「…………」
家に戻った俺は凍士……おそらくは消滅したであろう彼のデッキを再び確認していた。机の上には奴のデュエルディスクが物静かに乗せられている。
見たところは青の……俺の使っていたデッキに、一部のカードが遊戯王のカードになっているぐらいにしか最初は思わなかったが、眺めていくうちに段々と違和感を得始めた。
(『トライ・ポセイドン』、『英雄巨人タイタス』、どれもそれなりに強いけど俺のデッキに入れた覚えの無いカードだ)
さらに言えば、エクストラにもメインにも、何枚か入れていたはずの『アルティメット』が抜け落ちて居たのだ。まぁあれは本当にオマケ程度の枠だったからどうでも良いのだが、ベースにしたならそれなりのカードはあっても良いはずなのに、それがなかった。
(…………それに、あの消え方……色々と細部は違うけど、どう見ても……
両者とも、負ければ消え去るという意味では同じだが、恐らく、今回の場合は後者だ。カードの軸から考えてもそれが妥当。
「…………考えても仕方ねぇ、か」
そう思い、とりあえずデッキを余っていたカードケースに収納し、さらに奴のデュエルディスクを、デュエルディスク専用のケースにしまって外に出る。向かうは隣の部屋……蘭の部屋だった。
インターホンを押すと、少し時間を置いて中からタタタっと歩いてくる音が聞こえる。どうやら帰ってきてはいたらしい。そしてドアが開けられて……
「ブファ!?」
盛大に吹いた。そこにいたのは、薄い黒の透けてるネグリジェに、妙に艶っぽいうなじに、少し紅くなった頬をした蘭が姿を現したのだ。しかも下着を着けてないのか、ネグリジェから素肌が……ってヤバイヤバイ!!
「お、オマ!!な、なんつー格好してんだ!?」
「……人がシャワー浴びてる時に訪ねてくる蓮が悪い……いや、タイミングが良い……かな?」
なるほど、謎の艶っぽさと頬はそういうことか……言われてみれば確かに髪の毛が若干濡れてるし、濡れてるから余計に透けて……ってそういう問題じゃない!!
「よ、用事があるんだ!!と、とにかくお願いだから服を着てくれ!!」
「?ちゃんと着てるよ?」
「透けてるから!!察して!!」
「?…………!!///」
漸く現状が分かったのか、蘭はみるみるうちに顔が紅くなって……ってなんでデュエルディスク展開してるんですか!?しかもスカーライト!?
「変態滅却!!アブソリュート・パワー・フォース!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
四階の廊下から文字通り吹っ飛ばされた俺は、この時ほど理不尽だと思った日は無かった。次からは夜にこいつの家に絶対に来ない……そう心に誓うのだった。
「……ごめんなさい」
数十分かけて漸く戻ってきた俺にかけてもらった言葉は、それだけだった。まぁ、今回は俺のラッキースケベも有ったから仕方ないと言えばそうなのだろうが……
「だからってモンスター使ってぶっ飛ばす必要性を感じないんだが?」
「……仰る通りです」
ちなみに彼女の現在の服装は先と変わらないネグリジェなのだが、下着やらなんやらを着たのかそこまで透けてない。……けど、個人的には勘弁して欲しいんだけど……
「……それで、用事ってなに?」
「あ、あぁそうだった。……あの社長の電話番号を教えてほしい」
俺は漸く本題の内容を彼女に伝えると、彼女は訝しげに首を傾げる。
「?社長の?どうして?」
「……ちょっと気になることがあってな……もしかしたら何か知ってるかもしれないと……」
「そう、でも大丈夫だよ」
大丈夫?その単語はどういう意味だろう?
「だって社長、
「………………はい?」
そんな馬鹿な、そう思いながら振り替えるとそこには
「ハーイ♡」
なぜか天井の板を外して忍者のように頭を逆さにして微笑んでるダメ男の姿が……うん
「…………」
「…………」ニヤニヤ
「…………『エターナル・アベンジ』!!」
「ちょっと待ってそれ君のデッキのモンスターじゃないよね!?あ、あれ?なんか白い光g」
全く理不尽じゃないお約束である。
閑話休題
「さて、いったい私に何のようかね」
「……爽やかに言ってないで服を着替えて天井を直してください、社長」
蘭にジト目で睨まれながら涼しい顔の社長はどこ吹く風で自前の紅茶を飲んでいる。ちなみに格好はお約束のお約束でボクサーパンツにアフロに半裸である。……あとで多分蘭のアブソリュート・パワー・フォースを食らうんだろうな……。
「えっと、ちょっと例え話なんですが……デュエルで人が消えるなんてありえます?」
「…………」ピクッ
俺のその言葉に、社長は紅茶を飲む手を不自然に止める。
「……それは、どんな感じにかね?」
「えっと、まるで5D'sの……負けたダークシグナーみたいに砂みたいな感じで……それが?」
「…………」
社長は何かを迷う風に天を仰ぐが、すぐに紅茶をテーブルに置いて俺に向き直る。
「……簡潔に言えば、デュエルで人が消えることは、あり得ないことはない。寧ろ、エネルギー量だけで言えば簡単にできる」
「……」
「そしてその話……恐らくは今日見せた彼らが関わってる事は間違いないだろう。というより、そうとしか考えられない」
社長さんはどことなく苦しそうに言ってる。
「あの写真の……って、それってどういう?」
「……デュエルマフィアやギャングの中にも、勢力図というものがある。その中で写真の奴等は最近のしあがってきた連中で、何やら変なカードをばら蒔いてると噂になってるんだ」
「変なカード?」
「あぁ、デュエルディスクを使わずに、まるでフィールド魔法を展開したような風景に様変わりするカード……名前は確か……『オープン・ゲート』だったかな?」
「!!」
俺はそこで思わず立ち上がった。間違いない、そのカードは確実に……
「……どうやら、そのデュエリストと既に戦った後のようだね」
「…………はい」
社長に俺は、さっきのデュエルのこと、負けたデュエリストが俺に恨みを持っていたこと、そして……そのデュエリストが砂のように崩れ落ちて消えてしまったことを全て。
「……なるほど、道理で君の名前を聞いたことがあると思ったものだ」
「?彼を知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、二年前、全国大会個人中学生の部優勝者……当時デッキ破壊という珍しいデッキで勝ち進んだとして、一時期プロ評議会で新タイトルの『デッキ破壊』のタイトルホルダーとしてプロ入りすら考えられた実力者だよ」
「!!てことは、蓮がおじさまに勝ったのは……」
「少なくとも、構築と運用が難しいデッキ破壊をマスターしてるんだ、それを考慮すれば二年も経てば辛勝するのだって不自然じゃない」
社長が自慢するように言うが、俺としては過去にそんなことになってたとは思いもよらなかった。
「買いかぶりですよ。優勝できたのも偶々運が良かっただけで、全試合、必ず一試合は負けて三本目でなんとか勝ち進んだんですから」
「謙遜も行きすぎれば傲慢だよ。まぁ別にそれは良いとして……、なるほど、確かにこれは君だけで対処は出来ないね」
「ええ、ですので奴が使っていたデッキとデュエルディスク、これを解析して貰いたいんですが」
そう言って俺はディスクケースとデッキケースを机に乗せる。
「確かに、中身を確認しても?」
「ええ、一応俺が触れても特に異常は無かったので」
そうか、と呟くと社長はディスクケースを開いて現物を確認する。
「ほう、中々珍しい機種だな……」
「珍しい?ですか?」
「ハデス社製の軽量仕様デュエルディスク、カスタマイズが他の機種に比べて簡単なのだが、生産数の少なさと単価が少し張った事で、あまり市場に出回らなかった代物だ。しかもこれは……」
社長はそう言って上からじっくりと観察すると、数秒してケースを閉める。
「確かに受け取った。さて、私はそろそろおいとましよう……」
「すみません、さっきの今でいきなり頼んでしまって」
「なに、気にすることではないよ。その代わり、君たちに頼みたかったこと、それを受けてもらえないだろうか?」
と、にこやかな笑みで言われ、俺は少し苦い顔をしながら頷く。
「結構、なに、内容は至って簡単だ、地区予選ないし全国大会に潜んでいるであろう彼らのばら蒔いたカード……本来遊戯王に存在するはずのないカード達を、可能な限り回収、または持ち主をこちら側に引き込んでほしい」
「……つまりそれって、俺のカードみたいな奴ですよね」
確かに俺のデッキは遊戯王本来の物ではないし、元はバトスピのカードだ。それがどういうわけかこの世界で遊戯王のカードへと変換されてしまってる。しかも歴史までだ。
「そうだ。本来ならそれはすぐにでも処分する必要があるのだが……君たちは寧ろそのカードを使いこなせる、私の直感がそう言ってるんだ」
「……分かりました。でも、俺はアストラルみたいにカードを回収する能力もないし、何よりアンティーデュエルは禁止されてる……そんな中でどうやって……」
「そこは大丈夫さ、それに君は既にプロデュエリスト級の実力者だし、それにとある報告もあるからね」
「報告……ですか?」
「うむ、どうやら彼らがばら蒔いたカードは、情報隠蔽なのか、負けたら消滅するらしい。まぁそれも君が持ってきたデッキを解析すれば何か分かるだろうがね」
「…………そうですか」
俺が呟くと、社長は自信満々に立ち上がる。
「それじゃあ私はここらで失礼するよ。分かったことがあれば後日、すぐに連絡させてもらうよ」
「ありがとうございます」
「なに、礼には及ばないよ、君は卒業したらプロ入りすることはほぼ確定してるようなものだ、これはその前依頼のようなものさ」
そう言って社長は再び天井裏から去っていく。気になってそこを叩いてみるが、そこはまるで最初から繋がっていたかのようにびくともしなかった。