アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「未央ちゃん、調子悪いのかにゃー?」
事務所として使っている旅館の談話室から、みくの声が聞こえてきた。
気になったプロデューサーは、思わず足を止めていた。
「働きたくないみたいだねー。杏のTシャツをプレゼントしてあげようかな」
「あっ、あげるなら、四葉のクローバーとかのほうが、いいと思う」
「美味しいお菓子を、差し入れてあげるとかね」
キャンディ・アイランドの声もした。
どうやら、みんなでTVを見てるらしい。
「お疲れさまです」
プロデューサーが顔を出すと、みくが訴えかけるように、TVを指差して――
「Pチャン、これの収録のとき、未央ちゃん風邪でも引いてたの? 何か、元気無いみたいだけど……」
それは、最近収録したバラエティ番組だった。
ポジティブパッションの三人でゲスト出演した番組だった。
その収録の際、ディレクターからも同じことを言われた。
未央ちゃん、どっか具合わるいの? もっと、元気な子だったよね?
「まあ、未央ちゃんの気持ち、杏は分かるなー」
杏の言葉に、プロデューサーは息を呑む。
未央の不調の原因が分かるなら、是非とも知りたい。
「きっと、ユニットが、思ってたのと違ったんだよ。杏も今、そんな気持ちだもん。志希ちゃん達とのユニット――レイジー・アイランドさ、怠け者の楽園、みたいな名前してるのに、全然、怠けられないんだもん。せっかく週休八日が実現すると思ったのに……」
駄々っ子の剣幕で不満を撒き散らす杏を、智絵里がなだめる。
かな子から甘い飴が提供されて、ようやく杏の就労意欲が回復した。
プロデューサーは、キャンディ・アイランドのいつものやりとりに、安堵して、落胆した。
未央の不調と杏の苦情に、関連性があるとはとても思えなかった。
「ほんとに、どーしたんだろーねー。猫耳を強要されてるわけでもないのにねー」
李衣菜の言葉に、みくの目付きが鋭くなる。
「本当にどうしたんだろー未央ちゃん。ロックを押し付けられてるわけでもないのにねー」
みくと李衣菜が視線を
その交点で、火花が散ったような気がした。
「目玉焼きにソースかけられたわけでもないのにねー」
「目玉焼きにしょうゆかけられたわけでもないのにねー」
もはや衝突は不可避だった。
みくと李衣菜は、互いの主張を、譲らず、ぶつけて、喧嘩する。
それを慌ててとめる者は――
誰もいない。
みくと李衣菜の喧嘩が二人の不器用なコミュニケーションの結果であると、今では誰もが理解していた。
智絵里でさえも、二人の喧嘩を穏やかな笑顔で見守っていた。
喧嘩をしているということは、二人の関係が良好である
本当に深刻な時、それは喧嘩すらしなくなった時なのだ。
それぞれのアイドルが、困っている時に出すサインは、アイドルによって異なる。
そのサインを、きちんと受け取り、対処するのが、自分の重要な役割であると、プロデューサーは考えている。
だからこそ、歯がゆかった。
未央は今、何らかの助けを求めているのに、どうすればいいのか、分からない。
どういう風に、手を差し伸べていいのか、分からない。
「あっ、あたし達、出るよ☆」
莉嘉が、ソファーから勢い良く立ち上がった。
「エンディングの歌を、みんなで歌ったんだよー」
みりあが、談話室にいる全員へ、無邪気な笑みを振りまいた。
『今日からエンディング曲を、可愛いアイドル達が担当してくれまーす。え? アイドルはみんな可愛いって? 分かるわー。だけどね、このアイドル達は、その中でもとびっきりキュートなの! それでは、リトル・マーチング・バンド・ガールズで、ハイファイ☆デイズ!』
TVの中で、川島瑞樹が呼びかけた。
曲のイントロが始まって、L.M.B.Gのアイドル達が、元気一杯に駆け出してくる。
最初にステージに立った時とは、比べ物にならないくらい、アイドル達の動きが洗練されている。
「最近は、ちっちゃな子達も動けるようになってきたからね。わたし達、もっともっとすごいユニットになっちゃうよ☆」
年少アイドルの成長を嬉しそうに語る莉嘉は、すっかりリーダーの顔をしていた。
何よりもメンバーが笑顔であることを優先した結果、L.M.B.Gは各方面から好評を博し、子供番組からバラエティ番組まで、引く手
「あの、プロデューサーさん」
かけられた声に振り向くと、ちひろが顔をのぞかせていた。
「卯月ちゃんから、お電話です」
プロデューサーは、早足で自分の部屋へ向かった。
デスクについて、保留になっていた電話を取った。
「どうか、しましたか?」
軽く息を切らせながら訊くと、電話の向こうで、ためらう気配があって――
『あの、未央ちゃんの、ことなんですけど……』
卯月の声は、強張っていた。
電話の向こうで、不安げに視線を揺らしているのが、分かるような喋り方だった。
『プロデューサーさんは、最近の未央ちゃん、どう思いますか? ポジティブパッションで活動してる未央ちゃんのこと……』
すぐに言葉を、返せなかった。
未央が何に悩んでいるのか、分からなくて困っていると、うちあけるべきか、迷った。
そして――
プロデューサーは、卯月に打ち明けた。
アイドルである彼女に、プロデューサーとしての悩みを話すべきではないと思ったが、しかし、それ以上に、現状を打開したい気持ちがあった。
未央に本来の笑顔を取り戻してもらうため、
『実は、わたしも凛ちゃんと話していたんです。このままじゃ、よくないって……』
「ですが、本田さんがどうして不調なのか、理由が分からなくて――」
『それなら、分かります』
プロデューサーは、危うく受話器を落としそうになった。
確固たる自信を口調に乗せて、卯月は言い切る――
『多分、未央ちゃんは――』
卯月の説明に、プロデューサーは受話器を強く握りしめた。
恐らく、それが真相であると思った。
気付けなかったことが、悔しかった。
予想できなかった自分が、情けなかった。
「それが原因だとしたら、責任は自分にあります。すぐに対処を――」
『待ってください!』
強い口調でとめられて、プロデューサーは口をつぐんだ。
電話の相手が卯月なのかと、疑ってしまうくらいに強い口調だった。
『できれば、わたしから未央ちゃんに、お話させてもらえませんか。わたしの口から、未央ちゃんに伝えたいんです』
プロデューサーは、少し考えて、首を振った。
「言いづらいことですし、自分に任せていただければ……」
プロデューサーとしては、これ以上アイドルに負担をかけたくなかった。
原因を究明してくれただけでも、充分である。
あとは自分の仕事であると――
『わたし、未央ちゃんと、ちゃんと友達になりたいんです』
その一言に、プロデューサーは首をかしげた。
卯月が何を言いたいのか、分からなくて、戸惑った。
黙ったまま、受話器に耳を向けて待った。
『わたしが、うまく笑えなくなった時、未央ちゃんが言ってくれたんです。もう一回、友達をやり直そうって。ちゃんと、友達になろうって。そんな風に言ってくれて、すっごく、嬉しかったんです。だから、今度はわたしが、未央ちゃんを助けてあげたいんです』
卯月の話していることに、思い当たる節はなかった。
卯月と未央の間でそんなやりとりがあったのだと、プロデューサーは知らなかった。
だから、任せようと思った。
ユニットの仲間として、友達として、卯月は未央のことを、自分よりも深く知っている。
未央に話をするべきは、自分ではなく卯月なのだと、思った。
『それで、プロデューサーさんに、訊いておきたいことが、あるんです』
プロデューサーは、無意識に姿勢を正していた。
まるで、目の前に卯月がいるかのように。
真剣な眼差しを、向けられているかのように。
息をとめて、言葉を待った。
それは卯月も同じだったのか、息を呑む気配があって、そして――
『プロデューサーさんは、未央ちゃんを、助けてくれますか?』