モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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ちょっとした番外編のような物
サボっていたからこんな話にするしかなかった訳ではなく話数調整です()


鬱表現、グロテスクなシーンあり。


従える者と彼の事

 何でもない、そんな人生だった。

 

 

 普通の家に生まれて、普通に育って。

 

 普通に恋をして。

 

 その人に見られたくて、ハンターの仕事を選んで。

 

 

 ハンターの仕事は、そりゃ普通って訳には行かなかったが。

 

 どうやら俺には多少なりともの適性があったらしい。

 小さい村だったが、その村では一番のハンターになった。

 

 

 

 頼られるのは嬉しい、命を賭けて護りたい物を護れる。

 

 そんな護りたい人を、なんの変哲もない口説き方で口説いて。

 普通の幸せな家庭を築いた。

 

 

 娘も産まれた。

 

 物凄く、可愛いんだ。

 母親似の金髪の女の子。

 

 

 子供が五歳になった。

 

 ハンターになるとか言い出した。

 多分、俺のせいなんだろうが……。

 

 

 勿論、反対した。ハンターは危ない。モンスターは危険だ。

 この歳までハンターを続けていた俺だから、余計に分かってしまう。

 

 

 同業者が何人も死ぬ所を見てきた。

 

 

 モンスターは、恐ろしい。

 あの化け物は俺達を餌だとしか思ってない。

 

 

 

 そんな五歳の娘と、愛すべき嫁を連れ、村の外に出掛ける事になった。

 なんでも、大きな街で祭があるから行きたいだとか。

 

 娘が言い出したのか、嫁が言い出したのか。

 俺は、止めるように言ったんだがな。ははっ、こいつら聞いちゃくれない。

 

 

 

 まぁ、大丈夫だろう。遠い街ではないし、そこまで商人を護衛するクエストだって何回もこなして来た。

 

 ───そう、思っていた。

 

 

 

 

 街までは竜車で二日。

 

 一日目の夜を、俺達は川辺で過ごしていた。

 

 川で釣った魚を焼いたり、火を焚いて暖を取ったり。

 普段切り身にして食べるスネークサーモンを丸焼きにすると、嫁は驚いた。

 まるで狩り仲間とするような事を家族としているのは、なんだかおかしくも感じる。

 

 

 そんな中で、娘がトイレに行きたいと言い出した。

 一人で出来ると言うのだが、いつモンスターが現れるか分かったものじゃない。俺が付いていく事にした。娘を一人に出来る訳がない。

 

 

 ───それが、間違っていたんだ。

 

 娘を一人に? 違う、嫁だって一人にして良い訳がなかった。

 

 

 ほんの少しだ。ほんの少し目を離した瞬間に、嫁の悲鳴が聞こえた。

 

 

 首から下半身まで伸びる、黄色い鬣。

 海竜種に見られる流線型の身体。水獣───ロアルドロスの群れに、嫁は囲まれていた。

 

 

 娘を連れて逃げてと、嫁は言った。

 そう言う間にも、ルドロスが嫁の腕を噛み砕く。

 

 止めろ、よせ。

 俺の身体は勝手に動き出していた。

 

 

 まだ間に合う。背中の大剣に手を伸ばし、駆け寄って嫁の腕を喰い千切ったルドロスを叩き殺した。

 

 良かった、助けられた。

 命はある。腕が……クソ……っ。

 

 

 焦りからか、俺はそんな事しか考えられなかった。

 

 

 嫁が、痛みで動かない口で何かを訴えていた。

 そんなに泣かないでくれ、もう大丈夫だ。こいつら全員追っ払ってやる。

 

 一人にしてすまないかった。ごめん、本当にごめ───

 

 

 嫁は泣きながら、無くなった腕を俺の背後に伸ばす。

 それで、やっと自分の誤ちに気が付いたんだ。

 

 

 

「止め───」

 娘が、三匹のルドロスに囲まれていた。

 

 間に合わなかった。

 

 

 何も分からない娘は、突然の激痛に泣き叫ぶ。

 

 助けを呼ぶその声に反射的に身体が動くも、その時点で既に手遅れだった。

 

 

 吹き出る鮮血、倒れる娘の腸をルドロスは喰いちぎる。

 

 

 そのルドロスを殺しても、もう一匹が娘の頭を持って行く。

 

 そのルドロスを殺しても、もう一匹が娘の脚を持って行く。

 

 

 止めてくれ、頼むから止めてくれ。

 

 

 もうどうしようもない状態になってから、やっと俺は誤ちに気が付いたんだ。

 

 

 

 誰とも離れたらダメだった。

 二人共護らなければ、ダメだった。

 

 

「グルルォ……」

「よ、よせ……止───」

「キェェェェエエエッ!!!」

 ルドロス達のボス。ロアルドロスが、嫁の頭をその太い腕で撫でる。

 地面に叩き潰された頭は、原形を留めずにピンクと赤を辺りに撒き散らした。

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 そこからの事は、覚えていない。

 

 気が付いたら辺りにはモンスターの死体の山が出来上がっていた。

 俺は嫁と娘だった物を持って、竜車で村に帰る。

 

 

 

 何でもない、普通の人生だった筈だ。

 

 俺が悪いのか?

 

 

 なぁ? 俺が悪いのか?

 

 

 違う。全部モンスターが悪い。

 

 あの化け物達が悪い。

 

 

 何日も、何日も塞ぎ込んで考えて。

 

 

 俺はやっと、自分がなんの為にハンターになったのかを思い出した。

 

 

 

 あの化け物達を殺す為だ。

 

 

 俺は積極的に、周りには狂ってると言われる程狩りに出掛けた。

 

 依頼が無ければ採取クエストで近くに居たモンスターを狩り殺した。

 依頼があっても、依頼に関係ないモンスターを殺し尽くした。

 

 

 これで平和になる。俺がモンスターを狩れば、あんな事が起る前にモンスターを狩れば───

 

 

「ギルドナイトです」

 アレから何年経っただろうか。

 

 遂にその日がやって来た。

 分かってはいた。俺がギルドに違反している事なんて。

 

 

 でもな、俺は間違ってなんてない。

 

 俺はおかしい事なんてしてない。

 

 モンスターは悪だ。殺して何が悪い。

 

 

 金髪の、整った顔をしたギルドナイトは俺に手を伸ばす。

 ギルドの方針に背いて無闇な殺戮をした罪の代償くらい、分かっている。

 

 

 もっと、殺さなければならなかった。

 

 もっと、もっともっとモンスターを狩らないと。誰かが犠牲になるかもしれない。

 

 

 でも、ここまでのようだ。

 

 

 天国の嫁と娘は……俺を許してくれるだろうか。

 

 許してくれる訳ないか。

 今から、行くよ。

 

 

「貴方の思想、そして腕は素晴らしい。私の理想───いえ、あなたの理想の為に……力を貸して頂けないかな?」

「…………は?」

 それが二年前の事だっただろうか。

 

 俺が、とある密猟団の組織に加わったその日は。

 

 

 

    ★ ★ ★

 

「そろそろ着くゼヨ! ハンターさんやい!」

 快活な声で目が醒める。

 

 

 辺りを囲む、水と波。

 どうやらまたあの夢を見ていたらしい。

 

 

「っとぉ、寝てたか。ワシの船の乗り心地は最高ゼヨ! 仕方無い仕方無い」

「態々乗せてもらったのに悪いな。いや、でも良い船だよ本当に」

 お陰様で夢まで見てしまった。

 

「なぁに、島を世界と繋げるのがワシの仕事ゼヨ! また、気軽に声を掛けてくれれば良い!」

 全く、こんな悪人に優しくしてくれちゃって。

 

 

「ところでおやっさん、腹減っちまったんだ。島は見えてるけどまだ少し掛かるだろう? 何か船にあったりしないかな? あ、ちゃんと金は出すからさ」

「んん、あるにはあるゼヨ」

「お、頼むよ」

 それは良かった。腹が減ってたからな。

 

 

 空腹でスタミナがないと、モンスターを殺すのが難しくなる。

 

 

 

 二年前のあの日以降、俺は密猟者としてあの方の組織で働いていた。

 勿論、表ではハンターとして活動している。

 

 今回、気前の良い船乗りに乗せて貰って出向くのは孤島地方───モガの村だ。

 

 そこに組織が保有していた一匹のモンスターを事故で逃してしまったらしい。

 船で運んでいたモンスターの餌補充のために着けた島で逃げられて船も仲間も犠牲になった。

 

 大喰らいのその生き物は、島という密閉空間で生き物を食い荒らして島にある村まで危険に晒されているようだ。

 

 今回の俺の仕事はそのモンスターの捕獲。

 何せ、あの方が保有していたモンスターらしく……殺す事は許されないらしい。

 

 

 まったく、よく分からんが。あの方の考える事だ……俺の理想に辿り着く為にはそのモンスターが必要なんだろう。

 なにせそのモンスターは同族すら喰らう、生態系を自然と壊す化け物なんだからな。

 

 

「しかし、やらんゼヨ」

 考えごとをしていると、船長はそんな言葉で返してきた。

 

 え、なんで。あんなに気前の良かった船長なのに。

 

 

「ど、どうしてだよ。俺もう腹が減ってヤバいんだって」

「モガの村にはビストロ・モガっていう飯屋の名店があるゼヨ。モガに来たなら是非によって貰わねば」

 へぇ、そこまで言われたなら足を運ぶしかないか。

 

 

 別方向から船で来てる仲間が来るのにも、少しだけ時間はあるしな。

 

 

 

 そんな訳で、俺はもう少しだけ船に揺られてモガの村に辿り着いた。

 

 島の端に木組みが多く作られたのどかな村。

 小さいが、活気がある。数年前超大型モンスターに襲われた村とは思え無いな。

 

 

「ビストロ・モガはギルドのカウンターの直ぐ横ゼヨ! 腹一杯食うが良い!!」

 そう言う船長に見送られ、俺は看板の立つ店に顔を出した。

 

 

 

「やってるかい?」

 そう声を掛けるも、店には誰も居ない。

 おいおいまさかやってないなんて事ないだろうな?

 

「はい! ちょっとコックさんお出掛け中なんで、時間かかっちゃうんですけど……お待ち頂けますか?」

 俺の心配は、直ぐに発せられたそんな返事で杞憂に終わる。

 奥から店に出て来た少女は、短い金髪碧眼の少女で───

 

「お、可愛い看板娘ちゃんが出て来たな。お店の子かな?」

 ───娘が生きていたら、もしかしたらこんな風に成長していたかもしれない。そんな事を考えてしまった。

 

「しっかし、コックさん居ないのか。……時間に間に合わなくなっちまうなぁ、飯は諦めるか」

 困ったなぁ。まぁ、飯は現地調達かこりゃ。

 

 モンスターを殺して食べるのは、それはそれで良いんだけどな。

 

 

「ありがとな、嬢ちゃん。また帰りに食わせ───」

「私が作りますよ!」

「ぇ」

 諦めて席を立とうとした俺に、少女はメニュー表を渡してくる。

 何? こんな小さな子が?

 

 

 もしかしたら、娘が生きてたら作ってくれてたのかも知れない……な。

 

 

「作れるの? 嬢ちゃんが?」

「これでもお父さんの娘ですから。勿論、味が気に食わなかったらお代は要りません!」

 少女は胸を張って答える。

 なるほど相当自信があると見た。

 

 

 そんな少女に期待して、俺はメニュー表を見渡す。色々あるな。ギィギのハンバーグってなんだよ。

 

 

「んーと、じゃぁ。スネークサーモン定食を食べたいな」

 そんな中でも、俺は無意識のうちにあの日の事を思い出してそんな定食を頼んでいた。

 スネークサーモンは嫁の好物だった。今じゃ、俺も食べ過ぎて好きになってるがな……。

 

 

「スネークサーモンの定食ですね! かしこまりました!」

 大きく返事をして、直ぐに準備に取り掛かる少女。

 元気の良い、可愛い女の子だ。

 

 

 こんな子や、気前の良い船乗りが暮らすこの村に……島に放置されたあの化け物が襲い掛かってきたらひとたまりもない。

 

 

 あの時の光景が蘇る。

 

 

 一刻も早く、この件にケリを付けなきゃな。

 

 

 そんな事を考えていると、料理が完成して目の前に出される。

 

 心なしかいつか嫁が作ってくれた朝飯に似ていて、なんとも懐かしい感じだ。

 

 

「おー、凄いな嬢ちゃん。若いのに偉いもんだ」

「ふっふっふ、褒めるのは食べてからにして下さいね!」

 ほぉ、相当自信があるようだ。

 

 

「それじゃ、頂こうか」

 備え付けの箸を取って、俺はスネークサーモンにそれを伸ばす。

 

 良く焼かれたそれは軽く力を入れただけで形を崩して、箸で手頃な大きさの物を掴んだ。

 それを口の中に放り込めば、丁度良い塩加減が広がり柔らかい歯ごたえはスネークサーモンの食感を楽しめる焼き加減。

 

「……美味い!」

 ただ一言のその感想を言うと、俺は口にお米を放り込んだ。

 流石に嫁のとは比べられないが、このスネークサーモンも美味く調理されてる。

 

 

 なるほどな、船の船長があそこまで頑なだった理由も分かった。

 

 

「へい、お駄賃。お釣りは要らねーぞ!」

「まいどあ───って、こんなに貰えませんよ!」

 飯を食べ終わってから、俺は千ゼニーを置いて店を後にしようとする。

 しかし、少女はしっかりとした性格のようでお釣りを俺に渡そうとしてきた。

 

 そんな物は俺には必要ない。

 俺の人生は、この少女の様な幼い子供達がモンスターに襲われない様にする事の為にあるのだから。

 

 

「美味い飯を食えたんだ、それなりの対価を払うのは当然だろ?」

 それに、娘に似ててな。なんか甘やかしたくなるんだよ。

 

「ハッハッハ! まぁ、アレだ。頑張るお嬢ちゃんに俺からの気持ちとして受け取ってくれや。その代わり、帰りも美味いものを頼むぜ」

「そ、そう言われると……。夕御飯はサービスしますので、また寄って行って下さいね!」

「そりゃ、楽しみだ。ごちそうさん」

 だから、また来るとしよう。

 

 

 

 それから他愛もない会話をしてから、俺は直ぐ隣のギルド受付嬢に話を着けて孤島の素材ツアーという名目で狩場に足を踏み入れた。

 

 

 

 さて、あの子から聞いた話だとやはり奴が上陸した砂浜が怪しい。

 

 俺は気を引き締めて海岸沿いを歩いて行く。

 すると、これがビンゴって奴か。デカい鳴き声が二つ聞こえた。

 

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

 一つは、今回の標的の物だろう。

 

「キェェェェエエエッ!!!」

 もう一つは、忘れたくても忘れられないないあのモンスターの鳴き声。

 

 

「近い……っ!」

 ったく、都合が良いな。モンスター同士で交戦中か。

 

 

 

 なら、標的をあいつと一緒に弱らせれば良い。

 

 あの生き物と共闘なんてヘドが出るが……仕方がないか。

 

 

 そう思いながら鳴き声の方へと向かう。

 

 鳴き声からして戦いが始まったばかりか?

 そう思っていたのだが———思わぬ光景に俺は絶句した。

 

 

「ギェェェ……ッゲェェッ」

 俺が辿り着く間に、ロアルドロスは瀕死の重傷を負っていたのだ。

 身体のあちこちを食い千切られ、群れのボスの威厳はない。

 

 

「グォォ」

「グルゥ」

 そんなボスを尻目に、ルドロス達が背後で鳴き声を上げている。

 ボスを心配しているのだろうか。あの化け物にも家族愛があるとでも言うのか。

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

「ギェェェ……ッ!!」

 きっと、それが最後の力だったのだろう。

 ロアルドロスは後ろにいる群れに鳴き声を放つと、俺の標的に突進を仕掛ける。

 

 獣竜種。恐暴竜───イビルジョーに。

 

 

「グルァァ?!」

 そんな力は残っていないと油断したのか、ロアルドロスの突進を受け倒れるイビルジョー。

 今加勢に入れば、簡単にイビルジョーを弱らせる事が出来るかもしれない。

 

 

「……」

 だが、身体は動かなかった。

 

 

「ギェェェエエエエエ!!!」

 アイツが憎い。

 

 ……負けるなよ、おい。

 

 

「おぉぉぉらぁぁ!!」

 走り出し、手に取った大剣が切り裂いたのは───ロアルドロスだった。

 

 

「ギェェェ?!」

「グラァァァァアアアア!!!」

 俺の攻撃に、弱っていたからか簡単に怯むロアルドロス。

 その隙を逃さなまいと、イビルジョーはその大顎でロアルドロスを噛み砕く。

 

 

「ギェェェエエエエエ!!! グルルォォァァォォァァァ?!?! ギェェェエエエエエ!!!」

 何を叫んでいるのか。

 

 

 死にたくないのか?

 

 ……ざまぁ見ろ。

 

 

「ギェェェエエエエエ!!!」

 ……何を叫んでいる。?

 

 その視線の先を見てみる。

 そこには、ボスを助けようと動くが……ボスの言葉で止まっていたルドロス達の姿があった。

 

 

「家族を…………守っていたのか……?」

「ギェェェエエエエエ!!!」

 その叫びに、遂にルドロス達は動き出す。

 

 海水に入り、イビルジョーの手に届かない所まで。

 

 

 

 大切な物を…………護っていたのか?

 

 

 

「ギェェェエエエエエ!!!」

「グラァァァァアアアア!!!」

「……っ」

 俺は……何を…………したんだ……?

 

 

「……っらぁぁぁ!」

 大剣を振るう。イビルジョーに向けて。

 

「グルァァ!」

 体型の割に細い足から鮮血が走り、イビルジョーはそこでやっと俺を認識したのだろう。

 瀕死のロアルドロスとはいえ、さらに敵が増えたのを懸念したのか? イビルジョーは海岸沿いを逃げて行く。

 

 

 あの方向は……確かイビルジョーを乗せた船が止まった所だったか?

 

 餌やりのためにこの島に来て、そのまま逃げちまう程のモンスターを捕獲ねぇ……。骨が折れそうだ。

 

 

 ただ、負ける気はしない。

 

 これでも生まれ故郷では一番のハンターだった。

 組織でも信用されている。腕に自信はある。

 

 だから、この仕事は俺が受けたんだ。

 

 

「ギェェェ……」

 背後で、ロアルドロスが鳴いた。

 

 生きているのが不思議な程に身体中を噛み砕かれ、それでも生きようとしてもがいている。

 

 

「…………お前らにも、護るべき物があるんだな」

 この手を染めた俺の罪は、何だろうな。

 

 俺がこれまでして来たことは、こいつらに俺がやられた事と同じだったのかも知れない。

 

 

 

 今は、そんな事を考えている場合じゃないか。

 

 

 脳裏に映るのは、あの少女や気前の良い船長。受付嬢の娘はなんか……アレだ、面白かった。

 

 あの村をあんな化け物に襲わせてたまるか。

 

 

 

 瀕死のロアルドロスを少しの間見つめてから、俺はイビルジョーが向かった方角へと歩いた。

 

 

 

 

 

「……居ない?」

 だが、奴は居ない。

 

 岩場を抜けると奴の姿は消えていて、砂浜にのこる足跡は海に向かっている。

 まさか……海を泳いで何処かに行ったなんて訳ないよな?

 

 

「ったく……何処に行きやがった」

 仲間の船が来る時間までに奴を弱らせなきゃならんのに。

 

 

「はぁ……。ロアルドロスか……」

 あの時俺が私情に囚われずに動いていれば、こんな面倒な事にはならなかったのかもしれないが。

 もう考えても遅いか。

 

 

 ───そう、遅かった。

 

 この時既に。

 

 

 

「っ?! なんだ?!」

 突然地面が揺れる。

 

 ここは砂浜だ、ヤオザミの一匹二匹居ても確かにおかしくはない。

 

 

 だが、そんなちっぽけな生き物とは到底思えなかった。

 

 ───真下に居るのか?!

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

「うぁ゛ぁっ?!」

 気が付いた時には、そいつに右腕を肩ごと持っていかれていた。

 

 砕かれた肉が、骨が、そいつの口の中に入って行く。

 

 

「う゛ぁ゛ぁ゛っがぁ゛っ!!」

 まさか、地中で待ち伏せしていたのか?!

 

 足跡を波で消して……?!

 

 

 ふざけるなよ……俺はモンスターと戦ってるんだぞ。

 そんな下らない芸当で…………糞が!! ふざけるな、ふざけるなぁ!!

 

 

「うぉ゛お゛お゛!!」

 残った左腕で大剣を握り、身体を回転させて振るう。

 これだけ至近距離で、お前は俺をもう殺ったと思って油断してるんだろ?

 

 ───甘いんだよ。

 

 

 

 俺はな、執念だけは誰にも負けない自信がある。

 

 悪いがお前にはまた組織で飼われて貰う。

 

 

 こんな小さな島でお前みたいな化け物を野放しに出来ないからな。

 

 

 俺を見くびった事を後悔しやがれ。

 

 一撃で喰い殺さなかった事を後悔しやがれ。

 

 

 この命に代えても、この島の人達は俺───

 

 

「……ッァアアアッ!!」

「───へ」

 俺の最後の力の回転斬りは、奴に届く事はなかった。

 

 いや、届きはした。ただ、俺の大剣はイビルジョーの顎に噛み砕かれて二つに割れる。

 そのままの噛み砕いた大剣ごとイビルジョーは俺を砂浜に捨てた。

 

 

 

 ははっ……ははははっ。

 

 終わった。

 

 

 何も……出来なかった。

 

 

 化け物じゃねーか。畜生。

 

 

 

 身体が動かねぇ。

 

 死ぬのか……。

 

 

 もう、本当に娘達に会いに行けるかもしれない。

 

 いや……会えないだろうな。俺はいっぱい殺してきた。天国へは行けない。

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

 クソ……どんな気持ちだよ。

 

 早く、思い通りにやれよ。

 

 

 そんな願いを叶えてくれる相手は、俺から離れて行く。

 

 村を襲うかもしれない。

 もう、死ぬってのに。思い浮かぶのは少女の顔だった。

 

 飯…………美味かったな。

 

 

 

 

 

 

「…………もう少しの間は生きてるか」

 それからどれだけの時間が経ったか分からない。

 

 離れていく意識。もう少しで楽になれるという状態で、視界に一人の男が映ったのが見えた。

 

 ったく。なんだよ……。

 

 

「ハンターさん……」

 そして、もう一人。

 聞き覚えのある声だ。……うっすらと視界に映る少女は防具を着ている。ハンター……なのか?

 

 まさか、あの少女…………なのか?

 

 

「…………ま……さか。嬢ちゃんが…………ハンターだったとは、な。俺も口が…………滑った、か」

 だとしたら、この男は島のもう一人のハンターだろう。口が滑ったとはよく言った物だった。

 まさかこの少女がハンターだったなんて、思いもしなかったからな。

 

 

「……話せ、全部。お前は何者だ。何を捕獲しようとした。仲間はどうした。…………お前はもう死ぬ、全部話せ」

 だから、この男は俺が何者か分かっていたのだろう。俺に全て吐けと強要してくる。

 

 全く……死にゆく人間になんて厳しい男だよ。

 

 

「アラン?! なんでそんなに冷たい事言うの?! この人は───」

「密猟者、だ」

 確信を突かれる。こりゃ、逃げられないな。

 しらを切っても良いが。俺にも少女にも何の得もない。

 

「…………嬢ちゃん、ありが……な。でも、そいつの言う通り、さ」

「そ、それでも……だって……」

 涙を浮かべる少女。優しい子なんだな……。

 

「……まさ、か。こんな事になるとは……思わなかったのさ。三ヶ月前奴の餌やりの為にこの島に寄った…………あいつはその時点で、俺達の……手の、追えない存在に───ゴフッ」

 だから俺は、知っている事をあらかた口にする事にした。

 

「も、もう喋らなくて良いから! ハンターさん死ん───」

「話せ」

「アラン!!」

「………………良いんだよ、嬢ちゃん」

「ハンターさん……」

 涙を浮かべる少女の姿が、娘と重なる。

 

 

 朦朧とする意識。

 

 

 そろそろ…………だな。

 

 

「……俺は、悪人だ。んなこた、分かってるさ……だから、嬢ちゃん見たいな子を巻き添えにしない為に…………来たってのに、このザマだ」

「この島にソイツを連れて来たのはお前の仲間という事だな?」

「あぁ……そうだな。…………でも、悪気があった訳じゃ……ねぇ。俺達は人々の為に———」

「そんな事は聞いてない」

 俺の言い訳を、キッパリと切り捨てる男。

 

 アラン……とか呼ばれてたな。

 なるほど、多分…………こいつも俺と同じだ。

 

 

 目で分かるのさ。俺の同類と、そうでない奴の差って奴は。

 だが、不思議だな。こいつは……俺達とは考えが違うのかもしれない。

 

 

「…………ハハッ、そう、か。お前は俺達と同じ眼をしてる……だから、分かると……思ったんだがな。なんか、……違うのか、ね」

 不思議な……奴だな。

 

 

「ソイツは、イビルジョーだな?」

「…………ご名答」

 これ以上……もう口を動かすのも辛い。

 そろそろ眠りたいんだ。嫁や娘に会いたいんだ。

 

 

 なぁ……もう、良いだろう?

 

 

「…………お前、強いな? なら…………後の事、頼んだ……ぜ。その嬢ちゃん……の…………事も」

「……言われなくてもそうするつもりだ。勝手な事を言うな」

 ふっ……勝手な事か。悪いな。俺は、悪人なんだよ。

 

 

「………………嬢ちゃん」

「ハンターさん……?」

 

 

 

「……………………飯、美味かった…………ぜ」

 

 

 視界が黒くなって行く。

 

 

 死ぬって……どういう事なんだろうか。

 

 

 クソ…………今更怖くなってきた。

 

 クソ……クソ…………クソ……嫌だ…………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

 俺はまだ……俺はま───

 

 

 ──あなた──

 

 ──お父さん──

 

 

    ★ ★ ★

 

「グォォォォッ!」

「グゥゥッ」

「コゥゥッ」

 

 

 

「これはまた、滑稽な姿だな」

 ここはとある島の海岸沿い。

 

 僕は乗って来たサクラから降りて、視界に映る光景を見るなりそう呟いた。

 言葉が漏れたと言う方が正しいかもしれない。

 

 

「サクラはここで待っていてくれ。何、大丈夫さ……今のアレにはもう何かをどうこうする力すら残っていない」

 心配そうに僕を眺める彼女の頭を撫でてから、僕はアレに向かって歩いていく。

 

 

 本当に、滑稽な風景だ。

 

 

 

「…………グ…………ォ……ァァ……」

 暗緑色の体色は血に塗られ、弱々しい姿からは同種を思わせるあの禍々しいオーラが一切感じられない。

 一匹の瀕死の獣竜種の姿がそこにはあった。

 

 名はイビルジョー。

 

 

「ラギアクルスに引きずり込まれて、それでも陸まで上がって来たのだけは……本当に凄いと思うけどね。流石はあの化け物の子供って所かな」

 でもな……。七年間、甲斐甲斐しく育ててきたのに……アランが居たとはいえドスジャギィもリオレウスも殺せないなんて。

 

 

 ───お前にはガッカリだよ。

 

 

 

「グォォォォッ!」

 そのポンコツの周りを囲むのは、海に流れる血に集められたモンスター達だった。

 

 ルドロスが何体かと、あの子供のラギアクルスまで居る。

 

 

「散れ……死にたくなかったらな」

 背中の太刀を抜いて、バカでも分かる殺気を出してやる。

 ラギアクルスは僕の事を覚えていたのか、すぐにイビルジョーから興味を離して海に引き返して行った。

 それを見たルドロス達も、何故かイビルジョーと僕を交互に見てから海に帰って行く。

 

 その光景を眺めてから。

 ルドロスに喰われる程弱かったソレに、僕は太刀を抜いたまま近付いた。

 

 

 

「滑稽だな」

「…………ァ゛ァ゛ァァ……」

「腹が減ったか? そろそろ限界だろう。だが、お前にはもう獲物を殺す力も残っていない。ちっぽけな僕にすら、手も足も出ない」

 こんな所でゴミ共の餌にするためにお前を育てた訳じゃないぞ。

 

 

「お前には、もっと……もっともっと喰って貰わなきゃ困るんだ。いつかアイツも殺す為にさ───だから」

 構えた太刀を、振り下ろす。

 

 既にボロボロで腐敗したイビルジョーの尻尾は簡単に切り落とす事が出来た。

 まだ神経が通っていたのか、切り離した瞬間イビルジョーは音にならない悲痛の叫びを上げる。

 

 

「ほら、喰えよ」

「グォォァァ……ッ」

「肉だぞ。お前の大好きな、肉だ」

「グォォァ…………ッ」

 恐る恐る、自らの尻尾に大顎を運ぶイビルジョー。

 

 

 胴体と同等の太さを誇る自らの尻尾をイビルジョーは口に運んだ。

 

 

 

「グォォァアアア!!」

 二口、三口と、勢いと共にイビルジョーの活力が戻っていくのが分かる。

 

「そういえば、同族は喰った事がなかったか? 美味いだろ? その味を覚えておけよ」

「グラァァァァアアアア!!!」

 食欲が湧いたのか、今度は僕に大顎を向けるイビルジョー。

 

 

 ったく、このポンコツは。

 

 

「ヴォァァァゥッ!!」

「グァォォッ?!」

 僕に牙を剥いたイビルジョーは、一匹の火竜に押さえ付けられる。

 少し、調教が必要かもな。

 

 

 

「サクラ、ソレを連れ帰るから船が来るまでそのまま押さえておいてくれ」

「ヴォァァァゥッ」

 アランが帰ってギルドを呼ばれる前にコレを回収しないとね。

 

 

 

「しかし……」

 死ななかったか、アラン。

 

 絆を捨てたお前が、モンスターと手を組んでイビルジョーを倒すなんてな。

 

 

 

 ───この裏切り者が。




読了ありがとうございますm(_ _)m

えー、実は作中で少し名前が出て来たギィギのハンバーグですが知っている方は知っている『あの作品』で登場した料理です。
使用許可を頂きましたので、チラッとですが場面に映りました。ありがとうございますm(_ _)m


さてさて、場つなぎの話としてなんだか変な話になってしまったな(´−ω−`)
次回とその次で今章も終わりです。その時には年を越しているのかな?なんとか今年中に終わらせたいぞ(`・ω・´)

でわでわ、またお会いできると嬉しいです。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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