THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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第3話 面接

当日というものは自分が思っていたよりも早く来てしまうものだ。

「…!」

早朝6時。オーディションの緊張感からか、予定していたよりも1時間も早く起きてしまった。

(…いつまでたっても慣れないよなぁ、この変な緊張感は)

前世で就活していた時のような変な感覚だ。絶対に受からないって分かっているのに、無駄に感じてしまうあの緊張感。

「起きるか、何にもやる事もないし」

面接開始時刻は10時。3時間以上も時間も余裕があるが、まあ、バタバタするよりはいいか。

「朱里、おはようなの!」

「…今日は随分と早いな」

リビングに降りて…思わず絶句してしまった。あの居眠りチャンピオンの美希が自分より早く起きていたのだから。

「…今日のオーディションは絶対碌なことにならない気がする」

「あー!またそんなこと言ってー!!」

ぶー!と頬を膨らませる美希はとりあえず無視し、椅子に座る。

…それからはまあ、いつも通りの朝だった。朝食を食べて、歯を磨いて、顔を洗って。

変化があったのは、顔を洗い終えて、リビングへ戻った時だった。

「…?どうしたんだよ、そんなにニコニコして」

ニコニコしながらリビングにいる美希を不審に思ったのか、朱里は思わず半歩下がる。

が、美希は張り切った顔で朱里に近づいて来て、ギュッと手を握る。

「朱里にね、メイクをしてあげるの!」

「…え?」

「ほらほら!遠慮することなんてないの♪」

グイッと手を引っ張られて、無理矢理美希の部屋に連れて行かれる。

「い、いいよ。化粧なんて…」

「ダーメ!オーディションに行くんだから、しっかりとオシャレしないと!!」

そう言うと、美希はクローゼットから大きめのケースを持ってくる。蓋を開けると、中にはメイク道具がぎっしりと詰まっていた。

「…随分と一杯持ってるな」

「ふふん、驚いた?お年玉とおこづかいで少しずつ買い揃えていったの」

美希の勉強机に座らされた朱里は、ケースを見ながら呟く。

「じゃあ、目を閉じててね。まずはふき取り化粧水で肌をきれいにして…保湿化粧水と美容液で肌を整えて、と」

「ふ、ふき取り?保湿?」

「化粧水にも色々種類があるの。ふき取り化粧水は顔にある皮脂をとるやつで、保湿化粧水は肌の下地を整えるの」

…全然知らない。化粧水って下地を付けるだけだと思っていたのに、色んな種類があるのか。

「うーん、ファンデーションはリキッドを使って、ピンク系を2種類混ぜて…」

ファンデーションってあれだよな、肌に塗る奴でいいんだっけ?それに混ぜて使ったりもするのか。

「それで、パウダーをON。ハイライトは、このラメ入りのが似合うかな。アイホールは…うーん、ベースはこっちを使って、これは上から重ねて…」

朱里が理解できない単語をズラズラと呟きながら、美希は作業を進めていく。時折、顔にメイク道具が当たっているが、朱里は目を閉じているのでどれくらい進んでいるのか分からない。

「…今、どうなっているの?目つぶっているから何か怖い」

「あはっ、すっごくキラキラしてるよ!!でもまだ目を開けちゃダメだからね」

どうやらまだメイクは終わらないらしい。

「唇にはオレンジとピンクのグロスを重ね塗りして…うん、出来たの!目を開けてもいいよ!!」

はい、美希は朱里が見やすいように鏡の角度を変えてくれる。

「これ…私?」

「ね?全然見栄えが違うでしょ?お化粧って凄いんだから」

えっへんと胸を張る美希。その鏡にはまるで別人かと思うくらいに輝いている朱里の姿が映し出されていた。

「じゃ、美希もお化粧するから、ちょっと待っていてね」

「うん、先に着替えて待ってるから」

自室に戻ると、朱里はパジャマを脱いで、制服に着替え始める。

(女は化ける生き物っていうけど本当なんだな)

鏡に映っていた自分の姿に思わず怖くなる。普段から見慣れているはずの顔なのに、全然印象が違って見えていた。女って化粧するだけでこんなにも変わるものなのか。

「化粧って凄いんだな…、姉さんがあれだけの道具を揃えるのもわかる気がする」

美希があんなにメイクがうまいなんて知らなかった。

(姉さんの一面を知れた…のかな)

美希の思惑通り、ちょっとだけではあるが…2人の距離は少し近づいたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぶー、せっかくコーディネイトしようと思ってあれこれ考えていたのに。制服姿なんて…」

「面接受けるのに私服で行く奴がどこにいるんだよ」

今、朱里たちは徒歩で765プロへと向かっている。…が、美希はまだまだ朱里を弄りたかったらしい。

(美希が進めてくるのはどれも派手な服ばかりだし、いくらなんでも面接には向かないんだよな)

「それに時間だってまだ早いし…まだ20分も余裕があるの」

「…こういうのは余裕を持って行くもんなんだよ」

そうこうしているうちに765プロへとたどり着いた。美希は初めて見る事務所に文句を言う。

「うわ…窓ガラスにガムテープで“765”って貼ってあるの、だっさいの」

「…そういうこと言うな」

美希の頭をポンと叩き、事務所に続く階段を上る。

「さて、事務所に入っちゃったらもう美希姉さんとは口が利けない。だから最後のチェックをする」

「うん!」

階段の踊り場で美希と向き合い、面接の最終チェックを行う。

「部屋に入ったら?」

「失礼します」

「言われるまでは?」

「座っちゃダメ」

「喋るときは?」

「はきはきと」

「退出するときは?」

「失礼しました」

「…完璧。それだけ出来れば、OKだ」

朱里は事務所前の扉に立ち、ふう…と息を吐くと、扉を2回叩く。

「はーい。どちら様ですか~?」

「本日、オーディションを受けにきた、星井朱里です」

「同じく、星井美希です!」

さあ…行くか。

 

 

 

 

 

 

「…誰も来ないね」

「シッ!」

事務所内に通された2人は緑髪の女性に「ここで待っていて」と言われた。

とりあえず、ソファに座りながらかれこれ20分ほど2人は待っているわけだが…その間、自分たち以外の人間は誰一人と来なかった。

(予想とは違ったな。もっといっぱい人来ると思ったのに。…もしかしたら面接の時間帯ずらしてんのか?)

「では、これから面接を始めたいと思います。まずは星井朱里さん、社長室まで来てください」

「はい」

スッと立ち上がる。立ち上がる時、隣で美希が「頑張って」とウインクをする。

朱里は下した腕でVサインを作って美希への返事をし、社長室前まで歩く。そしてドアを軽く4回ノックする。

「どうぞ」

「失礼します」

社長室へと入った朱里の先には、2人の女性が座っていた。一人はさっきの緑髪の女性、もう一人は髪をパイナップルのように纏め、眼鏡をかけている女性だ。

「本日、あなたの面接官を務めさせていただきます、音無小鳥と申します」

「同じく、面接官の秋月律子です」

「…本日、面接を受けさせていただく、星井朱里と申します。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

「で、朱里は手ごたえどうだったの?」

「…無いな」

「美希も同じなの」

オーディションが終わった2人は近くにあるハンバーガーショップで昼食を食べながら、反省会…という流れになっているのだが、どうも2人とも手ごたえが感じられなかったらしい。

「美希はてっきり踊ったり、歌ったりすると思っていたんだけど、全くやらなかったの」

「…それは後からいくらでも教えられるってことなのか?あくまでも最初は見た目や態度を確認するだけ…とか?」

「…それじゃあ2人は合格で決まりなの!!美希たちすっごいキラキラしてたし、ちゃんと朱里の言う通りにしてたもん!!」

美希は店内であるにも大声で騒ぐ。

「そういう事じゃないだろ。事務所側にも選ぶ基準があって、それに合ってなきゃ落ちると思うし…。こればっかりは結果が返ってこないと分かんないよ」

(うーん、結局のところどうなんだろう?せめて姉さんだけでも受かっていればいいんだけど)

 

 

 

 

 

 

「うーん」

「…やっぱり悩みますよね、今回のオーディション」

朱里たちが帰った後の765プロでは早速、オーディションの合否判定が行われていた。

参加者僅か2人、しかもその2人は姉妹同士という今回のオーディション。これが2時間以上話し合っても合格者が決まらないでいるのだ。

「これは…今までで一番難しいかもしれませんね」

「ええ、2人ともかなりレベルが高かったですし」

「というよりあの2人本当に中学生なんですか?スタイルもいいし、態度もきちんとしてるし」

そう、僅か2人にも関わらず、このオーディションはあらゆる意味でレベルが高かったと言えよう。

姉の美希はビジュアルが突出して高く、下手をしたら765プロ内のアイドルたちを上回るかもしれない素質がある。対する妹の朱里は美希ほどの派手さはないものの、儚げで、思わず惹かれてしまうような美しさを持っている。

恐らく、あの2人はどこの事務所に行ってもやっていける。それだけの逸材であった。

「…で、律子さんは結局、どっちを選ぶんですか?私は朱里ちゃんを推したいんですけど…」

「うーん。今、事務所には即戦力になってくれる子が欲しいんですよね。だから私は読者モデルの経験があるお姉さんの美希に軍配が上がるんですけど…」

「けど?」

小鳥は律子に聞き返す。

「社長の言う…一種の感覚とでも言うんでしょうか。ティン!ときたっていう感覚が妹さんからはしたんですよ」

「ティンときた…ですか」

「ええ。ただ、プロデューサーの立場としては決め手が勘という理由で採用したくなくて…」

「難しいですよね」

はあ~、とため息をつく小鳥と律子。と、ここでガチャ!とドアが開いた音がして、2人は入口を見る。

「おお、二人とも!今帰ったよ!!」

「「しゃ、社長!?」」

そこには、765プロの代表取締役社長、高木順二朗の姿があった。すでに還暦を過ぎているはずなのだが、まだまだ元気で少年染みた明るさがあり、悪戯好きの子供がそのまま成長したような人物であった。

「社長、今までどこへ行っていたんですか!?本当なら社長にだって今日のオーディションに参加して欲しかったのに連絡もつかないし!!」

小鳥は社長をジト目で睨む。

「…ま、まあ、私は彼女たちを無駄に緊張させないためにだね。それにね…律子君、音無君。私も遊びで外出した訳では…。おっ、律子君、彼女たちの資料を見せてくれたまえ」

「「話を誤魔化さないでください!!」」

2人の息の合った怒鳴り声を無視し、社長は資料を読み進めていく。

「ふむ…。確かにこれは悩むねぇ」

「ええ、そしてこのオーディションの合格者はたった1人だけなんですよね」

「でもこれはどちらかを選べなんて酷すぎますよ…!」

小鳥は「うあー!」と頭を抱えて唸る。

「…ふむ、では…こういうのはどうかね?」

社長は少し考えると、ニコリとまるで悪戯を企む子供のように笑った。

 

 

 

 

 

 

「朱里、朱里!」

数日後の朝。ドタドタと廊下を走り回る美希の足音で朱里は目を覚ました。

「なんだよ、朝早くから…」

眠い目をこすりながらドアから顔を出す。美希は朱里の顔を見ると、嬉しそうに駆け寄って来た。

「合格通知が届いたの!!これで美希たちアイドルデビューなの!!」

へえ。姉さん受かったんだ、それはよかった…。

(ん…?何か今、聞き逃しちゃまずい単語が入っていたような…)

「美希…たち?」

「だーかーらー!美希と朱里、2人一緒に合格したの!これで一緒にアイドルできるの!!」

「…なんだってぇぇぇ!!??」

星井朱里。前世はただの一般男性で、今は13歳の少女。

そして、この瞬間、朱里は765プロのアイドル候補生となったのであった。…本人の意思はともかくとして。




メイクやオーディションの描写はかなーり適当です。
次回あたりからようやく765プロメンバーとの絡みが増えてきます。

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