アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「つまりさ、そういう〝筋書き〟ってことでしょ?」
控え室に、杏の不機嫌な声が響く。
「志希ちゃんとフレデリカちゃんってさ、スポンサーの大手レコード会社の所属だよね? この番組で、並み居るアイドルをクイズで倒して、注目されて、それでCDを出そうって、そういう筋書きなんじゃないの?」
プロデューサーは、見つからない言葉を探しているかのように、沈黙している。
もしかしたら、これはプロデューサーにとっても不測の事態なのかもしれないと、智絵里は思った。
そうであって欲しいと、思った。
だって、杏の予想通りなら、自分達は引き立て役なのだ。
志希とフレデリカのユニットを引き立てるために集められた、バックダンサーのような存在なのだ。
「自分も、知りませんでした……」
沈黙していたプロデューサーが、口を開いた。
彼が、人を騙すような真似ができるほど器用でないのは、知っている。
その顔に浮かんでいる動揺は、恐らく〝本物〟なのだろうと、思った。
「自分も、知っている情報は、皆さんと大差ありません。真剣勝負のクイズで、優勝したら、CDが出せると、聞いていました」
ふはあ。
杏が、大きなため息を落とした。
ウサギのヌイグルミを、ちゃぶ台に置いた。
その上で、頬杖をついた。
「まあ、おいしい話には裏があるってことだよね。そんなに簡単に、都合よくCDを出せたりしないよね」
もう、諦めてしまったような言い方だった。
無意識に、下唇を噛んでいた。
その鈍い痛みに、自分はまだCDを諦めたくないのだと、気付いた。
キャンディアイランドで、新曲のCDを――
「あっ、杏ちゃんが〝本気〟を出せば、どうかなっ!」
それは、智絵里の言葉ではなかった。
かな子が、最後の希望のすがりつこうとするかのように、硬い表情で杏を見つめる。
しかし杏は、小さな肩をすくませて――
「今日のリハ、杏、本気だったよ。それで、あの結果。問題聞いて、考えようとしたら、もう終わってる。そんな感じだった。もしかしてあの二人、あらかじめ答えを知ってるんじゃないの?」
「そ、そんなっ!」
その時、ドアがノックされた。
「おーじゃましまーす」
歌うような口調で入ってきたのは、白衣姿の女の子。
猫口に笑みをつくる一ノ瀬志希が、両手一杯に資料を持って、控え室に入ってきた。その資料を、ちゃぶ台の上に置いた。
ドアを開けていたフレデリカが、後ろ手にドアを閉めた。
「えっとー、ちょっと説明したいんだけどー、えっと、何だっけ?」
首をかしげた志希が、フレデリカを振り返る。
「まずは、試験範囲のことじゃない? あと、志希ちゃんがずるしてないってこと」
「んー、そうだったね」
再び自分達の方に向き直った志希は、眠たそうな目で、ぼんやり虚空を眺めつつ――
「今渡した資料は、試験範囲です。クイズは、その中から出ると思います。色々参考にしてくださーい」
「はーい。しつもーん」
杏が、手を上げた。
「それで勉強して、意味あるの? 二人は、問題とか答えとか、知ってるんじゃないの? 他の人は勝てないように、なってるんじゃないの?」
にゃはは。
志希は、焦るでもなく、怒るでもなく、楽しそうに笑った。
ぼんやりしていた瞳の中に、光が宿った。
「キミは、中々面白い質問をするねー。ちょっと、興味がわいてきちゃった。ハスハス……」
「うえっ。ちょっと、かがないでよ!」
「あまーい匂いがする。女の子を幸せにする、お砂糖の匂いだねー」
志希は、嫌がる杏のにおいをひとしきりかいでから、好奇心旺盛な猫のように目を光らせて――
「キミが考えるようなずるいことは、してないよ。志希ちゃんは、もっと別のずるいことをしてるから」
志希は、右手を鉄砲の形にして、人差し指を自分の頭へ向けた。
「あたし、ギフテッドなんだって。だから、クイズの問題みたいなやつ、なんとなーく、分かっちゃう。だから、あたしがクイズをやるってことが、もう反則。だから、コレをもってきた」
自分の頭を指していた志希の指が、持ってきた資料へ向けられた。
「少しでもフェアになるように、番組の担当者に言って、クイズの問題を作るときに参考にしたっていう資料を、コピーさせてもらった。もちろん、あたしは見てないよ。あたしが見たら、意味ないからね」
にゃははと笑った志希が、踊るような足取りで戸口へ向かった。
ドアを開けたフレデリカが、立てた人差し指を口元に添えて――
「ちなみに、フレちゃん達のプロデューサーには内緒です。バレたら大変なことに……ッ! なるかも?」
「そういうことだから、くれぐれもご内密に……ね?」
フレデリカと同じように、志希も口元に人差し指を添えた。
そして二人はじゃれあいながら、控え室から出て行った。
残されたのは、重い空気と、重い資料。
「すっごい量……。杏には、荷が重いな……」
その資料は、百貨辞典並みの厚みがあった。
それを勉強してクイズに望むのは、現実的ではないかもしれない。
それでも――
やっぱり――
諦めたくない気持ちがあった。
アイドルを始めたばかりの自分は、〝当たり前にできること〟が、できなかった。
だけど、アイドルを始めて、少しずつだけど、できるようになってきた。
だから次は――
みんなが諦めてしまうことにだって、挑戦――
「あ、あのっ」
智絵里は、クローバーのネックレスを揺らして、かな子を、プロデューサーを、そして杏を見て――
「わたし、まだ、諦めたくないなって……。そのっ、クイズは、得意じゃないけど、でも、やっぱり、みんなでCD、出したいから」
かな子は、頷いてくれた。
プロデューサーも、頷いてくれた。
「まあ、別にとめないけどさ。でも、杏はパスするよ」
「え……」
ウサギのヌイグルミを抱いて、杏は横になった。
小さな背中を向けられて、智絵里は言葉を失った。
もしかしたら、無意識に、頼っていたのかもしれない。
だから、杏に背を向けられて、ショックで――
いや、だめだ。
自分でやるって、決めたんだから……ッ!
智絵里は、クローバーのネックレスに伸びそうになった手を、資料へ向けた。
今回は、杏に頼らず、自分の力だけで頑張ろうと、決意して資料を手に取った。