アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「本日より、観光大使に就任することになりました、346プロのアイドルを紹介します!」
李衣菜が、マイク越しに声を張り上げた。
軽快なBGMが流れ、アイドルが壇上にあがる。
特設ステージは、大入り満員だった。
役所の観光課の担当者は、予想以上の集客効果に喜び、満面の笑みを浮かべている。
しかし、舞台袖で見守るプロデューサーは、いつも以上の仏頂面だった。
「ご存知の方もいるかもしれませんが、紹介しますね。左から、神崎蘭子ちゃん、アナスタシアちゃん、そして――」
李衣菜は一瞬、間を作って、大きく息を吸い込んでから――
「前川みくちゃん!」
プロデューサーの心配は、もちろん、壇上で猫のポーズをしているみくのことだった。
今朝、プロデューサーが事務所に出勤すると、待ち構えていたようにみくと李衣菜が駆け寄ってきた。
――みく、お魚克服できたにゃ! イベント、出られるにゃ!
みくは、興奮のあまり、スリッパのまま玄関を飛び出してきた。
プロデューサーは、みくを落ち着かせて事情を訊いた。
どうやら、みくでも食べられる魚料理が完成した、とのことだった。
――イベント、笑顔で出来ますか?
プロデューサーの問いに、みくは迷わない。
――もちろんにゃ!
その時のみくの笑顔を、プロデューサーは信じた。
イベントの出演を、許可した。
「それでは、ここの名物を使った料理を、観光大使の皆さんに試食してもらいます。ここの地域は、綺麗な川が自慢で、そこでとれる魚が名物なんですよ」
李衣菜の説明を聞いて、ファンの一部がどよめいた。
猫グッズを身に着けた一団の顔に、当惑の表情が浮かんでいる。
みくの魚嫌いは、ファンなら誰しも知っている。
「今日は、可愛い板前さんに、特別な料理を作ってもらいましたぁー」
壇上に現れた葵が、綺麗な姿勢で一礼した。
満場の観客が見つめる中でも、彼女は堂々としていた。
しずしずと足を運び、料理の乗った皿をテーブルに並べた。
俵型の団子状のものに、色の濃いソースがかけられている。
それは、魚料理に見えなかった。
強いて言うなら、ハンバーグに似ていた。
「それでは、順に食べて、感想をお願いしまーす」
李衣菜の目配せにうなずいた蘭子が、ナイフで小さく切ったそれを、フォークで口へ運んだ。
「森の精霊に鍛えられし清流の恵みが、我の魔力を増大させる」
客の反応は、二つに割れた。
蘭子のファンは、意味を理解し、うなずいた。
一般の観光客は、意味が分からず、首をかしげた。
「……えっと、つまり、おいしい、ということです! じゃあ次は、アナスタシアちゃん!」
日本食を好むアナスタシアは、華麗な箸捌きを披露して――
「んーっ! ハラショー、あー……、素晴らしい、おいしい、です」
にっこり微笑むアナスタシアへ、ファンが大きな歓声をあげた。
「じゃあ、最後はみくちゃん! いってみようっ!」
自分の喉が、音を立てるのが分かった。
プロデューサーは、祈るような気持ちで、壇上のみくを見つめた。
みくは、皿の上のそれを箸でつかむと、大きく口を開けて、長い八重歯を突きたてた。
もぐもぐ、もぐもぐ……。
喉を鳴らして飲み込んで、唇の上をペロリと舌が走って――
「おいしいにゃっ!」
その笑顔に、嘘はなかった。
誰が見ても、自然と生まれた笑顔であると、わかる素敵な笑みだった。
「ファンの仔猫ちゃん達は知ってるかもしれないけど、みく、お魚、あんまり得意じゃないにゃ。でも、このお魚だったら――」
みくはもう一口、料理を口へ入れてから――
「こんなに美味しく食べられるにゃーっ!」
みくのファンと思われる集団から、歓声が上がった。
おいしそうに魚料理を食べる彼女を見て、他の観客も拍手をした。
その様子を見たプロデューサーは、吐息をついて脱力した。
「プロデューサー、お疲れさまっちゃ」
声に振り向くと、葵がいた。
彼女は、このイベントの功労者である。
彼女が、〝みくも食べられる魚料理〟を作ってくれなかったら、壇上のアイドルは2人になっていた。
「このたびは、ありがとうございます。おかげさまで、前川さんも、観光大使になることができます」
プロデューサーは、姿勢をただして、お辞儀した。
しかし葵は、首をかしげて――
「なんば言いよるか? うちは今回、なんもしてないっちゃ」
「しかし、あの料理は?」
「あれは、うちじゃなかよ。実際にこしらえたのはうちやけど、考えたのは、うちじゃなか」
「じゃあ、誰が……?」
プロデューサーの問いに、葵は視線で応えた。
彼女は、壇上でMCを務める李衣菜を見つめて――
「昨日の夜、うちは往生してたっちゃ。助言が欲しくてお父ちゃんに電話したら、禅問答みたいな助言ばされて、意味が分からなくて困っとった。そんな時、李衣菜さんが厨房に来たっちゃ。あれこれ話してるうちに、うちが間違ってたって、分かったっちゃ」
「間違ってた?」
「うちはずっと、美味い料理を作ればみくさんも認めてくれるって、思ってたっちゃ。でも、正解はそうじゃなかった。美味いまずい、じゃなくて、みくさんの趣向に合わせるのが、正解だったっちゃ」
「それを、多田さんが助言したんですか?」
「李衣菜さんは、必死な顔で、みくさんが食べやすいものを作ってくれって、頼み込んできたっちゃ。魚の臭みは完全に消して、味は甘くして、ハンバーグみたいな感じにしてほしいって」
葵は苦笑して、ため息を落とした。
「みくさんが食べてるあれ、料理としては三流っちゃ。せっかくの魚の風味ば殺して、ハンバーグみたいにこねくりまわして、あっまいたれをかけて。でも、それが正解だったっちゃ。今回は〝おいしい料理〟じゃなくて、〝みくさんのための料理〟が正解だったっちゃ。そう考えると、お父ちゃんの助言も的確だったっちゃ」
「……お父様は、どのような助言を?」
葵は、すぐに答えず、ステージへ視線を向けた。
みくと李衣菜が、夫婦漫才のような口げんかをして、ステージを盛り上げている。
マイクを振り回す李衣菜の右手。
そこにある真新しい絆創膏を見つめて、葵は言った――
「料理は愛情っちゃ」