柳洞寺での話し合いを終えてからは、士郎、凛、セイバーの三人で帰っている所である。
時間はまだ六時前であるが、二月という事もあって辺りは既に日は落ち、冬の寒さが身に染みる。
最近は暖かくなってきたと思っていたが、やっぱり暗くなると寒いな。夕飯は何を作ろうか、思わぬ臨時収入もあったことだし……。今日は少し豪勢にしてみるか。
そんな事を思っていた時である。自分より少し前を歩いていた遠坂が振り返り自分の方を見てくる。
「一旦家に帰って、必要な物を揃えたら士郎の家に行かせてもらうわ。今日からよろしくね。取りあえず今日の夕飯は士郎に任せるわ」
「了解した。…………?今なんて?」
どういう事だ?今聞き間違えでは無ければ、遠坂がこれから家に来る的な事を言ったのか?
「わからない?今日から士郎の家に下宿させてもらうと言ったのだけど」
「なんでさ!?どうして遠坂が家に?」
「おかしな事かしら?これからお互いに協力する関係だし、いつ他のサーヴァントに襲われるか、分かったものじゃ無いでしょ。それなら二人いつでも近くにいた方がいいじゃない」
「それは確かにそうかも知れないが……」
遠坂の言っている事は確かに正しい。しかし、学校のアイドル的な存在である遠坂と一時的とはいえ、同じ屋根の下で暮らすというのは、色々と思うことがある。
しかも今はセイバーがおり、昨晩は隣の部屋のセイバーの寝息が気になり過ぎたため余り寝れておらず。本当にこれ以上はと思い悩む。
「煮え切らないわねぇ。ねえ、セイバー?貴方もその方が良いと思うわよね?」
「ええ、凛の提案は正しい。是非そうするべきだ」
言い淀んでいた士郎に痺れを切らした遠坂は、セイバーを味方に付け更に迫ってくる。
「ああもう分かったよ、好きにしろ!」
美少女二人に真正面から見られ、言い寄られた士郎は視線に耐えきらず、物の数分で折れてしまった。
そんな俺の様子を見て、遠坂がニヤニヤしていた時である。
「ねえ、お話は終わり?」
その場いた三人の物ではない、幼い声が響く。
その様に呼びかけられ、士郎と遅れて凛とセイバーが見た、坂の上には見知らぬ人影が二つ。
「なっ!?」
それを見て、三人共、大小差はあるにしろ皆が同様に驚愕し歩みを止める。
その人影の一つは、まだ小学生と思われる背丈で紫色のコートと帽子を付け、雪よりも純白な可愛らしい少女。
そしてもう一つが余りにも異様だったのだ。背丈はゆうに二メートルを超え、肌は黒く鉛色、この寒い日であるというのに上半身は裸で身動ぎ一つしない。彫刻と言われた方が信じられる程である。
「……バーサーカー」
冷や汗を流しながら、遠坂が呟く。
「あれが!?」
士郎も鬼灯達から情報だけは聞いていた。今回の聖杯戦争で一番危険であるとされるサーヴァント。バーサーカー、またの名をヘラクレス。
こうして対峙しているだけで、濃厚な死の気配が満ち、身動き一つ取れなくなる。
「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」
この状況で少女は、微笑みながら言った。その無邪気さに、背筋が寒くなる。
「やば……。聞いてた以上に桁違いだ」
遠坂はそう溢し、背中越しだというのに、彼女が抱いている絶望が俺の方に伝わってくる。
「ふぅん、あの神父が言ってたことは本当だったんだ」
俺達に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた後、少女は行儀良くスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣り合いなお辞儀をした。
「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」
「…………」
遠坂は、何も喋らずにイリヤと名乗った少女に睨み返す。
そんな遠坂の反応が、気に入らなかったのか、少女は不機嫌そうに呟く。
「はぁ、やっぱり私の事とかも伝達済みのようね……。まあいいわ。やっちゃえ、バーサーカー」
少女は歌うように、背後の化物に命令した。
すると今まで身動き一つしていなかった、バーサーカーと呼ばれたモノが、坂の上からここまで、何十メートルという距離を一息で飛んで落下してくる。
「士郎、下がって!」
セイバーが駆け、バーサーカーの落下地点に入る。
「っ……!」
バーサーカーの岩の塊の様な大剣を、セイバーは見えない剣で受け止め、それにより辺りの空気が震動する。
「くっ!」
口元を歪め、何とか初撃を防いだセイバーだったが、すかさずバーサーカーが鋭い一撃を放つ。
二人の得物がかち合い、辺りに轟音が鳴り響く。二回目の打ち合いは、セイバーの敗北で終わった。バーサーカーの化物じみた怪力に、受け止めたものの、後方に飛ばされる。
「セイバーっ!」
マスターである士郎は、サーヴァントである彼女に対して何もすることが出来ず、ただ見ることしか出来ない状況に腹をたてる。
そして、追い打ちをかけようとバーサーカーが体勢を崩したセイバーに駆け寄ろうとした時である。
何処からともなく、光の弾道がバーサーカーに降り注ぎ、煙を上げ、その歩みを止める。
「いいわよ、アーチャー。その調子でやっちゃいなさい」
どうやら、遠坂がアーチャーに命令を出し、ここから遠い所でバーサーカーを狙撃している様である。
なるほど、あのアーチャーは初めて見たときは、あのランサーと互角に打ち合っていて勘違いしていたが、アーチャーが真に力を発揮するのはやはり、遠距離からの狙撃なのだろう。
アーチャーに援護して貰いながらなら、どうにかできる。その様に士郎と凛がなんとか活路を見いだし、希望を持ち出したときである。
それは、少女の声によって書き消される。
「退屈な横槍は無視しなさい。アーチャーの攻撃なんて、あなたの宝具を越える事なんて出来ないわ」
煙が晴れた所には、少女の言葉通りに傷一つ無く立っているバーサーカー。
少女はもう飽きた様子でバーサーカーに命令する。
「もういいわ、バーサーカー、潰しちゃいなさい」
少女の言葉に合わせて、怪物はまた動きだし、セイバーを潰しにかかる。
バーサーカーの怒涛の攻撃に、セイバーはなんとか対応するが、凌ぐのが一杯の様で、徐々に押されていく。
遂に、耐えきれなくなったセイバーは、またもや飛ばされ、頭からは血を流し、方膝をつく。
そんなセイバーにバーサーカーは、止めを刺す為に大剣を振り上げる。
セイバーもその場にいた誰もが、最早これまでかと思い、士郎はなんとかセイバーをバーサーカーの大剣から逃がせないかと駆け寄ろうとした時である。
「なっ、なによあいつ!?」
少女はいつの間にか、バーサーカーに近寄っていた人物に声を上げ驚愕する。
これが、凛であったなら何をしても無駄だと嘲笑ったであろう。これが、士郎であったなら何故にそんな無謀な事をするのかと落胆したであろう。
例え誰であったとしても、少女は自分のサーヴァントが最強であると信じているので、安心していただろう。
しかし、その場に現れた人影は違った。その背中に鬼灯が描かれた黒い着物を着た男を見ただけで、少女は悟った。あれをなんとかしないヤバイと。
「バーサーカー!!先にあの近くの男をやっちゃいなさい!!」
少女は、先程の余裕の態度とは、打って変わり、焦りながらバーサーカーに命令を出す。しかし、その命令もむなしく、バーサーカーが行動を起こす前に、男は手に持っていた金棒を、空いていたバーサーカーの胴体にフルスイングし吹き飛ばす。
バーサーカーはそのまま成すすべなく、九の字の様に、正に字の如く体をもみくちゃにさせながら、近くの森へと数十メートル程、木をなぎ倒しながら、飛ばされる。
「なっ!?」
その余りにもな光景に、少女を含め全員が驚愕する。
そして、バーサーカーを吹き飛ばした男は喋り出し、膝を付いていたセイバーに手を差し出す。
「すみません。こちらで、バーサーカーを誘き寄せる罠を幾つか張っていたのですが、見向きもせずにそちらに向かわれるとは、対応が遅れました」
「…………!い、いえ。窮地を救っていただき、感謝します」
呆気に取られていたセイバーは、少し対応が遅れた後、鬼灯の手を取り、立ち上がる。
士郎と遠坂は、もうこの人だけでいいんじゃないかと内心抱いた時である。少女の悲鳴の様な叫びが響き渡る。
「う、嘘よ!魔力も何も込められていない、ただの打撃でバーサーカーの命が一つ削られるなんて!?しかもあいつ、サーヴァントじゃ無いじゃない!」
少女は、顔を青ざめ、存在してはいけない化物を見るかのように鬼灯を睨み付ける。
「…………。バーサーカーのマスターさん。無駄な抵抗は辞めて大人しく降伏してくれると助かるんですが」
その様に、鬼灯は少女に降伏するように促すが、少女はそれに対し、見た目相応に怒りながら返答する。
「うるさーいっ!!誰がするもんですか!神父が言ってたのは、貴方の事ね!いいわ、来なさい、バーサーカー!」
少女がそう叫ぶと、バーサーカーは直ぐに少女の元へと駆け寄り、そのまま少女を持ち上げ自分の肩へと乗せる。
「待ちなさい!話はまだ終わっていませんよ!」
逃げる体勢に入ったと気付いた鬼灯は、少女を止めるために近寄っていく。
「ベーだっ!誰が待つもんですか!飛びなさい、バーサーカー!」
バーサーカーは、少女の命令に合わせて直ぐにその場で跳躍し、離脱していく。
流石の鬼灯も追いかける気はないらしく、舌打ちの様な音が聞こえた後、こちらを向き近寄ってくる。
「危ない所を助けてもらい、ありがとうございました」
遠坂が鬼灯に感謝を告げ、士郎もそれに連なり頭を下げ感謝を告げる。
「いえ、感謝される様な事は何も。それよりすみませんでした。こんな事になる筈では無かったのですが」
と言い、今度は鬼灯が頭を下げてくるが、士郎と遠坂は慌てて頭を上げるように促す。
そんなやり取りをした後鬼灯は、今回の経緯について話し出す。
本来であれば、キャスターの協力の元バーサーカーが拠点としている城の回りで、使い魔でちょっかいをかけ、出てきた所を叩く予定であったのだ。
しかし、実際は気づいているのか、いないのかは分からなかったが、それらを無視し一直線に士郎達の方へと来た為に対応が遅れたとの事。
それらをまとめ、話し終わった後。鬼灯は少し考え、士郎に対してこう提案してくる。
「どうやら、バーサーカーのマスターは貴方に対して執着している様ですね。……ふむ。遠坂さんも貴方の所に行くようですし、今日から私もバーサーカーからの護衛の為にやっかいになります」
士郎は、それに対して少し驚いたが、今さら一人増えた所で変わらないかと思い、またいつバーサーカーに襲われるか分からない為に快く了解する。
そうやって、衛宮邸へと皆が歩みだした時である。遠坂が、鬼灯に対して問いかける。
「鬼灯さん、バーサーカーのマスターとはもう会っていたのですか?」
「いえ、あれが初めてですが、どうしてです?」
「あの娘、……イリヤがなんだか貴方の事を知っていた口ぶりでしたので」
「そういえば、言っていましたね。神父がどうとかと」
「神父…………まさかね……嫌でもあいつなら……」
遠坂は何か思い当たりがあるのか、その場で一人考え込み、一人でぶつぶつ話し出す。
「まあ、外は寒いですし、一旦士郎さん宅に行ってから続きを話しましょう」
そんな遠坂を見てから、鬼灯はそう発言し、誰も反対せずに家路についた。
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ここは、ある建物の一室。時刻は夜なので当然なのだが、窓は全て厚いカーテンで覆われ、部屋の照明も最低限な為とても暗かった。
そんな所に男と机を隔てて、男女の三人が話し合っていた。
「で?話って何なの?わざわざ来たから、家に入れたけど。これって本来ルール違反じゃないの?」
女がいる側の、男が疑いの目をもって話しかける。
それに対しもう一人の男は、笑みを浮かべながら返答する。
「本来の聖杯戦争通りであるならばな。しかし、今は緊急事態なのでね、その限りではない」
「……?それってどういう?」
「こちらの情報網によると。不穏分子がこの聖杯戦争に紛れ込み、本来起こっては行けない事が起きている」
「…………」
男は黙りながら、話の続きを促す。
「その不穏分子は、次々にサーヴァントを味方に付け勢力を増やしている」
「なんだよそれっ!?めちゃくちゃじゃないか!」
話を聞いていた男は、咄嗟に立ち上がり声を荒げる。
しかし、もう一人の男はそれに対して気にした様子も無く、話を続ける。
「まだその程度であるならば、今までも一時的に互いに協力するという事例はある。故にそれ事態は、別に問題ではない。しかし、次に起こった事が問題なのだ」
「……なんだよ?」
「不穏分子の勢力に入ったサーヴァントの内、二騎が聖杯とのラインが切れ、あろうことか未だに現界しているのだ」
「なんだよそれ!?ヤバイってレベルってもんじゃないだろ!?」
その反応に、男は意外と頭の回転は速いのだなと、目の前の男の評価を少し上げて話を続ける。
「そうだ。原理は未だに調査中だが、これは聖杯の力無しでサーヴァントを現界出来ると言っても過言ではないだろう。最悪、新たなサーヴァントを召喚する可能性だってある」
「その話が本当なら、どうやってそんなチート連中に勝てばいい訳!?」
ヒステリック気味に叫ぶ男を、もう一人が「まあ、待てここからが本題だ」と言い、落ち着かせる。
「こういった不測の事態に対して、私は監督権限を持って、懐柔されていない陣営で同盟を組むように提案する」
「……他はちゃんと協力するのか?」
「それに関しては問題ない。既にランサー陣営は、快く受け入れてくれて、バーサーカー陣営は、保留だったのだが先程どういう風の吹き回しか、同盟を受け入れてくれた。後は、君達ライダー陣営だけだ」
そして、男は最後に不穏分子を撃破した時は、報酬も出すつもりだと付け加える。
それから、問われた男は即答でこう返す。
「ならこちらとしても、この話は断る理由もない。それでいいだろ?ライダー?」
「はい、私はワカ……いえマスターである貴方に従うだけです」
「そうだろう…………っておい!今お前ワカメって言いかけなかったか!?今までシリアス的な雰囲気でやってたのに、いきなりぶち壊すなよ!」
その様に、少しメタ的な発言をして騒いでるワカメを気にも止めずに、此度の聖杯戦争の監督役である言峰綺礼は、良い返事を聞けて何よりだ、と言い残して部屋を後にした。
今さらですが、鬼灯様は基本慢心しないAUO並みにチートです。