛び回るアルセルタス———ではなく。

 

 

「キジジジ……ァ゛ァ゛」

 瞳に光の映っていないアルセルタスが、安定しない動きで羽を使い飛行する姿。

 まるで動く気配のなかったアルセルタスが、まるで復活したかのように。この地を飛び立つ。

 

 

「生き返ったニャぁ?!」

「そんな訳があるか!! 二人共また逃げるぞ。こいつはフェロモンがある限りこの一帯を守り続ける筈だ」

 冷静に言うアランに従って私達はまた走った。

 

 まるで安定しないアルセルタスを尻目に、今のアルセルタスの状況を考える暇もなく。ただ、走る。

 

 

「アラン! アルセルタスさんどうしたの?!」

「分からん……。俺の知らない生態がアルセルタスにあるのか……?」

 アランも知らないの……?

 

「アルセルタス、さっきの所から居なくなってるニャ!」

 振り向いて確認したのか、ムツキがそんな事を確認してくれる。

 

 アルセルタスが居なくなった?

 逃げる私達を追いかけるために。多分、それが当たり前の事なんだろうけど。

 

 

 なんだか私には変な事なような気がして、頭に引っかかる。

 

 走り過ぎて酸欠なのか、思考が止まりそう。視界から色が抜けて、意識が遠退いて行く———

 

 

 

「右から来る!!」

 ———ハッキリと、アルセルタスの居場所が分かった気がした。

 

「お前……その眼———っ?!」

 アランを右方から襲うアルセルタス。アランはなんとかそれを交わして、私ごと地面を転がる。

 

 

「……っぅ。あ、アラン?」

「ミズキか……? 俺が分かるか? その煙はなんだ?」

 アランに声を掛けられて、遠退いていた私の意識が戻ってきた。

 それで、視界に映ったのはアルセルタスから放たれていた黒い煙。

 

 もしかしてこれ……私から出てる?

 

 

「な、何これ……ぃ、嫌だ……」

 怖い。全身の感覚がおかしくなる。身体の何処に力を入れているのか分からない。

 

「どうなってる……」

「ニャ?! あのアルセルタス変なんてレベルじゃないニャ!!」

 私とアルセルタスの間に立つムツキがそんな事を言う。

 

 全く言う事を聞かない身体をなんとか動かして、私が視線を送った先。

 そこには、何もない壁に向けて二本の鎌を広げるアルセルタスが居たの。

 

 まるで見えない何かに怯え、それと戦っているよう。

 

 

 苦しい。

 なぜか、そんな感情を感じる。

 

 これは、私の感覚……?

 

 それとも、あなたの感覚なの……?

 

 

「助……けな、きゃ」

 身体が動かない。全身が痛い。頭の中に何かが入ってくる。

 

 声が、聞こえる。

 

 

「ミズキ! 無理をするな!」

「ミズキどうしたのニャ?! 僕はどうしたら良いニャ?!」

 心配そうに私の顔を覗く二人。

 

 違うんだ。

 

 苦しいのは、私じゃないんだ。

 

 

「助け……な、きゃ! 苦しんでる。あの子……苦しんでるんだ……っ!!」

 無理に力を入れてでも立ち上がる。力み過ぎた身体の至る所が軋むように痛い。

 

 でも、あの子はもっと苦しんでる。

 

 

「ぅ……っ、ぁっ…………あ……らん」

「ミズキ……?」

「助けて……あげ…………て……」

「どうしたんだ……お前」

 分からない。

 

 

 分からないよ。

 

 何……これ。

 

 

 

「ギジャ゛ァ゛ァ゛ッ!!!」

 立ち止まっている私達には目もくれず、アルセルタスはその場で暴れ回る。

 岩壁に叩き付けられた片方の鎌は無理に入れられた力のせいで折れてしまい、それでもまだアルセルタスは残った鎌を叩き付けた。

 

 その場で空を飛びながら狂ったように不規則に動き、最後には大空を暴れ回るように飛ぶ。

 その姿はもう見ていられない程に傷付いてきて。

 

 

「ギジジジガッ! ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」

 空高くから地面に自らの身体を叩き付け、ついにその身体は動かなくなった。

 

 

 

「な、なんだ…………これは……」

「アルセルタス……さは———っくぁっ」

「……っ?! ミズキ?!」

 立ち上がろうと、掴んでいたアランの手を握る手に力が入る。

 力み過ぎた私の手は、爪でアランの腕を抉っていた。

 

「は———ご、ごめんアラ……っぅ」

「ミズキ?! どうしたニャ?! 痛いのかニャ?!」

 耳が良く聞こえ過ぎる。煩い。

 

 

 苛立つ。

 

 

 壊し———ダメ。

 

 

「ムツ……キ! アラン! 私から離れ———」

 何かを傷付けたくなる。そんな感情が私を支配した。

 

 でもそんなのは嫌で、二人にそんな事を言う。

 

 

「ミズキ……落ち着け」

「———ふぇ」

 ただ、そんな私をアランは力強く抱き締めた。

 身体はそれを拒んで、爪で脚でアランを引き剥がそうとする。

 

「っぁ゛! ぁ゛ぁっ!!」

「ニャ……?! ミ■キ……? な、何■て■ニャ!!」

 気が遠くなる。

 

 

 怖い。恐い。苦しい。壊したい。辞めたい。消したい。何これ。何? 何?? 何???

 

 

「ミズキ!!!」

「……っきぅ……ぁ…………」

「落ち着け……。な? 何も怖くない。…………ムツキ、手を握ってやれ」

「ニャ……ニャ……ミズキ、大丈夫かニャ? 僕がここに居るニャ……お兄ちゃんがここに居るニャ」

 柔らかい感触が手に触れる。

 

 力が抜けて行く。

 

 

 視界に映る黒い靄は、少しずつだけど。時間を掛けて消えていった。

 

 

 

「私…………何して……」

「やっと落ち着いたか……」

 気が付いた時には、私は全身の力が抜けて頭を打ちそうになる。

 そんな私を支えてくれたアランは何故か身体中傷だらけで。

 

 私は自分が何をしていたのか……分からなかった。

 

 

 ただ、私の手を握るアランとムツキの手が暖かい。

 

 

「立てるか?」

「ね、ねぇ…………私、何してたの? なんでアランが怪我してるの……?」

「ミズキ……覚えてないニャ?」

 そう言うムツキが握る手が強くなった気がした。

 

 

 私……また……?

 

 

「……アルセルタスが怖かったのか?」

「ち、違うの……。なんか……突然、私の中に何かが入って来る気がして。それで……それが怖———アルセルタスさんは?!」

 そうだ、私が感じたのはきっとアルセルタスさんと同じ物。

 

 

 

 蝕まれるような、怖い感覚。

 

 

 

「……死んだ」

「……っ。…………そっか……」

 助けられなかった……。

 

 

 アルセルタスは、私達の目の前でひっくり返って死んでいた。

 

 怖かったよね……。苦しかったよね……。

 

 

「助けられなくて……ごめんなさい」

 無意識にそんな言葉が口から漏れる。

 

 でも、そんな気がした。

 アルセルタスさんが恐怖で苦しんでいるのが、分かったような気がしたの。

 

 

 それがなんでかも、なんで苦しんでたのかも、私には分からない。

 

 

「アラン……」

「なんだ……?」

「アルセルタスさん、どうしたのかな……?」

「お前な……。お前こそどうしたって状態だぞ。アルセルタスは良かったのか悪かったのか死んだ……クエストクリアだ。……帰るぞ」

 そっか……私、クエストでここに居たんだった。

 

 

 

 アランでも分からない、アルセルタスの異変。

 

 

 

 それがなんだったのか。

 

 

 

 

 私達がそれを知るのは、もう少し…………後の事になる。




さて、本格的に物語を進めていきたいと思います(`・ω・´)
モンスターハンター4の物語に彼等がどう関わって行くのか、楽しんで頂けると幸いに思いますm(_ _)m

バルバレは色々な物が売っていますから、それをハンターが買えないのはおかしいんじゃないかなと思ってお話に組み込みましたが実際どうなんでしょうね?


なんと、ファンアートを頂いたので紹介させて頂きます!

【挿絵表示】

グランツ様より、アランの装備姿を頂きました(´,,・ω・,,`)
私は装備とか描くの苦手なんで、本当に凄いと思います。めちゃ格好良い!!ありがとうございました!!

ファンアートを頂けると本当に嬉しいですね(´;ω;`)
また頂く事があれば紹介しようと思います(`・ω・´)


長くなりましたが、今回はこの辺で。

ではでは、また次回お会い出来ると嬉しいです。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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