エリート警察が行くもう一つの幕末 作:ただの名のないジャンプファン
東馬と接触した後、堀部の私塾へと戻った信女は堀部に先程東馬と接触した事を話、今夜彼らが誰かを暗殺する事を伝えた。
「そうですか‥‥何としてでも東馬を止めなければ‥‥しかし、奴は一体誰を‥‥」
暗殺の標的が誰なのか分からなければ、止めるに止められない。
「‥標的の検討はついている」
「本当ですか!?」
「ええ」
「では、急ぎその人に知らせなければ‥‥」
「でも、いいのかしら?」
「?」
「その人は元維新志士‥貴方にとってはかつての敵対者」
「かまいません。東馬にこれ以上の罪を重ねさせるわけにはいきませんから」
「そう‥じゃあ、案内してあげる」
「お願いします」
信女と堀部はある所へと向かった。
その最中、
「佐々木さん」
「何?」
「その‥出来れば、東馬達は斬らないでもらいたい」
「何故?」
一応、東馬は生きて捕縛せよと言われているが、その他のメンバーはやむを得ない場合は切り捨てて良いと言われている。
彼らの暗殺を阻止する時、必ず彼らは抵抗するだろう。
そうなれば、切り捨てて構わない「やむを得ない場合」が適用される。
堀部の私塾での時もそうだった。
「あれでも、私の弟子達‥‥教え子達なのだ‥‥罪を犯したのであれば、その罪を償ってもらいたい‥‥」
「‥随分と残酷な事を言うのね、貴方」
神風隊のメンバーはこれまでの殺人を踏まえるとどう考えても極刑は免れない。
例え、信女が切らなくても死刑台へ送られるのは既に決まっている。
それならば、罪人として死刑を受けるのと剣客として信女と戦い討ち死にするのとどちらを彼らが選ぶのかは分かる筈だ。
それを堀部は敢えて罪人として裁かれる方を選んで信女にそれを頼んだ。
しかし、堀部としてはそれでも少しでも罪を償ってもらいたいと願っていた。
「まぁ、考えておく」
信女は堀部に一言そう呟いた。
その後、信女と堀部ちょっと寄り道をした後、神風隊が今夜暗殺するであろう人物がいる所へと向かった。
夕刻、東京のとある料亭の離れでスーツ姿の男達が密会をしていた。
「いよいよ、山県陸軍卿ですか‥‥橋爪さん」
「あの石頭め、我々が大商人と結託していると前々から目の仇にしていたからな。政治に金が要るのは当然のことだ」
「その通りですな」
「決行は今夜、迎賓館で行われる夜会の帰りに行う。まもなく片付く」
「ところで神風隊はどうするおつもりで?奴らの希望通り、要職に取り立てるおつもりですかな?」
「まさか、片がつき、役目が終わったら全員死んでもらう。今時、剣客なんて暗殺にしか、使い道はあるまいて」
「そうとは知らず馬鹿な連中だ」
「全くだ」
『ハハハハハ‥‥』
神風隊の出資者、橋爪琢磨とその仲間の政治家、官僚は神風隊の今後の事を言い合いながら、笑っていた。
これまで、自分達の為に暗殺をして来た彼らをまるで、使い古した雑巾を捨てるかのように‥‥
そして、夜も更け、迎賓館で行われたある夜会の中、その夜会に出席をした山県はその疲れの為か、一足先に帰ることにした。
「では、これでお先に失礼させていただきます」
帰り際、
「山県陸軍卿」
山県はある男に声をかけられた。
「なんですかな?橋爪さん」
山県に声をかけてきたのはあの神風隊の出資者である橋爪であった。
「近頃は物騒故、くれぐれも御気をつけて‥‥」
「お気遣い痛み入ります。では‥‥」
山県は礼を言って迎賓館の玄関口に止めてある馬車へと向かった。
その後姿を見て、橋爪はグラスを傾けて一言呟いた。
「さらばだ‥‥山県‥‥」
山県が明日の朝日を拝むことはないだろうと橋爪はこの時そう思っていた。
山県が迎賓館前に停めてある馬車のドアを開けると、
「むっ!?」
山県は驚いた顔をした。
その頃、近くの森ではコウモリが飛び交う中、
ザシュっ!!
「ピギャァ」
一匹のコウモリの両羽が斬られた。
(今に見ていろ‥私が剣を捨てた堀部平八郎とは違う‥‥あくまで剣客としてこの明治を生き抜く‥そのためにもこの剣一本で世の中を変えられることを‥証明してみせる)
「榊様!!」
「いよいよ、山県か‥‥行くぞ!!」
「ハッ」
精神統一を終えた東馬は山県を襲う場所へと向かった。
街路樹の影に潜む東馬達神風隊。
其処へ一台の馬車が近づいてくる。
(あれか‥‥)
東馬は目を細める。
確かにその馬車は政府の高官がよく使用する高級感のある大型の馬車で馬が二頭引いている。
やがて、馬車が襲撃ポイントまで近づくと、東馬は刀の柄に手を伸ばし、
「山県陸軍卿の馬車とお見受けする!!」
突如、山県の馬車の前に飛び出して来た。
「うわっ!!」
御者は突然前に飛び出して来た東馬を轢かない様に馬車を右にきる。
そして、神風隊は馬車が逃げる事が出来ない様に背後からも馬車を取り囲む。
「我等神風隊、義によって天誅を下す!!覚悟!!」
東馬は馬車に乗っているであろう山県を斬る為、馬車へと迫る。
すると、馬車のドアが開き、そこから出てきたのは‥‥
「ぬっ!?き、貴様は!?」
東馬は馬車から降りてきた人物を見て驚く。
馬車から降りてきたのは山県ではなく、信女と堀部の2人だった。
「ほ、堀部さん‥それに女警官‥‥なぜ其処に!?山県は如何した!?」
「山県は途中下車してもらったわ」
信女は東馬達に山県が馬車に乗っていない経緯を語った。
それは、山県が迎賓館を後にし、玄関前の馬車に乗った時のことだった‥‥。
「むっ!?」
誰も乗っていない筈の山県の馬車には1人の警官と着物姿の男が乗っていた。
「誰だ?君達は?」
「話なら馬車の中でするわ。早く乗って」
「‥‥」
山県は警戒したが、一応警官の制服を着ているので、信女の指示に従い馬車に乗った。
そして馬車はゆっくり山県の屋敷へと向かい走り出した。
「それで、君達は何者だ?」
山県は懐に持っている拳銃に手をかけて信女達に正体を尋ねる。
「一応、私はあの西南戦争で抜刀隊の一員だったんだけど、陸軍卿の前だから、包み隠さずに名乗る‥元新撰組、監察方兼三番隊組長補佐、今井異三郎」
「なっ!?」
「元新撰組!?」
「それで、此方は元京都見廻組の堀部平八郎」
信女は自分の正体を聞いて驚いている堀部に代わって堀部の事を山県に紹介する。
「元見廻組に元新撰組の2人が何の用だ?戊辰の仇討ちか?」
山県は顔を冷や汗だらけにして尋ねる。
「そうね、やってもいいけど、今の日本に貴方は必要な人材みたいだからやめておくわ。ただ、私以外の怖い人達が、今日貴方の命を狙っている」
「?」
「神風隊‥‥聞いた事ぐらいはあるでしょう?」
「あ、ああ、最近世間を騒がしているあの暗殺集団‥‥」
「その暗殺集団に殺された人達にある共通点があったのよ」
「ある共通点?」
「ええ、殺された人達は確かに汚職の疑いがあったけど、それとは別にみんな、ある人物と敵対していたのよ」
「そ、その人物とは?」
「橋爪琢磨」
「橋爪琢磨‥‥あの橋爪さんが?」
「知っているみたいね」
「あ、ああ。先程の夜会にも出席していた‥‥むっ、そう言えば‥‥」
「何か思い当たるフシがあるようね?」
「ああ、迎賓館から帰る時、彼に声をかけられた‥‥そうか、そう言う事だったのか‥‥」
信女の話を聞き、山県は先程迎賓館を出る時、何故、橋爪が自分に声をかけてきたのかを察した。
あれは、皮肉を込めた橋爪の別れの挨拶だったのだ。
「この先に浦村署長と警官隊が待機している場所がある。貴方は其処で降りて‥神風隊の対処は私達がやる」
「ああ、分かった」
山県の馬車は予定コースから一時外れ、警官隊が待機している路地裏へと入り、警官隊が待機している場所に止まる。
「山県閣下、御無事でなによりです」
浦村署長が敬礼して山県を出迎える。
「浦村君、君の優秀な部下に救われたよ。感謝する」
「恐縮であります」
「じゃあ、署長、行ってきます」
「うむ、頼んだぞ」
そして山県を下ろした馬車は予定のコースに戻った。
「‥‥って、事」
信女は東馬に山県が馬車に乗っていない事を話した。
「おのれ~我等神風隊をどこまでも愚弄しおって‥‥」
「東馬、これ以上罪を重ねるな‥目を覚ますのだ」
「ふっ、丁度口封じの手間が省けたものだ。貴様らを切った後、山県を斬れば済む事」
「それよりも少しは自分の身の安全を考えたら?」
「どういう意味だ?」
「政治家御用達の暗殺家‥‥貴方にとっては聞こえは良いかもしれないけど、抱えている政治家にとっては、貴方は都合のいい道具であり厄介な荷物なの。役目が終われば、即処分...」
「何を馬鹿な事を!!」
「貴方の飼い主が捕まれば、分かる事」
「たわけた事を」
「信じる、信じないは貴方の勝手‥さあ、始めましょう?」
信女は刀を抜き構えると神風隊の隊員達が、
「でぇぇぇぇ!!」
「うぉぉぉぉー!!」
一斉に斬りかかってきた。
「バカね‥‥」
信女は火野派一刀流の神風隊の動きを完全に熟知していた為に最低限の動きのみで斬っていった。
「はぁ~貴方達の動きはもう見飽きた‥‥」
神風隊の隊員達は次々と斬りかかって来たが、信女の完全な瞬殺劇により残り1人になった東馬。
「な、何だと‥‥我等神風隊が‥‥たった1人の女如きに‥‥」
東馬は目の前の現実が信じられず、悔しさで苦虫を噛み潰したような顔をする。
「何という剣だ。この人‥人を殺す為の技を極めきっている。」
堀部も冷や汗を垂らした。
信女の剣はそれ程脅威なのだ。
自信過剰の者にとって信女の剣を自分より下に見てしまう。
それは信女が女と言う外見に騙されているからだ。
だが、堀部や剣心のように戦線から足を洗いつつもそれでもなおある程度の実力を有している一流の剣客から見ればその様な目の贔屓がない。その為にレベルの差がはっきりする。
「これでも、時代は動かない。これでも大事な人は守れない。貴方はこれを超えられるの?」
「うっ‥‥」
信女の言葉に東馬は言葉が詰まった。
「分かった?少なくとも剣のみじゃ時代は動かない、時代を動かしたいならもっと大きな物背負う事ね、自分1人じゃ背負いきれない位大きな...」
「黙れ!戯言はこれを見切ってから吐け!!」
東馬は紫電連牙の太刀を放った。此の前の様に殺ってもいいが堀部からの頼みもあり、
一太刀目を躱して相手の懐に潜り柄頭で鳩尾に思いっきり衝撃を与えた。
ドン!
「ぐほぉ!?」
「これでいい?」
刀の柄で鳩尾を思いっきりド突かれて蹲る東馬。
信女の剣に圧倒されていて声が出なかった堀部。だが自分との約束を覚えていたのを驚いた。
倒れている神風隊の隊員達も斬られはしたが、死んでいる者は1人もいなかった。
「あ、ありがとうございます。」
「な、何故だ‥‥何故、二の太刀、紫電連牙の太刀を躱せた」
「紫電連牙の太刀と言うのか‥アレは‥‥」
火野派一刀流の元師範代である堀部も先程の東馬の技は知らなかった様だ。
「東馬、その技は最初から初太刀を躱されれば、すぐに二の太刀を放つ技だな?だが、その為にお前の初太刀は自然と浅くなる‥そこから二の太刀が来る事など、佐々木さん‥いや、今井さんには見切られていたのだ。一撃必殺あらずば、すなわち紫電の太刀あらず!!」
堀部の指摘に項垂れる東馬。
「所詮お前の太刀は天誅などと自惚れた殺人剣に過ぎなかったのだ‥‥」
そこへ浦村署長が一台の馬車と警官隊を引き攣れて駆け付け、倒れている神風隊の隊員達を捕縛していく。
そして、馬車からは橋爪琢磨が降りてきた。
「橋爪さん。神風隊に殺されたのは皆、貴方と敵対する者達でした‥‥すなわち神風隊の黒幕は‥‥橋爪議員、貴方だったんですね」
「し、知らん!!こんな人殺し共!!わしは知らん!!知らんぞ!!」
橋爪は神風隊との関係を否定するが、
「見苦しいですぞ、橋爪さん」
其処へ馬に乗った山県がやって来た。
「山県」
山県の近くには、夕刻あの料亭で密会した橋爪の協力者の政治家や官僚達が手錠をかけられた状態で連れて来られた。
「もはや、言い逃れはぬぞ、観念する事だ」
「こ、これは罠だ!!わしは無実だ!!」
警官が橋爪を取り押さえても彼はあくまで神風隊との関係を否定する。
「女警官‥‥お前の言う通り、私は只の道具として利用された様だ‥‥」
橋爪の言動を見て東馬は此処で信女が言っていたことが真実だったと理解した。
すると、東馬はユラリと立ち上がり、落ちていた刀を拾うと、
「橋爪!!」
橋爪に斬りかかろうとした。
「よせ、東馬!!」
橋爪の前に堀部が立ち塞がる。
「た、助けてくれ、罪は認める!!だ、だからこいつを叩き切ってくれ!!此奴は血に飢えた殺人鬼だ!!わ、わしは死にたくない!!」
東馬に斬られそうになり、ようやく関係を認めた橋爪。
「‥‥ふっ、もはや‥‥これまで‥‥でやぁぁぁ!!」
東馬は割腹自殺を図ろうとするが、
バキーン!!
信女は抜刀術で東馬の持っていた刀をへし折った。
「何故だ‥‥何故、死なせてくれない!!最後は武士らしく死なせてくれ!!」
「今、死ぬは卑怯ぞ、東馬。お前が犯した罪は重い。だが、どんな重罪になろうと潔く罪を認め刑にふくすのだ‥‥それが、お前の斬って来た人達への償いではないか‥‥これが、兄弟子としてお前に残せる最後の教えだ」
「ほ、堀部さん‥‥」
「榊東馬‥‥貴方を山県陸軍卿暗殺未遂の容疑で逮捕する」
信女は東馬に手錠をかけた。
東馬達神風隊の隊員、神風隊の黒幕、協力者は逮捕され、こうして神風隊事件は幕を下ろした。
・・・・続く
ではまた次回。