アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
観光大使のお披露目イベントが決定した。
地域で行われる小さなお祭りで、観光大使の就任式が行われることになった。
――それが、期限だった。
それまでに魚を克服できない限り、みくを観光大使に任命するわけにはいかない。
そんな事情を知っているから、李衣菜は気が気ではなかった。
そして、就任式を明日に控えた金曜日。
学校を終えた李衣菜はそのまま駅へ向かい、電車に乗った。
346プロに着いた頃には、すっかり暗くなっていた。
「多田さん? どうしたんですか、こんな時間に?」
プロデューサーの部屋を訪ねると、当然ながら驚かれた。
来訪の理由を、訊かれて李衣菜は口ごもった。
「あのさ、みくはどんな調子かなって……。ほらっ、明日じゃないですか? その、イベント……」
プロデューサーは、李衣菜から視線をはずし、小さく吐息を落とした。
「まだ、克服できていません。明日のイベントでは、地域の魚を使った料理を実際に食べて、宣伝してほしいと、オファーされています。首藤さんがメニューを考えてくれていますが、今のところ、前川さんが食べられる魚料理のめどは、たっていません」
「じゃあ、みくは、はずされちゃうの?」
「今の状態ですと、前川さんを観光大使に推薦することは、できません」
「そっか……。そう、ですよね……」
「あのっ」
プロデューサーが、立ち上がった。
「魚料理を食べることができれば、前川さんに観光大使を任せられます。前川さんが食べられるようなメニューの心当たりは、ありませんか?」
見つめてくるプロデューサーの目は、真剣だった。
本気で、李衣菜に意見を求めていた。
――プロデューサーさん、変わったな……。
ふと、李衣菜は思った。
去年、出会ったばかりのプロデューサーは、あまり自分達のことを見ていなかったように思う。
しかし――
今のプロデューサーは、アイドル達と目を合わせ、意見を求める。
自分達と、真っ直ぐに向き合ってくれている。
「もし、何か思いつくことがありましたら、厨房の首藤さんに、助言をしてあげて、もらえますか?」
葵は、明日のイベントまでにメニューを考案するために、徹夜の覚悟で厨房にこもるつもりらしい。
「了解です。何か思いついたら、葵ちゃんに言っておきます」
「よろしくお願いします」
プロデューサーは、丁寧に頭を下げた。
李衣菜は軽く会釈をして、プロデューサーの部屋を出た。
* * *
李衣菜は、みくの部屋の前で足をとめた。
ドアに手をかけて、息を止めた。
みくとは、水族館で喧嘩別れをして以来、まともに会話していない。
何て声をかけていいのか、分からない。
どうしようかと迷っていると、中から声が聞こえてきた。
「気にしないで、二人だけで観光大使になってよ」
「でも、ミクは、スタラーニエ、あー……、努力、してました。だから、一緒にイベント、できますね?」
「そりゃあ、みくだって二人と一緒に出たいけど、でも、出れないよ……。だって、ファンの仔猫ちゃん達の前でお魚たべて、おえーってなったら、イベント、台無しだもん……」
「ならば、我が川の恵みを引き受けようぞ!」
「ありがと、蘭子ちゃん。でも、みくだけ食べてなかったら変だし、それに、三人で一緒に食べるシーンを入れて欲しいって、依頼があるみたいだし……」
「ミクと一緒に出れないの、とても残念。明日までに、魚、のりこえましょう。ナジェージタ、あー……、希望、大事です」
「同胞と共に天界の扉を開こうぞ!」
「2人とも、ありがと……。その気持ち、とっても嬉しいにゃ」
足音が、近づいてきた。
――あっ、やばいっ。
思った時には、扉が開いた。
浴衣姿のアナスタシアと、目が合った。
「リーナ! びっくり、しました」
「いや、その、あはは……」
李衣菜は、プロデューサーがやるように首の後ろを手でさわって、セーラー服のスカーフを揺らした。
「李衣菜ちゃんッ?」
部屋にいたみくが、立ち上がった。
「どうしたの、こんな時間に?」
「いや、その、近くを通りかかったから、寄ってみた、っていうか、はは……」
本当の理由は、言いたくなくて、適当なことを言った。
怒るかな、と思って、そっと視線を向けると――
みくは、とても嬉しそうに笑っていた。
「李衣菜ちゃん、お風呂まだでしょ? 一緒にいこっ」
「あっ、でも、道具が……」
「寮母さんに言えば貸してもらえるにゃ。ほら、早くっ」
「ちょっ、待ってよ」
李衣菜は、みくに手を引かれるまま、風呂場へ向かった。
* * *
「みくのこと、心配して来てくれたんでしょ?」
湯船につかるなり、核心を突かれた。
普段なら、本当の気持ちとは裏腹に、怒って否定していた。
しかし、体を包む温泉の暖かさに心までほぐれていたのか、すんなりと言葉が出た――
「まあ、そうだよ。だってみくちゃん、ダメっぽかったから。水族館行った時だって、全然――」
水族館での衝突は、まだ心の奥で熱を持っている。
自然と、眉に力がこもって、あの時の喧嘩の続きをするべく、口を開くも――
言葉が、喉を通らなかった。
湯気のむこうにある、みくの横顔。
八重歯でかみ締めた、下唇。
ノの字に曲がった、細い眉。
それは、今にも泣きそうな顔で――
「みく、ダメだった。Pチャンに、イベント、笑顔でできますかって、言われて、うんって、言えなかった……。せっかくのお仕事なのに、チャンスなのに……」
みくは、強くつぶった目のふちから、一筋、光るものをこぼして――
「すごく、悔しい……」
李衣菜は、何も言えなかった。
胸の中に、怒りがあった。
いつも喧嘩ばかりして、毎日のようにもう解散だと宣言している。
そんな、相性の悪いパートナーなのに――
なぜだろう。
みくが悲しそうにしていると、どうしようもない怒りに胸が締めつけられる。
みくを泣かせたやつを、許せなくなってくる。
「ようは、明日までにみくちゃんが食べられる魚料理、作ればいいんでしょ?」
「……うん、そうだけど」
「じゃあ、何とかなるよ」
「……ならないよ。だって、葵ちゃん、ずっとがんばってくれて、いろんな料理作ってくれたけど、全部、だめだったんだから」
「ううん、大丈夫だよ。だって――」
李衣菜は、湯船から立ち上がると、歯を見せて笑って――
「私が、最高にロックな魚料理、作るから!」
みくはしばらく、口を半開きにして、李衣菜を見上げていた。
その半開きの口が、やがていつもの猫口になって――
「李衣菜ちゃん、新しい料理を考えるなんて、できるの?」
その口調は、挑戦的だった。
それは、紛れもない挑発だった。
普段なら、眉根を寄せて怒るところだが――
李衣菜は、嬉しさに口元を緩めていた。
だってそれは、いつものみくの反応だから。
何かにつけて張り合って、憎まれ口を叩いてきて。
たまらず口喧嘩をしてしまうけど――
でも、それでいい。
泣きそうな顔をしているみくは、見たくない。
元気に反抗的な、いつものみくがいい。
だから李衣菜は、腕を組んでそっぽを向いて、横目にみくを見下ろして――
「私は、まあ、時々だけど料理してるし。少なくとも、スーパーのお惣菜ばっかり買ってるみくちゃんよりは、料理できるから」
「にゃーっ! 感じ悪いにゃあ……。みくだって、やろうと思えば李衣菜ちゃんより上手に料理できるにゃっ!」
みくがばしゃっと、湯船のお湯をかけてきた。
「やったな!」
李衣菜がやり返して、お湯の掛け合いが始まった。
口々に相手を罵って、最後には〝もう解散だ!〟という決まり文句を言っていた。
しかし、その言葉とは裏腹に、二人の顔には嬉しそうな笑顔があった。