アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「1972年に初来日した、カワイイと評判の動物と言えば?」
誰よりも早く、輿水幸子がボタンを押した。
そして、誰よりも真剣な表情で――
「ボク!」
不正解をつげる効果音に続き、観客の笑い声がはじけた。
「何でですか! カワイイと評判なのはボクに決まっているじゃないですか!」
憤慨する幸子を、小早川紗枝と姫川友紀がなだめる。
「さちこはん、人間の話やのうて、動物の話どすぇ」
「そもそも、1972年に生まれてないでしょ幸子ちゃん」
「それは、まあ……」
KBYDのやりとりを、智絵里はどこか、うわの空で聞いていた。
まぶしいライトがあって、川島瑞樹と十時愛梨が司会をしていて、効果音が飛び交っていて。
そして、ライトの向こうのひな壇に、観客がいて。
その歓声を聞くたびに、これが〝本番〟であると実感して、手足が震えて、喉が渇く。
緊張している。
でも、それは、いつもの緊張とは違う。
失敗しちゃいけないと、恐れているわけじゃない。
絶対に、優勝したい。
そう思えば思うほど、気持ちが焦って、体が上手く動かない。
焦燥感が、胸の中で膨らんでいく。
「1862年にパリで創業した、〝マカロンを開発したお店〟として世界的に知られているパティスリーといえば?」
回答ボタンを、叩く音がした。
効果音が、それに続いた。
キャンディチームの、回答ランプが点灯した。
「ラデュレ!」
かな子が、震える声で回答した。
それを受け取った瑞樹は、一瞬、愛梨と視線を交わし――
「正解っ!」
軽快なBGMが流れて、観客の口から歓声が上がった。
「かな子ちゃん、よく分かりましたねー」
愛梨の賞賛に、かな子は笑みを浮かべて――
「たくさん、勉強したんです」
そしてその笑みが、智絵里へ向けられる。
かな子は小さく、しかし誇らしげに、Vサインを作った。
「さあー、これで分からなくなってきたわね。今のところ、レイジーチームがトップだけど、キャンディチームが連続で正解すれば、まだ追いつける可能性があるわ。がんばって!」
瑞樹の笑みに、智絵里は下唇を噛んで眉を強める。
勉強してきた。
たくさん、勉強してきた。
だから絶対、負けたくない……ッ!
「ヨーロッパ原産の、シャジクソウ属の多年草で、〝幸運〟〝約束〟〝復讐〟の花言葉を持つ植物の、学名は?」
瑞樹の言葉は、途切れ途切れにしか聞こえなかった。
キーンという耳鳴りがあって、胸の鼓動の音が耳にうるさくて。
でも、押していた。
回答ボタンを押して、観客の視線を、全身で受け止めて――
「トリフォリウム・レーペンス……」
スタジオが、静まり返った。
自分に向けられていた視線が、司会の二人へ向けられる。
智絵里は、目をつぶって、息を止めて――
「正解っ!」
歓声が飛んで、BGMが流れた。
智絵里は、膨らんでいた風船がしぼむように、息を吐いた。
「随分ややこしい言い回しの問題だったけど、これってつまり――」
瑞樹の視線から、何を望まれているか、分かった。
「あの、クローバーの、ことです」
「なるほど、智絵里ちゃんの好きな植物ですね。でも、よく学名なんて知ってましたね」
目を丸くする愛梨へ、智絵里は、遠慮せず、胸を張って――
「たくさん、勉強しましたから」
そして、かな子へ向けて、小さくピースサインを作った。
「さーて、次がいよいよ、最後の問題ね。キャンディチームがこれを正解すれば、レイジーチームと同点になりま――」
瑞樹の元へ、スタッフが駆けてきて、紙を渡した。
表情こそ変えなかったが、瑞樹の目の色が、変わったように思えた。
一瞬であったが、非難するような目つきでスタッフを睨んだような気がした。
問題が、差し替えられた。
レイジーチームを勝たせるために、誰かが何かをしたのだと、疑うに充分な光景だった。
そして瑞樹は、スタッフから渡された紙を、読み上げる。
「それでは、最後の問題です。人が恋に落ちた時に脳下垂体から分泌されると言われている〝恋愛ホルモン〟と言えば?」
志希からもらった資料に、そんな記述はなかった。
一瞬で分かるくらい、智絵里は徹底的に勉強していた。
こんなの、ずるい……。
智絵里は、下唇を噛んで、うつむいた。
決して点灯することはない回答ランプへ、視線を落とした。
悔しいけど――
でも――
誰かが、ボタンを押した。
小気味良い効果音が、耳を打った。
そして智絵里は、目を疑った。
キャンディチームの回答ランプが、点灯していた。
横を見ると、今まで沈黙していた杏が、ボタンを押していた。
そして、〝本気モード〟の顔で――
「フェニルエチルアミン」
呪文のような、言葉を唱えた。
観客は、歓声を忘れた。
瑞樹と愛梨は、司会を忘れた。
にゃはは。
レイジーチームの、志希が笑った。
そして、次の瞬間――
* * *
「ハーイ、エブリワン! コングラチュレーション!」
控え室に、志希の声が響いた。
隣に立つフレデリカが、笑顔で拍手をした。
「えー、あたし達のプロデューサーからの伝言です。あたし達とキミ達で、一緒にCDを作りましょう、だってさ」
クイズは結局、レイジーチームとキャンディチームの同点優勝になった。
最初、ディレクターは、延長戦をおこなって優勝チームを決めようとした。
しかし――
「志希ちゃん、勝てないかも……」
にゃははと笑う志希の姿に、レコード会社の関係者が割って入った。
万が一負けたら……。
それならいっそ……。
そんな言葉を漏らしながら協議して、延長戦は中止になった。
「キミ、化学得意なの? 前に会った時、ケミストリーな匂い、しなかったんだけど」
志希が、鼻を鳴らしながら杏に近づく。
杏は、ウサギのヌイグルミを盾にして身を守りつつ――
「別に、得意じゃないよ。ただ、そういう問題が出るだろうなって、思って対策しただけ」
「そういう問題?」
志希の目が、好奇心にきらめく。
杏は、まとわりつく視線から逃れようとするかのように、身を引きながら――
「志希ちゃんの得意分野に関する問題。クイズ番組の体裁をとりつつ、志希ちゃんのチームを勝たせようとするなら、肝心なところで志希ちゃんが得意な問題を入れてくるだろうなって、思ったから」
「ふーん。でも、それだと他の問題がお留守になっちゃわない?」
「それは――」
杏が、智絵里を見た。
かな子を見た。
そして、背を向けて、ウサギのヌイグルミを強く抱いて――
「二人に、任せてたから。二人ならちゃんと答えてくれるだろうって、わかってたから」
智絵里は、杏の後ろ姿から、目を離せなかった。
贈られた言葉を、頭の中で繰り返した。
そして、理解した。
杏が、自分のことをどう思っているのか。
そして、唐突に気付いた。
自分は、なれていたのだと。
ずっと、なりたいと思っていた――
「良いチームなんだ、キミ達」
志希が、にゃははと笑った。
智絵里も、口元を緩めた。
とても、嬉しかった。
今なら、チームとして、ユニットとして、3人肩を並べていると、胸を張って言える気がした。
「志希ちゃん。そろそろ戻らないと、失踪したんじゃないかって心配されちゃうかも」
フレデリカに急かされて、志希が控え室から出て行った。
そして、智絵里と杏とかな子とプロデューサーが残った。
四葉のクローバーのように、並んで互いを支えあう、4人が。
「んーっ!」
杏が伸びをして、振り返った。
「智絵里ちゃんもかな子ちゃんも、すごかったよ。二人が答えてくれた問題、杏、全然分からなかった」
そして、杏の表情が変わる。
その口元が、独特の形を作る。
「これで杏は、安心して引退できるよ」
ドヤ顔を浮かべる杏に、することは一つ。
ツインテールを揺らして、手首のスナップを利かせて、最高の笑顔で――
「なんでやねん!」