モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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狩人と捕食者の■■■

 助けようって、そう思った。

 

 

 身体は勝手に動く。アランが言うように、私は甘ちゃんだから。

 助けてくれたドスジャギィさんを、私は助けたい。

 

 

「グルォ……ククク、グルォォァァ……ッ!!」

 首を振り上げるイビルジョー。

 あの動き、どこかで見た事がある気がする。

 

 背後から聞こえるのは、ムツキの声。

 悲鳴染みたその声を聞いて、やっと私は自分の状態を理解したの。

 

 

 ───誘われた?

 

 

 さっきの黒い何かをまた吐くつもりだ。

 また、さっきと同じ状態。───避けられない。助けもない。

 

 

 

 思わず目を伏せた。

 やって来るだろう、未知の衝撃に構えたんだと思う。

 

 そのせいで閉ざされた視界の代わりに脳裏に映るのは、あの黒い煙に当たって四散するジャギィの姿。

 い、嫌だ……助け───

 

 

「ヴォァァアアアッ!!」

 突然聞こえた鳴き声は、イビルジョーの物でも───ましてやドスジャギィの物でもなかった。

 

 

 次の瞬間、開いた眼に映ったのは劫火。

 イビルジョーの頭に降り注ぐ火球(火のブレス)

 

 

「グラァァッ?!」

「ヴォァァァゥッ!!」

 大気を扇ぐ大きな一対の翼。

 

 自らを主張する赤と黒の甲殻は、その威厳を辺りに見せびらかせるように自身の領域を滑空した。

 鋭い牙、翼爪。脚には毒を有する爪を持って、何かに食い千切られた形の尻尾。

 

 

 飛竜。

 世界の頂点に立つ生物達。

 

 空の───いや、この島の王の姿がそこにはあった。

 

 

「ヴォァァァゥッ!!」

「グラァァァァアアアア!!!」

 

 

「……リオレウス」

 空から舞い降りて、地上に君臨する姿はまるで───

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 突如地に降り立つ火竜、リオレウス。

 

 

 自らの縄張りを侵された事への怒りか、リオレイアを喰われた事への復讐か。そんな所だろう。

 

 今この島で、一番頼もしい存在がイビルジョーに怒りの矛先を向けていた。

 

 

「……リオレウス」

「ミズキ!」

「痛ぁ?!」

 飛び出て行ったミズキに寄って、頭を剣の柄で殴っておく。

 

「死にたいのか……」

「……っ。ご、ごめんなさい」

 分かってるのかこいつは……。

 

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

 突然の火竜の乱入に、イビルジョーの興味はリオレウスに移ったらしい。

 

 自らと同等の体格を持つ火竜を睨み付け、口からは腐食性の涎を垂らす。

 強大な力を持つ飛竜でさえ、奴には捕食の対象でしかないらしい。

 

 

 

「グラァァァァッ!!」

「ヴォァァァゥ!」

 見境なくリオレウスに食らいつこうと大顎を振り下ろすイビルジョー。

 だがリオレウスは翼を羽ばたかせ、後方にそれを交わす。

 

 同時に放たれた火球がイビルジョーの背中を焼いた。

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

 もう、お前に勝ち目はないぞ。

 

 

 さっきまではドスジャギィとその群れ、それに俺だけがお前の敵だった。

 戦力としては……不安が残る。

 

 短期決戦を仕掛けるしか、俺に勝ち目はなかった。

 その中で少しでも隙が生まれればお前が俺を殺す事も容易かったかもしれない。

 

 

 だが、リオレウスの介入で俺が無理をする必要もなくなった。

 ここからはどれだけ慎重に行こうが、お前には回復させる暇もない。

 

 

 

 リオレウスがどういうつもりかは知らないが、ここにはお前の味方はいないんだよ。

 

 

 

「グルォゥッ! グォゥッグォゥッ!」

 体勢を立ち直したドスジャギィが群れに向かって吠える。

 ボスの鳴き声でバラバラだったジャギィ達にまた統率力が復活した。

 

「ウォゥッ!」

「ルォゥッ!」

 イビルジョーを囲むジャギィ達。

 リオレウスに標的を移していたイビルジョーは簡単にジャギィ達に包囲される。

 

 

 目の前にはリオレウス。周りにはジャギィ達。

 一斉に飛び掛かるジャギィ達から逃げる事も出来ずに、リオレウスは動きの止まったそんなイビルジョーにブレスを構える。

 

 

「ヴォァァァゥッ!!」

「ガァ゛ァ゛!!」

 お前の負けだ。

 

 

 

「アラン……。……私、おかしいのかな」

 イビルジョーが他のモンスターに襲われる様を眺めていると、唐突にミズキがそんな事を口にし出す。

 こんな時になんだ……?

 

 

「イビルジョーが……可哀想だって思っちゃうの」

「……お前はおかしい」

 こいつ……。

 

「で、でも───」

「ミズキは優し過ぎニャ。もう忘れたニャ? あいつのせいでミミナが大怪我したニャ」

 ムツキのそんな言葉を聞いて、俯くミズキ。

 

 

 だが、何か希望を見付けたような表情で俺の眼を彼女は見た。

 

 

「アランなら……あの子を助けられる?」

 お前は…………何を言っているんだ。

 

 

 

 ミズキは優しい。本当に優しい。

 それは分かっている。

 

 ただ、あの化け物を助ける。そんな言葉に俺はイラつきを隠せなかった。

 

 

 アイツは───コイツは生かして良い生き物じゃない。

 

 

「ふざけるな……」

「アラン…………ご、ごめんなさい」

 俯くミズキの手を取って、木陰にまで連れて行く。

 

 

 お前は本当に頑張った。

 村に近い場所まで現れたイビルジョーを足止めして、イビルジョーの誘導にまで力を尽くした。

 それだけでも、お前はそこら辺のハンターより充分村の為に尽くした。だから、もう休め。

 

 

「お前は隠れていろ。……後は俺がやる。ムツキ、このバカをちゃんと見張ってろ」

「言われなくてもそのつもりニャ。ガッテンニャ」

 そう言いながらミズキの防具を掴むムツキ。その手を離すなよ。

 

「ムツキ……アラン…………」

 不満そうだな。

 

 

「……これが、ハンターだ。お前の甘い考えは……いつか自分を殺す。だから、ハンターをやるならその優しさにもブレーキを掛けろ。これは……覚えておいて損はない」

 ミズキの頭に手を置きながらそうとだけ告げて、イビルジョーに向き直る。

 

 

 リオレウスに相当てこずっているようだな。

 

 

 だがな、お前は…………俺が殺す。

 

 

 

「グルォォォ……ッ」

 翼を使って自由に空を舞うリオレウスを捉える事が出来ずに、苛立ちを見せるイビルジョー。

 だが、黙ってやられているばかりがこのモンスターではない。

 

 ……待っているな。射程距離にリオレウスが入るのを。

 

 

「グラァァァァアアアア!!!」

 ジャギィ達の攻撃を全て無視し、イビルジョーはただ一点を睨み付けていた。

 

「ヴォァァ!」

 自らの領域を自由に舞う餌が、自分の領域に入るのを待つために。

 

 

「ヴォァァァゥッ!!」

「焦るなよ……」

 リオレウスが仕掛けるタイミングで、俺は駈け出す。

 

 空中からの、毒爪を使った奇襲。空の王とまで呼ばれるリオレウスに相応しい攻撃だろう。

 だが、イビルジョーはそれを待っていたかのようにその大顎を開いた。

 

 

 何も、飛翔してくるリオレウスに喰らいつこうという訳ではあるまい。

 おそらく奴はこのタイミングをずっと待っていたのだろう。

 

 リオレウスが直線的に自らに向かってくる、この時を。

 

 

「グオラァァァァアアアア!!!」

 吐き出される龍属性エネルギー。いくら空の王とはいえ、自らの加速を止める事は出来ない。

 このまま急降下してくるリオレウスをブレスで迎え撃つのが、こいつの算段だ。

 

 

「させるか……っ!」

 俺は、手近にいたジャギィを一匹踏み台にして跳躍する。

 

 持ち上がる身体。イビルジョーの上を取るために、片手剣をイビルジョーに叩き付けて身体を浮かせた。

 そこで真上から通常弾を叩き付け、ボウガンの反動でさらに身体を浮かせる。

 

 

 地面から、人が跳ぶには高い位置へ身体が浮く。上昇が最大に達した時、俺の体はイビルジョーの頭上四メートルまで到達していた。

 

 だが、人は跳べても飛ぶ事は出来ない。

 重力に逆らう術はなく身体は引かれ、真下の地面に───イビルジョーに引き寄せられて行く。

 それで良い。前の二撃は、イビルジョーへの攻撃というよりは高く跳び上がるための物だ。

 

 

 落下スピードを、上空に向けたボウガンの反動でさらに加速させる。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 リオレウス急降下とまでは行かないが、イビルジョーの頭上を取って落下スピードに任せてその頭蓋に片手剣を叩き付けた。

 重力の乗った剣撃が、ブレスでリオレウスを待ち構える為に俺を気にしていないイビルジョーの頭を地面に押し付ける。

 

 

「グォァ───グォラァァァアアアア?!」

 その結果、リオレウスの急降下をブレスで迎え撃とうとするイビルジョーの目論見は失敗した。

 

 俺の片手剣に頭を地面に叩きつけられ、さらに遅れてリオレウスの毒爪がその背中を抉る。

 悲痛の叫び声が空気を震わせ、リオレウスに負わされた傷口は鮮血を吹き出した。

 

 

「グァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 それでもイビルジョーは倒れない。痛みを叫び声で紛らわし、立ち上がる姿は執念をも感じさせる。

 

 

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 とにかく、餌を。

 

 身体の糧を。

 

 

 まるでそうとでも叫ぶように、イビルジョーは周りにいる食べられそうな物を探す。

 そうして奴は、近くに居たジャギィにその狂ったような無機質な赤い光を向けた。

 

 

「う、ウォゥッ?!」

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 大顎を開き、小さな生き物を飲み込もうと振り下ろすイビルジョー。

 

 やらせるか……っ!

 

 

「はぁぁっ!」

 そのジャギィの元に駆けつけ、跳び蹴りで蹴り飛ばす。

 

 いきなり蹴られて反応出来なかったジャギィはかなり遠くまで飛んでいった。

 背中から地面に叩き付けられたが、イビルジョーの餌になるよりはマシだろう。

 

 

 そして、ジャギィを助ける形になった俺は跳び蹴りの反動でイビルジョーの目の前にその身体を晒す事になる。

 大きく開かれた口内に、俺はボウガンの銃口を向けた。

 

 

「バカの一つ覚えには、バカの一つ覚えで十分だな」

 トリガーを引けば、奴の口内を通常弾が抉る。

 

 

 三発。骨を、牙を、肉を砕く通常弾。

 その反動でイビルジョーの大顎から逃れ、イビルジョー自身は体内の激痛に声にならない叫び声を上げた。

 

 

 

「ここからお前にはもう……何も喰わせはしない」

 そうしてその箍が外れた食欲で自分の命を喰らうんだな。

 

 

 

 お前の負けだ、イビルジョー。

 

 

 

「グァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 叫び声が、島の空気を揺らす。

 

 悔しいか? 苦しいか?

 

 

 赤く無機質に光る眼が探すのは最早獲物ではない。

 

 生物の三大欲求の一つでもある食欲。だが、生物にはそれを上回る欲がある。

 生への欲求。生きる事、生きる者全てが生きる為に欲を満たす。

 

 

 イビルジョーが探しているのは、生き残る為の道だった。

 

 

 

「グァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 首を振り上げ、自分の最後の力を振り絞り───放つ。

 

 赤黒いエネルギーは俺達やリオレウス、ジャギィ達でもない木々の集まりに向けて放たれ、それらを薙ぎ倒した。

 開けた道に、イビルジョーは足を引きずる。生きる為に。生き残る為に。

 

 

 

「……逃げられると思っているのか」

 いや、違うか。逃げるしかない。

 

 このまま朽ちるより、足を引きずってでもこの場から逃げる事が……奴が生き残る為の唯一の道だ。

 

 

「アラン、待って!」

 ミズキの言葉を無視して、自らが作った道を進むイビルジョーを追い掛ける。

 続くジャギィ達に、空を旋回しイビルジョーが視界に現れるのを待つリオレウス。

 

 

 お前に逃げ場はない。

 

 この先は海で、行き止まりだ。

 進めば進むほど逃げ場がなくなる。

 

 

 …………終わりだな。

 

 

 

 

 木々を抜け、開けた海岸に出る。

 そこに辿り着いてしまえば背後は岩場、その先は海だ。泳ぐ能力のないイビルジョーにとってこの場所は崖と言っても過言ではない。

 もし水中で行動できるのなら、ここに逃げ込んだのは正解だっただろう。しかし、お前にそれは出来ない。

 

 それが分かってしまったのか、イビルジョーは無機質に光る赤黒い目で俺達を睨み付けていた。

 

 

 周りを囲むジャギィ達。正面に俺とドスジャギィ。

 背後には空を舞うリオレウス。

 

 絶体絶命、だな。

 

 

 

 お前の敗因は、誰一人仲間が───共に戦う者が居なかった事だろう。

 自分以外は何もかも獲物でしかない、お前達の弱点だ。

 

 

「……終わりだ」

「グルォゥッ!」

 ボウガンの銃口をイビルジョーに向ける。

 同時にドスジャギィも小さく鳴き、ジャギィ達に奴を仕留めるよう命令を掛けた。

 

 

「グ……ゥゥァァ……ァ゛ァ゛ァ゛!!」

「……死───」

「ヤメテ」

 

 

 

 ───なんだ……?

 

 

 突然、視界からイビルジョーが消えた。

 

 それと同時に腹部に走る激痛。まるで何か細い物を叩きつけられたかのような衝撃が、防具の下まで伝わってくる。

 視界に映るのは───青空。

 

 背には地面があり、俺は横たわっていた。

 

 

「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れる。

 何が起こった? イビルジョーと俺はそれなりの距離があった。あいつが何を仕掛けてきても対応出来る距離があった。

 

 ドスジャギィか?

 一つの答えに辿り着き、軋む体を持ち上げる。

 

 

 此処に来て用済みになった俺を先に仕留めておく。なるほど、確かに悪くない。

 イビルジョーはお前達の飯には不味いのだろうか。手伝ってやったからお前の肉を寄越せという事だろうか。

 

 だが、そんな答えは俺が姿勢を上げた時に崩れ去る。……なぜか?

 ドスジャギィも俺と同じく地面に横たわっていたからだ。何が起きたか分からないといった表情で。

 

 

 そして、俺の前に立っていたのはドスジャギィでもジャギィでもリオレウスでもない。

 

 

 

「……ヤメ……テ」

 アイツだった。

 

 いや、違う。

 

 

 無機質に赤黒く光る右目が俺を見る。

 

 

「……お前は…………なんだ……?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 無機質な赤い目、その対となる瞳は青色。

 短い金髪。小柄な身体を護るアシラ装備。

 

 ───俺に叩きつけられただろう、クラブホーンの片割れ。

 

 

 その姿だけはミズキその物だ。

 だが、違う。お前は誰だ? お前は何だ?!

 

 その無機質な赤に見下ろされ、俺の身体は動かなくなっていた。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように。

 

 

 脳裏に映るのは、あの化け物(・・・)の姿。

 

 なぜだ。なんだ。

 これじゃ、まるでアイツじゃないか。

 

 

「……ヤメテ」

 なんでアイツが此処に居る……?

 

「…………っ。お前は何だ?!」

「…………ヤメ───」

「ミズキ?!」

 ソレは、口を開いたかと思えば不意に何かが抜けたかの様に力をなくして足から崩れる。

 反射的にその身体を支えた瞬間、注意を逸らしていたイビルジョーは大きく息を吸っていた。

 

 

「まだブレスを吐く力が残ってるのか……っ?!」

 まるで何かに鼓吹され、気力を取り戻したかのようなイビルジョー。

 

 どれだけ食ったら、それほどの体力が出来上がる。

 

 

 

「グォ゛ォ゛ァ゛ァ゛───」

「ヴォァァァゥ……ッ!!!」

 しかし、エネルギーは吐き出される事なかった。空中から急降下して来たリオレウスの強靭な脚に押されて、イビルジョーは地面を横に転がる。

 

 

 

「グォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ア゛───」

 倒れても、倒れても、倒れても、ジャギィに囲まれドスジャギィに死に体を曝そうと、地に脚を着けたリオレウスに睨まれようと、イビルジョーは立ち上がった。

 まだ死なない。まだ食い足りないと、まるで餌を定めるかのように眼前の生き物たちを睨み付ける。無機質に光る瞳が、次の餌に狙いを定めた次の瞬間───

 

「グォォォオオオオオッ!!」

「───ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛?!」

 ───背後の海岸から突如水飛沫が上がった。それと同時に現れる蒼色の竜。

 

 

 リオレウスが空の王なら、その竜は海の王だろう。

 

 

「グォォォオオオオッ!!!」

 大海の王者───ラギアクルスが、背後からイビルジョーを海中に引きずり込む。

 

 

 

「グォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛?!」

 声にならない悲鳴を上げるイビルジョー。引きずり込まれるかと抗うも、その弱った体ではラギアクルスの力には敵わなかった。

 

 

 そして、何度も何度も岩場を引っ掻きながらイビルジョーは海中に引きずり込まれていく。

 最後には海面を血で濡らし、ついにこの島からイビルジョーは姿を消した。

 

 

 

「…………終わったか」

 散々この島を掻き回したイビルジョー。

 

 アレでは間違って逃げたとしても、生き延びる事は不可能だろう。

 

 

 

 それよりも───

 

「おい、ミズキ。……ミズキ。…………ミズキ!」

「───ふぇ?! うぇ?! え? あれ?」

 腕の中でぐったりしていたミズキの肩を揺らして目を覚まさせる。

 

 開いた眼は、いつもの純粋な蒼色。

 

 

 さっきのお前は一体なんだったんだ……?

 

 

「……ここ、どこ?」

「お前……覚えてないのか? ムツキはどうした?」

 あいつに見張っておけと言った筈だが……。

 

「わ、分かんない。私……アランがイビルジョーと戦ってるの見てて…………それで───っ」

 言いかけて、頭を自分で抑えるミズキ。そのまま苦しいのか、表情を歪ませる。

 

 

「お、おいミズキ! ミズキ!」

「───っぁ……ぅぁ゛っ…………何、これ……何……っ?」

 強く俺の防具を掴むのは、それだけ苦しいという事だろうか?

 

 イビルジョーのブレスの影響か?

 いや、違う。明らかに何かがおかしい。

 

 

 虚ろに開く瞳は───右側だけが赤く光る。

 

 

「ミズキ……?」

 お前は……一体───

 

 

「グルルォァッ!」

「グォゥッ」

「ウォゥッ」

 そうこうしている内に、俺は失念していたらしい。

 ここが狩場だという事を。ここは人間の世界ではないという事を。

 

 イビルジョーという共通の敵を失い、ドスジャギィ達の興味は次に何に移るか。

 そんな物は決まっていた。当たり前の事だ。

 

 

 

 人と竜は相容れない。

 

 

 

「……っ」

 ミズキがこの状態でこのジャギィ達を相手にするのは……。

 

「グルルォァッ! ウォゥッウォゥッ!」

 ボスが、命令を下す。

 

 

 クソッ、こいつら───

 

「ウォゥッ」

「───は?」

 飛び掛かってくるだろうドスジャギィに身構えるが、視界に映るのは殺気のこもった爪ではなかった。

 鍛え上げられ、イビルジョーの攻撃を耐え抜いたジャギィ達の逞しいボスの背中がミズキに向けられる。

 

 

「…………乗せろ……とでも?」

「ウォゥッ!」

 なんだ……これは。

 

「ア……ラン」

 苦しそうなミズキが、俺の手を取る。

 

 

「凄い……ね。アランって…………素敵………………だ……」

「……俺じゃないさ」

 彼女に渡しておいた絆石を握って、俺は彼女の頭を撫でてやった。

 こいつらが俺やお前の面倒を見てくれたのは、あの時お前がこのドスジャギィを助けようと言ったからだ。

 

 イビルジョーから村を救ったのも、お前だ。

 

 

「疲れただろ、少し休め」

 だから、今は少し休め。

 

 

 

 そして、俺に考える時間をくれ。

 

 

「……うん」

「ウォゥッ」

 

 

 なぁ、お前は──────なんだ?

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 あの日から、数日が経ちました。

 

 

 イビルジョー討伐の確認のため、村はまたギルドの人で賑わっています。

 私は忙しそうなお父さんを手伝って、ビストロ・モガの売り上げに貢献するの!

 

 

 

「ふーっ、ひと段落したニャ。ミズキはもう休んで良いですニャ」

「大丈夫なの? お父さん」

「村の新しい英雄をこうも働かせては立つ瀬がないですニャ」

 英雄だなんて……。私は何もしてないし。

 

 

 うん。でも、お店は私が見ても大丈夫そうだしお言葉に甘えようかな。

 

 

「ミズキ、お手伝い終わったニャ?」

「うん。今日も大盛況大儲けだよー」

「夜ご飯が豪華になるニャ」

 そうだねぇ。

 

 

 

「ねぇ、ムツキ」

「んニャ? どしたニャ?」

 部屋で、私はムツキの隣に座って彼に話し掛ける。

 ここ最近また忙しかったら、ゆっくり話す時間がなかったんだよね。

 

 

「あの時…………ううん、私ってたまに……身体がいう事聞かなくなるの」

 あの時───アランがイビルジョーと戦っている時。

 

 アランは本当に凄いし、強くて優しいって思った。

 人と竜は相容れないって言うのに、彼はリオレウスやジャギィと助け合いながらイビルジョーを圧倒したの。

 

 

 本当に素敵な光景だと思ったし、それは間違ってない事だって心では分かっていた。

 

 

 

 でもね、ジャギィを助けるアランを見て───イビルジョーの事は助けられないのかな? なんて思ってしまった。

 その後の事はなんでか、殆ど覚えてないんだよね。

 

 

 話によれば、私は引き止めるムツキをクラブホーンの盾で殴って気絶させて。

 挙句イビルジョーにトドメを刺そうとしたアランに剣で攻撃したみたいなの。

 

 薄っすらと記憶はあるんだけど、なんでそんな事をしたのか自分でも分からない。

 

 

 ムツキもアランも気にするなって言ってくれたし、この事は黙っててくれるみたいなんだけど。

 

 

「私って……なんか変なのかな?」

「変ニャ」

「うぇ?!」

 いや、自分で変だと思ったから聞いたんだけど肯定されてしまうと悲しい。

 

「バカだし、頭は悪いし、容量が悪いニャ」

「物凄くバカにされた」

 泣いていいですか。

 

「でも……明る過ぎるし、優し過ぎる、困った妹ニャ」

「ムツキ……」

 ムツキの方が、優しいと思うな。

 

 

「ミズキはミズキニャ。ボクはどんな変な妹でも面倒見るニャー」

 頭を擦り付けてくれるムツキがモフモフ。不安もこれで拭えてしまう、モフモフ。

 

「えっへへ。ありがと、ムツキ」

 私は……私、か。

 

 

 イビルジョーと戦っていた時や、その後……。私は……本当に私だったのかな?

 

 

 

 

「お、ミズキ! もう頭痛は良いのかの?」

 同日の夕方。買い出しのために外に出ると村長さんに話し掛けられました。

 

「こ、この度はご迷惑をお掛け致しました……。村長さんは忙しかったですか?」

「カッハハハハ! なに、歳を取るとあまり人と話さんくなるでの。この位の刺激はちょうど良い」

 そう言ってくれる村長の優しさに感謝しかない。

 

 

 イビルジョーの討伐に関して、ギルドから色々と調査が入ったの。

 

 理由は、死体が見つからなかったから。

 見つかったのは、腐敗したイビルジョーの尻尾のような物だけ。

 

 私は薄っすらとしか覚えてないんだけど、イビルジョーはラギアクルスによって海の中に引きずり込まれている。

 死体が見つからないのが当たり前といえば当たり前なんだけど、万全を期してここ数日は厳戒態勢で島一帯をギルドの人が調査してた。

 

 

 アランはイビルジョーとの戦闘を聴取されてたし、酷い頭痛で起き上がれなかった私の代わりに村長がギルドの人に色々聞かれたみたい。

 本当にご迷惑をお掛けしてしまったのです。

 

 

「ごめんなさい……」

 はぁ、結局何もしてない私。

 

「ったく、ミズキのそういう所は汚点だな。そういえば、ミミナも大分良くなったそうじゃないか」

「あ、はい! 本当……無事で良かった」

「会いには行ったのかの?」

「え、えと……」

 行ける訳がなかった。

 

 

 忙しかったとか、身体の調子が良くなかったとか。

 そんな事は言い訳にしか過ぎなくて。

 

 私は、私が動かなかったせいで傷付けたミミナに会う資格なんてない。

 

 

「会いたがっとったぞ」

「ミミナが……?」

「今の話の流れで他の誰になる。ワシもそこまでボケてはおらん」

 カッハハハハと笑い飛ばすと、力強く肩を掴まれて私は農場に身体を向けられる。

 

「もう仕事を再開しておる。労いの言葉を掛けてやっても、バチは当たらんと思うがの」

 そうだよね……。私は逃げてるだけだ。

 

「い、行ってきます」

「うんむ。行って来い」

 

 

 

 

 蜂の巣箱が治ってる。

 私が農場に着いて、間抜けにも最初の感想はそれだった。

 

「ミズキぃぃぃぃミャ!」

「ぅ゛っ?!」

 私が蜂の巣を眺めていると、そんな元気な声と共に腹部に衝撃が走った。

 普通に───痛い……っ!

 

 

「も、モモナ……元気だね」

「私はいつも元気ミャ! ミズキはなんだかお腹の調子が悪い? もしかして女の子の───痛い!」

 よく分からない事を言うモモナの頭を、同じ毛並みの手が張り倒す。

 勿論、モモナがそんな器用な事を出来る訳がなくて。

 

「……モモナはデリカシーなさ過ぎ、みゃ」

 いつも通り。いつもみたいに、いつものように、彼女はモモナに話し掛けた。

 私が失ったと思っていた平和な光景が、そこにはあって。

 

 

 普段と変わらない二人が、私を待っててくれた。

 

 

「ミミナ…………怪我、大丈夫?」

「みゃ、大丈夫だから。……私達は案外丈夫。だから、泣いちゃダメ」

「ギュってして良い?」

「……え、えーと」

 ダメって言われてもします。

 

「───みゃ?!」

「ごめんね……。ごめんね…………ミミナ」

「…………もぅ。ミズキは頑張った。ムツキやアランが言ってた。ミズキは頑張った。よしよし、みゃ」

「…………っぅ。ぅ……ぁっ…………ぅぅっ……ひっつ」

「……よーし、よーし」

 良かった……。本当に、良かった。

 

 

「むむむ……ミャー! 私もギュってするミャーーー!」

「うわぁ?!」

 あっはは、モモナもミミナを看病してくれたもんね。ありがとぅ。

 

 

 

 

「……ぇ、蜂の巣箱モモナが直したの?!」

 その後、少し話し込んでたんだけど唐突なミミナからのお話。

 直されてた蜂の巣箱だけど、あのモモナが一人で直したみたいなんだ。

 

 ミミナが大変で、モモナの農場ネコ魂に火が着いたみたい。

 正直疑ってしまったけど、ミミナがモモナの得する嘘を言う筈がないし……うーん。

 

 

「ジェニーに手伝って貰ったミャ!」

「ウモォゥ」

 イビルジョーの攻撃を受けてしまったジェニーだけど、彼女も大丈夫みたい。

 情けないけど……。本当に良かったって思ってる。

 

「あのモモナが……ねぇ」

「……その日は雪が降るかと思ったみゃ」

「酷いミャ」

 ふふっ、こんな言い合いも懐かしく感じてしまう。

 

 

「これで色々元通りだねぇ」

「平和だミャー! ミズキはこれからも村で半人前ハンター、続けるミャん?」

 は、半人前……。ほ、本当の事だけど……。うん。

 

「そ、そうだね……」

 でも、島も平和に戻った筈。

 バリケードの外に返したアプトノス達が、異様な減り方をしていない事からも島の異変が治った事が証明されていた。

 

 確かにイビルジョーは倒された。

 

 

 これで、良かったのかな。

 

 

 良かったんだよね。

 

 

 

 イビルジョーを助ける事は……出来なかった。

 

 それが、当たり前なんだよね。

 

 

 私が、おかしいんだよね。きっと。

 

 

 

「私、もっとアランに色々教えて貰わなきゃ」

 アランは本当に凄い。

 

 強くて優しい、モンスターにも詳しくて……不思議で素敵。

 そんな彼が来てくれて、私は本当に嬉しいんだ。

 

 これからは、ゆっくりとこの島で彼に色々教えて貰えるのかな。

 また、素敵な体験が出来るかもしれない。

 

 

 そう考えると、これからがとっても楽しみ。

 

 

 ───って、思っていた。

 

 

 

「……アランなら、あと一週間で島を出て行くけど? ……知らないのみゃ?」

「…………ぇ?」

 ぇ?

 

 

 えーと……ぇ?

 

 

 

「ふえぇぇえええ?!?!」




読了、ありがとうございました。
一章の山場終了でございます。後三話後日談と番外編をやって、第一章も終わりです。短かったような長かったような。


こんな終わりで良かったのかな?なんて思いながら書いていたお話ですが、作者が伝えたい事はミズキが代弁してくれました。
この物語は始まったばかりです。これからも楽しんで頂ければ……嬉しいです。

初めて挿絵に挑戦してみました(`・ω・´)
反響が良ければまたやってみようかなとか思ってたり。


そして、少し前になるのですが『モンハン商人の日常』の四十三さんからファンアートを頂きました! こちらになります。

【挿絵表示】

なんという画力か。せっかくの私の挿絵が薄れて見える()。
本当にありがとうございました!とっても嬉しいです><


いつも読んで下さる読者の皆様に感謝を。
モンスターハンターRe:ストーリーズは読者の皆様に支えられておりますm(_ _)m

でわ、また次回お会い出来ると嬉しいです。
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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