アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結)   作:栗ノ原草介@杏P

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 Aパート 2

 

 

 

 シンデレラプロジェクトの事務所である地下室は、騒然としていた。

 

「事務所が無くなったら困るにゃ。みく達、野良アイドルになっちゃうにゃ!」

 

 みくの猫口が大きく開き、鋭い八重歯が露出した。

 横に立つ李衣菜が苦笑し、黄色のヘッドフォンが揺れる。

「みくちゃん、猫じゃないんだから……。野良アイドルって……」

「でも、そういうことでしょ! どこにも所属してなかったら、野良ネコチャンと一緒じゃない! 野良ネコチャンは大変なんだにゃ。雨の日は濡れて、風の日は震えて、お腹がすいてもご飯もなくて……」

「ちょっと、猫から離れようよ。もっと真面目に、これからの話を――」

「みくは真面目に言ってるの! 野良ネコチャンみたいにあてもなく路頭に迷ったらどうしようって、心配してるの!」

 いきり立つみく、なだめる李衣菜。

 その根元のソファで、智絵里が静かに共感する――

「野良ネコさん、かわいそう。おうちが無いなんて、辛いよね。でも、事務所が無くなっちゃったら、わたし達もおうちが無いアイドルになっちゃうんだよね……」

 まるで動物番組でも見たかのように赤い瞳を湿らせる彼女へ、クッキーが差し出される。

「元気出して、智絵里ちゃん。まだ、無くなるって決まったわけじゃないし。ほら、今日のクッキー、上手く焼けたんだよ」

「ありがとう、かな子ちゃん……」

 クッキーを受け取って笑みを浮かべる智絵里を見て、かな子も微笑む。

 笑顔の連鎖に便乗して、死んだように寝ていた杏が笑う。

 いや、それはよく見るとドヤ顔で――

「まー、事務所が無くなったら寿退社ってことでいいんじゃない? 印税の代わりに退職金をがっぽり頂いてさ」

「そんなことゆったら、めっ、だよ! アンズチャン!」

 ウサギのヌイグルミを抱いて横たわる杏に巨大な影が迫る。

 杏の小さな体が、ぬいぐるみのように軽々と抱きあげられる。

「みんな一緒にアイドルでハピハピなんだから、アンズチャンも一緒にアイドルしようにぃ! やめちゃうなんて、ハピハピじゃないにぃ」

「わかったから下ろせよー!」

 きらりはソファに腰を下ろし、膝の上に杏をのせた。

 抵抗は無意味であると経験から知っている杏は、きらりの膝の上で脱力した。

「でも、どうなっちゃうんだろー。事務所が無くなっちゃったら、凸レーションも解散になっちゃうのかなー」

 きらりの右隣に座っているみりあが、体を揺らして短いツインテールを揺らす。

 きらりの左隣に座っている莉嘉も、同じように体を揺らして――

「えー、やだよー。もっと凸レーションしたいよー。P君、早く来ないかなー」

 

 プロデューサー不在の事務所は、まるで休み時間の教室だった。

 

 普段から集まるとにぎやかなシンデレラプロジェクトだったが、今日の喧騒は普段のそれと少し違う。

 みんな不安で、それを押しとどめるために口を動かしている。

 これ以上不安な気持ちを増幅させてはいけないと、シンデレラプレジェクトのリーダーが立ち上がる。

「ちょっと私、プロデューサーさん探してくるね」

 するともう一人、銀髪の少女も立ち上がる。

「ミナミィ、ワタシも行きます。一緒にプロデューサー、さがしましょう」

「アーニャちゃん……」

 2人がうなずいて、戸口へ向かおうとした瞬間――

 

 ガチャ……。

 

 ドアノブが、動いた。

 全員、口を閉じてプロデューサーの登場にそなえた。

 

「闇に飲まれよッ!」

 

 全員の口から、ため息がもれた。

 

「……落胆の吐息が吹き荒れている。我は、禁忌の扉を開けてしまったのか……」

 悲しそうな顔で出て行こうとする蘭子の日傘を、美波が素早くつかんだ。

「あのね蘭子ちゃん、そうじゃなくて――」

 事情を説明すると、蘭子は普段の勝気な態度を取り戻し――

「大いなる計略に傾く城の行く末は、我にも予知が不可能だ。だが同胞よ、気に病むことはない。時の砂が零れ落ちる時、黒の守護者は降臨し、我等に信実を語るだろう!」

「そうだね、もうちょっと待ってみようか」

「うむ!」

 

 蘭子と美波が戸口から離れた瞬間、再び、ドアノブが動いた。

 蹴破るような強さで扉が開かれた。

 

 扉の向こうにいたのは、プロデューサーではなく、黒髪のアイドルだった。

 

「ねえ、プロデューサーは?」

 

 凛の言葉は、その表情と同じくらい強張っていた。

 それをほぐそうとするかのように、美波は口元に笑みを浮かべる。

「プロデューサーさん、まだ来てないの。もう少し待って、それでも来なかったら探しにいこうって、思ってたところ」

「そう、なんだ……」

 凛に遅れて卯月と未央がやってきて、シンデレラプロジェクトが全員揃った。

「じゃあ、私とアーニャちゃんで、プロデューサーさんを探しに――」

 

 蘭子が、美波の言葉をさえぎるように進み出た。

 そして、閉じた扉に正対した。

 

「時は満ちた……。我が〝友〟よ。呼びかけに応じ、降臨するがよい。そして、その禍々しき笑みを解放するがよい!」

 日傘の切っ先が激しく動いて、中空に魔方陣が描かれた。

 その演技がかった仕草に、莉嘉とみりあが歓声を上げた。

 気を良くした蘭子は、口元に笑みを浮かべ、赤い瞳を光らせて――

 

 魔法発動とばかりに日傘の切っ先をドアへ向ける!

 

 しん……。

 

 耳に痛い静寂に蘭子は負けない。

 決めポーズの姿勢を保ち、奇跡を待つ。

 

 しん……。

 

「あう……」

 

 心が、折れた。

 日傘の切っ先が、地に落ちた。

 美波とアナスタシアが、蘭子を励ますために駆け寄ったその時――

 

 外の廊下を、足音が駆けた。

 

「遅れて、すみません」

 

 書類の束を抱えたプロデューサーが、事務所に入ってきた。

 その乱れたスーツから、彼がどれだけ急いできたのか伝わってきた。

 

「ねえ。事務所のこと、説明してよ」

 

 美波より早く、凛が動いた。

 プロデューサーは凛を見て、そして部屋を見回すようにしてシンデレラプロジェクトの全員を見てから――

「まず、皆さんに謝らなくてはなりません。ニュースでご存知かもしれませんが、美城グループの業績が、思わしくありません。その影響が、アイドル部門にも及びます」

 誰も、何も言わなかった。

 口を閉じて、プロデューサーの言葉を待った。

「経営を持ち直すため、事業の縮小が決まりました。アイドル部門は、美城グループの中でも比較的新しい部門でして、業績は好調ですが、これから先の見通しが不透明であるという理由から、部門の縮小が決まりました」

「それって、具体的にはどうなるの?」

 詰め寄る凛を、プロデューサーはまっすぐ見つめる。

 一瞬、持っている書類を強く握り、苦しそうな顔をしてから――

 

「事務所が、無くなります」

 

「……事務所が無くなるって、じゃあ、あたし達はどうなるのッ!」

 

 凛の言葉に、他のアイドル達も口を開く。溜まっていた不安を口にする。

 

「みなさん、落ち着いてください。みなさんのことは、大丈夫です」

 

「大丈夫って、何が?」

 

 ほとんど睨む目つきの凛に、プロデューサーは持っていた書類を差し出す。それは大きな封筒で、他のメンバーにも同じ封筒が配られた。

 

「これは、アイドル事務所のパンフレット……ですか?」

 

 首をかしげる卯月に、プロデューサーはうなずいた。

「現在、第一線で活躍しているアイドル事務所のパンフレットです。事務所ごとの詳しい特徴も同封した書類に記載してあります。皆さんには、それらの書類に目を通していただいて――」

 プロデューサーは、言葉を区切った。

 大病の告知をする医者のように、ためらった言葉で喉を暖めてから――

 

「希望する移籍先を、検討してください」

 

 アイドル達は、言葉を失った。

 

「346プロダクション、無くなっちゃうんですか……?」

 

 上目遣いに見上げる卯月に、プロデューサーは首を横に振る。

「プロダクションは、存続します。しかし、事務所、というか美城グループの本社を売却してしまうので、事実上、解散に近い状態です。あたらしい事務所のめどもたっておりませんし、いままでのような芸能事務所としての活動は、難しくなると思います」

 

「だから出て行けってこと? それって、ちょっとひどくない?」

 

 差し込まれた凛の言葉に、プロデューサーは深々と頭を下げた。

「本当に、申し訳、ありません……」

「いや、そうじゃなくて――」

 続く言葉をさえぎるように、プロデューサーは、声を大にして――

 

「みなさんがアイドルとして、これまでと同じように、いえ、これまで以上に活躍できるよう、事務所の移籍を全力でサポートします。移籍先の検討を、よろしくお願いします」

 

 そして彼はもう一度頭を下げると、部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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