モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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狩り人と乗り人の物語

「———だから、明後日にはやっこさんの船も来るでの」

「……そうですか。なら、そろそろ荷造りもしておきます」

 イビルジョーを倒してから、一週間と少し。

 

 

 奴のせいで崩れていた生態系も、この一週間で大分元に戻ってきた。

 この後もう一仕事あるが、明後日には大分落ち着く筈だ。

 

 だから、後はミズキ一人でも大丈夫だろう。

 

 

 

「報酬の件、感謝します」

「カッハハハハ! 何、ただ古い友人だっただけの事だ。まさか、怒隻慧(どせきけい)を探しとる輩が奴以外に居るとは思わなんだ」

 怒隻慧(どせきけい)。それは、俺から全てを奪ったモンスターの所謂二つ名だ。

 

 

 怒隻慧(どせきけい)───イビルジョー。通常種と異なるそのイビルジョーの特徴は、片目だけを赤黒く光らせている事だろう。

 

 食欲の箍が外れ、飢餓が暴走状態になったイビルジョーは全身の隙間から赤黒いエネルギーを放出する。

 その結果、両目が赤黒く光るのだが怒隻慧は身体の右半分だけを光らせて残りの半分は通常の状態で常に(・・)活動している。

 

 その姿は、まるであの時の───いや、考え過ぎか。

 

 

 怒り喰らう本能の傍ら、モガの森に現れた奴の様な狡猾さも持ち合わせたイビルジョー。

 誰が呼んだか怒隻慧。

 

 それが、俺が探し続けているモンスターだった。

 

 

 

 つい一ヶ月前、タンジアギルドでこの村長に声を掛けられた時にダメ元で怒隻慧について知っているか尋ねた所。

 このモガの森の異変を解決する事を条件に、俺と同じく怒隻慧の事を調べている知り合いを紹介する。

 

 そんな取引を、村長はしっかりと守ってくれたらしい。

 

 

「四年前、渓流に現れてからその消息は絶たれておる。聞くにやはり大喰らいのやっこさんはギルドでも最重要監視下にあった筈なのに……か。うんむ、厄介なモンスターを探しておるのぅ」

「……前に言った通りですよ。俺は、そいつを殺す為に生きている」

 そうだ。俺から全てを奪ったあの化け物を殺す。

 

 その為に、俺は生きている。

 

 

「一人でか?」

「……ぇ?」

 唐突に溢れた村長の言葉に、俺は何を言っているのか分からなくて聞き返してしまった。

 

「お前さんは、一人で戦いに行くのかの? と、少し気になっただけだ」

「一人でって……そりゃ、一人ですよ」

 もう、俺には家族も仲間も居ない。

 

 

 絆を深めた仲間は、もう居ない。

 

 

 

「この前モモナがの、ミズキにお前さんが出ていく事を伝えたそうだ」

 遠い所に目をやりながら、村長はこう続ける。

 

 

「ミズキの奴、お前さんが居なくなると知ってとても寂しそうにしとったらしいぞ」

「村に残る気はありませんよ」

 諭す様な村長の視線に、俺はすぐにそう返した。

 

 

 俺の仕事は終わりだ。

 後は、この村の───ミズキの問題だからな。

 

 

 

「それに……」

「うんむ?」

 

「俺にとって、仲間は……護るべき物は重いんですよ」

 だから、また一人に戻ろう。

 

 たとえ今から進む道が、地獄だとしても。

 

 

 俺がそこに、誰かを巻き込む事は許されない。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 。いならか分がろ後と前

 

 

 。すまり走は私、ままの覚感な妙奇なんそ

 

 

「!い良ばれすとうろ走にろ後てくなゃじ前」

 。いならか分かのるいてっ言を何がンラア

 

 

 。るすラクラクが頭

 !?のるてっなうどれこ

 

「!ャニるべ食れこうもーあ」

 。る来てし渡手をか何がキツム、とれやれや

 。なうよるれさ放解らか態状のこらたべ食 ?なか薬分多

 

 ───運に口をれそた来てし渡手がキツムにずえ考も何は私

 

 

 ─── に が い ! !

 

 

 

 視界がひっくり返る。

 まるで手足が思った方向と逆に動く感覚から、そのまた逆の感覚に陥った方向感覚が余計に感覚をグラつかせた。

 

「ホゥァァッ!」

 その隙を見逃さまいと、一匹の鳥が藍色の翼を広げて地面を駆ける。

 

 

 ただの鳥ではない。ただの鳥は人間より大きかったりしない。

 

 モンスター。彼等はこの世界の理だ。

 

 

 

「ひゃぁ?!」

 突進してくる巨大な鳥。

 藍色の羽毛に短い嘴。横に並ぶ赤い瞳は真っ直ぐに獲物である私を見つめていた。

 

 前のめりに掛けてくる突進を私は何とか地面を転がって回避する。

 正常に戻ったばかりの方向感覚がまた狂いそうな感覚を覚えつつ、直ぐに立ち上がって背後を確認した。

 

 

「ホゥァ、ホゥァァ、ホルルッ!」

 視野の狭い瞳を首ごと振って、逃した獲物を探すモンスター。

 やっぱり、その見た目はどんな鳥竜種よりも鳥に近いと思わされた。なんというか、フクロウを思わせる。

 

 

「ホルルァァッ!」

 そんなモンスター。夜鳥───ホロロホルルの背後に逃げて、なんとか息を吐く暇が出来たかと思ったのも束の間。

 ホロロホルルの首が百八十度回転してその視界に私達が映った。可愛い見た目をしている分、その光景には思わず悲鳴が漏れる。

 

 

「うぇ?!」

「鳥なんてあんなもんニャ」

 そうかなぁ?!

 

 

「ホゥァァ!」

 再び獲物を見付けたホロロホルルは、さっきと同じく翼を広げて地面を蹴った。

 

 モンスターとしては小柄だけど、私なんかよりは数倍大きな巨体での体当たり。

 当たって仕舞えば動けなくなって、後は餌にされてしまう事間違いなし。

 

 たとえここで許しを請うても、ホロロホルルにはその言葉に耳を傾ける理由がないんだ。

 

 

 だって、人と竜は相容れないから。

 

 

「伏せろミズキ!」

 さて、今度はどうやって攻撃を避けないといけないか。

 そんな事を考えていたんだけど、不意に背後から聞こえる声が私の次の行動を結論付けた。

 

 だって、彼の言う事を聞いているといつもそれで良い結果になる。

 

 

 素敵な体験が起きるんだ。

 

 

 私がモンスターの前で姿勢を低くした直後、背後で鳴り響く発破音。同時に突進してくるホロロホルルの真横を火の玉が通り過ぎる。

 

 火炎弾。火属性を有したボウガンの弾で、弱点なのか不意に撃たれたその攻撃をホロロホルルは大袈裟に起動をズラして避けた。

 そのおかげで、私は無傷。何よりホロロホルル()何度目かの発砲の後なのに、無傷だった。

 

 

「良くやったミズキ。ムツキ、この辺だな?」

 私の元まで駆け付けてきたアランは蒼色のボウガンを同じ色の装備の背に背負いながら、ムツキに確認するようにそう口を開いた。

 軌道を大きく逸らしてまた首を回しながら私達を探すホロロホルル。そんなモンスターを見る彼の表情は、なんだか暖かい。

 

 まるで、イビルジョーと戦っていた彼とは別人みたいだ。

 

 

 銀色の髪が風に乗る。ペンダントの綺麗な石を握る彼の手は、どこか嬉しげだった。

 

 

「まー、この付近で良いと思うニャ」

 そう返事をする黒い毛並のメラルーは、二足歩行の獣人種で先の白い尻尾と可愛い三角の耳が特徴的な私の相棒。

 

 そんなムツキは、私なんかよりとっても頭が良くて物知りで器用なお兄さん的な存在です。

 人間が使うアイテムなんかも、彼に掛かれば人より上手く使ってしまうのだから本当に器用だと思う。

 

 

 ところで、さっき私に食べさせたのは……何だったの?

 

 

「ホロロホルルの元の住処は。ほら、あそこに巣もあるニャ」

「なら、ここで俺達は消えるか。閃光玉は任せるぞ」

 そう言ってアランは黒い片手剣を持ち、未だに傷一つ着いていないホロロホルルに向かって行く。

 

 大きく踏み出すその音に、ホロロホルルはアランを見付けて振り向いた。やっぱり、なんだか可愛い。

 

 

「今だ!」

「ガッテンニャ!」

 そのタイミングで、ムツキの手から球体が放り投げられる。

 

 その球体はホロロホルルの視界の先、アランの背後で分裂したかと思えば突然景色を白色に染めた。

 

 

「ホェェァァッ?!」

 肉眼を焼き付けるような強い閃光を直接見てしまったホロロホルルは、視界を潰されて大きく仰け反る。

 真っ白になった視界への恐怖からか? ホロロホルルは羽を大きく広げて暴れ回った。誰一人として近付かないから、ホロロホルルのそんな恐怖は杞憂に終わるんだけどね。

 

 

 閃光玉。

 ハンターが使うアイテムの一つで、素材玉に生きたままの光蟲を閉じ込めたアイテムだ。

 

 ピンを抜いて投擲された閃光玉は一定時間で閉じ込められた光蟲を解放して、その際に光蟲が発する光を素材玉が増大化。眼球を焼き付ける様な閃光を発生させる。

 

 

 

「離れるぞ」

「うん!」

 そして、戻ってきたアランと一緒に私達は目が見えていないホロロホルルから離れていく。

 

 無傷でその場に立ち尽くすモンスターを見ながら。

 

 

 私はまた、とっても不思議で素敵な体験だな。なんて、そう思っていた。

 

 

 

 

「……落ち着いた様だな」

 双眼鏡を覗きながら、アランはそう言う。

 

 場所は変わって見晴らしの良い丘の上。

 覗き込む双眼鏡のその先には、私達をさっき襲っていたホロロホルルが落ち着いた様子でご飯を食べていた。

 

「可愛いなぁ……」

「一緒に遊ぼうなんて思うなよ……?」

「わ、分かってますー」

 

 

 人とモンスターが仲良くするなんて、難しい事。

 

 アランはそう言う。

 なのに、彼はとってもモンスターの事を分かってあげている。

 

 だから、こんなに素敵な体験が出来る。

 

 

 

「これで最後だな?」

「自分の住処から離れたモンスターは多分このくらいニャ」

「……なんとか間に合ったか」

 

 

 

 モガの森に現れたイビルジョー。

 陸続きの無いこの島で、イビルジョーは生態系を混乱に陥らせた。

 

 縄張りを失ったり、食料の会得が困難になったモンスター達は正常な縄張りから移動してしまって。

 イビルジョーを討伐した後も、この一週間モンスター同士の縄張り争いが絶えなかったの。

 

 

 それで、アランはあの手この手でモンスターを元の住処や新しい住処に誘導した。

 凄いんだよ、アランって。モンスターの事を分かってあげて、一切傷つけずに森の生態系を殆ど元通りに直すなんて……普通じゃ出来ないよね。

 

 だから、ここ数日は本当にずっと素敵な体験をしてたの。

 こんな日がずっと続いたら良いのに……なんて、事も思ってしまった。

 

 

 

「帰るぞ」

 でも、それも今日で終わり。

 

 あのホロロホルルが、住処がおかしくなったモンスターの最後の一匹だから。

 これで島は殆ど元通り。本当に、平和が戻って来たんだ。

 

 

「……う、うん」

「……どうかしたか?」

「あ、いや! なんでもないよ! 帰ろっか……。……今日はご馳走にしようね!」

「手伝おうか?」

「「それは無しで」ニャ」

「なぜだ……」

 こんな日々も、終わってしまう……。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 次の日も、私達はモガの森に来ていた。

 私達と言ってもアランとは別行動なんだけどね。

 

 

 今日の目的は森の生態系の最終チェック。

 島を一周回って、変な所にモンスターが居ないかだとか生態系の異常が無いか見て回るの。

 

 だから、アランとは別行動。お互いに島を半分ずつ見て回ります。

 

 

 きっと大丈夫だと思うんだけど、一応ね。

 この確認さえ終われば当分はモガの森も平穏を取り戻すと思う。

 それこそ、ハンターが島に居なくても……アランが島に居なくても問題ない程には。

 

 

「なーんか、あっという間だったニャ」

 森を歩きながら、ムツキはそう言う。

 

「……そうだね」

 本当に、あっという間だった。

 

 

 

 初めて会った時は、頭がおかしい人かと思っちゃった。

 

 だって、モンスター達が周りにいるのにぐっすり寝てるんだよ?

 その割には、人と竜は相容れない……とか言ってさ。

 その割には、モンスターの事を凄く分かってあげている。

 

 

 イビルジョーは仕方がなかったのかもしれない。

 でも、ジャギィ達やリオレウスと力を合わせて困難に立ち向かうその姿は本当に素敵だった。

 

 私の憧れの、あのハンターさんの背中を見ているようだった。

 

 

「どったニャ?」

「あ、ぇと、なんでもないよ! うん……なんでも」

 もう、そんな素敵な体験も出来なくなる。

 

 そう思うと、とても残念だなって思ってしまった。

 アランはアランで忙しいのにね。わがままだなぁ、私。

 

 

「ボクは……」

 歩きながら、ムツキは私の手を握ってくれる。

 どうしたの? なんて聞く前に、ムツキはこう続けたの。

 

「ミズキが何処に行くんだとしても、着いていくニャ」

「ムツキ……?」

 何処に……行く?

 

 

「アランを引き止めるのがダメなら、着いていっちゃえば良いニャ」

「…………」

 言葉が出なかった。

 

 そんな手が……。

 いや、でもよくよく考えれば無茶苦茶な話なんだ。

 

 

「む、無理だよ! 無理無理!」

「どうしてニャ?」

「まず、アランの邪魔になっちゃうし。それにお父さんになんて言うの?! 島の皆には?! モモナやミミナとも会えなくなるし……。そもそも、村のハンターが居なくなっちゃうよ?」

「この森の調子ならミズキは居ても居なくても一緒ニャ」

 酷い。

 

 

「むぅ……」

「ボクが言いたいのは、ミズキがどうしたいか……それを大事にして欲しいって事ニャ。それでもしミズキが島に残るにしても出て行くにしても、ボクはずっとミズキの側に居てあげるニャ」

「ムツキ……」

「ボクが居ないとミズキはてんでダメだからニャー」

「酷い」

 なんて言うんだけど、本当にムツキの優しさは嬉しかった。

 

 

 そっか、アランに着いていけばまた素敵な体験が出来るかもしれない。

 

 でも、それにはちょっと問題が多いよね……。

 

 

 

 

 その後ムツキと島を一周。

 特に異常は無かったんだけど、隈無く見て回ったから帰って来るのは夕方になってしまった。

 

 アランが出発するのは明日の朝。

 物事を考えるには、私にとってとても短い時間。

 

 

 頭が悪いんです! もう少し、もう少し考える時間を……っ!

 

 なんて思って、私は落ち着ける場所に向かう事にした。

 

 

「私が村から居なくなったら……どうなると思う?」

 農場のベンチに座って、沈んでしまった太陽の代わりに空を明るく照らす星々を眺めながら私はそう口を開く。

 この島の夜空はとても綺麗だ。でも、私はこの島の夜空しか記憶にないんだよね。

 

 だから、この島の外の景色を私は知らない。

 

 

「森も静かになったし居ても居なくても変わらないと思───ぎミャッ?」

「……もう喋らなくて良いみゃ」

 私が語り掛けた二人は、何時ものようにそうやって返してくれた。

 うん、本当に仲が良いよねぇ。

 

 

「……ミズキはどうしたい、みゃ?」

「私……?」

 私は……。

 

 

「村がとか、私達が、とかじゃなくて……ミズキがどうしたいか。それが一番大切だみゃ」

「どうしたいか、かぁ」

 それは、ムツキに言われた時から決まっている。

 

 

 でも、それはそんなに簡単な話じゃないよね。

 

 

 

「実際、ミズキが居なくなっても島は変わらないと思うミャ」

 思い悩んでると、モモナの口からそんな言葉。

 そ、そんなにかな?! 私ってそんなに役に立たないかな?!

 

「……モーモーナー?」

「ひ、人の話は最後まで聞くミャー!」

 怒ってくれるミミナだけど、話は途中みたいで。

 凄い形相で肩を掴んできたミミナの手を振り振りほどいてから、モモナはこう続けたの。

 

 

「ミズキとアランが必死になって守ってくれた森、今はとっても静かミャ。穏やかで、心地が良いくらい。モンスター達も安心してるミャ」

「えと……そうなの?」

 実感湧かないなぁ……。

 

 

 私は特に何もしてない訳だし。

 

 

「……みゃ、まぁ……モモナの言う通り。……森はとっても穏やか」

「もし何か起きても、私に任せるミャ!」

「……モモナに何が出来るの」

「ニャンターごっこ!」

「……私がやるみゃ。……モモナなんかには任せられない」

「ミャーーー?!」

「ふふっ」

 思わず笑みが溢れる。

 

 

 この二人は本当に仲良しだなぁ。

 

 そっか……大丈夫なのか。

 

 

「あっはは」

「ミャ?」

「みゃ?」

 でもそれは、彼女達───村の皆とお別れをするって事でもあるんだよね。

 私が居ても、確かに変わらないのかもしれない。

 

 でも、私には皆が必要だったんだ。

 当たり前のように居てくれた皆。失いそうになって、本当にその大切さを実感してる。

 

 

「ね、二人共」

「どったミャ?」

「……どしたみゃ?」

「ぎゅーってして良い?」

「ミャー」

「にゃー」

 私、決めたよ。

 

 

 ありがとう、二人共。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「なるほどなるほど、村を出て実家に帰らせて頂きます…………と───え゛?!」

 家の部屋で目を瞑って私の話を聞いてくれていたアイシャさんは、うんうんと頷いた後机をバンと叩きながら身を乗り出す。

 

 

「えぇぇえええ?! ど、どういう事ですかミズキちゃん?!」

 オフの時間帯なので、比較的ラフな格好の彼女。

 しっかり整えられていない服装は、むしろ彼女らしくてこの姿の方が落ち着いてしまいます。

 

 

「いや、実家はここだから……」

「そういう問題ではなくてーーー!」

 わなわなと肩を震えさせて興奮状態のアイシャさん。

 うーん……アイシャさんはてっきり優しく迎えてくれると思ったんだけど、やっぱりギルドの職員としてはそんな事出来ないよね。

 

 どうした物か。

 

 

「もう決めてしまったんですか……?」

 と、今度は瞳に涙を浮かべて首を傾げる。

 決意が鈍りそう……。ごめんなさい、アイシャさんには凄く迷惑を掛けると思う、ごめんなさい。

 

 でも、決めたんだ。

 

 私は───アランに着いていく。

 邪魔とか言われそうだけど。無理矢理でも着いていく!

 

 

「もうミズキちゃんが作るご飯はこれが最後なんですか?! もう食べられないんですか?!」

「そこなのかニャ?! この状況でギルドの受付嬢の反応がそこなのかニャ?!」

「何言ってるんですかムツさん、重要案件ですよ」

 え、どういう事。ギルド的には良いの? ご飯の方が重要なのこの人。

 

 

「まぁ、可愛い子には旅をさせろと言いますしねー。一応、村を出るならハンターズギルドの規則として書類を書かなきゃいけないんですけどそれは私が裏でこそっとやっておいてあげます!」

「あ、アイシャさん……。良いの……?」

 最初の反応にはちょっとビックリしちゃったけど、やっぱりアイシャさんは優しい人だ。

 

 こんな人達に支えられて、今の私が居ます。

 そう考えると───うぅ、今後が心配に。

 

 

「ふふっ、たまには帰って来て下さいね」

「アイシャさん……」

「でも、ちょっと残念です」

 ……うぅ、ごめんなさい。

 

 

「明後日辺りにあのハンターさん帰って来るのに」

「ミズキが居なくなるのに余裕こいてたのはそういう事かニャ……っ!!」

「え、あのハンターさんが?!」

 ナバルデウスから村を救った英雄。

 私はそんなハンターさんから、この村を託された……。なのに、結局何も出来なかったんだよね……。

 

 

「アランさんに着いて行ったら、ミズキちゃんあのハンターさんに会えないんですよ?」

「良いんです」

 だから、私はキッパリとそう答えた。

 

 

「ぇ?」

「私、あのハンターさんが村を出て行く時に約束したの。……私が立派なハンターになったら、一緒に狩りに行かせて下さいって」

「だったら尚更……」

「ううん、だからです!」

 目を瞑って、あの人の事を思い浮かべる。

 

 

 本当の英雄の姿を。

 

 

「私、まだ立派なハンターになんてなれてないから……。だから、修行して来る!」

 アランに無理矢理でも着いていって、彼に無理矢理でも教えて貰う。

 

 アランは……とっても凄い。あのハンターさんと同じくらい、私にとっては憧れの存在だ。

 彼のようになりたい。彼のようになれたのなら、私は胸を張ってあのハンターさんの隣に立つ事が出来るかもしれない。

 

 

 だから、私は行きます。

 

 

「ニャ」

 そんな決意を固めると同時に、お父さんが机に何やら小包を置きました。

 さっきまで黙って聞いてくれていたお父さん。

 

 私を助けてくれた、お父さん。

 この人には感謝しても仕切れない。

 

 

 でも、この人の為にも立派なハンターになりたい。

 

 

「お父さん……? これは?」

「三万ゼニーですニャ」

 ん? えーと、三万……ゼニー? ゼニー?!

 

「私の給料ですか?」

「黙ってろニャ」

「ムツさん、お別れだというのに辛辣過ぎませんか?」

 二人はその位が良いの。

 

 

「え、えと……どういう……事?」

 も、もしかして三万払うから行かないでって事……なのかな? いや、いやいや、お父さんがそんな事言う訳がない。

 

「ミズキ、旅に出るってどういう事か分かってますかニャ?」

 いつも以上に真剣なお父さんの声。

 

 お、怒ってる……?

 

 

「え、えーと、えー……どういう事、かなぁ?」

 こ、怖い。アイルーを怖がってるハンターの図とは如何に。いや、でもお父さんなんか怖い。

 

 

「船に乗ったり、外泊するという事ですニャ。下手をすれば野宿なんて事もありますニャ。夜になってもこの家には帰って来れませんニャ」

 ゴクリと、私は唾を飲んだ。

 

 

 考えもしなかった。

 の、野宿……船……。

 

 

「お金が必要ですニャ」

 そう言ってから、お父さんは普段の───いや、普段より優しい表情で小包を私の方に押した。

 

「持って行きなさい、ニャ」

「お、お父さん……」

「海老フライ食べ放題ニャ」

「ムツさん、コックさんの言うことちゃんと聞いてましたか? え?」

 あ、お父さんの海老フライ食べられなくなる……。

 

 

「いつでもとは言えないニャ。でも、たまには帰って来るニャ。ビストロ・モガは二人の家……ずっとここにありますニャ」

「うぅ……お父さん…………」

 私は、幸せ者だ。

 

 

 皆にお礼を返す為にも。立派なハンターにならなきゃね!

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「着いてくるな」

「ですよねー」

 そうと一言だけ告げて荷造りに戻るアラン。

 

 

 家に戻ってきたアランに「連れて行って!」と頼んだ所、一言で断られました。

 いや、分かってたけどね。分かってましたけどねー!

 

 

 

「お前に構っていられる余裕は俺には無い」

「アランは島を出て行って何をするの?」

「…………」

 素直に思った事を口にした質問に、彼は何故か固まって口を閉ざしてしまった。

 

 言いにくい事……なのかな?

 

 

 その後アランは口を聞いてくれなくて、そのまま一夜が過ぎてしまった。

 良いもん、こうなったらアイシャさん秘伝の裏技で着いていくんだから。

 

 もう荷造りも済ませてしまった。私の決意は変えられないのだ!!

 

 

 迷惑……なのかなぁ?

 

 

 

 

 皆に挨拶しておかないとね。

 そう思って、私はアランより早く起きて準備をする。

 

 こういう時だけなぜか行動力のある私。

 何でだろうねぇ?

 

 

「もう、行きますニャ?」

「うん」

「……眠いニャ。もう一眠りするニャ」

 ダメです。

 

「寂しくなりますニャ」

「ご、ごめんなさい……」

「そうやってすぐ謝るのは悪い癖ですニャ。自分を高める旅、応援してますニャ」

 お父さん……。

 

「私、頑張るね。頑張って、お父さんの娘として恥ずかしくないハンターになってくる。モガの村出身の凄腕ハンターって噂されるくらい頑張る。そしたら、モガの村が有名になって、必然的にお父さんのお店も有名になって……お父さんの役にも立てるかな?」

「期待して、いつでも海老フライをあげれる状態で待ってますニャ」

 本当にありがとう。

 

 

 私があるのは貴方のおかげです。

 

 頑張ります。

 

 

 

 

「行くのかミャ?」

 次に向かったのは、農場にある二人のお家。

 私の作戦上最後の挨拶は出来ないから。今、ここで。

 

「うん」

 この二人には、本当にお世話になった。

 

 アイテム採取すらまともに出来なかった私の手伝いをしてくれたり。

 虫が怖かったから蜂蜜も二人に取ってもらってたっけ。

 

 

「頑張るミャー! お土産期待してるミャ!」

「うん! 喜んで貰えるようなお土産も買ってくるねー!」

「……みゃ」

 モモナは元気に送り出してくれるんだけど、なぜかミミナは私のスカートをそっと掴む。

 そのまま涙を溜めた瞳を私の足に擦り付けた。

 

 

「ミミナ……」

「……気をつけて、みゃ」

 普段見せないような彼女の表情に、思わず抱き締めたくなります。

 心配してくれるんだね……。

 

「寂しい?」

「……全然寂しくなんて……無いみゃぁ!」

 言葉と行動が一致してないよぉ。

 

「ミミナー、それじゃミズキが行きにくいミャ」

「…………だってぇ。みゃ……」

 なんだろう……いつもと逆な気がする。

 

 

「ミミナには私が居るミャ!」

「……いらない」

「「酷い」ミャ」

 いつも通りか。

 

 

「……ミズキ」

「なーに?」

「……いってらっしゃい、みゃ」

「いってらミャー!」

「ウモゥ」

 二人に合わせて、アプトノスのジェニーも鳴き声をあげる。

 もしかしたら、分かってくれてるのかも知れない。そんな訳ないかな?

 

「…………。……うん! 行ってきます!」

 またね、二人の親友。ジェニーも、またね。

 

 

 

 

「本当に行くんだのぅ」

 日が昇り始める時間。船着場に着いた見知らぬ船の前で待っていたのは、村長さんだった。

 

「アイシャさんは?」

「徹夜でぶっ倒れとるぞ」

 アイシャさん……。

 

「そいで、昇天するまえにこいつをお前さんにとワシに渡してきおったわ」

「ほぇ?」

「アイシャからの荷物なんてロクな物じゃなさそうニャ……」

 こらー、そんな事言ってもぅ。

 

 

 でも、ムツキはアイシャさんと一番仲良かったから……なんだか寂しそう。

 

 

「これは?」

「ハンターズギルドの契約書かなんかなのではないかのぅ? ワシには難しい事は分からんが、あの娘が後はお前さんのサインだけで完成だと言っておった。これをギルドに提出すれば、お前さんも外の世界でハンターズギルドに公式に登録されるんだとか」

 ごめんなさい、ちんぷんかんぷんです。

 

 

「とりあえず名前書けば良いんですね!」

「そんな感じの詐欺とかありそうニャ……」

 なんでそんなにアイシャさんに辛辣なの?!

 

 

「うんむ。確かに受け取ったぞ。後は、これがギルドカードになるらしい。肌身離さず持っておいて、無くしたらギルドで再発行するようにという事だ」

 おぉ……これが噂に聞くギルドカード。

 

「後、娘から伝言を授かっておるぞ」

 アイシャさんからの伝言……?

 

 

 うん、きっとありがたい言葉に違いない。

 

 

「ムツさん、船にビビってお漏らししないようにして下さいね。との事だ」

「あのバカとっちめて来るニャーーー!」

「寝てるから! アイシャさん寝てるから!」

 あっはは……。アイシャさんらしいなぁ、もぅ。

 湿っぽいの苦手な彼女なりの、お別れの言葉なのかもしれないね。

 

 

 行ってきます。村の皆。

 

 雑貨屋さんも、加工屋さんも、船長も、皆、本当に、ありがとう。

 

 

 

「お、来たか」

「お前が村長が言ってたミズキかぁ!」

 村長が視線を船に向けてそう言うと、船から一人の男性が出てくる。

 

 

 暗い色の髪に目立つ蒼い瞳。

 鍛え上げられた肉体は古傷が見えて、歴戦のハンターなのかな? なんて思えた。

 

「……ぇ」

 ただ、その人が映る視界がなんでか揺らんだ。

 

 

 

 なんだ……ろう? 既視感がある。

 

 

「ん? どうかしたかぁ? 娘っ子よ。今から村を出て大きな世界に旅立とうってんだぁ! ボーッとしててどうするよぉ!!」

 その手が、私に乗せられる。

 

 

 あれ……? なんなんだろう? なんなんだろう…………これ。

 

 

 

 あなたは…………誰?




読了ありがとうございます!
第一章本編事態はこれで終了です。ありがとうございました。

次の話はエピローグとプロローグを合わせたような物になります。
年内には投稿したいと思っていますが……間に合うのだろうか。

来年は酉年ですね!
なんて理由でホロロホルル出してみたり。気が早いか。


間に合えば、年始には登場人物紹介のような物を投稿しようかななんて思ったり。需要は知らない。

年内にあと一話で(投稿できれば)、第一章正式に完結です。
ここまで続けられたのも応援してくださっている読者様のお陰。本当にありがとうございます。これからも、出来ればよろしくお願いしますm(_ _)m

ではでは、今回はこの辺で。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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