エリート警察が行くもう一つの幕末 作:ただの名のないジャンプファン
ある非番の日、信女は時尾の誘いで陸蒸気にて横浜へと向かった。
横浜へと向かえばドーナツを食べる事が出来る。
その思いが信女を突き動かした。
今回信女と時尾が乗った陸蒸気にはイギリスの大商人が大量の小判と共に特別車で便乗した。
そして、何やらキナ臭い事件も起きようとしていた。
走る陸蒸気から車窓を見ていた信女がふと時間を確認しようと懐中時計で時刻を確認した時、妙な事に気づいた。
(おかしい‥‥そろそろ車掌の検札がある頃なのに‥‥)
以前、伊豆へと向かう時に乗った陸蒸気では、決まった時間に車掌による検札があった。
しかし、今はその検札の時間を過ぎている。
「信女さん、どうかしましたか?」
懐中時計を睨んでいる信女に時尾が尋ねる。
「ちょっと車掌に確認することがあるから、時尾は待っていて‥‥」
「えっ?あっ、はい」
信女は時尾にこのまま席で待っている様に言うと、先頭の車掌室へと向かった。
その頃、機関車では機関助手が釜に石炭を放り込んでいた。
「ふぅ~」
ある程度、石炭を釜に放り込み、速度が上がって来た時、
「おーい!!」
「ん?」
車両から車掌が声をかけてきた。
「車掌だ。大変な事が起きた。すぐに汽車を止めねばならん」
「ん?」
汽車のシリンダーの音で良く聞こえなかった機関士は耳に手をやる。
その仕草から自分の声が届いていないと判断した車掌は先程よりも大きな声で機関士に言う。
そんな時、信女も先頭車両に到着し、先程車掌が汽車を止めろと言う声を聞いていた。
(汽車を止める?なんで‥‥)
「ん?‥っ!?」
車掌と機関士とのやりとりを見ていた中、信女は車掌室で縛られている車掌を見つけた。
信女は汽車に向かって声を上げている車掌に気づかれない様に車掌室へと入り、車掌を縛っていた縄を解く。
そして、頬を叩いて車掌を起こす。
ペチペチ‥‥
「うっ‥‥」
「起きなさい」
「うぅ‥‥こ、此処は‥‥」
「地球よ‥じゃなくて、車掌室よ。何があったの?」
「と、突然の事で‥で、でも、車掌室のドアを開けたら、別の車掌が居て、ソイツに‥‥」
「なるほど‥じゃあ、あそこにいる車掌は偽物ってことね」
「あ、ああ‥‥あんな顔の奴、見た事がない」
「じゃあ、ちょっと行って来る‥‥片が付くまでもう少し此処に居て」
「わ、わかった」
信女は本物の車掌にそう言って車掌室を出る。
「特別車の客が直ぐに止めろと言っている!!」
今度は声が聞こえた様なのだが、機関士達は顔を見合わせる。
「なんか妙だな」
「そうですね」
「おい、お前なんて名前だ!?見ない顔だが」
機関士は車掌の制服を着ているが、見慣れない顔の車掌に名前を尋ねる。
「どうした?答えろ!?」
「ちっ」
すると、車掌は豹変し、隠し持っていた短刀を取り出す。
「「っ!?」」
突然の短刀の登場に驚く機関士達。
「いいから止めろ!!」
声を荒げ汽車を止める様に脅す偽物の車掌。
そこへ、
「汽車を止める?‥認められない‥‥」
「な、なんだ?テメェは!?」
「通りすがりのおまわりさんよ」
「け、警官だと!?なんで、警官がこの列車に!?」
「ドーナツが私を待っているの‥‥此処で汽車を止められたら、ドーナツが食べられないじゃない」
「な、何を訳の分からない事を‥‥」
「私のドーナツ道を邪魔するなら、容赦しない」
信女の身体からは薄紫色の妖気な様なモノが出ているように見えた。
「ちっ」
偽車掌は信女のオーラに当てられて屋根の上に逃げる。
信女も偽車掌を追って屋根の上にあがり、偽車掌を追いかける。
屋根の上からドンドンと足音が聴こえ、乗客たちは、
「なんの音だ?」
と騒めく。
そんな中、乗客の1人が座席を立った。
(やれやれ、この橋は大変だ‥‥全く、商いと言い強盗と言い、計画通りにはいかないものだ‥‥)
その乗客は最後尾の特別車両へと向かった。
その頃、車両の屋根の上では‥‥
「ちっ、しつこい野郎だ」
「一応、警官だから犯罪者を取り締まるのも仕事なのよ」
「くそっ!!」
偽車掌は短刀で信女に襲い掛かってきたが、
「遅い‥‥」
偽車掌とすれ違いざま、信女は抜刀術で偽車掌を一刀のもと切り伏せた。
「ぐはっ」
偽車掌は口から血を吐きその場に倒れた。
信女が屋根の上で偽車掌を切り伏せた頃、最後尾の特別車のドアをノックする者が居た。
コン、コン
「何の用だ?」
イギリスの商人に遂行していた秘書が対応に出ると、其処には拳銃を構えた男が居た。
「な、なんだ!?お前は!?」
「騒ぐな‥下手な真似をすれば、身体に風穴が開く事になるぞ」
男は拳銃を構え、秘書にイギリス商人達を縄で縛らせた。
「ご主人、人前で運んだりしちゃいけないなぁ‥‥あれじゃあ警備の数も程度も知れちまう。『持って行ってください』って言っている様なもんだ」
拳銃で脅されイギリス商人は怯えつつも積み荷である小判を奪われる事に悔しさを感じている。
「おい、連結器を外せ」
拳銃男は次に車両と車両を繋ぐ連結器を外す様に秘書に言う。
そこへ、
「へぇ~まだ仲間が居たんだ」
信女が声をかけてきた。
「なっ、お前は‥‥アイツはどうした?」
「アイツ?ああ、あの偽車掌ね‥‥斬った」
「き、斬っただと!?」
信女のあっさりとした回答に驚く拳銃男。
「さあ、どうする?投降する?それともその拳銃で私と勝負する?」
信女は抜刀術の構えをとる。
「くっ」
拳銃男はイギリス商人を人質にしようとするが、その動きを見抜いた信女は拳銃男の拳銃を持っている手の甲に向かって小柄を投げる。
ザシュッ
「ぐぁっ!!」
手に走る激痛に思わず拳銃を落す拳銃男。
「ぐっ‥‥だが、これで、勝ったと思うなよ」
血が流れる手を押さえながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「?」
信女はこの拳銃男の言っている意味が分からず首を傾げる。
その直後、
ギギギギギギィ‥‥
機関車が急ブレーキをかけた。
「な、なに?」
線路の上には丸太が積み上げられて汽車の通行の妨げになっていた。
「なんだ!?」
「何があった?」
「止まった‥陸蒸気が止まったぞ」
突然の急停車に乗客たちも騒めく。
そして窓の外を見ると、そこには沢山の小型の帆船がおり、汽車を包囲するかのように近づいてきた。
「か、海賊だ!!」
帆船に乗っている人の姿を見て、乗客たちが騒ぎだす。
「フフ、お前のおかげで手順が狂ってしまったが、まぁいいだろう。小判を運び出すまで大人しくしてもらおうか?」
拳銃男は怪我をした別の方の手に拳銃を持ち、信女に銃口を突きつける。
そして海賊達は船から降り、線路に上がり始めた。
「大人しくしていれば、手荒なことはせんよ。私は紳士でね、血を見るのが嫌いなのさ」
「そう言っている割には自分の手からは血を流しているけど?」
海賊が迫りつつある中でも信女は表情を崩さない。
「黙れ!!この状況を見ていつまでその余裕を続けていられるかな?」
信女の態度にむかついた拳銃男は声をあらげる。
「くっ、この!!」
すると、秘書が拳銃男に掴みかかった。
「このっ‥‥」
突然の秘書の抵抗に苦虫を噛み潰したように顔を歪める拳銃男。
拳銃男は信女のせいで片手が使えない状況で、秘書を振り払い、
「コノヤロー!!」
秘書に拳銃を向けるが、信女が反撃する時間には十分だった。
「ふん!!」
ブシュッ
信女は拳銃男の腕を斬り落とす。
「ぎゃぁぁぁ!!腕が!!俺の腕が!!」
スッパリと斬られた腕を見て、叫ぶ拳銃男。
そして信女は叫んでいる拳銃男の後ろ襟を掴み沿線の海へと叩き落とす。
「外の海賊を片付けてくるから、縄を解いておいて」
「あ、ああ‥‥」
秘書に縛られているイギリス商人達の事を任せ、信女は線路に立つ。
「さてと‥‥海賊さん、折角来てもらったのに残念だけど、急いでいるの‥‥尻尾撒いて帰る?それとも此処で死ぬ?今の私はちょっと機嫌が悪い‥‥貴方達のせいでドーナツを食べる時間が遅れているから‥‥」
信女は線路に居る海賊たちを睨みながら言い放つ。
楽しみにしていたドーナツをこんなくだらない連中にお預けされているかと思うと無性に腹が立って仕方がなかった。
「ふざけるな!!」
「女の分際で!!」
「野郎どもやっちまえ!!」
「おおー!!」
海賊達が武器を振りかざし信女に襲い掛かる。
しかし、海賊達は信女の振る飛天御剣流の剣の前に次々と斃されていく。
信女の周りにはあの薄紫色のオーラがあり、動きは残像を残すかのように素早く、そして的確に相手の急所を突いて行く。
「な、なんだ?この女‥‥」
「ば、化物だ‥‥」
「聞いた筈よ‥『尻尾撒いて帰る?』って‥でも、逃げなかった事は此処で私に斬られる覚悟があったんでしょう?」
「ひぃ!?」
「た、助け‥‥」
ザシュっ!!
ブシュッ!!
「ぐぁぁぁー!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
線路に居る海賊をあらかた片付けると、
「馬鹿め、此処からどうやって逃げ出すつもりだ」
信女に腕を斬られたあの拳銃男は海賊船に助けられた様で、船の上で手当てを受けながら、信女の行動を見る。
信女は車両の屋根を伝って先頭まで行き、線路を塞いでいる丸太の前に立ち、
「邪魔なモノは取り除くだけ‥‥」
そう言って飛び上がり、
「飛天御剣流‥龍槌閃!!」
信女は線路を塞いでいた丸太を一刀両断にした。
「そ、そんなっ!!」
「バカなッ!!」
船の上に居た海賊達はあまりにもその光景が信じられず、唖然としていた。
「邪魔物は片付けたわ。今のうちに」
「分かった」
障害物が取り除かれ、機関士達は再び汽車を動かす。
陸蒸気は煙を吐きながら動き出す。
「追える者は追え!!逃がすな!!」
海賊達は走り出した陸蒸気を追いかけるが、風の力かオールで動かす帆船と蒸気機関車では、勝負にならず、蒸気機関車と海賊船との距離はどんどん差が開いていく。
(鈍足とは言え、帆船と蒸気機関車とでは勝負にならないわね)
離れて行く海賊船を見ながら信女はそう思った。
「そ、そんな‥‥こんなことが‥‥」
「あの女‥一体‥‥」
海賊船の上では海賊達が呆然としながら離れて行く蒸気機関車‥というか、信女を見ていた。
「ただいま‥‥」
海賊を片付け、時尾のもとに戻って来た信女。
「何処へ行ってたんですか?」
「海賊を追っ払っていた‥‥」
時尾に今まで自分が何をしていたのかを話し、「ふぅ~」と一息ついて席に座る信女。
(やっぱり、この格好で来て正解だったわね‥‥)
今回、自分が洋装をチョイスした事で良かったと思う信女。
もし、時尾と同じように着物姿で来ていれば、あそこまで激しい動きは出来なかった。
途中、海賊と言うアクシデントがあり、到着時刻が遅れたが、信女と時尾を乗せた陸蒸気は何とか横浜駅に着くことが出来た。
横浜駅のホームに降りた時、信女はあの特別車両のイギリス商人に呼ばれ、
「貴女のおかげで、大切な小判をとられずに済みました。ありがとうございました。これはほんのお礼です」
と言われて、小判を一両貰った。
信女は特にお金には執着しないので、藤田家の財政を管理している時尾に小判を渡した。
突然小判を渡された時尾は大変驚いていた。
「さあ、行きましょう。ドーナツが私を待っている」
信女はようやくドーナツが食べられると思い、時尾の手を掴んで横浜の町へと繰り出した。
この時の信女は無邪気な子供の様に微笑ましい表情をしていたと後に時尾は斎藤に語った。
・・・・続く
ではまた次回。