THE IDOLM@STER  二つの星   作:IMBEL

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ムラがあるってレベルじゃないですが、投稿です。
今回の話でアニマス5話分も一通り終わります。


第38話 みんなとすごす夏休み

楽しい時間というものはあっという間に過ぎていく。

 

目を白黒させていた真を残して海の家を離れた朱里はそれから春香達と合流して、ビーチバレーを楽しんだ。途中、伊織が提案した「ボールを落とした人には罰ゲーム」となるラリー勝負と発展し、皆で大いに盛り上がる。

罰ゲームの内容もしっぺやデコピンや肌つねりだの小学生レベルのものだったが、皆で盛り上がっていたあの状況では何をやっても楽しいものだ。

朱里も伊織の強烈なデコピンをおでこに喰らい、少しヒリヒリしたのを笑いながら楽しんだ。

 

小腹を満たすための食べ歩きもやった。

そこかしこから漂ってくる魅惑の匂いには勝てず、ついつい皆の財布の紐が緩めになる。朱里も屋台で炭火焼きのフランクフルト串を買い、肉汁のジューシーな食感を噛みしめた。

他の皆もアイスクリームやらかき氷などを買い、砂浜に座りながら一口ちょうだい、と回し食いもした。あれ、これって間接キス?とも思いながら、春香の口に自分のフランクフルトが入っていくのを見つつ、春香のソフトクリームを舐めたが・・・まあ、こういう場では野暮な事は無しだ。

美希もふらっとどこかに行ったと思えば両手いっぱいに焼きそばだのイカ焼きだのをたくさん抱えて戻ってきた。まあ、それ自体はとやかく言うつもりはないが、あれだけたくさん持っていたのに財布の中身が全然減っている様子がなさそうなのが奇妙だったが。

・・・後に買い食い途中に出会ったナンパから食べ物だけを貰って、適当な理由を付けてこっちへ戻ってきたという話を聞いたときには我が姉は強かだと呆然としたと同時に、そんな姉に振り回されたナンパ達に心底同情したが。

 

日が暮れたら泊まる旅館に荷物を置いて、浜辺でバーベキューが開かれた。

あらかじめ準備していた肉や野菜の他に真と響が水泳勝負の最中に捕まえてきた魚を網で焼き、飯盒で炊いた白米を皆で食べた。

『こんな美味しいもの生まれて初めて食べました!』というやよいの大げさとも思えない食レポに色々感じたのだろう、千早は自分の分までやよいに分け与えていた。

そんな光景を見た朱里は昼間の件もあったこともあり「千早さんもしっかり食べて下さいね」とぼやいて千早の紙皿に肉と野菜を載せてあげた。

朱里も熱々の白米とタレが載った肉を口に頬張りながら本当はここにビールなんかのお酒もあれば最高なのだがとも思ったりもしたが、流石に今の立場で飲酒は洒落にならないので自重しておいた。おとなしくこの身体で成人を待つまでは飲酒類は我慢することにしよう。

 

海にバレーにバーベキュー・・・こんなにたくさんの人と思い切り遊んだのなんて、初めてかもしれない。本当に、本当に楽しい一日で・・・。

 

「隙ありー!」

「え? あっ・・・」

 

ぼうっとしていた意識を現実に戻した時には遅かった。

朱里達が就寝する旅館の大部屋に備え付けられていたブラウン管テレビの画面には、朱里の操作キャラのガードが崩され、亜美の操るキャラの攻撃で空中へと浮かばされた姿が映る。

 

「あれあれー?」

「勉強では負けてもこっちでは我々の方が上ですなー。これが格の違いってやつかなー?」

「お前らが強すぎるんだよ。私はこういうの苦手なの」

 

自分の得意分野でマウントを取れて嬉しそうな双子に悪態をつき、自分のキャラが空中コンボでボコボコにされているのを見て、こりゃ負けたなと確信して畳の上にコントローラーを置く。

空中コンボが終わるのと同時に朱里の操るキャラが場外へとたたき込まれ『ゲームセット!』の音声で試合が終了。キャラ選択画面に戻ったのを確認して、組んでいた足を戻して立ち上がる。

 

「えー、あかりっちもうやめちゃうの?」

「今度は真美とやろうよー」

「これだけやれば充分だろ・・・」

 

壁掛け時計の時刻を指さして、朱里はぼやいた。かれこれ2時間以上も付き合っているのだから勘弁してくれよという顔になる。

 

「・・・というか、よく持ってきたよな、慰安旅行に」

 

こんなのを、と目線を送った先の据え置きゲーム機を見ながら呆れる。普通旅行でのゲームといえばトランプとかボードゲームとかが相場だと思うのだが。

双子は携帯ゲームをほぼ毎日、日によっては複数台事務所に持ち込んでいることから相当なゲーマーだとは認識していたが、まさか一泊二日の旅行でかさばるサイズの据え置きゲームハードを持ち込んで来るとは思わなかった。しかもコントローラーや周辺機器を最大プレイ人数分まで持ってくるという力の入れようだ。

だから二人の荷物だけやけに多かったのか、と双子達が一泊二日の旅行で使用するとは思えないほど大きなサイズのトランクを持ってきていたことに納得した。

『対戦ゲームはCPUとやっていると白けるから』という2人の謎の理論で、のんびりと休んでいた朱里は双子に引っ張られる形でコントローラーを握らされ、タイトルくらいは知っている有名所の対戦格闘ゲームでボコボコにやられまくっていた。

まあ、久方ぶりに触れた対戦ゲームはそれなりに楽しめたことは楽しめたのだが、双子との実力差がありすぎてこうも負け続けると飽きも来る。画面を見っぱなしで目も疲れてきたし、いい加減休みたい。どちらかといえばあれこれ一度に考えるアクションゲームよりもじっくりと考えるシミュレーションゲームの方が好みなのだ。

 

「もういいだろ? 私、風呂入ってくる」

「えー、じゃあ誰とやればいいのー?」

「適当に誰か誘えばいいだろ・・・私はもうやらない」

 

双子をあしらい、タオル片手に朱里は部屋を出た。まだ風呂の時間までには余裕はあったと思うが、あまりのんびりしていると大浴場が閉鎖されてしまう。折角旅館に泊まっているんだから、大きな風呂くらいは楽しんで行きたかった。

この旅館は小さいながらも海を眺めながら入れる露天風呂もあり、風流を感じつつ湯に使って、身体を温めたい。

ゲームで疲れちゃったし、と肩や目頭を触りながら浴場に続く階段を上がり、角を曲がる。そして離れにある大浴場まであと一歩という所で、見覚えのある金髪の毛虫頭がのれんをくぐって更衣室に入ったのが見えた。

 

なんだ美希も今から風呂か、と朱里も美希に続いて小走りで美希の入った方へと進んだ。

 

「よっ」

「・・・あれ、朱里も今から?」

 

ロビーかどこかで一眠りしていたのか、ミノムシみたいに髪の毛を跳ねさせて眠そうな目で服を脱いでいた美希だが、朱里が来た途端にシャキッと目を覚ました。

 

「うん、ちょっと遅くなっちゃったけど、今から」

「じゃあ、背中、一緒に洗いっこしよ!」

「はいはい」

「やったの!」

 

同意を得た途端、早脱ぎで自分の衣類をカゴの中へ放り込んだ美希は待ちきれないのか早く早く! と急かす。朱里も下着姿になり、ブラジャーのホックに手を回して外した。少し行儀が悪いが身体をくねらせるように動かして下もずらして脱いで、カゴへと入れる。

 

普段は短めの入浴時間で済ませてしまうが、今日くらいは美希に付き合って長めのお風呂にしてもいいか。一緒にお風呂なんて何時ぶりだろ?・・・と、胸元をタオルで隠し、扉を開ける。

 

へえ、少し小さいけどいい景色じゃないか。

露天風呂の景観を見ながら思う。

耳をすませば波の音が聞こえるし、昼間の空模様が続いているおかげで月もはっきりと見えている。木造作りというのも中々ポイントが高く、風流を感じる。湯船に映る月を見ながらゆったりと浸かる、なんておしゃれな事も出来そうだ。

 

おっとまずは、と。かけ湯をしてから湯船に入ろう、と近くの風呂桶を持とうとかがんだ時、湯気の向こうに人影がいるのが見えた。

 

「あっ、失礼します」

「ああ、どうも・・・?」

 

先客がいたのか。朱里は挨拶をしてから湯船に桶を入れ、そして身体にかけようとしたとき、あれ?と何か違和感を覚える。

今の声、どこか聞き覚えのある声だと感じた。いつも聞いている声のようだったし、この場にはいてはいけない声だとも。そのまま湯気の向こうをじっと凝視していると、ぴゅうと強めの風が吹き、湯気が晴れた。そしてその向こうには・・・。

 

「えっ!? プロデューサー!?」

「・・・うわっ、朱里!?」

 

互いに驚き、ばしゃりとお湯が揺れ、すっとんきょうな声が飛び出た。眼鏡を外していたもののそこにあったのはこの数ヶ月を共にしたプロデューサーであり、ほんの1メートルちょっとの距離で、当たり前だが素っ裸で湯船に浸かっていた。

 

「あれ? プロデューサーなんでいるの?」

「それはこっちの台詞だ!」

 

そして美希もいることにも気づき、バシャバシャと波立った。大事な部分を隠そうと慌てて股間を手で隠し、同じ疑問を投げかけ合う。

 

ここは男湯だぞ!と大声を上げるプロデューサーに美希は「え? 女湯のはずでしょ?」と小首をかしげる。

朱里も最初こそ何を言っているんですかプロデューサーと半笑い気味にしていた。だが言葉の意味に気がつきだんだんと理解してくると、流石にその瞬間には笑みが凍り付いてしまった。

まさかと掴んでいた風呂桶を放り投げて引き返すと、入り口ののれんを見て呆然とした。

そこにははっきりと男湯、という青色ののれんがかかっていたのだ。

 

つまりは・・・。

 

「まさか、間違えた!?」

 

ようやく事の重大さに気づき、狼狽える。

恐らく美希は寝ぼけ半分でのれんをくぐってしまい、男湯と女湯を間違えてしまったのだろう。つられて朱里も美希の後ろ姿だけで女湯に入っていったと判断してしまい、ついて行ってしまった。確かにしっかりのれんを確認したかと言えば、していない。あくまでも美希が入ったから間違いないだろうという思い込みでついて行ってしまった。

以前、テレビ局でもトイレを間違ってしまったことがあるが、今回も似たケースをやってしまったに違いない。

 

性別認識の青色と赤色。

勿論、今自分が従うべきは女を示す赤色であるのだが、無意識の刷り込みというのは恐ろしい。朱里は自分の特殊すぎる事情が故に、気を抜いたりしている時に未だに青色の方へ従ってしまう癖が抜けないのだ。偶にやってしまうミスではあるのだが、まさか最悪に近いこの状況でやってしまうとは思わなかった。

 

「美希、とりあえず・・・」

 

とにかく戻ろう、急いで引き返そう、と朱里は美希の手を引っ張るが勢いよく手を引いたせいで美希の胸元のタオルが緩み、ハラッと床に落ちた。自分の目の前で美希の豊満なバストが揺れるのを見て、朱里は声を上げそうになる。

今の朱里達はタオル一枚の状況。それが取れたということは、つまり今、美希は男湯で全裸に立って・・・。

 

「いやぁん、なの」

「姉さん! 早く出て!」

「朱里も早く出るんだ!!」

 

彼も眼鏡を外しているとは言え、万が一のことがある。姉の全裸姿を見せるわけには、とバッと美希の前に入って自らの身体で壁を作るが、同時にプロデューサーの怒号が飛んだ。

 

それは妹が姉をかばう美しき姉妹愛かもしれないが、今はそれをやる場面じゃない、まずは2人とも一刻も早くここから出てくれという祈りにも似た声だった。

全裸だろうがタオル一枚羽織っていおうが、男湯に担当アイドル2人が入って、男性であるプロデューサーと一緒にいるという状況そのものがマズすぎるのだから。

 

「早く出てくれ!」の声に急かされるように逃げるように朱里と美希は服を着替えて隣の女湯へと移動した。

それからはどういう気分で風呂に入ったか覚えていない。少なくとも洗いっこがどうだの風流云々など楽しめる余裕がなかったのだけは覚えている。

 

確かにプロデューサーはいい人だと思う。元男として信頼できる仲だ。だけど自分の裸姿を見せられる程の仲か? というと絶対ノーだし、そもそも年齢差的に犯罪だ。裁判だったら確実に有罪。

朱里だって自分の裸を他人に堂々と見せられるほど図太い精神はしていないし、もしそれが出来るのならばここまで小難しい性格にはなっていない。

 

(ぷ、プロデューサーに、は、裸見せる所・・・だった・・・!)

 

気づくのが遅かったり、何か一つでも掛け違えていれば、自分達の裸を見せていたという危機に美希はなんてことなさそうにしていたが、朱里は羞恥やら情けなさやらで顔を真っ赤にしながら、ぶくぶくと湯船に顔を埋めての入浴となったのだった。

 

 

 

 

 

 

「全く、プロデューサーもあんなに怒らなくてもいいと思うの」

「怒られるに決まっているじゃない・・・」

「それは流石に美希達が悪いよ~」

 

千早は信じられないようなものを見る目で美希を見て、春香も悪いと思いつつも笑っていた。

あんたらは全く・・・と伊織も呆れた顔でぶーと口を尖らせる美希と、風呂上がりの心労で戻ってくるなりさっさと眠ってしまった朱里を見比べた。

 

「あんたはともかく、朱里も変な所で抜けているんだから。普段はしっかりしているのが余計タチ悪いわ」

「ひどいのデコちゃん」

「デコちゃん言うな!」

「でもさ、そういう所は2人揃ってそっくりなのは本当だよ」

「う~、真くんも・・・」

「やっぱりそういう所はそっくりになっちゃうんだね」

 

消灯時間は大分過ぎ、時刻は真夜中にさしかかった。この時刻になれば朱里を始め眠りにつくものが大半であったが、まだ目がさえている一部の面子は布団から顔を出したりして、ひそひそと会話に励んでいた。

 

「今日楽しかったね~、まるで修学旅行みたい」

「うん」

 

暗闇の中でもぞもぞと布団が動き、虫除けの蚊取り線香の煙が舞う空間で、周りの皆を起こさないような小さなボリュームで会話は続く。来年もまた皆でこの時間をもう一度楽しみたいね、なんて笑いあっていると、「ねぇ」と春香が言った。

 

「・・・来年の私達ってさ、どうなっているんだろう?」

 

春香のふとした発言に皆少し黙った。

来年の自分・・・普段はあまり意識していなかったが、改めて言われると各々はあれこれと考えてしまう。

 

「やっぱり、仕事もどんどん増えてきて・・・って、感じかな?」

「レギュラー番組とか持てたりしたら嬉しいよね」

「大きなステージでライブとかもさ、出来たらいいよね」

「CDとかももっと売れてさ、もっとフリフリのステージ衣装なんかも着て・・・」

 

一番に口を開いたのは真だった。春香と同じで古参組の真も、最近の変化に感じることも多い。

取り直した宣材の一件から微々たるレベルではあるが、仕事が増えてきているのは確かだ。故郷村のようにステージで歌える仕事も少しずつ増え、事務所とレッスンの往復だけの日々が無くなり始めている。去年の頃と比べると、今、自分アイドルやっているんだな、という自覚が少しずつだが増えている。

真も春香もこのまま行って、もっとアイドルらしいことをしてみたいという願望は当然あったし、このままいけばなんとなくそうなっているんだろうなという未来を口にする。

 

「あんた達はお気楽ね」

「?」

「現実を見なさいよ。律子はともかくあのプロデューサーよ」

 

下手すれば会社の存続も危ういわよ・・・と、対して伊織はドライな対応だった。

背は小さくても物事の目線は高いリアリストな伊織はそんなに上手くいくもんかと厳しい意見だった。故郷村の衣装ケース間違いを色々と根に持っているということもあるのだろうが、自分が浮き沈みの激しい世界にいるのだということを誰よりも自覚しているからこそだった。

 

「プロデューサー、結構可愛いところがあると思うけどな」

「うんうん、この間寝癖したまま会議に出てたし」

「そこが不安なのよ。あいつ、自分の身だしなみくらいきちっとしなさいよね」

 

セレブで社交界にも顔を出す伊織はプロデューサーのそういった一面も快く思っていない要因だった。他人のことを色々と気遣える人物ではあるのだが、芸能事務所の従業員なのだから最低限の身だしなみくらいはきちんとして欲しいのだろう。

 

「美希は来年、高校生なの」

「あ、今年受験生だっけ」

 

口を開いた美希にそういえばそうだったな、と一同は思った。普段からの体つきや色気などから実年齢より上の高校生や大学生と誤解されがちだったが、まだ美希は中学3年だったのを思い出した。

 

「志望校はもう決まっているの?」

「うん決めてるよ。もしアイドルを続けるのなら、色々と融通が利きやすい芸能コースとかがある所を選びなさいって言われたから、そっちに行くつもり」

「意外と考えているのね」

「まあね千早さん。来月には夏期講習にも行くから、その時は事務所を休むかな」

「えっ、そうなの? 意外・・・」

「ママに無理矢理やられたの・・・本当は行きたくないのに・・・」

 

お勉強面倒臭いなぁと枕に顔を埋めて、帰ってからのスケジュールに美希は少し憂鬱気味だ。

真面目にやればあなたはもっと上に行けるのに・・・と三者面談に母の明子に言われていたことを思い出すが、勉強が出来ることと好きなことはまた別問題。美希は朱里ほど勉学には真面目でないのだ。それでも中の上レベルの成績をきちんとキープし続けているのは、美希の要領の良さがうかがえる。

 

「私はエスカレーター式だから、そういうのは無いわね。昔から学校は顔見知りばかりだし、学校は何も変わらないと思うわ」

「うわぁ、でこちゃん受験しないなんてセレブなの」

「その言い方、なんかむかつくわね・・・」

 

美希のちょっと偏見じみた発言にイラッとする伊織の様子に千早がふふっと笑い、つられて春香も笑った。伊織と美希の背丈やスタイルなど色々と対照的な2人が自らのお受験事情を話し合うギャップがなんだかおかしかった。

 

「・・・でもさ」

「?」

「でも、もし人気になっちゃったら、皆で揃って話したり、こんな旅行とかも、出来なくなっちゃうのかな・・・」

 

ひとしきり笑った後、春香は寂しそうにそう呟いた。その呟きに皆思う所があったのか、すぐに答えることが出来なかった。

 

それぞれが違う目的でこの事務所に入り、トップアイドルという夢に向かっている。今の状況を変えたくて頑張っているし、良い方に変わることを皆望んでいる。それは当たり前だ。

 

でも変わるということは良いことばかりではない。得るものもあれば、失ってしまうものもある。そしてそうなった時に真っ先に失われるのは、今日過ごしたような何気ない・・・ビーチで遊んだり、皆で食べ歩きなどをした『普通の女の子』としての日常だ。

仕事が増えればプライベートに割ける時間も消えるし、今日のように皆揃って何かをやるなんて出来なくなる。

それだけではない。進学や家の事情やら病気やら・・・最悪、死ぬことなどでこの場の誰かがいなくなる可能性だってある。来年、全員無事に揃ってアイドルをやっている絶対の保証など、何処にも存在していない。

 

未来は誰にも見えないし、分からない。だからこそ楽しみでもあるし、怖くもある。今より良くなっているかもしれないが、今より悪くなっていることだってあるのだから。

 

「私達さ、来年も同じように笑えているのかな? こうやって一緒に話したり、出来てるのかな?」

「・・・馬鹿ね。そういう心配は、その時になってから考えなさいよ」

 

短いようで長い沈黙を破ったのは伊織だった。現実主義者らしい彼女らしく、たらればの話を今から考えるな、と言いたげにバッサリ切って「私、もう寝るから」とそのままごろりと横になった。しかし伊織も考えることがあるのか、もぞもぞと布団が動くばかりで眠りに就けなさそうだった。

 

それきり会話もなくなり、春香も千早も真も布団をかぶったが、すっかり目がさえて眠ることは出来なかった。普段ならすぐ眠ることが出来る睡眠魔神の美希も同様に、じっと天井を見ていた。

 

皆、口にはしなかったが、なんとなく頭では理解していた。

いつまでもこのままでいることなんて出来ない、そして生きている限り変わらないでいる事なんて出来ないのだ、と。

 

 

 

 

 

 

布団に包まるように寝ていた朱里が目覚めると朝の5時頃だった。枕元に置いておいた携帯を開いて時刻を確認し、もそりと布団から身体を起こした。

 

寝覚めはあまり良くなかった。枕を変えると眠れないタイプではないはずなのだが。昨日の風呂の一件、予想以上に引きずっているのかなとも思ったが、それだけではないという確信があった。

 

起きる直前まで朱里は嫌な夢を見ていた。

夢の中で自分は今の自分より小さくなっていた。おぼろげだったが、幼稚園児かそれよりも前くらいの頃だったかもしれない。

夢の中の自分は母に怒られていた。自分で歩けるようになり、目を盗んで母の携帯電話を借り、もう通じもしない知り合いに連絡を取ろうとしたことがバレたのだ。それだけでなく、母の手には宛先不明というハンコを押された何枚もの手紙が握られていた。この世界にはありもしない住所に勝手に手紙を送り、切手や便せんを遊びで消費したとして怒られていた。

思い出したくない記憶を夢という形で掘り返されるのは不快であったが、ある瞬間、そして唐突に夢の場面が変わった。

朱里の周囲で世界がグルグルと回っていた。

星井朱里として過ごしていた日々が、今までの人生におけるあらゆる経験が、まるで砕けたガラス片のようになって見えてくる。

そのガラス片には、実際に起こった出来事と心の憶測にある恐れや想像がごちゃごちゃに混じり合っていた。まるで映画館で一度に別々の映画を見ているようだ、と他人事のように感じていた。

初めてステージに立った日、伊織に自分の名前を呼ばれた日、美希と一緒に面接に行った日。朱里として生を受けた日。そして、事故で男としての自分が死んだ瞬間・・・。

 

夢だと分かったときは、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、心から安堵を覚えていた。脈絡のない情報の濁流に、悪酔いした気分で掛け布団を剥がした。

 

(あー、嫌な感じだ・・・)

 

今更二度寝の気分にはなれず、まだ寝ている他の皆を起こさないように忍び足で畳を渡り、部屋を出る。起床の時間にはまだ早く、旅館全体が静まりかえっている。

適当に時間でも潰そうかな、とペタペタと廊下を歩く。他の客の姿も見当たらなかった。流石にこんな時間じゃあ、誰も起きてなんかいないか、なんて半笑いで歩いていると。

 

「あらおはよう、早いのね」

 

驚き半分、呆れ半分。ロビーの椅子に腰掛けている律子を見つけた。今、朝の5時だぞ・・・?と唖然としつつも、律子は膝にノートパソコンを載せていじくっていた。

 

「仕事、してるんですか?」

「仕事って程じゃないわね。昨日撮った動画の見直しや色々なチェックよ、大部屋でやると皆起こしちゃうから」

 

しれっと言っているが、それをやっている時点でもう充分仕事だと思うのだが、律子のレベルでは違うらしい。

昨日も時折プロデューサーにカメラを渡していたらしいが、殆どの時間を他人の為に使っていたりしている様子だったし、慰安旅行なのに本当に休んでいるのか? という疑惑が出てくる。今更ながらに19歳の行動とは思えない、実は皆には内緒で数歳歳を誤魔化しているのではとも思うこともある。人のことは言えないがもっと、こう何というのか、その歳くらいの子はもう少し遊び気があった方が色々と良いのではないか。

 

引きつったような顔で立っていると、律子がちょっと、と手招きした。

 

「凄い顔しているわね、それに髪の毛も」

「?」

「寝癖。髪の毛、凄いことになっているわよ?」

 

顔は分かるが髪の毛? と思っていると、ほら、とコンパクトを開いて鏡部分を見せられる。

 

鏡の中の朱里は、髪がパイナップルの葉のように爆発模様を見せており、さながら南国気分だった。この髪型のままブラジルにでも行けば現地の人にサンバ服でもプレゼントされるかもしれないくらいのボリューミーさだった。

 

「うわぁ・・・」

「髪の毛、結構伸びたんじゃない? しばらく切っていないでしょ」

「まぁ・・・春頃にやったきり、しばらくは」

「そろそろ、切った方がいいわよ。髪を伸ばすならちゃんとした所で切ってもらわなくちゃ」

 

折角綺麗な髪なんだから大事にしなきゃ駄目よ、と律子はコンパクトを仕舞い、パソコンへと視線を戻した。朱里も隣に腰掛け、指摘された髪をくるくるといじくる。

 

一度響の家の風呂場で見て以来、自分の髪の毛をあまり意識していなかったが、確かにこのレベルの寝癖までになってくると予想以上に伸びていたんだな、と実感する。もしかしたら昨日日焼け止め中に髪の毛を触ってしまったのは下手さ以外にも、自分が思っている以上に髪の毛が伸びたせいで目測を誤ったせいかもしれない。

 

しばらくして髪をいじくるのを止めると、律子の横顔を見た。事務所でよく見るすっかり仕事モードの顔だった。

 

(そうか、昼には戻っちゃうんだよな・・・)

 

後数時間後にはチェックアウトで旅館を出て、路線の少ないローカル線に乗って・・・お昼頃には自分達の元いた場所へとコンクリートだらけの東京へと戻ってしまうという現実が、なんだか少し、寂しい。何やかんやありつつも、忘れられない思い出が出来たこの旅行が終わることを惜しんでいた。

 

東京に帰り、後数日の登校日を終えれば夏休み。ゴールデンウィークの時よりも遥かに長い長期休みは目前だ。

ゴールデンウィークの時みたいに鬼軍曹律子のしごきがあるのかな、とキツいがなんだかそれを楽しみにしている自分もいた。あの時は唯々皆について行くのに必死だったが、今ならばどうだろう? 厳しいが律子の指導は的を射ているものが多い……キツいのは確かだが、どこかそれを楽しみにしている自分もいる。ここだけ切り取ればなんだか変な性癖の持ち主みたいだ。

 

寝癖だらけの髪で変かもしれないが、ピリッと背筋を伸ばして律子と向き合った。キーボードを叩くのを止めた律子はこちらを見て、そんなアンバランスさがおかしいのか、苦笑する。

 

「どうしたのよ、急に」

「いや、その、またお世話になるな、と思いまして。夏休みの間は、律子さんと接する時間もいつも以上に多くなると思いますし、レッスンもまた見てくれるんですよね?」

 

帰ったらまた色々とよろしくお願いしますね、とペコリと頭を下げた。しかし律子は複雑そうだった。照れているとかではなく、何か事情があるのか困ったように頬をかきながら「・・・まあ、朱里になら言ってもいいかな」と前置きをしつつ、続けた。

 

「・・・実は私ね、しばらく別の仕事をすることになっているの」

「別の、ですか?」

「前々から温めていたプロジェクトでね。プロデューサーもそろそろ仕事に慣れてきたし、私はそっちに専念することになるわ。だから前のように私が皆のレッスンや営業に付いていくのは、今後はちょっと難しくなるかも」

 

これはまだ皆には秘密よ? と笑いながら律子はパソコンの画面を見せてくれた。業界用語で言えば、オフレコってやつか、と朱里もパソコンを覗いた。

何かの計画書らしい文書が映っている。見たことのないステージ衣装とデフォルメされた龍のエンブレムが入った帽子の写真、身に付けるアクセサリーも一緒にあった。普段のステージ衣装とは違う、誰かのために作ったような何か尖ったような造りを感じた。

 

「グループ名は『竜宮小町』・・・私が選んだ3人で構成される、765プロ初となるアイドルグループよ」

「・・・!」

 

アイドルグループ。その単語に、朱里も驚いた。まさか水面下でそんな計画が進んでいたとは・・・。

 

故郷村のように臨時のユニットを組むことはあっても、今の765プロは基本ソロ活動がメインだ。ステージだって基本は一人で立っている。誰かと組むことはあっても、基本はその場の仕事オンリーの関係だし、誰かと固定されてのアイドル活動はなかった。

だが、最初からユニットを組んでの活動ならば話が違ってくる。その場のみの関係ではなくなり、メンバーが固定されることでユニットのコンセプトもより明確に出来る。

複数人での活動が基本となるので一人では出来ない歌い方やステージの動きなど、普段から複数を前提とした立ち回り方が求められるようになり、一人の時よりも活動の幅も広げられる。複数人での活動はソロ時代の頃とは違った一面を引き出すことも出来るし、メンバーとの絡みでは一人では引き出せないような新たな魅力を見いだすことも可能だ。

今までとは違った立ち回り方が求められ、ユニットとしてのチームワーク次第で良い方にも悪い方にも転がり兼ねないが、それらの経験を通じてステップアップできるチャンスと思えば悪い話じゃない。律子が先ほど自分で選んだ、と言っているのだからそういったことも折り込みでメンバーを選んでいるに違いない。

しかも765プロ初のユニットということで話題性も作れるし、新規ファンの獲得も充分視野に入れる・・・凄く面白そうじゃないかと朱里はワクワクしたが、それと同時にそんな話を何処か他人事のように聞く自分も心の何処かにいた。

 

この場でこの話題を自分に話す、ということは多分、その中に自分は・・・。

 

「ちなみに私は?」

「・・・残念だけど、朱里はメンバーには入っていないわ」

「ですよね・・・」

 

ダメ元で聞いてみるが、返ってきた答えにやっぱりそうか、と落胆する。

理由は分かっている。

朱里は765プロアイドルの中でも経験が少なく、デビューしたタイミングも遅い。ゴールデンウィーク終了後の5月末にデビューしてまだ2ヶ月弱と間もないし、性格上一度に複数のことをあれこれと出来るタイプでもない。ようやく仕事に慣れてきたという段階で、新たにユニット活動も追加でやらせるのは悪手だ。無理にやろうとすれば全てが中途半端になることは目に見えている。

 

「・・・実を言えば、何人か候補に迷った子はいるわ。朱里もその一人。経験が少ないからこそ誰かと組ませるという選択肢もあったし、あなたは他の子にはない面白いものを持っている。ユニットで組ませれば化ける要素もあった。でも、朱里にはもっと上を目指して欲しい・・・だから今は、しっかりと色々なことを経験して、実力を付けて欲しいの」

 

理屈では分かる。親心みたいなものもあるのは分かる。分かるけども悔しい。実力ではなく経験の浅さという、自分ではどうすることも出来ない理由で外された悔しさに、無意識のうちに拳を握ってしまう。

 

それに、と律子は続ける。

 

「竜宮小町の方に専念するとは言ったけど、全く関わりがなくなるとは言っていないわ。皆のこともきちんと見ているから、油断することのないようにね・・・朱里」

「はい」

「色々思う所はあるかもしれない。でもそれに負けない気迫でやって貰わないと困るわ。自分で自分の線引きをしちゃうと、そこから上には上がれなくなっちゃう。だから・・・」

 

まるで実体験のように話す律子。アイドル時代にあった何かを伝えようという説得力がそこにはあった。そして朱里はそれを真剣に聞きながら、この竜宮小町の件は、何か大きな変化をもたらすという確信があった。

 

春から始まった日々は少しずつ変化を始め、夏へと向かっていっている。

そんな中、投げられた一石。今はまだ水面に小さな波紋を作るだけかもしれないが、これが大きな波へと変わるのはそれからすぐの事だった。




改めて見てみると、アニマスのタイムスケジュールが過密レベルでギチギチですね。あの密度で一年ちょっと? と改めて驚愕してしまいます。

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