アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
映画撮影の仕事が終わり、寮に帰るともう夜だった。
まだプロデューサーが事務所で仕事をしているようで、ドアの下から事務所の明かりが漏れていた。
プロデューサーにユニットの相手を探してくるように言われて、もう一週間になる。
今の状況を伝えるべきだと思い、蘭子は事務所のドアを開けた。
机でパソコンに向かっていたプロデューサーは、蘭子を見るなり、笑みを作って――
「神崎さん、お疲れ様です」
「闇にのまれよ……」
(お疲れ様です……)
蘭子は、フリルのたくさんついたスカートを揺らして進み、ソファに腰を下ろした。打ち明けるタイミングを、うかがった。ユニットの相手を誘うのに、苦戦していると。
「今日は、映画の撮影でしたね」
「う、うむ……」
(は、はい……)
「調子は、どうですか?」
「優しき同胞に囲まれ、悠久の時を過ごしている。死霊の群れを前にしても、我が魂に曇りはない」
(知ってる人がたくさんいるので楽しいです。ホラーは苦手ですけど、問題ありません)
「順調そうでなによりです。何かあったら、何でも言ってください」
プロデューサーは、軽く微笑んで、視線をパソコンへ戻した。それ以上、何かを追及してくる様子はなかった。
ユニットのことを、訊いてくる様子はなかった。
自分に、任せてくれているのだと思った。
自分を、信頼してくれているのだと思った。
蘭子は、パニエで膨らんでいるスカートの裾をぎゅっと掴んで、背筋を伸ばして――
「プロデューサー!」
プロデューサーの視線が、自分の視線と重なるのを待って――
「片翼の天使が空を舞うには、失った翼を補う同胞が必要……。我の瞳は、すでに翼を担う堕天使へ向けられている。しかし、二人の天使がそれぞれの翼を補い空を舞うには、今しばらくの時が必要……」
(ユニットの相手の話なんですけど……。相手はもう、決めているんです。けど、きちんとお話するのに、もうすこし時間が欲しいんです……)
「えっと……」
プロデューサーは、机から手帳を取り出した。せわしなくページをめくって、あごを触って――
「ユニットの話、でしょうか?」
蘭子は、頷いた。
「もう少し、時間が欲しいと?」
「うむ!」
(そうなんです!)
「もしかして、苦戦、してますか?」
「あう……」
蘭子は、スカートの裾を握っていた手から力を抜き、視線を床へ落とした。
「我の〝言葉〟を理解できる人の子は少ない。意思の疎通は、困難を極める。翼を失った天使は、孤独に心を蝕まれ、瞳を濡らして空を見る……」
(お話、あまり得意じゃないんです。言いたいことを、上手く伝えられないんです。通じなくて、困ることが多いんです……)
「自分も、苦手です」
「えっ?」
蘭子は、顔を上げた。
真っ直ぐに自分を見つめるプロデューサーと、目があった。
「自分も、思っていることを、上手く伝えることが出来なくて、もどかしいことがあります」
「プロデューサー……」
「でも、大丈夫です」
首をかしげて巻いたツインテールを揺らす蘭子へ、笑顔がむけられる。
その笑顔は、かつて蘭子が〝禍々しい〟と形容したぎこちない笑顔ではなかった。
それは、島村卯月を思わせる、暖かい笑みで――
「確かに、神崎さんの〝言葉〟は、難しいです。ですが、何かを伝えたい、という気持ちは、伝わってきます。言葉で伝えることのできない〝気持ち〟が、ちゃんと伝わってきます。少なくとも、自分は、そう思います」
笑みと共に向けられる真剣な眼差しに貫かれ、蘭子の脳裏に、情景が浮かぶ。
夕焼けにもえる噴水。
日傘の下にある、真剣な横顔。
あの時も、そうだった。
伝えたいことが伝えられなくて、もどかしくて。
多くの言葉で自分の意思を伝えようとするも、それは意味を成すことなく夕闇に飲まれてしまう。
けど――
あの人は――
プロデューサーは――
自分の〝言葉〟を必死に拾って、理解してくれた。
不十分な言葉から、自分の気持ちを読み取ってくれた。
その瞬間、プロデューサーと自分は〝友〟になった。
ならばきっと、飛鳥とだって――
「あの、どうか、しましたか?」
プロデューサーに声をかけられて、蘭子は我に返った。
胸にこみあげる暖かいものをかみ締めて、笑みと共に立ち上がる。
「時は満ちた……。我が魔力は、満たされた!」
(ありがとうございます。元気になりました!)
蘭子はプロデューサーに背を向けて、戸口へ向かって歩き出す。
ドアノブに手を伸ばし、肩越しにプロデューサーを振り返る。
「朗報を待つが良い。我が片翼の担い手は、目前に迫っている」
(待っていてください。ユニットの相手、きっと連れてきますから)
律儀に頭をさげるプロデューサー。
蘭子は〝友〟の期待にこたえるべく、スカートの裾を強く握った。