悪魔暦十万二千四年、日本地獄から、サタン王の右腕がEU地獄へと帰国した。彼の名は、蠅の王と書いてベルゼブブ。エリート中のエリートである彼は、聖杯戦争を止める人員を連れて来るために活動中なのである。
EU地獄に着いた彼は、直ぐ様普段自分が働いているサタン王の城の自室へと足を運ぶ。
長時間飛行機に乗っていたので、どこか喫茶店でも入って寛ぎたいと思い、足を向けかけた彼であったが、日本地獄を出る前に、鬼灯から一分、一秒でも迅速に行動する様に釘を刺されていたため、泣く泣く断念する。
バレる訳が無いとは思ったが、彼にとって鬼灯は気に食わない奴なので、少しでも早く仕事を済ませて、見返してやろうと思い、自分の与えられた仕事である、人材選びを開始する。
それから、数日が経過した時。ベルゼブブの書室で大声が響き渡る。
「あーっ!もう決まらねぇーっ!」
声の主は、当然の如くこの部屋の主である、ベルゼブブの物である。彼は、大声を出しながら座っていた状態から頭かき回しつつ乱暴に立ち上がり、その衝撃で机の上に積まれていた書類等が部屋にバラまかれる。
「脱走した亡者は、神代の魔女やアイルランドの大英雄。挙げ句の果てには、ギリシャ神話の大英雄と来たからにはこちらも対抗としてそれなりの人物を選ぼうとしたが……」
そこまで言ったベルゼブブは、拳を固く握りしめ。そのまま今の自分の感情を乗せ、勢いよく机を叩く。
結果的に言うと、彼は未だに連れていく人材を決めきれていなかった。しかし、彼の名誉の為に言うと、決して怠けていた訳でも、作業効率が悪かった訳では無かったのである。サタン王の右腕でEU地獄のNo.2であることを普段からプライド、もとい誇りにしている彼は、言うだけの事だけあって優秀である。何故そんな彼が、手間取っているのかと言うと、原因は国際条約にあった。
ベルゼブブは、先程言った通りに逃げ出した亡者は、どれもが、油断ならない者達であった為に、こちらもと誰もが知っているであろう大英雄の数々をピックアップし、連れていこうとしたのだ。しかし、国際条約では半神半人等の英雄達を国外、しかも現世に連れていこうとするのであれば、その手続きはとてつもない手間がかかってしまい、とてもじゃないが、どれだけ早く行動しても、半年はかかるという馬鹿げた状況であった。
聖杯というチートアイテムで非合法で呼び出された者達は除くとして、官僚という立場である彼は、どうしても規律に従わないといけない。その為に、誰もが知る様な英雄を連れていく事は出来ず、しかしそれ以外となると、どうも決定打になるような者はおらず、その現状にベルゼブブは大声を上げたのである。
「くそっ!このままだと
そんな事をぶつぶつ呟きながら、なにか妙案は浮かばないかと腕を組みながら、部屋を歩き回っていたときである。
ドアが、コン、コンとノックが響き自分に誰かが会いに来たことを告げる。ベルゼブブは、いつもの癖で、どうぞ、と言いかけたが、先程自分が立ち上がった時になった、部屋の状況に気づき、外で待っている者に少し待て、と叫ぶ。
それから慌てて、散らかった書類等を片付け、少し息を切らしながら席に着き。手を机の上で組み、その上に少し頭を乗せ、格好を付けてから、入ってよいと告げる。
「失礼するわ」
そうして入ってきたのは、レディ・リリス。彼女は、ベルゼブブの妻である。しかし、彼女の本分は誘惑であるためか、どんな男でもまず誘うという、とんでもない性格であり、夫であるベルゼブブに結婚するときも、この性質は変わることが無いと告げ、了承した形で今の夫婦関係にあるとか。
そんな彼女が、彼の所に仕事中でも訪れて来るのは、別に珍しい事でも無いので、彼はいつも通りに対応する。
「どうしたリリス、また小遣いか?この間カードを渡したばかりだろ?もう限度額一杯まで使ったのか?」
「それもそうだけど、今日は違う件で来たの。私の友達が是非貴方に会わせて欲しいって、せがまれちゃって」
リリスが少し気になる事を言った気がするが、ベルゼブブは無視して話を続ける。
「俺に?珍しいな。しかし、今仕事が立て込んでいてな。悪いが後日でも大丈夫か?」
「それが貴方の今の仕事に関係あるそうよ」
「なに?」
そこでベルゼブブは、眉をひそめる。
(俺の仕事の事を知っている?……まあ色々と掛け合ったから、情報が多少漏れるのは仕方ないか)
別段、秘密裏に動いていた訳では無かったので、考えはそこまでにする。そして現在作業が滞っていた為に、それなら会ってみるかと思ったベルゼブブは、ここに連れてくる様、リリスに伝える。
それから、そこまで時間がたたない内に、リリスが客人を連れて帰ってくる。
「おまたせ、こちらが貴方に会いたがっていて、私が参加してる『世界悪女の会』の会員である。ステンノとエウリュアレよ」
そう、彼女が紹介すると、扉から女性、いや少女の外見をした二人が入って来て、入れ違いにリリスはごゆっくりと告げ、出ていく。
その二人の外見の、特徴を言うとすれば、とても美しくて可愛らしく、それでいて華奢で可憐であり、思わず守りたくなる様な魅力があった。そして大きな特徴としては瓜二つの双子であるようであった。
ステンノとエウリュアレと呼ばれた二人の少女は、ベルゼブブの前まで来ると、礼儀正しくお辞儀をして挨拶する。
「初めまして、ベルゼブブ公。私は長女のステンノと言い、こちらは次女の
「まさか、女神が俺に会いに来るとは……。今日はどういったご用件で?」
そう言って、尋ねるベルゼブブに対し、二人の少女は同じ様にクスクスと笑い、ステンノが答える。
「フフフ、貴方なら私達が何故ここに来たのか解るのではないかしら?」
「……やはり、末の妹さんの事で?」
「察しが良いのね。頭がいい人は好きよ。そうよね
「そうね
そう言って、笑い合う少女達。二人は、聖杯戦争にライダーとして参加しているメデューサの姉達である。
ギリシャ神話で有名なゴルゴンの三姉妹の内の二人。元々は、オリュンポスの神々より古い土着の神で、大地に関係の深い神性である地母神だという。
屈託のない仕種、こぼれるような笑顔、無垢な言動。男の夢見る理想の少女。男は名を呼ばれただけで名誉に身体を震わせ、命を賭した守護を約束するという。
しかし現実は、二人が気に入った人間が自分たちに翻弄され、困惑して破滅する様、……よーするにジタバタする様を見るのが三度の飯より好きなのである。数多くの勇者が、無理難題を押し付けられ、泣く泣く故郷に帰っていったという。
ベルゼブブは、名前は知っていたが、そういった彼女達の性格等は知らなかったために、妹の事が聖杯戦争という訳の分からない戦いに身を投じている事が心配何だなと考える。
「妹さんの事が心配で来たのですね?安心して下さい、俺が必ず連れ返しますよ」
「「別にあの娘の事が心配で来たわけではないわよ?」」
「え?」
ベルゼブブは二人に揃って違うと言われ、予想外の事で、固まってしまう。
そんな様子のベルゼブブに構うことなく、ステンノは話を続ける。
「なにか勘違いしてるようですが、私達はあの駄メドゥーサを連れ帰る為に一緒に連れていって欲しいのですわ」
「連れ帰るって、女神であるあなた達がやらずとも……」
「そんな事はないわ!だってあの娘ったら、私達の世話を放り出して、現世に遊びに行くだなんて許せないわ!お仕置きをしないといけないわ。ねえ、
「そうね、
「…………そ、そうでしたか」
最初、ベルゼブブはこの女神二人が本当にリリスと同じ、「世界悪女の会」に参加しているのかと疑っていたが、この少ないやり取りで、その片鱗が嫌という程理解でき、苦笑いを浮かべるだけになる。
「そういうわけで、私達も現世に連れていって欲しいのですわ」
と、ステンノはベルゼブブに確認をとる。
「話は分かりましたが、女神である貴方達を現世に連れていくのには、少々手間がかかりまして。それは難しいですね」
そういうと二人は、そんな事かと言って一枚の紙を差し出す。
「これは?」
「私達の現世に行く許可証よ」
「どうしてこれが!?発行には半年はかかるはずだぞ!?」
「私達がお願いしたら、即OKだったわよ?」
「………………マジかよ」
それから三人は、話を二人を連れていく方向にまとめる。それからベルゼブブは決まったことを、鬼灯に報告するべく電話をかける。
「もしもし、鬼灯です」
「もしもし、俺だ」
「…………オレオレ詐欺ですか?家には息子等はいないので騙されませんよ」
「俺だよ俺!ベルゼブブだよ!!お前わざとだろ!」
「はい、そうですが?」
「~~~~~っ!!」
この様に一悶着はあったが、報告事態はスムーズに進んでいく。
「わかりました。連れてこられるのが、ステンノさん、エウリュアレさん、そしてドレイクさんの三人ですね?」
「ああ、そうだ」
「それにしてもこの短期間で良く、こんな人材を揃えましたね。正直見直しました」
「うん、まあ色々あってな色々」
ほとんど、自分の力では何もできなかったベルゼブブは、笑ってごまかす。
「そういえば、私が頼んでいた物は用意できましたか?」
「ああ手紙ね。ちゃんと用意したよ。したが、お前よくあの人と知り合いだったな」
「ええ、昔世界各地を回っている時、ヒュドラ調理師免許を取ったときに知り合いになりました」
「……なんだそれ?」
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「マスターっ!今すぐに逃げましょう!」
「なんだよライダー!?急にどうしたんだ!?敵か!?」
「いえ何かは分かりませんが、なにかとてつもなく良くない者が近づいている気配が!!」