アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
ナターリアとのレッスンは、順調に進んだ。
ベリーダンスが趣味のナターリアは、ダンスのセンスがずば抜けていた。
振り付けを教えてもらうと、息を切らさずに一曲踊りきってトレーナーを驚かせた。
持ち前の人懐っこさでシンデレラプロジェクトのアイドル達ともすぐに仲よくなって、あっという間に346プロに馴染んでしまった。
そして、ミニライブを明日に控えた金曜日。
美波はナターリアを連れて、346プロの事務所兼女子寮へやってきた。
「今日は、レッスンの総仕上げということで、スペシャルプログラムを行います」
美波は、ライブ前日から寮に泊り込んで本番に備えることを、プロデューサーに許可してもらっていた。
ユニット活動は、技量よりもメンバー同士の結束が大切であると、去年のサマーライブで学んでいる。
だから、ライブ前日は泊り込みで合宿のようなことをやって、レッスンの仕上げにしようと考えていた。
「ミシロのリョウ、リョカンだナ! ナターリア、リョカンはハジメてだからうれしいゾ!」
跳ねる足取りで玄関へ向かうナターリアを、たすきがけをした和服姿の首藤葵が出迎える。
「しってるゾ! オカミサンだナ!」
しかし葵は、不敵な笑みをうかべて首を横に振る。
「残念やけど、うちは女将じゃないっちゃ。板前っちゃ。今日は板前としてナターリアさんをたっぷりもてなしてやるけん、覚悟しといてくれっちゃ」
「んー? よくわからないけど、ナターリア、うけてたつナ!」
葵に案内されて食堂へ行くと、彼女の言う〝もてなし〟が明らかになる。
テーブルが動かされて、即席のカウンターが作られていた。
その中に葵が入って、抜き身の刺身包丁を光らせた。
「スシっ!」
ナターリアが、全身で喜びを表現した。
嬉しそうにステップを踏んで、踊りだした。
前日の泊り込みの際、夕食に寿司を用意できないかと葵に相談したところ、魚料理は得意っちゃ、と言って快諾してくれた。
そして彼女は、想像していたものより本格的な準備をしてくれていた。
ナターリアと同じくらい、美波も嬉しくなった。
「ミナミ、ナターリア、いらっしゃい、です」
「闇に飲まれよっ!」
アナスタシアと蘭子が、笑顔で迎えてくれた。
ナターリアは二人に、ハグの挨拶を返した。
アナスタシアは慣れていたが、蘭子はパニック状態になった。
「あの、その、急に、そんな……」
〝言葉〟を忘れて赤面する蘭子に、自分も最初はあんな反応だったなと美波は思った。
ブラジル流の挨拶にすっかり慣れてしまっていることが、ナターリアとの距離が縮まった証拠であるような気がした。
「さあ、何でも食べたいネタを言うっちゃ。何でも握ってやるけん」
ナターリアがトロをオーダーしながら席についた。
葵の手さばきは見事で、寿司職人の貫禄があった。
出された寿司をほお張ったナターリアは、マワるスシよりウマいナ! と言って目を輝かせた。
美波もその寿司を食べて驚いた。
回転寿司とは、比べ物にならない程の美味さだった。
トロは、口に入れた瞬間に溶けてなくなってしまった。
イクラはとても新鮮で、その一粒一粒が口の中で強く弾けた。
エビは弾力にあふれていたし、アナゴはタレの甘辛ぐあいが絶妙だった。
「普段はこんなに魚料理ば作れんけん、うちも嬉しいっちゃ!」
腕を振るう葵も嬉しそうだった。
彼女が魚料理を作れない理由については、すぐに見当がついた。
それはきっと、シンデレラプロジェクトきっての魚嫌いを公言している――
「ただいまー、――って、一体なにがどうなってるにゃ! 食堂がお寿司屋さんになってるにゃぁぁああ――ッ!」
制服姿のみくが、食堂の入り口で両膝をついた。
世界の終わりを嘆くように、天井を見上げて絶望した。
「ミク! スシ、おいしいゾ!」
ナターリアがトロを突き出すと、みくは悲鳴をあげて後ずさった。
「みく、お魚はノーセンキューにゃ。葵ちゃん、タマゴをお願いするにゃ」
顔をひきつらせたみくが、席に座った。
「へいおまちっ」
みくの前に大トロが提供された。
「そうそう、このあぶらの乗ったピンク色の卵が――ってこれはトロにゃ! オーダー間違ってるにゃッ!」
「見事なノリつっこみっちゃ。さすが関西出身は違うっちゃ」
「余計な賞賛はいらないにゃ。それよりもあまーいタマゴちゃんをお願いするにゃ」
みくはトロの乗った皿をナターリアへ渡した。
「へいおまちっ」
みくの前に大トロが提供された。
「もー、やっと食べられるにゃ。みく、お魚は食べられないから――ってこれもお魚にゃあ!」
「うーん、中々食べてくれんねえ……。ノリで食べてくれるかと思ったっちゃけど」
「葵ちゃん、そんなテンドンはいらないにゃ。大人しくタマゴの寿司を出してくれればいいにゃ」
大トロの乗った皿が蘭子へ渡された。
「へいおまちっ」
みくの前に大トロが提供された。
「あーおーいーちゃーんッ! もうそういうネタはいいから!」
「そういうネタっていうのは、寿司のネタとギャグのネタを――」
「かけてないにゃ! もう大トロはノーセンキューにゃ! 魚以外をだしてほしいにゃ!」
「ミク、スシきらいなのカ?」
ナターリアに問われて、みくは大トロの乗った皿を突き出しながら――
「寿司っていうか、お魚が苦手なの」
「えー、ナンデー。ネコなのに?」
「お魚が嫌いな猫チャンもいるにゃ。みくはそういう猫チャンなの」
「ふーん。じゃあ……」
ナターリアが立ち上がった。
頬についた米粒をぬぐいながら――
「ナターリアが、ミクでもたべられるスシ、つくってやるゾ! サカナがだめなら、クダモノなんてどうダ? パインとか、バナナとか?」
「それ、もっとダメなやつにゃ……」
「えー、ナンデー」
楽しそうなやりとりをするナターリアの横顔を見て、美波は胸をなでおろしていた。
この調子で、リラックスしたまま明日のライブを迎えられれば最高だ。
ライブの前日は、どうしても緊張してしまう。
それがデビューライブとなれば、なおさらである。
身を持って知っているからこそ、その緊張を和らげてあげたいと思った。
それが今回のスペシャルプログラムの、目的だった。
それは今のところ、上手くいっているように思えた。
* * *
夕食の後、レッスン場へ行って三人で軽く合わせた。
三人で踊るメモリーズは、二人の時よりも立ち位置の入れ替わりが多くなり、振りを間違えると衝突してしまう危険をはらんでいた。
正直、デビューステージで踊る振り付けにしては難しいのではないかと思ったが、ナターリアは軽々と踊ってみせた。
余裕の笑みを浮かべるナターリアを見て、変な緊張さえしなければ明日のライブは絶対に成功すると、美波は確信した。
レッスンを終えた三人は、汗を流すために風呂へ向かった。
その風呂を使うのは、美波も初めてだった。
みくがたびたび、温泉を引いていることを自慢していたので、どんな風呂か楽しみだった。
果たして、その風呂は美波の予想を越えていた。
湯船はヒノキで、小さいながらもサウナ室があって、露天風呂までついていた。
さすがは旅館の大浴場だと、感心してしまった。
「おっきなフロだナ! ベリーダンスできそうだナ!」
「ナターリアちゃん、危ないから!」
ステップを踏もうとしたナターリアを、慌てて止めた。
ライブ前日にフロで踊って足を滑らして怪我でもしたら、洒落にならない。
そしてふと、ナターリアの足に何かついているのに気がついた。
「ナターリアちゃん、足に何かついてるけど」
「これは、ミサンガだゾ」
ナターリアの足首に、カラフルな紐が巻き付いている。
確か、サッカー選手が好んでつけるアクセサリーだったと記憶している。
そして、何か特別な意味があったことも。
「ロテン、いってみたいナ!」
露天風呂へ向かって歩き出すナターリアの背中を、追いかけようか迷ってアナスタシアを見た。
勝手に入っていいのかどうか、この寮の住人でない美波には分からない。
「シトー、あー、どうかしましたか、ミナミ?」
「えっと、露天風呂、入っちゃっていいのかなって」
「ダー。ヘイキ、です。フロのジカンだったら、サウナもロテンも、はいれマス。ロテンは、ズヴィズダー、あー、ホシが、キレイです」
美波は、ナターリアを追いかけて露天風呂へ向かった。
屋外へ出ると、澄んだ空気に体が震えた。
それを温めるために湯船に沈むと、かけ流しの温泉の熱さに一瞬息がとまって、やがてその暖かさに全身がほぐれた。
「キョウは、ホシ、みえませんね」
空は曇り、星はみえなかった。
今朝のニュースで、梅雨入りが宣言されている。
最近は、分厚い雲が空を覆う毎日が続いている。
「明日、晴れればいいんだけど……」
美波はつぶやいて、空を睨んだ。
こればっかりは、自分の力ではどうにもならない。
晴れなくても、せめて雨が降らないことを祈った。
雨が降ってしまうと、目に見えて観客が減ってしまう。
「ミナミ、アーニャ。オブリガーダ・ポル・トゥード」
湯船につかるナターリアの、言葉に美波は首をかしげた。
英語でもロシア語でもない。
もっと、ラテン系の発音だった。
「ナターリア、ニホンきて、アイドルめざして。ホントウになれるか、ジシンなかったけど――」
ナターリアは、雲の向こうにある星を見ようとするかのように、強い視線を夜空へ向けて――
「ミナミとアーニャのおかげで、イマはアイドル、なれるキがするナ。だから、オブリガーダ・ポル・トゥード」
「それ、何て言ってるの? ポルトガル語、かな……?」
ナターリアは、湯船に口をもぐらせて、ぶくぶくしてから――
「ハズかしいから、ヒミツだゾ」
美波とアナスタシアが同時に抗議をしても、ナターリアは照れくさそうにそっぽをむいて教えてくれない。
そうこうしているうちに、露天風呂と屋内を繋ぐ戸が開いて、みくが現れた。
彼女は、ふっふっふと、もったいぶった笑みを浮かべて――
「みんな、大ニュースにゃ! 明日のミニライブのMC、みくと李衣菜ちゃんがやることになったにゃ! これでライブの成功は約束されたようなものにゃ!」
みくに続いて、黒いバスタオルを体に巻いた蘭子も現れて――
「我も同胞の宴に言霊をささげよう。初陣の同胞よ、もはや臆することはない!」
露天風呂は、五人で入ると少し狭かった。
けど、狭い湯船にみんなで入っていると、自然と団結力が高まっていくような気がした。
「あっ……」
ナターリアが、声をあげた。
そして彼女は、シンクロナイズドスイミングの選手のように、湯船から足を上げた。
さっきまでついていたミサンガが、無くなっていた。
「パパのミサンガ、きいてくれたナ」
ナターリアは、湯船の底から切れたミサンガを拾い上げ、誇らしげに掲げてみせた。
しかし、他の四人は一様に首をかしげている。
「それは、どういう意味があったの?」
美波が訊くと、ナターリアは美波の、アナスタシアの、みくの、蘭子の、それぞれの顔をみて――
「トモダチ、イッパイできるオマジナだナっ!」
嬉しそうに微笑むナターリアに、緊張はなかった。
きっと明日は大丈夫だと、いや、絶対大丈夫にしてみせると、美波はナターリアの笑顔に誓った。