アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
病名は過労。
つまりは〝働きすぎ〟である。
杏が聞いたら、鬼の首をとったように休養のありがたみを
「プロデューサー、大丈夫?」
個室のドアを開けて、未央が声をかける。
卯月に続いて、凛も病室に入り、ベッドで体を起こしているプロデューサーを見て呆れた。
プロデューサーは、手元に書類を広げていた。
懲りずに仕事をしようとしていた。
本当に杏を連れてきて説教してもらおうかと思った。
「プロデューサー! 休まないとだめだって! 休むのも仕事だよ!」
書類を取り上げた未央に、卯月も首を縦に振って――
「そうですよ! 今は、がんばらないでくださいっ!」
「……正論なんだけど、なんかそれ、しまむーが言うと説得力がないなぁ」
「えぇっ! そんなぁ!」
二人のやり取りに、凛の口元が緩くなる。
見ると、プロデューサーも穏やかな顔をしている。
「あの、わざわざ、ありがとうございます。心配をかけてしまい、申し訳ありません。もう、自分は大丈夫ですので」
「だめだって!」
再び書類に伸びた手を、未央が押さえる。
「プロデューサー! 今は休むのが仕事って言ったでしょ。そんなことじゃ〝君は満足に休むこともできないのか〟って美城常務に怒られるよ!」
「そうですよっ! あっ、わたし、メロンのゼリーを持ってきたんです。よかったら食べてください」
「おおっ、しまむーナイス! じゃあ、スーパー美少女アイドルの本田未央ちゃんが食べさせてあげよう! 美少女三人に看病されて、プロデューサーは幸せものだね! このこのっ」
プロデューサーは、首の後ろに手をやりながら生返事をする。オモチャにされて、困っている。
凛は、家から持ってきた花のやり場を探した。
花瓶にしおれた花がささっていたので、慣れた手つきで持ってきた花と入れかえた。
「あっ、そうだ。私、ちひろさんに連絡しないと」
唐突に、未央が言い出した。
「病院は携帯だめだから、外へいかないと」
なんだか、不自然な言い回しだった。
どういうつもりだろうと思って未央を見ていると、卯月も椅子から立ち上がり――
「ああー、わたしもー、ママにデンワしないとー」
卯月は酷かった。
未央の台詞は、多少違和感を覚える程度のものだったが、卯月の台詞は酷い棒読みで、素人役者の悲壮感に満ちていた。
「ちょっと、いったい――」
どういうつもり?
言いかけて、しかし凛は言葉をとめた。
未央のウインクに――
卯月の眉を強めた笑顔に――
自分のために時間を作ってくれたのだと、教えられたから。
二人が部屋から出ていって、ドアを閉めた。
プロデューサーと、二人きりになった。
パラパラと、雨が窓を叩く。
患者を呼び出すアナウンスが、遠くに聞こえた。
「あの」
先に声を出したのは、プロデューサーだった。
凛は無言のまま、プロデューサーを見た。
「もし、よろしければで、構わないのですが……」
プロデューサーは、何かを思い出そうとするかのように、天井の蛍光灯を見上げて――
「先日のミニライブの時に言いかけていたことを、話してもらえませんか?」
「えっ……」
思わず声をあげた凛へ、プロデューサーは、意外なほど強い視線を向けて――
「何か、悩み事が、あるのではないかと、心配しています。自分で力になれるか分かりませんが、話だけでも、してもらえれば……」
「いや、別に……」
反射的に
――しぶりんはいつも真面目だからさ、たまには肩の力抜いて、ワガママ言っちゃおうよ。
そして、卯月の言葉がそれに続く。
――きっとプロデューサーさん、凛ちゃんの気持ち、受け止めてくれますよ。
凛は、大きく息を吐いて、そして改めて、プロデューサーを見据えて――
「もう、トライアドで活動することって、できないのかな」
プロデューサーは、動かない。
頷くことも、かぶりを振ることも、首の後ろをさわることもなく、じっと、凛を見たまま――
「やはり、渋谷さんは、トライアドプリムスの現状を、
「それは、そうだよ。だって、加蓮も奈緒も、何も悪くないのに。舞踏会だって成功したのに。ちゃんとデビューできたのに。それなのに、事務所の都合で、活動停止状態で……。そんなの、悔しいにきまってるよ」
「……渋谷さんも、同じ気持ち、ですか?」
窓を叩く雨の音に、加蓮の部屋を思い出す。
いつかまた三人で一緒にステージに立ちたいねと、言った加蓮の、ほのかに
「そりゃ、そうだよ。あたしは、ニュージェネだけど、トライアドだから。どっちも同じくらい大切だから。だからあたしも、このままトライアドが無くなるのは、絶対に嫌だよっ!」
感情のおもむくままに、言葉を
沈黙の中に、雨音と高ぶった鼓動の音が重なって聞こえる。
「自分は、渋谷さんに、謝らなくてはなりません」
プロデューサーの口調は、とても固かった。
目を開けると、彼は神妙な顔をして、ブリーフケースを探っていた。
そして、クリアファイルに挟まれた、一枚の紙を取り出す。
ノートに書かれた、稚拙な企画書。
企画書と言うのもおこがましい、自分の希望だけを書き連ねたそれに、見覚えがあった。
〝Another Castle Story〟
紛れもなく、以前、自分が書いた企画書だった。
「346プロが移転してすぐに、シンデレラプロジェクトの皆さんからいただいた企画書のうちの、一つです。他の事務所との、合同ライブの提案です。これまで美城グループは、全ての興行を単独でおこなってきました。それが常識となっていました。しかし、状況が変わりました。今の346プロには、単独で大きな興行をおこなう資本力はありません。しかし、他の事務所と連携すれば、大きな興行を行えるかもしれない。この企画書に、自分は、可能性を感じました」
プロデューサーは、一旦言葉を切ってから、少しだけ、口元を緩めて――
「そして、これは自分の憶測なのですが、この企画書を書いた人は、別の事務所へ移籍してしまったユニットの仲間との、活動を希望しているのではないかと、思いました。ユニット活動を諦めたくないという、強い気持ちを感じました」
「それ……、でも……」
自分が、どういう顔をしているか、分からなかった。
のどが、ひくひくと動いて、手のひらに爪が食い込んで、プロデューサーから目が離せない。
「実際に、他の事務所との連携を、
プロデューサーが、ブリーフケースから書類を出す。
それは、自分のそれとは比べようもない――
本物の、企画書。
「本決まりになるまで、
凛は、企画書を手にとって、震える息を吐いた。
〝Tri Castle Story〟
「346プロ、765プロ、876プロ。三つの大手事務所による、合同ライブの企画です。その規模は、シンデレラの舞踏会を、超えるものになります」
震える手で、ページをめくって、そのたびに感情が揺れ動く。
元346プロのアイドルを集結させる。
一夜限りの舞踏会。
ライブに先駆け、事務所の枠をこえたユニット活動を行う。
第一弾ユニットは――
「……言ってくれれば、よかったのに」
震える声で、言っていた。
プロデューサーは、律儀に頭をさげてくれたが、それでも思う。
言ってくれれば、よかった。
そしたら、加蓮も、奈緒も――
そして自分も――
「このこと、加蓮と奈緒にも、話していい?」
プロデューサーは、凛から企画書を受け取り、うなずいた。
「まだ、
凛は携帯をとりだし、ここが病院であることを思い出して、ポケットに戻した。
プロデューサーに背をむけて、ドアに手をかけて、動きを止める。
こみ上げる感情が、表情に表れないように。
言葉が、湿らないように。
大きく深呼吸をしてから、プロデューサーを振り向いて――
「プロデューサー、ありがとっ」
何か言おうとしたプロデューサーの、それが言葉になる前に、凛は部屋の外へ出た。
卯月と未央が、廊下にいた。
苦心して浮かべた笑みで二人をごまかし、そのまま病院の外へ出た。
すぐに加蓮に電話をして、伝える。
もう一度、トライアドプリムスとして、活動できる。
こらえていた涙をこぼして、空を見上げた。
雲の切れ間から陽光が差し込み、小さな虹が輝いていた。