アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 Aパート 2

 

 

 

「ハンバーグにゃあ!」

 

 寮の食堂にみくの歓声が響いた。

 

「たまにはみくさんのリクエストにもこたえてやらんとね」

 

 着物姿の首藤葵が、腕を組んで包丁を光らせる。

 

「んーっ! やっぱりハンバーグは最高にゃあ!」

 

 口の周りにソースをつけて喜ぶみく。

 それを見て、葵も笑う。

 

 ――それは、詐欺師の笑みだった。

 

 騙されたカモを見て笑う詐欺師のように、ハンバーグを喜ぶみくを笑っていた。

 

 葵は、戦法を変えていた。

 真っ向勝負を挑んでも、みくは絶対に魚を食べない。どんなに趣向をこらしても、みくは自分を曲げないよ! とか言って魚を食べない。

 

 魚であることを、気取(けど)られたら負けっちゃ……。

 

 戦いのルールに気付いた葵は、みくに気付かれずに魚を食卓へ潜入させる方向に戦術を変えた。

 それは、成功することもあれば失敗することもあった。

 今日のお魚たっぷりハンバーグは、全てみくの胃袋におさまった。

 葵の勝利だ。

 

「アオイ、嬉しそうですね。いいこと、ありましたか?」

 

 ハンバーグを(はし)でほぐしながら訊いてきたアナスタシアに、言ってやる――

 

「いやー、今日はみくさんが魚料理をペロリと食べてくれたもんで、上機嫌っちゃ!」

 

 みくの箸が、付け合わせのポテトを落とした。

 

「まさか、さっきのハンバーグ……ッ!」

 

 遅効性(ちこうせい)の毒を盛られた被害者のように、みくの顔が青ざめる。

 

「美味しそうに食べてくれて、板前冥利につきるっちゃ! やっぱり、ハンバーグは最高にゃあ!」

 

 葵の声真似に、みくは猫耳を逆立てる剣幕で立ち上がる。

 

「だっ、騙し討ちなんて卑怯にゃあ!」

「でも、お陰でおいしく食べられたっちゃろう?」

「そっ、それはそうだけど、こっそり混ぜるのは反則なの!」

 

 にゃーにゃー怒るみくと葵のやり取りを、プロデューサーは眺めて機をうかがっていた。その口論が落ち着くのを見計らって――

 

「あの、首藤さんに、お願いしたいことがあるのですが……」

「あたしに? なんやろう?」

 

「もしよろしければ、ライブ当日のお弁当作りを、お願いできませんでしょうか?」

 

 外部業者のケータリングよりも葵の手料理の方がアイドル達も喜ぶだろうと、それが主な理由だが、実は他にも理由があった。

 何らかの形で、葵にもライブに参加してもらいたいと思っていた。

 アイドル達の晴れ舞台を、見届けて欲しいと思っていた。

 

「分かったっちゃ! 当日はあたしが、みんなの胃袋を預かるっちゃ!」

「葵ちゃん! お魚はノーセンキューだからね!」

 葵の顔に、杏みたいなドヤ顔が出現して――

 

「分かってるっちゃ……」

 

「その顔は信用できないにゃぁぁああ――ッ!」

 

 みくと葵のドタバタが始まって、アナスタシアと蘭子がとめに入った。

 見慣れた食堂の光景に笑みを浮かべていると、肩を叩かれた。

 振り返ると、今西部長と目があった。

 

「ちょっと、話したいことがあるんだ」

 

 プロデューサーは頷いて、食堂を出た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 今西部長の話を、聞いたプロデューサーは沈黙していた。

 しばらく、話の内容が飲み込めなかった。

 二人きりの事務所で、時計の針の音だけが響いていた。

 

「しかし以前、美城常務は、ライブが成功すればアイドル事業部は存続できると!」

 

 とっさに出た反論に、今西部長は首をふる。

 

「確かに、その段階ではそうだったのかもしれない。ただ、風向きが変わってしまった。そして、窮地に追い込まれてしまった」

 

「そう、ですか……」

 

 途方もない脱力感に、打ちのめされた。

 ライブが成功して、それでも事務所が無くなると、知ったアイドル達はどんな顔をするのか。

 どんな顔をして、アイドル達に話をすればいいのか。

 

「まだ、終わったわけじゃないよ」

 

 静かな口調だった。

 けど、横っ面を張られたような、衝撃があった。

 

「どうすれば、いいと思う? シンデレラ達を守れるのは、君しかいない」

 

 シンデレラ達を、守る。

 

 そのためには、美城常務ですら歯が立たなかった重役を、説得しなくてはならない。

 しかし、美城常務が勝てない相手を、説得するなど――

 

「君のやり方で、考えてほしい」

 

 プロデューサーは、顔をあげた。

 今西部長の、強い視線に、射抜かれた。

 

「君にしかできないやり方が、あるはずだ」

 

 プロデューサーの中に、無数の情景が浮かぶ。

 アイドル達と、共に歩んできた記憶がよみがえる。

 そのどれもが、宝石のように輝いている。

 

 それが、答えだと思った。

 

 重役を説得することは、きっとできない。

 

 しかし――

 

 納得させることは、できるかもしれない。

 

「自分に、考えがあります」

 

 プロデューサーが提案すると、今西部長は頷いてくれた。

 

「美城常務に、提案しよう。早い方がいい」

 

 立ち上がる今西部長に、あわせてプロデューサーも立ち上がる。

 二人はすぐに車に乗って、本社ビルへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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