アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「本当に、いいのかね? 今ならまだ――」
「これが、最善の選択だと思いますので」
部長の言葉を、プロデューサーはさえぎった。
2人は、地下のシンデレラプロフェクトの事務所で、向かい合ってソファに腰掛けていた。
会社の備品の売却が進み、一組のソファと、デスクと、アイドルの私物が残るのみになっている。
「君の言う〝最善〟とは、誰にとっての〝最善〟なのかな?」
「無論、彼女達にとっての最善です。346プロダクションのアイドル部門は、縮小されます。それにともない、予算が削減されます。今までのような大規模な活動は、できなくなります。それは、彼女達にとって大きなマイナスになります」
「なるほど……」
部長が立ち上がり、部屋を見渡した。
つられて、プロデューサーも視線を動かす。
ピンク色のウサギのソファ。カブトムシのヌイグルミ。イベントのTシャツ。
それぞれの私物に膨大な思い出があって、見ただけで当時の記憶がよみがえる。
「彼女達は、君が見つけて育てたシンデレラだ。それを自分から手放すことが、本当に最善の選択なのかね?」
「それが、彼女達の笑顔を守る唯一の方法だと、思いますので」
「笑顔、か……」
つぶやいて虚空をにらむ今西部長の横顔に、今朝の美城常務を思い出す。
今朝、プロデューサーは美城常務の部屋を訪ねた。
シンデレラプロジェクトの存続を、断るためだった。
――君は、灰かぶりの夢を守りたいのではなかったのか?
冷たい口調で言われて、プロデューサーは答えた。
――彼女達の笑顔を守るためには、こうするのが最善だと、考えました。
――笑顔、か……。
美城常務はつぶやくと、窓の外へ視線を向けた。
美城常務から事業縮小の話を聞いたのは、ずっと前のことだった。
その時、美城常務は謝罪をした。
――今回の件、君達に非は無い。城を守ることができなかった私の責任だ。事業縮小にともない所属アイドルは減らさなくてはならない。それぞれ希望の事務所に移籍できるよう、最善を尽くす。ただ、君の部署に関しては残そうと思う。君は、シンデレラの舞踏会で成果を出した。君の考えは気に食わないが、成果を出せているのは事実だ。有能な者は評価する。
最初、プロデューサーは胸をなでおろした。
しかし、考えているうちに、不安が生まれた。
――果たして自分は、新しい環境で彼女達をプロデュースできるだろうか?
悩みぬいて、答えを出した。
他の事務所へ移籍させることが、彼女達の笑顔を守るための最善の選択であると。
「これから始まる重役会議で、今後の方針が決まる。シンデレラプロジェクトは廃止、ということでいいんだね?」
立ち上がった部長に、プロデューサーは黙って頭を下げる。
「分かった……」
部長が部屋から出て、入れ違いにちひろが入ってきた。
「プロデューサーさん、これ」
渡された資料をデスクへ置き、椅子に座る。
「寂しく、なっちゃいますね……」
プロデューサーは黙ってうなずき、資料を広げる。
まだ、最後の仕事が残っている。
アイドル達を、希望する事務所へ移籍させてやらなくてはならない。
何百回、何千回と頭を下げることになっても、構わない。
絶対に、希望をかなえてやりたい。
その時、ドアがノックされた。
「あら、こんな時間に誰でしょう?」
ちひろが戸口へ向かうより早く、ドアが開いた。
プロデューサーは、息を呑んだ。
ドアの向こうにいたのは、渋谷凛だった。
続いて、シンデレラプロジェクトのアイドル達が、部屋に入ってきた。
「どうしたんですか? こんな時間に……」
プロデューサーは、戸惑いながら時計を見る。時計の針は、22時を指していた。
「プロデューサーに、訊きたいことがあるんだけど」
凛が、デスクの前に立った。
その周囲に、シンデレラプロジェクトのアイドルが集まる。
「なんで、私達のプロデューサー、してくれないの?」
自分の目が、見開かれているのが分かった。
凛の感情的な様子から、他のアイドルの視線から、恐らく、自分のやったことを知っているのだと思った。
でもあれは、自分と美城常務のやりとりで、それを知る人間は少ない。
少なくとも、アイドルでその事情を知ってる人間は、いないはずなのに……。
「ねえ、答えてよ。何で、私達を追い払うようなこと、するの?」
プロデューサーは、無意識に強く握られていたこぶしを、ゆっくりと開きながら――
「現状の346プロでは、皆さんの期待に応えられるプロデュースが、望めません。だから――」
「私達のためを思って移籍を勧めた、ってわけ?」
凛の言葉を、うなずいて肯定する。
すると彼女は、何故か笑みを浮かべて――
「ねえ、ニュージェネの最初のライブの時のこと、覚えてる? 未央が落ち込んだ時のこと」
もちろん、覚えている。
意思の疎通が上手くできなくて、未央を傷つけてしまった。
アイドル達と真っ直ぐに向き合わなくてはならないと、思うきっかけになった事件。
「あの時、あたし、アンタが何考えてるか分かんなかった。でも、今は違う。今は、アンタの考えてること、こんなに分かる。だから――」
凛が、一歩前へ出た。
そして、呼気を吸い上げ、言葉に感情を乗せて――
「アンタも、あたし達が何考えてるか、分かるようになってよ!」
「それは、どういう……」
戸惑うプロデューサーに、凛は強いため息を落として――
「私は、アンタが私のプロデューサーで良かったって、思ってる」
凛に続いて、卯月が歩を進める。
「わたし、プロデューサーさんの魔法でキラキラしたいんです」
そして未央が、笑顔と共に――
「最後まで面倒見てよね、プロデューサー」
何が起こっているのか、理解するのに時間がかかった。
他のメンバーの言葉を聞いて、ようやく状況を理解できた。
「みくを上手にプロデュースできるのは、Pチャンしかいないにゃ!」
「まあ、どん底から這い上がるってのも、ロックだよね」
「あの……、四葉のクローバーいっぱい集めたので、きっと大丈夫です」
「わたし、毎日おいしいお菓子を差し入れます」
「杏の週休8日を受け入れてくれるのはプロデューサーだけだから、うん」
「アンズチャーン、休みすぎだにぃ! Pチャンと一緒にハピハピお仕事するにぃ!」
「みりあもがんばるよ! だってみりあは、お姉ちゃんだから、ふぁあ……」
「みりあちゃん眠そうだね。カリスマJCアイドルの莉嘉は眠くないけど、ふぁー……」
「アーニャも、プロデューサーと一緒にアイドル、できますね?」
「我が契約は無期限。その命尽きるまで、
「私、たくさん資格持ってますから、事務仕事のお手伝い、できますよ?」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
プロデューサーは、口々に喋るアイドルを黙らせて、全員の顔を見てから――
「つまり、346プロに残りたいと、そういうことですか?」
「ちがう」
鋭く否定したのは、凛だった。
彼女は、怒ったような、呆れたような、ため息を落としてから――
「私達は、アンタにプロデュースしてほしいんだよ」
異口同音に、肯定の声が続く。
「しかし……」
まったく、予想外の事態だった。
自然と、右手が首の後ろをさわっていた。
一体どうすればいいのか分からなくて沈黙していると、隣に立ったちひろが、そっと耳打ちをしてくる。
「プロデューサーさんが一番守りたいものは、何ですか?」
ハッとして、アイドル達の顔を見る。
そこにあるのは――
笑顔。
夏のひまわりのような惜しみない笑顔が、自分へ向けられている。
――この笑顔は、絶対に守らなくてはならない。
「千川さん。重役会議はどこで行われていますか?」
ちひろから会議の場所を聞くと、プロデューサーは、走った。
戸をくぐり――
廊下を走り――
エレベーターのボタンを叩いた。
重役会議の真っ只中に、平の社員である自分が飛び込むことが、どれほどの無礼であるか、分かっている。
厳重な処罰を受けることになるかもしれないと、分かっている。
それでも、プロデューサーは、重い扉を押し開けた。
「失礼します」
年老いた重役達の、威圧的な視線を一身に浴びながら、真っ直ぐ、美城常務の元へ歩いた。
「美城常務、お話があります」
「会議中だ、後にしろ」
威圧的なもの言いに、しかしプロデューサーは怯まない。
どんな叱責をうけても、構わない。
どんな罰を受けても、構わない。
ただ一言、言わなくてはならない。
自分の間違いを正すために。
守りたいものを守るために。
プロデューサーは、背筋をのばして、こぶしを握って――
「まことに身勝手でありますが、今朝の発言を、撤回させてください。シンデレラプロジェクトを、存続させてください!」