モンスターハンター Re:ストーリーズ【完結】   作:皇我リキ

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恐暴竜と鮮血の始まり

 ──アラン、なんだ? その卵は──

 

 ──あ? これか……。なんでも無い──

 ──アランがカルラに誕生日プレゼントって、二匹目のオトモンの卵を探して来たんですよ。その為に、私に頭を下げたんですから──

 ──……っ、おいヨゾラ……余計な事を!──

 ──あっはは、仲良し二人組には妬けます──

 

 ──僕の……為に?──

 ──お前、言ってたろ……サクラ以外にも色んなモンスターと絆を結ぶんだって──

 ──アラン!!──

 

 ──二人で?──

 ──うん、この卵は……僕とアランの友情のオトモンにしよう!──

 

 

 ——こいつはモンスターなんかじゃない! ……殺す…………殺してやる……っ——

 ──止めて下さい! その子が可哀想です!──

 ──あ、アラン! 止めてよ! 僕達の──

 ──黙れ! こいつは!!──

 

 

 

 あの時の、アイツが───アイツの卵から孵ったイビルジョーが……この島に居るのか。

 

 それをカルラが七年も甲斐甲斐しく育てていたなんてな。

 

 

 もう、村が無くなってから七年か。

 

 

 

 アイツを殺したら、皆許してくれるかな。

 

 

 ヨゾラも、笑って迎えてくれるかな。

 

 

 ミカヅキは…………怒るかもな。

 

 そんな訳、無いか。

 

 

 

「…………殺す」

 悪いな、カルラ。俺はまだ死ねない。

 

 アイツを殺すまでは。

 

 

 何処だ。

 

 

 何処にいる。

 

 

 何故見付からない。

 

 

「何処───そこか?!」

 木々の中に物音を感じて、銃弾を放つ。手応えは、無し。

 

「グォゥ!」

 ただ、小さなジャギィが一匹出てきただけだった。

 アイツに撃ったつもりだったからか、背の小さなジャギィには当たらなかった様だ。

 

「グォゥ……」

「……今お前に構ってる暇はない。…………死にたくなかったら消えろ」

「グォゥ!」

 なんだこいつ……。

 

「……殺すぞ?」

 俺を少し見つめた後、ジャギィは振り向いてゆっくりと歩いてからまた此方を向く。

 まるで、付いてこいと言ったいるようだ。そんな訳が、あるか。

 

 

 群れの方に俺を誘って喰らう気なのか?

 

 

 …………だとしたら、全員殺せばいい。

 

 

 そしたら血の匂いに誘われてアイツも出てくるかも知れない。

 

 

 

 だから、俺は誘いに乗ってやった。

 

 

 

 島の中心付近の丘。

 

 ジャギィに着いて行くと、案の定ドスジャギィが率いた群れが其処には居座っている。

 

 

 

 大きく食い千切られたアプトノスの大量の死骸の周りに、な。

 

 

 

「なんだ……これは」

 まるで、島中のアプトノスを集めたような量の死体の山。

 

 ジャギィがどれだけの群れだろうと、この量のアプトノスを餌にするなんておかしい。

 

 

「グルォォッ」

「お前、あの時のドスジャギィか……?」

 その群れの長は、背中に治りかけの傷を負っていた。

 

 なら、なんだ?

 

 

 こいつ達は俺を喰おうとしている───違うのか?

 

 

「俺をここに呼んだのか……? 島のアプトノスが激減していたのはイビルジョーの所為だけじゃないのか……? いや、これは全部イビルジョーが喰い散らかした死体……」

 そのイビルジョーは、何処だ?

 

「グォゥ!」

 まるで、ここまで来いとでも言うようにドスジャギィが鳴く。

 

 

 俺の足は、勝手に動いていた。

 

 全く、甘ちゃんだ。

 

 

「な……」

 そして、アプトノスに下半身を隠していたドスジャギィが視界に映る。

 

 いや、ドスジャギィはどうでも良かった。

 

 

 アプトノスで視界から隠れていたその地面には───大型モンスターが地面を掘り起こした跡のような大穴が開いていたんだ。

 

 

 その穴を見て、やっと、理解する。

 

 

 何故これまでイビルジョーを見付けられなかったのか。

 

 

「地面に……潜っていたのか?」

 そして捉えたアプトノスはここで捕食していた。アプトノスでは物足りずにリオレイアやドスジャギィ、ロアルドロスにまで襲い掛かったイビルジョー。

 

 

 ───なら次に襲うのは、なんだ?

 

 

 

「グォゥ!」

 

 島のアプトノスの味を匂いを覚えたアイツが、人里を恐れて村に居る生き残ったアプトノスを捕食しに行かないなんて事があるのか……?

 

 

 村の周りのバリケードは意味がない。こいつは地面を移動する。

 

 

 そして目の前のアプトノスの死体は、ついさっきまで生きていたのか……暖かかった。

 

 

 

 イビルジョーは、生きる為に捕食を続けなければならない。

 

 食べる物が無くなったアイツが向かう先なんて、考えなくても分かる。

 

 

 ここは島の中心部。

 

 

 

「───間に合わない」

 もう、どう考えても遅かった。

 

 例えこのアプトノスを食べ終わったのが三十分前だとしても。

 

 

 人間の足で間に合う訳がない。

 

 

 俺が付く頃には、村は───

 

 

「……くっ……そ…………っ!!」

 悪夢が、蘇る。

 

 何も出来ないのか……?

 

 

「グォゥ」

「ドスジャギィ……?」

 

「グォィ!」

「グィゥ!」

 ジャギィ達……?

 

 

「そうか…………。お前達も、奴が居ると困るんだな」

 人と竜は相容れない。

 

 

 だから、これは───共存関係だ。

 

 

「少しだけ、力を貸してくれドスジャギィ!」

 目を瞑って、ありもしない絆をその手に握る。

 

 ライドオン、か。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「ねぇ……アラン」

「ダメだ」

 カルラさんがリオレイアに乗って飛び去っていった次の日。

 

 

 今日も森に入るアランに向かって、私はお願いしたの。

 着いて行って良い? って。助けになりたいって。

 

 

 でも、結果はこの通り。

 

 アランは冷たい顔で、また森に入って行った。

 最近、アランはずっとそんな顔をしてる……。私はなんか、嫌だな。

 

 

 

「───えぇ、ですから村の皆様には避難をと」

 村を歩いていると、そんな声が聞こえて振り返る。

 

 其処には、どうやらギルドの人と話している村長さんが居たの。

 

 

「カッハハハハ! だから何度も言わせるな。避難はせんで良い」

「いえ、ですがこれはギルドの命令で───」

「あの大海龍の時すらワシらは島に残った。なんでか分かるかの?」

「え、いや、だから、ですね?」

「あの時、ワシはあのハンターを信じ切れなかった。心の中では信用していた奴を、信用してやれなかった。奴を置いて、何人かを避難させようとした。人命第一、当たり前の事だがの……?」

「そうです、村人の命は大切でしょう?」

「だが、奴は大海龍を本当に一人で倒してしまった───いや、実際には皆の……村の皆の力だと奴は言ったがの。それでも、奴はボロボロになってでも、数日掛けてでも……この村を守ってくれたのだ」

「は、はぁ……」

 この人は何が言いたいんだ。多分、ギルドの人はそう思ってるんだと思う。

 

 でも、私はあの時……あのハンターさんを見ていたから。

 村長の言いたい事は分かるような気がした。

 

 

「ワシは、村のハンターを信じとるよ。確かに奴ではないが、アランもミズキも……この村の信用たるハンターだからのう」

「だからと言って───」

「二人のハンターが諦めるまで、ワシは避難するつもりはない。あの時と同じで、村人達も同意見だ。なぜか分かるか? 加工屋も、雑貨屋も、ビストロ・モガのコックも、居なくなったらハンターの二人が困るだろう。村の皆でハンターを支えたいのさ」

 村長……。

 

 

 そんな話を盗み聞きしてしまったのは、ちょっと罪悪感があるけれど。

 私は実際、何も出来てない。

 

 ……何か、しなきゃ。

 

 

 そう思って、私は農場に足を運んだ。

 

 森に住むアプトノスも農場近くに避難させているから、村のバリケードもあるし安心。

 だけど、バリケードが破られてないか確認して来ようかな。

 

 

 私には、それくらいしか出来ないから。

 

 

「っと、ミズキちゃん。農場へ行くんですか?」

 その途中で、何やら上機嫌のアイシャさんに出会いました。

 

 その手には何やら手紙の様な物を抱えていて、とっても嬉しそう。

 

 

「バリケード、ちゃんとなってるか見てこようかなって思って。アイシャさんはどうしたんですか? なんだか嬉しそう」

「ミズキちゃんは偉いですね! 私ですか? 私はですねー!」

 そう言いながら、彼女は持っていた手紙を開く。

 

 手紙は、懐かしい文字で短文が書かれていた。

 

 

「私、実は一週間前にあのハンターさんに手紙を出したんですよ。相談程度にですけど。そしたらあの人、心配だから自分も様子を見に来てくれるって…………なんやかんやで、あの人もこの村の人ですよね!」

 あのハンターさんが?!

 

 それは、とっても心強い。

 アランとあのハンターさんなら、イビルジョーだって。

 

 

 うん、ハンターさんが来るまで私も頑張らなくっちゃ!

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

「ミズキは暇なのかミャ?」

 場所は変わって農場。

 

 

「……たぁっ、えぃっ!」

 ちょっと空いた場所を使って、私は新しい武器───クラブホーンで素振りをしていた。

 

 片手剣のように。

 

 実はこれ双剣なんだけど。

 

 片手剣として。振る。

 

 

 いや、双剣とは思えないよやっぱりこれ。

 

 

 

「暇……なのかな。あっはは……私、何も出来ないから」

「暇ならお茶するミ───痛い!」

「……ミズキは村の為に自分に出来る事をしてる。邪魔しないみゃ」

「ぶーぶー! ミミナはいつもそうやって叩くミャ! 嫌ーい!」

 そう言うと、モモナはジェニーの方まで走って行ってジェニーと遊びだした。

 喧嘩は良くないよ……?

 

 

「ミミナ、叩いたらめー、だよ?」

「……みゃぅ」

 よしよし。一緒に謝りにいこっか。

 

 

 村のバリケードは見てきたけど、大丈夫そうだった。

 

 後、私に出来る事があるとすればバリケードの近くでバリケードが壊されないか見ているくらい。

 だから、この農場に居るのが一番なのかな。

 

 

「モモナー、ミミナが謝りたいってー」

「みゃぅ……」

「知らんミャ。すぐ叩くミミナなんて嫌いミャ! ジェニーの方が優しいしミャー」

「ウォォゥ」

 あちゃ、これは冷戦かな。

 

 

「喧嘩してるニャ……?」

 そこへ救世主、ムツキ参上。

 

「ムツえもーん、何か良いアイテムない? 二人を仲直りさせるアイテム」

「誰がムツえもんニャ。そんなアイテムはにゃい」

 ですよねー。

 

 

「ほらモモナ……機嫌直して? ミミナも謝ろうとしてるよ?」

「……別に謝る気なんてない」

 あちゃ……。

 

「べー、べー、ミミナのアホミャー!」

「……かちん」

「ちょ、二人共ぉ!」

「ほっとけばモモナから折れるニャ」

 そうかもだけど……ね?

 

 

「今村は大変なんだから、喧嘩は───」

 ダメ。そう言おうとした私の声を止めたのは地面の大きな揺れだった。

 

「ニャ?!」

「みゃ?!」

「ミャ?!」

 

「ウモォォゥ?!」

 

 

 何この、揺れ。

 

 あの時の───ナバルデウスの時とは違う。

 

 直接地面が揺れている。そんな感覚がした。

 

 

 この下に……何か居る?!

 

 

 そう思った時には既にソレ(・・)は地表へと顔を出していた。

 

 

 私達から僅か十メートルも離れてない場所で。

 

 モモナ達の背後の地面が盛り上がる。

 

 

 身体を覆うのは暗緑色の鱗。

 あの子供のラギアクルスと同等の全長。私が四人並ぶ程の高さ。

 

 そんな巨体に不釣り合いな細い足、身体と同じ位太い尻尾。首元まで大きく裂けた口。

 トゲトゲしい表面と不気味なまでの体色、その巨体は私達の恐怖を駆り立てるには充分過ぎた。

 

 

「何……これ。…………誰?」

 この生き物は……何?

 

「グォォォアアアアアッ!!!」

 そしてその生き物は、自らを主張するように高らかに咆哮をあげる。

 

 

 身体が……動かなかった。

 

 この生き物は危険。そうやって本能で分かっている筈なのに。

 抜けた腰が上がらない。足も手も動かなければ、身体はただ逃げようと後ずさろうとする。

 

 情けない物が身体から漏れて、身体の穴という穴から嫌な水分が溢れ出す。

 

 

 怖い。それが、この状況でハンターになって三年目の私が感じた唯一の感情だった。

 

 

 情けない。

 

 私は何も出来ない。

 

 

「ミャ?! ミャ?!」

「ウモォォゥ!!」

 あの生き物の直ぐ側には、モモナとジェニー。

 

 固まって動けないモモナの前で、ジェニーが明らかに体格の違う生き物を威嚇している。

 今この場に居る、一番勇敢なのはハンターの私じゃなくてモンスターのジェニーだった。

 

 

「ウモォォゥ! ウォォゥ!」

「グルルル……」

 さも、どうでも良いものを眺める目で威嚇するジェニーを見下ろすその生き物。

 

 この生き物は何?

 

 何なの?

 

 

 バリケードはちゃんとしてあった───何で?

 

 地面を進んで来たの……?!

 村の周りの固い岩盤を物ともせずに。

 

 この生き物は───何?!

 

 

 

「グラァァァッ!」

 そんな事を考えている間に、その生き物は動き出した。

 

 私が情けないから、何も出来ないでいる間に。

 

 

「ウモォォゥ?!」

 威嚇を続けていたジェニーの背中に、その巨大な尻尾が叩き付けられる。

 

 一撃で地面に潰れて、身体を痙攣させるジェニー。

 

 

 助け……なきゃ。

 

 

 なのに、身体は動いてくれない。

 

 

 なんで……私は…………何の為に、ハンターに、なった?

 

 

「じぇ、ジェニーはやらせないミャ!」

 も、モモナ……っ! ダメだよ!! 逃げて!!

 

 その小さな体でジェニーの前に立って、両手を大きく広げるモモナ。

 

 

 その小さな体に襲い掛かる巨体に、私の手はもう……届かない。

 

 

 その鋭い牙が、モモナを───

 

「……モモナっ!!」

「───ぇ」

 鮮血が、赤色が、辺りに散らばった。

 

 

 モモナは、ジェニーの横に倒れている。無事。

 

 そのモモナを押し倒して、鋭い牙の犠牲になった彼女(・・)は高く飛ばされてから、辺り一面に赤を塗りたくりながら。

 

 

 力無く、地面に落ちた。

 

 

「ミミ……ナ……?」

 嘘……だよね?

 

「…………」

 嘘だよね?

 

 

「ミミナ……? え、ミャ……なん、で……ミャ。なんで?! なんで!!!」

 横たわる赤い身体に駆け寄るモモナ。

 

 私は……何をしているんだろう。

 

 

 本当に、何をしているんだろう。

 

 

 

「グォォォアアアアアッ!!!」

 

「ミミナ! ミミナぁ! しっかりしてミャ……私が悪かった……私が悪かったから……ミミナが本当は優しいの、知ってるミャ…………だから、だからごめんなさい。お願い……嫌ミャ……ミミナが居なくなるなんて……嫌ミャぁ……っ!!」

 

 

 

 立ち上がる。

 

「ニャ、ミズキ! に、逃げるニャ。ここはボク■時■■■ぐ■■!!」

「ミミナとモモナをお願い」

「ニャ?! ■■キ?! ダ■■■戦■たら! あ■つ■危■■■■!」

 何でだろ。なんで今更なんだろう。

 

 

 やるべき事がハッキリと分かる。

 

 

 もう少し早ければ……ミミナは───

 

 

「■■■っ!!」

 

 

 武器を構えて、走る。

 

 

「グ■ォ■■■アア■ッ!!!」

 その生き物に近付いて、細くて脆そうな脚に剣を叩き付けた。

 

 

「■■■っ!」

 声が、音が、ハッキリと聞こえる。

 

 

 不謹慎に、気分が良い。

 

 やれば良い事が脳裏に映る。

 

 

 そう思った瞬間、私の視界から色は消えた。

 あるのは黒と白。必要最低限の情報量。

 

 するべき事。

 

 

 しなきゃいけない事がはっきりと分かる。

 

 

 

 私がするべき事。

 

 

 コイツを───

 

 

「───…………殺す」

 言葉にすれば、簡単な事だった。

 

 初めから、そうすれば良かった。

 

 

 もう……遅い。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 大きな音は、小さな生き物を止める為の物。

 

 恐怖を駆り立て、身体を強張らせて、動きを止める為の物。

 それが分かっていれば、態々屈んで耳を防ぐ事もない。

 

 私はその音を無視して、黒くて細い線に剣を叩きつける。

 白くなる黒かった線を攻撃すれば、何度も同じ場所に攻撃を与えられた。

 

 

「■■■■ッ!!」

 唐突に黒い線が上に上がる。

 

 足元でチョロチョロと煩い虫を踏み潰そうとしているんだろう。

 何が……? 私は何と戦ってるんだっけ……?

 

 

 盾で受け流す? いや、これは剣なんだっけ?

 盾なんて、要らない。

 

 今はこの生き物を一回でも多く切り刻みたい。

 

 

 殺す。殺す。殺す殺す……殺す殺す殺す殺す!!

 

 

 ただ単純なそんな答えの為に、私は二本の剣を構えた。

 

 上から降って来る黒い何かを避けて、揺れる地面に足を踏ん張ってその場で黒い何かを斬りつける。

 両手の剣を振って、振って、振って、振る。千切れる黒い線。吹き出る黒い液体。

 

 

「……死■」

 ただ無心に、執拗に同じ場所を斬りつけて、やっと黒い影が横に倒れる。

 

 やっと手の届く位置に、私が斬りたい物が降りて来た。

 

 

 その黒い突起なの?

 

 ■■■を傷付けたのは、ソレ?

 

 

 へし折って、叩き割って、それでお前も同じ目に合わせてやる。

 

 殺してやる。

 

 

 近付いて、斬りつける。

 両手の剣はなんの為にある?

 

 殺す為だ。この黒い奴の息を止める為だ。

 

 

 

 なんで……殺すんだっけ。

 

 分からない。

 

 

 けど───

 

 

「───■ね!! 死■ぇ!! 死ねぇええ!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 立ち上がる黒い影。殺せなかった、黒い影。

 

 

 なら、また、攻撃すれば良い?

 

 

 死ぬまで、殺すまで、斬れば良い。

 

 

 

「■■■■■■ッ!!」

 迫って来る黒い影を、寸前で避ける。最小限の動きで、例え黒い棘に身体を引っ掛けられて、肉を持って行かれても。

 

 最小限の動きで避ければ、直ぐに攻撃出来る。

 

 黒い影に剣を叩きつける。黒い液体を巻き上げる二本の剣。

 

 

 鋭い突起を避けて、太くて長い何かを避けて、巨体が迫れば回り込んで、その全ての所で剣を振る。

 

 

 痛み? 身体の限界?

 どうでも良い。

 

 今はただ、目の前の■■■を殺せればそれで良い。

 

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!」

 距離を取って、大声を上げる何か。

 

 それは、意味が無いんだよ。

 

 

 この黒いのは、物理的な攻撃しかして来ない。

 どれだけ距離を取った所で、意味はない。

 

 また近付けば良い。

 

 

 それが死ぬまで、斬り続ければ良い。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!」

 何かが、黒い何かに集まって行く。

 

 密集して、濃くなる黒色。

 ■■■は何かを大きく振り、その黒い何かを───放出する。

 

 

 それは……何?

 

 黒い靄が、近付いてくる。

 

 物理的な何かではない。

 水? 電気? 炎? とにかく、防がないといけない。避けないと、死ぬ。

 

 物事を良く理解する頭が、それは危険だと知らせていた。

 でも、身体は動かない。近付こうと走り出した足は、急には止まらない。

 

 

 手には盾が無い。あるのは二つの剣。

 

 

 

 それが分かった瞬間、私の視界に色が塗りたくられる。

 

 

 真っ赤な視界は、血を被っているからで。

 

 全身痛いのは無理な運動と付けられた傷。

 

 私も、モンスターもボロボロで。

 

 

 そのモンスターは黒い何かを口から放ちながら、その首を曲げて黒い何かをこちらへと向ける。

 それは、何? これは、何? 雷? 黒い、何?

 

 私───なんで?

 

 

 分からない分からない分からない。

 

 

 私───死ぬの?

 

 

 

「───っぁ」

 そんな……。

 

 

「ミズキぃ……っ!」

 やけにゆっくり聞こえる、ムツキの声。

 

 ごめんね……。やっぱり私は……何も───

 

 

 

「屈めミズキ……ッ!!」

 そして聞こえたのは、男の人の声。

 

 それでも動かない私の身体を、ムツキが押し倒す。

 

 

 視界に映るのは───ドスジャギィ。

 薄紫の、ジャギィのボス。

 

 黒いあのモンスターとは体格が全然違うドスジャギィだけど、走ってきた勢いに任せたタックルが巨体を揺らした。

 そのおかげで黒い何かは斜線がズレて、私の頭上を通り過ぎて行く。

 

 

 身体のあちこちが痛い。

 

 動かない。

 

 

 そんな私の前に、彼は立った。

 

 

「……良くやった。…………と、いうよりはやり過ぎだ」

「…………ア……ラン……?」

 動かない口を何とか開けて、彼の名前を呼ぶ。

 

 

 ……私、何か出来たのかな。

 何が出来たのかすら、分からない。

 

 

「ミズキ! ミズキ! 大丈夫かニャ……? みゃぅ……」

「ムツキ……ごめん、心配掛けたかな?」

「バカ! 心配なんて……そんな……そんな軽い気持ちじゃないニャ…………ミズキ……ミズキ……」

 そう言いながら、私の身体の傷を舐めてくれるムツキ。不思議と、傷から感じる痛みは無い。

 

「……あニャ?」

 そう思ってると、ムツキはそんな抜けた声を出した。どうしたのかな……?

 

 

「血は出てるのに……怪我はしてない…………どうなってるニャ???」

 何それ、どゆこと。

 

「……っぅ…………ぁ、あれ?」

 座り込んで、手とか足だとかを確認してみる。

 確かに……血はいっぱい付いているのに何処も怪我してない。どうなってるの……?

 

 

「お前……どんな戦───」

「グォォォラァァァアアアアッ!!!」

「───チッ」

 アランも不思議そうに私を見ていたけど、あのモンスターの咆哮を聞いて舌を鳴らしながら武器を構える。

 

「お前は村に戻っていろ、後は俺がやる!」

 そして、そう言ってモンスターの所に向かって行くアラン。

 

 

 そのモンスターを見れば、とっても不思議な光景が目に映ったの。

 

 ドスジャギィや、ジャギィ達が、モンスターに襲い掛かっている。

 体格は全然小さな彼等が……ボスのドスジャギィの命令でモンスターを囲み、ジャギィ達は隙を突いてそのモンスターに飛び付いて攻撃していた。

 

 

「も、モンスター同士で争ってるニャ?!」

「ま、待ってアラン! 私も───っ」

 立ち上がって、アランを追いかけようとするんだけど。

 

 声が聞こえて、思い出して、その足は動かなかった。

 

 

「───ミナ! ミミナ! お願いミャ……眼を開けてよ! ミミナ!!」

 悲痛な、モモナのそんな声。

 

 私が守れなかった、何も出来なかった、私が殺した───

 

 

「ミミ……ナ……?」

 嘘……だよね?

 

 そっちに向かって、倒れ込む。

 桃色の毛は真っ赤に染まって、閉じた瞼が痙攣しているミミナの姿。

 

 

 生きてる……?

 

 まだ、生きてるの……?

 

 

「ミミナ!」

 でも、どうしたら良いか分からない。

 

 ねぇ……助けてよ。助けてよ……誰か───

 

 

「………………耳元で……みみ、みみ……っ。うるさい……みゃ」

 ミミナ……っ!!

 

 眼を閉じたまま、苦しそうな表情で口を開けるミミナ。

 

 

「ミャぁぁぁ!! ミミナぁ! ミミナぁ!」

「……うっさい」

 酷い。

 

 

「み、ミミナ……大丈夫? 待っててね……直ぐに村に───」

「……ミズキは行って」

 行って……? どこに……?

 

「…………ミズキは……村のハンター、でしょ? アラン一人に……任せるの、みゃ?」

「で、でも……ミミナが……っ!」

 そんな怪我してるミミナを放ってなんて行ける訳がない。

 

「……後悔……するよ?」

 それなのに、ミミナはそんな事を言ったの。

 

 

「……きっと…………ミズキの力が必要な時が来るから。……その時、アランを助けられるのは……あなたしか、居ない……みゃ」

 何言ってるの……?

 

 

 私は何も出来ない。私なんかが居た所で誰かが傷付くだけ……。……私なんて───

 

「……アランの事、止めてあげなきゃ……止められるのは…………あなたしか、居ないみゃ。……きっと後悔する。あなたも、アランも…………私は、そう思う、みゃ」

 アランを……止める?

 

 

 アラン……そういえばまた、あの怖い顔してた。

 

 でも、あのモンスターは倒さないといけなくて。でも……アランは───

 

 

「私が……」

「……うん。ミズキは……良い子、だか、ら……出来るみゃ?」

「で、でも……ミミナが……」

「大丈夫……私には、っが───っい、る」

 咳をしながら、そう言うミミナ。

 

 

 きっと、ミミナは痩せ我慢してる。

 

 でも、私を送ってくれようとしてるんだよね。

 

 

「うん、ミミナには私が居るミャ!」

 そうだよね、モモナと二人は仲良しだもんね。

 

「……私には、下僕が居る」

「ちょっとぉ?! どういう事ミャ?!」

「……モモナ」

「ミャ……?」

「怪我……して、無いね? 良かっ……た…………みゃ」

 そう言うと、ミミナは力無くグッタリとしてしまう。

 

「大丈夫ニャ、直ぐ手当すれば大丈夫ニャ!」

 そんなミミナに駆け寄って、ムツキはそう言った。

 

 良かった……。本当に、良かった。

 

 

「ムツキ、ミミナの事よろしくね……。後、村の皆にも伝えて……」

「行くなって行っても……ミズキはどうせ行くニャ」

 ムツキにはバレバレだね。

 

 

「ボクが行くまで、絶対に無理しない事。……分かったニャ?」

「うん。モモナも、宜しくね」

 私はそう言って、立ち上がって振り返る。

 

 

 私のしなきゃいけない事。

 

 

「グォォォラァァァアアアアッ!!!」

 あのモンスターは、ジャギィ達の援護もあってアランが押している。

 

 モンスターと一緒に……戦ってるの?

 

 

 アランって本当に、凄いね。

 

 

 

 でも、それなのに、アランはあの怖い顔をしているの。

 

 

 きっと、彼は冷静じゃない。

 

 

 私が、するべき事───

 

 

 

 

「アラン!」

「ミズキ?! お前なん───」

「あのモンスターが、イビルジョーなの?」

 考えなかったけど、多分そうなんだよね?

 

 

 あのモンスターが、森の異変の原因。

 

 あのモンスターを、どうにかしなきゃいけない。

 

 

「……そうだ。危ないからお前は下がってろ」

「確かに……私は要らないかもしれない」

「……ミズキ?」

 でも、こんな所で戦ったらダメだ。

 

 

「ドスジャギィ達は、アランが連れてきたの?」

「そ、それは……」

「そうなんだよね?」

「……あぁ」

 やっぱ、アランは凄い。

 

 

「バリケードは何処か壊されてたの……?」

「いや、奴は地面を進んで此処に来た」

「アランは門から……?」

「あぁ……俺が開けて、ドスジャギィ達を通した」

 門を開けるのは手動だけど、後は勝手に閉まる仕組みになっている。

 なら、私のするべき事は───

 

「アラン。ここは村の近くだから……その、ここで戦って欲しくない。私の我が儘だって分かってる……けど」

「……っ」

 私がそう言うと、アランは思い出したように辛そうな顔をしたの。

 本当に、嫌な事を思い出すような顔をした。

 

 

「…………悪かった。……あいつを、殺す事に必死で……」

「あ、アランは悪くないよ!」

 だから、村の皆の事を考えるなら戦うにしてもあのモンスターを……イビルジョーをせめてバリケードの外に追い出したい。

 

 

「それで、私はその近くのアプトノスを避難させるから……アランはイビルジョーを誘導出来───」

「出来ない」

「む、無理なお願いだって分かってる。でも……お願い…………村の人達を危険に合わせたく───」

「俺一人じゃ、無理だ」

 一人じゃ……?

 

「戦闘に入って興奮状態のアイツを門の外に追い出すのは難しい。だから、アイツを誘導する」

「ど、どうやって……?」

 考えが……あるのかな?

 

「……アプトノスを一匹、囮にする。イビルジョーは常に何かを捕食しなければ自らの活動を維持出来ない、そんな化け物だからな」

「そ、それじゃアプトノスが可哀想だよ!」

 反射的に、そう言ってしまう。

 

 

 それが私の甘さだって、いけない事だって分かってるのに。

 

 

「なら、お前が守れ」

 そう言うアランは、あのペンダントを私の首に掛けて私の頭を撫でた。

 私が……?

 

「ぇ……ぇと、ぇ?」

「アプトノスを門の所まで連れて来たら、門を開けて欲しい。周りのアプトノスは遠くに逃せ……出来るな?」

 で、出来るなって。いや、無理だよ!?

 

 

 私はそんな事───

 

 

「俺はお前を信じる。ダイミョウサザミと心を交わしたお前を、優しいお前を。だから、お前は俺を信じろ。アプトノスもお前も、村の皆も……俺が絶対に誰も死なせない」

 アラン……。

 

「私……何も出来ない役立たずでさ。アランは甘いって言うと思う。出来ない事をしようとして、皆に迷惑を掛けてるのかもしれない……でも───」

 私、村の為に何かしたいんだ。

 

 

 お荷物で、役立たずで、甘くて、皆に迷惑しか掛けられない私だけど。

 そんな私でも役に立てるなら───

 

 

「───やらせて欲しい」

 ───私に出来る事を。

 

 

 To be continued……




やっと、文体に登場したイビルジョー。
いきなりクライマックスってどうなんだよ……。


さてさて、実は先日ついにこの作品にも評価に色が着きまして。
評価を下さった方々ありがとうございます。どんな評価でも、きちんと受け止めて今後も精進していきたいと思います!

第一章もクライマックスです。最後まで見届けて頂くと幸いですm(_ _)m
あ、ちなみにこの作品続きます。結構長くなる予定です……。


また次回もお会い出来ると嬉しいです!
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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