「兄さん!!勝負しよ!!」
――それは二年前、俺が中学三年の夏だった。当時の俺は受験生で、いつものように勉強に明け暮れていた。
中二の妹……飛鳥もそんな自分を応援してくれ、兄妹仲はそこまで悪くは無かった。寧ろ良すぎるくらいで、息抜きのように二人でカードゲームをすることもあった。
「またか……一応俺受験生なんだぜ?」
「大丈夫!!兄さん模試でA判定なんだし、それに私も居るから!!」
「妹に勉強教えてもらう兄ってなんだよ」
軽口を叩きつつ俺は勉強机から離れ、ケースに容れていたデッキとコアを取り出してテーブルに対面で座る。
ターンは着々と進む。お互いにライフを削りあい、化かしあい、笑いあう。
「『メイルシュトロム』ブレイブの『ゼルドナーグ』で攻撃!!ゼルドナ
「うわぁぁ!!またデッキが飛んだぁ!!」
妹は頭を抱えるように項垂れた。当時の俺はデッキ破壊勝利史上主義のプレイヤーで、デッキのカードの大半が相手のデッキを墓地へ送ることに特化したものだった。
「はい、これで俺の18連勝な。……まったく、なんでバトルスピードなら有利の緑カードで負けるんだ?」
「うう……」
逆に妹は今の俺のデッキ……緑の爪鳥主体のデッキで、とにかく速攻パワーデッキなのだが、相も変わらずネクサスばかり引き当ててしまったらしい。
「だいたい、なんでネクサスで重たいのばかり入れてるんだ?『聖者の樹の実』はまだしも、『切り株都市』なんて事故要因だろ」
「だって!!爪鳥を出すにはうってつけだもん!!」
「だもんじゃねぇだろ。つか、シシグイ主体ってのもあんまりな……はっきり言って俺なら使わねぇぞ?」
「あぁ!!また私のエーススピリットを貶した!!」
妹は悔しそうにそういう。俺自身、その時はどうしてそんな使いづらいカードをエースにするのか、良くわからなかった。
「というより兄さんの引きが強すぎるんだよ!!なんで初手でいつも『柱岩』と『要塞』を引けるの!!」
「そりゃ三枚積んでたら来るに決まってるだろ。これでも後攻じゃなきゃ確実に負けるんだからな」
「うぐぐ……兄さんのその強運が羨ましい……」
「はいはい……それで、お前の方は勉強良いのか?」
当たり障りなくそう聞くと、妹はえっへんと、無い胸を張る。
「これでも学年段突一位ですから!!少なくとも、学年30位前後の兄さんには負けない!!」
「そうかよ」
俺はそういうとデッキをしまい、夕飯作りのためにキッチンへ向かう。両親が共働きで、家に帰ってくるのが遅い俺達家族にとって、料理や家事は俺か妹がやる。それが日常だった。
さて冷蔵庫の中身を見ると、殆ど空っぽだということに気づき、どうしようかと悩む。
「う~ん……」
暫く考えた末に、俺は一人で買い物に行くことを選んだ。妹が一緒に行こうかと聞いてくるが、それを柔らかと断りマンションの部屋から出る。
鍵をかけ、外の廊下を進む。途中で宅配業者の人間とすれ違い、仕事御苦労様です、と軽く思いつつエレベーターを降りる。
それが、俺のなかで最後の妹との記憶だった。
――買い物を含め、自転車で往復二時間ほどで部屋に戻った俺が見たのは、警官によって非常線が張られたマンションだった。
「……何だろ?」
そう呟いた俺は、たまたま近くにいた隣人に話を聞いてみた。その瞬間、俺の体から一切の力が抜け落ちた。
――妹が、宅配業者を名乗る男によって刺殺されたのだ。
俺は慌てて警察官に近寄りどういうことか問い詰める。警官も俺のことを探していたのか、場所を移動し、事の次第を話し出した。
話によると、事件が起きたのは俺が出掛けた直後数分後の事だったらしい。犯人は宅配業者の格好をして妹に近づくと、最初に妹は鈍器で気絶させられたらしい。
その後犯人は部屋を物色したらしく、部屋のリビングはかなり荒れていたそうだ。そして、金目のものを奪った犯人は逃走前に意識を取り戻しかけた妹を、慌ててキッチンに置きっぱなしにしていた包丁で滅多刺し……殺したのだ。
その後偶々近くの住人が逃げ去る犯人を目撃し、何事かと覗いた結果通報……そして今にいたる。
しかし、俺はその説明の半分も頭に情報が入ってこなかった。死んだ?妹が?認められない現実に、俺は膝から崩れ落ちる。つい先程まで一緒にカードゲームをしていたのに……。
俺は警察に連れられ、妹の場所へと来る。背中は血だらけ、目は光を発せず、顔も青白く……笑顔だった妹の無惨な姿に、俺は人目も憚らず泣き叫んだ。
すぐに犯人は捕まった……が、それと同時に俺は家族の闇を垣間見るとこになった。犯人は依頼されていたのだ……俺を殺すことを。しかも両親……つまり実の親にだ。
後に逮捕された両親の話によると、俺は父親の兄の息子……つまり血の繋がりは存在しなかったのだ。しかも二人ともが財政的に厳しくなって来たそうだ。はっきり言って両親には、俺か妹のどちらかしか高校へ進ませる事が出来ないほどに切迫していたのだ。
そして二人は考えた……どちらかしか通わせられないなら、血の繋がってる娘にするべきだ、と。その結果、今回の事件が引き起こされ、結果両親の目的とは逆の形になってしまったのだ。
面会に行きその事を直接言われ、俺は絶望した。他人からならいざ知らず、育ての親から要らないと切り捨てられた。さらには誰よりも愛していた妹さえ失った。喪失感は募り、受験勉強はおろか、生きることさえどうでも良くなってしまった。
そんなある日の夜、俺は不思議な光を見た。それは亡くなった妹のデッキで、トップには大事に使われていた『シシグイ』が、どこかもの悲しげな表情をしていたのだ。
「…………要らない存在……か」
その時思ったのだ。俺とシシグイは同じ存在なのだと、他人から必要とされず、無価値と扱われる。けど、俺とは違って『シシグイ』は、誰かのために力になる存在なのだ。
「…………俺は、誰かのために生きれるのかな?」
一人呟いたその言葉に呼応するように、悲しくも雄々しい、鋭い咆哮が耳元を木霊する。まるで、居なくなった主人を思うかのような、そんな声だった。
「飛鳥……俺は……」
この日、『破壊神』と呼ばれ畏怖された青デッキ使いが、『鳥将』と呼ばれる緑デッキ使いになるのだった。妹と、そのエースと共に……。
『がんばってね、兄さん!!』
そんな聞こえるはずの無い、妹の声援を受けて……