エリート警察が行くもう一つの幕末   作:ただの名のないジャンプファン

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第38幕 決断

 

 

 

剣心が大久保との約束の返答期限となった5月14日がやって来た。

神谷道場の面々はやはり、剣心を京都へ向かわせるのは反対であり、剣心自身も志々雄を抹殺する‥つまり、不殺さずを破る事になる‥それは理解していた‥しかし、志々雄をこのまま放置すれば、この国に住む大勢の人々に厄災を齎す。

それに志々雄との戦いには信女も参戦すると言う。

信女の剣の腕はもしかしたら今の自分よりも上‥志々雄相手にそう簡単に負けるとは思えないが、世の中には絶対などと言うモノはない。

それに人斬り抜刀斎を後継した腕の持ち主である志々雄真実も一筋縄ではいかないだろう。

それ故に苦戦は必至‥‥。

自分の愛する人の為、この国住む大勢の人々の為、自分もやはり戦うべきなのではないだろうか?

剣心の心は未だに揺れていた。

そんな中、恵は首輪と痺れ薬を用意して剣心を拘束しようとしていたが、とりあえず。剣心は大久保の下へと向かうことにした。

 

その頃、東京のとある蕎麦屋では‥‥

 

「ふぇくしょ、えくしょ、ふくしょ、えくしょ!!」

 

盛大なくしゃみをした人物がおり、口から食べかけの蕎麦を飛ばしている。

 

「‥‥」

 

「嫌だ、藤田さんったら、佐々木さん、大丈夫ですか?」

 

「あっ、失敬」

 

「‥‥」

 

店員の女が声をかけた。

斎藤は苦笑いで口々に詫びの言葉を言った。

 

「‥すみません、手拭いを貸してください」

 

「あっ、はい。すぐにお持ちします」

 

斎藤の向かい側の席に座っていた信女は斎藤のくしゃみを顔面にモロくらい、斎藤の唾、蕎麦の汁、麺の切れ端が顔についていた。

 

「ねぇ、斎藤‥時尾に何か言い残す言葉はある?」

 

席を立ち、刀の柄に手をやる信女。

 

「くしゃみは自然現象だ。そんな事に一々目くじらを立てるな。器が知れるぞ」

 

「他人の顔に唾や蕎麦をぶっかけておいて何その台詞」

 

斎藤の発言に顔を引きつらせる信女。

 

「手拭いです」

 

其処に店員の女が手拭いを持って来たので、信女は店員から手拭いを受け取り、顔を拭いた。

 

「そんな事よりもだ‥‥」

 

「そんな事って‥‥」

 

「抜刀斎はどう出ると思う?」

 

斎藤は店の柱にかかっていたカレンダーに目をやる。

 

(さりげなく、話を逸らした!!)

 

そう思いつつ、信女自身も剣心が大久保の依頼を受けるのか受けないのか気になった。

 

(まぁ、神谷道場の人達は必死に緋村を引き留めるでしょうけど、緋村はどうするのかしら?)

 

信女は席に着き、茶を啜った。

 

しっかし、緊迫した静寂は突如打ち破られた。

 

ガラッ

 

蕎麦屋のドアが開き、店内に息を切らせた警官が入って来ると、

 

「あっ、見つけました。藤田警部補!!佐々木警部試補!!た、大変です、すぐに署へお戻りください!!」

 

警官の様子から何かあったのだと思い、斎藤と信女は警察署へと戻った。

 

 

時系列は少し時間を巻き戻す・‥‥

明治11年5月14日、午前8時‥‥

大久保は、麹町区三年町裏霞ヶ関の自邸を出発した。

この日、大久保は明治天皇に謁見するため、2頭立ての馬車で赤坂仮皇居へ向かった。

 

(今日の会議は長引くな‥‥緋村の所に行くのは日が暮れてからか‥‥果たして緋村は動いてくれるだろうか?いや、何としてでも動いてもらわなければ‥‥)

 

大久保は馬車の中で剣心と交わした今日が期限の約束事について、不安を抱いていた。

 

「緋村が動かねば、この国は亡びる‥‥」

 

思わずこの国の未来を口にしたその時、

 

「心配性なんですね‥この国の行く末何て、無用な心配ですよ。今から死ぬ人にはね」

 

「っ!?」

 

馬車の車内には自分以外の人間の声がした。

大久保の視線の先には1人の青年が腰に短刀を帯びて馬車に乗っていた。

 

「なっ!?‥‥むぐっ!!」

 

突如馬車に乗り込んできた青年は大久保の口をふさぐと、

 

「志々雄さんからの伝言です」

 

自分が誰に頼まれてきたのかを大久保に語った。

 

「『緋村抜刀斎を刺客に差し向けようとはなかなか考えたモノだが、所詮は無駄な悪あがきこの国は俺が頂く』だそうです」

 

そう言って腰に帯びていた短刀を抜くと、大久保の額に突き刺した。

そして、青年は誰にも気づかれる事無く馬車を降りた。

やがて、馬車は、紀尾井町清水谷に差し掛かった時、馬車の前方から突如、刀を帯びた6人の男達が立ち塞がった。

 

「石川県士族、島田一郎!!」

 

「同じく、長連豪!!奸賊、大久保、覚悟!!」

 

男達は刀を振りかざし、大久保の馬車へと襲い掛かった。

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

男達は大久保が逃走できない様に馬車の馬と御者、中村太郎を刺殺した。

 

「よし、御者は殺った!!皆来い!!」

 

『おう!!』

 

「大久保出て来い!!」

 

島田が馬車のドアの取っ手を握りドアを開けると、

 

ドサッ

 

中からは既に死亡している大久保が落ちてきた。

 

「っ!?」

 

「し、死んでいる‥‥」

 

「俺達の前に誰が!?」

 

暗殺者達は戸惑いが隠せなかった。

大久保の屋敷からこの紀尾井坂に来るまでの30分間に大久保は何者かに殺され、馬車は大久保の死体を乗せたまま走っていた訳だ。

 

「ど、どうする?」

 

「既に政府と新聞社に斬奸状を送ってしまったぞ」

 

暗殺者達は既に大久保が殺されている事に狼狽する。

 

「どうもこうもない、大久保は俺達が殺したんだ」

 

「島田‥‥」

 

暗殺者の1人、島田は辺りを見回し、自分達以外の人がいないのを確認した後、

 

「目撃者はいない!!大久保は俺達が殺ったんだ!!」

 

そう言って大久保の遺体に刀を突き刺した。

 

「お、おう!!」

 

他の暗殺者達も島田に習い、大久保の遺体に刀を突き刺した。

 

 

「下がれ!!下がれ!!」

 

紀尾井坂には沢山の警官と野次馬が集まり騒然としていた。

その野次馬の中に今日、大久保に会いに行く途中だった剣心の姿があった。

 

「大久保さん‥‥」

 

筵の下に横たわる大久保の遺体を見て唖然とする剣心。

そんな剣心に、

 

「貴方も志々雄さんに歯向かわない方が良いですよ。あんな風になりたくなかったらね‥‥」

 

剣心の背後に若い男の声がして、剣心が振り向くと、野次馬の中から、去って行く1人の青年の後姿があった。

 

(志々雄‥真実‥‥)

 

 

大久保利通暗殺事件、後に日本史に残る「紀尾井坂の変」と呼ばれるこの事件は瞬く間に東京中を駆け巡った。

 

「号外!!号外!!内務卿暗殺!!大久保卿暗殺!!」

 

新聞社では号外が急いで刷られ、新聞配達人が号外をばら撒く。

 

警視庁にある川路の部屋には、川路、斎藤、信女、剣心が集まった。

 

ダンッ!!

 

「これが志々雄のやり方だ!!奴は暗殺の情報を事前に入手していたんだ‥この事件の表側の犯人が歴史上抹殺されるのは計算の内だ‥自分達は決して表に出ず一斉蜂起の時までに政府の力を徐々に排除していくつもりなのだ‥‥大久保卿‥‥」

 

机を叩き、志々雄ヘの怒りと、大久保の無念を思って涙する川路。

信女はそんな川路を無表情で見つめ、斎藤は壁に身を預けている。

 

「失礼します」

 

そこへ1人の男が川路の部屋に入って来た。

 

「福島県令の山吉殿…大久保卿と言葉を交した、最後の人だ…」

 

川路がこの男の事を信女達に説明した。

山吉は今朝、最後に見た大久保の様子を信女達に語った。

大久保曰く…国家の基礎を固めるには、30年の月日が必要であり最初の10年は創業の時期、そして次の10年は発展の時期、最後の10年は守成の時期だと山吉に語り、中でもこれからの10年、発展の時期は最も重要な時期であると捉え、自らが先頭にたってやりとげようとしていた。

そして30年かけて大久保が創ろうとしていた理想の日本。

それが、国民国家、ネイションステイト‥‥。

この国がネイションステイトになった時に漸く維新は完成されるのだと大久保は山吉に語ったと言う。

 

「国民国家、ネイションステイト‥‥江戸やこれまでの明治の様に 御上が全てを決めるのではなく、すべての国民が政治に参加し、国民が自分達の道を選んでいく国家‥‥」

 

「壮大すぎる理想だ」

 

信女と斎藤の言葉に、川路は肩を震わせ声を絞り出した。

 

「だが、信じるに足る理想だった…大久保卿さえ健在ならば…」

 

沈黙の中、山吉がおずおずと口を開いた。

 

「失礼ながら、いつもは寡黙な大久保卿が珍しく今朝は多弁でした‥今日は何か、日本の行く末に関わる大切な日だったのでしょうか?」

 

「‥‥」

 

山吉の言葉を聞き、剣心は大久保が真にこの国の事を思っていたのだと悟った。

そして、川路と山吉を部屋に残したまま、3人は警視庁の廊下を歩いていた。

 

 

「川路殿は随分、気を落としていたでござるな…」

 

「あいつはもともと、大久保卿にその才覚を見出された男だからな…」

 

「でも、大変なのは川路だけじゃないわ…」

 

信女は斎藤と剣心の2人の前に進み出て振り返った。

 

「これで維新三傑の最後にして、最大の指導者が失われて、政界には力不足の二流三流のカスばっかり‥‥これから確実に…日本の迷走が始まるわ。そして、その隙を志々雄は絶対に見逃さない」

 

信女の瞳には、困惑や憂いなどの迷いは一切無く、自身が己の中で定めた正義の色がハッキリと映っていた。

 

「信女‥それでお主は‥‥」

 

「私は予定通り、斎藤と一緒に京都へ行くわ」

 

「‥‥」

 

「‥緋村、もし京都へ行くのであれば、今日の夜までに返事を頂戴」

 

そう言い残し、信女は警視庁の廊下を歩きだし、斎藤も信女と共に歩き出す。2人の後姿を剣心はジッと見つめていた。

そして、その日の夜、斎藤と信女は剣心の下を訪れた。

 

「やっと 京都へ行く決心がついたか。神谷の娘に別れは言って来たか」

 

剣心はあの後、神谷道場へと戻り、京都へと旅立つことと、薫に別れを告げていた。

斎藤の発言に対して剣心は彼を睨みつけた。

 

「すまん 失言だった 。これからは志々雄一派と共に闘う同志なんだ。仲良くやろうぜ」

 

「共に闘う?」

 

斎藤の発言に怪訝そうな顔をする剣心。

 

「ああ 大久保暗殺の余波で川路の旦那に色々と雑用が増えちまってな、京都での現場指揮は俺が執る事になった…なんだそのものすごく嫌そうな顔は?」

 

「別に‥‥」

 

そんな剣心に斎藤は志々雄討伐についての事情を説明した。

 

「とにかくついて来い。今から横浜へ行けば朝一番の大阪行きの船に間に合う」

 

踵を返して、用意してある馬車へと向かおうとする斎藤。

そんな斎藤に対して、剣心は、

 

「いや、拙者は東海道を行く」

 

と、海路ではなく陸路で京都へ向かうと言う。

 

「なんだ、文無しか?船代ならちゃんと政府の方で出すぞ」

 

「そうよ、緋村。これは元々政府の連中が過去にしでかした汚点なんだから、資金ぐらい出してもらわないと割に合わないもの」

 

「そんなのではござらん」

 

斎藤と信女は剣心がお金の持ち合わせがないから、お金のかからない陸路で向かうと思った。

剣心はそんな2人の考えに対して心外だと言わんばかりの顔をして、理由を話す。

 

「大久保卿暗殺の件を見てのとおり志々雄一派は神出鬼没の連中だ。船でいきなり急襲してくる事も充分考えられる、逃げ場のない船上の闘いとなれば何も知らない人々を巻き込みかねん」

 

「…考え方は相変わらず"流浪人"か。平和ボケもたいがいにして早いうちに"人斬り"に戻った方が身のためだぞ。なんならもう一度 ここで闘っておくか?」

 

斎藤が刀の柄に手をかけると剣心も抜刀の構えを取った。

 

「止めなさい、2人共。今は時間が惜しいの、こんな所で無駄な時間をくっている暇はないわ」

 

信女の言葉に斎藤と剣心は渋々と言った様子で警戒を解いた。

 

「‥斎藤、お前との闘いにはいつでも応じてやる、だが拙者は これ以上抜刀斎に戻る気はない。この一件に誰1人 巻き込む気もない。そのために拙者は1人を選んだ」

 

(緋村、早速フラグを立てたわね‥‥)

 

剣心はこの件に誰も巻き込まないと言っているが、果たして彼の言う通りそう上手くいくだろうか?

そんな疑問が過ぎる信女。

 

「ふん、まぁいい、どの道を選ぼうが京都に着けば問題ない。常人なら10日前後の道のりだか、お前なら5日もあれば充分だろう?だが、志々雄は全国に蜘蛛の糸の様な情報収集の網を張っている。お前の行動は 全てお見通しのはず。忘れるな 志々雄との闘いは既に始まっている事をな‥‥」

 

「でしょうね、手駒の兵の数が多ければ、海路と陸路、両方に兵を配置しておけば、確実‥‥斎藤の言う通り、志々雄は緋村の思考も読んでいる筈‥‥それなら、私も緋村と一緒に陸路で京都へ行くわ。ちゃんと陸路で行けるように靴もブーツにしてあるし」

 

信女の言う通り、彼女は何時もの革靴ではなく、ブーツを履いていた。

 

「信女?」

 

「もし、大久保が暗殺されていなかったら、緋村は京都へ行かなかったかもしれない‥でも、彼が志々雄一派の手にかかって暗殺されたのなら、緋村はきっと、行くと思っていた‥それも陸路を使って‥‥だから、警官の私が一緒に付きあってあげる。緋村、未だに廃刀令違反ですもの」

 

信女が剣心の逆刃刀を見る。

 

「あっ‥‥」

 

信女の指摘に剣心も腰に帯びている逆刃刀を見る。

 

「警官の私と一緒に居れば、廃刀令違反で他の警官に追いかけられる心配はないわ」

 

「‥かたじけないでござる」

 

「それじゃあ、斎藤。京都で会いましょう」

 

「ああ、道中、抜刀斎のお守りを任せたぞ」

 

「お守って、心外でござるよ斎藤。拙者は子供ではござらん」

 

 

「了解。さっ、行くわよ。緋村」

 

「の、信女~おぬしまでもそう言うでござるか?」

 

信女は斎藤に敬礼した後、剣心の肩を一度、ポンと叩いた後、剣心と共に京都への旅路へとついた。

 

 

 

・・・・続く




ではまた次回。

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