アニメ アイドルマスターシンデレラガールズ 3rd SEASON (完結) 作:栗ノ原草介@杏P
「ローズヒップティーですわ!」
リーダーを再選考する勝負で桃華が繰り出したのは、ポットに入ったお茶だった。
「わたくし、リーダーとして、これを皆様にふるまいますわ。芳醇な香りのローズヒップティーによって疲労が回復して、レッスンに打ち込めるようになりますの」
確かに香りは良かったが、アイドル達はみな苦い顔をしている。
特に、キッズアイドルの評判は悪かった。
「すっぱいでごぜーます……」
「かおる、これ苦手……」
「桃華ちゃん、お砂糖ないの?」
千佳の要求に、桃華は優雅な仕草でため息を落とし――
「これは、そのまま香りと風味を楽しむものですわ。甘くないと飲めないなんて、お子様ですわね」
「千佳は子どもだよ?」
「……まあ、そうですわね」
砂糖の用意が無かったのか、桃華はそわそわと緑色の瞳を泳がせた。
それを見たありすの顔に、得意げな笑みが浮かぶ。
「櫻井さんは、リーダーになるには、今ひとつ気遣いがたりませんね。その点、私はちゃんと皆さんの好みを考えた差し入れを持ってきました」
ありすは、自分のバッグから大きなタッパーを取り出した。
それのフタが外された瞬間、レッスンスタジオが甘い匂いに包まれた。
「なんですの、それ……」
眉をしかめる桃華に対し、ありすは満面のドヤ顔で――
「いちごパスタです。自信作です」
桃華の紅茶よりは、評判が良かった。
しかし、キッズアイドルの幼い味覚をもってしても、そのパスタは甘すぎた。
紙皿に盛られたそれを、完食したのはありすだけだった。
「一体どういう味覚をしてますの。甘すぎますわ……」
「それはこっちの台詞です。このお茶、すっぱいだけでおいしくありません」
衝突して火花を散らしていた2人の視線が、傍観していた莉嘉へ向けられた。
「城ヶ崎さんは、何をするつもりですの? リーダーとして」
注目を向けられた莉嘉は、しかし怯まない。
カリスマの名を持つ姉の妹として、それに恥じないくらい堂々と、向けられる視線を受けとめた。
そして、大きく息を吸いこんでから――
頭を下げた。
「みんな、ごめんっ。あたし、自分のことしか見えてなかった。リーダーなんだからかっこ良くしなきゃって、思ってた。今度のライブの振りつけ、レッスンの時間が少ないから不安だと思ったけど、できるって言っちゃった。できないって言うの、かっこ悪いと思ったから……」
莉嘉は顔を上げて、リトル・マーチングバンド・ガールズのメンバーの顔を見渡して――
「あたし、P君に言ってきた。今の振りつけじゃ次のライブに間に合わないから、もっと簡単なやつにしてって。トレーナーさんにも、頼んできた」
「それじゃ、ダンスのレベルが落ちてしまいますわ」
桃華は、腕を組んで難色を示した。
ありすも、口元についたクリームを舐めて――
「言われたことをやれるように調整するのが、リーダーの役割ではないのですか?」
2人に責められても、莉嘉は怯まない。
隣に立つみりあを見て、その視線に勇気を貰い、宣言する――
「あたし、みんなに笑顔になってほしい。そのためなら、ダンスのレベルだって落とすし、言われたことも、変えてもらう。そのためなら――」
莉嘉は、カリスマの異名を持つ姉のような、
「あたしは、どんなにかっこ悪くなっても、構わない!」
姉は、まだ挽回できると言った。
莉嘉は、半信半疑だった。
自分は、一度失敗してしまったから。
みんなの期待を、裏切ってしまったから。
そんな自分が、再びリーダーとして、認めてもらえるのか……?
結果を確認するのが怖くて、莉嘉は強く目を閉じていた。
「莉嘉ちゃん……」
みりあの声に、目を開ける。
莉嘉を見つめるメンバーの目から、険しさが消えていた。
そして、その口元には――
「まあ、仕方ありませんわね。そこまでおっしゃるのであれば、引き続きリーダーをお任せいたしますわ」
桃華の言葉に、トゲはなかった。
その言葉尻に、気品ある笑みが添えられた。
「私も、城ヶ崎さんが続投で構いません。すっぱいお茶を押し付けてくる人よりは、リーダーに向いているでしょうし」
「それは誰のことですの」
「言われなければわかりませんか」
にらみ合う2人の間に、みりあが割って入って仲裁する。
その向こう側にいる仁奈・薫・千佳の顔にも、無邪気な笑みが戻っていた。
張り詰めていたスタジオの空気が、緩やかに弛緩していく。
それにあわせて、緊張していた莉嘉の体から力が抜けて――
「あっ、莉嘉ちゃん!」
へたり込んだ莉嘉を見て、みりあが駆け寄ってきた。
「ちょっと、安心したら力抜けちゃって……」
みりあは、じっと莉嘉を見つめてから、そっと耳元に口を近付けて――
「莉嘉ちゃん、よかったねっ!」
莉嘉は、活気を取り戻したリトル・マーチングバンド・ガールズのメンバーを見て――
「うんっ♪」
莉嘉の提案によって、リトル・マーチングバンド・ガールズの振り付けは簡略化され、ライブの時間も短縮された。
単にクオリティの話だけをすれば、それはマイナス要素であるが――
数値化できない、成果があった。
子どもの日に行われた、リトル・マーチングバンド・ガールズのライブ。
マーチング衣装に身を包んだアイドルの顔には、最高の笑顔があった。
それはもちろん、リーダーである城ヶ崎莉嘉の、功績である。